冴えない棋士は弟子を貰う様です   作:C.C.サバシア

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本来この話は書く予定は無かったんだけど、本作でたまたまと歩夢がくっ付いた事でこの世界線の原作ジンタマカップリングが成立出来なくなったからせめてたまたまの心情補完としてオリジナル棋戦である香取杯第三戦のたまたまサイドを執筆致す


第四十八話『「幸せ」の本当の意味を』

2018年11月某日 香取杯女帝戦第三局(最終戦)

釈迦堂里奈名誉女流名跡 対 鹿路庭珠代女流二段

 

「はぁ……はぁ……くっ」

 

「……ここまで食らいついて来るとは、流石我が一番弟子を射止めただけある。彼奴は人の容姿より性格と将棋の魅力で人を選ぶところがあるのでな」

 

 何時からだっただろうか。

 私が将棋を心から楽しめなくなっていたのは。

 友人の綸がタイトルを獲得した時からか、それともそれより前か。

 どちらにせよ少し前までの私は間違いなく、『将棋に囚われていた』人間に他ならなかった。

 

 最初こそ将棋は楽しかった。

 勿論女流棋士になるに際して大きな壁もあった、挫折もあった、それでも楽しかったんだ。

 でも変わってしまった。

 自分より若くて強い棋士に追い抜かされ、タイトルを取られ、自分は惨めに中堅に張り付くのが精一杯。

 自分の師であるレドモンド九段やジンジンの教え方が悪い訳ではない。

 寧ろレドモンド九段は弟子こそ少ないが付きっきりで教え、その人の棋力に合わせた思考の出来る気遣いの上手い人。

 ジンジンは昔から気兼ねなく話せて、何でも言い合えて、師匠でもあり良きお兄さんみたいな存在でもあり友人みたいな関係性であり、もしかしたらあと一歩で異性として好きになっていたかも知れないくらい、とても充実していた。

 

 だからこそ、師匠が良い人達だからこそ、自らが成長出来ない惨めさが顕著に表れてしまった。

 このまま潰れていってしまうんじゃないかと焦燥感に駆られ、苦しくて、でも周りやファンに心配も掛けられなくて。

 

 そんな時に出会ったのが、あの人だった。

 

 

 

-4月末-

 

「運命の赤い糸に導かれるが如く、奇遇ですね鹿路庭さん」

 

「あ……歩夢君」

 

 その日私は大事な対局で終盤まで有利だったものを最後に星を落としてしまい逆転負け、あまりのショックで泣き腫らしながらベンチに座っていて。

 気付いたら外はすっかり暗くなっていた。

 そんな時に声を掛けてくれたのが、女流3級の時からずっとジンジンと研究会をしてくれていたり今では共演者でもある歩夢君。

 当時既にプロで一番勢いのある若手でイケメンの棋士として雑誌の表紙を飾る事も多く、女性人気も高い人だった。

 実際言葉回しは独特だけど優しくて気遣いも出来て、私の事を一人の棋士として見てくれて……

 

 そんな関係性でいられたのがとてつもなく心地良かった。

 

「どうしました? もう漆黒が世界を包む時間、女性一人では闇に呑まれてしまいますよ」

 

「あはは……ごめんね……ごめんね……」

 

 だから、なのだろうか。

 彼に徐々に惹かれている様に感じていたのは。

 でもこの時点でまだ恋だと言い切れる程のものが無かったのもあって、どうしたら良いのか分からなくて。

 この場で優しくされてしまったら、誰にも言えなかった苦しみや師匠達に報えない情けなさが溢れて、どうしようもなく涙が止まらなくなってしまって。

 

「なっ……わ、我が何か気に触る事を言ってしまいましたか!? だとしたら本当に申し訳無い事を……」

 

「う、ううん違うの……今まで自分で抑えてた苦しかった事、悲しかった事、情けなさとか全部ね、歩夢君の顔を見たら抑えられなくなっちゃって……私、尚更情けないよね……」

 

「そ、そんな事は決してあるはずが無い! 我……俺が鹿路庭さんに出来る事があるなら何でも言ってください! 俺がほんの少しだけでも貴方の救いになると言うなら喜んで引き受けます!」

 

 そこまで言われたら、私はもうダメだった。

 涙は寧ろ止まらなくて、安心感、悔しさ、悲しさ、不甲斐なさ全てが入り交じったその感情で歩夢君に抱き着いてしまっていた。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい……勝てなくて……師匠達の頑張りに応えられなくて……」

 

「鹿路庭さん……」

 

 タイトルを取る、それこそがプロとしての一番の幸せであると信じて疑わずにやってきた私としては、この時もう心が壊れる寸前だったのだと感じている。

 何の為に将棋をしているのかも分からなくなって。

 

「私……何の為に将棋してるのか分からなく……なっちゃった……あはは……」

 

 でも、だから私は

 

「……では、俺の棋帝戦を見ていてもらえませんか?」

 

「え……?」

 

「俺は貴方の事が……ああ、いや……暗闇に迷い込んで、光を見失ったと言うならこの我がその道を照らしましょう。だから、もう一度探しませんか? 貴方の無くし物を、我と共に」

 

 その言葉に救われて。

 この人を信じてみようと思えて。

 

 そして、私はこの人が好きなのだと確信出来て――

 

 

 

「私は……師匠と、ジンジンに支えられて」

 

「……歩夢君に救われて、この場に来る事が出来たんです」

 

「成程。良い師と、隣に立つ者を得られた様だな」

 

「だから、負けられないんです……負ける訳にはいかないんです……!」

 

 口を一文字に食い縛り、盤上を見る。

 私の荒々しい指し方は、やはりというべきか歩夢君の見せてくれた棋帝戦には程遠い稚拙なものでありまだまだやるべき課題や勉強が途方も無く多い事を実感させる。

 

 それでも、それでも。

 

『……我の将棋に、貴方の無くし物はありましたか?』

 

『ふっ……あったなら何より。今日の対局と、棋帝のタイトルはタマちゃんに光を捧げる為の渾身の一局。愛する人の為に指したものなのでね』

 

『……大丈夫。今の貴方なら香取杯のタイトル戦も楽しんで指せる。ずっと隣で見てきた我が、そしてタイトル戦にこぎ着けられた貴方自身が、証明出来るはずだから』

 

 もう迷わない。

 もう見失わない。

 決して辛い日々が長く続こうと。

 諦めない。

 

 私には、隣で支えてくれる人が、いるんだ。

 

「ふふ、良い目をしているじゃないか」

 

「……!」

 

「そんな闘志と決意に溢れた姿を見せられては、私も君程の年齢の時を思い出すよ」

 

 釈迦堂名跡が、指しながらポツリと私を見やって語る。

 懐かしむ様に、少し遠くを見るように。

 

「あの頃は私もただ我武者羅に実力を盤上にぶつけては闘志を燃やし、真っ直ぐに頂点を目指していた」

 

「だが私も歳だ。女流棋界の発展を長年考えてきた身としては、そろそろ引き際を考えるべきだと考える事もあった」

 

「事実このタイトル戦と名跡戦の防衛が終わり次第、引退を本格的に視野に入れていた……いや、発表しようと思っていたくらいだ。現に我が弟子達に話はしてあった程だ」

 

 初めて知った。

 確かに釈迦堂さんは女流棋界のレベルアップを常に考え、努力し、貢献してきた方でもあった。

 でも力の衰えは感じず、いつまでも強い、私の憧れだった。

 

 だとしたら、そんなあの人に今の私はどう映っているのだろう。

 

「……今の私は、貴方から見てどうですか?」

 

「そうだね……」

 

 あの人は私をまたジッと見やって、薄く笑みを浮かべる。

 それは優しそうな、それでいて何故か複雑そうな笑みで。

 

「今の君は強い。迷いを断ち切って、楽しみながら、全力で指している。文句無しに今の女流棋界を背負って立てる一人になり得る存在だろう。だが……ああいや、これは私の事なんだ」

 

「……君と指しているこの時間を噛み締めると、どうにも楽しくてね」

 

 ふぅ、と一息付いて盤上を見る釈迦堂さん。

 そして一拍置いて話し出す。

 

「引退するのが惜しくなってしまったんだ、この三局を通じてね」

 

 それを、最大の賛辞と捉えるのに時間は掛からなかった。

 もう引退を決め込んでいたと話すその人を、僅かな時間でその思考を覆させた。

 どこまでいっても所詮は平凡な中堅層と思っていた私は、見失っていた『幸せ』を、本当の意味で知れたのだ。

 

 愛してくれる人を見付けられ、愛する将棋をまた指す事が出来て。

 

「ああ、だが」

 

「この刻ももう終わりだ」

 

 ハッとして盤上を見返す。

 拗れに拗れた(せめ)ぎ合いは終わりを迎えていた。

 

「あ……」

 

「清滝九段のところの娘にも負かされたが、いやはや若いエネルギーというものは無限大の可能性を秘めた未知数のものだと実感させられてしまう」

 

「釈迦堂さん……私……」

 

「私より強い女流棋士に負かされるのであればこそ、それもまた本望というものよ。……次世代に、君達に、次の時代は任せる」

 

 釈迦堂さんは、次こそ清々しい顔をしていた。

 そして駒台に手を置き、静かに投了。

 

 私は……この時、漸く念願のタイトルに、手が届いたのだった。

 

「負けたよ、君の熱意に……そしておめでとう、女帝鹿路庭珠代よ」

 

 

 

 

 

「鹿路庭珠代新女帝、初タイトル獲得おめでとうございます」

 

「あ……は、はいっ。あ、ありがとうございます!」

 

 呆然としながら感想戦をし、流されるがままに時間が経つに連れて報道陣が対局室に入ってきていた。

 何度もテレビ越しに見ては羨んでいたその光景は、今自分に当てられている。

 分かっているのに、まるで他人事の様に感じてしまう。

 

「初タイトル挑戦での獲得という事になりますが、この三局はどのようなものになりましたか?」

 

「え、えーと、その。まだ実感が湧き切っていないのであまり上手い事は言えないんですけど……育ててくれた家族と、支えてくれたレドモンド師匠と、ずっと研究相手として付き合ってくれた山刀伐賢王……そして、心が折れそうな時手を取ってくれた私の最愛の人に捧げるタイトル戦になったと思います」

 

「ありがとうございました。そして最愛の人……と言うと、やはり神鍋棋帝との噂は真実だったと?」

 

「……恥ずかしいので表に出せず明言出来ていませんでしたが、そ、そういう事ですね……はい。彼に後押しを貰って立ち直れて、それでこの香取杯の舞台に立つ事が出来ました。そして女帝となれ、本当に……本当に……嬉しいです……!」

 

「お付き合いも含め、改めて本当におめでとうございます。今後の更なるご活躍に記者共々期待しています。最後に、今日の検討室には神鍋棋帝、山刀伐賢王、レドモンド九段がいるのを確認しています。何か御三方に掛ける言葉はありますか?」

 

「え、き、来てるんですか!?」

 

「あ、はい。何でしたらすぐそこまで来ているはずなのでお入れしましょうか?」

 

「え?え?」

 

 インタビューも終わる……と思った矢先に、不意打ちだった。

 確かに対局に集中する為に情報はシャットダウンしていたけど、それは聞いてないってぇ……!

 師匠は兎も角歩夢君に今の生放送で聞かれていたと思うとどうにも顔が熱くなってしまう。

 

「タマちゃア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ん!! 我は、我は感動したぞおおおおおおおおおおお!!! おめでとうタマちゃア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ん」

 

「珠代おおおおおおおおおおお!! ワタシは、ワタシは今感動しすぎて前が見えまセーーーーーーン!!! 本当にCongratulation!!!!!!」

 

「……たまたま、タイトル獲得おめでとう。ふふっ、僕としては娘が旅立つみたいで何だか嬉しいような寂しいような気持ちだよ」

 

「あ、歩夢君!? 師匠!? ジンジン!? ……って歩夢君と師匠は二人揃って泣かないでよぉ……そ、そんな泣かれると私も……私も……うええええええええん」

 

「君は……本当に、良く頑張りました。今の僕に出来るのはこれくらいだけど……たまたま、今は泣いたって良いんだよ」

 

 本当は人前だし我慢しないといけないのに。

 緊張の糸が解かれて、涙が止まらなかった。

 

 でもこれは、あの時の、悔し涙でも情けなさでも無い。

 大切な人の為に頑張って辿り着いた末の、嬉し涙で。

 

 だから今は言える

 

『私の幸せは、ここにある』

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 その後暫く、特に歩夢君はこの話題の度に涙する様になってしまったのはここだけの話。

 

「我のタマちゃんの努力が実ったと思えば泣かずにはいられまい!! うおおおおおおおおおん!!」

 

 でも、それだけ大事にしてくれる人がいるそんな毎日が、私は幸せです。




・ブルーノ・レドモンド
 作中鹿路庭珠代の師匠として名前だけ登場する外国人棋士、九段
 モデルは恐らく囲碁プロ棋士、非アジア人初の九段、碁聖戦ベスト4、富士通杯ベスト8等を記録しているマイケル・レドモンド九段

・独自設定メモ
 順位戦はB級2組も元A級常連(昇降格繰り返すタイプ)
 タイトル数は0もコツコツ積み重ね五年前通算500勝と共にようやく九段到達という苦労人
 一般棋戦優勝二回だが自分は第一線級から退きA級常連ながらタイトル戦線とは縁遠かった為タイトル獲得は弟子に託しており、たまたまが初のレドモンド門下からのタイトルホルダーとなった
 非常に気さくで情に熱く、たまたまがタイトルホルダーとなった直後には検討室で号泣&その後のインタビューでも号泣、というか同じ雑誌のインタビューを受けていた歩夢と共に号泣していた

※ちなみにジンジンは盤王戦敗者復活戦 vs駿の数日後
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