冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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今月で一周年らしい
もう佳境なのに中々終われないのがもどかしいですがお付き合い頂ければ幸い


第四十四話『一人じゃない』

「いや本当に何処に連れてくつもりで……って、マンション?」

 

「ああそうだ、俺が今借りてる一室だ、入れ」

 

 引っ張られるがままに着いたのはマンションの一室。

 鏡洲さんが借りてる部屋らしいが……いや俺の借りてる部屋と近いなオイ……何処に行ってたのかと思ったけどこれは灯台もと暗し。

 案外近くに居たんだなあと、少し感慨深くなる……なりたいんだが今はそれどころでは無かった。

 

「入れは良いんですがね……ってもう用意してあるし……」

 

 嬉しいと言えば嬉しい、それは確かだ。

 世話してくれた先輩にこうしてまた会えて、変わらず付き合ってくれるんだ、恵まれてると感じる……んだが、入って早々既にセットされてる将棋盤に少し苦笑い。

 

 俺そんなに悪かったのか……

 

「ほら座れ。みっちり検討してやる」

 

 一通り終わらせ正座。

 ……ただの検討のはずなのに鏡洲さんの圧が怖いんだけど気のせい……だと思いたい。

 

「……これでも一応命懸けで指したんですよ。そこまで咎められる様な箇所があるとは今のところ感じませんがね」

 

「ほほーう……だったら尚更みっちりしてやんないとなあ……」

 

 ああ嫌な予感がする、こうなった鏡洲さんは数時間は拘束してくるんだ。

 そのギラついた目は奨励会時代と何も変わらない、ひたすらに勝利を貪欲に追い求めていた目。

 俺が尊敬しそして幾度も恐怖した目だ……本当に不甲斐ない指し方をしていたのだと察した俺は観念して盤上を見つめるしか無かった……

 

 

 

 

 

「……で、ここも張り合い過ぎだ。もう少し引いて形を整えればまだまだ戦えたはずだろ」

 

「うぐぐ……その通りです……」

 

 あれから二時間程、短手数での大敗だったはずなのに咎められ過ぎてずっと反省しっぱなしである。

 しかしそれはそれとして、俺が絶対に大丈夫だと指していた手がほぼ何も見えずに指していただけの手だと分かったのだから感謝するしか無い。

 やはり他人からじゃないと見えない物も多いと感じざるを得なかった。

 

「なあ駿。お前……何をそんなに焦ってるんだ?」

 

 鏡洲さんが手を止めそう聞いてくる。

 俺は確かに、焦っていた。確信出来るくらい無様に焦っていた。

 八一にあーだこーだとアドバイスをしていたのにも関わらず、俺が原作の八一の様になってしまっていた。

 

「……やっぱ、そう見えますか……?」

 

「当たり前だろうがッ……お前は、鍬中駿は、俺が奨励会で十五年以上懸けても届かなかったプロになったんだぞッ! そしてお前は、そんな俺や俺の様な夢に届かなかった奴らの上に立つプロの中でも一握りしか辿り着けないトーナメントのベスト4にいるんだぞ!! そんなッ……夢を託した後輩が絶望した様な顔で指してて助けない奴がいるか!!」

 

「……鏡洲、さん」

 

 そうだった。

 この人程将棋が大好きで、将棋に命懸けで、泥臭くて、それでいて強かった人は居なかった。

 そんな人でもなれないのがプロの世界だ。

 

 

 ――誰かを頼らない事こそ強さだと思った。

 

 一人で強くならないと、守りたいものを守れないと思った。

 でもそんな考えこそが、夢叶わず散っていた人達の事を考えず更に何もかも見えなくなるような独り善がりで身勝手な考えだったのかも知れない。

 

「……俺の方こそ、身勝手だったかも知れないな、スマン。でも俺は、どうしても本気のお前と対局したかったんだ。俺の夢を超えていったお前の強さを見たかった。勿論心配していた面もさっき言った通り強かったけどな」

 

「不甲斐なかったのは……事実ですよ。現にこうして言われるまで何も分からなかったヒヨっ子なんですから」

 

「馬鹿言え、フリークラスと言ってもタイトル戦の挑戦者決定戦に絡んでくる棋士が弱い訳あるかよ。まっ、一週間後の試験はそれでも越えさせてもらうけどな!」

 

「いや、やはり俺は未熟でした」

 

 何年その道を進みたくても進み切れず、それでも諦めずに30になってまだプロ試験のチャンスを掴み取るその諦めの悪さ、そして貪欲さ。

 俺が於鬼頭玉将相手にそれがあれが勝てたかも知れないというものを全て持っていた。

 

 でも、だから。

 

 そんな人に背中を押してもらえたなら。

 

「そして……未熟だからこそ、貴方に、鏡洲さんに貰った言葉を胸に今度こそ於鬼頭玉将に勝ちます……!」

 

 落ち込んでなんていられない。

 

「そう来なくっちゃ。楽しみにしてるぜ」

 

 グータッチを交わす。

 それは、ライバルとして。夢を託す者として。

 

 

 

 

 

「すっかり暗くなっちまったなあ」

 

 鏡洲さんの家を後にし帰路に着く最中夕暮れ時の空を見上げ呟く。

 きっと西崎や祭神もそうだが何より美羽に暫く過ぎるくらい何もしてあげてない……自らがやらかした失態だが今更後悔に苛まれている。

 

「……焦らなくたって良い。俺の未来はアイツに取られる訳じゃないんだ」

 一息付き考える。

 

 俺の前世の十六年だかそこらと、今世の十年くらいのほぼ全ては肉親に何もかも奪われていた。

 周りに味方もいなくて、俺には八一と歩夢しかいないと思っていて。

 それすらも一度は奪われてしまった。

 今度は、美羽まで奪われたら。

 

 そう思って早まっていた。

 このまま続けていたら、俺はきっと……

 

「……帰るか」

 

 ゾッとしたのを振り払い、取り敢えず早く帰って落ち着いて美羽に連絡しようと帰路を急いだ。

 

 

 

 

 

「……み、美羽!?」

 

「しゅんちゃん! しゅんちゃんだ~!!」

 

 その予定は崩れ去った、美羽が家にいると言う事で。

 

「やっと帰ってきたなお前~! どこ行っとったか知らんけど、悩み事に関してはスッキリしたか?」

 

「アンタほんと情緒不安定過ぎっつーの。このガキくらいはちゃんと面倒見といてくんないとアタシが面倒見る事になるんだけど?」

 

「わっ……とと、西崎、祭神まで……」

 

 あと何故か新田門下の知り合い二人もいた。

 お前らに関しちゃ予想外のそのまた予想外だよ。

 でも嬉しいのも事実なのが否定出来ない。

 

 美羽を抱き止めて状況を改めて落ち着いて見てみる。

 

 ……まあ、全員どこか心配そうな、ホッとした様な、そんな顔してた。

 西崎と祭神にも悪いがやっぱり美羽のそう言う顔させたのが自分ともなると中々堪えるな。

 

「……ごめん。色々追い込まれてたみたいだ。一度決意したのにまたこんな事になって本当にすまない」

 

「ううん、良いの。わたしはしゅんちゃんが帰ってきてくれるって信じてたもん」

 

「み、美羽ぇ……」

 

 不甲斐ない自分に猛省していた中に突き刺さる美羽の天使の笑顔。

 もうこの顔を曇らせてなるものか。

 地獄の四連勝だろうがなんだろうがやってやら。

 親父も歩夢も待ってやがれ。

 

「あーあーやーっぱこうなるんやな、ホンマに仲良しな事で」

 

「って言って、安心してるんでしょ~?」

 

「そー言うイカちゃんも何やかんやそう思うとるんやろ?」

 

「……そう思いたいならそう思えばァ?」

 

 と、冷静になれば分かる事も増えるというか、なんか二人は二人で息があってるというか、いつの間にやら大分仲が進展してる様にも見えたり……

 

 何にせよ二人にも迷惑掛けたなぁ。

 

「西崎も祭神も悪かったな……そんで美羽の面倒見てくれてありがとうな」

 

「気にせんでええて。それより敗者復活戦までにまだ時間もあるやろ? ワイとしても駿に神鍋棋帝ぶち倒してもらいたいし研究会ならいつでも受けたるで。な、イカちゃん?」

 

「ま、楽しそうだし良いケド」

 

「サンキュー、恩に着る」

 

 こういう時にコイツの軽さは有難い。

 半分くらいは本気で俺に、ベスト8戦で負けた歩夢へのリベンジを託してるんだろうけど……そこもまた西崎らしいな。

 

「ほんなら我々は帰りますかね~恋人のイチャイチャに首突っ込むと馬に蹴られる言うしな、ナハハ!」

 

「……アタシはアンタと指したの、まあまあ暇潰しになったと思うし。女流玉将戦、勝ち上がって来い。今度こそ負かす」

 

「わたしだって、負けないんだからね!」

 

 美羽と祭神もそっちはそっちでバチバチしてるし、一層負けらんねえな。

 まずは何より鏡洲さんに勝って活路を見出すのが先決だな、三週間後からは早速敗者復活戦始まるし。

 

「次顔見せる時は良い報告期待してろよ!」

 

「じゃ、少なくとも挑戦者決定した後やな! 待ってるで! ほなまた!」

 

「おう!」

 

 ……相変わらず嵐の様な奴だった。

 出来れば俺もアイツの様なメンタルを持ちたいもんだよ全く。

 

「ふぅ……改めて本当にごめん、美羽。俺、必ず幸せにするって言ったのに情けないな」

 

「大丈夫、しゅんちゃんは強いもん。さっきも言ったけど、わたししゅんちゃんの事なら全部信じてるから」

 

「そっ……か。なら、益々負けらんねえな。今度こそカッコイイところ見せてやる」

 

 俺が見ない内に美羽のメンタル面の成長が何だか凄い事になってる気がするんだけど。

 祭神と指してたら確かに成長はするだろうけど……他にも何か要因がある様な気がしてならない。

 また落ち着いた時にでも聞いてみるとしようか。

 

 ……それにしてももう陽も落ちる時間なのに美羽はここにいて大丈夫なんだろうか。

 

「ところで美羽さん」

 

「うん? なーに?」

 

「もう暗いけど帰らなくて大丈夫か? 俺が家まで送るけど」

 

「あ、それは大丈夫なの!」

 

 あれ、なんか予想が着いちゃう様な流れになってないこれ?

 当たってても当たってなくても俺としてはリアクションに困るというか……当たってたら嬉しいっちゃ嬉しいけどさ? この子小学生よ?

 

「……と、言いますと?」

 

「おとーさんとおかーさんには今日お泊まりするって言ってあるもん! だから準備もバッチリ!」

 

 振り返るとそこにはちょっと大きめのバック。

 そうかそうか、つまりそう言う事か。

 

「……スゥー、成程そう来たか」

 

 拝啓親父へ。

 俺は精神的に前に進む事が出来ました。

 でも違う意味での精神も前に進んでしまうかも知れません、助けてください。

 

「……ダメ?」

 

「そんな訳ないじゃん!!!」

 

 その日何とか理性で本能を抑えた俺は、隣で寝る美羽を横目に一睡も出来なかったのであった。

 

 色々文句を言われたが小学生に手を出すのだけはまずいと思うんです……勘弁してください……


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