冴えない棋士は弟子を貰う様です 作:C.C.サバシア
記念すべき節目の50話
「ここは……こうっ」
「くっ……」
女流玉将戦予選、私はその二回戦の真っ最中だった。
相手は金平さん……マイナビ女子オープンのチャレンジマッチで二回当たった女流二段の人だ。
あの二回は最初は焦っていた事で完敗、二回目はしゅんちゃんに後押しされて、二ツ塚せんせーの指導を受けて大きく進化して勝って。
これで三回目。
今まで自分の事で精一杯だった私は、ようやく相手の顔を、目を見て将棋を指せる様になっていて。
(そっか……感じ悪い人だって思ってたけど……本当は違うんだ)
金平さんの表情がやっと分かる様になった。
酷い事も言われたりして悔しい思いもして、それで次は勝てたからそれでスッキリしたけど。
この人だって必死に勝ちたいって、負けたくないって、そう思ってるだけだって事に気が付いた。
……しゅんちゃんの話を思い出す。
金平さんは最近勝てない事が多くて苦しんでるって、元々口の良い人ではなかったけどここまで口が悪くなったのは追い詰められてるからかも知れないって。
『……いや、何だか一歩間違えたらあの人みたくなってたのは俺なのかな、なんて思ってさ……だから美羽が俺と出会ってくれてほんとに良かったなって』
何より、この言葉を思い出しちゃって。
私と出会う前のしゅんちゃんの成績は覚えてる。
1勝6敗……しゅんちゃんの事を知ったのは四段になる少し前だったけど、三段リーグの棋譜を見て、それで私は将棋に興味を持って。
あの人の為に、せめて言葉だけでも応援出来たら、直接言えたらって思ってたらあいちゃんや天ちゃん、くじゅせんせーやジンジンが背中を押してくれて。
憧れの人の力になれてる今があって本当に良かったって思う。
……しゅんちゃんは、そんな事無いって思いたいけど。
しゅんちゃん自身の口から、もしかしたらこの人と同じ立場になっていたかも知れないって聞かされたから。
今度は真っ直ぐに顔を見て、目を見て、気持ちを理解して、受け止めて、それで勝ちたい。
「まだ……攻められる」
「ぐぅっ……」
『将棋の師匠が教える最大の事ってのはな、戦術や誰がどんな指し方するとか、この指し方にはこれが有効とか、そういうのじゃないんだよ。師匠は弟子に、もしもプロになれなかったとしても社会に出て胸を張って生きていける様に礼儀作法や心が強くなる方法を教えたり。そんな立派で真っ直ぐな人間に育てられる事を教えるのが師匠の役目で、弟子が一人前の大人になれますようにって想って行くのが師匠の弟子への願いなんだよ……ま、親に近い存在なのかもね』
将棋は対話でもあるから。
そうしゅんちゃんが教えてくれた、ししょーと弟子のお話。
ししょーと弟子は親子みたいな関係で、将棋を通して弟子を育てていくのがししょーのお役目だってしゅんちゃんは言っていた。
それを聞いて、私にはそこがまだ足りないのかもって、感じる事が多かった。
盤上にしか目が行かなかった事が多かった。
だから、今見える景色がすごくキレイだって、思う。
相手の、対局相手の気持ちが分かるから。
それに応えたいって、全力で立ち向かいたいって、気持ちが燃え上がるのが分かるから。
「見える……!」
今まで見えなかった景色。
それは将棋にも、あったんだ。
盤上じゃなくて、下じゃなくて、顔を上げて、真っ直ぐのその先に見えた景色。
「楽しい……!」
今までが楽しくなかったって事じゃない。
しゅんちゃんと頑張ってた今までだって本当に楽しかった。
でも、今は自分の成長が自分で分かる楽しさがあるって分かった。
それだけ、楽しい事が増えた。
「くっ……はぁ……アンタ、ほんとにムカつくくらい強いわね」
「……あ、ありがとうございます」
「フン……ほんと……ムカつく……負けました」
「あ……ありがとうございました」
「ありがとうございました……はぁ……負け負け、適いっこ無いわ。ったく」
だから、自分が変われた最後のキッカケをくれた人だから。
どうしても目の前のその人と、また指したいと思ったから。
背中を向けて帰ろうとするその人に、声を掛けていた。
「あ……あの」
「……何よ」
「……また。また、あなたと、金平女流二段と指したいです」
「アタシと指してそんな事言う人間初めて見たわ。バカじゃないの?」
背中を向け続ける金平さんの表情は見えない。
「うーん……でもわたし、やっぱり指してて楽しかったから」
「筋金入りのバカね……」
「また、指せますか?」
「……筋金入りの、将棋バカよ」
そう言ってから、金平さんは少し歩いて、チラッとこっちを向く。
「…………アタシが生き残ってたら指してやるわよ」
少しだけ笑ってから、今度こそ帰って行った。
……私も、次指す時までにもっと強くならなくちゃ。
「どうやら疲れは無い様だな、ソウルメイト駿の弟子よ」
「えへへ、楽しく指せたからヘーキ!」
「それは僥倖。駿が盤王戦トーナメントの翌日とあり不在故我がエスコートを務めたが務め上げられたと見て問題なかろう」
「うん! かんなべせんせー親切だし! しゅんちゃんのお友達なら安心だもん!」
「フハハ! 我に任せておけば万事問題無いのだ!」
休憩時間、ロビーで今日付き添いで来てくれたかんなべせんせーとさっきの対局のお話とか雑談をしたりしていた。
しゅんちゃんが盤王戦トーナメントの翌日で、付き添いは俺がやるーなんて言ってたけど無理はさせられないからって休んでもらって、かんなべせんせーに迎えに来てもらってこうして今お話をしてる。
「……そういえば、盤王戦はしゅんちゃんがおきとさん? に勝てばかんなべせんせーとの対局なんだよね?」
「そうだな。我はストレートに勝ち進み決勝で一足先に待たせてもらっている」
「え、ええっと……しゅんちゃんがタイトル戦に進むにはかんなべせんせーに2勝必要なんだよね?」
「ああ、我はストレートに勝ち進んだアドバンテージとして1勝すればタイトル戦だが……今の彼奴なら我も苦労させられるだろうな」
話は、盤王戦の事になっていた。
タイトルホルダーで、しゅんちゃんの昔からのお友達のかんなべせんせーが決勝にいるのは私も知っていたから、気になっちゃうのは仕方ないと思う。
でもそのかんなべせんせーも、今のしゅんちゃんと対局すると難しいって言ってくれた。
この人は嘘を付けない性格だって、しゅんちゃんからは聞いてたから素直に嬉しかった。
もう半月経てば、しゅんちゃんの敗者復活戦決勝。
勝ってほしいなと思う倍以上、だったら私が今ここで2級昇格を決めて、本当の女流棋士になって、しゅんちゃんにエールを送りたい。
そう、確かに思っていた。
「私……今日ぜったい勝つ。勝って、しゅんちゃんにエールを送るの」
「逞しい娘だ……では、決勝の相手がどちらになるか、見定めるというのも面白いのではないか?」
「うん、そうだね」
中継に見えたのは、予選決勝に上がってくる為の対局をする二人。
一人は見た事が無い……千堂女流初段、しゅんちゃんが言うにはバランスのあるオールラウンダータイプの人と、もう一人……見た事がある。
清水澤女流3級、金平さんと同じ、チャレンジマッチで当たった人。
勝てば……予選決勝で勝った方が2級になれる。
盤面は、清水澤さんがリード。
AI……二ツ塚せんせーと同じ、コンピューターを元にして一番良い手を指すタイプの戦い方で、確実に相手の穴を攻めてはじわじわと差を広げていた。
「ほう、あの3級の娘も中々に完成度が高い。何時になるかはさておき、確実に2級に上がってくる存在と見て取れる」
「……わたしと前対局したときより、すごく強くなってる」
「だろうな。あの娘、あのチャレンジマッチの対局以降その前より熱心に於鬼頭軍門の棋士……AI戦術を得意とする棋士達の研究会に通う様になっていたからな」
「……わたし、今までずっと対局してた人の顔、見れなかったんです。見れないくらい、がんばらないと指せなかったんです」
「……先程の対局で、視える様になったか」
「はい。だれかの気持ちを受け止めて、全力で立ち向かうことが、できました」
今の清水澤さんは、とっても輝いていた。
「……勝負事と言うのは、常に残酷だ。どれだけ気持ちが大きかろうと、努力が大きかろうと、それは皆同じ……最後に笑うのは、勝った方だけだ。勝負事だから当然だ……と言われればそうだろう。勝者がいれば敗者がいる」
かんなべせんせーは、視線を中継にずっと集中させながら、そう言う。
沢山沢山将棋を指してきたからこそ、きっとその先に分かる事なのかも知れない。
かんなべせんせーは、『だが』と視線をチラッとこっちに向けて、今度はこう話した。
「だが、これだけは言える。最後に笑うのは気持ちの強い者でも、努力を怠らなかった者でも無いが……だからこそ、勝っても負けても、その勝負に対する気持ちだけは優劣が付けられぬ、そこに勝敗等存在し得ぬとな。なればこそ、相手の気持ちを受け止め全力を持ってして迎撃する、出来ると思った時その将棋は進化を迎える。決して忘れるな、さすれば道は開かれようぞ」
「……ありがとうございます、かんなべせんせー」
「なに、気にするな。我がソウルメイトに覚醒のキッカケを与え、心まで射止めた小さき恩人に少しばかりの謝礼をしたいと思っていたのでな。それの代わりになれば幸いだ」
勝っても負けても、そこに気持ちの勝ち負けは無い。
みんな、私と同じ勝ちたい気持ちを胸に持って戦ってる。
さっきの対局で少し分かったけど、今かんなべせんせーの言葉を聞いて、もっと理解出来たのかも知れない。
「わたし、かんなべせんせーのおかげでもっとつよくなれる。そんな気がします」
「ふっ、では決勝で見せてもらうとしよう……」
ふと中継をもう一度見ると、千堂女流初段と清水澤女流3級の対局は、もう終わっていた。
勝ったのは清水澤さんだった。
同じ女流3級同士、お互いに次の対局は2級昇級にあと一歩、だから絶対に譲れない対局になる。
決意を胸に、私は決勝の盤上に向かった。