冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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難産だった


第四十一話『白雪姫の決断』

9月中旬、あの大吾との対局とクソみたいなトラウマの日から一週間と少しが経った。

 トーナメント経過で言えば勝ち進んできたのは於鬼頭玉将だった。

 帝位戦で完敗して失冠した直後ともありどうなるかと思っていたが逆に二冠復帰を本格的な目標とし篠窪さんとの激闘を制して上がってきた。

 雑誌じゃ初のフリークラスタイトル獲得への天王山とか言われてるらしいが……正直今の俺じゃどうしようも出来ないと断言する。

 

「クソ……あの日からずっとこれじゃねえかよ……」

 

 不定期に起こるトラウマによる発作。

 俺の母親を名乗る俺の事を捨てた女のせいで、前世の親にされたトラウマが、死んだ時共に捨て去ったはずの記憶が蘇って俺を苦しめる。

 幸いな事に誰かいる前でこれが起きた事は無い為他には悟られていないはずだが、特に美羽の前でこれを起こせる訳が無い。

 ただでさえあの子は女流3級になった事で一層勉強に力が入り再来月の女流玉将戦に向け、そしてその先にある正式な女流プロ棋士へ向けて頑張っている。

 そんな子に、弟子に俺のこんな姿見せられる訳が無いんだよ……だから今は空元気でも何でも美羽には俺の元気な姿見てなんの気兼ねもなくトーナメントに出てもらいたい、じゃないと祭神の時に流した美羽の涙が無駄になってしまう。それは、それだけはダメだ。

 せめて美羽にだけは良い思いをしてもらいたいから、そこに俺の下らない私情は挟めない。

 

 

「それは今は良いとしてだ……銀子ちゃんから八一は別として俺と歩夢……に加えて天ちゃんにあいちゃんと呼び出すか……正直意図が読めん」

 

 大体の相談事なんて八一か佳香さん辺りにしてるだろうに、大事な話があるからって……何なんだ?

 

 

 

 

「来たか、駿よ……顔色が優れない様だが大丈夫か?」

 

「おう、ま、まあ平気だ。ちょっと根詰め過ぎただけだから……」

 

「初防衛の時の俺かよ……駿には美羽ちゃんもいるんだから身体には気を付けるんだぞ」

 

「わーってるよ」

 

 昼、清滝先生の家に集められた俺達はまず何の話かより俺の体調を爆速で察してきた親友二人にヒヤヒヤしていた。

 そりゃそうだ、変なトラウマ発症してるとかバレた日にはどっかで美羽に漏れかねないんだから隠し通さねばならない。

 

「……がんばりすぎないでくださいね」

 

「何してんだか知らないけど美羽泣かせたら許さないわよ」

 

「ありがとうあいちゃん……天ちゃんの忠告も充分に受け取りましたんで……勿論泣かせる訳にはいかないさ。……しかし銀子ちゃんの話って一体なんだろうな……」

 

「……さあ、何かしらね。お兄ちゃんだけじゃなくてわざわざくわなかや私達を呼び出すなんて相当な事だとは思うけど」

 

「そうだよね、いつもならやーちゃんか佳香さんとしてるから……私たちがカンケーしてること?」

 

「ふむ、となると……大方将棋関連だろう、しかも特段大きな話になってくるはずだ」

 

「……まさか。いや、考え過ぎか……?」

 

「……ん?」

 

 何とかかんとか天ちゃんの鋭い洞察力からも回避したがそもそもメインは銀子ちゃんの話だ。

 そう、ここに来る前にも考えていたがやっぱり何かおかしい。

 大体の事なら清滝一門間で済ませてるはずの銀子ちゃんが今回に限って俺達も集めるのは歩夢が言う様に将棋関連の可能性が高いんだろうとは思う。

 が、このタイミングでわざわざ話すなんて要素は無いはずだ。

 時期がズレ込んだ三段リーグイベントの話にしても原作の不安要素は取り除いてあるはずだし……

 

 そんな中で八一が何かしら思い当たる節があったのか難しい顔をし出した。

 思い当たる節なんてあったか……? いや、あるんだとしたら聞いておくべきだろうな。

 まだ八一の動揺に気付いてるのは俺だけだしこっそり行くか。

 

「八一、何か心当たりでもあんのか?」

 

「え、あ、ああ……実はな……」

 

「………………それ、マジだとしたら……」

 

 話を簡潔ながら聞いたが、こればっかりは俺が自然と選択肢から外してしまっていた事柄で意表を突かれたというよりは何で気付かなかったのかと頭を抱えたくなるくらい、少し考えれば有り得なくはない話。

 だが八一以外の全員が思考から抜け落ちていたのも仕方ないのかも知れない、何せあの子は将棋に関しては手抜く事は何があってもしなかったから。

 

 だからこれが良い未来に繋がるのだとしたら、俺は――

 

「お待たせ。悪いわね呼び出したりなんかして」

 

「なに、我は丁度ゲートウエストで仕事があったのでな。そうでなくとも我が幼馴染に値する間柄、相談事でどうしてもというのなら馳せ参じるのがこのゴッドコルドレンの務めよ」

 

「ま、言葉はさておき意味合いは全員歩夢と以下同文って事で。幼馴染だったり近しい間柄なんだから気にしないでよ」

 

「……ありがと」

 

 言葉と思考を遮る様にして現れたのは今回の主役こと銀子ちゃん。

 少し思い詰めてる様な顔付きだったがそこは流石歩夢というべきか独特な言い回しが空気を和らげてくれるのが助かる。

 

「……それで、こんなに集めてどうしたんだ? あいや天までいるしビックリしたんだけど」

 

「まあ、俺達に出来る事なら協力したいけどわざわざ集めたって事は結構大事な話って事だよね?」

 

「……まあ……ね。こればっかりは私や身内だけで解決出来ないから。先に師匠と話して、どうするべきかってなった時に八一とかみんなとも話して、それでも心変わりが無いなら許可するって言われて。……だから、真剣に聞いてもらいたいの」

 

 ……どうやら八一の予想は当たりそうかも知れない。

 まあ予想は予想だからどこまで合ってるかは分からないが、八一があそこまで言うって事は大体合ってるんだろう……八一と銀子ちゃんの関係性は昔からそんな感じだったしなあ。

 

 何にせよ何だとしてもここまで悩んで決断した銀子ちゃんの言う事だ、そうそう反対はしないつもりで聞くとするか。

 

「分かった。銀子がそこまで言うなら相当な事、なんだろうしな。みんなだってそこは分かってるはずだから」

 

「ありがと……それじゃあ言うわね」

 

「…………私は、今月を持って女流棋界のタイトルを全て返上して、女流棋界から引退する事に決めた」

 

「……やっぱり、か」

 

 八一の予想は見事に当たっていた。

 女流タイトルの返上……原作ではまずそんな気配微塵も無かった様な展開だ。

 俺だって八一に言われるまで気付かなかった事だし。

 

「アンタ……本気なの?」

 

「ええ……」

 

「わ、わたしっ! まだあなたにちゃんとリベンジできてないのにっ……」

 

「……私だってそうよ」

 

 まあ、天ちゃんとあいちゃんの二人は相当ショックだろうな……憧れの人でライバルの、一番の目標が消えるなんて納得行く訳が無い。

 俺だって急に八一や歩夢が辞めるなんて言い出したら訳が分からなくなる。

 

「……流石に我もこれは予想外だ。銀子よ、理由を聞いても良いか」

 

「構わないわよ、それにそこはしっかり言っておきたかったし」 

 

「時と場合によっちゃ許さないわよ!」

 

 ……天ちゃんは確かに特にこう言いたくなるよな。

 何せ女流玉座戦の挑戦者は天ちゃんだ、その女流玉座戦が銀子ちゃんの女流棋戦の引退試合にいきなりなったらそりゃ困惑しても仕方ない。

 

 ふぅ、と吐き出す様に、決意を決めた銀子ちゃんはみんなを見据え口を開いた。

 

「……私は、逃げたくない」

 

 真剣に、未来を手に届かせたいと本気で願う様に、呟いた。

 

「奨励会三段になって、初めての対局、初めての敗北。半月くらい前にした時に感じた悔しさと奨励会の本当の怖さ……もしかしたら私には、女流タイトルがあるから、負けても一定の地位があるから、他の奨励会三段の覚悟に勝てなかったんじゃないかって」

 

「……アンタの強さはそんなヤワなもんじゃないと思ってた」

 

「そうね……私だって思ってた。でも私の覚悟が弱かった訳じゃなかった」

 

「奨励会は、あくまでプロじゃない……何の肩書きも無い、無名の強豪が僅かな門をくぐり抜ける為に殺し合う戦場……」

 

「……簡単に言えば八一の言う通り、負けたら死みたいな覚悟の連中に並ぶには私も全てを捨てる必要があった。少なくとも私には、あの地獄の中じゃ同じ立場、同じ環境にならないと勝てるチャンスは無いと悟った。そんな場所だと悟った。だから私は所持してる女流タイトルを手放す」

 

 ……原作じゃタイトルを捨てる事無く銀子ちゃんは奨励会を勝った、ギリギリとはいえ、死闘ばかりとはいえ、勝ち上がった。

 天ちゃんに負けたという正史とは違うルートを辿ったが故に決断したそれを、実はさっきまで止めようとしていた。

 でもそんな覚悟聞かされちゃ止められない、止められる訳が無かった。

 

「……銀子さん」

 

「何よ、あい」

 

「私は、必ず追い付きますから。貴方の行く、やーちゃんのいる、『プロ』に」

 

「はぁ……私だってそうよ? そこまで言われたら何も言えないけど、今度のタイトル戦でアンタを無冠にしてやるんだから! そんで『プロ』でも絶対倒してやるんだから! だから絶対勝ちなさいよ!」

 

 それはあいちゃんも天ちゃんも同じみたいで、いつかリベンジを果たすと二人もプロの道を決心したみたいだな。

 全く……俺が苦労して上がったところに簡単に辿り着きそうな辺りやっぱりあの子達は天才だよ。

 

「ふっ、それでこそ銀子……辿り着いてみせよ、我が棋帝まで」

 

「あーあ、止めようと思ったけどそんな決意聞かされたら止めらんねーよ……俺だって負けないぞ、八一や歩夢にはまだ遠いけどな」

 

「二人とも……ありがとう、私も行くからには負けないわよ」

 

 爽やか風味に送り出したけどこれ俺と対局する頃には俺の歯が立たないとか無いよな?

 

「……銀子の決断、しっかり聞いた。俺は待ってるから。銀子なら上がってきてくれるって確信してるからな」

 

「八一……私は必ずアンタに辿り着く。辿り着いて、倒してみせる。だからそれまで待ってなさいよ」

 

「当たり前だ!」

 

 

 ふぅ、一件落着かね。

 銀子ちゃんは八一と盛り上がってるし他も他で闘志剥き出しで勉強し始めたりしてるし俺はそっと消えるか……にしても寝不足で頭痛え……

 

「こんなんじゃ美羽に合わせる顔もねえや……しっかりしねえとな…………盤王戦のトーナメントだって、負けらんねえんだし」

 

 決意とは裏腹に足元は覚束なかった。

 それはまるで今後を占うかの様に。

 

 

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