冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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第四十話『悪夢』

「オラ! 死ねや!」

 

「キモいんだよ!」

 

「知ってて誰も助けに来ないんだもんなァ……滑稽だよなあ!!」

 

「うぐっ……や、やめてくれ……」

 

 顔を殴られ、階段から突き落とされる。

 身体中に激痛が走り、意識が朦朧とする。

 

 ……前世であった事だ。

 

 だがおかしい、有り得ない。

 

 混乱と恐怖に脳が支配される。

 

 

「虐められた? またそういう嘘をつく……だからお前はいつまでたっても無能なんだ……よっ!」

 

 死にそうになりながらも、誰一人俺を助ける奴はいなかった。

 そんな思いをしながら家に帰ってきても俺に居場所なんて無かった。

 

「ひっ……がっ……やめて……くれ……よ」

 

 だがこれも。父親に殴られ蹴られ嘔吐していたのも前世の出来事のはずだ。

 将棋で拾ってもらい、将棋で通じ合って、やっと本当の親を手に入れた今こんな事が起きるはずがない。

 今の親父がこんな事をするはずがない。

 腹部を蹴られ嘔吐しながら、悶絶しながらも必死に状況を理解しようと頭を回すも冷静な判断が出来ない今全く意味を成さなかった。

 

 

「……貴方なんて」

 

 それからどれだけ経っただろうか、玄関で倒れている俺に向けられた視線と声。

 どこまでも嫌悪していても、聞きたくないその言葉が入ると分かった時俺は頭の中が真っ白になったかの様に発狂していた。

 

 

「嫌……だ……! 聞き……たくない……!」

 

「貴方なんて、産まなきゃ良かった」

 

 だがそんな気持ちなんて知らずに、俺の存在は否定された。

 心のどこかで、前世の俺が生きていて良かったんだと、まだ誰かにそう言われたかったのだと、絶望していても心の底じゃ否定されたくなかったのだと、感じてしまった。

 

 

「あ……あぁ……俺は……生きてちゃ……ダメなんだ……」

 

 それと同時に、世界なんて関係無く無性に死にたくなってくる。

 誰かに愛されていようといなかろうと全てが嘘で塗り固められた世界にしか見えなくなる。

 誰も彼もが嘘を言っている様にしか感じられなくなる。

 

 だからか、目の前にある包丁を手にして――

 

 

 

「………っは!? また、か……」

 

 盤王戦ベスト8戦で七宝に勝利してから数日、俺は連日悪夢にうなされていた。

 それも一番思い出したくもない前世のイジメ、虐待の様をまるで実際に受けているかの様に見るような形だから尚タチが悪い。

 痛みも苦しみもあの当時のままで、絶望感も虚無感すらも同じに感じる。

 

 ……今、親は山刀伐師匠がいる。

 美羽という婚約者だっている。

 親との関係は良好だし凄く仲が良いとすら言えるくらいには交流もある。

 正直もう前世の事なんてとっくに消えているもの、吹っ切れているものだとばかり考えて過ごしてきた。

 事実今回のトリガーさえ無ければ二度と思い出す事も無かっただろう事である。

 

 だが、事実として俺は思い出してしまったんだ。

 俺が消し去りたいと思わずにはいられないくらいのトラウマを。

 今一番思い出してはいけないタイミングでのトラウマを。

 

 ……身体が震える。

 絶望した世界はもう無いはずだったのに。

 

「……クソッ俺が何したってんだよ……」

 

 

 何故こんな事になってしまったのか、それは盤王戦ベスト8での七宝戦後にまで遡る――

 

 

 

 

 

「ふん……強くなったな、駿」

 

「あたぼーよ、大吾に勝とうと思ったら並大抵の強さじゃ歯が立たねえって。でもありがとよ、これで今までの俺ともすんなり別れられそうだわ」

 

「そうか。俺もやはり二回やり合った貴様とやり合えたのは最上の嬉しみを感じている様だ……負けたと言うのに悔しさより達成感すら覚えている」

 

「……こういう事言うのもガラじゃないけど、お前の分まで残りの盤王戦トーナメントにぶつけてくるから。残り、西崎以外は誰が勝ってもタイトル獲得経験者か現役のタイトルホルダーだけど負ける気はねえよ。大吾に恥じない対局、してくるからよ」

 

「……当たり前だ。お前がいなければ挑戦者は俺だった、そう言わしめる様な戦いをしてこい」

 

 大吾との熱戦も終わり、記者からのインタビューもお互い済ませ雑談しながら二人して関西将棋会館を後にした。

 普通対局後に直前の対局相手と仲良く過ごすなんて事は無いんだが、まあそこは気まぐれだ。

 積もる話もあるって事で近くで夜飯でも食いながら話そうってなって結構弾んだんだよな、これが。

 

「……まあそういう堅苦しい話ばかりでもつまらないだろう、最近弟子とはどうなんだ。……西崎からも話は聞いてる上、傍から見ても呆れるくらいくっ付いてるからある程度は察しているがな」

 

「あーそれ。……実はここだけの話、婚約しました」

 

「ぶっ!? ……行動力の化身か貴様は……それで? 今この話を知ってる棋士は何人だ?」

 

「へへへ……大吾が初だったりする」

 

「…………つくづくお前には驚かされるぞ、駿」

 

「まあ八一と歩夢と西崎には次期にバレるだろうけど、ちゃんとした場所で発表したいからな。後の三人にも聞かれるまでは言わねーよ」

 

 プライベートで絡む事なんて無かったが、大吾の奴堅苦しい性格に見えて意外と良く話すし楽しかったんだよな。

 そう、ここまでは絵に描いた様な一日だったんだ、ここまでは。

 

 

「いやー今日は楽しかったよ。ありがとな大吾」

 

「礼を言われるまでもない」

 

 

「今日は珍しい組み合わせだな」

 

「お、二ツ塚。久し振りだな」

 

「コイツとの対局日だったからな。まあ色々あったという事だ」

 

 帰り道、ここでも話が弾んでたがバッタリと二ツ塚と遭遇。

 二ツ塚とはちょくちょく研究会を拓くくらいには親しくなっていたがお互い対局が集中しているとあり八月は研究会を開いていなかった。

 

「成程な……見た感じ勝ったのは鍬中ってとこか?」

 

「……まあな。遂に残り四人のとこまでこぎ着けたぜ」

 

「へえ、まさか今の七宝に勝てるなんてな」

 

「コイツもそれだけ成長していたという事だろう、俺としては勝つ自信はあったんだがな」

 

「世の中俺より強い奴なんてごまんといるのかもなあ……於鬼頭さんがああもあっさり負ける事もあるしさ……」

 

 そう言えば同時刻から行われていた帝位戦第五局二日目は俺達が燃え上がっている最中には終わっていたらしく終局後に大吾と中継を見た時には既に八一は新帝位としてのインタビューも終盤であった。

 於鬼頭玉将の大ファンである二ツ塚からしてみれば第一局の衝撃も然ることながら第四局以外良いところの無かった、見せられなかったという於鬼頭さんの完敗は相当堪えたのだろう。

 

 と、まあここまでなら良い一日だったんだがここから狂い出してしまった。

 

 

 

「そう言えば、なんだが」

 

 それからも他愛のない話を続けていた時、ふと二ツ塚が何かを思い出したかの様に呟いた。

 

「ん? どうした?」

 

「いや……お前に会ったら話そうとしていたんだが、最近関西の会館に良く女の人がいるんだよ」

 

「はぁ……またどうしてそれを俺に? まさか俺の熱心なファンか~?」

 

 実際芸能人に関わらず界隈で結果を残すと熱心なファンが付くのはどの業界でもままある話だ。

 まさかとは思いつつも「あの可能性」に至れなかった俺は茶化して聞いてしまったんだ。

 

「さあ……ただお前の名前を出してる40半ばくらいの女の人って記憶はしている」

 

「どちらにせよそういうのにはロクなのがいない。用心はしておけ……弟子の為にもな」

 

「ま、まあそうだな……」

 

 大吾の話は当然だ、万が一本当に熱心なファン……隠さず言うならストーカーだとしたら絡まれたらどうなるか予想が付かない上、婚約発表前にそれがバレたら美羽の身に危険が降り掛かる場合も大いにある。

 

 何だか怖くなってきた俺は早めに帰ろうと二人に話し足を速くした……のだが、それは予想外の正体だったとこの直後身を持って知ってしまった。

 

「うげっ」

 

「あん? どしたよ」

 

「……アイツだよ。ここ二三日、お前を探してる奴っての」

 

「……は? な、なんで……」

 

 目の前にはフラフラとした様子で歩く痩せこけた女性の姿……それは数年前に見たみすぼらしい姿の産みの母そのものであった。

 

 何とかこの場を見なかった事にして立ち去れば良かった……だというのに足が言う事を聞かない。

 

「駿……駿なのね!?」

 

「あ……ひっ……」

 

「……オイ、どうした」

 

「ま、まずいんじゃないのかこれ」

 

 フラフラと、あの頃より更に痩せこけた不気味な姿で俺に近付いてくる。

 俺を捨てた、俺の事を道具としか思ってない様な目に前世の両親が浮かんでしまう。

 コイツには何一つとして感情は抱かなかった、ただただひたすらに「俺を虐げる肉親」という存在に、前世受けた虐待を思い出して足が竦んでしまうのだ。

 

「しゅ、駿……ねえ、悪い事は言わないから母さんのとこに帰ってきなさい。ね? 今までしてきた事は謝るから……」

 

「お、俺を捨てた癖に……」

 

「だ、だからそれは謝るって言ってるじゃない! 今お金無いの、本当にこのままだとお母さん生きていけないのよ!」

 

 しかもだ、会いに来た理由が金と来た。

 俺のトラウマを思い出させた挙げ句理由が余りに自分勝手過ぎる、そんなコイツを見てると自分がおかしくなりそうだった。

 

「ふざけんなよぉ!! 勝手に捨てた癖に勝手にまた親面しやがって!! お前が俺の親としてしてくれた事なんて何一つ無かったのに!! 金ならあのクソ男にでも借りれば良いだろ!」

 

「あ、あの人に私も捨てられたのよ……だ、だから貴方の気持ちも分かって、だから謝ろうと……」

 

「もう話さなくて良いです」

 

 元父親のあのクソ男に捨てられたのなんてどうでも良いが、今更俺の事を分かったかの様に言われた事で我を忘れて掴みかかる寸前まで怒りのボルテージは上がっていた。

 それを抑えたのは大吾の声。

 振り向けば、俺と最初にプロで対局した時の様な冷めきった敬語であの女に一歩、二歩と詰め寄っていた。

 そして二ツ塚も同様に俺の前に出て来ていた。

 

「な、なによ……」

 

「貴方が誰で何者か、そんな事はどうだって良い。だが私は生憎、友人が苦しんでる姿を傍観出来る程馬鹿ではありませんので。警察沙汰にはなるべくしたくないので、どうぞお引取りを」

 

「警察沙汰!? そ、そんな証拠も無しに……」

 

「あるんだなあこれが……知ってます? アンタの後ろ、気付かれない様に一般人に紛れて俺の兄弟子がずっと証拠映像撮り続けてたんだぜ?」

 

「なあ!? な、なんで……」

 

「そりゃオメー、最近関西連盟から不審人物って事でマークされてた上に今日目撃情報があったんだから単独行動するはず無いだろうが。まあ鍬中見つけたからわざと兄弟子には隠れてもらったが」

 

「……だ、そうですが? まだやり合いますか?」

 

「ひっ……わ、私は悪くないんだから……」

 

 思考が狂いそうになりながらも、逃げる様に消えていくあの女を見つめる。

 

「……あ、その……あ、ありがとな……た、助かった……」

 

「ふん、今は何も言うな。そして出来ればこの出来事は忘れろ」

 

「そ、そう……だな」

 

「俺には鍬中に何があったのかは分からないが、ああ言う事は忘れないと後々響くからな」

 

 ガタガタと、震えが止まらない身体を心配そうに見ながら言われる。

 だが、俺の脳裏には忘れたはずの前世のトラウマが焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 

「…………早く忘れないと、このままだと対局にも影響出ちまうな……クソっ」

 

 情けない自分に嫌気が差す。

 やっと勝てる様になってきた将棋、しかもタイトル戦に手が届く位置まで来てこんなの情けないったらありゃしない。

 

 

 何とかしないとと思いつつも、解決策も無く。

 隣に誰もいない孤独感に苛まれながら、夜は更けていった――

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