冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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気付いたら四月だった


第四十三話『不安に押し潰されそうでも』

『旅に出ます、探さないで下さい』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 しゅんちゃんが盤王戦で負けた次の日。

 どうしても心配で祭神さんと西崎さんと一緒にしゅんちゃんの家に来てみたんだけど……あったのは貼り紙に書かれた一言。

 ……落ち込むだけよりは良いかもなんだけど、やっぱり私には何も話してくれないのかなあ。

 

「いやいや美羽ちゃん置いてアイツ何やっとんねん……」

 

「雑魚だ雑魚だとは思ってたけどメンタルまで雑魚とかマジ笑えないんだけどォ」

 

「……しゅんちゃん」

 

「はぁ……まあ、塞ぎ込まれるよりかはマシやけどせめてちょっとくらい美羽ちゃんと話してってもええやろに……あんま気にせんでやってとは言えんけど、まだアイツにもチャンスはあるんやこのまま終わるはずが無い」

 

「そう……だよね。しゅんちゃんいっしょうけんめい勉強してるのみたもん。大丈夫……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるけど、昨日負けた事を私に言った時のしゅんちゃんの顔を思い出すとやっぱり心配になる。

 タイトル持ってる人相手に勝たなくちゃいけないって、だから私に構う事が出来なくてごめんねっていつも言ってて、それでも勝てなくて……うわ言の様にごめんねって言ってた昨日を思い出すだけで悲しくなってしまう。

 でも私には大丈夫と言い聞かせるくらいしか出来なかった。

 

「シケた顔してんじゃねーよ、そんな調子だとアンタも女流玉将戦泣く羽目になるっつーの……しっかりしてもらわないとアンタを潰す楽しみが無くなるんだからァ……」

 

「祭神さん……うん、そうだよね。わたしも自分のためにがんばらないと」

 

 ぶっきらぼうだけど、祭神さんなりに励まして……くれてるんだよね。

 ここ最近ずっと一緒に西崎さんと祭神さんのお師匠の新田先生のところにお世話になって、祭神さんはぶっきらぼうだったり相手を挑発する言い方だったり、嫌われる様な言い方が多いけど近くで見ると不器用なだけなんだって分かった。

 しゅんちゃんと離れてるのは寂しいけど、こうして離れたから見えた事もあるんだって思うとへこたれてばっかじゃいられないよね。

 

「アイツの事はまあまあ昔から見てきてるから平気や、あれくらい打開すんのが鍬中駿って男や」

 

 だから今は信じよう。不安でも、大好きな師匠で、大好きな人の事を信じて、私は私で頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

「ふーん……これは中々……噂に聞いてた通り、まあまあ強いですね」

 

「うー……三連敗……」

 

「強いのは認めますがこれでもまだ僕はプロの公式戦は負け無しですから。いくら早打ち将棋と言えど新人の貴方に負けてやる道理は無いです」

 

 頑張ろうって決めたけど、もう折れそう……あれから数時間経って、将棋会館で色んな詰め将棋や棋譜を見て勉強してたら公式戦終わり……だったのかな、しゅんちゃんの付き添いで何回か見た事あるプロの先生達がズラッとエレベーターから降りて来て……

 そんな中に一人、私と同年代の男の子がいた。

 椚創多四段……私の一つ年上の小学六年生で、プロ棋士……しかも公式戦でしゅんちゃんにも勝ってたり、公式戦でまだ負けた事が無いすごい人。

 

 話し掛けようかどうかって悩んでたら、顔見知りの先生に見つかって女流3級になったのを祝われて、気付いたらその流れで椚四段と早将棋する事になってた。

 

 ……今三連敗だけど。

 

「いやはや、若い子達の対局は見てるだけで若さが貰えますな」

 

「そうですね……いや僕はまだ二十代ですけど……というか椚君の同期ですが。というか安東先生もまだそんな年齢じゃないでしょ」

 

 顔見知りの先生……というのが、今話してる安東先生と坂梨先生、安東先生が六段で坂梨先生が四段。

 坂梨先生はしゅんちゃんと奨励会三段の時期が被ってたって事で良くお話してもらってて、安東先生は良く坂梨先生と一緒にいるおじさんの先生でしゅんちゃんとも対局経験がある……確か盤王戦の予選だったかな?

 

「私はもう歳ですよ。それなりに頑張ってはいますが、ね……それにしても椚君は強いなあ。勿論それに着いていけてる美羽ちゃんもね」

 

「それ、僕が貴方にまだ早打ちで勝ててない事分かってて言ってる自覚ありますか安東先生」

 

「安東先生だって前期の竜王戦、昇級したでしょうに……」

 

「昇級……わたしも早くちゃんと2級になりたいな」

 

 昇級、と聞いて改めて私の目標を考える。

 安東先生のは竜王戦六組の順位戦の事なのは分かってるけど、どうしても意識してしまうのは私の2級への昇級。

 ここから本当に二年でなれるのか不安もある、なれなかったらまた研修会で頑張らないとだし色々と考えてしまう。

 

「女流玉将戦、そろそろ予選のトーナメント表が出るのも近いか。祭神女流帝位にあそこまで食らいついた君なら本戦まで行けるはずだ」

 

「鍬中君の粘り強さはそれで負けた僕が保証する。その強みが美羽ちゃんからも 感じられるから、それを信じて行けば大丈夫」

 

「坂梨先生、安東先生……」

 

「……僕からも言わせてもらいますが、僕と比べたらまだまだ未熟で荒削りな面ばかり目立ちます。ですが才能は認めますよ。何せ並より格上の女流棋士と夏、対等以上に渡り合っているんですから。そんな貴方ならば本戦進出の可能性は高いと断言しましょう。精々その実力にかまけない努力をする事ですね……まあ、こうして負けても何度も立ち向かってくる辺りそれを言う必要も無いでしょうが」

 

「椚くん……」

 

 三人が、後押ししてくれる。

 私にはもったいないくらいの三人だけど、そんな人達が背中を押してくれるなら自信が出てくる。

 

「ありがとう……」

 

「ふ、ふん。一応は八一さんの親友の弟子なんですから、才能が無い訳がないと言う事くらい分かってもらわないといけませんからね……あの人に関しても八一さんと幼少期から指して来てるんですから才能が無い、そんな事有り得ない、有り得る訳が無い。一番八一さんの才能と触れ合ってきた神鍋棋帝の次にあの才能と共に成長してきた人ですよ?」

 

「……わたしもそう思ってる。しゅんちゃんは負けたままで終わらない……!」

 

「私も同感だね。ただ……彼は少し気張りすぎている気がするんだ」

 

「安東先生……と、言うとやはり鍬中君はフリークラスである事に焦りを感じている……?」

 

 指しながら四人でしゅんちゃんの事に付いての話題になった。

 私も感じていた、しゅんちゃんがどうしようもなく焦っていて、それがきっとフリークラスの事なんだって。

 でも何も出来なかった、あの人は喧嘩したあの時と違って私の事を充分過ぎるくらいに考えてくれていたんだから。

 だから、何も言えなかったんだ。

 

「うん、坂梨君の言う通りだと思うんだ。彼はまだプロに上がってから一年も経ってないのは知ってると思うけど、十年なんて悠長な事を言っていられないんだろうね……それだけ美羽ちゃんを大事に感じている、師として早く一人前の棋士になりたい、その思いが空回りしてしまっているのかも知れないね」

 

「ふん、あまり八一さん以外を褒めるのはシャクですが……僕も前回の御鬼頭先生との棋譜を見ていて、勝てるかどうかはさておいても充分喰らい付ける能力はあると言うのが正直な感想でした。ですがどう見ても頑張り過ぎてる指し方が何箇所も見られ、それを御鬼頭先生に尽く咎められていた」

 

「……わたしに出来る事、無いかな……わたしのせいでしゅんちゃんが勝てないなんて……やだよ……」

 

 しゅんちゃんは、私がいるから強くなれると言ってくれた。

 でも今の私は邪魔にしかならないのかもしれない、必要な存在じゃないのかもしれないと思うと悲しくて、悔しくて。

 

「鍬中君の傍にいる事、それが一番ですよ。『二人いれば一人前に』なんですから」

 

 でも安東先生のその言葉で少しだけ勇気付られた。

 頑張らなきゃ……二人で一人前、なんだから。

 

 

 

 

 

「あーあ、今頃美羽とか西崎心配してんだろうなあ……」

 

 大阪、某所の海辺。

 黄昏れるのは俺こと先日於鬼頭玉将にボロ負けした惨めな男である。

 圧倒的な実力差を感じて絶望している真っ最中ではあるし正直何回やっても勝てないとも思う、でもまだトーナメントが終わってない以上どうにかするしか無いんだよな……どうにも出来ないような絶望的な局面であると分かってても。

 

「はぁ……」

 

「よっ、元気無いなあ駿」

 

「へっ……どわぁ!? 鏡洲さん!?」

 

 なんて一人重たい空気になってる最中に急に声を掛けられたから驚いたが振り向いて二度驚いた。

 いやだって二年前を最後に奨励会から姿を消した鏡洲さんがその声の主だものそりゃ驚くでしょうよ、確かに今度編入試験で会うのは知ってたけども。

 

「見たぞ於鬼頭玉将との棋譜」

 

「久々に会って一番、強烈なダメージ与える事言うのやめてもらえませんかね……」

 

「ハハハ、悪い悪い。だけど何かお前らしくない気がしてな」

 

 げんなりしている俺を差し置いて鏡洲さんは急に真剣な顔付きになる。

 その空気の変わり様も出来れば何とかしてもらいたいんだが……だがそれより気になったのは『俺らしくない』と言われた事だった。

 

「……大吾との一戦以降スタイルは変えましたけど」

 

「いや、そうじゃない。どうも焦りが棋譜から見えてきてな……駿、棋譜の見直しはしたのか?」

 

「い、いえ……気持ちが切り替えられないので数日経ってから見ようと……」

 

 焦り? 確かに焦ってはいたが対局にまで前日までのその気持ちを持ち込んだ覚えは無かった。

 ただ全力で頑張れるとこを頑張って攻めて指していたという感覚で、その全力でやってダメだから絶望していたのだ。

 

「……いーや、ダメだな」

 

「へっ?」

 

「ダメだ! 駿、お前がこの焦りに気付かないまま俺と対局するのは俺が許せないんだ! だから今気付くべきだ!」

 

「いやちょっと待ってください! つか話が急過ぎて脳みそが回らな……いやどこ連れてく気!?」

 

 そんな俺の事などお構い無しなのかクワッと目を開きながら熱弁しそのまま俺の腕を引っ張りながらズルズルどこかへ強制連行していこうとする御歳30歳の男。

 

 いや本当におよそ30の男がする様な行動じゃ無いんですが……

 

「着いてきたら分かるさ!!」

 

「着いてくるも何も引っ張られてるだけなんですよねえ!?」

 

 でもどこか鏡洲さんらしいと思ってしまうのは俺の負けなんだろうなあ……なんて感じつつ引っ張られていくのであった。




これは完全に私事にはなるんですがね、俺は将棋の事今だに殆ど分かってないんです。
この小説を書きたいから将棋界と用語に付いて調べて。
でもその前から知ってる棋士ってのは数人いて、その中でも目を惹いたのが橋本崇載八段だったんですよ。
何も知らなくても「こんなに強くて面白い人がいるんだ」と好きになれて…だから今回の一件本当に悲しくてならなくて。
頑張れとしか言えないのが辛くて仕方ない。

ただ今は解決を祈るしか無いのと、今までお疲れ様でしたという事を添えさせていただきます。
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