「(私、怖がられているのかな?)」
現在、【ロキ・ファミリア】のホーム、黄昏の館において、客人であるエイナが、ミナト、ロキと会話を繰り広げるその脇。来客室用の椅子の上で体を丸めるアイズは、落ち込んでいた。
『ウダイオス』の単独討伐後の帰り道、ダンジョン上層で、倒れていたベルを発見。リヴェリアの提案で彼の意識が戻るまで、
しかも。
『.....くッ』
『それは.....ッ』
と、2人して肩を揺らして笑われる始末であった。
「(リヴェリアがいけないんだ.....)」
人知れず泣きべそをかく彼女に、立ち上がったロキが声をかける。
「ほれ、いつまで落ち込んでんねん。そや、【ステイタス】更新しよ?」
エイナとの話は終わったのか、ミナトの姿も見えず、椅子の上でずーん、と落ち込むアイズに歩み寄る。
「.....わかり、ました」
苦笑を浮かべながら少女の元へ来た己の主神に、アイズはゆっくりと首肯した。
「ふっふっふ、久しぶりに柔肌蹂躙したるで〜!」
「斬りますよ」
「えっ、マジ?」
「今のアイズたんに冗談通じへんな〜。ホンマ何があったん?」
「別に、何も.....」
背中でホイホイっと【ステイタス】の更新を続けるロキを、どこか他人事に感じながら身を委ねる。
「?」
ふと、ロキの指が止まった。彼女の方に振り向くと、なにやら口元をひくつかせている。
「ア、」
「あ?」
「アイズたんLv.6来たァァァァァァァァ!!」
先の階層主に匹敵する大咆哮が響く。ホーム中に響き渡るロキの声に、様々なところで慌ただしい騒音が生まれた。
アイズのレベルアップにより、次の朝ホームはその話題で持ち切りだった。ある者は尊敬と畏怖を。ある者は先を越されたことへの悔しさを。朝から騒がしい団員達をよそに、派閥の首脳陣は、フィンの自室に集まっていた。
「あの娘もとうとうLv.6になりおったか」
「ティオナ達も触発されてすぐに続くだろうな.....無茶をしなければいいが」
「まあ、士気が上がるのはいいことだよ」
「そうですね。俺達もうかうかしていられません」
ガレス、リヴェリア、フィン、ミナトが順に言葉を交わす。
「ミナトの言う通りやで。フィン達も古参の面子を潰されんようにな〜」
面白がるように彼等を見つめるロキは、「まあ、若干一名はそうでもないんやけど.....」と金色碧眼の青年を見つめ、ボソリと呟く。
「よし。そろそろ極彩色のモンスターにまつわる話をしよか」
机の上に乗りながらロキが言う。彼女の言った通り、首脳陣である4人と主神であるロキがこの場に集まったのは、50階層、並びに18階層での女体型、およびそれに関わる極彩色のモンスターの情報交換をするためであった。
「極彩色の魔石、芋虫の新種と、例の食人花じゃな」
「ああ。それに、ロキ。ベートと向かった地下水路の方はどうだったんだい?」
ガレス、フィンと続く。
「モンスターはおったけど、手がかりは全然ナシや。胡散臭い男神はおるし、しかも面倒事を押し付けられるし.....」
十日前にベートと2人で地下水路で彼女が見たこと、感じたことを話すロキは、最後にギルドは白か黒、それはまだわからないと告げる。
「んじゃ、フィン達の方は?」
「僕達が見たことは....」
『リヴィラの街』での事件、赤髪の
「モンスターを変異させるとは.....その宝玉とやらが鍵かのう?」
「恐らくはな。アイズとレフィーヤしか目にしてはいないが.....」
「うちはその赤髪が気になるな〜。ミナトがちょっぴり押すくらいだったんやろ?【
「どうだろう.....単純な速さでは負けるつもりは無い。けど、力は圧倒的にあっちの方が上だったからね。正直、真正面からの対決は避けたいかな」
ロキはミナトの赤髪の
「これはアイズに聞いたばかりなのだか.....」
おもむろにリヴェリアが言う。
「赤髪の女は、あの娘を『アリア』と読んだそうだ」
彼女のその言葉に、フィン、ガレス、ロキの三者は目を見張る。真剣な眼差しでフィンがリヴェリアに問いただす。
「間違いないのかい?」
「ああ。あの娘の魔法を見て、とのことだ」
敵の狙いにはアイズも含まれているのか?とロキ達の疑問点がまた増える。
更に。
「
『!!』
「敵も同じく尾獣を持ってるっちゅう可能性は.....?」
ミナトの言葉に、次はリヴェリアも加えた4人が、先程のアイズの件の時と同じように驚愕する。
「ありえないことはない、と思う。けど、俺の容姿と戦闘スタイルを見てから彼女はそう言ったからね。誰かしら
「ミナトが言うならそうなんやろうなぁ.....」
18階層で、赤髪の
「儂等以外に、アイズの身の上とミナトの九尾を知る者がいるとは考えられんぞ」
「しかし、それでは敵がそのことを知っていることが説明できん」
この場にいる5人のみが、知る。そう眉をひそめるガレスとリヴェリアのやり取りを横目に、フィンはロキに視線を送る。
「神でアイズとミナトの事情を知る者は?」
「いたとしても、ウラノスくらいやろうなぁ」
確信が持てない、と言外に示す彼女の態度に、ギルドへの疑いはとりあいず保留することになった。今考えても答えが出ることはないだろう。
「仮にアイズの正体を、敵が知っているとしたら狙いは?」
ミナトの口から問いが投げられる。
誰も答えない。答えるだけの判断材料が決定的に足りていない。話が話なだけ、安易に結論を下すことは誰にもできない。
「もう1つ、気になることがあります」
「なんだい?」
「赤髪の女は、俺達【ロキ・ファミリア】の情報を知らないようでした」
「どういうことだ?」
ガレスに問われ、ミナトは続ける。
「彼女は俺との交戦中に、俺のLv.を確かめるような発言をしました。自惚れではありませんが、このオラリオで俺のLv.を知らない人はいないでしょう」
なるほど、と一同頷く。【ロキ・ファミリア】は数ある派閥の中でも最大級の規模と戦力を保有する。当然団員のLv.や種族といった公開されているプロフィールは誰もが知るところである。だからこそ、赤髪の
「大量のモンスターを率いて、公然の情報をあまり知らない。それはまるで.....」
そこまで言いかけたミナトは、発言を止めた。
「まるで、なんじゃ?」
「いえ、何でもありません」
「.....」
ガレスの追求に、横に首を振った。唯一この場において、ミナトと同じ考えに至りかけていたフィンだけが、彼をちらり、と
「.....アイズ本人に話を聞く必要があるかな」
そう言ってフィンは、手元の引き出しを開け、とあるハンドベルを取り出しては、軽く振って音を鳴らした。
ドドドドドという駆け音が聞こえてくる。
「お呼びですか、団長!?」
他でもないティオネが満面の笑みで現れた。彼女に無理やり押し付けられた呼び出し用のベルで、ティオネを召喚したのだ。その行き過ぎた愛.....もといフィンの役に立ちたいという彼女の気持ちを体現したような、どぎつい赤リボンの装飾が施されたベルを見て、フィン以外の4人は。
「アイズをここに呼んで来てくれないか?」
「お任せくださいっ!」
想い人からのお願いに歓喜の声を出したティオネは、勢いよくその場を後にした。「便利じゃの.....」と呆れるガレスに、「まあね」と返すフィンは少しばかり
「そんじゃ、アイズが来るまで時間かかりそうやし、今度の『遠征』について話しとこか」
「ひとまず、準備を進める。その方針でいこうか」
フィンが話に一区切りをつけると、ちょうどいいタイミングで部屋の扉がノックされた。
「おや、アイズはどうしたんだい?」
「えーっと、ですね.....」
フィンの質問に、バツが悪そうに「1人でダンジョンに行ったそうです」とティオネが告げる。
5つのため息が溢れた。その後、地下水路の調査、【ヘファイストス・ファミリア】への『魔剣』受注、その他『遠征』に向けての準備を、各々が役割を担い、その場は解散となった。
アイズは現在、ダンジョン上層において、偶然出くわしたベルの手助けをし終えたところだった。何やら凄く急いでいる様子だったので彼がアイズに気づくことは無かったが、その場に緑色の防具、腕先に付けるタイプの軽量防具を落として行った。後で直接渡そう、と決めたアイズは不意に、妙な気配を感じ、気配の先をじっと睨みつけた。
『流石だ。お見逸れする』
金色の瞳が見つめる奥から、黒いローブを纏った人物が現れる。
「貴方は、誰?」
「以前、ルルネ・ルーイに接触した、と言えばわかるかな?」
その言葉にはっとするアイズ。以前獣人の少女が言っていた依頼主、恐らくは目の前の人物がそうなのだろう。
「単刀直入に言おう。君に、24階層に向かって欲しい」
24階層で発生している
「どうか、【剣姫】の力を貸してほしい」
「わかり、ました.....」
怪しいとは感じたが、真剣さはひしひしと伝わって来たので、彼女はその細い首を縦に振った。
今すぐ向かって欲しい。彼の人物の要求を呑んだ金色の少女は、【ファミリア】への伝言だけ頼み、24階層へと足を踏み出した。
「あんのお馬鹿アイズたん、24階層に行きおった.....」
優男を気取る男神、ディオニュソスと共に情報交換を行っていたロキの元に、一通の手紙がとどいた。
心配しないでください。と一筆されているが、このタイミングだ。心配しない訳がない。結果、【ディオニュソス・ファミリア】所属のエルフ、フィルヴィスと、【ロキ・ファミリア】のベート、レフィーヤ。そして監視役兼お目付け役としてミナトの計4名が指名され、24階層へ向かったアイズを追いかけることになった。
ややあって、黄昏の館前で集合した4人。
「よ、よろしくお願いします!」
「足引っ張るんじゃねえぞ」
「抜かせ、
「喧嘩は無し、だよ?」
二度目の会合でも馬が合わないベートとフィルヴィス。第1級冒険者を含む、臨時パーティを結成することになったことに緊張するレフィーヤ。最後に険吞な空気をかもち出す2人をなだめるミナト。中々に個性の強いパーティメンバーを少し離れた所から見守るロキとディオニュソスの顔は、面白そうなものを見るかのようなニヤニヤと、実に
「さ、出発するよ」
「はいっ!」
「ミナト、とろいヤツ等は置いていくんだよな?」
「それは自己紹介か?」
「.....あぁ?」
「う、うぅ〜、ミナトさ〜ん.....」
一応、隊長ということになっているミナトが号令をするが、これまた2人が喧嘩腰になる。見かねたレフィーヤが彼に助けを求め、請われた金髪の青年は深いため息とともに、「行くよ」とだけ残し、バベルの方角へと歩き出した。
「そんな〜!?」
まさかのスルー。この場で1番頼りになる人物の半ば諦めた態度にレフィーヤは思わず涙目になる。誰でも険悪なムードは嫌だが、人一倍それを苦手とする彼女はしぶしぶ、本当にしぶしぶといった感じで、後方で距離を開けながら着いてくるベートとフィルヴィスをちらりと見やり、駆け足で先頭を行くミナトの隣に並ぶのであった。
依頼を承諾したアイズは、もう既に18階層へ到着していた。
「あれ、【剣姫】じゃん!?奇遇だな!」
「ルルネ、さん.....」
そこで彼女を迎えたのは、先日、同階層で事件に巻き込まれた
「前はありがとな!」
「いえ.....怪我は、平気ですか?」
「あはは、お陰様でな〜」
軽い挨拶を交わし、アイズはルルネの真横のカウンター席に座る。彼女の元にドワーフの店主が注文を取りに来たので、彼女は教えられた『合言葉』を口にした。
「ジャガ丸くん抹茶クリーム味」
その瞬間。酒場内の至るところで騒がしい物音が響き渡った。隣に座っていたルルネなんかは椅子から転げ落ちている。
「あ、あんたが援軍.....!?」
「彼女で間違いないんですか、ルルネ」
「ア、アスフィ.....」
獣人の少女に確認の声をかけながら登場した彼女は、【ヘルメス・ファミリア】の団長。【
アイズがアスフィに依頼の確認をしたところ。曰く、ルルネが金に釣られた。曰く、Lv.の虚偽申告をバラすと脅された。曰く、
ルルネを叱り付けるアスフィ。何だろう、凄く見覚えのある光景である。
ごほん、と。
「あの.....これからのこと。確認、しませんか?」
「見苦しいところをお見せしました.....」
アイズの提案に謝罪とともに調子を取り戻したアスフィは、その青い瞳を向けながら、依頼内容、保持戦力、武器やアイテム、等々。慣れた様子で丁寧に、かつ素早く説明していく。この辺りは団長として身についた特性、のようなものか。
「【剣姫】である貴方がいてくれるなら心強い。短い間ではありますが、よろしくお願いします」
「.....よろしくお願いします」
笑みを浮かべる彼女にアイズも小さく笑い返す。こうして彼女も【ヘルメス・ファミリア】のパーティに加わった。最後に、アスフィ達については第三者に言ってはならない。そう釘を刺され、一行は24階層を目指し出発した。
アイズ達が18階層を発った数十分後。レフィーヤ達はちょうど同じく18階層に辿り着いていた。
が。
「きょ、今日はいい天気ですね〜?」
「うん。絶好のダンジョン日和かな」
「18階層に、つーかダンジョンに天気も糞もあるか」
「「......」」
無理やり話題を振ったレフィーヤに便乗したミナトごと、ベートが一蹴する。
気まずい。
別段会話がなくても平気なミナトだが、後輩の少女が健気に場の雰囲気を良くしようとしているため、それを無下にするような真似はしない。こんなやり取りが既に10回ほど。この階層に辿り着くまでに繰り返されていた。一応、ベートは反応、皮肉が効いたセリフを吐いてくれるのだが、フィルヴィスは一向に口を開かない。
今回手を貸してくれることになった純白の
悪い人ではない、山吹色の長髪を揺らしながらそう思った。
「フィ、フィルヴィスさんっ、先程は助けて頂いてありがとうごさいました!」
「.....」
「私、実はミノタウロスが苦手で.....えっと、」
「............」
「フィルヴィスさんは、ひょっとして魔法剣士だったり?だ、だとしたら私、憧れちゃいますっ!」
「...................」
「あ、あはは.....好きな本とかありますか?」
諦めず声をかけ続けたレフィーヤだったが、最後は苦しくなってしまった。一切声を返さない彼女に、心が折れそうになるが、めげない。なんのこれしき!と自らを奮い立たせ、彼女に話しかけ続ける。
「いい加減にしろ。耳障りだ」
と、ベートがダルそうに口を開く。
「弱ぇなら置いてくだけだ。仲良くする必要なんてどこにあるんだよ」
「同感だな。貴様とだけは馴れ合うつもりはない。野蛮な
「なんだ喋れるじゃねぇか、陰険女。そのままモンスターにお得意の
売り言葉に買い言葉、もはや一触即発の感じを出し始めたベートとフィルヴィス。2人の様子を見て一層涙目になるレフィーヤは、今度こそお願いします。そう瞳に込めてミナトを見やった。後輩から『おねだり』を受け取ったミナトは。何やら面白そうな、ロキのような不敵な笑みを浮かべる。お願いしたレフィーヤだったが、そんな彼の表情を見た彼女の背中に、少し冷や汗が滲む。
「まあまあ、2人とも」
ミナトが切り出す。
「「.....」」
「ここはダンジョンなんだからさ、仲良くとは言わないけど、助け合うくらいはしないか?」
「けっ.....こんな雑魚を助けるなら1人で先行く方がマシだ」
「それはこちらのセリフだ。貴様こそ1人で突っ走った矢先、迷子になるのがオチだろうがな」
一切譲り合う気の無い2人に、ミナトはますます笑みを強めた。
「へぇ、なら俺が
「はぁ?」
「......」
突然何を言い出すのか、先程彼自身が協力し合おうと言っていたのに、まるで正反対なことを口にするミナトに、碧色の瞳が見つめる先の2人は怪訝そうな顔をする。
「女性1人抱えてるとは言え、
「てめぇ.....」
「言わせておけば.....」
何故かより険悪になる場に「え、え?ミナトさんっ!?」と慌てふためくエルフの少女。自分の要望は、最低限場の雰囲気を良くしてもらうことであり、決して更に悪化させることではない。嫌な予感がますます強くなるレフィーヤ。ごくり、と思わず喉を鳴らしてしまう。
「鬼ごっこといくかい、
「.....上等だ」
「
「ちょ、ミナトさん!?何煽ってるんですかぁ〜っ!?」
「あはは。そら、失礼するよ、レフィーヤ」
「え、て、きゃあああああああああぁぁぁっ!?」
レフィーヤを横抱きにし、走り出すミナト。初速から尋常ではない速度を出した彼は、後方の2人を置き去りにする。Lv.6、それも都市最速を誇る疾走は、ミナトの腕の中に収まっているレフィーヤに悲鳴を上げさせるには十分なものだった。風を全身に受ける彼女は、ゆっくりとミナトの顔のすぐ横、左肩から後ろを覗くと、20メートルほど間を開けたところにベート、その更に後方にフィルヴィスの姿が見える。
第1級冒険者を含む超高度な
鬼さんビビってる、ヘイヘイヘ〜イ