「.....っ!」
碧色と錆色の瞳が交差する。都市最速と都市最強が発する圧倒的な威圧感に、アイズは思わず萎縮してしまう。彼女を一瞥した後、ミナトはオッタルへ問いを投げかけた。
「
声音を一切動かさず、淡々とオッタルへ視線を向け続ける。この場でアイズと戦う事自体が彼の目的で無いことは分かりきっているミナトは、
「.....」
「.....」
静かな緊張感が場を支配し始めた。その次の瞬間。
「!?」
たんっ、という跳躍音が二つ。ミナトとアイズの背後から聞こえたと同時に、右方から大気を切り裂きながら振り下ろされた大双刃と、残りの左側から地を這いながら振り抜かれた蹴りの二撃が【猛者】へと襲いかかった。
オッタルは驚愕ごと得物を振り払い、双方向からの強撃を打ち返した。
「どうなってんのー!?」
「猪野郎ッ!!」
「【
敵の増援に目を見開く【猛者】へ更に追撃が迫る。
「っ!」
「どうなってんのよ、これっ!?」
妹と同じセリフを口にしながらティオネもまた参戦した。5対1。圧倒的な数的有利の状況を好機と見たのか、アイズは全力で『風』を纏い、オッタルが守り続けていた通路口へ突入を果たした。
「(待ってて!)」
金髪の少女は全身から力をかき集め、道の奥へと駆け抜けて行った。
「.....!」
己の背後を通り抜けていったアイズに、オッタルは顔を歪めた。今から追いかけても『魔法』を使用している神速の【剣姫】には追いつけない。残る第1級冒険者4人に囲まれながら、彼は悟ってしまった。
「やれやれ、親指がうずいていると思ったら.....」
間もなく、ミナト達がいる通路口とは逆の方向、下層へと続く正規ルートから
「やぁ、オッタル」
「.....フィン」
久しぶりの再会を惜しむように声をかけてくるフィンに、オッタルはゆっくりと武器を下ろした。彼の参戦により全てが決したと事実を受け入れ、【猛者】は臨戦態勢を解いた。戦意を消した相手を他所に、ベートとティオナがアイズの後を追って走り出す。
「リヴェリアー!
「ちっ、何が起こってやがる!?」
「あ、アイツら.....!」
「.....」
自由奔放に広間から飛び出して行った妹達にティオネが顔を引きつらせる中、再びミナトとオッタルは相対する。フィンの登場によりこの場に踏み留まるティオネと、傷ついた少女を治療するリヴェリアのすぐ側で彼等を見守るフィンの視線の先で、両派閥の首領と幹部は話を始めた。
「もう一度聞くよ」
「.....」
「女神フレイヤは、俺達との戦争を望んでいると?」
表情を変えず尋ねてくるミナトに、オッタルは押し黙った。碧色の瞳が彼を射抜く中、武人は静かに口を開く。
「俺の、独断だ」
低い声音で告げたオッタルは、武器を放棄し歩み出した。ティオネが鋭く睨みつけるが、彼は迷わずミナト達の元へ進んでいく。リヴェリアとフィンは警戒を解き、ミナトの傍に控える中、オッタルは彼等の横を素通りした。
「とどめられなかったこの不覚、呪うぞ」
アイズに負わされた傷から血を滴らせ、岩のような拳を強く握り締め、己への呪詛を落とす。ただ前だけを見据えた武人は、一切背後を振り返らない。
「無力な自分を棚に上げて言おう」
迷宮の遥か奥より響く猛牛の咆哮、そして一人の冒険者の雄叫びを耳にしながら、続ける。
「殻を破れ、己を賭けろ、『冒険』に挑め」
最後に。
「あの方の寵愛に、見事応えて見せろ」
「.....大丈夫?」
間に合った。オッタルを振り払い、全力で走り続けたことで少年の元に間一髪駆けつけることができた。
追いついてきたティオナとベートが、更にはミナト達が足音を鳴らし大広間にたどり着く中、アイズは倒れているベルの前に立ち、ミノタウロスに視線を走らせる。次には小さく振り向くと、呆然とした表情を浮かべている少年が、ぼろぼろになった体を手を使って起こしていた。
「.....頑張ったね」
初めてあったあの日のように。あの頃とは比べ物にならないくらい成長した彼を守るために。
「今、助けるから」
そしてアイズが前に踏み出そうとした、その瞬間。
「(.....え?)」
アイズのすぐ後ろから誰のものでもない、地を蹴り飛ばす音を鳴らした。
「っ!?」
彼女が振り向くのと、その手を掴まれたのは同じタイミングだった。
ぼろぼろに傷ついた少年はもう一度、自分の足で立ち上がる。
「...ないんだ」
掴んだ手を引き、驚愕する彼女を後方へと押しやる。
「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけには、いかないんだっ!!!」
自ら前に出たベルは、漆黒のナイフを握り直し、ミノタウロスへと立ち向かっていく。
「(どうして.....)」
ただの少年であったはず。心優しくとても純粋な、ただの子供であることをアイズは知っている。決して冒険者としての『器』があった訳では無いことを、アイズ・ヴァレンシュタインは良く知っている。
それでも。
決して強くはなかった筈の少年は、覚悟を持って立ち上がった。武器を持った。震える体を叩き起した。
己の殻を破り、彼は今、『英雄』への道のりを。確かに一歩、踏み出したのだ。
「勝負だッ!!」
そして少年は『冒険』へ。
火花が散り、血飛沫が飛び、甲高い武器の衝突音が響き渡り続ける。戦う
「.....あぁ?」
ベートも気づいた。
「え、あれ.....?」
「Lv.1、ですって?」
ティオナも、ティオネも気づいた。
「僕の記憶が正しければ、」
フィンも察し、
「一ヶ月前、ベートの目には、あの少年が全くの初心者に見えたんじゃなかったのかい?」
第1級冒険者達ですら目を見張る程の変貌を遂げた少年が、己を賭して『冒険』をしている。
「ああああああああッッッ!!」
『ヴォオオオオオッッッ!!』
咆哮が響き渡る。
真っ向勝負を繰り広げる2人に誰もが目を奪われていた。
「クラネル君.....」
金髪の青年も、『冒険者』ベル・クラネルに魅せられていた。英雄譚の一幕のように、
「『アルゴノゥト』みたい.....」
英雄を夢見る青年が、人々に笑われながらも、確かに『英雄』へと至る、最低で最高な英雄譚。
「あたしあの童話好きだったなぁ」
ティオナの声がアイズ達の耳を震わす。目の前の光景を英雄譚に重ね合わせるかのように呟いた彼女は、夢見る少女の如く笑みを浮かべ、両手を胸に抱き締めた。
ミノタウロスが。
ベル・クラネルが。
人と怪物が描く【
あらゆる技、あらゆる駆け引き、自分の持つ全てを。『全て』をこの一戦に注ぎ込む。
「ファイアボルト!」
そして。少年が叫ぶ。
「ファイアボルトォォォッッ!!」
敵の懐で、最後の一撃を。今、ベル・クラネルのもてる最高の一撃を。
「ファイアボルトォォォォオオオオオオオッッ!!!」
『ーーーーーーーッッ!?』
強靭な肉体に叩き込まれた漆黒のナイフ。モンスターの体内へのゼロ距離攻撃。体の内側から炎を
「勝ち、やがった.....」
「た、立ったまま気絶してる.....」
「.....
ベートも、ティオナも、ティオネも。全員がナイフを振り抜いたまま動かない少年に戦慄する。
「.....」
アイズも、限界を超え『冒険』を果たした少年。ベル・クラネルの存在を、心に刻み込んだ。
そして。
「
かつて恩師が話していた『予言の子』。戦乱の時代に現れ、世界を脅かす悪を振り払う救世主たる子。
今はまだ弱く、脆く、未完の『器』の少年だが、格上に挑み打ち勝った姿は英雄そのもの。確かに才能は無いのかもしれない。たが、その意志は泥臭くも真っ直ぐで、強い。何よりも大切なものを秘めているベルは、『資格』を持ってるのかもしれない。
何より。
「この先、君がどう成長していくのか、楽しみになったよ」
産声を上げた新しい『英雄』に、世界がどう動くのか。彼がどう運命に立ち向かっていくのか。
「『木の葉舞う所に火は燃ゆる。火の影は木の葉を照らし、また木の葉は芽吹く』」
まだミナトが極東で暮らしていた頃、命を懸けて故郷を守りきった先人の言葉を、碧色の瞳で少年を見つめながら呟く。新しい『火の意志』を目にしたミナトは、ベルの背中にかつての自分を重ねるのであった。
「ここからだよ。クラネル君」
ベル・クラネル。
四代目火影はもう、その名前を忘れない。
野営を準備する団員達の忙しなく動き回る音が響いている。指示を掛け合い仕事に勤しむ彼等【ロキ・ファミリア】は、現在50階層、モンスターの産まれない
「一体ベート達はどうしたのよ.....」
「俺が知りたいっす.....」
「いつにも増して皆さん凄い威圧感です.....」
アキを始めにラウルやヒューマンのリーネなど、【ロキ・ファミリア】二軍以下の構成員達は時折及び腰になりながら、ひそひそと話をしていた。彼等の視線の方向では、アマゾネスの姉妹や
「.....」
レフィーヤも視線の先にいるアイズに心配した眼差しを送っていた。
アイズ達の様子がおかしい理由。それは、先の「上層」においての、ベル・クラネル対ミノタウロスの大激戦であった。
あの時、下級冒険者が成し遂げた『偉業』に誰もが声を漏らさず、静かに少年を見つめていた。やがて背中の部分が少しだけ肌けていたため、ベルの【ステイタス】が気になった一同は、彼等を代表してリヴェリアが基本アビリティだけを読み取った。そこに刻まれていたのは、限界を超越した【ステイタス】。オールSに等しい全アビリティ。恩恵を授かって僅かひと月程で驚異的な成長を遂げた少年に、誰もが言葉を失ってしまった。
それからベルと
野営地の準備を済ませた一同は食事に移った。キャンプファイヤーを囲むよう輪になる団員達は、これまでの『遠征』を労うごちそうに舌鼓を打っていた。途中、椿がティオナに道中での苛烈さの理由を尋ね、アマゾネスの少女は楽しそうに少年の話を彼女にした。
「さて、そろそろ最後の打ち合わせを始めよう」
食事を終えた彼等は、フィンを中心に今後の最終確認を始めた。
「予定通り51階層からは選抜したパーティで攻略を仕掛ける。残る者は【ヘファイストス・ファミリア】とともに
51階層より下へ行くには、サポーターと言えども最低限の能力を要求される。大部隊だと小回りが効かないため、身軽さを重視した編成にすることは仕方ないことだった。
「パーティには僕、ガレス、リヴェリア、ミナト.....」
第1級冒険者である首脳陣達と幹部、計8名がフィンの口から名を告げられ、支援組も呼ばれていった。
「サポーターには、ラウル、アリシア、レフィーヤ.....」
Lv.4の実力者がサポーターを務める中、ただ1人Lv.3であるエルフの少女は密かに緊張していた。最後にフィンはアキにキャンプでの指揮を任せ、椿には自分達に同行するよう命じた。
連絡事項が全て終わると椿が勢いよく立ち上がった。
「よし、渡すものを渡しておくぞ!」
彼女の合図とともに
「シリーズ《ローラン》。注文されていた
フィンは長槍、ベートは双剣、ティオナは大剣、ティオネは
「《草薙の剣》の一振りだそうだ。流石は主神様よ」
ミナトは受け取った刀を鞘から抜き、鋭い光沢を放つ剣身を眺めた。
「(ありがとうございます、ヘファイストス様)」
金髪の青年は心の中で、これほどの代物を用意してくれた自身の専属鍛冶師である女神へと感謝を述べるのであった。
「では、明日に備え一旦解散だ。各自英気を養ってくれ」
首領であるフィンの指示を皮切りに、団員達は周囲にばらけ始めた。
興奮冷めぬ体を沈めるため軽い手合わせを願う者。
未体験の階層への緊張を見せる団員の肩の力を抜かせる者。
進行が予定されている階層へビビり散らす者。
明日への牙を静かに研ぐ者。
誓った『意志』を唱える者。
それぞれが、それぞれにできること。まだ見ぬ『未知』へ辿り着くために必要なことを済ました後、眠りに着くのであった。
「出発する」
静かな号令とともに、フィン率いる【ロキ・ファミリア】の精鋭パーティは50階層を発つ。8名の戦闘員、5名のサポーター、1名の
「何でベートと一緒なのー」
「うるせぇ馬鹿ゾネス。俺もごめんだっての」
今から緊張するサポーター達が無言になりがちになる中、大剣を肩にかつぐティオナがぶーたれ、両手に双剣を構えたベートが、彼女と視線も交わさずに口元をひん曲げた。
「少しは緊張感を持って欲しいね.....」
「はっはっ、賑やかでいいことじゃないかぁ」
固くなる素振りも見せずギャーギャーと言い争うティオナ達を見て、ため息を吐くミナトに椿がけらけらと笑いかける。年長者のガレスとリヴェリアが他の団員達の緊張を解し、軽く会話を交わしながら一行は51階層へと繋がる大穴へと向かう。
「ここからは無駄口は無しだ。総員、戦闘準備」
やがて現れた大穴にフィンが声を発する。50階層の西側、その端に空いた大穴。50階層と51階層を繋ぐ連絡路は険しい坂を作っている。奥の方まで目を凝らせば、モンスター達の眼光が闇に浮かび上がっていた。
やがて、長槍を構えたフィンは、告げた。
「行け、ベート、ティオナ」
凶暴な狼と獰猛な女戦士が風となって急斜面を駆け下りる。彼等が作る道を、中衛以降のメンバーが続く。
「がるぁああああああああっっっ!!!」
「ベート邪魔ぁぁぁああああっっ!!!」
立ちはだかるモンスター達に、飛び出したベートの蹴りが炸裂する。崩れゆく死体に目もくれず体の動きを一切緩めないで次の得物へ襲いかかる姿はまさに【
「相変わらず凄い『技』ですね」
「試し斬りをしているうちに、な。自然と身についてしまったわ」
ミナトの賞賛に、はっはっはっと豪快に笑う彼女に若干怯えるラウル。
「来た、新種ー!」
前衛を務めていたティオナがいち早く
幅広い通路を余すこと無く埋め尽くす黄緑色の芋虫。最も警戒していたモンスターと、とうとう遭遇した。
「隊列変更!ティオナ、下がれ!」
迅速かつ的確な指示がフィンから放たれる。次には彼の意図を素早く汲み取ったアイズが、ティオナと入れ替わるように前衛へ躍り出た。
「【
魔法を使用し、ベートと肩を合わせながら突撃する。
「よこせ!」
「風よ」
ベートの要請を受け彼のメタルブーツに風の力が纏われる。風の恩恵と
『オオオオオオッ!?』
モンスターの絶叫が響き渡る。
口腔から打ち出される腐食液は全て風の鎧が弾き、続く銀の閃光がモンスター達を切り刻む。疾風と化すアイズとベートは後方の仲間達にも一滴たりとも腐食液を通さない。十分な対策を練ってきた【ロキ・ファミリア】の実力者達はもはや新種達に後れを取ることは無い。
「【吹雪け、三度の厳冬。我が名はアールヴ】!」
やがて
翡翠色の
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
三条の吹雪が芋虫型を、通路を、全てを凍りつかせた。凍土に変わったダンジョンをパーティは、モンスター達の氷像を全て壊しながら走り抜ける。
「ここからは補給はできないと思ってくれ」
52階層へ繋がる通路を前に、フィンはパーティ全員に振り返る。体力や
「行くぞ」
やがて団長の簡潔な号令とともに、52階層へ進出した。
「おおっ、ゲット!」
走りながら仕留めたモンスターの素材に、目を輝かせる椿だったが、拾いに行こうとした彼女をミナトが許さなかった。
「止まっちゃいけない!」
「むっ?」
手を引っ張られた椿は、走りながら疑問を口にした。
「何故だ?手前はここまで深く潜ったことがない。何かあるのか?」
「
やや焦った表情を浮かべ、ミナトは言った。
「狙撃、だと.....?」
どういうことか、と更なる問いを投げようとした彼女は、ラウルを始めとしたサポーター達が死に物狂いで第1級冒険者達の後に続いていくことに気づいた。
椿が違和感を覚えていると、禍々しい咆哮が響いた。
「.....竜か?」
咆哮の持ち主を察したが、Lv.5を誇る彼女の知覚範囲には何もいない。
「フィンさん」
「ああ」
背後からかけられるミナトの声に、フィンは頷く。
「補足されたか、総員、全力で走れぇ!!」
「下か.....!?」
瞬間。中衛にいたアイズが呟いた。
「来る」
「ベート、転進しろ!」
すかさずフィンの檄が飛び、先頭にいたベートとティオナ、遅れてパーティ一団は正規ルートを大きく外れ横の大通りへと飛び込んだ。
直後。
『ーーーーーーーーーーー』
地面が爆発した。
『ーーーーー!?』
足元から立ち昇る紅蓮の業火。ベート達の顔を、背中を、全身が豪炎の余波で真っ赤に染まる。視界間近で発生したダンジョンの爆発。更に押し寄せる爆風にサポーター達が何とか悲鳴を押し殺す。
常識外の砲撃が、彼等の行く手を阻んだ。
明日怪しいかも....