冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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年明け一発目がこんな重苦しい話で良いんですかね…


第四十二話『絶望の淵で』

 盤王戦、というタイトル戦は前世で言うタイトル戦では棋王戦がモチーフになっている。

 棋王戦は他と違い少しだけ特殊なトーナメントとなっており、ベスト4に残った棋士は全員が1敗の猶予を持つ事が出来る。

 ベスト4と準決勝で負けた棋士の三人は準決勝進出且つ敗退した者をシードとした三人の敗者復活戦があり勝ち上がれば決勝に行く事が出来る。

 対して決勝進出者は敗者復活戦から勝ち上がってきた挑戦者と二番勝負を行い一回勝てばタイトル戦進出、勝ち上がってきた決勝進出者は連勝でタイトル戦進出となる。

 

 そんな特殊トーナメントな為、現時点でベスト4進出を果たした俺としては次の日に迫った於鬼頭玉将戦に万が一負けたとしてもチャンスが残されているという事にはなる、なるんだが……。

 

「……ダメだ、今の於鬼頭玉将の戦績や打ち方、勝ち上がってきた親父と歩夢の打ち方を比べるなら勝たないと親父や歩夢には到底勝てないッ……」

 

 データ分析や戦績分析をしながら直近の打ち筋の傾向、弱点等を探ってるが勝ち上がってきた四人の中だとタイトル戦に続き月光さんを下した親父である山刀伐尽賢王、俺の同期の西崎を下した親友である神鍋歩夢の二人がどの記事や雑誌でも大体最上位一歩手前の評価を受けておりその一つ下に於鬼頭玉将がいるという構図になっている。

 勿論記事にだけ惑わされない様にデータ分析もしていたが相当生石さんに粘られたのが効いたのか原作程でないにせよ成績や指し筋の切れ味の低下が見られていた。

 そりゃまあ成績低下しながら盤王戦ベスト4やってんだから原作よりは上だろうよ……それより歩夢は八一と並び年間最多勝デッドヒート中、賞金ランキング四位、親父は年間勝利数三位、賞金ランキング五位……バケモンかこの人達?

 

「二人に勝つには、於鬼頭玉将が踏み台じゃないといけない……おかしいだろこんなの……俺にやれんのかよそんな事……クソッ!」

 

 直前まで二冠だったタイトルホルダー棋士を踏み台にしなければ乗り越えられないってどんな絶望だよ……勝てる未来見えねえよ……

 

「……しゅんちゃん? お料理作ったよ」

 

「……ん、ああ美羽か。ごめんな勉強付き合ってやれなくて……料理は適当に置いといて良いから俺の事は気にせず勉強頑張ってな」

 

「無理……しないでね」

 

「大丈夫、健康管理はどの棋士より上手い自信あるから……ワリ、俺もまだまだ対策考えなくちゃいけないから……」

 

「あ……うん、がんばってね……」

 

 今、美羽は新田九段……つまりは西崎の門下に一時実質預けている。

 というのも9月中盤から11月初めに掛けて怒涛の盤王戦トーナメント最終章におまけに竜王戦のランキング戦も始まる人生初の過密スケジュールの為にまともに勉強を見てあげられないという悩みを西崎に話したところ、だったら祭神のライバルとして少しの間預けてみるのはどうかと言う話になった。

 祭神と対等にやり合えるライバルは全員がタイトルホルダーで易々と手の内を明かせず男との対局になるとまた女流とは別物の対局になってしまいどうしても良い塩梅の女流棋士がいないとあり、能力値的にはまだまだながらお互いライバルと認めながら仲が深まってるあの二人なら良い相乗効果が得られるのではないか、と新田九段も快諾して今に至る。

 

 多数の門下生を預かる身だからどうって事無いと言われても少し後ろめたさがあったが、西崎曰くどうやら他の門下生の良い刺激になってるらしく……少しは後ろめたさも無くなったかとひっそり思っていたりする。

 

 それと同時に美羽に寂しい思いを掛けたり、西崎や新田九段に迷惑を掛けたりと自分に対する情けなさも痛感している。

 来年は何があっても自分一人で乗り越えていこうと決めているが、今年こんなにお膳立てをしてもらった以上死んでも負けられない。

 

「……分かってんだよ、美羽を悲しませてる事くらい。好きな女泣かせてる事くらい。……八一の事言えねえな、俺だって自分の事で精一杯じゃねえか……ハハッ、情けねえ」

 

 誰かの恋人とか、フリークラスとか、19歳とか、そう言う事を置いといても一人の弟子を導く師匠なんだ。

 それが、たとえ一年目だとしても誰かに頼り切らないと行けない自分への腹立たしさが消える訳じゃない。

 分かってても可愛い弟子から笑顔を奪う行為をしてまでやってる事への意味が時々分からなくなるくらいには自らが追い詰められてる自覚はある。

 

「……情けないと言ったら、アイツの件もか。もうとっくに割り切ったと思ったのにな」

 

 どうしても苛立って集中出来ない理由は他にもあった。

 それが先日の元母親の話だった。

 思い出すだけで頭を掻き毟りたくなる衝動が抑えられず、いつもの集中力さえ保てていない。

 ただでさえいつもの何倍もの集中力が必要とされるこれからのタイトルホルダーラッシュとの対局だというのに、こんなんじゃ最初から負けてるも同然じゃないか。

 

「アイツは……親じゃないんだ。今の俺の親は親父だけだ。分かってる、分かってるんだ……なのに何で振り切れないんだ、怖いんだ……」

 

 多分その理由も分かってるんだ。

 前世からずっと虐待されて生きてきた、親という存在は子どもを虐待する存在なんだとずっと思ってきた。

 友人なんて居なかったし、まともに外へ出歩く事も少なくて、出歩いても世界の全ての人間が敵に見えて、視線なんて誰とも合わせられなかった。

 だから他の親なんて知らなかった。他の人間を知ろうとしなかった、出来なかったのだから。

 

「この世界で、世界を、人を知ろうと思えたのは単純にこの世界が俺の好きな物語の中だったから……下らないけど、盲目的だけど、それが良い方向に向いたんだよな、きっと」

 

 深夜、こっそり買ったヘッドフォンでアニメをバレずに見たり最低限の事務的なやり取りだけで済むバイトで貯めた貯金で買ったりゅうおうのおしごとの小説が本当に癒しだった。

 こんな世界に生まれたかったと何度願ったか分からない。

 気付けば本当に生まれ変わってたのには驚いたが、やっと地獄が終わって俺がまともに生きられるのかも知れないと胸踊った事もあった。

 

 結局はそれも糞親のせいで心が何度も壊れそうになったが。

 勇気を出して憧れの人達と触れ合えたお陰で今こうして色んな人達と笑い合って過ごせているんだろうな。

 

「それでも……」

 

 そう、それでもだ。

 自分の肉親という存在はどこまでも子どもを虐待する存在としか最早認識出来ないんだろう。

 他の原作に存在した人達は少なくともそんな事は無いと断言出来るが、自分はやはり本来なら居なかった人間。

 刷り込まれた印象が深過ぎるのがこの半発作に繋がっているとしか思えない。

 

「そんなの言い訳に過ぎないんだ。俺の精神状態がどうあろうとトーナメントは待ってくれない、弱気になるな俺! ここまで勝ってきたんだろ、元タイトルホルダー二人に勝ったんだろ! 大吾にも勝ったんだろ! 美羽を笑顔にして、タイトル取りたいんだろ! だったらここで立ち止まる訳には行かないんだよ!」

 

 唇を噛みながら、頭がぐちゃぐちゃになりそうな衝動と発狂と恐怖と全てを振り払いながら夜が更けて行く。

 

 

 そんな日々も終わりを迎える日が来た。

 そう、遂にベスト4戦、於鬼頭玉将戦を迎えたのだ。

 

 

 

 

「…………ありません……」

 

 そしてそれは、俺の投了と共に消え去って行った。

 

 

(俺は……負けたのか? あんなに対策を練って、自分のスタイルを捨てて、勝ちに拘ったのに? 接戦になるでもなく、たった66手で……?)

 

 この日の為に、自分を捨て、美羽を悲しませながらも、やった。

 その事は全て無駄だった。

 しかもたった66手で、何も出来ずに終わっていた。

 

 タイトルホルダー相手なのは分かっていた。

 それも長年最前線で活躍するレジェンドクラスの棋士、大苦戦を強いられるのは100%織り込み済みで行ったのは確か。

 それでもここまで何も出来ないなんて考えてもみなかった。

 

 立ち上がり、悪くなかったはずだ。

 居飛車で堅実に立ち回ろうと体勢を整えながら気を狙っていたはずなんだ。

 それが一瞬で攻め落とされた、対抗する手だって考えうる最善手で守った……なのに。

 

 寧ろ何か俺に、俺が分かるレベルのミスがあった方が救いがあったのに。

 

「……君の将棋、悪くなかった。荒削りではあるが数年後また何処かで私と対峙している可能性があるくらいの期待は持てるだろう。だが精神面の焦燥感が感じ取れた。これでは成長出来るものも難しい」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

 正直な話言葉がしっかり入ってきているのは奇跡だろう。

 早く立ち去りたい、消えたいと思う中でも歴代最上位クラスの実績を持つ於鬼頭さんがアドバイスをくれている、寡黙な於鬼頭さんが、だ……ただ、それを素直に受け取れる程の余裕は無かった。

 悪くなかった、荒削り、数年後に期待……つまり今は何にせよ『強くない』『相手にはならない』そう言われているのと同義だ。

 

 ぶつけようの無い悔しさが込み上げてくる。

 

「後は君次第だ。……そして」

 

 そんな悔しさ等つゆ知らずか知っててか、於鬼頭さんは目を鋭くしこちらを再度見据える。

 その目には勝負師としての『於鬼頭玉将』の威圧感が篭っていた。

 

「君が学ぶ様に私も、生涯高みを目指している。成長しているのは私も同じだ……大事なのは対策や指し方だけでないと思い出せないのならタイトル戦の席に座る資格は無いと思いなさい」

 

「ぐっ……」

 

 対策、指し方、それだけじゃないのは理解してるんだ……メンタル面が大事なのは分かってても、どうしようも無いんだよ……

 握り拳を見つめながら、俺は俯く事しか出来なかった。

 

 

「…………さもないと……きっと君は……」

 

「……え?」

 

 それが一瞬緩んだのは、退室する直前に、於鬼頭さんの悲しげな声が聞こえたのは、気のせいだったのか、今の俺は少なくともそんな事に頭を回してる様な状態で無かったから明確に気付ける事は無かった――

 

 

 

 

 

「……さもないと、きっと君はこのまま押し潰される末路を迎えてしまう。全てを抱え込んで、将棋と言う呪いに囚われてしまうだろう…………そんな呪いに囚われた馬鹿者を、末路を、知っているから。君にそんな末路は辿って欲しくないんだ……」

 

 

 

 盤王戦ベスト4戦・第一試合……勝者、於鬼頭曜




重い上に難産過ぎて草も生えない
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