シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
「凄いなロバーツ、クラスで
――知っていた。
「主席、ギルベルト・ハーヴェス。
――知っていた。
「ごめん、アルヴィン……実は、その……私、本当に一番好きだった人は別にいるの。貴方は
――知っていた。
知っていた。知っていた。あれもこれもそれも、すべて全て総て……知っていたとも。
分かっていたとも。俺は……アルヴィン・ロバーツという男は、未来永劫一番星に輝けない二番煎じだということなど。
俺が一番、痛いほどに分かっている。
……
………
…………
俺が生を受けた一家――ロバーツ家は、代々軍人を輩出する由緒ある貴族の家系だった。
貴族の家系と聞けば、一昔前ならばいいイメージは沸かなかっただろう。
理由は明白。ある時期まで血統派が
無論すべての貴族家系がそうであったかと言われると首を縦には振れないが、おおよその貴族たちは血統派に属していたに違いない。何故なら単純にそちらの方が自分たちの利になったからだ。
より楽をして甘い蜜を啜れる。そのことに関しての是非を問うことはしないが、そのために他者を蹴落とし、踏み躙り、悪事に手を染めることになんら躊躇しない悪鬼外道共……それが当時の貴族たちへのイメージだろう。
しかし、当然だがそんな血統派を良しとしない者らも多数いた。後に改革派と呼ばれる派閥である。
そしてロバーツ家は、その改革派に属していた希少な貴族家系であった。
曰く、「血の先天性で人の優劣を決めるなど痴愚の所業。人の輝きは個それぞれにあるものなのだから貴種に非ねば人に非ず、などという腐った固定概念は切り伏せねばならぬ」と。
俺が心から尊敬する父が、よく口にしていた。
父は、誇り高く気高い軍人であった。
悪を嫌い、誠実を尊び、誰にでも優しく、そして何より……帝国の民の笑顔の為に戦場を駆け抜けていた、俺の自慢の父だった。
俺は、ロバーツ家に生まれてきたことが誇りだった。
こんなに尊い志を持った一家の長男として生を受けたこと、感激の極みという他なく、その偉大な
理由は勿論、決まっていた。
このアドラーに、光と笑顔を齎したいから。すべての国民に、笑って
そうしてアルヴィン・ロバーツは、導かれるようにして軍人への道へと足を踏み入れた。
…
……
………
軍人を目指し切磋琢磨する俺の日々は、常に多幸感と向上心に満ちていた。
有難いことに才能に恵まれていた。努力することも苦でなかった。
神から……否、ロバーツ家の血が与えてくれたこの才能と、不断の努力があればどこまでも突き進んでいける。
俺は、アドラーを守る戦士になれる。その事実だけで心が躍り、俺はただ愚直なまでに研鑽を重ね、様々な経験と知識を己が五体に叩き込んだ。
そして士官学校を卒業するまでに、俺は未熟者ながらも立派な軍人へと成長することができたのだった。
だが、しかし……
「主席、ギルベルト・ハーヴェス。
――ここでもか。というのが俺の感想だった。
いや、勿論次席に選ばれたことは光栄でありとても嬉しかった。
こんな凄い連中が集まる中で、二番目に成績が良かったと認められた事実。自分なんかが本当にいいのだろうかという照れ臭さと、尊敬する親父へ一歩近づけたという喜びが胸の奥がいっぱいになった感覚を、俺は生涯忘れはしないだろう。
だが、
そう。俺は何故か、生まれてこの方、一番になるという経験をしたことがなかった。
幼少期に通っていた学び舎でも成績はいつも二番目。必ず俺より優秀な成績を叩きだす奴が同じ教室に必ずいた。
無論負けじと俺も努力を重ねたが……結局その学び舎を卒業するまで、俺は“一番”になることはできなかった。
ずっと、深く刻まれたように“二番”の称号を与えられ続けてきたのだ。
だからこの士官学校では今度こそ……と負けん気根性を燃やしていたのだが。
ここでも駄目だったか、と、不謹慎ながら俺は肩を落としていた。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、主席に選ばれたハーヴェスは、爽やかで……しかしどこか影のある儚げな笑みを浮かべながら、こちらへ手を差し出してきた。
「ロバーツ殿。貴君のような志高き男児とこうして肩を並べられる事実、心から嬉しく思う。軍に配属された後も仲良くしてもらえると光栄だ。共に、アドラーを光で満たしていこう」
「……あぁ。こちらこそ、ハーヴェス。お前みたいな傑物と、俺なんかが肩を並べていいものかと恐縮するばかりだが……これからも戦友としてよろしく頼む。お前からは多くを学んだ。これからもその背中を追いかけさせてくれ」
互いに大志を抱き、俺たちは熱い拍手を交わした。
……あぁ、そうさ。そうだろう、アルヴィン・ロバーツ。
大事なのは一番とか二番とか、そんな数字的な冠じゃない。アドラーを守り、繁栄させ、民を幸せに導くということ。それが俺たちの……きっと軍人を志望してきた皆の悲願なのだ。
そこを違えて如何とするんだ。自身が冠する冠など、何の意味も持ちやしない。
そう自分に言い聞かせ、改めて熱く胎動する自身の心臓の音を感じながら……この日から俺は、アドラー軍人になったのだった。
…
……
………
「――というわけで、だ。アルヴィン君、君は第二西部駐屯部隊・
「……西部駐屯部隊、そして……大尉、ですか」
何がというわけで、だ。
眼前の上官の発言に、俺は
これは士官学校で学んだこと……というか軍人でなくともこれくらいは常識なのだが、アドラーにおいて西部と南部は最も治安がいいとされる地域だ。
完全無欠の安全地帯、というわけでもないのだが、やはり最前線の東部、カンタベリー聖教皇国付近の北部と比べればなんてことはない。
南部部隊と西部部隊は、血統派の貴族たちがよく配属になる部隊なのだ。
理由はもはや語らなくとも明白だろう。安全な場所から功績を挙げ、名前を上げやすく……利益を我が物にしやすいからだ。
俺も血統派否定の一族とはいえ、貴族の出自。しかも父親が現役で第九北部制圧部隊・
しかも、大尉階級だと? ふざけるな。普通はよほどでなければ少尉階級からスタートを切るはずだ。
それを、貴族の血筋というだけで飛び級だと? なんだそれは、どこまでふざけている。
父が口を酸っぱくアドラーの血統派たちは腐っていると嘆きの言葉を漏らしていたが、目の当たりにしてよく分かった。
こいつらは恥知らずだ。軍人を何だと思っている。
目の前のこの上官も……なるほど、血筋だけの成り上がりというのがよく分かる。
何故なら、軍人らしい身体ではないからだ。筋肉がまるで発達していない。これならば士官学校に所属していた後輩たちの方がよほど立派な体躯をしていた。
しかも、何だそのふんぞり返ったような人を見下した態度は。
貴様はすべての部下や仲間たちにそんな舐めた態度を取っているのか?
そして当然のように貴族は優遇扱い。それ以外は東部戦線送りで、国の為に散るがいい、と?
――ふざけるな。こいつはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むのか。
まさかこいつは、俺がお前ら血統派と同じだとでも言いたいのだろうか?
そんな訳ないだろう。こちらがどういう思いでこの場所に立っているか、貴様のような恥知らずには永劫分かるまい。
怒りが臨界突破を迎えた俺は、毅然とした態度で上官を睨みつけながら、反論の言葉を口から吐いた。
「お言葉ですが少将殿。私は確かにロバーツ家出身ですが特別扱いしてくださらなくて結構です。大尉の身分も今の自分には相応しくありません。皆と同じように少尉から始めさせてください」
「……な、何?」
「そして、第二西部駐屯部隊へ配属とのことですが……お断りさせていただきます。自分は、東部への配属を希望いたします」
俺の言葉を受け、鳩が豆鉄砲を食ったような愕然とした表情を浮かべる上官。
こいつは正気か? とでも言いたげな表情だが、あぁ、無論こちらは正気も正気。
安全地帯で気ままに気楽に功績を挙げたい……そう思うことは決して悪じゃない。そういった考えもあるのだろう、と思うが、悪いな俺はそうじゃない。
帝国の為に、この鍛えた力を振るいたいんだ。民に笑顔を齎すために、本気で戦い、戦場を駆けたい。
その為には、やはり東部へ赴くのが一番分かりやすく、そして国の為にもなるだろう。
きっと東部では沢山の戦死者が出ている。人手不足に喘いでいるのは想像に難くない。
ならば、そこに手を貸すのが俺の役目だろう。それがアドラーの益になるなら、あとはもはや語るに及ばず、だ。
「し、しかしだ。君の実力ならわざわざ危険な東部に行かずとも安全な場所から功績を――」
「私が軍人を志したのは地位や名誉の為ではありません。アドラーすべての民の笑顔の為……それだけです。ですから
異論は何かありますか?」
「…………言っても聞かんだろうに。分かった、訂正しよう。
アルヴィン・ロバーツ君。君の配属は今日から、第六東部制圧部隊・
「ありがとうございます。これより我が身は帝国の剣。そのすべてをアドラーに捧ぐと誓います」
「はいはい、分かったから。もう行ってくれたまえ……ったく、これだからロバーツの人間は……」
上官の小言を真っ向無視し、俺は背中を向けて部屋を後にした。
そして、扉を開けたそこには、見覚えのある男の影が。
「……ハーヴェス」
「貴君なら必ずそう言ってくれると信じていたとも。我々の配属は、
薄く微笑みながら語りかけてくるハーヴェス。その一言で、こいつも上官の提案をつっぱねて東部戦線への配属を希望したのだと俺は理解した。
それは、なんとも心強い。いや、こいつの気性からしてみれば確かにその行動は納得だ。
俺も口端に笑みを携えながら、ハーヴェスの瞳を真っすぐに見つめて。
「あぁ。こちらこそだ、ハーヴェス少尉」
こうして俺、アルヴィン・ロバーツは東部に配属となり……そして、運命の邂逅をすることになるのであった。
…
……
………
「――クリストファー・ヴァルゼライド?」
「あぁ。東部に配属になったのならきっと会えるだろう。
彼は凄まじい……俺も長いこと軍人をやっているが、あそこまで苛烈な男は見たことがない。まさしく、英雄の器に相応しいと言えるだろう」
東部配属が決まった夜。俺は報告がてら親父と会い、酒場で杯を共にしていた。
最初はいつもの如く血統派への不満やら愚痴を互いにぶちまけていたのだが、俺の東部戦線配属の話を聞いて、突如親父がその男の名を口にしたのだ。
しかし、あの親父をしてそこまで言わせるとは。
よほどの男なのだろう。是非会ったときには友誼を結べたらいいな……などと、ある種軽い考えで邂逅の時を迎えた俺は、衝撃を受けていた。
――なんだ、この男は。
なんという、鋼の如き輝きか。
語らずとも、その魂の煌めきを俺は一目で体感した。
その時は漠然とした所感だったが、友誼を結び、語り合い、共に戦場を駆けていくうちに確固として理解できていくものがあった。
この人は、天頂に輝く星だ……と。そう、一番星。
俺がある意味、この世で憧れている称号を、この人は持っている。
まさに、英雄という器に相応しい。
悪を絶対に許さぬその強靭な意思。限界突破を具現するような努力と研鑽。国を憂い、慮るその愛国心。
すべて、どれを取っても規格外。
……憧れるな、という方が無理な相談だった。
俺はヴァルゼライド殿を心の底から尊敬し、共に戦場を駆け抜け、国の為に戦っているという事実が嬉しかった。
ヴァルゼライド殿だけじゃない。
ハーヴェスにアルバート。俺たちの後輩として入隊してきたジェイスも――最初は手の付けられない暴れ馬だったが、やがて丸くなったという経歴を持つ――全員が全員、誇り高き光の使徒だ。
こんな素晴らしい仲間たちと肩を並べて共に戦えるという事実。
生きている、幸せだと、俺は感じていた。
だが、何故だろうか。こんなにも幸せに満ち溢れているのに……
俺の心には、
……それはやはり、俺が皆に比べて劣っているという実感があったからだろう。
ヴァルゼライド殿、ハーヴェス、ジェイス、アルバート……俺は基本的にいつもこの四人と行動を共にしていた。
いつも肩を並べている戦友だからこそ分かる。俺はやはり、ここでも二番煎じだと。
武力や覚悟の熱量において、俺はヴァルゼライド殿とジェイスに勝てなかった。
知略に策謀、指揮系統の能力に関しても、ハーヴェスとアルバートよりも劣っていた。
共に俺は二番煎じ。中途半端。俺はこの四人に勝てるものが何一つなかった。
だが、悲観しているというわけではなかった。
思うところはやはり多々あるが、初志を貫くことを忘れてはならない。
それに劣っているというのであれば、これよりも一層の精進を志し、いずれ真の意味で彼らと肩を並べるに相応しい男になればいいのだ。
そう、目指すべき指標として、彼らの背中を追いかけ続ければいい。結果としてそれが自身を磨く行為になるというのなら、願ってもないことである。
何も迷うことなど有りはしない。
そしてやはりというかなんというか。
東部戦線において目覚ましい功績をあげていた俺たち五人は、いずれ名をあげその名を軍部で知らしめていくことになった。
特に名を馳せたのは、やはりヴァルゼライド殿。次点でハーヴェスだった。
彼らの異常な活躍に、二人はやがてこう呼ばれることとなる。
“化け物”だ、と。
軍部にとっては多大な利益を齎しているのだからその呼び方はどうかとも思ったのだが、まぁ確かに破竹の勢いで功績を積み立てていく様は……そして何よりヴァルゼライド殿の掲げる鋼の心の在りようが、必然として畏怖の対象となったのだろう。
どちらにせよ、俺の誇らしい仲間がどのような形であれ認められたことが誇らしかった。
誇らしく、嬉しいはず、なのに。
心に霧掛かった違和感は、一向に晴れる気配はなかった。
……
………
…………
「なんだ、ニコル、話っていうのは?」
俺の目の前で物憂げな表情を浮かべる茶髪のショートヘアの女性……ニコル・フルーリーは、東部戦線で出会った、初めての恋人であった。
初めはただの戦友だった。だが、話す機会が多くなり、互いに徐々に惹かれていき、そして……愛を交わして、めでたく恋人になったのであった。
そして、恋人になってから数か月後。今こうして俺は突然ニコルに呼び出されていた。
話があるということだったのだが……まぁ、表情から察するに、そういうことだろう。
「ごめんなさい、アルヴィン。私と、別れてほしいの」
震える唇から紡がれた言葉は、どこまでも予想通りのものだった。
予感していたからだろうか。俺の心に
案外冷たい男だったのだな俺は、と心で苦笑する傍ら、俺は一番の疑問をニコルにぶつけた。
「理由を聞かせてもらってもいいか?」
自分で言うのもなんだが、俺とニコルの関係は良好だったはずだ。
互いに国の為に戦いたいという熱い志を持ち、心行くまで語り合い、愛を契った。
だというのに別れたいというのは、きっと俺に何か過失があったということだろう。
分かれるにしても、せめてそのことだけでも謝罪を……と思っていた次の刹那、言いづらそうにニコルの口から吐き出された言葉は、予想外のものだった。
「ごめん、アルヴィン……実は、その……私、本当に一番好きだった人は別にいるの。貴方は
「――――」
背筋が粟立つのを感じた。寒気が全身を襲う。吐き気が一気にこみあげてくる。
よりにもよって、一番聞きたくなかった台詞が、俺の愛する
なんだそれは。俺が二番目だというならば何でお前は俺に告白したんだ。何で俺と恋人になることを選んだんだ。
いいや、じゃあそもそもその一番は誰なのか……などと、噴出する疑問に際限はなかったが、あぁ、今はそれよりも。
――ここでも、なのか。
恋愛というカテゴリーにおいても、俺は二番目だという烙印を押されるのか。
どこに身を置いても二番、二番、二番……これは呪いなのか?
お前は、誰かにとっての一番になど永劫なれないという、神からのメッセージなのだろうか?
あぁ、分かっている。一番や二番など、そんな数字的なものに惑わされるなど愚行だと……自分の中でも結論を出したはずだがしかし、ここまでくると何か運命的なものを感じてしまう。
俺は、永遠に二番煎じをなぞるだけの運命なのだろうか? 俺は、誰かにとっての一番になれないのだろうか……
と、思考がマイナスへと振り切れそうになった瞬間、俺は思考を一旦漂白し、意識を切り替えた。
いいや、きっと考えすぎだ。
そうだ。二番手だからどうだという。だからといって俺の使命と願いは変わらない。アドラーの民に笑顔と平和を齎すこと……大事なのはそこだろう。
絶対的に、俺の順位付けの為じゃない。
だから、ニコルに掛ける言葉は決まっていた。
「……そうか。今まで無理をさせてしまっていたのならすまないな、ニコル。
こんな大したことのない男と愛を語ってくれたこと、本当に感謝に尽きんよ。
お前と恋人でいた時間は、俺にとって得難き宝だ。だから、次はもっといい男を見つけてくれ。幸せになれよ。これからは戦友としてよろしくな、ニコル」
俺の言葉に、ニコルは黙って俯いたままだった。
さすがに俺も思うところはあるが、今口にした言葉は嘘じゃない。
きっとニコルとしては気まずいのだろう。だから言葉が出てこない。
今は一人にしてあげた方がよさそうだな……と、俺は踵を返して軍舎に戻ろうとした、その時。
鏡を叩き割ったような怒声が俺の鼓膜を殴りつけた。
「――アルヴィン! ここにいたのかよ探したぜ……!」
大声が響いた方へ視線を向ければ、そこには肩で息をしているアルバートがいた。
よほど切迫した状況であるのか、顔面は蒼白で眉間に皺が深く刻まれている。
「アルバート、どうした、何があったんだッ?」
「あぁ……今の状態の俺が言うのもなんだが、落ち着いて聞いてくれ……アルヴィン、お前の親父さんが――」
――親父が? まさか――
嫌な予感が稲妻のように背筋を駆けた瞬間、最悪な予想が的中してしまった。
「――交戦中に大怪我して、意識不明の重体だって」
…
……
………
「――親父ッ……!」
アルバートの言葉を受け、俺は飛ぶように電車で北部の地へと急行した。
本来であれば持ち場である東部戦線を離れるなど言語道断という他ないのだが、アルバート達が根回ししてくれるとのことで、その温情には心の底から感謝が尽きない。
俺は北部駐屯地の医務室の扉をぶち破るように開け放ち、親父の姿を探した。
意識不明の重体と聞いていたが、ベッドに横たわる親父は意識を回復させており、弱弱しい視線で俺を見据えている。
ホッと安心すると同時に、信じたくない光景が瞳へと飛び込んできた。
「お、やじ……右腕と……左脚が……」
そう、右腕と左脚が無くなっていた。
肩の先から腕が生えておらず、左足に至っては付け根ごと持っていかれていた。
論ずる余地なく重症。いや、もはや致命傷と言っても過言ではなかったし、生きていること自体奇跡とも言えたが、きっと
元来親父もそういう気性で、性分だった。ある意味ヴァルゼライド殿と根本からかなりの似た者同士なのだろう。
とにかく生きているという事実は喜ばしいことだが、しかしこれは……
「まぁ、見ての通りだアルヴィン。ちょいとしくじっちまってな……
今日を以て、俺……フェリクス・ロバーツは、軍人を退役する。もはやこうなっちまったら、気合と根性じゃどうにもならん。
せめて下半身が生きていれば義手義足で戦うこともできたが……まさかの後遺症で半身不随と来た。生き残ったのは実質首と胴体と左腕だけだ」
「……そうか。親父……それで、敵勢力は――」
「安心しろ。腐っても一応俺は部隊長だからな。きっちり残らず殲滅したさ。
親玉も殺した。奴隷市が蔓延ることは二度とないだろう。囚われていた少年少女たちも解放した……一応貰い手は探すつもりだが、何人かはうちで世話をしようと思っている。
構わないな、アルヴィン」
「あぁ、それは勿論。温かく迎えてやってくれ」
「無論だ」
そう、俺の父、フェリクス・ロバーツはここ数年、北部の地にて蔓延っていた奴隷市の解放の為に戦い続けていた。
貧しく、親御がいない子供たちが路頭に迷っているところを漬け込み、その子供たちを奴隷売買の道具として商売している悪逆たる組織。その壊滅を目指し、親父は奮闘を続け、最近になってようやく組織の尻尾を掴んだ。
そして今宵ついにその組織の中枢と正面衝突し、その悉くを壊滅に追い込んだらしいが……敵も一筋縄ではいかなかったらしく――どうやらアンタルヤの名だたる傭兵たちを片っ端から雇っていたらしい――こうして、親父の軍人稼業にも終止符を打たされたのであった。
「……無念だ。俺にはまだ、笑顔にするべき民が、沢山いるというのに。こんなところで途中下車とは……せめて血統派をどうにかしてから、引退したかったものだが」
言いながら、親父は後悔を噛みしめるように左腕の拳を握りしめた。
気持ちは痛いほどに分かる。親父は度々口にしていた。アドラーの未来を。そして、そのアドラーに巣食う悪徒共への怒りも。
まだまだ戦いたいだろう。アドラーをよりよい国へと変革させるため、もっと疾走したかったに違いない。
だから、親父の意思はこんなところで終わらせない。そう宣誓するために、俺は親父の手に、自分の掌を重ねて。
「安心してくれ、親父。親父の意思は、余さず俺が受け継いで見せる。まだまだ親父には到底届かない若輩の身だが、きっとアドラーを光と笑顔で満たして見せる。
約束するよ、親父。必ず今より輝かしいアドラーを……
「…………ありがとう、アルヴィン。お前は自慢の息子だよ。
お前が息子で、本当によかった」
俺の決意の言葉を聞くと、親父は強張っていた表情を弛緩させ、ようやく柔らかい笑みを浮かべてくれた。
親父がこのような姿になり、軍人を退役してしまうという事実は無論悲しいが、だからといっていつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
いや、むしろ焦らなければならないだろう。
そんな俺の心情を代弁するように、親父は再び口を開いた。
「俺がいなくなったことによって、血統派の連中はますます活気づくだろう。
奴らにとって、俺の存在は目の上のたんこぶだったからな。それが消えるんだ、奴ら内心でガッツポーズを取っているに違いない。糞ったれが」
血統派への憤怒を籠めて罵声を吐き捨てる親父。
そうだ、貴族の血筋でしかも部隊長で将官階級……そんな親父を、血統派の連中が快く思っているはずもなかった。
だからこそ親父は帝都に配置されず、中央から比較的遠い北部へと配属されたのだろう。そうすれば、帝都に巣食っている貴族の連中が首に刃を突き立てられる心配はほぼないからだ。
「だから頼む、アルヴィン。これ以上血統派の連中を調子づかせないよう、頑張ってくれ。
恐らくだが、お前らは近々帝都に異動になるだろう」
「……何? それは……」
「何、少し考えれば分かることだ。
お前ら、東部戦線で大活躍らしいじゃないか。北部までその情報は届いているぞ。
だからこそ、だよ。そんなに目に見えて大活躍したら、上層部がよく思うはずもない。帝都に呼び戻して、これ以上功績を挙げられないよう、飼殺すつもりだろうさ」
「なんだと……!?」
「ハーヴェスやお前はともかくとして、ヴァルゼライドやジェイス、ロデオンは貴族の出ではないのだろう? ならば余計に、というやつさ。貴族以外に功績を立てられ目立たれるのを嫌うからな、血統派のクソどもは。
……憤慨したくなる気持ちも分かるが、アルヴィン。これは逆に考えればチャンスなんだ。
帝都に行くということは、逆に血統派の連中の腹の中へ潜り込めるということだ」
「……つまり、寝首を掻けるチャンスがいずれ巡ってくるかもしれない」
「巡ってくるんじゃない、その機会を作るんだ。アドラーの未来を、お前たちの手で切り拓くんだ、アルヴィン。
きっとお前の仲間も、その助力は惜しまないだろう。特にヴァルゼライドは、血統派のような悪の化身を許すことなどできないはずだ。彼が率先して行動を起こすだろう、見逃すことなく、彼の背中を追いかけろ」
燃ゆる想いを言葉に乗せて、その誇り高き意思を俺に継承してくれた。
確かに親父の言う通り、これはチャンスだ。帝都に潜り込むことができれば、飼い殺しを食らうことになったとしても、アドラーに巣食う根本の悪を断つことができる可能性が大幅に増えるということだ。
それが叶えばきっと俺の仲間たちは、血統派粛正に向けて各々が動いてくれる。アドラーをよりよい国へと繁栄させ、沢山の笑顔を民に齎すことができるだろう。
そう思うと、より心が弾んだ。こんなところで止まっていられないとより強く確信する。
あぁ、安心してくれ、親父。俺は一人じゃない。俺が思わず憧れてしまうような益荒男たちが、俺の隣にはいてくれる。
ならば恐れも不安もありはしない。必ず目指す未来のその先に、民の笑顔はあるはずだ。
だから迷うことなく駆け抜けよう。
帝国に、光を齎すために。
「……さぁ、分かったらもう行くんだ、アルヴィン。俺のことは心配するな、この通りピンピンしているからな」
「馬鹿親父、片腕片足失ったやつが言っていい台詞じゃないぞ、それ」
「何、生きてるだけで重畳さ。
……なぁ、アルヴィン」
「ん? 何だよ親父、急にそんな優しい顔して――」
「『アドラーの守るべき民と、そして仲間には優しく』が、ロバーツ家の家訓だ。どんな時でも、この言葉を忘れるな」
「……当り前だ。一瞬も忘れたことはない。その家訓に薫陶を受けて、誇りを抱いたからこそ、俺は今こうしてここに立っているんだからな」
「……そうか、それを聞いて安心したよ。
アルヴィン、お前の優しさは、ロバーツ家随一だ。きっとその優しさで、救える命が沢山あるはずだ。俺はその
胸を張れ、アルヴィン。その優しさは、紛れもないお前の一番の武器だ」
「――――」
親父の言葉を受け、俺はしばし呆然としていた。
初めて、誰かに自分のことを一番だと言ってもらえた。
お前の優しさは一番だ……と。あぁ、確かに。自身の優しさに関しては、仲間内からもよく褒められていた。
自分自身当然のことをやっているつもりだったので、今まであまり実感が沸かなかったのだが、それでもきっとそれは俺自身の強さなのだろうと誇りも抱いていた。
それを、親父に、一番だと言ってもらえた。
感動が胸に沁みていく。嬉しかった。そう、嬉しかったんだよ。
今まで呪われたように二番手の称号しかもらえなかった俺が、初めて誰かに……それも、俺の尊敬する親父に、一番だと認めてくれた。
心に沁みないはずがない。胸を打たれぬわけがない。
ゆえに、ならばその言葉に相応しい男でい続けられるよう、より一層今よりも飛翔せねばならぬと奮起するのが道理
何故だ? 俺の心は、ついにイカれてしまったのだろうか?
やはり俺の心の深奥には、拭い難い不完全燃焼が、
というわけでアルヴィンの過去編スタートです。