シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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Chapter XIV 私の運命(えいゆう)/Not alone

「アアアアアァァァァ――――ッ!!」

 

「おおおおぉぉォォォッ――――!!」

 

 斬る。斬る。斬り結ぶ。ただひたすらに、愚直なまでに命へ刃を振りかぶる。

 奔る斬光。震撼する雄叫び。高らかに響き合う斬撃の音色は、まるで悪魔の叫喚の如き凄絶さを内包していた。

 リディアとアルヴィンの決闘の幕が上がり既に三十分近く経過していたが、依然として勝負の天秤は五分五分であった。

 否、正確には覚醒を二度発動させたアルヴィンが若干優勢ではあるのだが、未だに決定打を打つことができない。

 それは何故か? 単純な話だ――リディアの秘めていた激情が、あまりにも規格外だったのである。

 それがただの感情の発露で終わっていたならばよかっただろう。如何に怒り狂って猛撃を浴びせたとて、所詮それはただの“感情”に過ぎない。然るべき力に変換できなければ、無用の長物であるのだが――

 驚くべきことにリディアは、それらの激情を薄片(はくへん)すら残さずに己が力へと変換していた。

 刃に乗せる膂力も。刃を薙ぐ速度も。すべてが覚醒したアルヴィンと遜色ない。どころか、こと剣の技術力だけに目を向ければ、アルヴィンのそれを遥かに突き放していた。

 しかもリディアは嚇怒のあまり、これが模擬戦だということを完全に頭の中から放逐していた。

 よって、今まさにリディアは真実、アルヴィンを()()()()()()()()()()。そう、殺す気なのだ。アルヴィンの輝く命の欠片を木端微塵に撃砕し、勝利を手にすると吼えている。

 ならばもはや手が付けられないのは言わずもがな。アルヴィンも本気のリディアを前に手加減をできる余裕など完璧に消失してしまったため、何度も己が限界をぶち破りながらリディアの殺人技巧を捌いているのだった。

 

 

「……不謹慎だがウォーライラ。俺は今、心の底から嬉しいよ。俺に想いの丈を晒して、こうして全力をぶつけてきてくれている現実が、心の底から嬉しい。

 だからお前の想い、一片たりとも無駄にしない! 俺が残らず地獄から掬い上げる!

 勝つのは俺だ――!」

 

「黙れッ! 何で、何で隊長はこの期に及んで私を助けようとしてくれるんですか! 私が悪いって弾劾しないんですかッ! おかしいでしょう、常識的に考えて……!

 早く私を否定しろッ! 私を屑だと罵れよおおォォッ!」

 

 ただ真っすぐに光を目指し突進を続けるアルヴィンに、過去の(トラウマ)をどこまでも引きずり前進をしないリディア。

 まるで水と油のように交わることのない二人は、しかし今この刹那だけは互いの想いを真正面から打ち付けながら心の底から殺し合う。

 こうして互いの心情を余すことなくぶちまけた今でも、リディアの心は複雑怪奇、曖昧模糊に揺れ、惑い、濁っていた。

 今自分が体感している地獄の原因が母との過去に縛られていることなのは理解した。分かったとも。

 であるならばなぜ私はロバーツ隊長に助けを求め、それなのに手を差し伸べられたら拒絶し、今こうして彼を殺そうとしているのか? 分からない、分からない――

 すべてが矛盾し、中途半端に曇っている。何故こうなっているのかが一切合切理解できないとリディアは泣きそうなほどに、自身の矛盾だらけの心情に嫌気がさしていた。

 

 しかし、それも無理からぬことだろう。

 まず大前提として、リディアはアルヴィン・ロバーツという男を()()()()()()()()()()()()()。異性としてではない。あくまで一人の尊敬する上司として、仲間として……あるいは、友人として。

 この優しさと高潔さの塊であるアルヴィン・ロバーツという男を、心の底から慕っているのだ。

 無論、本人はそんなことになど気づいていない。リディアの中で信頼と思慕を寄せることができる人物は、母だけであると結論付けている。

 そう、リディアはこの二十数年の人生において、母以外に心を開くことなく孤独に生きてきたのだ。

 母ほどに自分に優しくしてくれて、自分のことを想ってくれる人などもうこの世にはいないと思っていたから。結局人なんて自分が一番可愛いのだから、誰も信用しない方がいい。母との絆だけを胸にしまい、これからは独りで生きていこう……と誓っていたはずなのに。

 

 奇しくもアドラー軍人となり、出会ってしまったのだ。

 リディアの人生における最大級の規格外(イレギュラー)に。

 

 彼はどこまでも私を案じてくれた。

 彼はどこまでも私に優しかった。

 彼はどこまで誇り高い人だった。

 彼はどこまでも他人の為に尽くせる人だった……ほかにも、他にも、他にも。

 

 アルヴィン・ロバーツという一人の軍人の魅力にまんまと魅了され、そして彼を好きになっていた。

 

 だが、リディアは自分を塵屑だと思っている。

 アルヴィンのように、誰かのために時間も割けない、血も流せない、他人の幸せを願うことなどできやしない。

 そんな自己中心的の鑑とも言える自分なんかと、こんな素敵な人が並び立つ資格などないと思っているのだ。

 

 リディアはアルヴィンを好いている。尊敬している。

 だが同時に、自分如きがこの人を好く資格も、好かれる資格もないと心の深奥で考えていたのだ。

 

 ずっと軍人を辞めたいと言い出せなかったのも、実のところそこが一番の理由だった。

 無論絶対に容易なことではないし、まず何より辞めると言ったら十中八九弾劾されるだろうという恐怖もあったのだが……

 何よりリディアは、アルヴィンに嫌われることを恐れていた。

 軍を抜けると言い、お前など知らんと見限られるのを、自覚しないまま恐れていたのだ。

 

 そしていざ弾劾されず、軍を抜けたいという意思を尊重されてブチぎれたのも、自分如きがアルヴィンに頭を下げさせてしまったことが許せないからゆえであった。

 アルヴィンに受け入れられ、認められる度にリディアが激昂する原因は、すべてそこに繋がってくるのだ。

 

 すべては、アルヴィンが好きだから。

 だから、そんな好きな人に頭を下げさせている自分が許せない。

 私は塵屑で、隊長は素敵な人で、同価値であるわけがない。

 貴方のような立派な人に、私如きが認められる価値などないのだから。

 

 好きなのに、自分には好く資格などないと思っている。

 嫌われたくないのに、自分なんかを認めてくれる貴方が許せない。

 

 まさに二律背反だろう。これでは板挟みもいいところだ。

 よってリディアは今現在もこの二律背反の多重苦に苦悶の喘ぎを漏らしているのだ。

 どうしたらいいのか、自分が何をすべきなのか、分からない、分からないと涙混じりの絶叫を響かせながら……

 

 

 己が芯すら定まらず、どこまでも複雑に揺れ動いているリディアの心情とは真反対に、アルヴィンの決意は一切ぶれることなく一貫していた。

 ただただ、この少女を救い、笑顔を齎したい。その一点に限られている。

 裏表や打算など絶無。迷いや曇りなど一片もない濾過(ろか)された感情は、轟々と燃え盛る烈火の様相を呈していた。

 

 アルヴィン・ロバーツという男に、リディア・ウォーライラのような魂の脆弱性は皆無だった。ゆえに揺れず惑わず、違わない。

 目の前で大事な部下が、仲間が、家族が、苦しんでいる。

 ならば助けるのが部隊長……いや、部隊長だどうだなんてもはや関係ない。

 これは、軍人(おれ)の義務なのだ。苦悶に喘ぎ紛糾している者がいたら、助け救い出すのが俺たちの仕事。誇りだろう。

 ましてや彼女は自身の直属の部下だ。こんなところで未来を閉じさせてやる気などない、お前の人生はこれからなのだからと、アルヴィンはリディアの心と真っ向正面から対峙する。

 その心を覆う闇をすべて、光で焼き尽くしてやるために……

 

「ぐッ……く、うぅぅッ……!」

 

 よってそれは必然として訪れた。

 アルヴィンの覚醒が、ついにリディアの地力を完全に上回り始めたのだ。

 それは道理だろう。半端にいつまでも揺れ続けている心と、一寸も芯がぶれず一貫した鋼の心。どちらが強固であるかなど、今更論ずるまでもなく。

 勝利の福音は順当に、アルヴィンに鳴らされようとしていた。

 

「なんで……なんで……だって、全部私が悪いのに……私なんか、隊長に認められる資格なんてないのにィッ」

 

「違う、お前は何も悪くないんだよウォーライラ。当然だろう? お前の人生、どこを見渡してもお前が悪い要素なんて何一つないとも。

 どう考えても、唯一の絶対悪はお前の父親だろうが。そして更に言うなら、そんな状況下にありながら助けてあげられなかった俺たち軍人の責任でもある。

 だから違えるなウォーライラ! お前に価値がないなどあり得ない! お前が間違っているなどあり得ない! お前はこんなにも理不尽な人生に抗い続け、ここまで生きてきた紛れもない勝者だ! 胸を張れ、お前の旅路は輝いているんだよ、ウォーライラ!」

 

「違う! だって、私は……いつまでも過去に囚われている亡者なんだ! もし私が隊長のように、迷うことなくまっすぐ前だけを向いて未来を歩ける強い人だったなら……こんな惨めで、空しい想いは抱えてない! 過去の幻影に囚われて、いつまでも地獄に閉じ込められたりなんてしてない!」

 

「過去を想うことの何が悪い!? 己が足跡を辿り、振り返り、想いを寄せることができるのもまた人の強さだ! 未来を目指して前進を選び続けるだけが強さじゃない!

 ヴァルゼライド閣下もかつてそうして、過去を切り捨て、未来だけを見据え進軍を続け……そして、轢殺した過去の逆襲によりその身を滅ぼした。

 ウォーライラ。お前は半端に揺れる自分の心が何より許せないのかもしれないが……いいんだよ。

 それが人間だ。強さだけを持っているのが立派なんじゃない。強さも弱さも持ち合わせて、受け入れてこその“人間”なんだ。己を恥じるなウォーライラ。そろそろ、自分の弱さを受け入れて、許してやれ……!」

 

「――それでも私は、自分が許せないッ! だって、だって……!」

 

 血を吐くような大音声(だいおんじょう)が迸った。

 刹那、世界からすべての音が消え去り、時が停止したかのような静寂が訪れる。

 それほどまでに、リディアの心からの叫びは、世界の中心でどこまでも透き通りながら透明に轟いた。

 

「私が無力な塵屑なせいで、お母さんは死んだんだから!」

 

「ッ……! だから、それは違うんだ、違うんだよウォーライラ! それは――」

 

 そして一瞬。アルヴィンの攻勢が曇りを見せた。

 リディアの言葉に反論することに意識を割いたからだろう。

 その僅かな間隙を見逃すほど、リディア・ウォーライラという一人の軍人が築き上げてきた闘争の瞳は濁っていなかった。

 この刹那こそ完全なる勝利への道筋。確勝を嗅ぎ分けた瞬圧山羊副隊長の剣先は、吸い込まれるようにアルヴィンの胴体へと奔り――

 

「――――ッ…………」

 

 その鍛え抜かれた鋼鉄の胸筋を両断した。

 噴水のように噴き出る血飛沫。リディアの視界が、薔薇で埋め尽くされたかの如く真っ赤に染まっていく。

 一閃した刃は心臓部には達してすらいなかったものの、筋繊維や胸骨を悠に裁断し、アルヴィンに致命のダメージを負わせていた。

 甚大なる肉体の損傷。生命活動に支障をきたすほどの出血量。常識的に考えて……いや、常識的に考えなくても一目でわかる。致命傷だ。

 そしてそんな致命傷を叩きこんだリディアはというと――

 

「――――ッ」

 

 重傷を負ったアルヴィン自身よりも、その光景に瞠目していた。

 

 違う。違う。そんなつもりは無かったんだ。傷つけるつもりなんて……だってこれは模擬戦で。ましてやこんな重傷を負わせる気なんて微塵も……

 

 そう。リディアは激昂のあまり気づいていなかった。自分がアルヴィンを殺すつもりで刃を振るっていたことに。

 心の底ではそんなこと思っても願ってもいなかったのに、一時の感情に身を任せて、こんな現実を招いてしまった。

 

 あぁ、どこまで己は塵屑だと……リディアは咲き乱れる血花火の大輪を呆然と見ながら自嘲する。

 もはや涙も枯れ果て流れてこない。

 きっと、自分にそんな資格はないだろうから。

 ただ、大好きな母と、誰よりも尊敬する自分の上官に、心からの謝意を籠めて……

 

 

「私なんかが、生まれてきてごめんなさい」

 

 

 そうすれば、母も命を落とさずに済んだし、隊長も傷つくことはなかったのだと、己が生誕に呪いの言葉を吐き捨てた。

 もはや、生きるべき光が……見当たらない。

 

 そうしてリディア・ウォーライラの人生は、永久に無間地獄に放逐されようかとした……その瞬間。

 

「――()()()、ウォーライラ。俺はお前を諦めないッ!!」

 

 約束された幸福(ハッピーエンド)を齎すために、光に燃え盛る決意の大咆哮が響き渡った。

 

 闇に呑み込まれかけていたリディアは弾かれたように首を起こす。

 そこには、胸部から多量の流血をし、更には盛大に吐血を繰り返しながらも、太陽の如く瞳を煌めかせ獰猛な笑みを浮かべる瞬圧山羊隊長(ひかりぐるい)の雄姿があった。

 驚愕を遥かに通り越し、さすがのリディアもこれには苦笑を浮かべるしかない。

 いいや、こうなることはきっとどこかで分かっていたのだろう。

 そう。アルヴィン・ロバーツは、優しさに包まれただけではない……れっきとした英雄信者、光狂いの一人なのだ。

 彼に諦めるという概念がない以上、最初から諦めているこちらに勝利の天秤が傾くなどという道理はない。順当に敗北するだけだ。

 だって、こんな……いくら追い詰めても、致命のダメージを与えても、不屈の闘志で無限に立ち向かってくるのだから……

 

「反則でしょ、そんなの。勝てるわけないですよ」

 

「あぁ、俺の勝ちだなウォーライラ。それはそうとお前、アレだ――歯ァ食いしばれッ!」

 

 光に灼かれる笑顔から一転――アルヴィンは有らん限りの怒りを以てリディアの懐へと大股で踏み込んできた。

 握りこまれる鋼の鉄拳。振りぬかれたと思った次瞬、すでに固められた鋼鉄の拳は、リディアの腹部へと熱く突き刺さっていた。

 

「ごッ、ふあぁァ――――!?」

 

 かつてない衝撃の波が腹部を中心に全身に伝播していく。

 総身を揺るがす暴力の渦に踏ん張りが効かなくなったリディアは後方へと大きく吹き飛び、そして、アルヴィンの勝利が絶対的に刻まれるのであった。

 

……

………

 

 

 

「ぐ、がはッ……ご、くふ……うぅ……!」

 

 ロバーツ隊長に渾身籠めて殴られたどてっ腹を押さえながら、私は地に蹲り苦悶の吐息を溢していた。

 痛い。熱い。息が詰まる。

 全身を疾走する鈍痛の嵐に思わず泣き言を溢してしまいそうになるが、ロバーツ隊長が受けた大怪我と比較すれば、こんなもの屁でもないだろう。

 

 ……私は、敗北した。

 今こうして無様に地へと這い蹲っているのが、何よりの証拠だった。

 ……分かっていた、こうなることは。

 私なんかがロバーツ隊長に勝てるわけないって。でも、それでロバーツ隊長の気が晴れるならと戦いに臨み……結局、八つ当たりのように己が内情をぶちまけ、勝手に憤激し、そして大怪我を負わせた。

 なんたる屑の醜態だろう。もはやロバーツ隊長に合わせる顔がない。

 私は未だに地に瞳を伏せたまま、顔を上げられないでいた。

 

 いや、だがそれどころではない。

 ロバーツ隊長は大怪我を負っているのだ。すぐに医務室へ……いや、この時間は恐らく担当医は就寝しているだろう。ならまず向かうべきは担当医の自室で……しかしなんて説明したものか、と私が思考回路をぐるぐる目まぐるしく大回転させていると、目の前で高らかに軍靴の音色が響いた。

 肩が竦み、思わず悲鳴が漏れる。

 顔を緩慢に上げると、そこには血塗れのロバーツ隊長が、儚げな笑みを浮かべていた。

 

「ロバーツ隊長……」

 

 立ち上がり、すぐに手当てを……と思った束の間。

 私がアクションを起こすより早く、隊長は身を屈め私の視線に合わせてきたかと思うと……そのまま優しく、抱きしめてきた。

 まるで陶器にでも触るかのような優しい手つきで。先の一撃とは打って変わって。

 いつもの優しさで私を包み込んで、そして。

 

「馬鹿野郎」

 

 悪戯を叱る父のような、柔らかい声音で私を罵倒してきた。

 ……なんだ、これは。どういうことだと困惑する私に、隊長は更に言葉を続ける。

 

「生まれてきてごめんだ、なんて……そんな哀しい言葉を口にするな。そんな訳ないだろう」

 

「――ッ」

 

 隊長の一言に息が詰まる。

 小さく呟いた涙混じりのあの一言は、どうやら隊長にも聞こえていたらしい。

 

「……だって。事実じゃないですか。私が生まれなければ……お母さんが死ぬこともなかった。隊長が傷つくこともなかった……だから」

 

「ふざけるな。もう一度言ったらまた殴るぞ。いくらウォーライラでも、俺の自慢の部下をそれ以上愚弄する真似は許さない」

 

 ……それって同一人物ではないか、という突っ込みは、きっとしない方がいいのだろう。

 だからといってその本人をぶん殴るという理不尽さが、光狂い(たいちょう)らしいなと思わず口角が歪に吊り上がった。もはや呆れて言葉が出てこない。

 

「そもそもお前の母君が亡くなったのは、その糞親父のせいだろう。断じてお前のせいであるものか。

 あぁ、お前が悪いなんてことはあり得ないんだよ。お前は一切悪くない。

 常識的に考えて、悪いのは全部お前の糞親父……いや、父親扱いされるのもウォーライラにとっては不快か。

 ……そう、その糞野郎のせいなんだよ。お前が気に病むことなんて、一切ないんだ」

 

「…………そ、れ、は……」

 

 確かに、それはその通りだった。

 すべての諸悪の根源はあの糞ったれな父親のせいだ。あいつにすべて、私たちのすべてが壊された。元凶は間違いなくあいつだけど、それでも……

 

「それでも……結局私は塵屑で……何も悪くない隊長に八つ当たりして……大怪我させて……」

 

「いいや、元はと言えばそんな屑を感知できず野放しにしてしまっていた俺たち軍人の責任でもある。本来はそのような悪党、俺たち軍人が裁いてしかるべきだったのだが……よって、どのみちお前が気にすることじゃない。お前が俺に弾劾する権利もある。

 気に病むなよウォーライラ。本当、お前そうやって生真面目に考えすぎるところだけは入隊初日から変わってないよなぁ……」

 

 微笑まし気に、まるで赤子をあやすように私の背中をよしよしと撫でてくる隊長。

 気恥ずかしさを覚えるも不思議と嫌な気はまったくなくて……私は気づけば、隊長の血塗れの胸に自分の顔を押し付けていた。

 熱い雫が、止めどなく溢れてくる。

 

「……隊長。それなら……私は……どうすればよかったんでしょうか……

 私の幸せの象徴であるお母さんはもう、いなくて……でも私は幸せになりたくて……でも、どうやったって生きていくには地獄ばかりで……自分の心すら矛盾だらけで、理解ができない。分かりませんよ、隊長……私、どうしたら……」

 

 嗚咽と共に、今まで封じ込めてきた弱音を余すことなく隊長へぶちまけていく。

 もはや私の虚飾に塗れた心は決壊していた。

 ただ私は、分からない、分からないと稚児のように泣き喚くだけの少女と化していた。

 

 そう、何もわからない。どうしていいかも。何をするのが正解なのかも。

 何も何も分からない。だから進みようがない。この先どうしたらいいのかという展望も分からない。

 だって私の幸せはお母さんただ一つで、それを失ってしまったら、何を希望に生きていけばいいのかずっと分からなくて……だからこそ、私はずっと足掻いて、藻掻いて、血反吐を吐いてここまで進んできたけど……

 もう、分からないよ隊長。

 そんな、困惑必至の私の泣き言に、隊長は。

 

「決まってるだろう、ウォーライラ。どうしたらよかったのか……お前が、やるべきだったのはな――」

 

 隊長は一際強く私の身体を抱きしめ、簡単なことだと告げるように――

 

 

()()()()()()()()()()()()。俺たちは独りでは生きていけない。困ったときに助けてくれと叫べるのが、人間の強さだ。弱さなんかじゃ断じてない。

 ウォーライラ。お前は独りに慣れすぎていたんだ。母君との絆を重んじたゆえの選択だったのだろうが……別に心を開け、信頼しろと言っているわけではないんだぞ?

 お前はきっと母君以外の人間を心の底から信頼するということをしたくないのだろう。それでも構わない。お前はただ、『助けてくれ』と叫ぶだけでよかったんだ。

 そうしたらほら、お前の今目の前にいる大馬鹿とかが、あとは勝手に力添えするだけだからさ。

 お前は独りなんかじゃない、ウォーライラ。だがそれでも……ここまで独りで、よく頑張り続けたな。俺は、お前のその強さに敬意を表する」

 

「…………隊長……う、ぁ……」

 

 ――もはや、私は隊長の言葉の数々を否定する気になどなれなかった。

 隊長の温かい言葉がただ嬉しくて。無防備に心に沁みこんできて。

 心の闇を払うかの如く、ただ熱く爽やかな涙が、頬を伝って流れていく。

 

「ていうかお前、いつも肩肘張りすぎなんだよ。糞真面目過ぎるというかなんというか……自分を自己中の塵屑とか言ってるワリにきちんとこっちの気持ち汲んで忖度したりさ……本当にいい子だよ、お前は。母君の教育の賜物だな。

 でもな、ウォーライラ。生きることってのは、もう少し簡単なものでいいんだよ。少しくらい手を抜いて適当にやったって怒られはしないさ

 だから。さぁ、口に出してみろ。お前の、本当の、真実(ホンネ)を」

 

「……私、の。私の本音は……」

 

 ずっと心に閉じ込めてきた本当の本音。

 自分が弱いのなんて誰よりも分かっていて。そんな自分が誰よりも嫌いで。

 だからせめてお母さんとの絆と思い出だけは必死に抱えて守り抜こうと、独りでボロボロになりながらここまで歩いてきて。

 擦り切れながら愚痴を垂れて。それでもどこにも幸せなんて転がってなくて。

 もう何が何だか分からなくて。

 自分の生きる意味さえ不透明になって。

 その度に自分が嫌いになって。過去に押しつぶされそうになって。

 いつの日か、本当に自分が吐き出したかった本音(よわね)すらも忘れて……

 

 

 その忘却の彼方に追いやった想いを、今、この人に。

 私の、英雄に。

 

 震える唇を、きつく締めて。

 お腹の奥に、ぎゅっと力を籠めて。

 自分の(よわさ)に、正直になって。

 でも、流れる涙は、そのままに。

 

「隊長……私……もう、どうしたらいいか分からないから……だから……

()()()()()()()()

 

 

 もう、小賢しいことを考えるのはやめだ。

 私は本音をぶちまける。

 

私を地獄から救い出してほしい。そして、私の幸せを見つける手伝いをしてほしいと、心の底から打ち明けた。

 

 なんで、どうして――そんな自問自答は、矛盾だらけの問答は、もはやどこにもありはしない。

 

 私は、()()()()()()()()()()

 そして私は、この人になら自分の運命を託せるかもしれないと思った。

 母以外に心を許すことがなかった私が、ついに己の運命と邂逅したのだ。

 

 私はずっと、隊長のような……孤独の闇に溺死しかけているリディア・ウォーライラという独りぼっちの少女を救済してくれる、私だけの英雄を求めていた。

 

 そう、助けてほしかったんだ。

 もう一人じゃ行き詰まり、どうしようもなくて、何をしたらいいのかも分からない闇の渦中。誰か私を太陽の下に連れ出して……と。

 願いながらも、誰にも心を許すことができなくて。

 

 でも、ロバーツ隊長は、そんな私の閉ざされていた心を強引に、けれどどこまでも優しくブチ破ってきて……

 そんな光に満ちた満面の笑みで、お前を助けたいなんて言われたら……

 

 私……もう……我慢できないよ。

 ねぇ、お母さん……

 

 

 

「リディア」

 

 

 その時、私は確かに、闇の中から澄んだ母の声を聴いた。

 私が長くに渡り幽閉されていた地獄の最中、そこでハッとして振り返る。

 そこには、ロバーツ隊長と同様、眩しすぎるくらいの優しくて温かい笑みを浮かべた母がいて……

 

 

「ありがとう。行きなさい、貴女の幸せは、そこにあるわ」

 

 私の背中を、とん、と……優しく、押し出してくれた。

 瞬間、地獄に差し込む陽の光。

 涙に暮れる顔をそのままに、瞳を光へ見上げてみれば――

 

  

「――もちろんだ。お前の幸せを見つける手伝いを、俺にさせてくれ。一緒に考えていこう、ウォーライラ」

 

 ようやく吐き出せた鉛のように重い万感の想いごと、私の運命(アルヴィン・ロバーツ)は私のすべてを抱きしめてくれた。

 そして――

 

「もう二度と、自分の生誕を呪うようなことは口にするなよ。

俺はお前に出会えたことを心から感謝しているよ。

 生まれてきてくれてありがとう、ウォーライラ」

 

 ――いつの日か母がくれた愛の言葉で、私の心を温めたのだった。

 

 涙が溢れる。止まらない。

 生まれたての赤子のように泣きじゃくる私を、隊長はいつまでも優しく温かく、その大きな身体で抱きしめてくれていた。

 

 いつまでも……そう、いつまでも……

 私の涙が枯れ果てるまで……いつまでも――――

 

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