冴えない棋士は弟子を貰う様です 作:C.C.サバシア
――八月も中旬。帝位戦はなんと八一がストレートの三連勝で一気に二冠に王手を掛けた。
於鬼頭二冠は決して弱い訳では無い、というか間違いなく現状の棋士ランクなら名人に次ぐ二番手のはずだ。
現状複数タイトルを保持しているのが名人の名人、玉座、盤王と於鬼頭二冠の玉将、帝位の二人だけだからだ。
その棋士界二番手を圧倒……強過ぎるだろアイツ。
いや愛の力の為せる技ってやつか?
で、俺は七宝に勝つと盤王戦ベスト4で於鬼頭二冠若しくは於鬼頭二冠を下した元タイトルホルダー且つ今年の一般棋戦優勝のある篠窪さんと対局……八一よ俺は勝ち上がった場合どうやってこのやべーのに勝ちゃ良いんですか……
と、まあそれはまた来月のベスト8に勝ってから考えるとして、今日は美羽のマイナビ予選決勝だ。
予選一回戦で若手女流プロを破った美羽は二回戦、二十代前半の望月女流二段と対局。
タイトル戦未出場の若手棋士限定の新人王棋戦、TAKATA女流チャレンジ杯ベスト4に今年入っているだけあり難戦が予想された。
が、手数こそ200を越えたが期待の掛かる将来のタイトルホルダーとももくされる若手相手に粘り勝ち、相変わらず自陣がガラ空きでヒヤヒヤした場面もあったものの得意の攻めて押し込む脳筋戦法がまたもや大活躍した。
これには長年の将棋ファンやメディアも予想外だったのか取材が増え今日の祭神戦は注目の一戦としてスポットを浴びている。
かく言う俺も美羽の師匠として(ついでで)名前が掲載される事もありチラッと活躍が地上波デビューした。
勿論美羽も地上波デビューしたが俺に比べると大きい注目だったからプレッシャーが無いか心配である。
そんな訳で俺も当日インタビューを受ける訳で。
「今日は弟子の竹内美羽アマがこの、マイナビ女子オープン予選決勝で祭神雷女流帝位と対局という訳ですが鍬中四段から何か言葉は掛けられたのでしょうか」
「そうですね、別段変わった事は言っていないつもりです。ですが最近女流プロと対局する事が増えている様になっているので「アマチュアの内からプロと本気でぶつかれるのは貴重だからその経験を楽しみながら、学びながら指す様に」という事と、今日は祭神女流帝位が相手なので「タイトルホルダーだからと言って尻込みするな、勝てる可能性が低いからこそ寧ろ普段以上に勝ちに貪欲になれ。そして自分がどれだけ通用するか見定めてこい、そんでちゃんと楽しんでこい」と」
「ありがとうございます、楽しむ事はやはり重要という事ですね」
「はい。自分自身将棋を楽しもうと指せる様になってからは多少なりとも強くなれた実感がありますし、特にウチの子はまだ小学生ですので楽しんで、その上で学びを得て指す事は印象深い大切な体験になります。そして遊びと楽しむ、この区別を教えていく事にもなります。小学生の脳みそは非常に柔軟だからこそ良くも悪くも吸収も早いのでこちらとしてもやりがいがあります」
「いやはや鍬中四段はまだ十九歳とお聞きしましたが非常に聡明さを感じられます。そこもやはり『師』という立場の中で何か変化があったのでしょうか」
「それもありますが、竹内美羽……ウチの弟子は自分が若いのも含め普通の師弟関係より距離感が近いと思っています。なのでお互い色々本音で話したり、自分で言うのもアレですが良く懐いてくれているので親交を深めている内に師弟関係以上のこ……んんっ、家族みたいな情が生まれたのが『大切に育てたい』とより強く思わせてるのかなと」
インタビューに答える事自体は結構嫌いではないから饒舌になってしまうのだが饒舌過ぎて時たま恋人関係をバラしかけるのが玉に瑕だったりする。
こんなんで自爆とかシャレになりませんって……さてしかしインタビューも結構長く答えていたとあり終わる頃にはそろそろ対局開始時間になっていた。
……頑張れよ、美羽。
「…………」
目の前にいるのは間違いなくしゅんせんせーの言った『最強』だった。
マイナビ予選決勝、ここで勝てば本戦に出られる大切な対局。
一日でも早くしゅんせんせーにわたしが女流プロになった姿を見せたい……ってなるとあと二回勝てば良いみたい、なんだけど……
「へェ、こんだけ圧掛けりゃ普通のアマチュアなんてこの時点で大抵戦意喪失なんだけど……さっすがザコ中の弟子、おもしれェじゃん……ヒヒ」
「……わたし、負けませんから」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、精々壊れんなよ?」
タイトルホルダー……女流棋士の中でもほんの少しの人しかなれないのはしゅんせんせーから良く聞いてるし、その中でもしゅんせんせーを倒したっていう『最強』の人との対局。
確かに空さんも手が届かないくらい強いけど、せんせーが「個人的に言ったら間違いなく祭神が最強の女流棋士」って遠い目をしながら言ってたし。
その人を倒さなきゃ本戦にはいけない、それでも勝たないとタイトルに挑戦も出来ないんだ。
この日に向けてせんせーと頑張ってきたんだ。
『それでは、対局を始めてください』
「よろしくお願いします」
「よろしく……クヒッ」
「……ふ~ん、案外粘るんだァ?」
「うっ……」
パチリ、パチリと祭神さんが指してくる手に、いつしか私はそれを『怖い』と思ってしまっていた。
どれだけ負けたくないと強気に指してもあっちはなんて事無いみたいに押さえこんで、反対に攻めてくる。
攻められなかった。
あの人の強さを知ってるからこそ、強気に出られなかった。
守ってしまった。
守るという事を知らない訳じゃない。
指せない訳でもない。
でもプロ相手じゃ、それも祭神さん相手じゃ、それくらいじゃ、勝つ事なんて出来ない。
「100手以内で、しかも本気で詰ませに行ったのに付け焼き刃な守りで200手守るなんて、ショージキ予想より潰しがいあってチョー楽しいんですケド。ま、逆に言ったらァ? そんなのに頼ってるからそろそろ終わりみたいなんだけどォ?」
「ま、まだ……負けてない……です」
目の前の景色がグラりと揺れる。
祭神さんから感じるプレッシャーと、持ち時間が40分しかない状態で必死に考える事も詰め込んでいたせいで体力が限界……でも、ここで耐えないと、しゅんせんせーと頑張ってきた事が台無しに……
それは絶対に嫌だ!
ここで、何も出来ないまま負けたら一生この人に勝てない。
それでも、分かっていても、手が動かない。
「……だったら指してみろよクソガキがよ。指せるもんなら指せよォ!」
「わ、わたしは……」
指すのが怖い。
攻めるのが怖い。
次を指した瞬間には負けてるかもしれないって思うと勇気が出せない。
負けると分かってても、もう、私には……
『――将棋を上手くなるコツ? それは美羽が教えてくれたんだぜ? ……将棋を心の底から目一杯楽しむ事、美羽は将棋を楽しむって才能なら誰にも負けないって思ってる! だからその気持ちをいつまでも忘れなきゃ強くなれる、俺が保証する! その気持ちを教えてもらって、今凄く将棋が楽しいって感じてる俺がな!』
私にはもう限界だ、と諦めようと駒台に置きかけた手が止まる。
しゅんちゃんから、もうずっと前に聞いた事。
まだ私が研修会に入る前、研修会の試験の一回目を受ける日に聞いた事だった。
そうだった。
私はしゅんちゃんの指す将棋が大好きで、将棋の奥深さや熱さを知って、それでもっと将棋を知りたくて、しゅんちゃんの事を知りたくて、ここまで来たんだ。
『あいちゃん? なに見てるの?』
『これはししょーからいただいたししょーのお友達がこのまえ指したしょーぎの棋譜だよ』
『キフ……ってたしかあいちゃんが言うのだとYouTubeのアーカイブみたいなもの、だったよね? わたしもあいちゃんのやってることちょっとしりたいなって思ってたし見てもいーい?』
『もちろんだよ! よかったら将棋もやろ?』
『うん!』
将棋の事なんて何一つ知らなかったのに、何か気になって、覗いたら訳分からなくて。
でもしゅんちゃんの事がどうしても頭から離れなかったから、しゅんちゃんのいた『三段リーグ』って世界を知って、ボロボロの成績だったのを知って、それでも諦めずに必死で、どうして必死になれるのか知りたくて将棋を初めて。
あの棋譜……しゅんちゃんが初めて三段リーグの勝ち越しを決めた対局を理解出来た時に、どれだけ負けそうでも投げ出さずに最後の最後に逆転した、勝つんだって気持ちが伝わって来て、だから私は『鍬中駿』って人の将棋を好きになったんだ。
そして弟子になって、近くだから分かる優しさやカッコ良さに恋して。
そんな私の一番のせんせーで、大切な男の人に貰った言葉を忘れちゃうなんて……ダメだよね。
だから今だけ。せんせーとしてじゃなくて、大切な人として……勇気をください。
「わたしは……負けない!!」
「…………へェ、やり合おうっての。良いじゃねえか、クソガキらしくて潰したくなる!!」
ここから勝つ事は多分かなり難しいと思ってる。
避けるだけ避けて自陣の構えはまともに取れてない。
これで祭神さんに勝てる気は今だって殆ど無い。
というか今にも倒れそうなくらいでもう時間も少ない。
じゃあどうするか……
「……くっ、う……!!」
「ちィッちょこまか鬱陶しいんだよォ!」
私も途中までは攻めた跡がまだしっかり残っている、敵陣にならまともな構えの駒がある。
そして祭神さんは既に私の陣に入玉してしっかり周りも固めてる。
「あと……少しだけッ……」
「あ? コイツ何を……まさか!?」
もう盤すら二重に見えるくらい限界を迎えていた。
それでも『あそこまでの道』だけは一本に、一直線に。
「はぁ……はぁ……こッ……れでッ……」
「こんの……クソ……ガキ……がッ」
パチリ、音が響いた。
「入玉ッ!!」
『…………に、28対26…………持将棋成立です!』
持将棋。お互いの玉が入玉し攻めるのがお互い困難とされた場合に条件付きでドローになる事。
ほんの僅かな道だけど、やり遂げられたんだ……
「あ…………はァ……まさかこんなクソガキに一本取られるとか……」
「な……とか……なった……かなあ……?」
『お互い30分の休憩の後に再試合となり……おい君! 大丈夫か!?』
え……? あ……れ……? さっきまで祭神さんを見てたはずなのに……なんで……天井が見えてるんだろ……
景色も暗……く……なって……
「しまった……まさか機材の不調で大盤解説が一時中断するなんて……美羽の対局もう終わってそうだけどアレ持将棋狙ってたよな……どうなって……は?」
「ザコ中ァ!」
「いやいやなんで祭神がいんだよ対局は? 終わったのか?」
「ぐちゃぐちゃ言ってないで来ないと殺す!!」
「いや意味わかんねえんだけど……何があった?」
「……ガキが、ぶっ倒れた」
これで実は女流サイドほぼ終了(女流編最終回?)
後はエピローグや後日談がチラホラあるくらいかな
持将棋のプロ公式戦規定
プロの公式戦では、たがいに入玉し、詰ませる見込みがなくなり、これ以上駒が取れなくなった時点で駒を数えます。 玉を除いた駒(盤上・持ち駒とも)のうち、飛車と角を5点、その他の駒を1点とし、両者とも24点以上あれば引き分けに再試合となります。 24点に満たなければ負けとなります。
日本将棋連盟より引用
入玉(にゅうぎょく)
将棋で一方の玉将(玉)または王将(王)が敵陣(相手側の3段以内)に入ることを言う。まれに入王(いりおう)と呼ばれる場合もある。
Wikipediaより引用