冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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原作とは大きく剥離したこの世界の棋戦は、最早イレギュラーな彼にも予測不可能だった


第十九話『それぞれの未来、それは予測不可能で』

 五月、棋帝戦予選が開幕。

 それは俺が問題視していた四連戦の開幕でもあり、初っ端から八一相手に指すという最高で最悪の事態が訪れていた。

 

 美羽からは特別な事は言われなかったが

 

「がんばってね! しゅんせんせー!」

 

 その一言が身に染みた。

 

 当の美羽は相変わらず好不調の波はあるが順当にD1へ昇格、来月までにはC2を見据えられる位置まで来ている。

 C1まで行けば女流2級……あっという間に澪ちゃんと綾乃ちゃんを抜き去ったあの子は気付けば本格的に女流プロ棋士が見えていた。

 

 俺が弟子にしてからまだ五ヶ月目、最初見た時と比べると見違える程だ。

 攻撃一辺倒は変わらないが攻めの手が多彩になり、明らかに攻めあぐねる事が少なくなった。

 俺との指導対局でも手合割があるとはいえ勝ち出し、落とす枚数も減ってきている、これならもしかしたら今年中のプロデビューも夢じゃないかもしれない。

 

 

 あと始まった事と言ったらマイナビ女子オープンのタイトル戦と賢王戦のタイトル戦。

 

 どちらも四月には始まっていたが一ヶ月経ち形勢が大きく変わった。

 幼馴染vs幼馴染というどっちを応援すべきなんだという形に予定通りなったマイナビ女子オープンは予想通り銀子ちゃんが四月内の対局を連勝、このまま原作通り三局目天衣ちゃんは粘るも結局銀子ちゃんがストレート……になるはずだった。

 

 昨日の将棋関連の各ニュース見出しだ。

 

『白き雪原に一点の黒――《浪速の白雪姫》空銀子女流二冠女王防衛成功もシリーズは女流棋戦初黒星を喫する大波乱。一矢報いた新星の名は《神戸のシンデレラ》小学生女流棋士の夜叉神天衣女流二段――』

 

 ……まさかだった。

 俺が前世で把握していた全12巻までの最早朧気な内容を引っ張り出してきても銀子ちゃんの初黒星なら絶対に覚えてるはずだ。

 

 ここまで変わってくるとは。

 

 ――無敗の女王、空銀子。

 女流棋戦において敵無しと言われた、孤高の女王。

 後に奨励会三段リーグ堂々一位を獲得し初の『女性棋士』となる天才。

 その孤高の頂上に、天衣ちゃんが片手を入れた。

 結果を見れば1勝3敗の惨敗、たった片手に過ぎない。

 だがこの勝ちは歴史を動かす1勝になった。

 

 終わって見れば悔しさが滲みながらも手に入れた1勝を抱える様に笑顔だった天衣ちゃん、防衛に成功するも女流棋戦初黒星を喫し驚きと悔しさがありながらも『孤高じゃなくなった』という憑き物が落ちた様な顔付きだった銀子ちゃん。

 

 これは……原作より良い方向に、二人の棋士人生が進んでくれるかもしれない。

 

 天衣ちゃんは女流棋士で終わらない、終わりたくないと良く語っていた。

 それは天祐さんが亡くなってから次第に大きな、明確な夢になっていた。

 確か原作では無かったはずのその夢は、きっとずっと八一を見てきて、憧れて、追い付きたくて。

 そんな純真な想いだったのだろうそれが、やっと掠ったのだ。

 

 現在奨励会二段の上位にいてもうすぐ三段リーグ突入という文句無しの最強女流棋士から挙げた1勝は、彼女にとてつもない希望を与えてくれたに違いない。

 

 なあ天祐さん。

 アンタの娘の勇姿、見てくれたよな?

 これから天衣ちゃんはもっと輝いていくからさ。

 見ていてあげてくれよ。

 

 

 そして銀子ちゃん。

 原作の三段リーグで序盤負けが込み苦しみに苦しみ抜き、一度包丁を持ち出し「私を殺して」と言ってしまう程に追い詰められ自殺まで考えたあの子が少しでも楽になれるのであればそれに越した事は無い。

 人は「名シーンを潰すのは無粋」「その苦難の先に光があるんだろう」と言うだろう。

 

 だが、いくらその先に栄光があろうとも、名シーンがあろうとも。

 無粋だと言われたり思われたりしても。

 今俺が生きている世界で、全力で苦しみに立ち向かう身内がいて、分かっている未来に苦しみがあるのに見て見ぬふりなんて出来る訳が無いだろうが。

 

 だからどうか。

 この1敗が、孤高と言われた彼女に付いた黒星というライバルの現れが、良い方向に導いてくれます様にと、天衣ちゃんからタイトル戦全局が終わった、と悔しそうな連絡が来た時天衣ちゃんを慰めながらもそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 もう一つのタイトル戦、賢王戦も親父が挑戦者で親友の師匠の古い友人が迎え打つというこっちもこっちで近しい人達がぶつかっていた。

 

 そもそも賢王戦は前世の棋戦『叡王戦』がモデルになっており、叡王戦は持ち時間選択制という特殊ルールがあった。

 振り駒をおこなった上で第一局の先手番を貰った方が1時間、3時間、5時間の中から一つ選択。

 それが第一局、第二局の両者の持ち時間になる。

 そして第一局後手番が残った持ち時間の中から一つを選択し第三局、第四局の両者の持ち時間とする。

 第五、第六局は選ばれなかった持ち時間となり、最終第七局は6時間固定。

 

 賢王戦も例によってベースになった叡王戦通りの変則的なものになり序盤二局は月光賢王が選択、3時間としこれを連勝。

 

 俺としてはどちらにも世話になったがやはり唯一の親族である親父に勝ってもらいたくて、次を負けるとカド番とあり気が気でなかった俺は思わずその日の内に夜行バスで大阪に向かってしまった。

 美羽に何も連絡せずに乗り込んでしまったので慌てて連絡しようとしたが、スマホには既にLINEが届いていた。

 

「ジンジンせんせーに会いに行ってあげて、しゅんせんせー!」

 

 行動が見透かされていたかな、と出来過ぎているくらいしっかりした弟子に苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

 

 東京に着いた俺はなりふり構わず猛ダッシュで親父の部屋まで走っていた。

 首からは内弟子時代に作った合鍵が光っており、こういう時本当に便利だと心強く思ったもんだ。 

 

 さて、あの時は色々あった。

 少し振り返ってみるかな。

 

 

 

 

 

「親父ィ! なーに連敗してんだー!!」

 

 一応だが近所迷惑に最低限配慮したとは思うが、朝一番で部屋に乗り込む事を最優先したから良く覚えていない。

 

「やあ駿、奇遇だね☆僕も何だか今日は駿に会える気がしたのさ☆」

 

 だというのに親父は相も変わらず能天気にいて、イラッときたがそれ以上に安心していた。

 俺の中じゃ何も考えずに向かっていたのだが、無意識の内に落ち込んでいないかが一番心配だったのかも知れない。

 

「俺が心配して来てやったのに……ったく、いつも通り過ぎて安心したよ」

 

「心配性だなあ、駿は。言ったじゃないか、僕は負ける気は無いよって」

 

「ああ言ったな、だけど次負けたらカド番だろアンタ! んなの見ちまったらいても立ってもいられないだろうが!!」

 

「あはは、いや~ごめんごめん☆」

 

「あ~もう、人の気を知ってか知らずかマジで分かんねえな! 一応アンタの息子やって九年目だぞこちとら! そもそも親父は……」

 

「でも、心配してくれた事は凄く嬉しいよ。しかも次の日の朝に来てくれたしね。ありがとう、良い息子を持てて僕は幸せだ」

 

「なっ……」

 

 だから、唐突に真面目なトーンでそんな事を言われたら言葉が上手く出なくなるのも仕方ないと思う。

 この時結構色々言ってやる算段だったのに見事にしてやられた。

 

「……ま、まあ? 心配なのはさっきも言った通りそうだったし? 唯一の家族だし? 11歳とはいえ子育ての知識無い状態からも真剣に育ててくれたし? 好きか嫌いかで言ったら好きって即答するけど? だから朝一番で来たんだし? こ、今回は慰めに来たのが本題だからこれくらいにしとくよ……」

 

 申し訳ないこの時の俺よ。

 ここだけやり直すか記憶消すか出来ないか?

 テンパってたって言ってもこれは酷いでしょ。

 ファザコンか俺は。

 

「ふふっ。じゃあ折角久し振りの親子水入らずの時間も出来たし、何か食べに行こうか。僕の奢りでね☆」

 

「じゃあ親父が賢王になったら今度は俺が奢ってやる! だから勝ってくれよ?」

 

「息子の頼みなんだし、これは裏切れないなあ」

 

 この後何だかんだと夜まで親子として過ごして帰ったが、それでも少し心配は残っていた。

 長時間対局に滅法強い月光さん相手だ、敢えてこの負けられない第三、四局に選択肢の中で一番月光さん有利の5時間を選択して勝てるのかと不安だった、だがああ言われた以上信じるしか無かった。

 

 

 結果は師匠が見事連勝仕返しイーブンに戻した。

 二局共にお互い中盤までに時間を使い切り双方半日、12時間に迫る大熱戦だった。

 それを師匠は制した。

 

 そしてそれだけではなく、師匠は続く持ち時間1時間の第五局も制し三連勝で王手を掛けた。

 今度はものの1時間で月光さんに競り勝ったのだ、身近で見てきて師匠の将棋は凄いと何度も思わされて来たが、こんなに凄いのかと嬉しさと共に息を飲んだ。

 

 

 

 

 

「明日が俺の八一との対局……今月末の師匠の第六局の為にも頑張らねえとな」

 

 きっと自分では八一には届かない。

 だとしても、棋譜を通じて思いを届けられれば。

 そう思い、明日を見つめるのだった。




小ネタ
鍬中駿は山刀伐尽に対し弟子モードと息子モードがあり、弟子モードは敬語多用だが息子モードだとかなり口が悪くなる。ただし後者は愛情の表れである
 鍬中の体感では95:5の割合で弟子:息子を切り替えている

Q.鍬中はファザコン?
A.これだけやっといて言い逃れ出来る訳ないだろ!いい加減にしろ!
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