カズキとヴィクターのガチバトル書きたかっただけの短編です

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この手を離すもんか

 

 錬金術。

 金属、またはそれに類するものを錬成するための術。古来から続く学問であり、その果てには不老不死、所謂賢者の石を創り出すことが最終目標である。

 しかし不老不死という夢想を現実にするには、多角的に研究しなければならない。

 例えば、人工的にデザインされた生命。

 例えば、人の命を容易に奪える武器。

 そんな研究の過程で生まれたのが、六角形の超合金、核鉄(かくがね)

 人の叡知と獣の野蛮さの粋を集めて作られた、戦略兵器。

 俗に言う、武装錬金である。

 

 

 

 月面。

 未だに人では生活することは難しい、極寒の未開拓域。命どころか、音すら響かない、永久にも思える静寂があるだけの空間……そのはずだった。

 つい、さっきまでは。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 あり得ざる怒号と共に、暗闇を照らす山吹色(サンライト)。命の息吹を可視化した光は、槍の形となり、月面を駆け抜ける。

 

「……、ふんッ!!!」

 

 対するは、宇宙の果てまで轟くような唸り。そして闇を塗り潰すような、暗黒(フェイタル)。星の運命をも両断しかねない暗黒の斧は、光の槍をへし折るように振りかざし、そして。

 当然のように光が、弾き飛ばされる。

 

「ぐ、ぉ、が……!?」

 

 一度、二度、三度。光がクレーターを跳ね、地面を滑りかけたところで何かを突き刺し、制止した。

 光と闇が消え失せる。

 片方は、筋骨隆々の大男。荒れた山肌のような上半身を、宇宙だというのに露出させ、長いバサラ髪を背中に流してある。片手で軽々とバトルアックスを持ち上げる姿は阿修羅のようだ。

 もう片方は、ただの少年。背丈も髪型も普遍的でしかない。節々が破れ、補修の後が見える学ランもTシャツも特別な素材で作られているわけではなく、地面に突き刺したランスだけが少年が戦士である証だった。

 一見何の因縁もなく、似ている点もない二人。しかし唯一、二人が類似している箇所がある。

 蛍火のような色をした髪、そして赤銅の肌。それだけが、この宇宙において二人を繋ぐ因縁だった。

 

「……今ので倒れんか」

 

 大男は冷静に、

 

「フェイタルアトラクションの一撃を受けて、立っていられたのはお前だけだ、少年。かの大戦士長ですら、オレの一撃には耐えきれなかった」

 

「……ヴィクター……」

 

 少年、武藤カズキは己の敵を見やる。

 ヴィクター・パワード。かつて百年以上前、錬金の戦士として戦った英雄。しかし今は錬金術と、それを扱う人々に憎しみを抱く大敵。

 そしてーー武藤カズキの同類。

 

「やはり黒い核鉄の力は絶大だ。ホムンクルスなど比ではない。故に」

 

 ヴィクターが戦斧型の武装錬金、フェイタルアトラクションを担ぐ。

 

「やはり滅するべきだ。錬金術も、それを制御出来ず、破滅をもたらす錬金の戦士も」

 

「そうはさせない」

 

 カズキが地面から引き抜いたのは、突撃槍の武装錬金、サンライトハート・改。幾何学模様の穂が展開、内部から山吹色のエネルギーが迸り、槍自体が巨大化する。

 

「お前はここで止める。これ以上、そんなことはさせない。絶対だ」

 

「……何故だ」

 

 ヴィクターがフェイタルアトラクションを握り直す。その瞳には、疑問だけがひたすらに浮かんでいた。

 

「お前とて、様々なものを失ったのだろう? ここまで、一体誰を取り零して辿り着いた? 何を失って生にしがみついた?」

 

 言われ、武藤カズキは思い出す。

 ここ半年に起きた、激動の日々を。

 

 

 

 武藤カズキ。銀成高校二年、身長百七十センチ、体重五十九キロ。特筆すべきことは何もなかった、十七歳。

 それが変わったのは、一人の少女との出会い。

 

ーーキミのこと、少し気に入った。

 

 津村斗貴子(ときこ)。華奢で背は低いが、大人びた雰囲気を持ち、鼻の上に刻まれた一文字の傷が印象に残る少女。命を失ったカズキに、彼女は核鉄を心臓代わりにし、蘇生させたのだ。

 そこからだ。カズキが錬金の戦士として、錬金術の世界に飛び込んだのは。

 元々、武藤カズキは戦士ではない。故にミスをして他人を危険に晒し、中には命を選ばねばならないこともあった。それは我が身を投げ出してでも、他者を救って死んだことのあるカズキにとって、酷く苦痛であり、偽善者と罵られることさえあった。

 だが、それでもカズキは、この世界に飛び込んだ甲斐があると感じている。

 

ーーキミは今日、少し強くなった。

 

 自分を叱咤し、支え、いつだって助けてくれた、斗貴子。

 

ーー謝るなよ、偽善者。

 

 敵対し、時にはお互い殺しあったものの、奇妙な信頼関係で結ばれたパピヨン。またの名を蝶野攻爵。

 

ーー善でも悪でも、最後まで貫き通せた信念に、偽りなどは何一つない。

 

 戦士としての心得、技術、信念、全てを叩き込んでくれたキャプテン・ブラボー。

 他にも多くの人間と出会った。その全てが、斗貴子を庇い、守ったことで得た世界だ。辛いこともあった。泣いたこともあった。だから、こんなにも得難いとカズキは思ったのだ。

 だが、それは余りに短い時間で終わりを迎えた。

 ヴィクター・パワードという、同類に出会ってしまったから。

 

 

 

 世界を、光が照らす。

 星を、重力が歪ませる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 ガムシャラ、という言葉で言い表すしかない特攻。カズキの武装錬金、サンライトハート・改は、突撃槍。遠距離の相手を攻撃する方法はない。あるのは莫大なエネルギーを噴射しての突撃だけ。

 誰かのためなら、自分の身を投げ出せる、カズキの本能の塊。

 

「無駄だ」

 

 ヴィクターが手をかざす。

 すると弾丸のようだったカズキの勢いは、驚くほど減衰する。その減衰すらも貫かんと、サンライトハートからは光が溢れ出すが。

 逆にヴィクターが一歩踏み出す。

 それだけで、あの筋肉質な体が驚くほど簡単に飛んだ。

 カズキの真正面に。

 

「、!?」

 

 大上段からの振り下ろし。カズキの背筋に何度目かの戦慄が駆け抜け、勢いの殺された得物を力任せに盾にする。

 衝突などという生易しいものではなかった。月面ごと抉る一撃は、少年の体をいとも容易く吹き飛ばす。

 ヴィクターの武装錬金、フェイタルアトラクションの能力は、重力操作。それでカズキの重力を反転させたのだろう。ただでさえ化け物じみた膂力に、この能力など、馬鹿げた話である。

 

「ぐ、……っ、!」

 

 カズキは肩を庇いながら、よろよろと立ち上がる。見れば、槍を持っている右指が、先程の攻撃でねじ曲がっていた。

 これでは槍を全力で握れない。カズキは口に制服の襟を含むと、折れた指に左指を添え。

 戻す。

 

「……ッ!!」

 

 余りの痛さに奥歯が噛み砕けるかと思ったが、形だけは整った。それでいい、とカズキは襟から口を離す。

 すると、先程まで青紫に腫れていた指が、みるみる内に赤銅の肌へと変化していく。数十秒もすれば、右の五指は元通りになっていた。

 

「無茶をする」

 

 クレーターに着地したヴィクターは、巌のような表情を変えず、

 

「いくらヴィクター化していても、痛覚はある。闘争本能を滾らせて多少麻痺しているとはいえ、躊躇うことなく行えるものではない。黒い核鉄を埋め込まれただけはある、か」

 

……核鉄には、二つの種類がある。

 一つは超常合金としての核鉄。そしてもう一つが、賢者の石を製造するために作られた、黒い核鉄である。

 黒い核鉄の最大の特徴は、人間をホムンクルスでも人間でもない第三の存在に変貌させる、ヴィクター化という現象を引き起こすこと。

 ヴィクター化した人間は蛍火の髪と赤銅の肌に変化し、既存の生命からはかけ離れた身体能力などを得る。そう、カズキとヴィクターは、世界でたった二人だけヴィクター化した錬金の戦士なのだ。

 

「……とはいえ。ヴィクター化していても、修復や体力の回復にはエネルギーが必要だ」

 

 ヴィクター化した人間は、エネルギー吸収(ドレイン)という生命エネルギーの捕食を生態として行うようになる。能力ではなく、呼吸と似た機能を。やろうと思えば一瞬で、数百メートル圏内の生物全てを死に至らしめることすら可能だ。

 放っておけば、一都市などあっという間に壊滅に追い込むほどの化け物。その危険性故に、錬金戦団がヴィクターとカズキを抹殺しようとした程である。

 だが、

 

「月に住む生物はいない。我々がどれだけ戦おうとも、生命力を吸おうとしても、犠牲になる者はいないわけだ」

 

「……オレとお前の戦いに、誰かを巻き込むわけにいかない。そのために、わざわざ月まで来たんだ」

 

「舐められたものだな。かつては大戦士長とまで呼ばれた俺の前で、周りの心配か? 言っておくが、回復出来ないのもお前も同じだ。まさか突っ込むことしか能のない戦士が、消耗戦で勝てるとでも?」

 

 カズキは首を振る。

 返答は、さっきまでへし折られていた右指。

 

()()()()()()()()()

 

 瞬間、ヴィクターの体が、傾いた。

 初めてだった。戦い始めて既に数時間。いくらサンライトハート・改で突進してもびくともしなかった巨駆が、揺らぐ。

 恐らくヴィクターにとってそれは、初めての感覚だろう。何せヴィクター化した百年前は、同類などいなかった。

 

「ヴィクター化した人間からのエネルギー吸収(ドレイン)……! なるほど、盲点だった。だが」

 

 それはこちらも同じ、とヴィクターがカズキと同じく右手を突き出す。しかし、その前に。

 サンライトハート・改が、鼓動する。

 

「貫けッ!!」

 

 ヴィクターの右手。傾いたことで僅かに遅れたそれに、突撃槍の穂先が向けられ。

 展開、射す陽光。

 

「オレの、武装錬金ッ!!!」

 

 ゼロ距離からの突進(チャージ)

 目映いばかりの山吹色がヴィクターの網膜に焼き付いたときには、その右手をサンライトハート・改が貫通し、そのまま左胸にすら届く。勢いは止まらず、月面に光の跡が伸びる。

 その勢いたるや、スペースシャトルに匹敵し、更に加速していく。

 

「……甘いな」

 

 しかし。

 ほんの刹那の時間だった。

 カズキの体から、力という力が、抜けた。

 

「……ぁ、?」

 

 声が口から滑り落ちたときには、サンライトハート・改すら手元からずり落ち、少年は月面を転がっていた。水面を跳ねる石のように。

 今のはカズキにも覚えがあった。エネルギー吸収(ドレイン)。しかしカズキのあくまで甘噛みするようなそれとは違う。まるで魂の一部すら噛み砕かれたように、芯から力が抜けている。

 

「ヴィクター化にも段階があることを、知っているか?」

 

 今なおカズキからその力を吸い上げながら、ヴィクターは続ける。

 

「まずは四十二日程度続く、半ヴィクター化とも呼べる第一段階。今のお前だ。それを過ぎ、人に戻れなくなる第二段階。そして黒い核鉄の力が強まり、更なる力を得た第三段階」

 

 それが、今のヴィクター。

 確かに見れば、あくまで赤銅の肌であるカズキと比べて、ヴィクターの肌は黒みが増している。身体能力などの差は、そのせいか。

 エネルギー吸収(ドレイン)を全力にしてもなお、あちらの得る力の方が大きい。

 

「お前では俺に勝てない。諦めろ、現代の錬金の戦士」

 

 確かに。

 カズキでは逆立ちしたって勝てない。戦術も、技術も、能力も、武装錬金ですらも。武藤カズキがヴィクター・パワードに勝ってる点など一つもない。

 だけど。

 

「勝てるから、今まで戦ってきたわけじゃない」

 

「……なに?」

 

 そうだ。

 

「ただ、命を懸けるだけの意味が、オレにはある」

 

 カズキは思い出す。

 あれはそう、ヴィクター化を()()方法を見つけたときだ。

 

 

 

 武藤カズキがヴィクター・パワードとの接触でヴィクター化したのは、カズキのサンライトハートが砕かれたことによる。

 元々カズキは死んだところを、斗貴子によって埋め込まれた核鉄を心臓代わりにし、蘇生した。その際はまだ普通の核鉄だったが、ヴィクターの武装錬金にサンライトハートが砕かれたことで共鳴し、カズキの核鉄は元の黒い核鉄へと戻ってしまったのだ。

 そこでカズキは斗貴子が核鉄を手に入れた場所へ赴き、そこで出会ったのだ。

 黒い核鉄を作り出し、そしてその治療法を百年以上も探し続けた、ヴィクター・パワードの家族と。

 

ーーカズキくんの持つ黒い核鉄は、その力を制御し、通常のそれに戻した試作型。

 

 黒い核鉄によって体を失ったヴィクターの妻、アレキサンドリアは語る。

 

ーーそしてこれが、黒い核鉄の力を無効化する、白い核鉄。でも、これは三つしかない黒い核鉄を元にしているから、一つしかない。その上黒い核鉄の製造法は……百年前に、失われている。

 

 つまり、二人のヴィクターに対し、白い核鉄は一つ。

 ヴィクターか、カズキか。元の人間に戻れるのは、たった一人だけ。

 

ーー錬金術(このチカラ)が、そんな簡単にみんなを幸せにすると思う?

 

 ホムンクルスとなったヴィクターの娘、ヴィクトリアは、出会い頭にそう言っていた。

 猶予はない。こうしている今ですら、錬金術を憎むヴィクターと、錬金の戦士達は死闘を繰り広げているのだ。

 決断まで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「オレ、やっぱりヴィクターを助けたい」

 

 銀成高校の屋上で、カズキは斗貴子にそう話した。

 貯水タンクの上。その特等席に、二人は並んで座っている。

 

「きっと、オレだけ助かっても、ヴィクターだけ助かっても。それじゃあ何の解決にもならないと思うんだ。だってそうなったら、()()()()()()()()

 

「……一人きりになるから、か?」

 

 頷く。

 ヴィクターとカズキは世界でたった二人だけ、その苦しみを分かち合える、同類だ。故に片方が助かれば、もう片方の絶望は計り知れないし、それを理解出来る助かった方も、心に影を落とすだろう。

 が、斗貴子は空を見て。

 

「……本音を言ってしまえば。私はキミに助かってほしい。キミは戦士の素質はあっても、根っからの戦士じゃない。だからもしも助かるなら、そう思ってしまう」

 

 でも、と彼女は微笑を溢した。

 

「決めるのはキミだ。私はその選択を尊重し、必ずやり遂げられるよう尽力する。無論、納得しないものはしないから、そう認識しておくように」

 

「そんな無茶なことはしないよ。斗貴子さんは心配性だなあ」

 

「初対面でいきなり心臓刺された人間を、心配しないで済む方法があるのなら教えてほしいところだ。ん?」

 

 それを言われては返す言葉もない、とカズキは頬を掻く。斗貴子は斗貴子で全く、と鼻を鳴らした。

 少しの沈黙。そして、カズキは打ち明けた。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

「……は?」

 

 思わず斗貴子は、何とも言い難い顔で、肩を落とした。

 

「つ、月に行くって……キミ、どうやって」

 

「そりゃほら、サンライトハートで、こう、ズバッと」

 

「ズバッと、て……第一、その。宇宙で活動出来るのか、キミらは?」

 

「アレキサンドリアさんが言うには、多分大丈夫だって。確認済み」

 

 いまいち飲み込めない斗貴子に、カズキは続ける。

 

「そこでヴィクターと話すよ。戦うことになるかもしれないけど、絶対に説得する。その間に、蝶野と錬金戦団、アレキサンドリアさんで白い核鉄を作ってもらう」

 

「……作れるのか?」

 

「どれだけかかってもやるって、蝶野の奴張り切ってたよ。まあ、実際にかかる時間がどのくらいかは、分からないけど」

 

 白い核鉄はそもそも、黒い核鉄を元にするため、その精製から始めなくてはならない。恐らく途方もなく長い年月がかかるだろう。

 

「……でも、永遠じゃない。いつかはまた、会える。だろう?」

 

「うん、そのつもり」

 

 二人は顔を見合わせる。

 何を言うべきか。何を話して、別れるか。先に口を開いたのは、意外にも斗貴子だった。

 

「……前に、私がキミに言ったこと、覚えているか?」

 

「覚えてるよ」

 

 少し前。錬金戦団から追われ、一人旅立とうとするカズキに、斗貴子はこう言った。

 

「『そんなことはさせない! 私はキミから離れない! キミと私は一心同体。キミが死ぬときが、私も死ぬときだ!』……だよね?」

 

「……一言一句覚えられているのも、それはそれで恥ずかしいな……」

 

 思い出して赤面している斗貴子に、カズキは首を傾げる。

 

「え、なんで? 嬉しかったよ、オレ。斗貴子さんと一心同体だもん。こんなに心強いことないよ」

 

「そういうトコロだ、キミは! 本当にすぐそうやって、真っ直ぐ気持ちを伝えてきて……もう」

 

 怒るのも飽きたと、少女は話を戻す。

 

「言っておくが、勝手に置いていくのは許さんからな。その時は死神のハラワタをぶち撒けてでも、キミを連れ戻す。必ずだ」

 

「……斗貴子さんなら本当にやりかねないのが怖いトコだよね」

 

 苦笑いするカズキの左胸に、そっと、手が添えられる。

 

「と、斗貴子さん?」

 

「……不思議なものだな。本当の心臓は損傷しているのに、鉄の心臓は今も、鼓動している」

 

 斗貴子は目を閉じる。すると、彼女はカズキの手に何かを渡した。

 六角形の金属体、そう。

 

「これ、斗貴子さんの核鉄……?」

 

「お守りだ、持っていけ。いくら戦士長に勝てたキミでも、ヴィクターと戦うとき、何も無しでは勝てない」

 

 核鉄を握り締めて、カズキは頷く。それに斗貴子も頷き返す。

 

「忘れるな、カズキ。キミと私は一心同体。どんなに離れていても、星が違っていても……私は一緒にいる。キミのこの、鼓動の中に」

 

「うん、わかってる。斗貴子さんの手の温度が、オレの胸の中に伝わってくる。忘れないよ、絶対に」

 

 ああ、でも。

 カズキは斗貴子の肩に手を置く。

 

「月に行くには。まだ少し、勇気が足りない、かな」

 

「……そうか。なら、足りない分は私から補え」

 

 二人の距離が近づいていき、そしてゼロになる。

 その翌日。

 少年は山吹色の光となり、月へ旅立った。

 全てを守るために。

 

 

 

 燐光が揺れる。

 それが蛍火のような髪だと、この宇宙空間で一体誰が分かるだろう。

 

「オオッ!!」

 

 雄叫びをあげ、カズキはランスを振るう。突進ではなく、ここに来て連撃。拳よりもなお速く、そして重く。さながら機関銃染みた刺突の嵐は、師であるキャプテンブラボーすら上回る回転数で、更に唸りを上げる。

 しかし。

 

「ふ……ッ!」

 

 その一切を、ヴィクター・パワードは打ち返す。

 余りにも無情な腕力、そして技量の差。比較的連撃の薄い箇所へ、戦斧を二発。それだけでカズキは弾かれ、空中でエネルギーを放出、体勢を整える。

 カズキは今まで、小手先の技術は使ってこなかった。何故なら使うまでもなく、カズキはその全てを貫いてきたからだ。戦う術を覚えてからもそのバトルスタイルは変わらない。

 だから考えたこともなかった。

 自分が力負けするなんてことは、まるで。

 

「く、おお……ッ!!」

 

「くどい」

 

 ひたすらに立ち向かい、敗れ。

 そんなことをどれだけ繰り返しただろうと、カズキは月面に鼻を擦りながら、考える。

 既に体は言うことを聞いていない。未だ武装錬金が解除されないことから、闘争本能が衰えていないことに驚きすらある。筋繊維が千切れる度に起きていた回復すら、今は考えられないほど遅く、歩けばそれだけで、滲んだ血液がふわりと浮かんだ。

……それでも、立ち上がれるのは。

 

「守るべきもの、か」

 

 ヴィクターが感心する。純粋に、ただその姿に。

 

「……少年。お前は、本当に皆を助けようとしているんだな。自分を排斥しようとした者すらも、含めて」

 

「……そんな、大層なものじゃ、ない……」

 

 そう。きっとそれは、誰もが持っていたものでしかない。

 

「ただ、目の前で誰かがいなくなったり……傷ついたり……泣いたり。その全部を、知ってるから。どれだけ嫌なことか知ってるから。だから、そうさせないだけ。それだけだ」

 

「……裏切られたのに?」

 

「構わない」

 

 カズキは断言する。

 例え化け物と罵られようと、例え守るべき人達から、殺されそうになったとしても。

 

「ーーそれは。誰かを守らない理由になんか、絶対にならない」

 

 この身を投げ出すだけの価値はあるのだと、少年は言い切った。

 ヴィクターの表情は変わらない。以前として、その瞳には憎しみがある。

 

「なら証明しろ。錬金術に絶望している俺を、倒してでも止めてみろ。言っておくが、フェイタルアトラクションと、ヴィクター化のパワーさえあれば、地球に戻ることは容易い」

 

「……、」

 

 つまり。

 カズキがここで倒れれば、ヴィクターは地球へ帰還する。その人外の力であれば、錬金の戦士を殲滅することは容易だ。魂の一欠片とて残さないよう。

 

「……アンタには待ってる人がいるんだぞ、ヴィクター。家族が、アレキサンドリアさんやヴィクトリアさんが、アンタを人間に戻そうと、百年前からずっと足掻いている。それでも!」

 

「それでも構わん(・・・)

 

 今度はヴィクターが言い切る。

 その意志の強さだけは、恐らく当時から、何一つ変わらないまま。

 

「それが錬金術を守る理由には、一つだってならない。俺の家族を奪い、化け物と化した父親を討つためだけに娘をホムンクルスに変えた、忌まわしい錬金戦団も、その関係者すらも、この世には必要ない……!!」

 

 ふわり、とヴィクターの周囲の瓦礫が浮かぶ。闘争本能の昂りによって、武装錬金の力が盛れ出しているのか。

 

「邪魔をするのなら、誰であろうと踏み潰す。例えそれが、同じ境遇の者であろうとも、俺はッ……俺のようなものを生み出した全てを、許しはしない!!」

 

「……ふざけるな……」

 

 ぎし、とカズキのサンライトハートが軋み、穂が開く。極大の閃光は、カズキ自身の希望を映し出すように、絶望の戦士の前で輝く。

 

「アンタにだって、守りたい人がいたんだ。それを自分で壊して、信じてきたものに踏み躙られたとしても!!」

 

 少年は左胸を叩いて。

 

「それでも守りたかったものが、()()にあったはずだろ!! どうなんだ、ヴィクター!!」

 

 男は首を横に振り続ける。

 

「……そこにあるのは、漆黒の激情だけだ。守りたかったものなど、最早ありはしない。第一、俺にそんな資格などありはしない。怒りと憎悪で殺戮を繰り返した男を、誰が迎え入れる?」

 

「それが家族だろ(・・・・)!!!」

 

 ヴィクターが目を見開く。

 カズキは犬歯を剥き出しにして、訴える。

 

「愛されていたから、死んでほしくないと思ったから!! アレキサンドリアさんはお前を、黒い核鉄で蘇生させたんだろ!!」 

 

「……だとしても、手遅れだ。俺の怒りは、もうどうしたって消えない」

 

「だったらオレが吹き飛ばしてやる」

 

 学ランの内ポケットから、カズキはそれを取り出す。

 核鉄。斗貴子が託したお守り。

 

「お前の絶望も、怒りも!! オレがここで貫く。貫いて、引き戻す!!」

 

 だから、とカズキは心から願った。

 斗貴子さんーーオレに、力を貸してくれ!!

 

「ーーW武装錬金ッ!!!!」

 

 呼応し、斗貴子の核鉄は分解すると、パーツがカズキの左手に集約する。

 もう一振りの突撃槍。しかし右手のサンライトハートとは少しデザインが違う。より鋭利な、刃物に近いサンライトハート。

 サンライトハート、A・T(アナザータイプ)

 斗貴子の武装錬金、処刑鎌、バルキリースカートの意匠を色濃く継いだそれも、内部から光を放つ。

 槍を重ね、カズキは力の限り叫んだ。

 

「エネルギー!! 全・開ッ!!!!」

 

 ドォゥッ!!!!、という凄まじいエネルギーの噴射。その加速はそれまでの比ではなく、最早流星に等しい速度で月を席巻する。

 

「く、……お……!!?」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」 

 

 ヴィクターがフェイタルアトラクションを振りかぶり、重力操作と共に叩きつけるが、カズキの勢いは止まるどころか、更に加速していく。重力すらもはね除けて飛び立つ力は、一個人のそれではない。

 

「……なる、ほど……一人では、無理があった、か……」

 

 暴風雨の中で晒されているようなものなのに、ヴィクターの声は何故か嫌に響いた。カズキは二本の突撃槍でヴィクターの胸を貫きながら、その固い感触に歯噛みする。

 左胸にあるのは、武装錬金を解除した黒い核鉄だろう。核鉄を砕くことは出来ない。それで防いでいるのだろうが、ヴィクター化した今のW武装錬金ならば、砕くことだって。

 

「なら、俺も、使おう」

 

 そこで、カズキは気付いた。

 ヴィクターが左手に、通常の核鉄を持っていることに。

 

 

「W、武装錬金」

 

 

 刹那。暗い、歪みが見えて。

 カズキは、月面に叩き落とされた。

 

「か、ぁ、……ッ!!?」

 

 吐血。まるで雑巾でも絞るような、不自然な血の吐き出し方。全身の骨が何かに押さえつけられ、例外なく潰されていく。余りの圧力に月面へ体がめり込んでいく。

 

「……フム」

 

 頭上で聞こえる、ヴィクターの声。首だけでもそちらへ向けようとしたのだが、それが驚くほど難しい。目だけで、その姿を負う。

 ヴィクターの姿自体に、変わった点はない。変わったのは、フェイタルアトラクションだ。

 戦斧が二本ある……わけではない。あの二メートルにもなるヴィクターの身長と、同程度まで肥大化し、より磨きのかかったグレートアックスだった。

 A・T(アナザータイプ)、ではない。言うなればそれは、

 

「フェイタルアトラクション、EV(エボリューション)

 

 武装錬金の進化。新たなる戦略兵器。

 これも黒い核鉄の力なのか。カズキは重力に身動きが取れない。

 

「現代の大戦士長から奪った核鉄だが、まさか使うことになるとは思わなかった。驚いたぞ、少年。お前は間違いなく、現代で最強の戦士だ」

 

 だが、とヴィクターは断定する。

 

「俺にはもう、勝てない」

 

「、づ、ああああああッ!!」

 

 まだだ。サンライトハートはどちらも手放してはいない。だからやれる。

 逆噴射し、カズキは何とか立ち上がると、

 

「無駄だ、止まれ(・・・)

 

 立ち上がった状態で、固定された。

 

(……え?)

 

 それは、本当に奇妙な感覚だった。

 意識はある。なのに、体が動かない。まるで壁の中にでも埋まってしまったかのように、ぴくりとも。

 それだけではない。戦闘で破壊され、浮かんでいるはずの瓦礫すら、空中で止まっている。

 これではまるで。

 

「相対性理論によれば。重力は、時間に影響するらしい」

 

 瞬きすら動けないカズキの前に、ヴィクターは立つ。

 

「俺は学者ではないから、これはアレキサンドリアの受け売りだが……もし、俺の力を最大まで高めることが出来れば。その時、俺は時間すら傅かせるだろう、と」

 

 それが今の状態。時間停止すら可能となるほどの圧縮、反転。それがヴィクターの得た、新しい力。

……勝てるのか、こんなものに。

 全てにおいて相手が上回っていても、どうにかなると思っていた。たった一度のチャンスさえあれば、それで何とかなると、思い込もうとしていた。

 甘かった。

 ヴィクター・パワードは最早、誰にも止められない。

 

 

「まだ、やるか?」

 

 

 カズキに出来るのは、虚空へ睨み返すことだけだった。

 ヴィクターは目を伏せる。

 

「……残念だ」

 

 瞬間。

 月の端が、裂けた(・・・)

 ただの一刀。端から見れば、ただの振り下ろしのはずだった。しかしヴィクターの規格外の重力反転と、W武装錬金による身体強化により、月の大地の五分の一を、両断した。

 グレートアックスで行われたとは思えない、綺麗な断面。月から離れ、宇宙空間へ大地が放流されていく。

 その中心で、月ごと両断されたカズキも、無事では済まない。

 意識が、飛ぶ。体こそ二本のサンライトハートによって両断されなかったが、フレームが歪み、あと数発でも食らえば、武装錬金は砕かれてしまうだろう。

 武装錬金が砕かれれば、それを心臓の代わりとしているカズキも死ぬ。故に、

 

「何を寝ている」

 

 同じ弱点を抱えるヴィクターは、それを見逃さない。

 片手を月から離れつつある、自身が両断した大地へ向ける。すると大地は圧縮され、切れ目一つない球体へと変化し、そして。

 カズキへ、襲いかかる。

 避ける避けないなんて次元ではなかった。意識の失ったカズキを巻き込んだまま、球体は月へと衝突する。

 世界の破滅とも呼べる光景。それを、ヴィクターはいとも簡単に作り出していく。それは既に、神の領域にすら足を踏み入れるほどの力。

 

「……まだ、か」

 

 ドゥッ!!、と瓦礫を吹き飛ばしながら、エネルギーの奔流がヴィクターの眼下から迸る。

 カズキだ。しかしその顔に、先程までのガムシャラな熱はない。ただ今は、意識を失わないよう、精一杯堪えているだけだ。破損したサンライトハートからは大量の火花が散り、蛍火の髪は点滅している。

 満身創痍。心すらも、今のカズキは半ば、折れかけている。

 

「……まだ、やるか?」

 

 二度目の確認は、実質的な殺害予告でもあった。

 カズキは首だけは縦に振らず、ぜぇぜぇ、と荒く息をする。

 それだけで、命運は決まった。

 

「……そうか」

 

「、う、おおお、おお……ッッ!!」

 

 掠れた声の、何と弱々しいことか。それでもカズキはサンライトハートを構える。自壊すら始めかねないスパークすら振り切って、カズキは山吹色の光を放射する。

 だが……決定的に、アクションが遅い。

 

「暴れるな、少年」

 

 再び空間ごと時間を止められ、カズキは二本の突撃槍を掲げたまま、停止する。

 光すらも止まる中。フェイタルアトラクションに凝縮、圧縮、そして圧壊して生まれるのは、虚空の孔。

 マイクロブラックホール。

 全てを引きずり込む、光なき絶望の渦。

 

 

「そして、眠れ」

 

 

 ヴィクターは躊躇わなかった。

 止まった時間の中で、フェイタルアトラクションからブラックホールが撃ち込まれ。

 一瞬で、サンライトハートは、闇に呑まれた。

 

 

 

 かき混ぜられる。

 折り曲げられる。

 ぎぎぎ、と軋む音が、左胸からした。そこは空っぽのはずなのに、鉄の心臓がねじ切れる音がした。

 破片が飛び散る。

 サンライトハート。砕けるはずのないそれが、自分の心臓が、破片を飛ばしながら、闇に吸い込まれていく。

 それだけじゃない。もう一振りの、斗貴子から託されたサンライトハートすら、砕け、奪われる。

 それはダメだ。そう思っていても、体が動かない。左胸に穴が開いてしまったみたいで、手を伸ばすことすら出来ない。

 落ちる。

 落ちていく。

 命の終わりへ、落ちていく。

 

「……、」

 

 随分な距離を落下したはずなのに、痛みは感じない。感じるほどの機能がもう、喪われてしまった。

 からん、と月面を転がる音。のろのろとした動きで視認したのは、砕け、パズルのピースみたいになった黒い核鉄だった。

 

「……終わりだ、少年」

 

 声がくぐもって、よく聞こえない。

 ただ、ニュアンスは分かる。

 そうだとも。自分はここで終わりだ。これから先は何処へも行けない。行くことはない。

 

「お前は勇敢だった。何より、単身でも戦い抜く覚悟があった。一人の戦士として、敬意を表する」

 

 赤銅の肌が遠ざかっていく。

 ダメだ。行かせては。そう思っても、体に力が入らない。それどころか、左胸から底冷えするような寒気が広がっていく。

 黒い核鉄が砕かれたことで、ヴィクター化そのものが解除されてしまったのか。その考えに至ったときには、体全体が凍り付いた後だった。

 

「……、」

 

 寒い。

 痛い。

 怖い。

 武藤カズキは知っている。一回死んだからこそ、知っている。

 死とは断絶だ。温かさから、優しさから、正気から。その全てから断絶され、一人ぼっちになってしまうことだ。

 人は、一人では生きられない。あらゆるものから切り離されては、とても、耐えられない。

 だから、死ぬ。

 人の死とは、そういうものだったと、カズキは思い出した。

……誰もいない。

 月には、誰もいない。誰も傷つけたくなんかなかった。みんなを守りたかった。

 でもどうだ。自分はこんなにも、弱い。いつも他人から力を貰って戦ってきたというのに、どうして一人で戦っていけると勘違いしたのか。

 

ーーオレがみんなを守るから。誰かオレを守ってくれ……。

 

 月に行く直前に、カズキはそう思った。

 いつだって、他人に死の恐怖なんて味合わせたくなんてなかったから、戦ってきた。

 でも本当は、同じくらい、自分が死ぬことが怖かったのだ。

 だって、知っているから。二度と味わいたくないと、そう思ったから。

 だから、守ってほしかったのに。

……カズキを守れる人は、誰もいなくて。

 それでも、守りたい想いだけは募って。

 武藤カズキは、(ここ)まで来てしまった。

 自分を助けてくれる人なんて、誰もいないと、知っていたのに。

 

「……、…………」

 

 魂が、冷たくなっていく。血は抜け落ち、感情は崩壊し、思考すら途絶する。 

 何もない。

 何もない。

 一つ一つ切り離され、視界も狭くなって。

 そして。

 

 

 からん、と。

 目の前に、何かが、落ちてきた。

 

 

「……………………、?」

 

 何故か。その音で、視界が少し広がった。

 それは鉄だった。六角形の鉄……らしきものだった。血糊がべっとり付いたそれは、やはり皿みたいに割れていた。

 斗貴子の、核鉄。

 

ーー忘れるな、カズキ。

 

 声が、聞こえた。

 これを渡してくれた人の、声が、聞こえた。

 

ーーキミと私は一心同体。どんなに離れていても、星が違っていても……私は一緒にいる。

 

 無意識に。手を、伸ばす。

 パキパキ、という音が、本当に怖かったけれど。手を伸ばす。

 

ーーキミのこの、鼓動の中に。

 

 凍りついた手が、触れる。

 それだけで、何故か武藤カズキは笑っていた。

 ああ、そうだった。

 一人じゃ、なかった。

 ずっと。ずっと、そこにいたんだよね、斗貴子さん。

 

「……、ぁ、り、……が、……と…………、」

 

 こんなところまで一緒に来てくれたことに、感謝を。

 そして。

 一人じゃないなら……まだ、戦える。

 カズキは核鉄を掴む。最早掴んだ右腕は、砕ける寸前。

 それでも、愛する人が一緒だから、まだ、やれる。

 立ち上がれる。

 そのときだった。

 ドクンッ!!!!、と。

 核鉄が、鳴動した。

 

「……、」

 

 鼓動。死の淵にいるカズキの耳まで届く、余りにも力強い、生の叫び。

 それが、斗貴子の核鉄から発せられている。

 しかも鼓動は、一つだけではなかった。側で転がる黒い核鉄も、力強く脈動し始める。

 するとその鼓動のおかげか。あれだけ重症だったカズキの傷が、みるみる内に治っていき、立ち上がれるほどに回復していく。

 

「……これは一体……」

 

 やがて二つの鼓動は変調しながら、その音が重なっていく。同時に、完全に破壊された二つの核鉄が集まりだし、カズキの前で形成された。

 そうして出来上がったのは、完全に修復された核鉄。

 ただし、

 

「……真赤な、核鉄……?」

 

「なんだ、それは……?」

 

 いつの間にか、この異常事態を嗅ぎ付け、立ち去ったはずのヴィクターが戻ってきていた。

 距離はまだある。しかしヴィクターなら、この程度はすぐに詰めてくる。

 

「……まあいい。何度蘇ろうが同じこと。殺せば関係あるまい……!!」

 

 ヴィクターが手を翳す。それだけで、圧縮した重力がカズキの自由を奪う。

 時間停止。カズキはまたもや身動きが取れなくなり、その瞬間にはヴィクターが肉薄していた。

 だが……その間に、真赤な核鉄はカズキの左胸へと溶け込んでいく。

 どくん、と一際大きい鼓動が、カズキの体を駆け巡る。

 動けなくても構わない。

 今この瞬間、脳天に振り下ろされる凶器のことすらも思考の外へ追いやる。

 大事なことはたった三つ。

 恐怖の掌握。

 大事な存在(モノ)を死守せんとする決意。

 そして。

 魂から響かせる、命の咆哮ーー!!

 

 

「ーーーーX(クロス)、武装錬金ッッ!!!!!!」

 

 

 ヴィクターのフェイタルアトラクションが触れる、その直前に。

 宇宙を、山吹色(サンライトイエロー)が満たした。

 

 

 

 それは、地球からも見えていた。

 あるいは家族が。

 あるいは師が。

 あるいは戦友が。

 あるいは腐れ縁が。

 そしてあるいはーー恋人が。

 月にて輝く、その山吹色の光を、目撃していた。

 

「……カズキ」

 

 

 

 ヴィクターの一撃が弾かれ、光が晴れていく。

 そこにあったのは、砕かれたはずのサンライトハート。

 しかし、先程までのそれとはまるで違う。

 全体的に、槍が大きくなっているのだ。素の状態で、光が迸るサンライトハートと同等の大きさになり、柄と穂の中間に、小型の漏斗にも似たそれーーバルキリーがマウントされていた。

 そして極めつけは、カズキの容姿。肌は赤銅に戻っているが、髪は蛍火ではなく、夕焼けのような真っ赤に染まっていた。

 

「……これが、オレ()の新しい武装錬金。サンライトハート、X・V(クロスバルキリー)」 

 

「……武装錬金の融合……俺と同じだと……?」

 

「同じじゃない」

 

 カズキは否定する。そう、何故ならこれは。

 

「この武装錬金は、オレと斗貴子さんが一心同体になったもの。お前みたいに、無理矢理融合させたものじゃない」

 

「……なら、証明してみろ。これを破れるものなら!!」

 

 ヴィクターがフェイタルアトラクションの能力を発動させる。

 手を翳すことすらしない。ノーアクションの時間停止。普通ならば回避も、防御も不可の攻撃……その、はずだった。

 ついさっきまでは。

 

「悪いけど」

 

 声はヴィクターの背後。

 既にサンライトハートは穂が展開し、光が燦々と輝いている。フェイタルアトラクションよりも巨大化した光の槍を、カズキは振り下ろす。

 

「それはもう、効かない!!」

 

「ぐ、っ!?」

 

 反応が遅れたヴィクターは、その一撃を受け止めようとして、逆に吹き飛ばされた。これまで突進以外でびくともしなかったあのヴィクターが、カズキの一撃で。

 

「く、一体何が……!?」

 

 起きて、と思ったときにはヴィクターの視界からカズキの姿が消えている。

 代わりにヒリつくような闘気が、ヴィクターの背筋を撫でる。ほぼ直感で頭部にグレートアックスを構えたときには、カズキのサンライトハートと激突した。

 瞬間移動? いいやこれは……とヴィクターは三百六十度全ての重力を圧縮、ようやくその姿を視認した。

 つんざくような金属音。そして、鍔競り合い。カズキはヴィクターの重力下に置かれながら、それらをはね除け、力ですら互角にまで持ち込む。

 

「……なるほど。時間停止はあくまで一帯。そこまで広い空間を停止出来るわけじゃない。つまり」

 

「お前が止めるより先に、その空間を脱出すればいい」

 

 そう答え、カズキは笑う。

 サンライトハートの穂と柄の中間。あのバルキリーが、穂と同じく展開し、光を放出している。その数八本。それがカズキの速度を極限にまで高めているのだ。

 音速では遅い。

 光速では呑まれる。

 なればこそ、神速。

 闇すら追い付けない神の領域に、武藤カズキはとうとう追い付く。

 

「……だった、ら!!」

 

 ヴィクターが視線を巡らせ、見つける。

 月面周辺に散らばった、瓦礫達を。

 

「来い!!」

 

 重力を反転させ、カズキとヴィクターの距離が離れる。そうはさせないとカズキが迫ろうとするが、そこで目の前の状況に面食らった。

 流星群。ヴィクターによって指向性を加えられた隕石たちの絨毯爆撃という言葉すら生易しい、オールレンジ攻撃。いくら今のカズキでも、闇雲に突入すれば、その先に待ち受けるヴィクターに返り討ちにされるだけだ。

 しかし。

 

「頼む、()()()()()!!」

 

 カズキと斗貴子の力は、こんなものじゃない。

 号令と共に、サンライトハートにマウントされていたバルキリーが分離。すると八本の兵器は、統率の取れた動きで先行する。すると彼らは山吹色の残光だけを残し、カズキの進む道を作るため、その身で瓦礫を貫いていく。

 カズキが命令を出しているわけではない。彼女達は斗貴子の核鉄に蓄積された戦闘経験を元に、カズキをサポートしているのみ。

 そう。いつも斗貴子が、カズキのことを導くように。

 

「輝け、オレ達の武装錬金ッ!! いっけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」

 

 流星群の中央。ランスアーム、バルキリー達がこじ開けたトンネル。それに、カズキが突入する。

 多少の瓦礫も、重力すらも振り切って。カズキは流星群を突破する。

 

「たどり着いたぞ、ヴィクター!!」

 

「……ここまでとは……!!」

 

 小細工では勝負がつかない。

 小手先では決定打にならない。

 ならどうするか。

 決まっている。

 

「ならば、俺も本気で行こう」

 

「ああ、来いヴィクター!! お前の絶望は、オレがここで全て砕く!!」

 

 ここから先は、武器での殴り合いの時間だ。

 

 

 

 白い核鉄が完成した。

 斗貴子はそう聞き、錬金戦団の施設まで来ていた。

 カズキが地球を旅立って、まだ一ヶ月しか経っていない。その短時間で、白い核鉄を精製するなど奇跡に近かった。

……いや、一ヶ月もか。かの大戦士長を含めた戦団の戦士をまとめて相手にし、なお無傷だった化け物。そんな敵と一人で、カズキは戦わねばならないのだから。

 

ーーそれもこれも、蝶サイコーなオレのおかげだ。感謝しろよ。

 

 イカれたパピヨンマスクのホムンクルスはそんなことを言っていたが、今回ばかりはそう思ってしまう。

 カズキは戦士の素質がある。でも、根っからの戦士ではないのだから。

 

「大丈夫か、戦士・斗貴子?」

 

 錬金戦団の施設格納庫。その壁に背中を預けていた斗貴子に、声をかける男が一人。

 作業服に、少し髭の生えた三十代程度の男性。これだけ上げると普遍的に見えるが、彼こそは斗貴子の上司、そしてカズキの師である、キャプテンブラボーだ。

 斗貴子は、

 

「はい……いえ、大丈夫ではないかもしれません。あんなものを見せられたら、心配じゃないとは言えません」

 

「ま、それもそうか」

 

 二人は揃って、格納庫の窓から空を見上げる。 

 今夜は満月。故に月もよく見える。

 月は滅茶苦茶だった。月の円周が欠けたかと思えば、月光すら打ち消すほどの山吹色の光が夜を照らし、以降は散発的に光が散っている。

 今も戦っているのだ。カズキとヴィクターは。

 

「……カズキなら勝つと信じています。ですが、それだけではダメだと本人が言っていました」

 

「ヴィクターを救うためにも、か。戦士・カズキの選択には、毎度驚かされる」

 

 本当に、と斗貴子は頷く。

 色んなことがあった。中には考え方の違いから対立し、斗貴子はカズキを再起不能にしてでも止めようとしたこともある。

 それでも、彼は身を投げ出し、他者を守りながら言ったのだ。

 

ーーどっちも! オレはどっちも、守りたい!!

 

 それはただの理想論だと、そう言い切ることは出来ただろう。

 だがカズキは違う。一度死に、蘇ったからこそ。その先にあった世界で得たものを知ったからこそ、簡単に切り捨てることを否定した。

 

「……だからこそ、私はカズキの命を諦めることは出来ない。あの時救い上げたからこそ、その責任がある」

 

「……素直に死んでほしくないといえば良いだろうに。あれだけストロベリっといて今更恥ずかしがることも」

 

「何か、戦士長?」

 

「いや、ナニモ。準備しろ、戦士・斗貴子。そろそろ出発だ」

 

 逃げたな、とその背中を恨み半分恥ずかしさ半分で斗貴子は睨む。

 再度空を見上げる。

 月はまだ、山吹色に光っている。

 

「勝て、カズキ」

 

 絶対に、迎えにいくから。

 

 

 

 本当の意味で、自分にぶつかってきた人間は少ない。

 天性の肉体に、ホムンクルスと戦うため鍛えた技術。守りたいと願うからこそ、高まっていく力。

 悪人だったわけではない。問題があったわけでもない。あえて言えば、完璧過ぎたのだろう。まさしく教科書通りの行いばかりしてきたから、他人に口出しされることもなかった。

 それはヴィクター化してからも変わらない。

 お前は間違っている、と言われたことがある。

 お前は死ぬべきだ、と言われたことがある。

 衝突はそれこそ何度もあったのに、ついぞ自分と対等に意見をぶつけてくる人間は、誰もいなかった。

 元々錬金の戦士をまとめあげる戦士長すらまとめる、大戦士長。それがヴィクター化すれば肉体的にも心理的にも、理解し合える人間などいない。

 誰よりも強いが故に、誰よりも傷つけ。

 誰よりも強いが故に、誰よりも煙たがられた。

 だから。

 この現代で、復讐しかなかったヴィクター・パワードにとって……この少年の存在は、本当に未知の存在だったのだ。

 

「ぐっ……おおッ!!」

 

 鋭い切り返し。重く、そして速い。ヴィクターと比べても三十……いや四十は背丈に差があるか。そんな小さな体で、身と同程度の突撃槍を操る姿は、小兵のそれである。

 しかしその姿の力強さたるや、ヴィクターも震えるほどだ。技術は拙いし、戦術も未熟だ。それでも、それらを補って余るほど、この少年の槍は、力に満ち溢れている。

 

「……ぜぇいッ!!」

 

「お、オオッ……!?」

 

 いつしか。ヴィクターはフェイタルアトラクションを振るいながら、少年と同じように、雄叫びをあげていた。その迫力に少年は一瞬たじろいだが、すぐに槍で撃ち込む。

 己が武器を自在に扱い、ぶつけ合い、高め合う。

 それは例えるのなら、魂を研磨するような戦いだった。全てを知るからこそ、全てをぶつけても倒れないからこそ、自然と戦いは長引き、錆びた心が研がれていく。

 

(……、ああ)

 

 槍と斧がぶつかり合う音を聞きながら、ヴィクターは思いに耽る。

 自分と、互角に渡り合い、そしてその心情を理解する相手。

 そんなものは、未来永劫得られないと思っていた。

 だが、いた。

 絶望を知りながら、希望を信じ、手離さなかった人が。

 そんな風に生きている少年が、いたのだ。

 こんな自分すらも救わんと、必死になって。

 

(……すまんな、少年)

 

 だが。ヴィクターに燻る黒い炎は消えない。割り切るには、長い間燃やし過ぎた。

 だからこそ。

 

(確かめさせてくれーー君が持つ、希望の価値を)

 

 俺の抱える絶望に、勝るのか。それを、見せてくれ。

 

 

 

 いつしか、剣戟は止んでいた。

 あるのは肩で呼吸をして、次に備える音だけ。

 殴り合いでも、勝負は決まらない。

 であれば、残るは一つしかない。

 己が誇る最大、最強の一撃にてーー相手を叩き潰す。

 お互いそれが分かっていた。わかっているからこその沈黙。

 だからだろう。

 ヴィクターが口を開いた。

 

「……少年、名は?」

 

「武藤カズキ」

 

「ムトウ、……カズキ。なるほど、それが、お前の名か」

 

 たん、とヴィクターが月面から浮かぶ。あくまで敵同士、一部の手加減すらする気はない。

 だが、自分と対等の人間の名を、知りたいと思うことは、何ら不思議なことではない。

 

「ムトウカズキ。俺と唯一互角に渡り合った、錬金の戦士よ……これで、終わりだ」

 

「いいや、終わらせない。アンタの命も、オレの命も。誰の命も、終わらせはしない!!」

 

 宣言後、僅かな微笑があった。どちらともなく零れたそれは、戦いの中で培い、理解した、二人にしか分からないやり取りがあった。

 一瞬。朗らかな雰囲気が流れ。

 そして、これまでで一番の殺気が、場を支配する。

 

「フェイタルアトラクションッ!!!!」

 

「輝け、オレ達の武装錬金ッ!!!!」

 

 ズバァッ!!!!、と広がるのは、光と闇。手を伸ばそうとする光と、それを突き放す闇。それはお互いの立場を表すような、闘争本能の発露。

 

「ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 歪み、捻れ、殺す。

 フェイタルアトラクションによって操作される重力。圧縮の時間は長く、まるで固めてすぐに足していくような操作により、巨大な穴が構築されていく。

 それは神すら呑み込む、究極の奈落。人どころか、月すら丸ごと喰らうことだって可能な暗黒物質。

 嵐が、起こる。

 大口を開けた風の咀嚼により、月が崩壊を始める。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………ッ!!!!」

 

 対し、カズキはその破滅を目の前にしても、何ら気負わない。

 ただ、燃やす。自身の心を、体を、魂を。震わせ、高めて、光と変える。

 最大、最高、最強の突撃。

 そのためにカズキは、自らの得物へ呼び掛けた。

 

「バルキリー、展開ッッ!!!!」

 

 サンライトハートから分離した、八本のバルキリー。するとそれは、サンライトハートの先ーーブラックホールへ突撃する道で、円環状に、二つに別れて配置される。

 推進剤。カズキの背中を押してくれる、最後の一歩。

 

(……ありがとう、斗貴子さん)

 

 前を見る。

 崩壊の渦の先で、ヴィクター・パワードは、咆哮した。

 

「来いッ、ムトォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおッッ!!!!!」

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」

 

 だんっ!!!、と月面に撃ち込まれたのは、サンライトハートの石突き。エネルギーの逆噴射と、射出した石突きの反動。緩から急へのロケットスタート。

 一つ目のリングを、通る。

 瞬間、カズキの体が光と化す。比喩でも何でもなく、カズキの体は一筋の光へと変化し、エネルギーそのものとなったカズキは更に加速するため、二つ目のリングを通過。

 ついに、その速度は神速すらも上回り。

 激突。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

「ぬ、ゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!!」

 

 打ち上がる山吹光の突撃槍と、頭上で渦巻く暗黒の世界。衝突は一見拮抗しているようにも、見える。

 だが。

 僅かに。光が、揺らぐ。

 

「ぐ、ぉおおおおおおお……!?」

 

 ピシ、と光に亀裂が走る。サンライトハートそのものが、ここまでの出力に耐えきれていないのか。血を吐き出しながら、カズキは必死に上を見る。

 下は見ない。上だけ見てろ。

 命を投げ捨てる場所はーー最初っから、そこにしかないだろう!!

 

「……、エネルギーッ!! 超・全・開ッッ!!!!!」

 

 限界を越えた、その先の解放。核鉄が悲鳴をあげたっていい。心臓が押し潰れようが構うな。

 光が轟く。光が叫ぶ。

 全てはこの絶望を貫き、命を投げ出すために作り上げた武装ーー!!

 

X(クロス)、サンライトォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!! クラッシャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 そして。

 貫く。

 絶望の渦を、光の槍が、貫く。

 それは、本来あり得ない現象だった。光すら呑み込むブラックホールを、ただのエネルギーだけで突破するそのデタラメな現象。

 故に。

 ヴィクター・パワードは、その奇跡に、歓喜する。

 

「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 ブラックホールを貫いた直後。

 待っていたのは、あらん限りの力を込め、フェイタルアトラクションを振りかぶるヴィクター。

 全力を出し切った武藤カズキに、それを防ぐ手立てはない。更にサンライトハートは火花が散り、ヴィクターの全力を受け止められるほどの強度は、ない。

 だが、その先を予見していたのは、カズキとて同じこと。

 だからこそ、あえて、隙を作った。

 振り下ろされ、そして。

 フェイタルアトラクションの一撃に、サンライトハートが、砕かれる。

 

「ムッ……!?」

 

 しかし。ヴィクターは瞠目する。

 サンライトハートを砕かれたと言うのに、カズキは退かない。

 むしろ踏み込み、今度こそ全力を出し切ったヴィクターの懐へ飛び込む。

 その手に握っているのは、サンライトハートの芯。そう、砕かれたのは外側だったのだ。

 

「これで……ッ!!!!」

 

 終わり。その言葉を込めて、サンライトハートの芯を、ヴィクターの胸元へ突き立て。

 られない(・・・・)

 

「……っ、……!?!?」 

 

 防いだのは、ヴィクターの胸元……ではない。内部にある、黒い核鉄だ。今の一瞬で武装解除したのか。

 なら、この後は。

 そこまで思考が至ったところで、ヴィクターの胸元から、二振り(・・・)のフェイタルアトラクションが、飛び出した。

 

「ご、……、」

 

 W武装錬金。二本のバトルアックスは、易々とカズキの胸部を貫通した。

 息が、出来ない。肺を潰された、そう思ったときには、ぐら、とカズキの体が傾き、宇宙空間に投げ出される。

 ヴィクターが、それを見届ける。

 自らの勝ちを悟る。

 

「……終わりだ。ムトウ、カズキ」

 

 今度こそ蘇らないように。ヴィクターがフェイタルアトラクションを首元に添える。

 首を切り落とせば、流石に死ぬはず。

 そして、戦斧を振りかぶり。

 不思議なことが、起きた。

 彼の背後から、どす、と何かが刺さったのだ。

 

「……な、に……?」

 

 完全に視覚外からの、攻撃だった。気付けば、どうして分からなかったのか。それは理解出来ないほどに、巨大だった。

 それはサンライトハートを模した、何かだった。泥で塗り固めたような不恰好さは、推進剤となった八本のバルキリーが集まって形成されたもの。

 キラ、と光ったのは、カズキが手に持って離さない、サンライトハートの芯。

 よく見ればバルキリーの集合体は……柄の部分、カズキの持つ芯が、無かった。

 つまりは、背中に刺さるサンライトハート擬きは……芯に呼ばれて、途中のヴィクターに刺さった、ということだ。

 

「、……最初から、このつもり、だったのか」

 

 それとも……あのサンライトハート擬きが、元となった核鉄が、勝手にやったことか。

 ぼそり、とヴィクターが独りごちた。

 

「……やられた、な。一心同体、か」

 

 直後だった。

 ヴィクターの胸元から、サンライトハート擬きが飛び出し、カズキの芯へと戻った。

 夥しい量の鮮血が、宇宙を泳ぐ。

 男は血を吐き出して、その巨体が揺らいだ。完全に意識を失う前に。

 彼の肩を、回復した少年が支える。

 力強く……決して、離さぬように。

 

「……お前の、勝ちだ。ムトウ、カズキ」

 

 言葉はそれだけ。

 勝敗は、それで決まった。

 

 

 

 崩壊した月面の上で、二人は寝転んでいた。

 まさに満身創痍、疲労困憊。

 あれだけの戦いをした後だというのに、宇宙は変わらない静けさがあった。一人ではないのに、その余りの静けさにカズキは身震いする。

 そんな隣に、ヴィクターは眉を潜める。

 

「どうした? 何かあったか?」

 

「ああいや……こうしてると、何だか、落ち着かないって言うか。静か過ぎるなって。そういうヴィクターは?」

 

「俺はそもそも、宇宙なんてものが未知のものだが……確かに、こうも静寂に満ちていると、少し、気が狂う」

 

「ハハハ、だよね」

 

 乾いた笑いをした後、カズキは押し黙る。

 ヴィクターとは和解した。しかし、白い核鉄の精製がどれだけの時間かかるかは、こっちの都合ではどうにもならない。このまま一生、月に暮らす、なんてことにもなりかねない。

 それはそれで別種の戦いだが……。

 するとまたもやヴィクターが、話しかけてきた。

 

「……お前は、守りたいものがある、と言ったが。好きな女でもいるのか?」

 

「いるよ」

 

 カズキは即答する。

 

「わざわざこんなところに来てまで、守りたい人がいる。一番守りたい人が……あの青い惑星(ほし)には、いる」

 

「……そうか。なら、守れよ。俺は守れなかったが……お前はまだ、遅くない。必ず守ってやれ」

 

「……ヴィクター」

 

 哀愁のこもった顔で、ヴィクターは諭す。確かに、彼はアレキサンドリアを守ることは出来なかった。

 でも、

 

「ヴィクターにも、守れる人はいるじゃないか。ヴィクトリアさんがさ。娘を守るのはお父さんの役目だろ?」

 

「……いや、俺は……」

 

 と、言葉を濁していたときだった。

 静寂に満ちていた宇宙に、異音が雪崩れ込んできた。

 例えるなら、スペースシャトルのような。

 

「……これは……?」

 

 二人が跳ね起きて、地球へ目を凝らす。

 すると、いとも簡単に見つけた。

 こちらへ向かってくる、騎士甲冑を着込んだ巨大な人型が。

 

「ろ、ロボ!? デカッ!? なにあれ!?」

 

「あれは……今代の大戦士長の武装錬金か? 宇宙での活動も可能なのか、なるほど……」

 

「ていうことは……白い核鉄が完成したのか!!」

 

 まさかこんなにも早く。

 そうと決まれば話は早い。カズキは武装錬金し、サンライトハートの光を灯台のように照らす。

 

「おーい! こっちだこっちー! やーいこっちだーー!」

 

「……奴らにお前の声は聞こえないと思うが?」

 

「こ、こういうのは気分なの。ほらヴィクターも、ヴィクトリアさんもきっとあの武装錬金に」

 

「俺は地球には帰らん」

 

 一瞬。

 カズキはヴィクターの言っていることが、理解出来なかった。

 

「……例え人間に戻れたとしても、俺は他人を傷つけすぎた。きっと俺の帰還を忌避する人間は大勢いる。ならば俺は、このまま月にいた方がいい」

 

「……ヴィクトリアさんは? アンタの娘だろ、ひとりぼっちにするつもりか?」

 

「いいや。だが少なくとも、お前が守ってくれるだろう」

 

「、でも!!」

 

「頼む」

 

 ヴィクターは、頭を下げていた。

 あの二メートル近い巨体が、深く深く。

 

「……俺は、俺自身がどうなっても構わん。だがそれにヴィクトリアが巻き込まれるのだけは、我慢ならない。俺にとってヴィクトリアは……この世で一番、大切なものだ。もうこれ以上、親のことで縛り付けたくはない。だから、お前に託す。この世で一番信頼出来るお前に」

 

「……ヴィクター……」

 

「頼む、ムトウカズキ。この通りだ」

 

 果たして。

 カズキは頷いて、こう言った。 

 

「いや、それは()()。だってオレが一番大切なのは、斗貴子さんだし」

 

「……は?」

 

 ぽかん、とヴィクターは口を開ける。その間にカズキは腕を組んで唸る。

 

「オレは確かに、みんなを守りたいよ。そのための努力はいくらだってやる。でも、オレはそんな万能じゃない。だからその内何かを取り零してしまうとしたら、オレは多分、斗貴子さんを優先すると思うんだ」

 

 そう、それは考えてみれば当たり前のこと。

 

「オレは、いざとなったら斗貴子さんを守る。だからあの子を一番に守れるのは、アンタしかいないんだぞ、ヴィクター。なのに、それをオレに託すのは可笑しいだろ」

 

「……だが」

 

「それに、ヴィクトリアさんが弱いと決めつけるのは、よくないよ」

 

 だって、

 

「ヴィクトリアさん、斗貴子さんに負けず劣らずの怖さがあるような、ないような……いや斗貴子さんが怖いとかではなく、タイプが似てるというか……」

 

 ぶつぶつと呟くカズキ。青くなったり、少し情けなくなったりする顔に、ヴィクターはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 敵わないな、と。

 

「……知らんぞ、どうなっても」

 

「そのときはまた止めるよ、今回みたいに」

 

 だから。

 

「帰ろうーーあの、青い()()に」

 

 

 

 

 

 その後の物語は、語るまでもない。

 二人は当たり前のように、人へと戻り、そして平和へ戻る。

 男は娘へ、少年は恋人の元へ。

 無論、全てが元通りになるわけではない。

 未だにわだかまりはあるだろう。それでも、確かにあったあの戦いのことを、二人は忘れない。

 絶望にしがみつく男と。

 希望を手離さなかった少年。

 これは。

 この手を離すものかと、そう叫んだだけの、お話。 

 

 





真赤な核鉄を一度は妄想したことあるよね

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