「それじゃ、当日はよろしくと友希那に伝えて頂戴」
「はい、責任もってお伝えします。ありがとうございました」
交渉も無事に終えることができ、シェリーさんに再度お礼を言って見送った。
結果は文句なしの物だ。
先方も出演に快く応じてくれた。
「それじゃ、ちょっと会計済ませてくるから待ってて」
そう言って、紗夜の返事を聞かずにレジのほうに向かってくと、自分たちの分の精算を済ませて紗夜のいる場所に戻る。
そんなわけで、僕たちは湊さんたちが待っているであろうCiRCLEに向かうことにした。
「良かったね、紗夜」
「そうですね」
僕に対する返事が、どこか刺々しかった。
「えっと、紗夜さん。もしかして怒っていらっしゃいまするか?」
彼女のオーラに圧されて、変な言葉遣いになってしまった。
「別に。………あなた、鼻が伸びてましたよ」
「そ、それは気のせいじゃないかな?」
本人は否定しているが、完全に認めているようなものだった。
無言で、すたすたと歩いていく紗夜に、僕は謝るべきなのかそれとも紗夜が落ち着くのを待つべきなのか悩んだ。
「もしかして……嫉妬?」
その僕の言葉に、紗夜は足を止めた。
(あ……今のは地雷だった)
そして、言った後で自分の今の言葉がまずいのではということに気が付いた。
「だって……す、好きな人が他の女性の人と楽しそうにしてるのよ……嫉妬くらいしても当然じゃないっ」
頬を赤くしながらこっちを見て声を荒げる紗夜の表情は、怒りというよりも、どこか泣き出しそうな感じに見えた。
「ごめん。無頓着すぎた」
紗夜の言うとおりだ。
もし僕が紗夜と同じ立場だったら、同じことになるはずだ。
ほんの一時のことだと、軽く考えていた自分に今更ではあるが、後悔の念に駆られる。
「………本当に、反省してる?」
「うん」
仮に数秒だったとしても、僕には数分にも感じられた無言の後に、紗夜からの問いに僕は即答で答える。
「じ、じゃあ……ぎゅって、抱きしめて」
「え、ここで?」
紗夜の要求に、僕は辺りを見回して聞いた。
僕たちのいる場所は、人通りは多いとは言わないが、そこそこある場所だ。
今は人の姿は見当たらないが、それがいつまでも続く保証はない。
紗夜の言う”抱きしめて”は、普通に抱きしめるという意味だけではなく、どちらかというと”抱きしめてキスして”という意味のほうが強いのだ。
紗夜はこくんと頷くと目を閉じる。
それは、”ここでして”というのを言っているようなものだった。
(紗夜、完全に自棄になってるぞ、あれ)
恥ずかしさに顔を赤くしながらも、やめようとしないのを見ても、嫉妬が彼女をやけにさせているのは間違いなかった。
(ええい! 考えるよりも応えよう!)
考えている間にも、人が来る可能性だってある。
そもそも、こうなった原因は僕にあるのだ。
僕は、踏ん切りをつけると紗夜の腰に手を回して、静かに抱きしめる。
最初は強張ったからだが次第に弱まっていく。
「一樹君……ん」
そして、僕は目を閉じて紗夜の唇に軽くキスをした。
「これで、許してくれる?」
顔を離した僕は目を開くと、紗夜に声をかける。
「ええ……ふふ」
僕の言葉に答える紗夜の表情は、幸せそうに微笑んでいた。
(今後はいろいろ気を配ろう)
こういう場所でのそれは、スリルがあっていいかもしれないけど、さすがに精神的によくはない。
と、そんなことを考えながら、誰にも見られてはいないかと、もう一度あたりを見回してみる。
「ジーーー」
「「っ!!??」」
真横で、興味深げに見ていた人物に、僕たちはものすごい速さで離れたが、時すでに遅く思いっきり見られてしまっていた。
「おねーちゃんに一君、だいたーん☆」
「ひ、ひな……い、いつから?」
笑みを浮かべている日菜さんに、紗夜が問い詰めるが、それは完全にいてはいけないような気がする。
「えーっとね、おねーちゃんが『本当に、反省してる?』って言ってるところから」
(ほとんど最初からじゃん)
要するに、すべて見られていたということだ。
「―――――」
(あ、固まった)
恥ずかしさに耐え切れなくなった紗夜は、顔を真っ赤にして固まってしまった。
だが、そこで一つの疑問が浮上する。
「……一体どこで見てた?」
僕は確かにあたりを見回したはずだ。
日菜さんの言っている通りだとすれば、その時に僕が見つけているはずだ。
「あの植え込みの壁!」
「思いっきりデパガメじゃないか!!」
あまりにも胸を張って言い切る日菜さんに、僕のツッコミも自然と強くなる。
「えー、二人ともガードが堅いから、二人のイチャイチャなんてめったに見れないんだもん」
「当たり前だ! 見世物じゃないんだから」
「でも、その割にはこんなところで堂々とやってるじゃん」
日菜さんのその言葉に、僕は完全に言葉を詰まらせる。
そう言われてしまうと、僕には反論のしようがないのだ。
「とりあえず、この話は誰にも言わないこと。紗夜がああなるから」
「あーうん。今度からはもう少しこそっとして見るねっ」
そういう問題でもないのだが、もうこの時点で僕には突っ込むほどの気力もなかった、
その後、正気に戻った紗夜と共に、CIRCLEに向かうのであった。
……その道中、紗夜からはものすごく距離を取られてしまったけど。
一つだけ確信したのは、紗夜が一緒に来ることになったのは、おそらく嫉妬によるものだったということだ。
そうだとすると、リサさんの笑みも頷ける。
(これは、リサさんからもからかわれるのは覚悟したほうがいいかな)
この先のことを考えると、妙に足取りが重くなってしまうのであった。
路上でいちゃつくことを、人はバカップルと呼ぶ……のかどうかはわかりませんが、ちょくちょくとこんな感じで、イチャイチャしているところを挟んでいけたらなと思います。