冴えない棋士は弟子を貰う様です 作:C.C.サバシア
「……で、鹿路庭さんに告白する為にデートに誘ったは良いがいざ前日に勇気が出ないと」
「ぐぅ……我とした事が、まさか決戦前夜に尻込みしようとは……」
「まあそんだけ今の関係を大切にしてるんだろ? それは歩夢の良いとこだと思うが鹿路庭さんだもんなあ……じっくり行き過ぎると出し抜かれそうではあるな」
「ぐぬぬ……」
四月末、玉将戦一次予選は全てのブロックが終わり来週から二次予選と棋帝戦予選が開幕する。
ここからだと今年は負けが込んでくるのは覚悟の上でシーズンに臨まなければならない、今まで負け続けてきた事を無駄にしない為にも負けてもすぐ切り替えられる様な精神でありたいと常日頃から心に刻んでいる。
そんなある日の夜、関東にいる親友の歩夢から唐突に電話が掛かってきた。
想い人の鹿路庭珠代女流二段をデートに誘い告白したいそうだがいざ誘った後で告白に踏ん切りが付かなくなってしまったらしい。
原作では接点らしい接点が無かった歩夢と鹿路庭さん、だが今二人はニコ生の名物司会解説コンビに将棋バラエティ番組でのレギュラー共演等将棋界隈の花形コンビ。
共演を続けていく内に前よりプライベートで会う事が増えてチャンス到来の親友には是非想い人との恋を成熟させてほしいと思っているが……
原作ではイケメンエリート棋士であるにも関わらず浮ついた話も無ければ理想の女性は『釈迦堂師匠』と断言していた歩夢。
そもそも何故歩夢と鹿路庭さんに繋がりが出来たのか、そこを振り返ってみようと思う。
あれは五年前の春、まだ俺が二段リーグ下位でうろちょろしていて八一がそろそろ三段リーグに上がる頃、歩夢が三段リーグに入ったくらいの時期だった。
珍しく歩夢と俺という八一のいない状態での空きが出来た俺達は山刀伐師匠にちょっとした研究会みたいな事をしないかと誘われたので歩夢を誘って研究会用に借りていたという自宅隣のマンションの部屋に向かっていた。
そしてどうやら研究会は三人だけではない様で、当時玉将ではなく玉座のタイトルホルダーだった師匠の同期の生石さんともう一人、師匠の知り合いのアマチュア女流棋士を呼んでいると言われ道中はその話題も出ていた。
「師匠の前からの知り合いらしくて、昔は天才肌だけど定跡も何も無いのに強くて生意気な人だって話してたな」
「ふっ、昔の八一に似ているな」
俺は多少師匠からそう言った話もちょくちょく聞いていたが、薄々鹿路庭さんだろうとは気付いていた。
昔、自分は神に選ばれた天才と思っていた……なんていう設定もあったしな。
そして山刀伐師匠との関係性もガッチリハマっていた。
ただやはりというか、門下生ではなくあくまでも棋士の世界に引っ張り込んだ友人関係という点が実に二人らしかった。
「今は師匠が基本からしっかり仕込んで良い調子で成績も上がって、凄く良い子だってのも言ってたが……」
「細かい事は気にしていない……つまりは山刀伐八段と生石玉座が見込んだ若いアマチュア……ククッ、良い刺激になり得そうじゃないか」
「それもそうだな」
歩夢は昔から女にはそこまで興味は無く、あるとしても師匠が理想の女性、という憧れの存在という形と妹に兄としての好意的な情があるくらいだった。
あの日もトッププロ二人が同席させたアマチュア棋士が気になっているだけで、性別はどうでもいいみたいな反応だった。
まさか着いてからああなるとは思わなかったが……
「ゴッドコルドレン歩夢、生石玉座と山刀伐八段の誘いに馳せ参じた」
「生石玉座、お久し振りです。師匠、俺達はともかく女性を呼ぶのは珍しいですね」
そうそう、この頃はまだ生石さんとはたまに師匠の研究に付き合う共通の仲間ではあったが会った回数も少なく流石にさん付けでは呼べなかったんだっけ。
「ようガキんちょ共」
「やあやあ来てくれて嬉しいよ☆あ、紹介するよ……こちら、鹿路庭珠代ちゃん。現役女子高生で女流3級、僕が見込んだ才能ある子だよ」
「初めまして、鹿路庭珠代です。ジンジンのお弟子さんとそのお友達と研究会をすると聞いて来たら生石玉座がいて……そ、その大分緊張していますが宜しくお願いします!」
「あー……だからんなに緊張しなくても良いつってんだけどなあ。つか山刀伐、お前ちゃんと俺が来るの伝えとけって……」
「てへぺろ☆」
流石にこの場面は鹿路庭さんに同情したわ。
俺達も最初来た時生石さんがいてめちゃくちゃビビったし。
「あ、どうも。鍬中駿です。中学生です」
「同じく神鍋歩夢……又の名をゴッドコルドレン歩夢ッ! 中学生です、どうぞお見知りおきを」
「あ、はい……か、神鍋さんはなんというか、凄い派手なんですね」
「ええ、何せこれぞ正装ですから。将棋とは即ち戦、であるならば一番気合の入る服こそが相手への礼儀だと重んじていますので」
「おお……」
相変わらずこの頃も白い騎士を模した様な服とマントだった為若干引かれていたっけか。
ただマントを翻す動作は板に付いており、端正な顔立ちの歩夢とマッチしていたからかそこには興味を惹かれていた感じもあったが。
「じゃあ自己紹介も済んだところで、まずはどっちかとたまたまが指してみようか☆」
「だとさ。んじゃま、ジャンケンで決めますか」
「良いだろう……」
歩夢が鹿路庭さんに惚れる分岐点は間違いなくここだっただろうな。
このジャンケンに俺が勝ったからこその運命だったとは俺自身暫く気付けなかったが。
「仕方あるまい、ここは譲ろう」
「っしゃあ俺の勝ち! 手合割はどうします?」
「うーん、たまたまがC1で駿が奨励会二段だから……取り敢えずたまたまの飛車落ちでやってみようか」
「しょ、奨励会二段ですか……強いですね」
「あーいや、二段っていっても今は降段しないので精一杯なくらいで……それよりそっちの歩夢の方が余程強いっすよ。奨励会三段で成績も良いですし」
「二人とも中学生なのに凄いです……!」
「まだまだ越えるべき好敵手は幾多といますが、このゴッドコルドレン歩夢、何れ将棋界の頂点に立つ男の名……ふっ、覚えておいて損は無い……」
正直二段リーグでも順当に最低限残留する条件以上の勝利は挙げられず凄いという感覚は全く無かったが、褒められて悪い気はしなかった。
鹿路庭さんは出会った当時から綺麗で可愛い人だったし、美人に褒められて何も思わないのは……ああ、歩夢は美人だの可愛いだのは全く気にしてなかったわ。
で、指し始めた訳だが鹿路庭さんは師匠がセンスを評価していただけはあり中盤まで攻守に堅実、非常にバランスの良い棋士だった印象を受けた。
だが終盤の勝負どころで一気に攻め立てて来て、成程性格が見えた気がしたと冷や汗を流したのは良い思い出。
そんな中、チラリと歩夢の方を見ると……
「う、美しい……」
鹿路庭さんに見惚れていた。
あっちには聞こえない様に口を自然と思考する振りをしながら言っていたが俺には丸聞こえだぞと。
まあ歩夢が女性に見惚れるなんて珍しいとも思ったが、な。
因みにだが対局は俺がスレスレで勝利した。
多分次の日同じ手合割でやったら普通に負けていただろう。
そこからは本格的な研究会となり、トッププロ二人の異次元の発想力にとにかく驚かされるばかりだった。
のもそうだが、何より訳が分からないとうんうん唸っていた鹿路庭さんに歩夢が露骨にテンションが初対面の時の五倍くらい上がりながら噛み砕いて分かりやすく教えていたのには驚かされたが。
まあなんというか、当時から非常に分かりやすい奴だった。
ついでに鹿路庭さんもめちゃくちゃ分かりやすかったが。
「……確か将棋をする時の真剣な表情とか考えに惚れたんだったよな」
「そうだ。真摯な姿勢に人として、異性として惚れ込み、今お互いプロとして共に同じ道を歩みながら共演もし、プライベートを二人で過ごす事も増え絶好のチャンスになっている……ともう一人の俺は告げているのだがな」
時は戻って電話越し。
今だ唸り声を上げる歩夢に苦笑してしまう。
「多分鹿路庭さんもお前の事好きだと思うぞ」
「な、なんだとッ!?」
ほんと似た者同士だと思ってしまう。
何せこの数日前、ほぼ同じ内容の電話を鹿路庭さんに受けていたからだ。
「歩夢くんの事は……好き、なんだろうけど。どうやって伝えたら……」
って。
お前らほんとお前ら。
「だからつべこべ言わずさっさと告白しちまいな。あの人で決断渋ってたらガチで出し抜かれるからな! 良いな! 後悔したくないなら言ってこい!」
「……わ、分かった」
早くくっつけ、と暗に半ギレているのは隠しておく。
二つ聞いて分かったがほぼ惚気を聞かされていただけという事にも目を瞑ってやるからさっさとくっついてくれ本当に。
じゃないと俺が美人から恋愛相談を受けた事への悲しみが癒えないんだ……はぁ、明日はいつも以上に美羽甘やかしてあげよう、うんそうしよう……
小ネタ(裏設定)
たまよん×八一の例の組み合わせの棋帝戦解説シーンの乱入者の中には歩夢もいた(スタッフが意図的に投入)
ニコ生は大いに盛り上がったそうな(旦那投入 ロリハーレムと美形夫婦 あの空気で歩夢投入は英断 等コメント…たまあゆはネット民公認カップル)