今、目の前のステージでうたっている彼(彼らと呼んだ方が良いのだろうか)は、1人なのに2人居るかのようだ。
別に多重人格という訳ではないようで、ただただ異様に高いクオリティで一人二役が出来る、というだけのようだが。
とにかく、この小さなライブハウスのアイドル、といったら少し語弊があるが、まあ人気者の彼は、今日も元気に、少ない客相手に必死になって盛り上げようと頑張っている。
歌唱力も、高クオリティの一人二役やら、こんな片田舎にある寂れたライブハウスなんかで収まっている器ではない筈なのだが、そんなライブハウスのオーナーである僕にプロデュース力も人脈も無いわけで、出演を依頼する事くらいが精々の手助けだ。
先程までは手に持ったギターを使って圧巻のロックンロールを客に魅せていたのに、今みると、まさに王子様みたいな格好で、ソプラノ歌手顔負けの美しい高音で、しっとりとした歌謡曲をうたっている。
どういう仕組みかはよく分からないが、一人二役で役を変える時、くるりと向きを変えると、見た目も変わる。
横から見ようとすると叱られるので、そこに秘密があるのだろうけれど、結局見れないからどうにも分からない。
丁度今、黒いコートを着た女の子が、ステージの横から彼を見ようとして失敗していた。
これだから大きなステージには行けないのかもしれないが、惜しいものである。
おや、その女の子が、静かにステージへと登っている。
僕の他の職員はどうやら他事をしているようなので、僕が注意に行かないと行けないようだ。
彼が美男子ということはよく分かるが、ストーカー、追っかけ紛いの事はやめてほしい。
純粋無垢のままで居てくれてこそ、彼の良さはより引き立つ。
「ちょっと、ステージには上がらないでください!」
少し強めに声を上げて近づき、そのコートの女性に注意すると、バツが悪そうにコートの中に手を入れてモジモジとしている。
ステージに上がるのはやめてくれたので、まあ、良しとしよう。
いや、待てよ。この子が手に持っている大きな金属の塊はなんだ?
暗いライブハウスの照明が、彼を照らすために動かされ、その女性の持つ銀色の刀身が浮かび上がる。
僕が声を上げる間もなく、その鉄塊をもった女性は僕を蹴っ倒して、その隙にステージへと上がっていく。
彼が困惑の色を示している間に、その女性は銀色の刀身を振り上げ、彼の身体を横にまっぷたつに両断する。
赤黒く染まった刀と、力なく倒れた彼の姿を見て、その女性がこう言ったのを聞き逃さなかった。
「なんだ、2人にならないじゃない。」