シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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Chapter Ⅷ 真実へ/Real face

「本当に……何をやっているの、私は」

 

 右手でこめかみを抑えながら、私は喉からせり上がる苦汁のような愚痴を奥歯で噛み潰す。

 気が付けば、私は夜の軍舎をふらふらと彷徨い、ロバーツ隊長の部屋の前まで訪れていた。

 何度も煩悶し、心の中でもう一人の私が「やめろ、やめておけ、傷つくだけだ」と警鐘を鳴らしていたにもかかわらず……救いを求める子羊が如く、私はこの場所に導かれたのだった。

 

 今でも尚嫌な想像が脳みその中で渦を巻き、私の精神を轢殺せんと心に潜む悪魔たちが哄笑を響かせるが……

 

「もうここまで来たら……逃げられない」

 

 そうだ、逃げられない。いいや、もう逃げない。

 ちゃんと、ロバーツ隊長と向き合うと決めた。

 否定されようが罵倒されようが、私はもうこの地獄から抜け出すのだ。

 だから、今夜必ずケリをつける。

 震える指を鎮ませて。戦慄く唇を然りと閉めて。

 いざ――部屋の扉をノックしようとした、刹那。

 

「――ウォーライラ?」

 

 突如予想外の方向から、今しがた対峙すると決めた人物の声が聴こえ、私の心臓は火にあぶられた子豚のように跳ね上がった。

 声のした方に瞳を向ければ、そこには――ロバーツ隊長の姿が。

 

「隊、長……」

 

「丁度よかった、今からお前に会いに行こうと思ってたんだ。本当はもっと早くに伺う予定だったんだが……すまんな、さっきそこでジュードに会ってな。相談に乗っていたんだ」

 

 いつもの調子で、事も無げに私に話しかけてくる隊長。

 よかった、少なくとも私の先刻の非礼については怒っていないらしい。

 いや、というか、今隊長は……

 

「ジュードくん……ですか?」

 

 ジュードくんといえば、今日の模擬戦で私が最後に手合わせをした熱血思考の新米兵士の彼のことだ。

 努力家なうえにセンスもいいという伸びしろの感じられる子だったが、少々危うげな精神構造をしていたためその点について指導したばかりだった。

 

「あぁ。あの模擬戦の後、お前のアドバイスを基盤に更に稽古に励んでいたらしくてな。訓練場で精を出しているのを見かけて声をかけたら、『隊長、一人で稽古していても改善できているか実感がないので、お付き合いいただいてもよろしいでしょうか?』なんて律義に言われてさ。

 だから一緒に、汗を流してきたというわけだ」

 

 そう言いながら隊長が銀の髪をかきあげると、額にはうっすらと玉の汗が浮かんでいた。

 まさか、この人は。

 

「え、わざわざ実践稽古をつけてあげてきたんですか……!?」

 

「まあな。百聞は一見に如かず、と言うだろう? アドラーのこれからを担う期待の新人だ。そんな輝かしい若人に頼られたとあっては、全力で応えなくちゃな」

 

「……たった一人の、部下のために……? わざわざ、隊長自らが時間を割いて……?」

 

「俺にとっては当然だよ。瞬圧山羊(カプリコーン)の一人一人、俺にとっては大事な家族みたいなもんだ。いや、瞬圧山羊に限った話じゃないがな。

お前らみんな、俺の部下である以前に、アドラーには欠かせない大事な大事な国民の一人……宝物だからな。

 そんな、俺の守るべき国民……しかも直属の部下がだぞ? 『隊長、俺もっと強くなりたいです!』って言ってきたら、胸の一つや二つ貸さなくてどうする。そこまで度量の狭い人間になった覚えはないぞ俺は」

 

 ……本当に。この人は。どこまで私を驚かせば気が済むのだろう。

 この人は当然のように言っているが、そんな常軌を逸した献身、誰でもできる所業じゃない。

 この人は、部下全員を家族だと言った。

 瞬圧山羊の隊員の名前など、きっとこの人は全員記憶しているのだろう。どころか、その人がどんな人物で、何が得手不得手で、何に悩んでいて……そういったものもすべて把握しているのだろう。

 そして、助けを求められれば迷わず隊長の方から手を伸ばす。

 ……本当に、絵本の中から飛び出してきたかのような白馬の王子……英雄だ。

 あのヴァルゼライド閣下を目指していたというのも、伊達じゃない。

 

 そんな輝きを目の当たりにしても、しかし私は……()()()()()()()()()()()()、という疑念を完全に拭い去ることができなかった。

 期待しつつも信じきれない……どこまでも半端な精神を持つ自分に、とことん嫌気が差してしまう。

 

「まぁ、というわけで遅参したんだが……俺の部屋の前にいたってことは、お前も俺に何か用か?」

 

「っ……えぇ、はい……はいっ」

 

 及び腰になるが、もはや後に引ける状況ではない。

 私は覚悟を決め、隊長の言葉に強く頷く。明らかに動揺が声に出てしまって恥ずかしくなるが、隊長はさして気にした様子もなく、やはり軽い調子で私の肩をポンと叩き。

 

「立ち話もなんだ。お前がよければ、俺の部屋で話をしよう」

 

 ごく自然な流れで、私を自室へと促してきた。

 私は再び、強く頷くのだった。 

 ……さぁ、ここからすべてを始めよう。私の幸せへの一歩を、踏み出すために。

 

……

………

 

 

「何もない部屋ですまんな。適当にかけていてくれ。飲み物は……赤ワインでいいか? アルコールっていう気分じゃないなら紅茶かコーヒーもあるが」

 

「い、いえ、そんな……悪いので……お構いなく」

 

「遠慮するなよ。どれか選べ。じゃないと逆に困る」

 

「……隊長はどうします?」

 

「ちょっと呑み足りないと思っていたから、俺はワインにするよ」

 

「……じゃあ、私もワインで」

 

「了解っと」

 

 どこまでも私を気遣う隊長の言葉に恐縮しながら、私は言われた通りベッドの上に腰かけた。

 かけてくれと言われたが、座る場所など隊長のプライベート用の机とベッドしかない。机の方には隊長が座るだろうから、必然的に私はベッドの方に腰かけるしかなかった。

 というか、言葉通りに、本当に殺風景な部屋だ。

 ぐるっと見回しても、ベッドと机と本棚が二つと……あとは男性にしては珍しく、キッチンが設備されていた。

 基本的に個々人の部屋にキッチンは常設されていないのだが、階級がそこそこ以上であれば申請すれば融通を利かしてもらえるのだ。

 まさか隊長はプライベートで料理をしたりするのだろうか? 

 ……いや、まさか。ただでさえ完璧超人だというのに、料理まで一人でこなせたらそれこそ真実隙が無い。

第一隊長は四十近くの親父だ。しかも独身。そんな人が料理なんて、普通面倒くさく

てするはずもない。

 ……いや、しかし隊長ならあるいは。

 

「待たせたな。ほら」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 キッチンの奥から戻ってきた隊長から、真紅の液体が注がれたワイングラスを受け取る。

 手に取った瞬間、芳醇な葡萄の香りが鼻孔をくすぐった。

 ……匂いを嗅いだだけで分かる。これ、高いやつだ。

 これから軍を辞めたいなんてぶっちゃけるというのに、こんなにもいいお酒をいただいてしまっていいのだろうかと思っていると。

 

「あとこれ、酒のつまみによかったら食べてくれ。おっさんの手作り料理が、乙女の口に合うかは分からないが」

 

 照れるように苦笑しながら、隊長は更に綺麗に盛り付けられたラビオリを小机に置いてきた。

 トマトソースの濃厚な匂いがふわっと漂い、否応なしにこちらの食欲を刺激される。

 いや、ていうか、ちょっと待て。

 

「た、隊長……今、手作りって……」

 

「あー、やっぱりおっさんの手作り料理なんて嫌だよな。すまんな、確か棚の方にナッツの袋があったからそれ持ってくるわ」

 

「い、いやそうじゃなくて! ……隊長、もしかして普段から料理する人なんですか?」

 

「ん? あぁ、多少はな。つっても凝ったものは作れんし、大した腕前じゃないがな」

 

 ……そのまさかだった。

 やっぱりキッチン持ちは伊達ではなかったのか。

 ていうか、凝ったものは作れないと言ったが、ラビオリなんて凝りに凝っているだろう。少なくとも短時間で作れるようなものでもない。

 しかもこの綺麗な盛り付け。具ははみ出すことなくパスタ生地にしっかりと包まれており、見栄えが良くなるようにパセリまで振りかけてある。

 見ているだけで涎が垂れてきそうだ。

 

「……いただいてもいいんですか?」

 

「あぁ、勿論。口に合わなかったら許してくれな……っと、とりあえず乾杯するか。

 ほい、本日二度目の乾杯」

 

「か、乾杯……です」

 

 グラスとグラスがぶつかり、小気味いい音が室内に反響する。

 ……そうだ。隊長のゆるい空気感で忘れかけていたが、私は先ほど隊長から一度逃げ出して、無礼を働いてしまっている。

 だというのに隊長は気にするどころか笑顔まで浮かべて私をもてなしてくれて……どこまで懐が深いんだ、この人は。

 今から打ち明ける私の真実に、胸がきつく締め付けられる。

 

 罪悪感ごと流し込むように、私はグラスに注がれたワインをくいっと喉に注ぎ込んだ。

 液体に舌が触れた瞬間、感じたことがないほどの深い渋みが口中に広がった。

 それも、嫌な渋みではない。確かに旨味と感じられるワイン特有の渋み、それを追いかけるようにあとから葡萄特有のフレッシュな甘みも感じられる。

 ……美味の極みだ。こんなもの、本当にタダで呑んでしまっていいのだろうかという気さえしてくる。

 しかし隊長はお決まりのどこ吹く風と言ったような何でもない表情でワインを口にしている。

 どころか、どこか気まずげにしている私と目が合った瞬間、くすっと微笑を溢してきた。

 

「口には合ったか? そこそこにいいワインなんだが」

 

「……今までで呑んだワインの中で一番美味しいです。こんなの、私ごときが呑んでいいんでしょうか」

 

「はは、そこまで言ってもらえるとはな。取っておいてよかったよ。じゃんじゃん呑んでいいぞ、ウォーライラ。心配するな、俺がいいって言ってるんだから気にせず飲めよ。

 つうかお前なぁ、前から言おうと思っていたが遠慮しすぎなんだよ。俺相手に遠慮するな。言ったろ? お前らは家族だって。まぁ、お前捻くれているように見えて結構真面目だからな……普段は遠慮ない物言いしてきても、いざって時に一歩引いてよお」

 

「う、うるさいですっ。勝手に人を分析しないでください、すけべ」

 

「ほら、な? こういうときは遠慮ないくせにさぁ」

 

「も、もう! 揚げ足を取らないでください馬鹿隊長!」

 

 あぁ、もう、何なんだ。本当に調子が狂う。

 これでは一人緊張している私が馬鹿みたいではないか。

 落ち着け、リディア・ウォーライラ。目的を違えるな、私は隊長と談笑しにきたわけではない。それだけならどれほどよかっただろうかとも思うが、もはやそんな惰弱は許されない。

 すべて隊長にぶちまける。吉と出るか凶と出るかは分からないが、ひとまずこの緩んだ空気をぶっ壊して――

 

「ほれ、隙だらけだぞっと」

 

「ん、むぐっ!?」

 

 と決意しかけた瞬間。気の抜けた掛け声とともに隊長は私の口の中に何かを突っ込んできた。

 トマトソースの旨味が口腔いっぱいに広がり、次いで挽肉と野菜、チーズの素材の味がジュワっと舌先で踊った。

 ……え、なにこれ。滅茶苦茶美味しい。

 味付けがシンプルなだけに、余計な雑味を一切感じない。

 お店のような味、というよりも家庭的な、どこか落ち着くような味付けだ。変に気取らず、安定している。

 ……隊長……もしかして私より料理美味いんじゃ……と、そこで私は思考を停止させた。

 駄目だ、これ以上は女としてのプライドを蹂躙しつくされてしまう。よって私は、餌付けされるペットの如く、隊長がぶち込んできたラビオリをむぐむぐと咀嚼した。

 

「味付けはどうだ?」

 

「……悔しいけど美味しいです。隊長、料理まで上手いだなんて、部隊の女の子たちが知ったらまた黄色い声が上がりますね」

 

「大げさだろ、このくらい。しかしそうか……ウォーライラのお墨付きとあれば、今度訓練兵の奴らにも作ってやるか。

 しかしそうだな、大人数用の料理か……煮込み系がいいな、訓練後の身体には染みるだろう。喜んでくれるといいんだが」

 

「隊長の手料理なら、みんな無条件で喜びますよ」

 

「ははは、だといいがなぁ」

 

 照れるように無邪気に笑う隊長に、不覚にも釣られて口角が上がってしまう。

 なるほど、この人、料理が得意という以前に料理すること自体が好きらしい。

 いや、というよりも、誰かに尽くすことが好きだからあんなに嬉しそうな表情を作ったのだろうか?

 部隊のみんなの為に、今も何を作ろうかと画策している隊長の笑顔は、子供のように浮かれている。

 ……本当に、いい人だな。だからこそ、あぁ、やっぱり。

 

「……駄目だな、結局。言えないや」

 

 弛緩しきった空気にあてられ、私の先まで燃えていた決意は、冷水を浴びせられたかの如く鎮火してしまった。

 

 何が今夜でケリをつける、だ。何が幸せを掴んで見せるだ。

 お前はいつもそうやって、傷を最小限に済ませるために逃げて、逃げて、逃げ続けてきた。

 瞬圧山羊(カプリコーン)に配属されてからの一年半など、その最たるものだろう。

 軍人なんて本当はいますぐにでも辞めたいくせに。

 でも、言い出すのが怖くて、また新たな地獄に放り込まれるのが恐ろしくて。

 隊長にこれほどまでに輝かしい優しさを施されても、変われず進めず歩みを止める、木偶のろくでなし、それが私、リディア・ウォーライラという凡俗以下の畜生なのだ。

 

 一時的に覚悟を燃やし運命に挑もうとも、いざ壁を目の前にすれば御覧の通り。

 結局尻込みしたまま、昨日と何も変わらぬ日々(じごく)を受け入れる。

 ……そう。死ぬまできっとこのままだ。私は未来永劫、地獄の底で溺れたまま……

 

「ウォーライラ」

 

 先のおどけた緩い態度から一転。隊長の声が、真剣味を帯びて私に投げられた。

 向ける視線も、鋭利に細められている。

 まるで心の底まで見透かされているようだった。無意識に、心臓を握られたように錯覚する。

 

「それで、話って言うのは何なんだ? 何か話したいことがあって来たんだろ」

 

「…………それは、あの」

 

 来た、と思った。

 そうだ、私の方から逃げ出したとて、残酷な地獄(うんめい)は私を逃しはしない。

 下品な大笑を響かせながら、私を地平の果てまで追いかけてくるのだ。

 ならばもはや逃げられる手立てはなく。いっそ、すべて白状してしまった方が楽なのは言うまでもなかったが、それでも言葉は紡げなかった。

 

 臆病者を拗らせた私は、無言の絶叫を隊長の部屋へ響かせる。

 

 それに対して、隊長は。

 

「……いや、すまんな。この期に及んでお前の口から言わせようとするのは意地が悪かった。謝罪させてくれ、悪気があったわけじゃないんだ。

 ただ、ウォーライラの口から言ってもらえた方が、お前自身の負担も少ないんじゃないかと……早計だった。

 本当にすまん」

 

 何故か渋面を作ったかと思えば、深刻な顔でこちらに頭を下げてきた。

 ……は? 何だ。この人は何をやっているんだ? 皆目訳が分からない。

 何を一人で勝手に納得して、私なんかに頭を下げるなんて言う怪奇行動を平然と実行している?

 ともあれ、頭をあげさせなくては。こんな私に、隊長のような高潔な人が(こうべ)を垂れる道理などないのだから――と、私が言葉を抉り出そうとした、次の瞬間。

 

 隊長は下げた頭を元に戻して。毅然とした態度で。でも、声色はどこまでも優しく透き通して。

 

 

 

「ウォーライラ。お前は、()()()()()()()()()()?」

 

 

 私の隠された本音(しんじつ)を、迷いなく看破したのだった。

 

 

 




話の進みが鈍行で申し訳ありません。もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。
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