冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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自分で決めたかったけど悩んでこの形にしました(アンケート)
あと今後主人公が雑魚になり得なくなる可能性があるのでタグから外しました(主人公雑魚のタグ)


第十三話『予選進捗とバレンタイン』

 ――二月十三日・日本将棋連盟関西本部 盤王戦・予選トーナメント第4ブロック三回戦

 

「はぁ……はぁ……」

 

 両者共に一時間半の持ち時間はとうの昔に使い切り、真冬の一番冷え込む時期だというのに額から汗が流れ落ちる。

 それは相手も同じ様で、肩で息をしながら頻繁にハンカチで顔をトントンと叩いている。 

 

 俺は一月に玉将戦予選一回戦で勝ち星を掴んで以降綱渡りではあるがこの盤王戦と共にギリギリで予選を勝ち進んでいる。

 玉将戦に至っては一次予選ながら決勝までこぎ着けた。

 

 逆に考えればまだまだどちらも予選が続いている訳だが、十月に四段になり十二月まで1勝6敗だった棋士がここに来て五連勝。

 勝率は年度〆が近付くこの二月中盤以降で奇跡的に五分五分になった。

 

 ……というか現状この二棋戦以外負けてるからどっちも落としたら五月の棋帝戦まで無給になる。

 それはまずい非常にまずい。

 プロ棋士という名のニートが師匠とか美羽の教育に悪い、悪過ぎる。

 

 まあ何だかんだ勝ってはいるから良い。

 が、それもこれも全ては美羽が来てから変わったんだ。

 あの子を育てる内に、将棋をするのが楽しくなっていた。

 無論今までもそれなり以上に好きでなければいくら親友達とやっていてもきっとどこかで挫折していただろう。

 だが、心の余裕というものが無かった。

 好きであると同時に、直感的に『これが自分の全てなんだ』と生きる為の術、親友達と俺との繋がりだと強迫観念に近いものを持ちながら指していたのかもしれない。

 

 今も言ってしまえば強迫観念に近いものは持っている。

 ただそれが前述したマイナスの事ではなく『美羽に良いとこ見せなきゃ』『八一や歩夢と公式戦で指したい』という希望的なものに変わったのが大きいんだと思う。

 

 その頃から、美羽と指していた時に出てきた形や今まで見えなかった手が出てきて勝ちにも繋がり今に至る。 

 

 出来すぎなくらいの順調さだが慢心は絶対にしない。

 今まで負けてきた分勝ちまくらないと十年後に引退が待ち受けている。

 

 どんな形だって構わない。

 美羽の師匠で、プロでいられる時間が少しでも長くありたい。

 

 相手を見やる。

 どちらも一分指しに変わり局面はみるみるうちに変化していく。

 対局相手は三十代半ば、振り飛車党の六段棋士。竜王戦5組から上がった事は無いが6組で通算三度優勝し、一度1組の棋士に勝った事もある実力者。

 毎回ながら不利を予想されているが今回だって負けてやる気は無い。

 

 常温のスポーツドリンクが火照った身体を落ち着ける。

 闘志も必要だが盤面を大きく見る冷静さも欠けてはいけない。

 

「くっ……」

 

 っと、ここでお相手がかなり無理やり攻め込んできた。

 強引とは言ったがこの博打攻めで6組を三度優勝し六段になった運を持つ相手故に対応を間違えれば一気に戦況はあっちに傾くだろう。

 折角ガッチリ守りに入っている俺の玉だが暴れ回られてはどうしようもない、ここは守りを崩してでもしっかり咎めに行くべき。

 緊張はするがそれ以上に痺れる戦いになるか――

 

 

 

 

 

 結果から言えば俺は勝った。

 あれから更にハチャメチャの殴り合いをした後に目が回る様な思いをしたが気力だけで勝ち切った。

 記録係をした仲の良い棋士(対七宝戦前肩を叩いてきた奴)の情報によれば戦後……八位?くらいの319手とかだったらしい。

 良く分からないがそんな微妙な記録なのに連盟のニュースに出るとか言われた、ちょっと前八一と歩夢で戦後最多手数話題にしたのにそれで良いのか将棋連盟……

 

 

 まあそれは良いが、ふと思えば今日は二月十三日だ。

 次の日何かイベントがある気もしたが今日勝ったのがチョコの代わりになるだろう、何のイベントかは知らないが。

 

 あと何やら今日はJS研で女子会をしてるとか何とか言ってたっけ。

 

 俺はお前が羨ましいよ、八一……

 

 対局室近くのベンチで力尽きほぼ抜け殻になり、勝ちを噛み締めながら怨念を送るのだった。

 

 

 

 

 

「やあやあ八一くん」

 

「んお、なんだ駿か……機嫌良いな」

 

 対局で勝った翌日は非常に気分が良い。

 今日の美羽の指導は昼からだから朝は時間が余るが今回は八一とあいちゃん達の指導風景を暇がてら参考にする為に来ていた。

 

「最近ようやく勝ててきてるからな。たまにはお前の指導風景も勉強にしようと思ったんだ。ってあいちゃんはいないのか」

 

「美羽ちゃんの事気に入ってるんだな……まああいなら近くまで天を迎えに行くって言ってたからもうすぐ来るだろ」

 

「あたぼーよ、あの子のお陰で何か色々掴めそうな予感がしてる。それに美羽もそろそろ研修会試験受けさせるつもりだし」

 

 何も暇だからわざわざ来たというのが全てではない。

 美羽の成長速度で行けば今月末辺りには研修会試験はFだったら完璧に合格出来る水準にまで到達出来るだろう。

 念には念を、というところでEクラスレベルに仕上げるのに少し時間が掛かったが順調も順調である。

 

「そうか、遂に受けさせるんだな」 

 

「綾乃ちゃんと同格レベルになったと見てるからな。最近勝った負けたと五分五分になってるらしいし」

 

「昨日なんて澪に勝ったぞ」

 

「ほんとか! D2の澪ちゃん相手に勝てたのは心強いな……」

 

 因みにだが綾乃ちゃんと澪ちゃんはこの1ヶ月程でクラスアップしてそれぞれE2とD2になっている。

 しかしあの引き出しの多い戦法が特徴の澪ちゃんに勝てたというのはクラス以上に大きいものがある。

 つまりは色々な戦法のD2レベル相手に勝てるチャンスが出てくる。

 ……周りに引き上げられ適応していくタイプの子だから出来る限り高い位置からスタートさせたいとは思っていたが、Dクラスから始められるのだとしたら現状最高の位置かも知れないな。

 

「ししょー! ただいまです!」

 

「……今日はくわなかもいるのね」

 

「あれ? せんせーだ!」

 

「ではお嬢様、私はこれで」

 

 と、あいちゃんと天ちゃんのお出まし……待て、今美羽の声が聞こえたんだけど。

 

「うぇっ!? 美羽!?」

 

「わーいせんせーだー!」

 

 急に抱き着いてきたのは良いし嬉しいんだがそれより何故美羽……

 

「いつもありがとうございます晶さん」

 

「いえ、こちらこそお嬢様と九頭竜先生の仲は存じていますのでお易い御用です。では」

 

「あ、はいお疲れ様です」

 

 色々考えてみたが現実逃避していたバレンタインの文字が襲い掛かってくる。

 まさか美羽、八一に惚れてるんじゃ……ば、バカな……いくら八一が将棋界のトップスターとは言え美羽まで魅了するのか? あ、有り得ん……

 

「おーい、せんせー?」

 

「はっ、俺は一体……」

 

「そういや美羽もいるのな。今日は特にJS研は揃わないけど大丈夫か?」

 

「うん、おひるからはせんせーのとこだし。それに今日はチョコあげるのがメインなのよ!」

 

 有り得てほしくなかったぁ……

 ぐぬぬ、だが妹の恋路ならば邪魔は出来まい。それに非常に悔しいが八一なら信頼出来るし? 俺は良いもん……

 

「ああ、前言ってた『日頃の感謝』ってやつか?」

 

「そうよ! いつもくずりゅーせんせーにはおせわになってるからね!」

 

 ってそういう事か……いや俺は分かってましたし?

 つ、強がりじゃないぞ……

 

「……そこの駿が露骨に百面相してるんだが」

 

「はぁ、どうせ焼きもちでしょ?」

 

「はいししょー! ほんめーちょこです!」

 

「いやどストレート!!」

 

「私も……本命なんだからね」

 

「天もどストレートだ事……」

 

 安心した隙にリア充のやり取りをするな、非リア充はそれを見ると死んでしまうんだぞ!

 

「はいくずりゅーせんせー! これ三人でつくったの!」

 

「はは、ありがとうな」

 

「八一くぅん……君って人は……君って人はッ……」

 

「だから山刀伐さんのマネはやめてくれ! 普通にビビるから!」

 

 いくら本命じゃなくても美羽のチョコを貰いやがって……羨ましいんだよこの野郎! だから少しくらい師匠のマネして脅かしても許される! フハハ!

 

「……じー」

 

「ん? あれ? どした美羽」

 

 八一を弄ってたら隣に美羽がいた件。

 なんか凄い見られてるが可愛いので取り敢えず頭を撫でておく。

 

「ふにゃ~」

 

「よーしよしよしよし」

 

 うーん、可愛い。

 まあそれはさておきだ。

 

「何か俺に用あったの?」

 

「……わたし一人でつくったチョコ、せんせーのためにつくったんだよ」

 

 ……それこそ鳩が豆鉄砲を喰らった、という表現になる。

 

 後に俺が歩夢に語った時の冒頭に言った言葉だ。

 

 生まれて早十九年……前世を含めて三十六年……当たり前だがチョコに恵まれるなんてある訳もなく。

 プロ棋士になればファンとか付くかなーなんて甘い時期もあったが早々に打ち砕かれ。

 チョコ貰えずに四十年の大台は必至かと覚悟はとうの昔に決めていたが……

 

「………………ま、マジ?」

 

「せんせーはだいすきなせんせーだからとくべつに! ね!」

 

「美羽……お前ほんっとうに良い奴だな……」

 

 神ってこの世にいるんだなって。

 そう感じた。

 

 後日それを聞いた歩夢はファンから大量のチョコが贈られてきたエピソードを話した。

 そこから先、俺の記憶は無かった。

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