冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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自己最遅更新


第二十二話『それでも熱意は』

 ――第三期賢王戦第六局当日の朝、関西将棋会館の検討用棋士室には対局一時間前には既に見渡す限りプロ棋士で賑わっていた。

 

 中には生石さんや八一等関西のトッププロに加え歩夢や篠窪さん、碓氷さんといった関東の研究会好きで有名なトッププロも数多く集まっていた。

 

 というか篠窪さんも碓氷さんもほんと良くこういうとこで会うよな……思えば俺が去年の竜王戦で唯一見に行った……というか八一とあいちゃんの挙式やるとか言われて師匠や歩夢とノリノリで参加した第四局のアレに検討どころか挙式にもしれっといたんだよなあの二人……

 多分碓氷さんは奪取された直後から親交が何故かある竜王繋がりで八一と仲良くなったから、篠窪さんは歩夢と研究会仲間という繋がりで挙式から参加してたんだろうけど……一応その時顔見知りにはなったがまさかあんなに仲良く出来る仲になるとは……世の中不思議な事もあるもんだ。

 

「よ、やっぱり八一も来てたか」

 

「まあな。第七局を見に行けるかどうか分からないからな」

 

「……あいちゃんと天ちゃんは対局日か?」

 

「ああ、来れなくて二人とも残念がってたよ」

 

「フッハッハ! 久しいなドラゲキン八一、駿よ!」

 

 自然と八一、歩夢と俺が固まりだす。

 しかし三人揃うのは何時ぶりだろうか……あ、去年の十二月以来か……あの時は美羽を弟子にする決断した時だったな。

 

 うっ、なんか謎の腹痛が……終わったはずの事で腹痛とかどうなってんだ……

 

「ん? 大丈夫か?」

 

「い、いや問題無い」

 

「……何にせよ我慢はするなよ」

 

「……何の話?」

 

「後は周りを頼る事だな」

 

「いやほんとに何の話だよ」

 

 二人は腹痛から話が飛躍するし何なんだ……更に腹痛させたいのかお前らは。

 お願いしますやめてください美羽の事でもうライフが無いんです。

 

 ……と、話してたらそろそろ対局が始まりそうな雰囲気になってきた。

 

「そろそろ、ですねえ」

 

「ええ……」

 

「やはり気になりますか?」

 

「……そりゃあ同期だからな……気にならない訳がない」

 

 ザワつく会場に聞こえてきた声が二つ……碓氷さんと生石さんは何か話し込んでるがそもそも親交あったっけ?

 そっちも気になるが篠窪さんが関東の若手棋士のみならず関西の若手棋士も近くの席に誘っていたりとあちこち自由にやっている。

 

「始まるか」

 

 俺の呟きと共に両者が挨拶、こっち側にまで緊張が伝わる。

 そしてお互い手が早い、持ち時間が両者それぞれ1時間ずつであるから当たり前と言えばそうだが、それでもタイトル戦とはとても思えないハイスピードで指し進めていく。

 瞬く間に100手を越えた盤内は激しい攻防へと発展、攻めて攻め返して、取って取り返してが続く。

 

「また激しい戦いになったな……」

 

「さながら鍔迫り合い、といったところか。駿は……ふっ」

 

「……え、どうしたよ?」

 

 八一の呟きに一層固唾を呑んで中継と手元の盤での話し合いながらの検討。

 歩夢が不意にこちらを向いたかと思えば不敵な笑みを浮かべる。謎な奴だ。

 

「……いや、我がソウルメイトの魂の火が燃え盛っているのでな、なあ八一よ」

 

「連敗で気が滅入ってると思ったけど、良いリフレッシュになってるんじゃないか?」

 

「そうか? ……ま、何だかんだ理由付けながらも将棋から離れられない人間の性ってやつでしょ。特に師匠の対局ってのもあるだろうがな」

 

「次、頑張れよ。連敗の原因っぽい俺が言うのもどうかとは思うけど」

 

「はっ、お前のせいじゃねえよ。やるこたぁやってやら」

 

 何はさておき、やっぱり身近な人間の対局には感化されやすいのか次の対局くらいまだまだ頑張ってみたいと思えてきた。

 いつも飄々としている師匠が必死に喰らいついている表情見たら、当たり前といったら当たり前の事かも知れないが。

 

「ようやく我がソウルメイト駿らしい目に戻ったな」

 

「なんだよ、それ」

 

 惨めで弱い俺だけど、今は気楽に指せるはずだからな。

 やれるだけやって負けるならそれはもうそこまでって話だ、とにかく折角のチャンスをこのまま捨てるのは嫌だって事よ。

 

「山刀伐八段が一気に押した……!」

 

 篠窪さんのその声で対局にまた目が移る。

 何手か進んでいるが、天王山の攻防を押し切ったのは師匠だった。

 月光さんもいつもの堅牢な守備で受けに回るが如何せんハードな殴り合いの直後、体制を立て直すには駒が若干足りない様に感じられた。

 

「ここ、月光会長は無理をしてでも攻めた方が良かったと見る。歩夢はどうだ?」

 

「一か八かならそうなるか。読みとしては駒が足りなくても受け切れると踏んだのだろうが……」

 

「師匠の今の応手、これが月光さんの予想範囲外だったって訳だ。いつもの師匠ならじっくり攻め立てる場面だろうが一気に勝負を付けに来たな」

 

 俺達の検討にも熱が入る。

 普段なら粘りの将棋で攻めながら守りながら好機を探るのが師匠のスタンスだがこの対局は気付けばずっと攻めっぱなしの様にも見える。

 そう言えば今日は見に行くって連絡入れてたしその影響はある……と予想、自分のやり方を崩してまで闘志剥き出しにするのは正直ヒヤヒヤするがそこは終身名誉量産型名人と5chで言われたり生石さんからも似た様な評価を貰うだけあるオールラウンダー、応用の良く効く戦術である。

 

「ここで長考か。勝敗を左右するターニングポイントだとするならこの場面以外有り得んな」

 

「迎え撃つか守るか……俺なら厳しいが一度守った以上簡単には崩せないな」

 

「だが攻めないとジリ貧になる可能性は高い、か」

 

 ハイペースに対局から140手程進んだここで後手番月光さんの手が止まる。

 強引にも思える攻めの一手、それが絶妙に応手に困る妙手であり最初少し攻め過ぎと、特に若手を中心に捉えられていたそれは数分後には痛烈な一撃という評価に逆転していた。

 

「……なるほど、そう来たか」

 

「やっぱりジリ貧嫌ったね月光さんは」

 

 じっくりと考えた後に繰り出されたのは迎え撃つ一手、月光さんもジリ貧になっては今の師匠の勢いは止められないと見て勝負を決めに来たという事だ。

 

「真っ向から迎え撃つ……迸る闘志がこちらまで伝わる様だ」

 

「とはいえ先に攻めたのは山刀伐八段……やる事が後手後手に回っている月光会長が苦しいのは相変わらずか」

 

 しかし相変わらず師匠が優勢なのは変わらず。

 ただ両者の持ち時間にまだ余裕があるとは思えない程どちらも既に息は絶え絶え。

 

「確かに山刀伐八段が攻めに攻めにと先手を突いて回る立ち回りは珍しいな、普段ならカウンターアタックを狙う真逆なスタイルなだけに我も余計珍しく感じるぞ」

 

「あー、それ多分俺が今日だけは来るって言ったからかもな……1時間以外だったらいつもの粘りの将棋なんだろうけど」

 

「それが原因かよ……何ともらしいというか……」

 

「だがそれがプラスに働いていると言えるな。師弟の絆、家族の絆……ふっ、神秘的ではないか」

 

 ……師弟、家族か。

 やっぱ俺には分からないな、そういうのは。

 

「なあ、歩夢」

 

 パシリと音が響く。

 また激しい攻防が始まる中、俺は歩夢に話しかけていた。

 

「どうした、我がソウルメイト」

 

 あくまでも中継と盤内に視線はやりながら、だが。

 どうしてもしたくなってしまった質問があった。

 

「家族って……何なんだろうな」

 

「それは……っと、どうやら終焉らしいぞ」

 

「なっ……うわ、本当だ……」

 

 しかし答えは聞けなかった。

 代わりに少し注意が逸れた間に一気に形勢が傾いていた。

 賭けに出た月光さんの手を今度は堅実に諌めた師匠が完全に勝勢。

 

「月光会長が……投了ッ……!!」

 

 そしてその八一の言葉通り、月光さんが頭を下げ確かに投了を告げていた。

 この瞬間、俺の師匠山刀伐尽は長年の夢だったタイトルホルダー、賢王になった。

 

「親父……遂にやったんだな……!」

 

 そう思うと自然と涙が溢れていた。

 両者の健闘、新たなタイトルホルダーの誕生に沸き立つ棋士室の声が遠くなるくらい思い出が蘇る。

 さっきまではあくまで一人の棋士として中立な判断が出来る様にと私情は伏せてたが、やっぱり親父が勝ったともなると特別に嬉しくて仕方なかった。

 

「良かったな、駿」

 

「これぞ努力の結晶。その意志、本当に尊敬に値する。おめでとう駿よ」

 

「ありがとう……!」

 

 涙は暫く、止まる事は無かった。

 

 

 

 

 

 暫くして涙が止まったタイミングで対局室に記者が雪崩込んできたのが映る。

 フラッシュに焚かれている張本人の師匠もまた、涙を流しているのが見えた。

 

『念願の初タイトル、おめでとうございます! 今の気持ちをお聞かせ出来ますか?』

 

『あはは……申し訳ないね、こんな姿で。夢……みたいだよ。本当に嬉しくて嬉しくて、今も涙が止まらないくらいだよ』

 

『初タイトル挑戦、そして初タイトル獲得年齢は山刀伐賢王が歴代最年長ですが』

 

『念願のタイトル挑戦、それだけでも大きな一歩だと思っていたけど……そうだね、この歳で諦めずにここまで来られたのは何より、家族のお陰かなって思うよ』

 

『と、言いますとご両親と息子さんである鍬中四段ですか?』

 

『両親にはいつも支えてもらってるからね。奨励会を20歳超えても続けさせてくれた事、理解には感謝してもしきれないかな。でも将棋って言うと息子、駿が一番だね。昔から僕が苦境にいると叱咤激励してくれてね、この前もこのシリーズの開幕から連敗した次の日心配して来てくれて、それが四連勝への力になったのかも知れない』

 

「……流石に恥ずかしいんですけど」

 

 黙ってインタビューを聞いていたが、それを言われるとは思わなかった。

 周りからは特に親友と関西の知り合いと関東の例の二人から暖かい視線が……気にしたら負けだろうな、うん。

 

 嬉しいけど!

 

『ありがとうございます。鍬中四段とは本当に仲が良いんですね』

 

『血は繋がってないけど家族だからね。内弟子って意味でもだけど本当の意味でね。強いとか弱いとか関係無くずっと支え合って助け合えたから。少しでもあの子に家族の温かみを知ってほしくてやって来た事が仲の良さ、その秘訣かな☆』

 

「強いとか弱いとかは関係無い……助け合う……」

 

 恥ずかしさを気にしないようにしていた時に聞こえてきた言葉。

 嬉しかったその言葉は、だが俺の中に疑問を落としていった。

 

(俺は、師は強くないと師弟として成り立たないと思っている。今だってそうだ。俺が弱いから美羽を突き放した、それに間違いは無いはず……だったらなんで……)

 

 

 

 

 

(なんで、こんなにも胸が苦しいんだ……)

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