冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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第三十九話『三度目の初めて』

 2018年九月上旬・関西将棋会館

 

「……ふぅ」

 

 いよいよ迎えた盤王戦ベスト8戦、俺はヤツより先に対局場である関西将棋会館にいた。

 対局相手は七宝大吾……同期であり、ライバルであり、今はそこそこ仲も良くなってきた友人だ。

 しかし今日は盤王戦のトーナメント終盤という事を除いても一段と緊張する。

 何せお互いが本当の本気でぶつかるのは初めてだからだ。

 冬にした初戦は七宝が油断していた、春にした二戦目は俺が自暴自棄だった……そろそろ、というか来月一日にはお互いプロ昇段一年を迎える中第三戦目でようやく何のしがらみも無くやり合えると思うとどんな将棋になるか予想が付かない。

 

「……八一達はいつもこれ以上の舞台にいるんだよな」

 

 ふと、今日このカードの裏で偶然にも行われる帝位戦第五局二日目を迎える親友の顔が浮かぶ。

 第四局で於鬼頭さんが一勝返していたがその負けから対策の構築はガチガチに組んだと言っていたし一日目で既に八一の優勢になっていたのも明らかだった。

 全く……俺なんて於鬼頭さんとまともな将棋すら指せなさそうなくらい実力が低いってのに親友はどこまでも先を行きやがる。

 

 何回も言っているがここの人間達原作より強過ぎて本当に怖いったらありゃしない……月夜見坂さんが原作初登場時点で女流玉将3期、女流帝位1期だったのが同時点で地味に女流玉将4期になってるし……来月、今ノリに乗ってる祭神とのマッチアップで防衛したら永世位獲得だし周りが異次元過ぎて辛い、誇らしいけど。

 んでどちらにせよ来期は永世位か現役女子最強格が女流玉将位にいるって……来期挑戦者の難易度もヤバいなこれ。

 ……美羽この『来期』女流玉将戦出るんだよね、なんつー巡り合わせだよ。

 

 巡り合わせと言ったらこの俺と七宝の対局もこんなトーナメント終盤で当たるなんてどんなだよって話だが。

 

「鍬中……この日を待っていた」

 

 と、襖が開けられ長身の無駄にイカしたメガネ野郎がお出ましだ。

 良い意味で好戦的な目付きでギラりと睨んでくる辺りあちらもあちらでこの対局が何を意味するか分かってるんだろう。

 

「まさか春のリベンジが出来る日がこんなに早く来るなんて思って無かったぜ……」

 

「俺としても貴様とは全力で戦いたいと思っていた……春は腑抜けていた様だが今日こそは何一つ奢りも、腑抜けも、気兼ねも、全てを取り払った状態でやれると思うとこんなにも燃え上がるとはな」

 

「何だかんだ俺等、良いライバルなれんじゃねえの?」

 

「……貴様も随分と自信が付いたみたいだな」

 

「お陰様で、ここまで勝ち上がれた以上いつまでも弱いなんて言ってられないんでね……今期の勝敗の話だけはするなよ?」

 

「はぁ……鍬中、貴様実力は認めているのだからもう少し勝て。貴様に止められた連勝記録は汚名ではなく名誉だと思わせられる様な棋士になってもらわねば困るのだがな?」

 

「あたぼーよ、今日お前に勝って、この盤王戦挑戦者に必ずなってやる。フリークラスから登り詰めてやるよ」

 

「だが俺としてもこの対局負ける気は一切無い。貴様と全力でぶつかり、勝ち、盤王戦挑戦者となるのは俺だ」

 

 お互い認め合い、譲れないものの為に戦う。

 将棋でいがみ合ってた仲だったのに気付けば将棋で友情とライバルである事を確かめ合う様な仲になるなんて、不思議なもんだ。

 将棋でしか味わえない悔しさがあって、将棋でしか伝わらない想いがある。

 

 だから将棋は楽しいんだろうな。

 

 

 ……俺は前世、将棋の知識こそりゅうおうのおしごとを見て調べたりしたが、将棋そのものに触れた事は無かった。

 その時チラッとテレビに映ったりするプロ棋士を見て「何が楽しいんだろうか」とずっと感じていた。

 駒を指すだけの事にどれだけの楽しみがあるのかなんて全く知る由もなかったんだ。

 

 今世でも、結局は

「りゅうおうのおしごと世界に生まれたから」

「八一と歩夢が側にいてくれたから」

「二人の仲間外れになりたくなかったから」

「師匠の期待を裏切りたくなかったから」

 でやって、強くなるしかなかった将棋。

 

 でも今は、美羽がいる。

 美羽が将棋の楽しさを教えてくれた。

 プロになって、弟子を取って、ようやく分かった。

 将棋とは、こんなにも奥深く、どこまでも探究心と向上心に胸踊る競技だったのだと。

 そして熱く、闘志に身を焦がす様な痺れる競技だったのだと。

 

 

『対局時刻となりました。始めてください』

 

「……ぜってー負けねえからな、よろしくお願いします」

 

「そこまで言うからには俺を楽しませろ……よろしくお願いします」

 

 

 先手を貰った俺の初手は――▲6八銀

 

 それを見た七宝の口角が大きく釣り上がる。

 

「……貴様なら」

 

「……」

 

 俺もまた黙って見つめる。

 

「そう来ると思っていた。ならば受けてくれるのだろう?」

 

 

 七宝が指したのは△3四歩……やはり乗ってくれるか。

 だったら俺も七宝の問いに答えてやるのが筋ってもんだろうよ。

 

 ▲5六歩と俺が指し、七宝が△8四歩と間髪入れずに指す。

 

「……これが答えってやつだ、七宝」

 

「ふっ、貴様はだから面白い。本当に奇抜な手を指す」

 

「これが俺なりのやり方ってやつ……さ!」

 

 ビシッと▲5七銀を盤上に指す。

 それまで話していた空気とは一変、ヒリついた空気と静寂が場を支配する。

 俺も、七宝も、静寂に身を委ねながらもお互い睨み合い、そしてニヤリ、不敵に笑う。

 

 その手筋は、アマチュア界隈ではポピュラー且つ有力な定跡とされながらもプロで純粋にこれを指す棋士はいないとされてきた――新嬉野流、俺の一番の相棒だ。

 

 最近では何かと雑誌インタビューもチラホラ増え、プロでありながらアマチュアの奇襲戦法を広く取り入れている事で知名度を上げているらしい俺だが、中でも多く取り入れているのがこの新嬉野流である。

 コンボとして米倉流急戦矢倉も多用しているがこの単体で使う方が多い。

 前も話したが米倉流急戦矢倉は俺の戦法内での扱い上相棒ではなく切り札的役割をしている。

 

 三段リーグの二回目の降段リーチも、フリークラス編入を決める試合になった、12勝目を挙げたシーズン最終戦も、新嬉野流からこれのコンボを使って勝った。

 他の節目の昇段や残留を決定付ける一勝も不思議とこの戦法に縁があった。

 何なら美羽との縁も繋げてくれたのはコイツだ。

 単体じゃ既に対策を練られていても、やり方次第でまだ通用すると、俺は自信を持ってこの思い入れの深い戦法で戦ってきた。

 

「この矢倉……ふっ、だから貴様は面白い」

 

「……これだけで勝てる世界じゃないのは分かってる。通用したって限界があるのも知ってる」

 

 俺は、変わっていく必要がある。

 確かにこのやり方でプロに通用してるというのは誇らしいし、才能の無い自分のアイデンティティだった。

 だが、奇襲戦法はどこまで行っても結局はある程度までしか指せない。

 俺は自分の限界を薄々感じ取っていた。

 このスタイルを軸にした時の頭打ちはそろそろだと。

 

「だから今日、お前相手に新嬉野流も、米倉流急戦矢倉も、指すつもりは無かった。変わっていく自分を七宝に見せて、ぶつけて、勝つつもりだった」

 

 今日、対局場に着く途中までは振り飛車か角換わりで考えていた。

 角換わりは良く天ちゃんと、振り飛車は生石さんと研究会をしているからどちらも指しやすいし最近良く指しているからどちらかの定跡を使って力戦に持ち込みたいと練っていたのだが、急に気が変わった。

 

「七宝、お前の目だよ」

 

「……成程な。これはあくまで冬の俺と、春の貴様の、それぞれのリベンジ」

 

「ああ、そうだ」

 

 だからこれは

 

「これは、変わる前の俺で倒したかったっていうちょっとしたワガママ、だ……!!」

 

「……訂正しよう。貴様は面白いがバカだ、そしてバカだがどこまでも俺を昂らせてくれるッ……駿、貴様だからこそ俺の宿敵でありライバルに相応しい!!」

 

「言ってくれるじゃねえかよ……七宝、いや大吾!! 俺もお前がライバルで良かったぜ!!」

 

 過去の俺との、別れと決意だ――

 

 

 

 

 

「くっ……中々粘るな……春と比べてまた腕を上げたんじゃないか?」

 

「へっそういう大吾だって守備に一層力が入ってるぜ……正直苦し過ぎだっての」

 

 局面は中盤に差し掛かり片方が仕掛け、受け流しを繰り返していた。

 双方決め手に欠け攻めあぐねているといったところだろうか、どうにも突破口が開きにくい。

 

 ところでだが、勝負事で敢えて身に付けた戦術を私情で出さない、なんて事批判される可能性は高いだろう。

 勿論それは当たり前であり正当な意見だ。

 それを分かっていながら俺は強行し、大吾は承諾した。

 二人の、お互いのリベンジマッチってだけで受けてくれた大吾には本当に感謝している。

 

 ……だから、一層手は抜けないんだ。

 

 突破口が無い? 

 だったらこじ開ければ良い

 守備とカウンターがどれだけ強かろうとこれだけ実力差が詰まっていればどこかに攻め入れられる場所があるはずだ。

 

 ……目を閉じる。

 

(……ッ! この感覚……五月の八一戦以来……? でも何か違う……)

 

 目を閉じると、脳が揺れる感覚に襲われた。

 そう、間違いなく二ツ塚戦で起きた『未来視』の感覚……だが、あれは意識しないと使えないはず。だからこれからも八一戦を最後に使用しないと決めていた。

 なのに無意識に……しかも、これを使った時にある頭痛や吐き気が無く妙に落ち着いた心持ちになれている事に気が付いた。

 

 そして更に、決定的に違う点に至った。

 

(未来視……じゃない!? 脳内にあの『モノクロの世界』が現れない……いや、だがこれは……)

 

 これはそもそも二ツ塚戦の時に発症した未来視ではなかった。

 似ているが、これは単純に脳内がクリアになり集中力が上がるだけのもの……に感じた。

 

 未来視何ていう過ぎた能力は、いつしか使わなさ過ぎて衰え別の能力と化していたらしい。

 

(でも、これで……見えた!!)

 

 トリガーは相変わらず分からないが、自分の能力を限界まで引き上げてくれるなんて最高じゃねえか。

 

「……(駿の奴、急に雰囲気が変わった? これは……冬の時と同じ……ッ!)」

 

「ふぅ……わりぃな大吾、この勝負……貰った!!」

 

 

 ――――盤王戦・挑戦者決定トーナメント三回戦 七宝大吾四段 対 鍬中駿四段

 

 

 

 勝者:鍬中駿四段




前話の話になるけど京都弁書くのめちゃくちゃ難しいのな…京都弁の早見表みたいなの使って必死に書いてあれだもん…でも京都弁の美人は本当に好きなのよね~
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