冴えない棋士は弟子を貰う様です 作:C.C.サバシア
「ほんっと、師匠には感謝しっぱなしだな……」
夜叉神邸での八一の挨拶の一件から一夜、東京。
あっちこっち回って結構体力を使ってはしまったものの我が愛しの弟子美羽の大舞台の一日目、マイナビの一斉予選。
正直大阪から毎度毎度東京に移動するのは金の磨り減りも大きいが気にしてられない……色んな意味で覚悟していたのだがまたもや師匠に一本取られてしまった。
『弟子と孫弟子の為ならお財布のヒモが緩んじゃうのは仕方ないよね☆』
と『取り敢えず』予選決勝までの三日分の資金として中々に分厚い封筒を渡された。
一応三日分らしいのだがどう見てもそれ以上あるし予選勝ち上がったら本戦の分も出すって話らしいで師匠におんぶにだっこ状態で申し訳ない。
『タイトル獲ったら駿の賞金で三人で良いもの食べに連れてってくれたら良いさ☆』
なんて言ってくれたから懐の大きさに笑うしかない。
……頑張らないとな。
「しゅんちゃん? どうしたの?」
「ああごめん、ちょっと師匠に感謝をな」
「そっか! ジンジンのためにもがんばらないと!」
「おう、その意気だ」
美羽も気合い入ってるな。
流石に緊張が上回るかとも思ったけど強い子だ、これなら少なくとも決勝までは進めるんじゃないだろうか……なんて、弟子贔屓が過ぎるとは俺は思わない。
七月も末が近付いて来たこの真夏に都会のビルと通行量による排気ガス、んで人密度はやっぱりキツいからかマイナビ本社がまるで天国に感じる。
大阪も大概だが俺が住んでるのは比較的人密度の少ない場所だしそれだけで疲れてしまう。
美羽が疲労してなくて何よりだ。
「まだ開始まで時間あるからな、しっかり身体休めろよー」
「はーい、でもしゅんせんせーもだよ?」
「はは、ありがとな」
ところで美羽のブロックは六人から構成されており、シードが二人という感じになっている。
シードの一人は話した通り祭神という魔境だが予選は一日三局、まずは各ブロックの一回戦からなので今日はいない……と思ったんだがさっき特徴的なブロンドヘアーを見たんだよなあ……おかしいなあ……
「ハァ~イ、く・わ・な・か……ヒヒッ」
「ぶっ、ごほっ! さ、祭神ッ!? やっぱりお前いたのかよ……」
噂をしたら真後ろにいた件。単純に怖いんだけどやめてもらえませんかねそういうの……
「今日の大盤解説あたしみたいだからさァ、折角だしぃ? ザコ中の弟子っての見に来たワケ」
「あなたが祭神女流帝位ですね!」
「へぇ、アンタがザコ中の弟子ねぇ……」
お前が大盤解説かよ……誰だよ起用したのは。
そして美羽は敵意剥き出しで指差しながら燃えたぎってるし。
一応仲悪いとかいう訳じゃないし誤解は解いておくか……
「あー、一応だけど俺とコイツちょくちょく付き合いあって仲悪い訳じゃないから、対局するとトラウマ産み付けられるだけで……それはそれで大迷惑だが嫌いな訳じゃないって事で、仲良くやれとは言わないがあんまり誤解はしてやるなよ」
「……しゅんせんせーが言うなら」
「ふーん、優しいんだァ?」
「優しいとかそういうのじゃねえよ……」
コイツは原点の世界じゃ虐待に売春に自身の師匠による性的虐待と敵役ではあったが、悲惨過ぎる過去があっただけに転生してきてからもどっかでコンタクトがあれば何とかしてやりたいと密かに思いつつもそう簡単には行かないと思っていた。
そんな中でまだ中学生に成り立てだった俺が祭神と出くわして、話す内に捻くれてたり見下した物言いはあったし相変わらず将棋も舐め腐ってたが、一つやっぱりどこか孤独な目をしていたのが印象的で気付いたら色々クソみたいな環境からの脱却を手伝ってたらこのザマよ。
俺と対局するのが楽しいのか甚振りたいだけなのか知らないがすっごい良い笑顔で人の事嬲り殺してくるの、怖くてチビっちゃう……なんでデビュー戦コイツだったんだよほんと……
「……わたしとこのひと、どっちがいーの?」
「え、ちょ、美羽さん!? 急にオーラが黒いんですけど!?」
「だってなかよさそーでうらやましくて……」
「いや確かにコイツの事は嫌いじゃないが一番は美羽だって!」
「ほんと?」
「ほんと!」
美羽とちょっと小競り合いをしながら、祭神の原作との相違を思い出す。
何だかんだ原作の悲惨さから脱却させた祭神は時たま良い笑顔もするし、今は知り合いの同門にいるのもあって初遭遇のタイミングも良かったのかまだ如何わしい経験も無い……らしい。
「ヒヒッ、噂はほんとだったんだァ」
「噂って……変な噂でも立ってんのか?」
「なんでもォ、若いフリークラスの棋士が女のガキんちょ弟子に取ってるから『ロリコン』なんじゃないかってさァ?」
うわぁ最悪だ……最近は祭神の研究に気を取られていたせいで忘れてたがそう言えばそんな噂もあったなあ……世間許すまじ。でも、でもだ。これは言わせてほしい。
「俺はロリコンじゃねえ! 美羽と美羽の将棋に惚れただけだ!」
「わたしもしゅんせんせーのしょーぎとカッコ良さがだいすきなだけだもん!」
「……うーわ、似た者同士で笑えないわー」
「なんだ、幻滅したか?」
「……まさかァ♪」
豪語し切った後でドン引く祭神、このショットは激レアなんだろうなあと思いつつもニヤリと口角を上げわざと挑発したように聞く。
で、祭神も祭神でニヤッと不敵に笑う。
「ザコ中の認めたガキがどんなのか楽しみになっちゃったァ♪……精々負けんなよガキ」
「……あなたこそ、けっしょーまで来てくださいよ?」
思った通りバチバチにやり合ってるわ……祭神は外道も外道な挑発やら盤外戦術と圧倒的な強さで相手のメンタルを潰す事に定評があるが、まず盤外戦術を乗り切った美羽とは当たれば純粋な殴り合いで試合が進むに違いない……面白い化学反応が見れるかも知れないと期待を胸に二人を眺める。
「んじゃ、負けんじゃねーぞガキィ」
「あなたこそまんしんしないことですね!」
「さて、言い合ってんのも良いがわりぃな祭神。そろそろ一回戦始まるから行くわ。お前も解説遅れんじゃないぞ」
「わっ、もうそんなじかんだった……」
結構楽しそうに言い合ってただけあってやっぱり時間を忘れてたか。
祭神も原作や会った当初と比べたら大分角が取れたなとか満足そうに見てた俺が言うのもどうかとは思うが。
「ヒヒヒヒッ……楽しみにしてる……」
不気味な特徴的な笑いを上げながら大盤解説の方に向かっていったが最後に『良い意味で』らしくない言葉を聞いた様に思う。
強ければ強い程奴は力とやる気を発揮する、それはつまり女流相手だとほぼ舐めプなのだが楽しみにされるのは純粋に美羽が認められた様で嬉しいしストレートに何かを楽しむ感情を見せてくれた祭神を見て、エゴかも知れないと思ったあの時の行動でそういう風に変わってくれたのなら友人として嬉しくない訳が無かった。
「ふっ……さあ、祭神に勝つ為にもまずは初日勝つぞ、美羽!」
「もっちろん!」
美羽も更に燃えてるし、これは期待度も上がるなあ。
「……さて、予選一回戦第八試合、竹内アマ対惣田女流1級の対局はいよいよ大詰め。竹内アマが終始優勢と見とりますが祭神女流帝位はどうです?」
「ヒヒッ……カズ、アイツ面白い」
「ほう、祭神ちゃんがそない言うって事は相当強そうやな」
「さっき過去の棋譜……チャレンジマッチ一回戦の見た時は雑魚だと思ったけど。成長度合いなら去年やった八一のとこのガキより上かもねえ……攻め一辺倒は変わってないし隙を見せる癖も変わらない……でもそれを上回るくらい相手の隙を追及して攻めさせず優位に立つ……だから面白いし潰し甲斐がある……ヒヒヒヒヒ……」
「まあつまり攻撃は最大の防御とも言いますが正にその体現者って感じですねという事ですわ。実際竹内アマの攻め方は荒々しさと隙は残っていますが攻め合いだけなら間違いなく女流プロレベルはありますねぇ」
さて大盤解説、解説しているのは祭神と同門の兄弟子である関西弁が特徴的な俺の知り合いこと西崎四段。
どうなるかとヒヤヒヤしていたが祭神がまともな解説しててビビった。
西崎含む新田門下とは相性は悪くないとは聞いてはいたがここまで良好だったとは。
そして驚いたと言えば美羽。
相手は惣田女流1級、十代後半でタイトルやリーグには絡まないものの昨年度全体成績勝ち越し且つ今季もここまで五分の決して悪くない勢いの棋士。
その女流棋士相手に難なく自分のペースで一貫して優勢、いくら戦法が噛み合うと言っても美羽の成長にはいつも驚かされる。
「惣田女流1級ガックリと項垂れます、投了です。竹内アマ見事予選一回戦突破! お見事や! 最短ルートでここまで鮮やかにフィニッシュブロー決められる小学生は夜叉神ちゃんと雛鶴ちゃんくらいなもんやで」
「アタシ相手にどこまで耐えられるか……くひひ」
「祭神ちゃんはまず勝とうな……」
西崎と祭神の同門の掛け合いで会場も大いに盛り上がったが喧騒を聞いているとしっかり美羽の話題も出てるのが嬉しい。
「次は望月女流二段か……」
「金平とは違って望月は戦績落としてない育ち盛りの二段だからそろそろ厳しいか?」
「だが今回の惣田も目立たないとはいえ悪くない戦績だったし期待出来んじゃね?」
「二年連続でこんな胸熱なアマチュアがいるなんて……良い時代に生まれたなあ俺……」
その喧騒が非常に心地良かったが気付けば終局から時間も経過していた、感想戦も終わってるかも知れないな。
「さて、迎えに行くかな」
ご褒美をどうしようか、なんて俺まで浮かれながら足早にロビーに向かうのだった。
手が滑ってとんでもない時間の投稿になっちまったよ;;;;ゆるしてお兄さん