冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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更新時間を変えてみました

原作ではチョイ役だけど実際にいると心強い人々と仲良くなっていく鍬中は多分人徳には超恵まれてるし天性のコミュ力がある


第十四話『覚醒』

 研修会試験……それは一度の試験で合格、となるものではなく二回に分けて例会日に、計八局で行われる。

 F2という最低クラスでもアマチュア二段が必要であり、Aクラスになると五段が平均値となる。

 

 特に女性ともなると有段者自体が割合非常に少なく、それも小学生となれば中でも人数が絞られてくる。 

 その為甘く見られる事もしばしばあったのだが、幹事の久留野七段曰くダブルあいちゃんのお陰で喝を入れられたかの如く今は逆に超警戒対象だからなにかの参考になれば……と先月の研修会の棋譜を何枚か参考にし美羽の育成方針に取り入れてきた。

 

 その成果もあり二月の試験前半戦は初戦のF1クラスの子に圧勝、その後E2の子に三連勝という形で終わった。

 これを見る限り当初予定していたE2辺りで入れる算段は良い意味で裏切られそうだ。

 

 ……そう思うと綾乃ちゃんは対美羽対策が万全だったって話になるか。

 

 

 まあそんな話は良い。

 いや良いって訳じゃないが今はそれはさておかないとかなりまずい。

 

 

「これが……『トランスレーター』……」

 

 時は三月、盤王戦予選決勝。

 ここに勝てば挑戦者決定トーナメント……遂にここまで来てしまった。

 玉将戦の一次予選決勝より早く来てしまったこの棋士として初めての『決勝』という二文字の乗った大一番、何回か出場したアマチュアの大会ですら県予選決勝にすら縁の無かった俺がまさか……と噛み締めたいところではあるがまあそれどころじゃない。

 

『トランスレーター』と聞いたら今の若手棋士ならず上位陣、将棋愛好家達からも注目され始めた言わばホープ、将来タイトル戦に絡んでくるだろうと予測されている若手棋士だ。

 年齢は二十歳、名前は二ツ塚未来……原作を読んでいたとは言え今の残ってる記憶を辿っても於鬼頭帝位の熱狂的な信者だった事以外は俺は覚えていないがタイトル戦予選で当たる中では身内を除いて最も警戒すべきと位置付けていた棋士だ。

 

 実際現在進行形で大苦戦している。

 

「最近調子が良いって巷で噂にはなっていたが……まあこんなもんか」

 

 正直、対策はあれこれ考えわざわざ

 

「今度の鍬中くんの対局の対策がてら僕ら三人で研究会しませんか?」

 

なんて篠窪さんが誘ってくれて、めちゃくちゃ恐縮しながら前タイトルホルダー二人と雑魚一人で盛り上がった。

 篠窪さん曰く

 

「彼は非常に攻め合いのコントロールが上手い、場の支配力に長けている」

 

 と言っていた。

 何せ二つ名がソフト翻訳者の名を冠しているのだから当然だが棋譜は予想以上にエグかった。

 十年後には於鬼頭さんに並び立つ存在になりかねない逸材だ。

 

 ただ彼も全勝ではなく、碓氷さんが弱点を指摘していたのも大きかった。

 

「将棋ソフトは最短で詰ませに来るんだ。だから凌いで守備が若干手薄になった隙を見逃さず攻められるかが大事だね」

 

 碓氷さんはいつもは穏やかな人だが竜王三期に加え実際に二度二ツ塚四段を破っているので説得力が半端ない。

 篠窪さんも若手故の同じ立ち位置からの二十代前半で棋帝を獲得しているだけあり非常に切れ味の良い考察ばかりで凄かった。

 あと篠窪さんは最近調子が良いらしく、玉座戦予選通過に加え毎朝杯で名人(準決勝で歩夢が敗北)を破り、リベンジで優勝を飾った。

 

 閑話休題。

 そう言った研究会を開いてもらい対策を三人で一日中話し合っていたのにも関わらず100手を超えた辺りから押され始めた。

 

 いや実際は立ち会いで既に負けていたのだろう、組み合った瞬間にまわしを取られていた事にすら気付かないくらい素早い攻めに取り敢えず完全に守備に回ろうと弱気になったのがいけなかった。

 

「つまらないなあ……七宝四段を下したからにはポテンシャルはあると思ったんですが……このまま攻め切らせてもらいますよ」

 

 やっと思う様な将棋が指せて、楽しくなっていた。

 ここで勝ち進められるならば今後の棋士人生が丸っきり違う世界に変わる事だって有り得る。

 

 姿勢まで弱気になってどうする。

 

 これまで勝ててきた時の感覚を思い出せ。

 見えるはずだ。

 俺に将棋の才能なんてものは元より無い。

 あるのは積み重ねてきた勉強の記憶。

 足りない才能を勉強でギリギリなりたい直近目標の下限にはしてきたじゃないか。

 

 ……そうだ、まだ、今日負ける訳には行かない。

 

 

 何がまずいかの解答だ……『今日負けたら明日恥をかくのは誰か――』無残にボロ負けした棋士が師匠として弟子の随伴として研修会に出向く? 間違いなく俺は美羽に顔向け出来なくなる。

 ただでさえ将棋界的に、女流棋士は男性棋士の99%に実力で明確に劣っていると言われている世界で、その女流棋士を目指す小学生の師匠が弱い四段棋士なんてそれこそ研修会は良いとしてもどこでどう馬鹿にされるか分かったもんじゃない。

 

 確かに予選決勝というそこそこ大舞台を逃すのは辛いが再挑戦の機会はある。

 だが俺の将棋人生を変えるには今しか無い、直感的にそう思った。

 

 そしてそれは即ち『フリークラスから上がれる最初で最後のチャンス』――昇段一年目でおかしな話だと自分でも思うが、ここで崩れたら、負けて美羽に恥をかかせてしまったら……きっと立ち直れない。

 

 だったら勝つしか無いだろ?

 

「考えろ……」

 

 考えろ、見つけろ。

 七宝の時だって諦めなかったから勝てたんだろうが。

 確かに二ツ塚四段は篠窪さんの言う通り場の支配力に長けている……が、碓氷さんの言っていた通りなら何処かしらに綻びが出来るはず。

 

 今は耐えろ。

 

「チッ……粘るなあ」

 

 研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませッ……!

 

「才能なんて無くても、それでも……」

 

 勝ちたい――そう思った瞬間、脳ミソが揺れる感覚がした。

 

 脳が揺れ、視界がボヤける。

 激しい頭痛と目眩、吐き気を覚える。

 こんな時に一体なんで……しかしそんな素振りを見せてはいけない。

 

 一つ深呼吸をする。

 

 まだ持ち時間は幸い三十分残っている、冷静になれ。

 視界さえ直ればまだまだ指せるはずだ。

 

 目を閉じる。

 右ポケットに忍ばせてあるものを思い出す。

 ……そういやお守りになるかもって、美羽が自分の写真一枚持たせてくれたんだっけ。

 

 右ポケットに触れると、右手の震えが次第に消えていった。

 視界も徐々に戻っていく。

 

 頭痛や吐き気は……収まる気配は無いが、視界が明けさえすれば全て無視だ。

 

 よし……

 

(な、なんだこれ)

 

 さあ指してやろうと盤に目をやると、最初は何も変わらなかった戻った視界に一瞬ノイズが掛かりモノクロの世界で勝手に手が進んでいく。

 

 計100手は動いただろうか……

 

 しかしふと気が付くと元の視界で、手は進んでいない。

 

 幻覚……?

 

 いや違う。

 

 幻覚であそこまで鮮明に盤面が見えるのか?

 しかも丁度今この場面から、思いつきすらしなかった手順が見える訳が無い。

 

 しかもだ。

 頭痛や吐き気も視界がモノクロになった時に消えていた。

 あんだけグロッキーになっていた気分が消えていた。

 否……高揚感すら覚えるくらいに、気分が良いッ……

 

「雰囲気が……変わった?」

 

 二ツ塚未来は読みが深い。

 思考をソフトに寄せれば寄せる程研磨され、よりクリアに、より正確に手が見えてくるタイプだ。

 

「アンタ……つまらないって言ったよな」

 

「……それがなんだってんだ」

 

「今俺は……最高に面白い、よッ」

 

「ッ!? その手は……!?」

 

 だがソフトに寄せるとは言え彼もまた人間。

 全ての手を予測出来る訳では無い。

 予想外だったであろう勝負手にたじろぐ。

 

「クッ……」

 

 反撃の一手……だがそこはさっきモノクロに見えた場所……やはりアレは幻覚じゃない……自然とノータイムで駒に手が伸びる。

 

「ここだ……」

 

「チィッ……!」

 

 指すと同時に二ツ塚四段もノータイムで指してきた。

 流石に予想外でビビった……が、

 

「そこも予想通り、だッ」

 

 そこもまた見えていた手。

 ノータイムで殴り返す。

 

 そこから指した指し返したの応酬となった。

 双方時間にまだ十分以上の余裕を持ちながらの高速の殴り合い。

 だがこの場面鈍った方が負けだと俺は感じていたしあっちも感じていたのだろう。

 

 モノクロの記憶にある手を必死に紡いでいく。

 

「……」

 

 合わせて70手程だろうか、ノータイムで指し合った末に二ツ塚四段の手が止まった。

 

「お前……一体何が視えるんだ……」

 

 手が止まったと思えばそんな事を言い出した。

 

「さあな……」

 

「お、おちょくりやがってッ」

 

 ちょっと待ておちょくるってなんだよ……俺もさあなとか言ってる場合じゃないが俺にだって分かんねえんだよこれは!

 正体不明の症状だけど導かれてる気がしたから指したんだよこっちは……アンタの手が全てモノクロの記憶に映ってたものと同じだったのは素直に怖かったが。

 

「おちょくってるって訳じゃないんだけど……」

 

 パチリと指す。

 

 ふと盤面を見る――

 

「く……そ……負け……ました……」

 

 前に二ツ塚四段が投了。

 

 勝った……のか?

 

「あ、ありがとう……ございました……」

 

「……ありがとうございました……覚え……とけよ……」

 

 良く分からないが勝てたらしい……盤面を見るとなるほど、無我夢中で指していたがしっかり押し返せていた。

 しかし盤面が分からなくなるのはダメだな……あの症状も今日限りかもしれないし、もっと鍛えないと。

 

 それはさておいてもめちゃくちゃ嬉しいんだが。

 

 って感想戦しようと思ったらもうアイツ消えてるんだけど……七宝ですら我に帰った?とか言い出しはしたが感想戦は真摯に受けてくれたのに。

 

 

 因みにその後三十分以上立ち上がる事が出来ずに記録係の鵠記者……もとい山城桜花の女流タイトルホルダーの供御飯さんに介抱されたりしたのは余談である。

 

 恥ずかしい……

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