冴えない棋士は弟子を貰う様です 作:C.C.サバシア
若干サブタイトル詐欺かも…?
「さて、今日は二回目の試験だぞ」
「竹内美羽! きあい! 入れて! いきます!」
「おう!」
壮絶なvs二ツ塚四段戦から一夜明け、良く分からない症状の後遺症も無く本日も絶好調である。
今日は美羽の二回目の試験日ともあり万全を期して向かいたかったから本当に助かる。
ここでもう一度前回の試験結果を出しておくがF1クラスに何もさせず圧勝、E2クラス相手にも自分のやりたい事をやった上での三連勝だった。
つまり今回はE1クラス二人、D2クラス二人か若しくは最後に久留野七段直々に棋力を測りに来る可能性もある。
久留野七段は三十代後半、全棋士出場棋戦、タイトルの獲得は無いが新人王に二回輝いており、今俺が勝ち進んでいる貴重な棋戦、玉将戦のリーグにいる一人でもある。
順位戦もB1であり、棋力は陰りどころか年々高まっている様にも見える。
A級棋士になるのも時間の問題と評価されている程だ。
そんな棋士が研修会幹事である為か、ここ八年程活きのいい子どもが奨励会に入ってくると専ら評判が良い。
八一と歩夢は一気にB1で入会したからあまり記憶には残ってないかも知れないが俺達三人久留野さん幹事の初期メンなんだよな……
だが俺に関して言えば三人で同じランクで入会しようとか言っていたのに気付いたらC1入会になってて泣いた。
そして初日の初戦から女流3級にフルボッコにされて更に泣いた。
今となっちゃ俺と久留野さんとの笑い話になってるが。
うっ苦い思い出が……
「せんせー? どうしたの?」
「ああいや……過去に研修会でやらかした嫌な思い出があったからな……美羽よ、強くあれ……なんてな。まあ前回みたくやれば最低でもE1クラスだ、リラックスしていけよ」
「もっちろん! まかせて!」
因みにだがE1は半分嘘だ、美羽に気負わせない為に言っただけで今のあの子はD2上位陣レベルだ。
現に同じくD2の中位にいる澪ちゃん相手にしっかり勝ち星が出てきている。
まだ澪ちゃん相手だと五分ってところだが澪ちゃん、綾乃ちゃんはJS研だから手の内は割れているという前提で考えている。
と、話してる間に到着だ。
「着いたぞ……ここが決戦の地だ」
「せんせーなんかかんなべせんせーみたい」
「そうか? まあ幼馴染だし、チビの時は関東にいたから八一以上にいっつも一緒にいたし癖かもなあ」
「ほえー、わたしとあいちゃん、てんちゃん、みおちゃんやあやのちゃん、シャルちゃんみたいだね!」
そうだな……そう言えばJS研の関係性ってあの頃の俺達みたいだよな。
みんなでワイワイと将棋をして、勝った負けた(俺は負けっぱなしだったから除く)と言いながらあの手はどうだこの手はどうだと盛り上がってたっけ。
特に小学生なんて身近の同年代の将棋指しを探すだけでも一苦労しそうな中で俺達も恵まれていたとは思うがJS研は比じゃない。
ただでさえ競技人口の少ない女流棋士、アマチュア小学生の女子の将棋指しとか良くあんなに集まったもんだ。
「……良い結果を持って帰ろうな」
「うん!」
しかしあれだ。
美羽の精神力は何度か語っているが尋常じゃないわ、緊張のきの字も無いし良く悔しがる性格だが美羽の師匠になって三ヶ月経つ今でも泣いた姿も見た事が無い。
このメンタルは間違いなく才能……今日も魅せてくれるのだろうかと期待に胸を膨らませながら久留野さんのところへ向かっていくのだった。
「やあ、待っていましたよ」
「どうもっす」
「こんにちは!」
入るや否や例の如く迎えてくれた久留野さん。
物腰柔らかで人当たりが良く、子どもの心理思考を読むのが上手いという、研修会幹事にピンズドの人材。
俺が入った時の幹事がこの人で本当に良かったと思っている。
「はいこんにちは。今日は二回目の試験ですね、頑張ってください」
「きあい! 入れて! がんばります!」
「冷静さも忘れずになー」
「わっかりました!」
うーん凄い気合。
闘志があるのは実に素晴らしい事だ、勝ちに貪欲になれるかどうかは棋士、というか勝負師全般で見ても重要な指標に繋がるからな。
しかしどうも美羽は気合が入り過ぎる傾向がある。
『背中の傷は剣士の恥だ』という言葉がある様に、真っ向勝負で前のめりに倒れるのは美羽の美点だが、あれからも通っている道場で見受けられるものとしては空回りしている姿もチラホラ見掛ける。
同格でもテンションが高過ぎると前勝てた相手にも負ける事があり、その姿は前のめりというか顔から一気にヘッドスライディング自殺をしている様に見えるくらいだ。
最近は少なくなってきたが今日は大事な日、どうしたって心配になる。
「よーしリラックス出来る様に肩揉んでやる……ほらほらこっち来て」
「わーい」
普通小学生相手に肩揉みとか提案すらしないが将棋指しだし、肩が凝るのは当時の俺で実証済みだ。
痛くならない様に、適度に解す様に、血流を体全体に行き渡らせるのをイメージする。
「鍬中四段と竹内さんは実に仲の良い師弟ですね」
「ええ……最初聞いた時は師匠が決めちゃってて、名前も顔も知らなくて、正直困惑しましたけど。今となってはこの子が居てくれたお陰で今の俺があるって言えるくらいですよ。感謝してもしきれません」
「えへへー、もっとほめてもいいのよ!」
「よーしよし美羽は凄い子だぞ~」
「確かに、玉将戦と盤王戦で調子が良いですがなるほど……もしかしたら、近い将来玉将戦で会えるかも知れませんね」
「さ、流石にそこまで強くはなれてませんよ……はは」
肩を解してやってる間少し雑談となったが、そうかそんなに期待されてるのか……マジでか。
年が変わって二棋戦八連勝と波に乗れているが去年までほぼ負けだったし八連勝してもまだ通算9勝6敗だし……勝つ度に相手に押し負けそうになる頻度も高いからそろそろ負けるよ絶対……
ごほん、今ネガティブになるのはやめておこう。
「と、よし! これで良い感じになったはずだ。熱意と冷静さのメリハリさえ意識すれば問題無い!」
「らじゃー! 竹内美羽、しゅつじんします!」
「はいよ! いってら!」
何はともあれ今は美羽の対局に集中しよう。
第一局、二局は予想通りE1が相手となった。
初戦は中盤まで守備に徹するタイプ、カウンターを得意とする天衣みたいな指し筋だ。
だが守りが丁寧な反面足が遅く、カウンターには時間を要するのが弱点の子だ。
「守備面だけならDクラスレベル、か……」
「前回は非常に良い成績だったので、一局目は守備に自信のある子を選出してますよ。楽しみです」
序盤から攻め立てる美羽と守る相手とで対照的な試合展開になったが、中盤攻めに転じた隙を狙ったかそっちを無視して攻め続ける豪快な手筋で勝利。
「良くやった!」
「ぴーす!」
二局目は澪ちゃんと同系統のオールラウンダーのE1クラスの現成績主席が相手になった。
一局目を見ていたか攻めを強くした相手と美羽とで殴り合う展開となったが攻め合いなら美羽の独壇場、パワーだけで相手を強引に押し切り圧勝とは行かないまでもしっかり勝利してみせた。
「これは……予想以上に強い子かも知れませんね」
「自慢の弟子ですから」
「では次はD2クラス、と言いたいところですが大体の強さは測れたと思いますので最後に私と対局してみましょう」
おっと、ここで予想外の一言。
通常計八局必要ではあるが例外的に幹事が調整する事もたまにある。
八一、歩夢の時なんて二局で終わってたし。
「久留野さん直々にですか」
「ええ、あの子には随分と素質があると見受けられます。入るクラスは殆ど確定していますが私自身で竹内さんの実力を見てみたくなりましてね」
「なるほど。それだけ美羽の実力を買ってくれたと」
「そういうところです」
「美羽ー、最後は久留野先生との対局になるらしい。気ぃ引き締めてけよ!」
「りょーかい!」
さて久留野さんの棋力はさっきも言った通りだが、その指し筋は型に囚われない『久留野ワールド』と呼ばれる独特の感覚と感性によって作り上げられている。
言わば型破りなタイプで、この人と指す時は柔軟な対応がより一層重要視される。
美羽と久留野さんの対局は……あいちゃんの時と同じ飛車角二枚落ちか。
だが元より型破りな力戦派の久留野さんが的確に美羽の攻めを受け流している。
「ほう……」
しかし美羽も怖気付かずガンガン攻め立てていっている姿勢は凄い。
格上にも自分を貫けるのはそれだけで強味だ。
「ふむ……これはタフな試合になりそうだ。鍬中四段、申し訳ないですがバッグからスズメバチウォーターを」
「……分かりました」
スズメバチウォーター……久留野さんの対局七つ道具の一つであり中でも空気清浄機と同格とファン内では噂される七つ道具上位二個の一つ。
お値段1本648円の超高級品だ。
それだけ美羽の実力に本気を出したい証拠なのだろうが……先生、気合入りすぎです……
その後美羽はしっかり負けました。
「ま、まけたぁ……」
「まあまあ、相手は久留野さんだったんだしあの人を二枚落ちで本気にさせたってだけでも凄いよ」
美羽はあの対局が効いたのかバテてしまっていた。
いつも俺と指してるって言っても久留野さんは俺と違ってエリートだし仕方ない。
「ははは、とてもガッツも攻めもある子でつい気合が入ってしまいました。竹内美羽さん、ではD2クラスでの合格にしましょう!」
「や、やったー! まけたけどごうかくしたー!」
「いやー良かった……順当なクラスってとこに落ち着けたかな……」
「竹内さんなら早い段階でD1に上がれると思いますよ。棋力に関してもメンタルに関しても非常に素晴らしい子でした。良いお弟子さんを持たれましたね」
「あ、ありがとうございます!」
しかしD2で合格と聞いて本当にホッとした。
原作のあいちゃんがD1合格だったのを思えば相当良い位置にいるんじゃないだろうか。
俺もだが美羽も声は出てない様だがホッとしている様子だ。
こっからがまた相当に大変な道のりになるとは思うがまずは一旦、合格出来て良かったと安堵感に身を委ねるのだった。