冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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第二十三話『大切なものはすぐ側に』

「今日……だもんな。いくらヘボ指し自称してても師匠のあの姿見たなら俺も頑張らないと」

 

 賢王戦第六局から数日、師匠もタフな将棋で疲れているだろうし他の兼ね合いも合わせて祝賀会は二週間後となった。

 祝いや感謝の言葉やらは終わって少しした後に会って色々と言ったが、結構カメラの無い場所でも泣いていたのか目が腫れていたのが印象深かった。

 

 因みに兼ね合いだが、主に歩夢の棋帝タイトル戦が大きく日程に関わっていた。

 あの場では緊張するだろうと敢えて言わなかったが、四月末の挑戦者決定戦において81歳で対局相手に上がってきた老将、蔵王九段を三十分で下しての挑戦となった。

 待ち構えるは勿論名人、原作では勝率は下り坂なんて言われていたがこっちじゃそんなもの微塵も感じられない程で勝率は七割を超え、一般棋戦のベスト4や決勝にも年何度もなり優勝した棋戦も勿論ある程。

 

 原作と比べて周りが明らかに強くなっている現状である。

 蔵王九段にしたって本来は昨年度引退の典型的な年齢による実力衰退棋士の立ち位置がタイトル戦まで後一歩、そこまで詰め寄るなんて聞いてない……

 

 後変化と言えばつい最近まで気付かなかったが今年の一月から女流タイトルが二つ増えていた事だ。

 一つはヒューリック杯清蘭戦。これは確か前世でりゅうおうのおしごとの世界をより知るために将棋界を調べている時に少し見聞きした19年度開始のヒューリック杯清麗戦だろう。

 もう一つは鹿取杯女帝戦。こちらはほんの少し目にしただけで良く覚えていたなって感じだが前世では既に終了していた鹿島杯というトーナメント戦だった。

 それが三番勝負のタイトル戦『女帝戦』として新体制で復刻した体になっている。

 

 

 まあ、色々原作と変わってるという事だ。

 

 それはさておき、今日は盤王戦の本戦トーナメント一回戦の日、俺がこれに勝つか負けるかで相当今年が左右される大事な一戦だ。

 

 対局相手は生石さんと同年齢の『生石世代』の中でも四天王と呼ばれる程の強さを誇る元タイトルホルダーの宮越さん。

 しかも盤王戦の勝率が抜きん出て高いと来た。

 全く酷いもんだ……いくらタイトル戦に行くにはそう言った人達と相見える事があるとはいえあの宮越さんと当たるとかさぁ……

 

「じゃあ美羽、行って……ってしまった、今日からもういないんだったわ」

 

 前の対局まではずっと、指導の無い日でもわざわざ行ってらっしゃいと言う為だけに来てくれていた美羽。

 その存在はもういない。

 

 俺はもう、孤独と向き合い戦わねばいけない。

 自分に言い聞かせる様に息を一つ付き、家を後にした。

 

 

 

 

 

「それじゃ、今日はよろしくね」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 対局室に来るや否や同じタイミングで着いた宮越さんに挨拶をされる。

 どこか落ち着けない俺に対し、あの人は場数が違うのもそうだがいつもマイペースで落ち着きのある性格で羨ましく思ってしまう。

 

 何とか落ち着こうと暫く深呼吸や目を瞑ったりやらしてみたが効果が表れる前に対局開始時刻になっていた。

 

「それでは始めてください」

 

「よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 

 宮越九段の先手番で始まった対局は序盤ゆったりした立ち上がりになった。

 というのも俺が先手番だった場合居飛車振り飛車どちらを選択しても宮越九段お得意の対抗飛車、つまり相手と逆の飛車の使い方をしてきて力戦模様に持っていかれる。

 対抗飛車でタイトル戦を戦ってきた喧嘩将棋の力戦派使いともなれば序盤から苦境に立たされていたのは必至、運良く後手番を貰ったのだから格上の相手の土俵にわざわざ立つ必要も無い。

 様子見をしながらじっくりと自陣を固め隙を狙うスタイルで出方を見よう。

 

 

 

 対局は進み開始から大体100手程経った。

 本来ならもう攻めたい場面だが相当な格上だからと出方を伺い過ぎたか、相手の陣は堅牢と言える構えを取りに掛かっていた。

 

(まずい、流石に尻込みし過ぎたか……しかしあっちもまだ攻める気は無いんだろう。いくら喧嘩屋と言っても生石さんに並び立つ歴戦の勝負師、無闇矢鱈に攻めないもんな……だったらこっちから行くまで!!)

 

 取りに掛かっている、という言葉通り今はまだ完全な形を取ってはいない。

 だとすればギャンブルだろうが何だろうがチャンスは今しか無い。

 やれる事はやる、たとえこれが後の敗着になろうが俺の棋士人生の終着点が決まるだけだし十年目まではやれるんだからドンと行ってやろうじゃねえか……!

 

 

 

 

 

 まあそれが間違いだった訳だ。

 

「……成程……くっ」

 

 敢えて守りを固める行為をワンテンポ遅らせたのは宮越九段の罠、つまりは誘い込んで一気に駒を食い取ろうという魂胆だった。

 んで俺はまんまと誘い込まれてボコボコ……の一歩手前、いや半歩手前……それくらいで耐えたのか耐えてないのかすら分からないくらいまでにされていた。

 

(あー最悪だ不幸だ……確かにこれで負けても良いとは言ったけどここまで露骨に敗着になり掛けてるのも虚しい、虚し過ぎる……これで俺の棋士人生エンドってか? 師匠がタイトル獲った直後だぞ? くそったれ……)

 

 今になって後悔が押し寄せてくる。

 負けるにしてももう少しタイトルホルダーに食い付けた様な指し方で負けられれば師匠の顔も立ったのに、これじゃ独りよがりなだけ……そんな事許される訳が無い。

 俺に今残されてる選択肢としては、投了か明確に分かる致命傷を負わされるまで、死に場所を求めるか。

 

「ふぅ……」

 

 水を飲み、喉を潤す。

 俺が選択したのは前者だった。

 元よりこうなっては後は指しても汚くするだけで失礼になるだろうし何よりタイトル獲得経験のある今尚最前線にいる棋士相手に今更足掻いても意味は無いだろう。

 

 天を仰ぐ。

 良いとこ取りの勝率的な話をするならば、これに勝てればまだ……という事もあったかもしれないが、後は落ち行くだけ。

 

 悔しい……と再び前を向く……

 

 

「ん?」

 

 

 今何か特徴的なツインテール映りませんでした?

 

 

 

 

 

「スゥー……」

 

 深呼吸、そして壊れたロボットの様な動きになりながらもう一度記録係のいる方へ首を向ける。

 

「……ッ!」

 

(いやいやいやいやいるんですけど!? 美羽いるんですけど!? 目合ったよね今!? 通りでさっきから宮越九段が生暖かい目になってる訳だよなあ! しかも何この状況八一の11連敗ストップの時の原作のあいちゃんと八一の図式かよ! っていや待て、それより今は投了が先――)

 

「……!」

 

「うぐっ」

 

 投了しないでと目で訴えてくる美羽。

 

 ……彼女は何でまだ、俺のところに来るんだろうか。

 

 だってもう捨てたんだぞ? 

 お前の事を捨てたクズだぞ?

 だったら他に行くなり何なりすれば良いだろうが……

 

『強いとか弱いとか関係無くずっと支え合って助け合えたから。少しでもあの子に家族の温かみを知ってほしくてやって来た事が仲の良さ、その秘訣かな☆』

 

(何で今更師匠の言葉が……それに美羽はこの盤面で諦めてないし……諦めてない?)

 

 ふと横目で再度美羽を見やる。

 投了しないでほしい、と彼女が言ったのはただのワガママか?

 

 

 

 

 

 いや、違う。

 

 美羽の目にはまだやれると、手を探している様に見えた。

 見つかりはしていないんだろうが、それでも。諦める素振りだけは一切無かった。

 

 

 俺は……俺は何をしていた?

 まだ年端もいかない小学生の女の子が諦めていない中で、投了をしようとした?

 

(はっ……だからどうした。俺は俺だ、小学生だろうが女の子だろうが関係無い奴の気持ちなんて知ったこっちゃない……知ったこっちゃないがな……)

 

 

 

「『弟子』が諦めてないのに……俺が諦められるかよッ!」

 

「……ほうッ……! やっぱりそうこなくてはね!」

 

 あの子がいるってだけで、美羽が側にいるってだけで、拒絶しても拒絶しても、暖かい気持ちが、鼓動が早くなる様な気持ちが、心のどこかに捨てきれなかった『もっと美羽と一緒にいたい』という気持ちが、流れ込んで来た。

 

 ああ、そうか。

 今まで全く分からなかったのに。

 今なら分かる。

 家族という繋がりが、血の繋がりが無くとも本当の家族になれるという意味が。

 

(こんなに簡単な事だったなんて……バカだよ、本当に俺はバカだ)

 

 

 無我夢中だった。

 ただただひたすらに、もう一度、勝って、美羽とやり直したいから、弱くて、クズだけど、それでも君が俺を受け入れてくれるって言うなら……

 

(勝ちたい。まだ届かない。だけど勝ちたいんだ。だから、だから俺は……)

 

 実力で、今の力で美羽に気持ちを届けるんだ。

 ならば俺は『未来視』それを捨てよう。

 確かにこれは俺の力かもしれない、が実力じゃないんだ。

 

(ありがとう……俺を助けてくれて。ここまで引っ張ってきてくれて。後は俺の実力だけでやるよ……サヨナラだ)

 

 次、これを破られたらきっと俺は二度と立ち上がれない。

 そしてそれを打ち破るだろう棋士はこの世に何人もいるだろう。

 やはり身の丈に合わない力なんて使うもんじゃない、貴重な経験になった事には感謝しているが。

 

 

 さあ、これで心置き無く指しまくってやる!

 

 

 

 勝負は混沌を極めた。

 起死回生の粘りで戦況を戻してからはお互いノーガードの殴り合いだった。

 俺も宮越さんも指す毎に息の上がりも激しくなっていった、俺なんか今にも倒れそうだ。

 封印しなくとも未来視は使わなくて正解だったな……使っていたら今頃医務室で時間切れ負けだ。

 

 だが倒れる訳にはいかない。

 美羽が救い出してくれたんだ、負けなんて許されるもんか。

 

 

(やってる事はアニメ二話で見た八一とあいちゃんの二番煎じ、か。だが俺には八一と違ってカッコ良くも無ければ天性の才を持つ、歴代最強格の棋士でも無い。越えられない壁だ、間違いなく。まるで凡才を皮肉っているみたいなシチュエーションだな、全く……)

 

(でも……でもッ!! 弟子を想う気持ちだけなら八一にだって負けてないハズだッ!!) 

 

(指せ、指せ、指すんだ俺!! あの場面から押し戻したんだ、後一歩、後二歩……いや何歩だって構わない、勝てるって美羽が言ってるなら、やるしか無いだろうがよ!!)

 

 

「……負けました」

 

 永遠にも思えた時間は、それから暫くして終わった。

 顔を上げる。

 

 

 そこには……悔しそうに、それでいて笑顔で投了する、宮越さんの姿があった――




次回、超展開(かもしれない)
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