シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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Chapter XIII 重ねた時間を想いに変えて/Memories

「す、すみません、ロバーツ隊長。先日頼まれていた民間人向けの避難地図なんですが、二ヵ所ほどミスが見つかりまして……申し訳ないです、現地調査まで付き合っていただいたのに、このような体たらく……」

 

 眉間に皺を刻んだウォーライラは、隊長室に入室してくると同時に渋面で俺に深く頭を下げてきた。

 どうやら作成を頼んでいた資料に誤りがあったらしい。

 まぁ配属してから初の仕事だったわけだし、ミスをするのは仕方ないと思う。

 極めて優秀だと聞いていたからこのようなケアレスミスをしてしまうのは意外ではあったが、やはり初の軍人業……しかも一部隊の副隊長を仰せつかっているのだから緊張しているのだろう。

 そこまで気にする必要もないだろうに、ウォーライラは律義に己の失態を猛省し、俺なんかに頭を下げている。

 とても真面目でいい子なのは分かったが、それでももう少し肩の力を抜いてほしいとは思った。

 きっと隊長である俺を畏怖の対象として見ているからなのだろうが、自分のような大したことのない男など別に恭しく扱う必要なんかないと考えている。

 だから俺はあくまでも微笑を浮かべ、ウォーライラに頭を上げるように言葉を掛けた。

 

「気にするなウォーライラ。配属されて初の仕事だったんだ、そりゃあミスの一つや二つあって当然だ。

 部下のミスをフォローするのも上官の務めだ、一緒に修正しよう。一人では骨が折れるだろう、資料、貸してみろ」

 

「え、そ、そんないけませんロバーツ隊長。これは私の過失ですから……それに隊長にもお仕事が」

 

「部下へのフォローも上官の務めって言ったろう? ちょっと来てみろ、効率のいい資料作成のやり方を教えよう。こういうの、士官学校じゃ習わなかったろ」

 

 余計なお世話かなと思いながら俺が自分なりの資料作成のコツを享受すると、ウォーライラは真剣な表情でそれを食い入るように聞き入った。

 ……こんなこと、聞き流す程度でいいのに、本当に真面目というか、マメな子なんだなと感心してしまう。

 

 初めこそ緊張やプレッシャーで細かいミスを連発していたウォーライラだったが、それでもやはり人は慣れていくもので。

 彼女が配属されて二週間経った頃には、ウォーライラは一切のミスをすることがない、鋼鉄の女官として仕上がっていた。

 俺への馬鹿丁寧な対応も多少軟化したように思う……多分。

 

 そして配属から一か月後のある日のこと。

 軍舎の誰もが寝静まったであろう丑三つ時。

星辰光の鍛錬を行うため訓練場へ向かった俺は、思わぬ先客に驚かされることとなる。

 

「……ウォーライラ」

 

 そう、ウォーライラが鍛錬をしていたのだ。

 誰もが寝静まっているであろうこんな時間に研鑽を積むなど俺くらいしかいないであろうと思っていたのに。

 彼女は懸命に。どこまでも真摯に。己が大剣(アダマンタイト)を流麗に(なび)かせていた。

 動きに目を見張る。

 美しい。とても洗練されている。この若さでこの実力、一体どれほどの時間を剣の稽古に注ぎ込んだというのだろう。

 そういえば朧が口にしていたな。取り憑かれたように訓練していたと。

 何が彼女の原動力となっているのかはこの段階では一切分からなかったが、それでも俺はウォーライラの健気に頑張る姿に目を奪われた。

 なんて輝かしいのだろう。なんて美しいのだろう。

 確かに総統閣下に焦がれた者達特有の光の熱量は持ち合わせていないようだが、それでも彼女が自分の望む明日の為に剣を振るっていることは、傍目からでも伝わった。

 そう、この子には己が掲げる正義の形があるのだ。

 それを成すために、こうして必死に努力をしている。目指す未来がどんな形であれ、それを実現させるためにここまで心血注げるというのは否応なしに素晴らしいというもの。

 クールだと思っていたウォーライラが見せた唐突な熱量(ギャップ)に、俺はしばしの間銅像のように呆然とし彼女の剣捌きを見つめていた。

 

「……隊長?」

 

 そしてやがて、俺に気づいたウォーライラは、驚愕の表情を浮かべていた。

 まさかこの時間に人が来るとは思っていなかったのだろう。あぁ、俺もそう思っていたよ、お互い様だな。

 なんて心の中で軽口を叩きながら、玉の汗を浮かべるウォーライラに俺は握っていたタオルを手渡した。

 

「お疲れ、ウォーライラ。こんな時間に鍛錬か? 凄いな、パッション溢れまくりじゃないか。感心するが無理はするなよ、休養も大事な訓練の一つなんだからな」

 

「あ、すみません、ありがとうございます……でも、平気です。士官学校時代もこんな感じでしたから、無理はしてません。むしろ日課なので、やらないと不安で」

 

 ウォーライラは気まずげに目をそらしながら頬を伝う汗をタオルで拭いた。

 まるで悪戯が見つかった子供のような表情だ。そんな後ろめたいことをしていたわけでもあるまいし、そんな顔をすることないと思うんだが。

 

「それにほら、私ってその、隊長と違って凡人ですから。人以上に努力しないと、皆さんに迷惑をかけてしまうので。これくらいしないと……割りに合わないと言いますか」

 

 ウォーライラは自嘲気味に、歯切れ悪くそう言った。

 おいおい待てよ何だその自己評価は。凡人ってお前、飛び級で少佐階級に抜擢された奴が言っていい台詞じゃないぞ。

 謙遜も過ぎればなんとやらだが、様子を見るに本気でそう思っているらしい。

 ……あぁ、この子は、自分のことが嫌いなんだな。

 理由はまったく読めないが、これは相当根深いものだと俺は看破していた。

 どうにかしてこの自己嫌悪癖を直してあげたい、もっと胸を張れと言ってやりたいんだが、そう簡単に踏み込んでいいものでもないだろう。

 俺がここで「包み隠さず全部話せ」と言ったらそれこそ職権乱用、パワハラだ。そんなことをしたら俺は俺自身を許せなくなる。ポリシーに反する。

 だから訊ねるにしてももう少し時間をかけてから……ベストなのはこの子が自分から吐露してくれることだが、性格的に難しいかもな、と考えながら……俺は、今この時思い返せば最悪な一言を口にしてしまったのだった。

 

「そうだ、ウォーライラ。これから星辰光の訓練をしようと思っていたんだが、よければ付き合ってくれないか。お前の星辰光も資料では確認したが、現物を見たことはなかったからな」

 

「……え」

 

「……あぁ、すまん。嫌だったか? 確かにお前の星辰光は反動値が高いからな、訓練とはいえ使用は憚られるか」

 

 発言したあとに俺は気づく。そうだ、ウォーライラの星は強力だが如何せん反動が一際強いものだったと。

 

 

基準値(AVERAGE):D

発動値(DRIVE):A

収束性:A

拡散性:D

操縦性:AA

付属性:B

維持性:C

干渉性:E

 

 資料によれば、彼女の星の力は収束性と操縦性に重きを置いた汎用性の高いものだった。一度その強力な星光と手合わせしたいと思ったのだが、反動がきつい以上無理は言えないな、とあきらめかけたその瞬間だった。

 

「…………いえ、大丈夫……です。隊長のお願いとあれば、はい」

 

 その時、ウォーライラの表情に影が差していたことには気づいていたはずなのに。

 どうして俺はあの時、自分を止めなかったのだろうか。

 何、少し付き合ってもらうだけだから大丈夫だ、身体に負担がかからないところでキリよく切り上げる……とでも考えていたのだろうか。

 間抜けが。少しはウォーライラの気持ちを汲めと、過去の自分をぶん殴ってやりたい。

 俺の星は反動値が低いゆえに、反動値が高い能力を持つ者の苦痛は体感したことがない。

 だからウォーライラの自身の能力への嫌悪をまったく理解していなかったのが俺の失態の原因であり……いいや、そもそもそれ以前に。

 

 

 

「――そこまでだ、ウォーライラッ! 星を解除しろ、今すぐにッ!」

 

 俺は己が発動体(アダマンタイト)を投げ捨てて、()()()()()()()()()()()肩で息をしているウォーライラへと駆けていた。

 吐血はしているがそこまでの出血量ではないため命への支障はないだろうが、内臓系にダメージを負っているのは事実。

 反動値以前の問題として、()()()()()、構造上身体内部へダメージが掛からない方がおかしいと言えた。

 ……甘く見ていた。ウォーライラの星がここまで強力で、且つ()()()()()ものだったとは。

 いや、使用するのが俺やジェイスのような男ならばよかっただろう。

 むしろ俺たちの性質からするに、はしゃぎながらこの能力を使用していたかもしれないが……年若き乙女にとってこの能力は()()()()だ。

 反動値の高さもそうだが、何よりこの能力は淑女が使うにはあまりにも激烈すぎる。朧が口にしていた通り俺たち隊長格の星辰奏者に匹敵する能力ポテンシャルなのは疑いようもないが、これはあまりにも……

 

「……すまん、ウォーライラ、迂闊だった。お前の能力がこれほどまでに苛烈なものだとは……しかし、責めるわけではないが、断ってくれてよかったんだぞ?

模擬戦程度でこの能力を使うのは嫌だったろう。どうして断らなかった?」

 

 ウォーライラを怖がらせないために、なるべく優しく問いかける。

 するとウォーライラは、袖で血を拭いながら、乱れる呼吸を整えていつもの自嘲気味な様子で呟いた。

 

「……隊長の、頼みでしたから……部下がそれを無碍にするわけにはいかないでしょう」 

 

「……馬鹿野郎」

 

 ウォーライラに、そして何より馬鹿な頼みをしてしまった自分自身にそう叱咤して、俺は彼女を背中におぶった。

 狼狽する息遣いが聴こえてきたが、何だ、そんな恐れ多いことされる資格自分にはないと思っているのか? 馬鹿かお前は本当に。

 

「ウォーライラ。俺を隊長と思うな。瞬圧山羊(カプリコーン)のポリシーは、隊員全員家族、だ。

 形式上確かに俺はお前の上官だが、どうでもいいんだよそんなこと。遠慮するな、譲歩するな、言いたいことがあるなら包み隠さず伝えてくれ。

 俺はそれらを無碍にしない。一つ一つ真摯に向き合うことをここに誓おう。

 俺が間違った行いをしたなら、臆することなく俺のケツを蹴り上げろ。それも部下のお前の仕事だ。イエスマンは美徳じゃないぞ、ウォーライラ」

 

 

 俺の本音をぶつけると、ウォーライラは驚いたような表情を浮かべていた。

 俺のような上位階級に就いている人間が言うセリフとは思えない、みたいな顔をしてやがる。

 あぁ、まぁ確かに一昔前の血統派のクソ上官どもなら血も涙もない冷徹な言葉を吐いていただろうさ。

 だが悪いが俺はそのような屑たちとは違うんだよ。至らぬ身ではあると自覚はあるが、魂は腐っちゃいないんだ。

 そんなザマに堕ちたなら、俺はもう総統閣下に二度と顔向けができなくなるからな。

 いつまでもアドラーが誇る、光の軍人でありたいんだ。

 

 そしてそんな俺の言葉を受けたウォーライラはしばし沈黙を守っていたが、やがて控えめに口を開いて。

 

「……分かりました、ロバーツ隊長。今後はその……もう少し、遠慮なく物言いできるように精進します」

 

 そんな堅苦しいことを言ったのだった。

 

「精進する必要なんてないんだよ、肩の力抜け肩の力を……ていうかお前滅茶苦茶軽いな。ちゃんと飯食っているのか?」

 

「た、食べてますよ。余計なお世話ですから」

 

「おぉ、やればできるなウォーライラ! そうそうそんな感じだよ」

 

「……あっ、す、すみません」

 

「何謝ってんだよ。いいんだよそれで。ていうか、そっちの方が俺もやりやすいし、嬉しい。お前も早く俺の家族になろうぜ、ウォーライラ」

 

「……それ、聞く人によってはかなり誤解を招きますよ、隊長」

 

 ウォーライラに星を使わせたのは大きな失敗だったが、思えばこれ以降ウォーライラとの距離感がグッと縮まったような気がする。

 決して気は許されていないのだろうが、時が重なるにつれ遠慮ない物言いが増えてきた。

 俺を見つめる視線も、徐々に畏怖というものから呆れや面倒だという感情に変わっていった。

 好かれてもいないんだろうが、嫌われてもいないだろうという自信もあった。

 何よりも、忖度という壁が取っ払われたのは俺として非常に嬉しかった。

 嬉しかった。そう、嬉しかったんだよウォーライラ。

 お前と共に駆け抜けた一年と半年は、俺にとって得難い思い出と輝きを与えてくれた。

 

 配属された日よりも、仕事をこなすスピードが上がったな。

 要領がよくなったな。経験も積んだな。俺のあしらい方が上手くなったな。

 教え方もサマになってきたな。部下に慕われるようになったな。笑う回数が、ほんのちょっと増えたな。

 

 お前の何かに怯えている表情が、ほんのちょっとした瞬間に解れていくのが嬉しかった。

 お前に、生きることはもっと簡単でいいんだと教えてやりたかったんだ。

 そして、お前にとってこの瞬圧山羊が……この部隊が、居心地のいい場所となるよう願い、そして努力してきたつもりであったが。

 

 あぁ、本当にすまない。俺はまた大きな失敗をしてしまったんだな。

 あの模擬戦以来、もうウォーライラを傷つけるような真似はしないと誓ったはずなのに、まさかずっとお前を苦しめていたなんて。

 

 すまない、本当にすまない。

 また俺の傲慢でお前を傷つけてしまった。

 

 朧が言っていた、ウォーライラが何かに怯え、逃げようとしている風に見えたということ……今なら確信を持って断言できるとも。

 ウォーライラ。お前は、自分の身を襲う不幸(じごく)から逃れようとしていたんだな。痛みを避けようとしていたんだな。

 初めて対面した時から、お前が軍人に向いていないことを俺は看破していたはずなのに。

 

 俺は、どうすればよかったのだろうか……などと軟弱なことを言うつもりはない。

 決まっているだろう。もっと早くにウォーライラと腹を割って話せばよかったんだ。

 彼女の懐に深く踏み込むのは無礼だろうと思ってずっとなぁなぁで過ごしていたが、それがそもそも間違いだった。

 何が居心地のいい場所、だ。彼女にとっての地獄に変えて如何とするというんだ。

 

 

 あぁ、お前の怒りは最もだ。いくらでも俺を罵倒してくれて構わない。それで気が晴れるというなら、幾らでも俺にぶつけてきてくれ。

 

 だから、これが俺の、隊長の最後の我儘だと思って聞いてくれ。

 もしかしたら、またお前を傷つけるかもしれない。真実、俺はお前に嫌われるかもしれない。殺したいと思うほど呪わしく思うかもしれない。

 それでもいい、構わないんだよそんなこと。

 俺がどうなろうとも、これだけは、絶対に譲れないんだよウォーライラ。

 

「俺は、お前を、救いたい」

 

 地獄の渦中からその身を救い出し、太陽が燦々と照る陽だまりへ連れ出してやりたいんだ。

 その為には、ウォーライラの心に住まう地獄の悪魔どもを殲滅する必要がある。

 ゆえに俺は諦めない。負けられないから、己の限界を次々に突破しながら俺は光へ突き進む。

 あぁ、そうだよ。俺は第十北部駐屯部隊・瞬圧山羊(カプリコーン)隊長、アルヴィン・ロバーツ。

 隊員全員の父であり、アドラーの民すべてに笑顔を齎したいと思っている、至らない一人の軍人だ。

 そうだ。アドラーに笑顔を齎すのだろう? 閣下が守り抜きたいと願ったこの国を、幸福で満たしたいのだろう?

 ならば部下の笑顔一つ守れなくては、その願いが成就する時など永劫訪れやしないだろう。

 何より、ウォーライラに幸せになってほしい、笑顔を浮かべてほしいという俺の願いに、一片の嘘偽りなどないのだから。この想いを、信念を、貫き通すために――――!

 

「俺は決して、お前の幸福を諦めない。勝つのは俺だ――――!」

 

 そして、ウォーライラの輝く未来を取り戻すために。

 激憤の涙を迸らせながら猛撃を続ける彼女へと、俺は再び突貫していくのであった。

 

 

 

 

 




Lydia warlyla


基準値(AVERAGE):D
発動値(DRIVE):A
収束性:A
拡散性:D
操縦性:AA
付属性:B
維持性:C
干渉性:E


・■■■■、及び■■能力。
収束性と操縦性に特化したリディアの星辰光。
能力の詳細は未だ不明。だが、断言できるのは、この能力は自他ともに認める凄絶極まる星辰光だということ。そしてリディア自身、この能力を心の底から嫌悪しているということである。
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