シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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Chapter Ⅻ 二人の始まり/Fateful encounter

「本日付けで、瞬圧山羊(カプリコーン)に配属になりました、リディア・ウォーライラと申します。

 ロバーツ隊長の下で帝国の盾となれること、我が身には余る名誉でございます。

 未熟な身ではございますが、これから何卒よろしくお願いいたします」

 

 生真面目な表情でこちらに頭を下げてくる少女を見て、俺が第一に浮かべた印象は、「あぁ、この子はきっと軍人には向いていない」という身も蓋もないものだった。

 なるほど、()が言わんとしていたことは()()()()()()()()()()と、手元にある彼女の資料に目を配る。

 

 そう。これが、瞬圧山羊部隊長たる俺、アルヴィン・ロバーツと……その副官を務めるリディア・ウォーライラの出会いだった。

 

 

 

……

………

 

 

「……何? 瞬圧山羊に?」

 

 ヴァルゼライド閣下が逝去してから早三年近く経ったある日のこと。

 全十二部隊の隊長による合議がつつがなく終了した後、俺は朧から個人的な呼び出しを受けていた。

 その内容は、俺が率いる北部駐屯部隊・瞬圧山羊に新たなる人員を増強するというものだった。

 人員の補強自体はとても助かるし願ってもいない提案だった。

 不幸自慢をするつもりはないしそんな趣味もないが、北部は蛇遣い座(アスクレピオス)の大虐殺以降、常に人員不足の危機に晒されていたからだ。

 よって朧からのその報告は正直に言えば俺にとっては吉報に他ならず笑顔を浮かべ喜んで然るべきことなのだが……俺はしかし眉間に皺を刻んでいた。その理由は、たった一つ。

 

「あぁ。先日士官学校を卒業した彼女……リディア・ウォーライラをアルヴィン、お前の部隊の()()()に推薦したいと考えているのだが、どうだ?」

 

「どうだ、と言われてもな……さて、どこから突っ込んでみるやら」

 

 俺が頭を抱えている理由は、朧の今しがた放った言葉に他ならなかった。

 突っ込むべき点はいくつかあるが、第一に引っ掛かったのは無論のこと……

 

「士官学校を卒業してすぐに副隊長に任命するなど正気か? と考えているのだろう? なぁ、アルヴィン」

 

「まぁ、悪いがそうだな。いや、朧。お前が冗談を言うような(たち)じゃないのは分かっているさ。

 だからそうだな……俺はこう尋ねるべきかな。彼女は、そんなにも優秀なのか?」

 

 朧が推薦しているということは、それだけの理由があるのだろうと俺は考えた。

 そうでなければ、何よりも実力主義の体現たる朧が新兵を副隊長に推薦までしてくる道理がない。

 現天秤の長を務めるこの女傑は、自他ともに厳しい鋼の軍人だ。よっぽどでなければ彼女から高い評価を得るなど難しい。特に新兵ともなれば尚更だ。天に浮かぶ月を掴んで見せろと言われた方がまだ現実味を帯びるというもの。

 そして俺の問いに対し、朧はよくぞ聞いてくれたとばかりに口元の笑みをより深いものにして見せた。

 

「あぁ、極めて優秀だな。軍人としての戦闘能力は言わずもがな、政治力も兼ね備えている。元々才覚があったのだろうが、もっとも恐るべきは()()()()だ。

 士官学校に入学して以降、彼女は何かに取り憑かれたかのように努力を怠らなかった。

 毎夜毎夜訓練場で武術の稽古に励み、勉学を叩きこむ時間すらも捻出し……おそらく、睡眠の時間など二、三日に数時間といった具合だろう。とにかく彼女は異常だった」

 

「ほう……凄まじいな。ということは、なるほど。その気性からして、彼女もヴァルゼライド閣下に焦がれて軍人を目指したのか」

 

 同志が増えるのは喜ばしいことだ、と頬を緩めると、朧は若干苦々しい表情を浮かべつつも、俺の言葉に首を横に振った。

 

「いや、そういうわけではないらしい。彼女には、光狂い(お前ら)特有の熱量が欠片も感じないんだよ。ヴァルゼライドを特別慕っていたということもないらしい。何らかの使命感に突き動かされて研磨していることは確かなのだが……いや、あるいは彼女の経歴に関係があるのかもしれんが、まぁその辺に関しては私もよく分からん。探る気もない」

 

 嘆息する朧に対し、並べられた言葉の数々に俺は驚いていた。

 努力を好む気性からてっきりヴァルゼライド閣下の生前の武勇に憧れ、その足跡を辿りたいがために軍人を目指したのかと思っていたが……そうではないらしい。

 俺も長年軍人をやらせてもらっているが、その手のタイプの新兵は珍しいなと感じた。

 軍人の中で常軌を逸した努力を大いに好む傾向にあるのは、大抵ヴァルゼライド閣下に尊敬の念を抱き、あの人のようになりたいと憧れた者達だ。

 特にヴァルゼライド閣下に憧れているわけではないというのに、それほどまでに努力を好むとは……

とするならば、彼女を突き動かす原動力は何なのだろうかと俄然興味が湧いてきたが、今はそれは置いておくことにする。

そして再び、朧が続きを口にした。

 

 

「そして何より……星辰奏者(エスペラント)としてこれは外せないだろう」

 

「……なるほど。星辰光(アステリズム)か」

 

「あぁ。軍人として優秀……そして努力家で本人は至って真面目で謙虚な姿勢……これだけならば私も流石に副隊長に即座に推薦したりはせんよ。

 彼女の星辰光、非常に強力だ。能力の資質だけで言えば、我々部隊長クラスともタメを張れるレベルだろう」

 

「そんなにも強力なのか? それは素晴らしい、とんだダイヤの原石を発掘できたじゃないか」

 

「まぁ、反動値が高いのが可哀想ではあるがな……それに、うら若き乙女にとってあの能力はあまりにも……いや、やめておこう。彼女の能力に関しても資料に記載してあるから、そちらに目を通しておいてくれ。

 ……と、いうわけだ。私が推薦した理由が、少しは分かってくれたか?」

 

「あぁ。要は、すべてが揃っているということだな。総合力に非常に長けている。

しかもまだ若いみたいだし、伸びしろも十分だ。年中人手不足の帝国にとって、これほどまでに優秀な人材なら、下手に一からスタートさせるのではなく、上位階級からスタートを切った方が本人もモチベーションが上がるだろう。

……そこで、だ。今少しだけ触れたが、ここで第二の疑問に繋がってくる。

……何故彼女を、北部に? これほどまで優秀なら、それこそ天秤や東部に配属させるべきじゃないのか? 事実上、北部の制圧作戦が起動することはもうないだろう。

蛇遣い座(アスクレピオス)の大虐殺が起こったあの日、魔弓人馬(サジタリウス)は壊滅したんだからな」

 

 そう。八年前に起きた惨劇、蛇遣い座(アスクレピオス)の大虐殺。あの日、黄道十二星座部隊が一角、第九北部制圧部隊・魔弓人馬(サジタリウス)は事実上壊滅した。

 部隊長率いる鋼の使徒たちは、帝国の未来を守らんと、暴走する二体の災禍の魔星に挑み、そして、その悉くを打ち砕かれたのだった。

 再編成することも無論不可能ではなかったが、失った人材は何も魔弓人馬(サジタリウス)だけではない。

 すべての十二部隊から殉職者を多数出し……あの天秤(ライブラ)の精鋭たちでさえ、半壊に追い込まれたのだ。

 となれば、当時北部への制圧が()()の関係で頓挫していた魔弓人馬(サジタリウス)の再編成が後回しにされるのは道理であり……しかも、部隊はほぼ全壊だ。

 こうして、魔弓人馬(サジタリウス)は事実上、瞬圧山羊(カプリコーン)に吸収、合併することと相成った。

 その後、瞬圧山羊の隊長は引き続き俺が担当し、魔弓人馬の隊長は俺と朧の二人で兼任するということで落ち着いたのだった。

 だからこそ俺の疑問は最もだろう。言ってしまえば、北部が現在できるのは治安維持と統治、駐屯部隊の範囲に収まっている。

 その治安に関しても、至って良好だ。ここ数年、それほど大きな事件は起きていない。

 カンタベリー付近ということもあり、日本の遺物が見つかった日には(やっこ)さんとバチバチする羽目になるだろうから無論油断などできはしないが、北部(うち)に配属させるよりも常に最前線たる東部や、特務部隊の裁剣天秤(ライブラ)に所属させた方が帝国の益になると思ったのだが……

 

「阿呆。どう考えても今一番人手が足りないのは北部だろうが。

 天秤には私とサヤ、そして東部にはギルベルトとヴァネッサがいるが……北部の隊長格はお前だけだろう。むしろ今までよく一人で統治してくれていたよ。感謝の念が尽きないと同時に、負担を一身に背負わせてしまいすまなかった」

 

「何言ってるんだよ、それこそ気にするな。それに、隊長格が一人って言ったが、朧。お前だって頻繁に助力してくれたじゃないか。

 それに俺には優秀な部下たちがいたからな。誤魔化し誤魔化し、なんとかなっただけさ。俺一人で背負ったわけじゃ断じてないし、俺一人で成し遂げたことでもない。すべては俺に力を貸してくれたみんなのおかげさ。俺など名ばかりの隊長だよ、本当に非力で申し訳ない」

 

「……前から言っているが、お前は他者ばかりでなく自分にもっと目を向けろ。じゃなければ早死にするぞ、本当に」

 

「何、俺ごときが逝去しようが帝国にとって大した痛手にはならんだろう。何せ俺のほかにも優秀な人材をごまんと抱えているのがアドラーだからな……朧にハーヴェス、ヴィクトリア……ジェイスだっている。これだけ傑物揃いなのだから、帝国の未来は安泰だ」

 

「その中の一人にお前も数えられているという自覚を持て、馬鹿者」

 

「分かっている。だからといって簡単に死ぬようなヘマはしないさ。

 ……しかし、本当にいいのか? やはり今からでも天秤や東部に――」

 

「ええい、クドいぞこの優男! お前は私の認める数少ない人格者の一人だがその他者ばかりを気遣う神経をもう少し是正しろッ! たまには我儘の一つも言えというんだッ」

 

 俺が渋っていると、痺れを切らした朧が左目を見開きながら怒号を飛ばしてきた。

 おおう、何もそこまで怒らなくても。

 ていうか仲間を気遣うな、などこの俺にできるはずがないだろう。

 アドラーの守るべき民、そして仲間には優しく……というのが、()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ、そうだな。朧がそこまで気を遣ってくれるなら無碍にしては男が廃るというもの。

 では、ありがたくその提案を受け入れさせてもらおう。

 ……すまんな、朧。お前にはいつも恩を貰ってばかりだ。お前こそ間違いなく、帝国が誇る最高のアマツだよ」

 

「……だから……あぁ、もう、いい。きっと何を言っても馬の耳に念仏だろうしな。

 ……あぁ、それともう一つ。ウォーライラに関してなんだが……」

 

「あぁ、何だ?」

 

「…………いや」

 

 と、そこで。朧にしては珍しく歯切れの悪い曖昧な言葉も吐いた。

 何かを言おうとしたのは間違いないのだろうが、その言わんとしたことに自信がないのか、目線が上の空を泳いでいる。

 

「どうした、朧? 伝えることや気になることがあるなら何でも言ってくれ。お前の言うことだ、よっぽどのことでなければ俺は無償で信じるとも。言ってみろ、戦友」

 

「……あぁ。ウォーライラなんだが……()()()()()()()()ように感じるんだ。

 いや、あるいは……何かから、逃げようとしているのか……

 そのために、あれほどまで必死に努力してきたのだとすると、それも納得できるが……」

 

「恐れている? ……そして、逃げようとしている? その“何か”というのは、推測できないのか?」

 

「……すまない、やはり忘れてくれ。変なことを言ったな。

 とにかく彼女は優秀でとてもいい子だ。きっとお前の右腕として献身してくれるだろうさ」

 

「……そうか、分かった。ひとまず頭の片隅に置いておくとしよう。

 改めて朧、何から何まで気を遣ってくれてすまないな。いくら感謝しても尽きんよ」

 

「礼はもういい、耳にタコができるほど聞いた。

 それよりも、彼女は優秀な人材だ。くれぐれもお前のヴァルゼライド語りでドン引きさせて、早々に異動願いを出されないように気を付けるんだな」

 

「まさか。俺は自分の価値観を他人に押し付けるような真似はせんよ。まぁ、戦友達の自慢話なら無限に語れるがな」

 

「だからそれをやめろと……あぁ、もういい。とりあえず可愛がってやれ。彼女をよろしくな」

 

 

 鬱陶しい物を払うように手をひらひらと振りながら去っていく朧を尻目に、俺は資料に改めて目を通しながら、このウォーライラという少女と相見える日を楽しみにしていた。

 思えば、俺が瞬圧山羊の隊長に就任してから、副官が就くというのは初めての経験であった。

 どう接すればいいのだろうかと迷ったのも一瞬のこと、何、いつも通りだ。

 上官や部下といった普遍的な枠に捉われず、俺らしくフラットに、家族のように接すればいい。

 客観視してみると、それは軍人的にどうなのだというごもっともな突っ込みが心の中のもう一人の俺から飛んでくるが……まぁ別にいいだろう。

 瞬圧山羊は、傲然と言いのけてしまえば隊長(おれ)が率いる部隊だ。であれば部隊のポリシーは隊長たる俺が決めさせてもらう。

 何より瞬圧山羊に所属する部下のみんな……いや、もっと言えばアドラー軍人に属するすべての愛しい戦士たちには、常に笑顔でいてもらいたいというのが、この俺の願いだ。

 アドラーの軍人であることを心から誇ってもらいたいし、アドラーの軍人でよかったと心の底から感じてほしい。

 軍人らしからぬ甘ったれた願いであるという自覚はあるが、無論それだけで終わるつもりは毛頭ない。

 軍人として愛する母国を守るという使命も一瞬たりとて忘れず、日々研磨し、帝国の盾となる。自身の掲げる願いと並列して、己が仕事も貫き通すのだ。

 それが、アルヴィン・ロバーツが掲げる勝利の形。そう、思っていたはずなのだが……

 

「……たまに感じてしまう、この()()()は一体何だというのだ……?」

 

 自分の胸に不定期に飛来する謎の浮遊感に今日も蓋をして……そして、俺は運命の日を迎えたのだった。

 

 

……

………

 

 

 そして時は元に戻る。

 

 隊長室の椅子に腰かけている俺に一礼したウォーライラの表情は硬く強張っており、少し離れた距離からでも緊張しているのが見て取れた。

 まぁ、無理もないだろう。配属初っ端から副隊長に就任されたうえ、挨拶しに来た隊長がこんなにも強面のおっさんなのだから。むしろよく涙の一粒も浮かべていないなと彼女の根気強さを褒めてやりたいくらいである。

 昔から自身の顔面のいかつさには自覚があったし何とかならないものかと改善しようとはしているのだが、やはり、生まれ持った顔のパーツを改造することがそう簡単にできるはずもなく……

 恐怖を感じてしまう者には悪いな、とは思いつつ結局この現状に甘んじてしまっている自分がいる。

 その被害者の一人に、ウォーライラもどうやら数えられてしまったようだ。

 

 よく観察してみてみれば、肩もプルプルと小鹿のように震えている。

 朧に太鼓判を押されていたくらいだからどんな冷徹な傑物が来るのかと思っていたが――どうやら内面は普通に年頃の女の子らしい。

 そうだよな。まだ若い年頃の女の子が、右も左も分からない軍人なんかになってみて、初日に上官に会いに来てみたら俺みたいなの(こんなの)がいたら普通にビビるよなぁ。

()()()()()。変な遠慮はいらないだろうと、俺はいつも通りの屈託のない笑みを浮かべて――

 

「――固いぞ、ウォーライラ。これからは隊長副隊長の間柄だ、家族みたいにくだけて付き合おうや」

 

 我ながらなんとも力の抜けた締まらない声色で言いながら、席を立ってウォーライラに握手を求めた。

 しばし俺の顔と差し出した右手を反復に見返しながらキョトンとする副隊長(ウォーライラ)

 しかし視線が交差した数秒。恐れるように彼女もまたこちらへ両手を差し伸べてきて……

 

「――自己紹介が遅れたな。俺はアルヴィン・ロバーツ。未熟な身ではあるが、第十北部駐屯部隊・瞬圧山羊(カプリコーン)の隊長の任を拝命している。

 以降、よろしく頼むぞ、ウォーライラ」

 

「……はい。よろしくお願いします。ロバーツ隊長」

 

 ウォーライラは儚なげに薄く微笑み、こちらの握手に応えてくれたのだった。

 

 彼女は軍人に向いていないのかもしれない。

 そもそも、彼女は軍人になりたくてなったわけではないのかもしれない。

 何か事情があり、拠無(よんどころな)き理由によって軍門を叩いたのかもしれない。

 俺が軍人であることを至上の幸せと感じるように、彼女の幸せもまた、ここではないどこかに存在しているのかもしれない。

 それでも構わない。これもまた、彼女の選んだ道だ。彼女が軍隊を去る日が来ても、その時はその時だ。

 ならばせめてその日が来るまで。いや、仮に来なかったとしても。

 リディア・ウォーライラというアドラーの一粒の宝物にとって、瞬圧山羊(ここ)が少しでも居心地のいい場所となるべく、俺も努力していかねばならないだろう。

 その為の努力を、一瞬たりとて怠けないようにするために。ウォーライラの瞳を深く見つめながら、俺は決意を強く固めた。

 

 斯くして、ウォーライラと二人三脚の日々が、北部の地で静かに幕を開けたのだった。

 

 




時系列は一気に遡り、二人の出会いの時まで。
アルヴィン視点のお話は初だったので新鮮だったかと思います。
アルヴィンのリディアに対する想いを、次回も併せて見守っていただければと思います。
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