シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
隊長との決闘から一週間。私はいつになく平穏な日常を過ごしていた。
私のせいで大怪我を負ってしまった隊長であったが、
その後、私と隊長は今後のことを話し合った。今後のこと、というのは無論、私が軍をやめたあとに関してのことだ。
そもそも軍を抜けられるのかという疑問もあるが、その点に関しては隊長が幅を利かせてくれるらしいので大丈夫とのこと。仮に反発が出たとしても、必ずお前の未来は守ってやる、なんて優しすぎる言葉と共に、隊長は夜空の星々のような笑みを浮かべていた。
ひとまず隊長からの提案としては、帝都に向かうのがいいだろうというものだった。
なんでも、帝都のとあるレストランのオーナーが隊長の元同僚らしく、ある程度は顔が利くとのことで、いざとなればそこで働けばいいということだ。
早速隊長がコンタクトを取ってくれたところ、その店のオーナー……
……すべては順調だ。ロバーツ隊長の温かな支援により、私は地獄から抜け出し、己が幸せを掴む一歩手前まで来ている。
本当に私なんかを救ってくれたロバーツ隊長には尽きぬ恩を感じている……のではあるが。
「ウォーライラ少佐、考え事ですか? 俺なんて片手間程度に捻じ伏せられると? はは、上等ですよ、その余裕、完膚なきまでに叩き潰してやりますからッ! そんで俺が勝った時にはおっぱい揉ませてください!!」
と、その時。
前方から小うるさく響く調子づいた声色が、物思いに耽っていた私の意識を強制的に現実へと引き戻す。
飛んできた声へと視線を向ければ、そこには悪戯っ子のような笑みを浮かべたアンドレくんがこちらへと剣先を振りかぶってきていた。
……確かに意識を余所に割いていた私はアンドレくんに対し失礼を働いたことになるだろうから、その点に関しての叱責は甘んじて受け入れるがだからといって何故それがイコールとして私の胸を揉むことに繋がるのだろうか。訳が分からない。下半身と脳みそが直結しているのだろうか?
できることならその直通回路をぶった切ってやりたいところだがきっとこの子の助平根性は死んでも治らないのだろうなぁ、と悟った私は意識を戦いへと再集中し、そして。
「おお、ぉぉお、うぉおおぉォォッ!?」
アンドレくんの剣戟の一切を無力化し、反撃の刃を叩きこんでいた。
突然の一転攻勢に驚愕の表情を浮かべるアンドレくん。まさかこのまま自分は勝てるとでも思ってしまったのだろうか? ぬか喜びさせてしまってごめんなさい、私は確かに若輩の身だが、それでも君のようなお猿さんに負けて卑しい凌辱を受けてしまうほど人として終わっちゃいないので。
守勢に入った彼に一切の攻めの隙を与えないため、私は間髪入れずに神速怒涛の勢いで剣突を繰り返す。
アンドレくんはなんとか対応しているものの、先までの下心全開な余裕は雲散霧消し、その表情には焦燥のみが浮き彫りになっていた。
「どうしましたアンドレくん、私の胸を揉むと息巻いていた余裕はどこにいきましたか?
そんな調子じゃ私の胸を揉むどころか、触ることすらままなりませんよ。ほら、悔しければ反撃の一太刀でも浴びせてみたらどうですか。
ほら、ほらほらほらッ」
「ひ、ひいいぃぃっ!? ちょ、ウォーライラ少佐、すみませっ……! あ、謝りますからどうかお慈悲をぉぉッ……!」
「そんな、慈悲だなんて……つれないこと言わないでくださいよアンドレくん。せっかく私がちょっと本気になってあげようって言ってるんですから、最後まで付き合ってくださいッ!」
「ぎゃあああぁぁ!? こ、殺されっ……誰か助けてくれえええぇぇっ!!」
阿呆か、自業自得だ。周りを見てみろ、誰一人として貴方に同情していない……どころか皆一様に冷めた視線を向けていることに何故気付かない。
ここまで能天気が過ぎるのも才能と言えば才能なのだろうが、軍人としてはどうなのかと多々感じてしまうので、とりあえず今はお灸を据えておこう。何より皆もそれを強く望んでいるだろうから。
私の連撃の嵐に耐え切れずに尻もちをついたアンドレくんににじり寄りながら、さて今度はどんな締め技を披露してやろうかと指の骨をバキボキと威勢よく鳴らした、その瞬間。
「みんな、訓練お疲れ様だ。そんな頑張る若人たちに差し入れ持ってきたぞー……っと。あぁ、悪いジュード、机出してもらっていいか?」
鬼気迫る私とは対照的な、なんとも気の抜けた朗らかな声が訓練場に響き渡った。
誰が来たかなど、もはや言うまでもないだろう。
瞬圧山羊隊長・アルヴィン・ロバーツの登場だ。
彼は何故か大きな寸胴を両手に持ちながらジュードくんに机を出させていた。
……なんだあれは。何を持ってきたのだろう。ていうか気のせいだろうか、何か煮込み料理のようないい匂いが……
「ほい、というわけで差し入れだ。みんな、ビーフストロガノフは好きか? おっさんの手料理で恐縮だが、よければ食べてやってくれ。訓練後の身体には染みわたると思うぞ」
「……は!? び、ビーフストロガノフって隊長、そんな手間のかかりまくる料理……」
「ま、マジっすか!? 隊長の手料理!? え、お、俺たちなんかが食っていいんすか!?」
「そのために作ったんだから、逆に食ってもらわないと困るぞ。いや、勿論無理に食うことはないんだが……」
「い、いや食べます! 食べさせてください!」
「やったぁ、隊長の手料理だ……!」
私が驚愕、というか若干引いている間に、新兵のみんなは群がるようにロバーツ隊長の周りを取り囲んでしまっていた。
先ほど私の反応を見れば分かると思うが、ビーフストロガノフはかなり手間のかかる料理だ。作り方も人それぞれなので時短に作れるやり方もないこともないのだが、何が面倒くさいってとにかく作業工程が多いという点に尽きる。
しかも煮込む時間もそれなりを要するのでオフの日でなければ作ろうなんて気にならない、手間のかかる料理の代表格とも言えた。
それをわざわざ訓練終わりの新兵のみんなのために。隊長だって暇じゃないだろうに、貴重な時間を割いて……そして、みんなに囲まれてあんな嬉しそうな顔を浮かべて……あぁ、もう本当にあの人は。
「……敵わないなぁ」
だから私はあの人に自分の運命を託すと決めたのだと、口元に微笑を浮かべて呟いた。
「……へへ、ウォーライラ少佐、顔ニヤけてますよ。ロバーツ隊長のことそんなに好きっすか?」
「……アンドレくん、本当に君の精神の図太さには感服しますよ。それに敬意を払ってきっちりとしっかりと息の根を止めてあげるので覚悟してください。
あぁ、絞め技の種類は選ばせてあげますのでお好きなものをどうぞ、どちらにせよ殺すので」
「本当に冗談通じないっすねウォーライラ少佐!? あ、でもせっかくなんでおっぱいが顔に当たる技とかあれば――」
「分かりました、パイルドライバーですね。脳漿ぶちまけて死んでください」
「寝技ですらなくなったんですけど!? あ、いやでもそれ顔が少佐の太ももに挟まるから悪くないかも――って待って待って待ってくださいマジでやるんですかちょっとストップやめて少佐ァ!! ていうかお前らも笑ってないで助けろよ馬鹿野郎ォォオォッ!!」
一番の馬鹿野郎はアンドレくん、お前だよ。私は蛆虫を見るような視線を注ぎながら哀れな抵抗を続ける新兵を脳天から地面へと叩き落した。
次の瞬間、轟く世紀の大絶叫。その一連の光景を見ていた他の新兵のみんなは割れんばかりの拍手を私に送りながら、腹を抱えて笑い出した。
ロバーツ隊長も呆れながらも「二人も早くこっち来いよ、冷めちまうぞ」と手招きをする。
平穏な時間は過ぎていく。何一つ、不自由のないままに。怖いくらいに、当たり前に。
満たされているはずなのに、何故か違和感がこびりつく、モヤつく私の心だけを置き去りにしながら……
……
………
…………
時刻は回り、深夜。日課の自主鍛錬を終えた私はタオルで汗を拭きながら、軍舎の吹き抜けの廊下を静かに歩いていた。
耳を揺さぶる昆虫たちの大合唱。優しく輝く
急速に全身がリラックスしていくに反比例し、しかしやはりというか、私の心は何故か未だに濁っていた。
何故だ? 理由も、自分ではまったく見当がつかない。
だってそうだろう。今の私には何も不安になる要因が一つもない。
ロバーツ隊長は、私を地獄から救い出し、陽の差す場所へと連れ出してくれた。
軍を抜けた後の生活に不安がないと言えば嘘になるが、今までの自縄自縛の地獄に囚われることはもうないはずだ。何故なら私には、ロバーツ隊長がいる。何か困った局面に遭遇してしまったら、遠慮なくロバーツ隊長に頼ればいい。その時はきっと、あの人も嫌な顔一つせずに……どころか、きっと嬉々としながら、また私に手を差し伸べてくれるのだろう。
本当に、ロバーツ隊長に出会えてよかった。あの人に出会わなければ、私の人生は永久に地獄に幽閉されたままだっただろうから。
だからこれでいいのだと、私の未来はこれからであり、何も心配する必要ないはずなのに。
この、喉に小骨が刺さったような拭いきれない違和感の正体は何なのだろう?
私は、この期に及んでまだ何かを望んでいるのか? そんな馬鹿な、これ以上望むなど贅沢……罰当たりもいいところだ。
だからきっとこの違和感の正体は私の思い過ごし。多分私お得意のネガティブ思考が威勢よく働いているだけで……
何もないんだ、きっと。私は今、十分に満たされている。
そう自分に言い聞かせながら廊下を渡り終えようとしたとき……視界の隅に、見覚えのある人影を映した。
「……隊長」
今しがた頭の中にいたロバーツ隊長が、中庭で黄昏ながら夜空を見上げていた。
後ろ姿なので表情を伺うことはできないが、どことなく形容しがたい
隊長がこんな場所にいるなんて珍しい。しかも夜空を見上げて黄昏ているなんて。
このまま通り過ぎてしまうのもなんだかもったいないと思った私の足は、自然と動き出していた。
月下に揺れる隊長の銀髪。特別な手入れをしているわけでもないだろうに、何故ここまで魅力的な輝きを醸すことができるのだろう。妙に色っぽいというか、惹かれるというか……
私の雑草を踏む足音に気づいたのだろう。隊長はゆっくりとこちらを振り返ってきた。
浮かべていた表情は――もの哀しさに満ちていた。
いや、表情自体は真顔に近かったのだが、夜空の下で揺れる瞳に、どこか哀愁が宿っている。
まるで、何かに満たされなくて不満足である……とでもいうかのように。
しかし、それも一瞬のこと。私の姿を瞳に捉えた隊長は、すぐさまいつもの爽やかな笑みを浮かべた。
「ウォーライラか。いつもの鍛錬か? 本当に偉いなお前は。訓練後の夜風は冷えるだろう、風邪をひかないように気を付けろよ」
「ご心配ありがとうございます。でもそれは隊長もですよ。
どうしたんですか、こんなところでぼーっと夜空なんか見上げて。隊長にしては珍しいですね」
「ん、あぁ……まぁ、な。ちょっと考え事をしていた」
「考え事?」
こんなところにいること自体が珍しいと思っていたが、まさか物思いに耽っていたとは余計珍しい。
隊長が仕事中以外で物思いに耽っているところなど見たことがない。
光狂いの質なのか知らないが、基本的に隊長はうじうじと悩み思い詰めるようなことはせず、決断も思いきりがよく且つ迅速だ。
仕事中に判断に悩む選択を迫られた時も思考時間はとても短い。それだけ頭の回転が早く、悩む時間を無駄と切り捨てているのだろう。仮に悩んだとしてもすぐさま私や部下の子に意見を求めたり、助けを請うことを厭わない人である。
そんな隊長が物思いに耽るとは、よほど甚大な悩み事なのだろうか。
深刻な表情で覗き見る私の視線に気づいたのか、隊長は苦笑いを浮かべながら手を振ってきた。
「そんな難しい顔をするなウォーライラ。別にそんな深刻なことを考えていたわけじゃない。
……まぁ、ちょっとした悩みというかな。大したことじゃないんだがな、そのことで自問自答をしていた」
だから気にするな、とでも言うかのように曖昧な笑みを溢しながら再び視線を夜空に向ける隊長。
いやいや、何だよその反応。そこまで言って悩みのタネは言わないのか。
というかその釈然としない表情、どう考えても大したことないわけないだろう。
「その悩みって何ですか? 私なんかでよければ聞かせてください」
「いや、本当に大したことじゃないんだ。言ったらきっと阿呆臭いと鼻で笑われる、だから……」
「い、い、か、ら。話してください」
「……ったく。遠慮なくなってきたなぁ、お前。まぁ嬉しいことだけどさ」
そりゃあそうだろう。私だけ内情全部吐かせておいて自分だけだんまりを決め込むなんて反則、許されるわけない。
何より、恩人である隊長が何か悩み事に喘いでいるなら、助けたいと思うのは道理だろう。
……本当、ちょっと前の自己中な私からは想像が付かない発想だけど。
でもまぁ、いいだろう。できるだけ、自分の気持ちにはもう正直でありたいと、あの瞬間に誓ったのだから。
私の圧力に観念したのか、隊長はその月下に煌めく銀髪をかき上げながら、静かに開口し始めた。
「……本当に聞いて呆れると思うんだがな。
……笑えるだろう? こんな曖昧な悩み……
というか、それ以前に……俺は、こんなにも満たされているのにな。
軍人として、民の笑顔を守ることを旨として働けて……仲間にも恵まれて、何不自由一つないはずなのに……」
吐き出された悩みの種、苦悩の言葉は、意外なことに私が今現在抱えているものとまったく同じものだった。
隊長も……こんな風に、正体不明の心のモヤモヤに四苦八苦することがあるのか。
とても意外だった。隊長はいつも真っすぐで、迷いがなくて……だから私のような半端者同様、そんな曖昧なことで一喜一憂する感性を持っていたんだなと、失礼ながらも驚きを隠せなかった。
だが悩みを聞くといった手前、驚いている場合ではない。では、その隊長の悩みの種が何かを明かす必要があるが、やはり情報量が少なすぎて如何ともし難い。
「……それって、どこから来る悩みとかも分からないんですか? 仕事のこととか、自分の将来のこととか……」
「仕事のことではないと思う。それなら今頃、俺なら悩むより動いているはずだからな」
「それは、まぁ、そうですね。となると、プライベート……隊長自身に関することでしょうか。人間関係とか」
「今現在人間関係で悩んでいるということもないな。
……あー、まぁ強いて言うならアレだよ。アンドレのセクハラ癖、あれ本当どうにかしたいよなぁ。彼女できないぞあれだと」
「あれは、まぁ……病気みたいなものなんでどうしようもないかと」
むしろあれが彼のアイデンティティみたいなところもあるし。馬鹿につける薬はないとはよく言ったものだが、むしろ彼はあのままでいい気がする。なんだかんだで事の善悪を判断できるいい子だし。
他に考え得る可能性……あ、そうだ。
「あれじゃないですか。結婚を焦っているとか」
「結婚…………って、俺がか?」
「あなた以外に誰がいますか」
「……結婚か。考えたこともなかったな……いや、でもまぁそうか、結婚……
言われてみれば確かに親父とお袋に孫の顔を見せてやりたいとは思うが……うん、なんかこれな気がしてきたぞ……
しかし結婚! 結婚かぁ! こんな仕事馬鹿で冴えない男を貰ってくれる女人なんているのか……!?」
言いながら隊長は先ほど以上に頭を抱えて悶絶し始めた。
いや、何もそこまで深刻がる必要などないだろう。ていうか隊長レベルの男性なら引く手数多だろうに。
現に部下の女の子たちからは絶大な人気を誇っているし、街中を歩いているだけで女性から好奇の視線を向けられているし、まさかこの人自分がどれだけモテているか知らないのか?
……まぁ、自分に驚くほど頓着がない人だからな。見た目と中身がよくても、自分への好意に対してまったくの鈍感である限り、きっとこの人は一生独り身なのだろうなぁ、勿体ないなぁ、と私はため息をついた。
「……今思えばアドラーの部隊長、恋をしていないのは俺だけじゃないか?
ジェイスは言わずもがな結婚済み、朧はコールレイン元少佐にゾッコン、漣は閣下を未だに慕っている。ヴィクトリアもハートヴェインといい感じだと専らの噂だ。
……うおおぉ、そう考えると確かに俺だけ枯れているな!? いやしかし急に想い人を見つけろと言われても今まで考えたこともなかったからなぁ……! ウォーライラ、俺はどうすればいい!?」
「いや、どうすればいいと言われましてもね……とりあえず、恋なんて狙ってできるものじゃありませんから、想い人が見つかるその時までどっしりと構えてればいいんじゃないですか。焦る必要ありませんよ」
「あ、あぁ……そうか。そうだよな、恋愛なんて無理にするものじゃない、お前の言う通りだウォーライラ! 俺は今まで通りにしていれば何も――」
「あぁ、でもまぁ……隊長の年齢で結婚を考えるなら、確かにちょっと焦った方が正解かもしれませんね……」
「……マジかよ。駄目だ、これっぽっちも焦る気持ちがない」
凄い。隊長がかつてないほどに眉間に深く皺を刻んでいる。
隊長の中ではよほど深刻な問題に直面したらしい。
とりあえず隊長の中のモヤモヤはこれで払拭された……のかな?
根元まで解決とまではいかなかったが、種を暴けただけでも上等だろう。あとはまぁ、隊長個人の問題だ。そこは隊長に頑張ってもらうとしよう。
……でも、隊長の奥さんになれる人、羨ましいな。こんな素敵な人、早々にいないと思うから。
将来、隊長の隣に並ぶ女性はどんな人だろう……きっと、私と違って、素直で明るくて、帝国の未来のことを考えていて……って、あれ……?
なんで、私今……隊長の奥さんのことを想像して……胸が、痛んだんだろう?
ていうか、羨ましいって、これじゃまるで私が隊長の奥さんになりたいみたいじゃ――
「……ウォーライラ? どうした、顔赤いぞ」
「っ……!」
「やっぱり夜風で冷えたんじゃないか? 上着貸そうか? それとももう部屋に――」
「へっ、部屋に戻りますっ! と、とにかく問題の種が見つかってよかったです! 素敵な人見つかるといいですね、それじゃあ私はこれでっ! 隊長、おやすみなさいっ」
「え? あ、あぁ、お休み……風邪ひくなよー?」
真っ赤に染まる顔を夜の闇の中に隠しながら、私は足早にその場を後にした。
隊長の柔らかい声色を背中に受けながら……自分の気持ちを、何度も
思考することを拒絶するように、私はそのままベッドに潜り込み眠りに落ちるのだった。
…
……
………
「……結婚、か。悪いな、ウォーライラ。きっと、それは見当違いだ」
リディアが去った後。アルヴィンは先までの明るい表情を霧散させ、再びその顔面に
そして彼が発言した通り、アルヴィンの悩みの種は未だ闇の中、深い霧の奥に紛れている。
リディアの「結婚への焦りではないか」という指摘……なるほど、確かに面白い角度からの解釈ではあったが、確実にそれではないという確信があった。
というのもアルヴィンが今現在抱えている悩みというのは、もっと
いわば、自身のアイデンティティ。生きる理由、その指標。
そこへ、何か異物のようなものが入り込み、アルヴィンは形容しがたい不快感を覚えていた。
時たま感じる空虚感。これは一体何なのだ? 俺が空虚さを覚えるなどあり得ない。だって俺は今幸せだろう? 満ち足りているだろう? これ以上何を望むというのだ? 今以上の幸せがどこにある?
……まさか、俺は。俺はまだ、
だとしたら、何を今更。くだらない。仮に満たされていない理由がそれなのだとしたら、論じる価値などありはしない。迷いなく切り捨てることができると断言できる。
……あぁ。お前は本当に。まだ、そんなものに縋って生きようというのか?
「……
泥の如く重く吐き出された言葉は、夜空の星々へと吸い込まれていった。
アルヴィンの心中を知る者はいない。本人さえ、知ることはない。
未だ
――それが、