黄色い閃光inダンジョン   作:いちごぎゅーにゃー

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今回も長くなってしまった...


離れてく距離に届かない君の匂い

道の脇や中央に並ぶ屋台から漂ういい香りは道行く人々の胃袋を引き止める。火で豪快に焼かれた鶏肉からは肉汁が滴り落ち、ジューッという油の弾ける音が一層強く食欲を刺激した。賑やかな祭りの空気に、誰もがその顔に笑みを咲かせている。

 

「せや!2人とも、まずはジャガ丸くん食べよ!」

「.....!」

「いいね」

 

ロキに連れられ寄った屋台では、潰した芋に衣をつけ油で揚げた食品を販売していた。実はジャガ丸くんが大好物であるアイズは若干目の色を変える。

 

「すみません、普通のジャガ丸くんと.....」

「小豆クリーム味、1つ」

 

ミナトの声に自分のものを被らせて注文すると、すぐに芋を衣揚げした一口大の料理が手渡される。アイズの頼んだものは更にクリームも混ぜて揚げられたものだ。美味いのかというロキの視線も気にせず、静かに、そして心持ち熱心に()()()()と食べる。

 

「アイズたん、アイズたん」

「?」

 

唇にクリームを付けたまま振り向くと、ロキはがぶっと自分のジャガ丸くんにかぶりつく。更に行儀悪くぺろぺろと何度も舌で舐め回したかと思うと、晴れやかな笑みを浮かべ、アイズの口元にその芋の塊を突き出した。

 

「はい、あーん」

「嫌です」

 

即答

 

「なんでやー!?うちが満足するまで付き合ってもらうって言ったやんかー!」

「それだけ汚したら誰でも嫌でしょ....」

「アイズたんにあーんするのうちの夢やったんやー!?頼むーッ!」

「嫌です」

 

にべもなく断るアイズにロキは何度も食い下がってきた。しかしアイズも断固拒否する。泣き落としまで使ってくる主神に対し、鋼の意志ではねのけ続けた。

 

「じゃあアイズたんがうちにあーんしてっ、あーんっ!それだったらええやろ!?」

「.....」

「はぁ...」

「一口、一口でええから!」

 

横でミナトがため息を吐く中、アイズは手元のジャガ丸くんに1度視線を落とした後、必死な形相を作るロキのことを見やる。周囲の目もはばからず懇願してくる己の主神に、彼女はおずおずと、食べかけのジャガ丸くんを差し出した。すぐに、ぱくりっ、と。アイズの両手を包みながら勢いよく噛み付いたロキは、不細工なリスのように頬張り、よく味わってから飲み込む。

 

「ふへっ、ふへへぇ.....アイズたんと関節キスやぁ」

 

アイズは己の行動を非常に悔やんだ。そして今すぐアホ(ロキ)から目を背けたくなった。形容し難い気色悪さがアイズを襲うその時、すっと横から、一口大のジャガ丸くんがアイズの目の前に差し出された。

 

「はい」

「.....?」

 

見れば小さく切り離された()()をミナトがアイズの口元に運んでいる。ロキに自分の分を食べられたアイズを可哀想に思ったのか、ミナト自身の分をアイズに分けようとしているみたいだ。図らずとも憧れの人からの「あーん」が少女の眼前に迫る。数秒固まったアイズは「ほら」と催促が来たことで我に返り、ほんのり頬を染めながら、恐る恐るミナトの持つジャガ丸くんを口に入れた。

 

「なんでやー!?なんでうちのはあかんくて、ミナトのは平気やねん!?」

 

その一連のやり取りが面白く無いのは、先程頑なに断られたロキだ。アイズた〜んと情けない声を上げながら彼女の腰に抱きつこうとしてくる。この神、落ち込んでると見せかけてセクハラを仕掛けようとしていた。

 

「.....」

 

アイズがひょいっと躱すと地面に顔からダイブするロキ。そのままじたばたする姿は女神とは程遠い。

 

 

「神様、神様ぁっ!?お願いしますから勘弁してください!?」

「おいおい、遠慮するなよ!今度は僕がお返しする番だろう!?ほら、あーん!」

 

どこからともなく聞こえてきた会話に、似たような境遇は自分だけではないのだと、アイズは少しだけ救われたような気がした。

 

「さあ、まだまだ行くで!!」

 

2人はそれからロキに手を引っ張られながら、通りの出店を見て回った。

 

「.....」

「ん、どうした、アイズ?」

 

ふとアイズが足を止めてしまったのは、何と武器を販売している出店だった。冒険者の聖地でもあるオラリオならではと言えばいいのか、彩飾用から実用向きなものまで色々な武器が置かれていた。今日まで何振りもの剣を手に取ってきた反動なのかもしれない、ついつい視線が飾られている武器に引き寄せられ、掘り出し物はないか探し出してしまう。この日1番の熱心な眼差しを送るアイズに、ロキとミナトは苦笑した。

 

「今日くらいはそれ(武器)から意識を外したらどうだい?」

「アイズたんにはもうちょい女の子してほしいなぁー、うち。.....ほれ、いい加減行こう」

「.....はい」

「そんなあからさま名残惜しそうな顔をせんでも.....似たような店は今日1日、どこにでも出とる、ここだけやない」

 

説得される形でアイズは出店から離れる。まだまだ遊び通すとばかりに意気込むロキに連れられ、華やかな通りを歩き回っていった。

 

 

 

 

 

 

「あー、いかん、もう始まっとる!」

 

闘技場から響いてくる歓声に、ロキが慌てたように叫んだ。

 

「この道で、大丈夫なんですか?」

「おう、ばっちしや!大通り経由するより断然近道やで!」

 

つい時間を忘れ、屋台めぐりにのめり込み過ぎたのが失敗だった。肝心な怪物祭(モンスター・フィリア)の開催時間を大きく逃してしまったアイズ達は、駆け足で急ぐ羽目になっている。ロキの土地勘通りに進む途中、アイズは怪訝そうな顔をした。

 

「......」

 

耳が一瞬捉えた獣の遠吠えらしき響き。闘技場で調教師(テイマー)と戦うモンスターの雄叫びが風に乗ってきたのか、と納得しようとするも、腑に落ちない表情を浮かべてしまう。

 

「あかん、走り疲れた.....うぅん?なんや、この空気」

 

ロキが息を切らす中、闘技場周辺の雰囲気は張り詰めていた。整備のため配置されているギルド職員の動きは不安をかきたてる程に騒がしく、慌ただしい。今も歓声が上がる闘技場とは真逆の混乱と動揺が広がっている。何より【ガネーシャ・ファミリア】の団員達が武器を構え広場から散っていく光景は、もはや異変が起きたと証拠づけるものだった。アイズはロキを見て頷きをもらうと、闘技場の南側、正門付近に足を運んだ。輪になっている少人数のギルド職員達を見つけ、アイズは彼等に情報を求める。

 

「.....すみません、何かあったんですか?」

 

その声に弾かれるように振り返ったギルド職員達は、こちらを見るなり目を見開いた。

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン.....」

 

彼等は呆然とした後、飛び付くように男性職員の1人がアイズに近寄り、早口で現在の状況を説明してきた。聞くに、祭りのため捕獲されていたモンスターが数匹脱走したらしい。それに加え、逃げたモンスターを追いかけるはずだった【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は、何故か魂を抜き取られたかのように放心し、再起不能に陥っているということだ。

 

「モンスターを鎮圧するには人手が足りません、どうかお力を.....」

 

男性職員の懇願を断る理由は無い。後ろを振り返り、己の主神に視線を飛ばす。

 

「ロキ」

「ん、聞いとった。もうデートどころじゃないみたいやし、ええよ。この際ガネーシャに借し作っとこか」

「なら俺はこのままロキの護衛を続けようかな。アイズ、脱走したモンスターを頼んだよ」

「うん」

 

にわかに沸き立つギルド職員達とロキが言葉を交わし、モンスターの数、種類、動かせる人員状況を確認する。何故モンスターの脱走を許したのか考えるのは後回しだ。都市を脅かす事態に、アイズは儚く光るレイピアの柄を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大観衆の拍手と喝采が万雷のように鳴り響く。闘技場内のアリーナでは、今まさに【ガネーシャ・ファミリア】のテイマーがモンスターを手懐けたところだった。

 

「やっぱりガネーシャのとこ、凄いな〜。調教(テイム)を簡単に成功させちゃって。あんなの真似できないや」

「そうですね。ただでさえ成功率は低いのに、こんな大舞台で.....」

「華もあるわよね。ただ調教するんじゃなくて、観客を魅せる動きをしてる。お金もとれるわ、これなら」

 

怪物祭(モンスター・フィリア)の観戦に来ているティオナと、レフィーヤ、ティオネは口々に感想を言う。朝早くから入場していた彼女達は他派閥の精鋭による数々の美技に、素直に舌を巻いていた。

 

 

 

 

「ねぇ、なんか【ガネーシャ・ファミリア】慌ててない?」

「ええ....何人か調教(テイム)に関係ないヤツも出てきてるし」

「あ、やっぱりそう思う?」

 

フィールドから顔を上げるティオナとティオネの視線の先、主神であるガネーシャがいるのであろう闘技場最上部の賓客席に、代わる代わる足を運ぶ団員達の姿がある。更に彼等は観客席へ下りては手当り次第に神や冒険者へ耳打ちをしており、何かを要請しているようにも見えた。どこか余裕のない彼等の動きに、ティオナ達は何かしらの事態が起きていることに薄々感付き始めた。

 

「どうしますか?」

「...少し、様子を見てきましょうか」

 

レフィーヤの問いかけに答え、ティオネは観客席から立ち上がる。3人は盛り上がる観客の間を通って階段を駆け上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガネーシャのとこの子達はなにやってるん、ミィシャちゃん?」

「差し支えなければ教えてくれないかな」

「え、えっとぉ、市民の安全を最優先に動いてます。私達と連携して、この東地区からの避難を」

「ふむ.....こんな状況でまともな情報なんて期待できへんし、モンスターの方はやっぱりアイズに任すか」

「そうだね」

 

どこか舌足らずのギルド職員の話を聞き、ロキは周囲を見渡す。闘技場を囲む広場はようやく統率の取れ出した動きを見せていた。黒スーツを着たギルド職員が各々の役割を果たし、武装した【ガネーシャ・ファミリア】の団員と(しき)りに検討し合っている。他もごく僅かながら協力に応じた冒険者の姿もあり、指示を仰いだ側から広場から走り去っていった。

 

街のはるか彼方からは、今もモンスターの遠吠えが響いてくる。

 

「ロキ!ミナト!」

「おっ?」

「来たね」

 

2人の元に駆け寄ってくるティオナ達に、ロキはよく来たと手を上げる。既にただならぬ状況を周りの様子から察している彼女達は、詳しい説明を求めてきた。

 

「簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をうろついてるらしい」

「えっ、不味いじゃん、それ!?」

「ん、不味いなぁ」

 

驚くティオナに対しロキは平然とした態度を崩さず。何暢気(のんき)に言ってんの、と詰め寄られる中、彼女は苦笑しながら指示を出す。

 

「ティオナ達は、アイズが打ち漏らしたら叩いてくれんか?そうやな、うちももうミナトを連れて移動するから、見晴らしのいいとこにでも陣取っといて」

「アイズさんはもう、モンスターのもとに向かったんですか?」

「いや、まだ行っとらん」

「はぁ?じゃあどこにいるのよ」

 

レフィーヤとティオネの疑問に、ロキは指で答えた。

 

「あそこ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風の音が響いている。美しい金の長髪をあおられながら、アイズは闘技場の上から街の光景を俯瞰していた。本来立入ることのできない闘技場の外周部。もはやまともな足場さえない天頂部分の縁はここの付近一帯の中で最も高度が高い。この場からは、東のメインストリートから入り乱れる街路の隅々まで一望することができた。街に散らばったモンスターを追って闇雲に走り回るのは非効率。「高所から敵の位置を把握して、奇襲をかけなさい」とミナトから助言を受けたアイズは、それに従う。

 

「.....見つけた」

 

魔法の一部を風に乗せることで咆哮の振動を敏感に感知するアイズは、瞬く間にモンスターの位置を割り出していく。近辺で確認できたのは8匹。現時点で逃げ出したと情報のある9匹の内、あと1匹が捕捉できない。時間もかけられないので索敵を諦めたアイズは、腰のレイピアを抜いて一声。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

風の気流を纏い直す。縁の端に足をかけ、背中から打ち寄せる大音声に押されるように、体を前に倒した。傾いていく視線の中で、最も距離の近いモンスターをその金の瞳で射抜く。

 

全速で仕留める。

 

「リル・ラファーガ」

 

蹴りつけられる壁。自信を弾丸に見立て、アイズは長距離射撃を決行した。

 

「!?」

「なんだっ!?」

 

貫く。

 

街路の中心を行進していた『トロール』を背後から砲撃さながら粉砕した。巨人のモンスターを相手取ろうとしていた冒険者達は一斉に驚愕し、そのあまりの轟音に逃げ遅れていた市民達も肩をはね上げる。

 

一体、また一体と。金の疾風が剣を()げ、街中を駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「職員の指示に従って避難してください!この近辺にはモンスターはいないので、どうか冷静に!」

「娘がっ、娘がいないんです!?この騒ぎではぐれてしまって........!」

「落ち着いてください。ご息女の特徴を教えて貰えますか?」

 

混乱を来たす市民をギルド職員達が必死に誘導している。絡み合う怒声と悲鳴を受け止め、他の冒険者の手も借りながら、彼等は避難行動に努めていた。

 

ハーフエルフの女性職員と獣人の母親が会話をする様子を見下ろしていたロキは、再び上がったモンスターの断末魔に顔を上げる。

 

 

「エイナ!」

「あ、ちょ、ミナト!?」

 

ギルド職員の中に知己を見つけたミナトは、ロキの待ったも聞かず彼女の隣から一瞬で消える。

 

「まったく.....にしても、ティオナ達には悪いけど、アイズ1人で片付きそうやな.....」

 

闘技場から移動し高くそびえる鐘楼に上った彼女は、視界奥の光景を眺めながら呟いた。視線の先では金髪の少女が広大な街の区画を絶え間なく動き回っている。今もまた補足したモンスターを1匹切り伏せた。

 

「にしても.....うっさん臭いなぁ、この騒ぎ」

 

市民の安全に尽力した者達を褒めるべきなのだろうが、拍子抜けもいいところだ。

 

「(死んだもんはおろか、怪我人も無しってのは話が上手過ぎやろう......。人間(子供)達を襲わんモンスターがどこにおんねん)」

 

ロキの見据える方角、街角を突き進んでいるモンスターは悲鳴を上げる亜人(デミ・ヒューマン)達を見向きもしない。まるで何かを探し求めているかの様だ。

 

「まあ、この先、何が起こるかはわからんけど.....」

 

視線の先のモンスターがまたアイズに仕留められる。こんな芸当ができる、あるいはしでかす輩は。とそこまで考えて脳裏によぎったのは、フードに隠れた魅惑的な微笑みと、きらめきをこぼす銀の髪だった。

 

「.....あん?」

 

唐突にロキは足元を見た。ぐらり、と感じた振動。よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬ゆらめかした。身を乗り出し、街の周囲を見渡す。

 

「地震、か.....?」

「ロキ!」

 

街を観察する彼女のもとに、何やら焦った様子のミナトが現れる。

 

「お、ミナト。エイナちゃんはもうええんか?」

「ああ、そんなことより急いでここから離れる。悪いけど説明してる暇は無いから大人しく俺に捕まって!」

「.....分かった。頼むで、うちの騎士(ナイト)

 

ミナトはロキの首元と膝元を片手づつ使って彼女を持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこをされるロキは特に恥ずかしがる様子もなく、大人しく彼に従った。そして次の瞬間、2人は風の音と共にその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、本当に出番なさそー」

 

家屋の屋根伝いに移動していたティオナ達は足を止めた。打ち漏らすどころか的確にモンスターを屠り、ティオナ達の援護を無用のものとしている。ふわりと、ここまで伝わってくる風の余波に髪を撫でられた。

 

「エサを用意されて、そのままお預けを食らった気分ね」

「あ、わかるかも」

「.....お、お二人とも、武器もないのによくそんなこと言えますね」

 

今日のティオナ達はもともと武器を携帯していない。各自の得物である武器は怪物祭(モンスター・フィリア)観戦の邪魔になるだろうという判断からだ。防具は言わずもがなである。手持ち無沙汰になりかけている中、体があればこと足りるとばかりのアマゾネス姉妹の会話に、レフィーヤは空笑いをする。

 

「.....?」

「ティオナ?」

「どうかしたんですか?」

 

眉を訝しげに曲げ、過敏な野生動物のように周囲を見渡し始めるティオナ。表情を張り詰めさせる彼女は口を開いた。

 

「地面、揺れてない?」

「.....本当、ね」

「地震.....じゃないですよね」

 

地震と言うにはあまりにもお粗末な揺れは、ティオナ達に不穏なものを覚えさせる。ダンジョンで培われた感覚が、どんな小さな出来事にも、いかなる前触れに対しても彼女達を敏感にさせていた。そして。自然に身構えていた彼女達のもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

『!?』

 

引き寄せられるように視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。

 

『きゃあああああああああああっ!?』

 

次いで響き渡る女性の金切り声。揺らめきを作り煙の奥からあらわになるのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

 

ぞっっ、と背筋に走る嫌な予感。ティオナ達は顔色を変えた。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

「行くわよ」

 

叫ぶと同時に走り出す。一歩遅れてレフィーヤも駆け出し、屋根の上を踏んで一直線に突き進んだ。悲鳴を上げ市民が逃げ惑う最中、ティオナ達は通りの真ん中へ、だんっ、と勢いよく着地を決める。

 

「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ.....」

「新種、これ......?」

 

細長い胴体に滑らかな皮膚組織。頭部。体の先端部分には目を始めとした器官は何も備わっておらず、若干膨らみを帯びたその形状はヒマワリの種を連想させた。全身の色は淡い黄緑色で、ティオナ達に嫌な既視感を覚えさせる。顔のない蛇、と形容するのが最も相応しいだろう。

 

「ティオナ、叩くわよ」

「わかった」

「レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい」

「は、はいっ」

 

目付きを鋭くするティオネの指示に、ティオナ達と、そしてモンスターも反応した。次の瞬間、地面から生える体をムチのようにして襲いかかってきた。

 

「!」

 

力任せの体当たりをティオナとティオネは回避する。巻き上がる石畳に、ばら撒かれる粉砕音。ぞるるるっと嫌な音を立てその細い体をくねらせるモンスターに、2人はすかさず死角から拳と蹴りを叩き込む。

 

「っ!?」

「かったぁー!?」

 

皮膚を打撃した瞬間、彼女達は驚愕を等しくした。渾身の一撃が阻まれる。素手とはいえ、並のモンスターならばそれだけで肉体を破砕される第1級冒険者の強撃だ、にもかかわらず貫通も撃砕もかなわない。凄まじい硬度を誇る滑らかな体皮が僅かばかり陥没したのみで、逆にティオナ達の手足にダメージを与えていた。皮の破けた右手をぶんぶんっと振るい、ティオナは目を見開く。

 

『ーーーー!!』

 

ティオナ達の攻撃に悶え苦しむ素振りを見せたモンスターは、怒りを表すようにより苛烈に攻め立ててきた。氾濫した川の激流のような勢いで体を蛇行させ、押し潰すあるいは蹴散らそうとしてくる。アマゾネスの姉妹は危うげなくいなした後、敵の至る場所に何度も拳打を見舞う。

 

「打撃じゃあ(らち)が明かない!」

「あ〜、武器用意しておけば良かったー!?」

 

舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型のモンスターとの戦闘は続いた。貰えば一溜りもない敵の攻撃をことこどく避ける。モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに周囲を飛び回る彼女達にはかすりもしない。互いに決め手を見せないまま、状況が停滞する中。その外で、レフィーヤはティオナ達の稼ぐ時間を受け取り、詠唱を進めた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

魔法効果を高める杖はなく、片腕を突き出しながら言葉を編む。速度に重きを置いた短文詠唱。出力は控えめの分、高速戦闘にも十分に対応できる。更に目標はティオナ達の攻撃にかかっきりで、レフィーヤに見向きもしてない。これならば余裕を持って狙い撃てる。山吹色の魔法陣(マジックサークル)を展開しながらレフィーヤは速やかに魔法を構築した。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

そして最後の韻を終え、解放を前に魔力が集束したその時、

 

 

「よせ、レフィーヤ!!()()()()()()()()!!」

「.....ぇ」

 

ぐるんっ、と。それまでの姿勢を覆し、モンスターがレフィーヤに振り向いた。どこからともなくミナトの声が聞こえたが、モンスターの異常な反応速度に、レフィーヤの心臓は悪寒とともに打ち震える。今の今までこちらに無関心だった筈のモンスターが、その顔の無い頭部を差し向けた。ティオナ達が既に退避を始めているを視界に。『魔力』に反応した、と。レフィーヤがそのように直感した次の瞬間。衝撃が腹部を貫いた。

 

「.....ぁ」

 

地面から伸びる、黄緑の突起物。防具も戦闘用の装束も付けていない無防備な腹に、レフィーヤの腕ほどもある()()が、叩き込まれていた。ぐしゃと不細工な音が体内から鳴り響くとともに、その唇から血を吐き出す。

 

「「レフィーヤ!?」」

「間に合え...っ!」

 

反動で宙に浮いた体が背中から地面に落ちようとするが、辛うじてミナトがレフィーヤの体を優しく受け止めることに成功する。散るティオナ達の叫喚、華奢なエルフの体は致命傷に等しいダメージによってミナトの腕の中で身動き一つ取ることができない。地面から生えた謎の触手は不気味に動き、一方で蛇型のモンスターにも現れる。まるで空を仰ぐのうに体の先端部分をもたげたかと思うと、ピッ、ピッ、と幾筋もの線をその頭部に走らせ、次には、()()()

 

『オオオオオオオオオオッ!!』

 

咆哮が轟き渡る。開かれた何枚もの花弁。毒々しく染まるその色は極彩色。中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。生々しい口腔の奥、薄紅色の体内で瞬くのは、陽光を反射させる魔石の光。

 

「蛇じゃなくて.....花!?」

 

正体を表したモンスターにティオナが驚愕する。その形状から蛇だと思い込んでいた細長い体は茎であり、顔のない頭部は蕾だったのだ。花開きその醜悪な双眸を晒す食人花のモンスターは、レフィーヤへ向ける意志を明確にする。体から派生する何本もの触手を周囲の地面よりどんっどんっと突き出させ、本体は蛇のように獲物の元へと這い寄っていた。

 

「レフィーヤ、ミナト!逃げなさいッ!!」

「あーもう、邪魔ぁっ!!」

 

駆けつけようとするティオナ達に触手の群れが襲いかかる。黄緑色の突起は拳で何度も打ち払われようが起き上がり、(うごめ)く林を形成して彼女達の行く手を阻んだ。ティオネの呼びかけも虚しく、モンスターはミナトの腕の中で倒れ込むレフィーヤの眼前に迫った。

 




レフィーヤの体を怪我した雑草め、覚えておけよ
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