シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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Chapter Ⅹ 運命開戦/With swords

「……冗談でしょう?」

 

 ようやく絞り出し声は、自分でも驚くほどに震えていた。

 否が応でも現実を否定したいという私の想いとは対照的に、しかし隊長はどこまでも本気だといった調子で剣先を私に向けながら熱の籠った声を浴びせてくる。

 

「冗談であるものか。俺が求めるお前への見返りはこれだ。

 思えば、お前と手合わせしたのも、配属されてからすぐのあの日以来か。

 丁度いい。お互いどれだけ成長したのか確かめるいい機会だ。

 といっても、今回は前回のようにアダマンタイトでの模擬戦ではなく、訓練用の剣での実践となるが……」

 

「ま、待ってください……! た、確かに私は何かさせてくださいって言いましたけど、何も戦う必要なんてどこにも……」

 

「安心しろ。何も殺し合いをしようってわけじゃないさ。それにアダマンタイトでない以上、星辰光の発動もできない。お前に能力を使用しろって言ってるわけじゃないんだぞ。お前が()()()()()()()()()()()のは、俺も知っているからな」

 

「…………でも」

 

 確かに能力を使っての戦闘じゃないと聞いて安心はしたが、だからといって矛を交える必要がどこにあるのだ?

 隊長の目的は何なのだ? そういえばさっき、今宵は存分に語り明かそうとか訳の分からないことを口にしていたが……

 

 

「剣を交えることでしか、拳を交えることでしか語れないこともあるだろう。

 日常では口に出せない、不満、思想、熱意、己が考える“勝利の形”……戦いの中で、互いにそれをぶつけられるのが、闘争の醍醐味であると、俺は考えている。

 だからウォーライラ、剣と共に、お前の想いを俺にぶつけてこい。

 何でもいいんだよ。お前の半生を語るもよし、この一年半の間の俺への不満をぶつけるもよし……興が乗ったなら、軍人を何故辞めたいと思ったのかを語るのもいいだろう。俺個人としては、お前の幸せの形なんかも聞いてみたいかな」

 

 これから私と戦えることが楽しみだとでもいうかのように、更なる灼熱を闘志へと注ぎ込んでいくアルヴィン隊長。

 一方的に投げられてくる熱意と想いはどこまでも無遠慮で、子供のような無邪気さに満ちている。

 だからこそ私は退路を断たれた。

 平時の隊長は文句のつけようもない、慈愛と奉仕心に満ちた紳士だが、こうなっていまった隊長はどこまでも強引に突き進んでいくため、その疾走を止めることなど凡人の私にできるはずもなく。

 

 あぁ、本音を言えばこんなことしたくない。

 隊長と戦うなんてこと……だって私に勝ちの目なんかあるはずもないのだから。

 それに戦うということは物理的に傷つき、痛みを伴うことであるのだから、進んでやりたいと私のような臆病者が思えるわけがない。

 

 だが、これでギブアンドテイクが成されるのなら……

 これが、私が地獄を抜け出すための、最後の地獄だというのなら。

 

 踏破してみせる。逃げることが最初から選択肢にないというのなら、もはや力任せに押し通るしか道はない。

 ならば奮えよリディア・ウォーライラ。これがお前の最後の戦いだ。

 約束した、母との幸せを手中に収めるために……いざ。

 

 

 

「……覚悟が決まったな、ウォーライラ。いい()をしている。

 ――さぁ、お前のすべてを俺に晒せ。思いの丈をぶつけてこいッ!」

 

「――行きますッ!」

 

 そしてここに戦端は開かれた。

 互いの目的は交わらないまま、熱量すらも大きく差を付けながら、ここに私の最後の地獄(たたかい)が始まったのだった。

 

 

……

………

…………

 

 

「ああああぁぁァァッ!」

 

 裂帛の気合と共に剣先を縦横無尽に走らせる。空気を裁断しながら放たれる本気の攻勢は、先の模擬戦で見せたそれとは格が違う。

 当然だ、あの時は格下を相手にしていたのだから手加減も手心を加える余裕があったし、何より殺す気などなかった。

 だが今は別だ。私の眼前に立つこの益荒男(ますらお)――アルヴィン・ロバーツは私より遥か格上に君臨している戦闘者なのだ。

 であればこちらに余裕など一寸もないのは言わずもがな。

 私は自身が今選択できる最良の手段を常に見極めながら、遮二無二剣の穂先を躍らせていた。

 今現在私が開帳できる己の精一杯。全力全霊。

 並みの兵士であれば十回以上は細切れにできているであろう剣閃の瀑布(ばくふ)は、しかし――

 

「この一年半で更に練ったな、ウォーライラ。努力の賜物だな、本当にお前は凄いやつだよ」

 

 この傑物(おとこ)は、苦も無くそれらを躱し、いなし、弾いて見せていた。

 何が「お前は凄いやつだ」だ。それは嫌味か何かなのか? 

 本当にこの人は頭がおかしい。

だってそうだろう。この人の普段の主要武器は弓なのだぞ? 断じて剣などではない。

だというのに、普段から主要武器が剣の私と互角に渡り合う……どころか余裕を見せているこの人の怪物っぷりには怖気が止まらない。

 きっとこの人がその気になれば、私など数分もかけずに屠り尽くすことができるのだろう。でも、彼はそれをしない。曰く、私に想いを語ってほしいから、と。

 だが――

 

「語るべき想いなんて、私には一切ないッ!」

 

 悲痛な叫びと共に放たれた串刺しの一閃は、やはり隊長には涼し気に躱されてしまった。

 あぁ、そうとも。私に語るべき想いなんてない。晒す価値のある覚悟なんて微塵もないのだ。

 私の心に渦巻いているのはいつだって醜い感情、負の気を纏った恨み言と泣き言だけ。

 ロバーツ隊長ほどの高潔な人に見せられるような高貴な想いなんてもの、私は一つも持ち合わせていないのだ。

 

「それは違う。お前は心がない無機物なんかではないだろう。俺と同じ人間だ。だったら心の底で渦巻いている感情が山のようにあるはずだ。どれだけ醜い想いでもいい、恥の多い想いでもいい、残さず俺にぶつけてみろ、俺はそれを嗤ったりしないッ!」

 

 高らかに吼えながら、隊長は守勢から攻勢へと移行する。

 電光石火の速度で放たれた横一文字の斬撃、繋げて袈裟斬り、足払い――常にこちらの挙動を隙間なく観察し、僅かな隙を摘み取ってくる所作は本当に称賛に値するものだ。

 それは隊長の戦闘スタイルから磨かれた賜物だった。曰く、鷹の眼光。彼の状況把握、掌握能力で右に出られるものはアドラーにおいてもそう多くはないだろう。

 現に私も今こうして、すべての迎撃の根を摘まれ、一方的に剣の雨を防ぎ続けるだけのサンドバッグと化している。

 このままでは敗北必至なのは言うまでもないが……いやそれ以前に……隊長は今何と言った?

 

「……同じ、人間……? 私と隊長が?」

 

 隊長の剣撃を弾きながら、自嘲じみた笑いが口端から零れた。

 同じ? 高潔たる軍人な隊長と、屑の子種から生まれた屑である、この私が?

 

「貴方のような傑物と、私みたいな塵屑を、一緒くたにするなァァッ!」

 

 隊長の刺突一閃を逆袈裟斬りで上方へ大きく弾きながら、私は涙声で訴えた。

 冗談じゃない、貴方のような完璧超人と、何もかもが中途半端で性根の腐った私ごときを同列にしないでほしい。

 息が詰まって死にそうになる。やめてくれ、やめてくれ。

 それに、だ。この人はまさか、まさか――

 

「隊長……貴方まさか、自分と私が同じ境遇だとか思ってませんか?」

 

 鋭剣が強制的に上へ持ち上げられたことにより隊長は隙を晒す。

 その間隙へ致命の一撃を叩きこむべく、お返しだとばかりに隊長に倣い牙突の構えで突貫する。

 これで決まるとは当然思ってはいないが、意表を突くことはできただろう。このままこちらが主導権を握り戦いに幕を下ろすのだ。

 案の定、隊長は横っ飛びに私の突撃を回避し返しの刃をこちらへ振りかぶってくるが、甘い。読めているんだよ、そんなことくらい。

 

「ッ……!」

 

 斬撃が放たれる数秒早く、私は隊長の手首めがけて横蹴りを放っていた。

 再び弾かれる剣先、遅れが生じる攻勢行動。勝ちの目はここにあり。

 私は再び隙だらけの隊長めがけて鋭剣を一閃させようとした、瞬間。

 

「甘いぞ、ウォーライラ」

 

「ッ! な、ァッ!?」

 

 隊長はあろうことか、弾かれた反動を逆に利用して振りかぶり、そのまま剣をこちらの顔面目掛けて投擲(とうてき)してきたのだ。

 咄嗟の奇行に反応が半拍(はんぱく)遅れてしまったが、ギリギリのところで弾くことに成功した。

 この人、殺す気はないとか言っときながら今の一撃完全にその気だったろ……!

 

 僅かに私がたたらを踏んでいる(いとま)に、隊長は手早く弾かれた刃を回収し、こちらへ向かい再び一撃を見舞ってくる。

 そうはさせじと私も刃の銀光を奔らせる。刃と刃がぶつかり合い、鋼の摩擦音が訓練場へと大きく響き渡った。

 

 ……あぁ、そうだよ。こんなにも戦闘のセンスも隔絶している。人としての器も、神様から与えてもらった才能も……何もかも。すべて、この人は私と違うんだ。

 

「……さっきの話に戻りますけど。隊長、貴方私と同じ境遇だとか寝ぼけたことを思っているんじゃないでしょうね? 

 冗談じゃない。馬鹿にするわけじゃないですけど、隊長っていいとこ育ちのお坊ちゃんなんでしょう? 部下の子から聞いたことがありますよ……ロバーツ家、代々優秀な軍人を輩出している名家、所謂貴族の家系だって。

 アルヴィン・ロバーツ隊長……貴方は、そんな恵まれた家系から生まれた、約束された勝者ですよ。皮肉でも何でもなく、もうその時点で勝ち組と言ってもいい。人生薔薇色ですよ……それで、片や私は?」

 

 隊長と幾度も幾度も切り結びながら、私の心から闇の言葉が吐き出されていく。

 こんな醜い言葉を並べたところで、私の境遇がなかったことになどならないのに、分かっているのに、止まらない。

 私の慟哭は、大気を伝って流れ出していく。

 

「生まれた家は貧乏そのもの。父親はドがつくほどの畜生で、ギャンブルと酒に狂って我が家のなけなしのお金を貪り尽くして……私の大好きだった美人で優しい母さんも、そいつに笑顔を壊された! もう散々でしたよ、ねぇ? 隊長、想像できます?

 毎日飛び交うお皿と怒号、少しこっちが反駁(はんばく)すれば殴る蹴るは当たり前。お母さんだろうが子供の私だろうが、容赦なく力でねじ伏せてきた! 理不尽の極みでしょう、温室育ちの貴方にこの苦しみが分かりますかッ!」

 

 もはやここまで来れば八つ当たりだろう。

 今まで封をしてきた想いを少し溢してみたら御覧のあり様、手のつけようもないほど怒りと嘆きが溢れ返ってくる。

 どこに発散させればよいのか見当もつかなかった天元突破の苛立ちを、お門違いと分かっているのにロバーツ隊長にぶつけて、ぶつけて、ぶつけまくる。

 涙と刃に乗せて、この悲哀ごと、切り裂くように。

 

 

「その挙句ですよ……? 私、父親に犯されたんですよ……初めてをね、実の父親に、しかもあんな糞ったれに奪われたんですよ! ははは、ここまで来ればもう喜劇ですよねぇッ。

 それだけで終われば良かったのに……母さんは、私を守るためにあの屑を殺して……そして、すべてに耐えられなくなった母さんは自殺して、私はそれっきり孤独の身! 

 何で、母さんが死ぬ必要なんてどこにも無かったのに! 私は、母さんが生きているだけで、それだけで幸せだったのにィ!」

 

 風船のように膨れ上がっていく嘆きに乗せて、渾身籠めた一撃をロバーツ隊長へと振り下ろす。

 感情的極まる稚拙な一閃だったが、この戦闘以降一番威力が乗った斬撃だと確信も持てた。

 それを隊長は躱すでもなく、全力で受け止めてくる。未だその口を、横一文字に閉じたまま。

 

「……ね? ほら、どこが同じ人間ですか? 隊長は勝者、私は敗者。生まれてきた環境も違えば、お互いの性質だって正反対ですよ。

 隊長は光を目指して誰かの為にと努力するのが好き、私はどれだけ楽に自分が幸せになれるかしか考えていない。

 ……どうです、同じ人間なんて口が裂けても言えないでしょう? それとも、それでも隊長は、『俺とお前は対等だ』とか言っちゃうんですか?

 そんな歯の浮いた台詞、私の苦しみを全部理解してから言い直せぇッ!」

 

 大喝と共に剣に更なる力を注ぎ込み、その甘ったれた認識ごと断ち切らんと刃を真下に振りぬいた。

 一際大きい金属音が訓練場を揺るがす。ダメージを負わせることはできなかったが、膂力任せの一撃は隊長の足先の踏ん張りを弛緩させることに成功した。

 すかさず放つ足払い。いつもの隊長であれば難なく躱せるこの一撃も、今の状態じゃそれも満足にできないだろう。

 私の目論見通り、足場崩しは功を成し、隊長は後方へと倒れていく。もはやここから先の攻撃は躱せない、回避不可能。よっては私の勝利は揺ぎ無く。

 

「終わりです、隊長」

 

 冷たく言い放ちながら大上段から唐竹割りを解き放った。

 無論殺すつもりなど毛頭ない、寸前で停止させるつもりだ。たかがこのような模擬戦もどきで人の命を奪えるほど私の神経は太くないし、何より隊長を殺す理由がどこにも無い。傷つける理由も、どこにも。

 私はこれから退役する身だからこのようなこと言う資格などどこにもないのかもしれないが、隊長はこれからのアドラーに必要な人だ。

 みんなから慕われている、とても素敵な人。だから私ごときが消えた程度で何の影響もないだろう。

 だからこれからも変わることなく、その眩しい瞳でアドラーの未来を駆け抜けてくれ……と、心の中でロバーツ隊長に別れを告げる折……何故、だろうか。

 一瞬、心が、()()()()()()()()……気がした、次の瞬間。

 

「――まだだッ!」

 

 ――噴火するような喝破と共に、勝利を手にする魔法の言葉が轟いた。

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