冴えない棋士は弟子を貰う様です 作:C.C.サバシア
オリ棋士紹介
☆七宝大吾(21)
段位:四段
師事:葛西紀明八段(オリジナル)
所属:関西
順位:C級2組
概要:受け将棋を得意とする新進気鋭の若手棋士。現役大学生と二足の草鞋をこなすインテリ派であり眼鏡がトレードマーク。
普段はポーカーフェイスであり、『鉄仮面』の二つ名とクールな装いで徐々に知名度が付いてきている。
ビックマウスで慢心癖はあるが将棋への信念は本物であり実は執念深い
毎朝杯予選は六連勝の快進撃で本戦出場、公式戦十連勝と勢いに乗っていたが玉将戦予選一回戦、同期の鍬中駿四段との対局では珍しく終盤に動揺し崩れ敗れ3敗目(13勝)を喫した。
「『話題の新人棋士七宝大吾、連勝10でストップ。同期対決に散る』ねえ……」
将棋連盟のニュース一覧にあった一つのページを読み、呟く。
通常、予選一回戦なんぞわざわざピックアップもされないがこうして敗戦しただけで載ってる辺り七宝の期待値の高さや快進撃が窺える。
ただ晒されてるという言い方にもなるから七宝にはドンマイとしか言えない。
……思えば、あの逆転の一手から投了まで露骨に手も表情も焦り出しあそこから僅か十数手で勝負が決まった。
あの一手が無かったら負けていたのは俺だった……と、棋譜を見せ美羽を撫でていたら涙が溢れてきたのは俺と美羽だけの秘密だ。
そしてそれ以外と言ったら師匠が俺より喜んでいた事とか八一、歩夢から祝いのLINEが来たと思ったら祝いの品がそれぞれ篠窪さんと碓氷さんのLINEだった。
確かに二人とも何故か俺が行く研究会にいるし何か色々話すと盛り上がっちゃったしまた話せると良いですね、なんて言ってたけど二人とも元タイトルホルダーの超一流棋士だぞ?
あと二人とも玉将戦リーグにいるし竜王戦の組も高いし……
入れたら入れたで二人から直々に祝いのLINE来たし。
超嬉しかった。
それはさておき、今日何か師匠がこっちに来てるらしい。
今年は新年に一回と昨日一回電話越しに喋ったくらいで直接会ったのも竜王戦第四局で結婚式やるから来てねなんて言う怪文書が送られて来た例のアレ以来だ。
男女強豪がひしめく中寧ろいて良かったのかは甚だ疑問ではあるが気にしてはいけない。
「せんせー! きたよー!」
「よ、美羽」
まあ祝ってくれるらしいから嬉しいには嬉しいし、師匠がけしかけたとはいえ俺の弟子の紹介やら何やらもしたいし……このタイミングなら師匠のお祝いにもなるか。
という事でいつも通りの美羽と俺に加えて師匠がプラスワンされる。
八一は今日は対局だから来れないらしい、まあ色んな棋戦勝ち進んでると予定立て込むんだろうなあ……
「今日はせんせーのおししょーがくるんでしょ?」
「そうそう。美羽は俺のとこ勧められて以来かな、会うのは」
「そーだよ。ジンジンせんせーにはかんしゃかんしゃだよー!」
「ジ、ジンジンせんせーか……」
しかし美羽の山刀伐師匠の呼び方は癖がある。
そう呼んでくれと言われたらしく素直に受け取った末路がこれらしいが……鹿路庭さんじみてんなあ……女の人相手にはそう呼ばせたい趣味でもあるのかあの人は。
……いや、あの人に限って女好きは無かったわ。
寧ろ早く結婚してくれ師匠は……鹿路庭さんでダメって相当だろ……ああいやこの世界のあの人は『ある奴』の本命だからどちらにせよダメか……
「やあやあ駿に美羽ちゃん、待たせたねっ☆」
噂をすれば何とやら、師匠のお出ましだ。
39歳にして出会い頭にウインクしてるのも最早懐かしい……39でウインクして許される人間なんてそうそういないんだぞ全く。
「お久し振りです、師匠」
「ジンジンせんせー! おひさー!」
「はーい、お☆ひ☆さ☆元気そうで何よりだよ~」
「はぁ……師匠、美羽に何仕込んだんですか……」
本当はもっと言葉遣い云々を指摘すべきなんだけど、師匠に限ってはもう良いや……美羽も他じゃしっかりしてるしな。
「まあまあ固くならないでよ☆それより今日はお祝いなんだから楽しもうよ、ねっ」
「全く師匠は……色々話したい事もありますから取り敢えず上がってください」
だがこの軽さのお陰で勝てた対局もあるし、何だかんだその性格自体好きなんだよなあ、と口に出すと多分ものすごい事になるので言わないでおこう。
「さてさて、それじゃあまずはプロ二勝目おめでとう!! しかもノリに乗ってた若手相手らしいし誇らしいよ! やっぱり自慢の息子だ!」
「お、大袈裟っすよ師匠……」
部屋に上がって第一声からめちゃくちゃ嬉しそうじゃん師匠……何だよ何だよたかが予選一回戦での勝利なのに凄い嬉しくなるじゃないか……!
「大袈裟な話じゃないよ! 棋譜を見たけど前までの試合と比べて大きく殻を破れてる様に見えたし、一勝以上の大きな大きな価値になるはずさ!」
「ありがとう……ございますっ……!」
11歳の頃から面倒を見てくれた師匠。
それは将棋を通じた師と弟子の関係という事だけではなく、大人と子どもとして、父親と息子として面倒を見てくれた。
そう思うと、やっと恩を返せるかもしれないと思うと、目から熱いものが流れてくる。
「ははは、駿は昔から泣き虫だったけど久々に泣いてるとこ見たよ」
「ちょ、師匠……子どもじゃないんだから撫でるのは……」
「……親に取ってさ。子どもっていつまでも子どもって良く言うよね。あの意味が分かった気がしたんだ」
「……ッ! ありがとう……親父」
今まで一度として言わなかったその単語。
ずっと俺の事を息子として接してくれていたこの人の事を、俺は拾ってくれたあの日から尊敬してるし、いつでも帰ってこられる場所だと思っていた。
だが、それでも『家族』と受け入れる事は出来なかった。
それは親父のせいじゃなく、前世も今世も、血の繋がった実の両親や親戚から家族と思ってもらえなかったから。
家族というものが分からなくて、嫌いで。
街中で仲良さげな家族連れがいるだけで忌々しく思った事だって何度もあった。
だから言えなかった。
『親父』と、そう呼んであげる事が出来なかった。
でも今分かったんだ。
ほんの小さな勝利に過ぎない試合を、その棋譜を、大切そうに抱えて持っていてくれたその心。
チビの頃、負けて泣いていた時、勝って嬉しい時、両方の時にしてくれた、優しい顔で撫でてくれる事。
その瞬間に感じた気持ち。
これが『家族を想う』って感情なのだと。
「駿……」
「今まで呼んでやれなくてごめん」
「……良いんだよ。駿が家族を知らないのも、家族が嫌いなのも知ってたからさ。でもさ、だからこそ……ははっ、泣いちゃうくらい、嬉しいんだよ……」
「俺を育ててくれてありがとう、親父……」
親父が泣くところなんて、初めて見た。
あの人としてもこの歳でまだ未婚なんてなれば子どもを育てるなんて苦労に苦労を重ねたんだろう。
そう思ってしまうと更に涙が止まらなかった。
そんな俺の手を、小さい手が握ってきた。
……美羽。
まだ状況が掴めていないのか少し困惑している様だが、悪い事ではないと察しているらしかったこの子にも、家族というものを多少ながら教わったっけ。
美羽との交流もまた、家族が何なのかを知れた大事な要因だな。
ありがとう。
暫く、『親子揃って』泣いていたのは言うまでもない。
「……さっきは勢いで言いましたけど、普段は師匠呼びですからね!」
「え~駿ったらツンデレかな?」
「ちゃうわ!」
泣き終わったら羞恥心が押し寄せてきた、案の定である。
普段から親父呼びしてたらアンタ調子乗りまくって暴走するだろうが……師匠兼親父の存在が公衆の面前で暴走されたら耐えられないからやめてください……
と、いつも通りに戻ったところで美羽から爆弾が投下された。
「せんせーね、たいきょくのまえの日に『美羽の為に勝ってやる』って言ってくれたの! きゃーてれちゃうー!」
「……ほほーう、弟子にした当初は自分には荷が重いとか言っていたらしい駿がデレるとはね。やるじゃないミハミハ☆」
「美羽ー!? それは恥ずかしいから言わない約束だよねー!? 美羽さーん!?」
アレに関しては、流石に恥ずかし過ぎるから内緒って言ったはずなのに……うぐぅ、そんなに自慢したかったのか……全く……
「ダメだった?」
「ううん、かわいいから許す」
あざとい上にマセてやがるよ美羽の奴……可愛すぎかよ……許すに決まってんじゃん……
「って! それよりこっちもお祝いすんじゃん! 師匠、賢王戦挑戦者おめでとうございます!」
「おめでとうございますー!」
「お、知ってくれてたんだね。ありがとう☆」
危ない危ない、俺にとっての本題を忘れるところだった。
賢王戦……前世でいう叡王のタイトル戦だ。
前世じゃ2017年にタイトル戦に昇格したが、原作のりゅうおうのおしごと!ではどうやら17年度にタイトル戦昇格は無かった。
が、この世界はどうやら原作よりも前世寄りらしく、去年の第三期から名人や竜王といったものと同じ格になった。
今期は一般棋戦からの昇格とあり方式が変則的で前期賢王は待ち構えるのではなく本戦トーナメントからの参戦。
賢王持ち同士でない対局も有り得た。
「そりゃ師匠の初タイトル戦ですから」
「いや~挑戦出来そうな場所にはいたんだけど、ようやくだね☆」
「相手は月光十七世名人……賢王がそのまま上がってきた形ですね」
「相手にとって不足なんてある訳無いよね☆」
お分かりいただけただろうか……前期の賢王はあの月光聖市さんだ。
しかも何の改変か、タイトル総獲得数は33、一般棋戦優勝も前期賢王で30、名人獲得通算十期獲得、八連覇の功績で現役中の永世名人襲名を許される、と原作を遥かに超えた偉人と化していた。
「その楽観的な姿勢が何とも師匠らしい……頑張ってくださいよ。その……思ってる以上に嬉しいんですから」
「……息子に後押しされちゃあ、気合も入るよ」
「がんばれージンジンせんせー!」
「ありがとねえ~」
その偉人とウチの師匠、どっちが勝つか?
……そんなの決まってるだろ。
「……偉人だろうが永世名人だろうが、なぎ倒してくれよな、親父……賢王取ったら一日何でも聞いてやる」
「嘘は……無いね?」
「男に二言は無い」
「勝ったらパパ呼びでね☆」
え? 何か言っ……あ、終わったかも。
そして時は流れ二月を迎えるのだった――