西日が照り、街が茜色に染まっている。市街の奥で日の入りが始まる中、ティオナ達はホームへの帰り道を歩いていた。
「あー、遊んだぁー」
控えめではあるがアイズの顔には笑みが戻っており、強引に連れ出したことが功を奏したとティオナもご満悦気味だ。最後の方は彼女の気分転換無しに遊び倒しだったため、レフィーヤなどは苦笑いとともに疲れも滲ませている。
「あれ?」
「馬車.....?」
館の正門に見慣れない乗り物を見つけ、ティオナとレフィーヤは不思議そうにする。近寄ってみると、豪華な黒いドレスを着こなしたロキが今まさに馬車に乗り込もうとしているところだった。
「わっ、ロキ、何その格好!?髪型まで変えちゃって!」
「ん?お〜、帰ってきおったか5人組。ぬふっ、どや、似合う?」
「はい、似合ってますけど...どこかに行かれるんですか?」
「ん、ちょっと『神の宴』に足を運ぼうと思ってなぁ」
「あら、でも『神の宴』には興味無いとか言ってなかった?」
「ふひひ。ちょっと愉快な情報を耳に挟んでなぁ、貧乏神のドチビをいじりに行ってくるわ」
「またそんなこと...」
よく分からないことを言うロキに首を傾げるティオナ達と、こめかみを押さえるミナト。とりあえず、よからぬ事を考えていることだけは、その不敵な笑みを見て分かった。
「ほんじゃ、行ってくるわー!ご飯は適当に食べといてなー!」
なぜか御者席にいるラウルが、ぱちんっ、と
『ーーーガッ!?』
鋭い一撃が『ガン・リベルラ』を真っ二つにする。振り抜かれたレイピアの餌食となる
「(.....使いにくい)」
モンスターの一団との戦闘を終えたアイズは、代剣として借り受けたレイピアを見下ろす。武器の性能は確かに高い。しかし使い慣れた《デスぺレート》と比べ、リーチと重さ、何より強度が違う。細い剣身は繊細な扱いをアイズに強要しているようで、使いづらかった。もっと武器を労ることを知れ、とゴブニュに言われているようで、アイズはぐうの音も出ない思いだった。
「(.....拾わなきゃ)」
剣を鞘に収め、アイズはひとまず発生したドロップアイテムを回収する。1日かけてダンジョンにもぐり続けているせいか、腰に取り付けている
「.....」
20階層は自分の足音くらいしか聞こえないほど静かだった。中層にもなると、Lv.2以上のステイタスを求められるので、同業者の数もぐっと減る。モンスターの遠吠えが時折響くだけであった。ぼうっと灯る苔の
「.....?」
アイズの視線の先、冒険者の一団が横穴から出てくる。巨大なカーゴを引きずっている彼等は充実した防具に隙のない身のこなしを纏っており、相当な実力者達である事が分かる。
「(【ガネーシャ・ファミリア】.....)」
武装に刻まれている象の顔のエンブレムを見て、アイズは冒険者達の正体を察する。伴って、あの黒鉄のカーゴの中身も悟った。彼等は明日に迫った
アイズは
「.....」
がたがたと揺れるカーゴを眺めた後、アイズは進路を変える。【ガネーシャ・ファミリア】の邪魔にならないよう、別ルートで上階へ向かった。
地上に帰還し、ホームに帰り着く頃には、すっかり夜になっていた。門番の団員にぺこりと頭を下げ通してもらい、館に入る。既に夕食も終わった後だろう。意識を周囲へ張り巡らし、アイズは人目を避け廊下を進んだ。どこかコソコソとしながら物音1つ立てず、人の気配を感じ取ればすぐさま迂回する。首を傾げるレフィーヤもやり過ごしつつ、アイズは塔の上階にある自室を目指した。
「アイズ」
ぴくっ、と細い肩が震える。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには行動を予測し待ち構えていたかのように、目を若干細めたリヴェリアが立っていた。
「どこへ行っていた...と聞くまでもないな」
「.....」
完全武装しているつま先から頭のてっぺんまで、翡翠色の瞳が視線を移動させる。アイズは一瞬逃走を図ろうとしたが、止めた。後が怖過ぎる。リヴェリアはこれみよがしにため息をつく。
「ダンジョンにもぐるなとは言わん。だが、遠征が終わった直後だ。体は十分に休めろ」
「.....うん」
「全く、調子を取り戻したかと思えばすぐそれか」
「.....ごめんなさい」
最後の言葉には呆れも混じっていただろうか。まるで夜遅くに帰ってきた子供を叱る母親のようなリヴェリアの様子に、アイズも自然と体を小さくしてしまう。お互いの力関係が一目でわかる光景だった。こんな時ミナトがいれば、アイズをフォローしてくれるのだが、肝心ときに彼はいつもいない。
「ううっぷ.....あれぇ、アイズたんとリヴェリア、何しとるん....おえっぷっ」
アイズがひたすらしゅんとしていると、その場にロキが通りかかる。おぼつかない足元、果てしなく悪い顔色、そして何より凄まじく酒臭い。酒を一滴も飲まないリヴェリアが、理解できないような目付きでロキを見やる。
「それはこちらの台詞だ.....いや待て、近寄るなっ、来るんじゃないっ」
「うちは水飲みに来ただけやぁー....うぷっ。あー、頭いったい....声あんま出さんといてー。これからミナトのところに行くっちゅーのに、それまでに
「また、酔いを覚ますためにあいつを頼るのか.....」
ロキは『神の宴』から帰ってきた後、ずっとこのような調子だった。フィン達の声も聞かず止めるなッとばかりにやけ酒をし、泥酔。正確には三日酔いだろうか。何でも馬鹿にしようとしていた女神に逆にやり込められ、悔しさのあまり酒を飲まずにはいられなかったらしい。普段から二日酔いなどで苦しむ際に彼女は、きまってミナトのところへと足を運ぶ。彼の出す『九尾の衣』に触れると、なぜか分からないが体の調子がすこぶる良くなるのだ。二日酔いにも効くと知った時、ロキが狂喜乱舞したのは言うまでもない。
そんなロキにアイズも距離を取ってしまう中、彼女は頭をさすりながらリヴェリアを見る。
「で、何やっとるん?」
「.....アイズがダンジョンにもぐっていた。この時間までな」
「あー、そういうことなぁ.....うぇっぷ」
リヴェリアの話に吐き気と一緒に
「よぉし、お転婆アイズたん。うちらに心配かけとる罰や、明日は付き合ってもらうで?」
「......?」
「フィリア祭や。
酒気を漂わせながら、にへっと頬を緩めるロキ。瞬きを繰り返したアイズは口を開こうとしたが、「拒否権はなしやからなー」と先回りされてしまう。
「息抜きにはちょうどええやろ。うちも行く予定やったし。リヴェリアもどう?」
「.....私は遠慮させてもらおう。あのような祭りの空気には、どうも馴染めん」
「ありゃりゃー、残念やな。せっかくダブルデートを楽しめるかと思ったのに.....あたたっ」
思い出したようにこめかみを押さえるロキを他所に、アイズはリヴェリアを見るが、彼女も言うことを聞いておけと目で語りかける。ロキの言う「うちら」、つまりは最低でもあと一人同行者がいることが気になるが、明日になれば分かるだろう。
「じゃあアイズたん、明日は朝集合なー。1人でどっか行ったらあかんでー」
「わかりました」
「私も行くか.....アイズ、繰り返すが、ほどほどにしろ」
「うん.....」
「ミナトぉぉ」と情けなく叫ぶロキと、リヴェリアにそれぞれ別れを告げ、その日は解散となった。
「え〜っ、アイズ、ロキとフィリア祭行くの〜?」
翌朝。部屋を訪ねて来たティオナは、
「ごめん、ティオナ.....」
「う〜ん、でもしょうがないか。先に声をかけたロキが優先だしね〜」
扉の前で悔しがるティオナは、すぐに一転して笑いかけてきた。
「あたしはティオネ達とすぐに東のメインストリートに行くけどさ、合流できたら、一緒に祭り見ようね!」
「うん」
淡く笑い返したアイズはその後、ティオナと大食堂へ向かった。食事を済ませて再び自室へと戻る。
「.....」
丈の短い上衣にミニスカート。ミナトに買ってもらったあの服だ。鏡の前に立つ自分の格好はやはり気恥しさが先に立ったが、せっかく頂いたプレゼントだ、このような日に着ない手はないだろう。念のため剣帯を服の上から巻き、護身用のレイピアを差す。一気に物騒な感じが増したが、仕方ない。デートなどとは言うが一緒に行動する以上、ロキの護衛も兼ねるべきだ。ブーツも履いて、アイズはエントランスホールに足を運び、ロキが来るのを待った。
「おはようー、アイズ。ごめんなー、遅くなって」
「大丈夫です」
「ありがとな〜。もう少しであと1人も来るはずやから、待っとってあげてな、って!?」
「.....?」
「おお、その服いいな!?めっちゃ可愛い!まさかアイズたんのこんな格好を拝めるとは!」
「.....ありがとう、ございます」
「まさかうちのためにオメカシしてくれたん!?くぁぁ〜!萌え萌えやー!似合ってるでー!抱き着きー!」
条件反射で反応してしまったアイズは、飛びついてきたロキに高速の張り手を見舞い、横手の壁に叩きつけた。顔面が壁にめり込み、どさっと落下する音。顔を両手で覆いゴロゴロとのたうち回っていたロキだったが、やがて何事もなかったように立ち上がる。
「うん、アイズたんのスカートの中身確認できたし、良しとしよう」
「.....見たんですか?」
「え、あ、見てへん見てへん。
再び一悶着が起きた後、しばらくして。
「やあ、おはよう2人とも。......どうしてロキは顔が腫れてるんだい?」
「.....ミナト、おはよう。
「わ、わかった」
挨拶をしながらなぜか顔をパンパンに腫らしたロキを不思議に思い尋ねるが、アイズの無表情かつ冷淡な言葉でスルーすることにした。
この場に来たと言うことはミナトが、ロキの言うあと一人の同行者で間違いないようだ。それから2人はボロボロのロキに引き連れられ、フィリア祭へと出発した。
「2人ともすまん。ちょっと行くところあるんやけど、寄ってもええ?」
「俺はいいけど、アイズは?」
「大丈夫.....朝ごはん、ですか?」
「ん〜、それもあるんやけどな」
北から東のメインストリートへと五分ほど歩く。
「ここや、ここ」
祭りの開催を前にして浮き足立つ人々で賑わう中、3人は人の群れを縫って、大通り沿いにある喫茶店の前に出る。ドアをくぐり鐘の音を鳴らすと、すぐに店員が対応してきた。ロキが一言二言交わすと2階に案内される。アイスがその場に足を踏み入れた瞬間感じたのは、時間が停止したかのような静けさだった。客の誰もが心ここに在らずといった表情で、口を開きっぱなしにし、全ての視線を一箇所に集めている。彼等が見入っているのは、窓辺の席で静かに座っている、紺色のローブを纏った1人の女神だ。
「よぉー、待たせたか?」
「いえ、少し前に来たばかり」
彼女の元へ真っ直ぐ足を運んだロキは、気さくに声をかける。相手もまた深く被るフードの下で微笑を浮かべた。
「なあ、うちまだ朝飯食ってないんや。ここで頼んでもええ?」
「お好きなように」
どうやら彼女に会うため、あらかじめ連絡をしていたらしい。2人の邪魔にならないよう護衛の位置に控えるアイズは、フードの奥から覗くその銀の瞳を見て、初めてあった神の正体を察する。
「ところで、いつになったらその子を紹介してくれんのかしら?」
「なんや、紹介がいるんか」
「一応、隣の
女神の瞳もアイズの顔に向けられる。髪の色と同じ銀の双眸に、アイズは一瞬引き込まれるかのような錯覚を感じた。
【ロキ・ファミリア】と同等の戦力を持ち、一部の者からは都市最強派閥とも囁かれている【ファミリア】の主神。
女神フレイヤ
「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんなやつでも神やから、挨拶だけはしときぃ」
「.....はじめまして」
生まれてこの方、リヴェリアより美しい女性を見たことがなかったアイズだが、目の前の女神の美しさは完璧にハイエルフの彼女を超えていた。いっそ寒気すら覚えるその妖艶さは下界の者を、同格の神々でさえも惑わせる力を持っている。ローブで身を隠しているにも関わらず、周囲の客を
『美の女神』
文字通り美を司る彼女は、他の女神と比べても一線を画す。
「可愛いわね。それに...ええ、ロキがこの子に惚れ込む理由、よく分かった」
許可を貰い椅子に座るアイズに、フレイヤは笑みを浮かべてくる。緊張した様子を見せるアイズに、くすりと笑みを漏らしたフレイヤは、ミナトの方に視線を向けた。
「久しぶりね、ミナト」
「ええ、お久しぶりです、フレイヤ様」
「やっぱり綺麗な魂の色ね。どこまでも澄んだ碧、一切の
「私には分かりかねます...」
「相変わらず釣れないのね」
そう言って頬を膨らませる眼前の女神は、やはり美しい。子供のような仕草でも周囲を惹き付けるその美貌は今だけ、全てがミナトに注がれている。
「勘弁してください、フレイヤ様.....」
「あらごめんなさい。あなたといると、ついやってしまうのよね」
「コラコラコラ!この色ボケ女神っ。何うちのミナトに誘惑してんねん!?」
一途に恋する乙女。先程までのフレイヤを例えるとしたらそれに尽きるだろう。ひたすら「愛してる」そう月のような瞳で訴えかける彼女に、たまらずロキが間に割って入る。
「それで、どうして私は呼び出されたのかしら?」
フレイヤがそう尋ねると、ロキは口を吊り上げ、単刀直入に用件を切り出す。どうやら彼女は最近妙な動きを見せるフレイヤを警戒していたらしく、先日顔を見せた『神の宴』にも探りを入れた。あれほど興味が無いと言っていた筈なのに、何故今頃になって参加したのかと。
【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。迷宮都市の双頭と比喩されるほど実力が拮抗している両派閥の間には、勢力争いが絶えない。隙あらば蹴落とす関係にある2つの【ファミリア】は、お互いを無視できず、一方が動けばもう一方も動かざるをえなくなる。ロキはフレイヤの思惑を知る一方で、面倒を起こすなと、そう釘を刺すのが目的だったらしい。二柱の女神から放たれる物騒な神威に気圧され、いつの間にか周囲の客は店を出ていったようだ。
「男か」
何かを悟ったように、ロキがその一言を発する。変わらず微笑みだけを返してくる美の女神に、緊張を解いた彼女は大きくため息を出した。
「はぁ.......つまりどこぞの【ファミリア】の子供を気に入ったっちゅう、そういうわけか」
アホくさ、と1人で見当をつけてしまったロキに、アイズは一瞬置いてけぼりを食らう。整理すると、どうやらフレイヤは、他派閥に所属する
「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構い無しか」
「あら、心外ね。分別くらいあるわ」
「抜かせ、ついさっきミナトを
「彼はまた別。この際だからはっきり言っておくわ」
「.....」
「ミナトはいずれ、
「それは、うちに喧嘩売ってるっちゅう事でええんか....?」
「ふふっ、言わないと分からない?」
「....上等や、いつでもかかってきぃや」
瞬間、2人から膨大な神威が放たれる。2人の一番近くにいたアイズは
「ロキ」
「....っ、すまん!2人とも大丈夫やったか!?」
ミナトの掛け声で我に返ったロキは、申し訳なさそうに尋ねる。神威から解放され、ある程度呼吸の落ち着いたアイズは「大丈夫です」と答え、問題ないことを伝えた。
「私達の神威を浴びても一切顔色を変えない、やっぱり素敵ね」
銀の瞳に熱を込めたフレイヤは碧眼の青年に、その熱眸を向けた。あなたが欲しい、そう視線に込めながら。
それからフレイヤの気になった男の特徴を聞き出そうとしたロキに、彼女は魂が綺麗だったと簡潔に答えた後。窓の外に何かを見つけたのか、ロキに一言挨拶すると、急くようにして店から出ていった。
「.....!」
アイズは、フレイヤが目で追った方向を反射的に追ってしまった。大通りを埋める人込みの中から金の双眸が見つけたのは、兎のような真っ白い頭髪だった。
「ん?アイズ、どうした?何かあったん?」
「.....いえ」
返事はするが、まだ窓の外に向けられていた。見間違いかもしれない。確信も持てない。でも来ているのかもしれない。このフィリア祭に。アイズはもう見えなくなってしまった白い髪に対して、どこか期待を感じている自分に気づいた。会えるかもしれないと。
「なぁアイズたん、誰かいたん?めっちゃ気になるんだけど」
「まあまあ、ロキ。アイズが何でもないって言ってるでしょ?」
「でもなぁ〜」
ようやく窓の外から視線を外したが、ロキが不思議そうにアイズを見つめ、しつこくまとわりついてくる。ミナトがアイズをフォローするが、それでもロキは隠し事をするなと言いながら伸ばした彼女の手を冷静にアイズに捌かれていると、ほどなくして入店当初注文した料理が運ばれてきた。ロキは不満気に口を尖らせた後、大人しくパンとスープ、サラダを食べ始める。へそを曲げるロキをミナトが慰め、アイズは我関せず黙々と出された料理を口に運ぶ。
こうして、二柱の女神の衝突という中々に重い出来事から、彼女達3人の
ミナトって、いつも誰かしら慰めてない?