シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
その後。親父が予期していた通り、俺たちは帝都への異動が決定した。
……いや、正式に言えば俺とハーヴェスはやはり東部に残れという指令が下ったのだが……俺たち二人は、その決定を「冗談じゃない」と跳ね除け、ヴァルゼライド殿達へついていくことにしたのだった。
皆、考えていることはやはり同様だった。血統派の粛正。時代をよりよいものへと改革していく。そんな輝かしい願いを奉じる者たちは、必然として引かれ合っていった。
ヴァルゼライド殿を筆頭に、元から軍内部に存在していた改革派はより一層勢力を増していくこととなる。
そして、派閥間戦争が激化する最中、俺は第十北部駐屯部隊・
駐屯部隊という特性上、これからは帝都で頻繁にヴァルゼライド殿への助力をすることができなくなったが、例え物理的な距離が離れたとて掲げる鋼の祈りは同じ空の下にある。
いつでも力を貸すからその時は遠慮なく頼ってほしい、と言うと、ヴァルゼライド殿はいつもと変わらぬ鉄面皮で「その温情に、心からの感謝を」と頭を下げてくるのであった。
そして、俺が隊長を拝命してから数年後――アドラー至上最大規模の大事件が勃発する。
アドラーの国民すべてを巻き込み、あの精鋭揃いの
突如現れ暴走した二体の人造兵器……後に『魔星』と呼称されることになる奴らは、無作為にアドラーの民を虐殺し、その殺意で帝都を火の海へと変えた。
獅子が蟲を捻り潰すように蹴散らされていく数多の命。絶望がアドラーを包んだ。
十二部隊からも数多くの死傷者を出し、
連絡を受け、すぐに俺も現場に急行した。この時ほど、自分の駐屯兵という立場を呪ったことはない。やはり帝都に残っているべきだったかと遅すぎる後悔を引きずりながら、これ以上の流血は許さないという誓いを胸に、俺は燃える帝都を疾走した。
瞳を穿つ、地獄に次ぐ地獄。
獄炎に焼かれ倒壊していく建造物群。記憶の表側に今もこびりつく、あの活気に満ちた風景の残滓は、微塵も残されていなかった。
人肉が焦げる脂の臭気が鼻を差した。見渡す限りの、死体、死体、死体――残虐なほどに
許せない、という憎悪の炎が胸を焦がした。
どんな理由でこのような虐殺劇を撒き散らしたのか知るところではないが、どちらにせよここまで無辜の民草を、俺の仲間たちを、愛国を陵虐され、黙っていることができようか?
必ず殺すぞ外道な殺戮者共。
あぁ、そうだ。こちらにはヴァルゼライド殿がいるのだ。すべての不可能を粉砕し、希望を齎すヒカリの徒が。
俺一人では役者不足だろうが、ヴァルゼライド殿と、そしてハーヴェスやロデオン、ジェイスが生き残っていれば……
必ず勝てる。いいや、勝つ。勝つのは俺達だ。これ以上、誰かの涙を流させないために。
そして、俺がようやく駆け付けた現場には――
「――――」
――荒野に一人、英雄が立っていた。
傍らに転がる亡骸は、きっと件の殺戮兵器だろう。
まるでスクラップのように無残に解体され、今は沈黙を守っていた。
まさか、と思った。
まさか、ヴァルゼライド殿は……たった
たった一人で、この地獄に終止符を打ち、すべての
「――英雄だ」
俺が真にヴァルゼライド殿に瞳を焦がされた瞬間は、きっとあの時だったのだろう。
今でも鮮烈に覚えている。
黒天の下、あらゆる絶望と闇を振り払うように孤高に佇む光の英雄……すべての悲しみと涙を両断するために生きているその男に向かって、俺は。
「俺は、
有らん限りの憧憬の言葉を、その雄々しい背中にぶつけたのだった。
…
……
………
あの後、ヴァルゼライド殿は総統職へと就任した。
当然だろう。暴走した二機もの暴走殺戮兵器をたった一人で鎮圧したなど、誰が聞いても偉業という他なく、彼は紛れもなく、言葉通りのアドラーを護った“英雄”となったのだ。
あの大虐殺により血統派の主要人物も一掃され、ヴァルゼライド殿が総統職に就いたことにより、今までの不平等で悪が跋扈していた悪徳政治は終わりを告げた。
ヴァルゼライド閣下は、新たな帝国の旗印として、厳格且つ平等な統治を開始する。
これですべてがうまくいく。いや、それは言い過ぎか。だが少なくとも、帝国は今後、よりよい繁栄を遂げていくだろう。
あぁ、本当に。ヴァルゼライド殿には心から感謝しなければならない。そして俺も、そんなヴァルゼライド殿が目指すよりよいアドラーの繁栄の為にも、更なる精進を極め、持てる力全てで尽力していかねばなるまい。
……あぁ、そして。
「――総統閣下。すまない、この後時間はあるだろうか? 二人きりで話したいことがあるのだが」
軍上層部が集結する円卓会議。それがつつがなく終了した後、俺はヴァルゼライド閣下に声をかけた。
理由は今しがた口にした通り、話したいことがあるからだ。相談、と表現したほうがいいのかもしれない。
無論ヴァルゼライド閣下は多忙の身だ。たかが俺一人に時間を割いている暇などないだろう。
だが俺はどうしても、ヴァルゼライド閣下に問いたいことがあったのだ。
……そう、あの大虐殺での偉業のことを。俺は、問わねばならなかった。
「控えろ、ロバーツ。総統閣下がご多忙の身であることは、貴様も知っているはずだ。散歩感覚で閣下の時間を搾取するな」
と、俺が声をかけた直後、針金のような視線と怒声を飛ばしてきたのは、総統閣下の副官にして第一近衛部隊・
鉄面皮のような表情でこちらを睨み、閣下の隣で強く忠誠を誓うその姿はまさに鉄の女と表現するに相応しい。
ただ少し融通が利かない頑固者のきらいがあるため、度々ランスロ―や朧に食って掛かっている場面をよく見かける。
もう少し柔軟な思考ができるようになるといいのだが、と余計なお世話ながらにも思ってしまう。
こうなる展開は予想していたとはいえ、いやはや弱った。
さてどうやって漣に言葉を掛けて説得してみたものか、と言いあぐねていると、俺たちの間に割って入るように閣下が口を開いた。
「構わん、漣。俺の誇るべき
悪いが漣、席を外してくれ。ロバーツは俺と二人になることを望んでいる」
「……閣下がそう仰るのであれば。
ロバーツ、くれぐれも時間は取らせるな、いいな」
「あぁ、分かっている。感謝する、漣、そして総統閣下」
俺が会釈したのを合図に、漣は仏頂面を張り付けたまま背中を向け、議場を後にした。
その場に残ったのは、俺と閣下の二人だけ。思えば、こうして二人きりになるのは随分と久しぶりだった。
「それで、話したいことというのは何だロバーツ。先ほどの議題で何か気になったことでも?」
「いいや、先の議題とはまったく関係ない。個人的な相談なのだが……っと、あぁ、すまないヴァルゼライド閣下。今までの癖で馴れ馴れしく口をきいてしまったが、不快であれば敬語を使おう。どうする?」
ヴァルゼライド殿は俺にとってはほぼ同期も同然。戦場を共に駆け抜けた回数も両手ではきかない。
ゆえに今まではフランクな感じで接していたのだが、今となっては彼は総統職……この国のトップだ。
そんな巨星を前に今まで通りの態度、というのもやはり改めるべきだったかと思ったのだが、閣下は力強く首を横に振った。
「むしろ今まで通りにしてもらえると有難い。本来俺のような取るに足らん男に、敬意など払う必要は絶無なのだから」
相も変わらぬ重苦しい表情でそう断言する総統閣下。
自分への自己評価の低さも相変わらずのようだ。あれだけの伝説を次々に打ち立てておいてこの謙遜っぷり……あぁ、そうだ。だからこそ、俺は。
「そんな寂しいことを言わないでくれ、総統閣下。
相談したいことというのは他でもない。俺は、どうやったら
「――――」
そう、俺は貴方になりたいと願った。
あの大虐殺の日に見た英雄の背中に、子供がヒーローへ持つような幼い憧れを抱いたのだった。
辛いとき、苦しいとき、悲しいときに。どこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。
すべての涙と絶望を光で焼き尽くす、護国の英雄。
俺も、そうなりたかったんだ。
すべての民の笑顔と平和を守るために。そのためには今よりもあらゆる意味で強くならなくてはならないから。
吐き出した万感の想いを、ヴァルゼライド閣下は強く咀嚼して。
「――愚行だ、ロバーツ。俺のような塵屑には成るんじゃない」
俺の宣した想いを、にべもなく切り捨てるのだった。
「何を言う、ヴァルゼライド閣下。貴方は塵屑などではない、アドラーを誰よりも愛し、憂い、そして守ってきた紛れもない英雄だ。そんな貴方に憧れるなというのは無理な話だ。
俺もあなたのようになって、少しでもこの愛するアドラーのために、国民の為に命を注ぎたい」
「いいや、ロバーツ。俺は英雄などではない。ただの螺子が外れた破綻者に過ぎん。
お前のような人格者が、わざわざそのような畜生道に堕ちる必要はないだろう。
このアドラーに、俺のような木っ端屑は二人もいらん」
俺が浴びせる賛辞の数々を、閣下は刀剣のような鋭さを以てして悉く両断した。
自身が浴びるべき称賛など、一切ないと断言するように。
「アドラーの為、そして民草の為にと言ったな。ならば余計にだ。守るという大志を抱いているのに、破壊者となって如何とする。
そう、俺はただ目の前に立ち塞がる障害を破壊しているだけの殺戮者だ。
止まれない。諦められない。己だけが流せばいい血や涙を、友や部下にまで背負わせて、苦しめて……そうして、他者の夢を轢殺しながらここまで来たのだ。
それを大罪だと知りながらも。俺は疾走することしかできなかった。それ以外ができない、塵屑だからな」
「……それは」
確かに、ヴァルゼライド閣下には病的なほどに諦めの悪い鋼の精神性が伴っていた。
言うまでもなくそれはあまりに常軌を逸しており、だからこそ軍の者たちは皆閣下に憧れ、焦がれ、彼の背中についていこうと決意したのだ。
だが確かに今しがた閣下が言った通り、彼が行ってきた数々の伝説……そのすべては“破壊”に基づいている。
“破壊”とはすなわち“暴力”だ。戦争においては、“殺戮”とも言い換えられる。
国を守るために戦うという軍人という職業上仕方のないことだが、それらは決して褒められていいものじゃない……良い風に言ったところで、“必要悪”と表す他ない。
そう、“暴力”なんてものは、なければないに越したことはないのだ。ゆえに、決して憧れていいものではない。
ゆえに、“破壊”することしか能のない自分などに成るんじゃない、と。閣下はそう伝えてくれているのだ。
「……だが閣下は、アドラーの為に……守るためにその力を振るっている」
「俺にはそれしかできないからだ。
それに言っただろう、俺は止まれないと。一度決意したら、決して諦めず、貫き通すまで光に向かって進み続けてしまう。例え目の前に、己が愛が立ち塞がったとしても。俺は迷いなく粉砕してしまうのだろう。
守るべきものの為に守るべきものを破壊するなど、本末転倒もいいところだろう。自覚しながらも是正できない。俺は無価値だ。地獄に堕ちて然るべき塵。
ゆえにロバーツ。頼む」
そこで閣下は、あろうことか真摯な所作で俺に頭を垂れてきた。
当惑するこちらを余所に、重々しい言葉が吐き出されていく。
「
未来のアドラーに必要なのは俺のような破綻者ではない、お前のような、誰かに温かい光を与えてやれる優しき男なのだ。
誰かを壊す光ではない。誰かの道を照らしてやれるような光を持つ、そんな優しきお前のままでいてくれ、アルヴィン・ロバーツ。その優しき光で、どうかアドラーを導いてほしい」
俺に投げられる言葉の数々は、心の底からの願いが籠められていた。
ヴァルゼライド閣下ほどの人が、俺なんかに頭を下げ、そのままでいてくれと言ってくれている……しかも、俺なんかには勿体ないほどの称賛の言葉と共に。
ここまで言われて引き下がらないほど、俺も餓鬼ではなかった。
それに、閣下に言われて俺も思い直した。
そうだ。確かに閣下の在り方やその化け物じみたあらゆる強さを羨ましいと憧れることこそあれ、彼になろうなどというのは愚の骨頂だということに。
俺の使命はアドラーを守ること。民草を守ること。そしてアドラーを幸せにすることだ。
そこに、俺が閣下のようになるかならないかなどということは関係しない。まったくの無関係だ。
俺が何者であろうとも、ヴァルゼライド閣下のようになれなくとも、この想いに曇りも濁りもありはしない。
閣下のようになれなくとも、守るために力を尽くすことはできるのだから。
「……すまない、閣下。どうやら瞳が濁っていたらしい。
頭を上げてくれ、馬鹿なことを言ってしまいすまなかった。不快にさせたのなら謝ろう。申し訳ない」
「否だ、ロバーツ。聡明なお前のことだ、そう言ってくれると信じていたとも。
お前の優しさは、誰かを救えるものだ。胸を張れ、そして誇るがいい。
その優しさが、お前の何よりの武器であり、そして誇りだ」
「――ありがとう、ヴァルゼライド閣下」
こうして、俺が短くも抱いていた夢は、儚く硝子細工のように散ったのだった。
しかし、後悔は微塵も無かった。
初心を思い出すことができ、閣下に勿体ないほどの称賛の言葉をいただけたのだから、それは道理と呼べるだろう。
以降、俺の心の空虚感は鳴りを潜めていた。
それはヴァルゼライド閣下が逝去してからも変わらず、自分の初志を見失うことなく、ここまで走り抜けてきた……つもりだったが。
「……ジェイスとの模擬戦以降だ」
そう。制圧作戦の前日に行った、魔星と化したジェイスとの模擬戦。
あれ以降から、俺の心にまた謎の空虚感が飛来していた。
久しぶりに手合わせして改めて感じた、ジェイスの精神の完成度合。
燃える覚悟は猛火のようで、幾度も己が限界をぶち破りながら覚醒していく雄々しい姿に、気付けば俺は瞳を奪われていた。
そして戦いが終わったと同時、清々しい表情でジェイスと握手を交わしながら、俺の心にはぽっかりと穴が空いてしまっていた。
……何故なんだ? 何故、このタイミングで?
まさか、ジェイスをヴァルゼライド閣下の鏡写しとして見たからか?
かつての憧れに幻視したからと、本気でお前は言っているのか?
そんなはずはない。俺のヴァルゼライド閣下になりたいという夢は、もはや過去の遺物だ。
もはや目指してもなければなりたいとも思っていない。
……そして、ジェイスが去り際に残した俺への言葉が、心の中点にずっと引っ掛かっていた。
「違えるなよ、アルヴィン。お前の持つその優しさは“正しい光”だ。
“壊す光”になんて憧れる必要はない。その優しさは誇りだぜ。お前はお前のままでいてくれや」
何故ジェイスは、去り際にあんなことを言ったのだろう。
そして額面通りに受け取るなら、やはり俺はまだヴァルゼライド閣下への未練を捨てきれていないというのだろうか?
天頂に輝く一番星に……届かぬ願いへ、まだ手を伸ばしているというのだろうか?
「……いいや、否だ。俺は俺のままでいればいい」
例えそうだとしても、そんな想いは封じるべきだ。
そうだ、俺が誇るべきは皆一様に認めてくれる“優しさ”。曰く、他者を照らす光。
それで上等だろう。自分の力で誰かが救われ、笑顔になるなら、それに勝る喜びなどありはしない。
俺がヴァルゼライド閣下である必要はない。一番星に輝いている必要もない。
俺の“勝利”は、アドラーの笑顔……それだけなのだから。
アルヴィン・ロバーツの願いはただそれだけ。それだけで、俺は幸せに満ちているのだから……
「……さて。いらん時間を過ごしたな。仕事に戻るとしよう!」
余分な思考を即座に切り捨て、先まで対峙していた書類の山と再び向き合った。
そうだ、悩むなんてらしくない。すべては些事だと蹴り飛ばし、行き止まったのなら力づくで押し通し、それでも駄目なら仲間たちに助けてくれと叫べばいい。
何も難しいことはない。生きるというのはそういうこと。
半端に揺れるのが人の心だ。それは俺だって例外はない。
こうして中途半端に揺れている己が弱さも受け入れて、胸を張って軍人として生きていこう。
その為にも、仕事には常に本気で向き合わねば。
己に渇を入れ書類群に筆を走らせていると、開け放っていた窓から地を割くような雷鳴が轟いた。
瞳を向ける。どうやらにわか雨が降ってきたらしい。
風も一際強くなり、窓ガラスを割ってしまわんばかりに力強く吹き荒んでいる。
これでは書類が吹き飛ばされたり濡れたりしてしまう。そうなってはたまらんと危惧した俺は急いで窓ガラスをすべて閉め切った。
そして、すぐには止みそうにない雷雨と強風が荒れ狂う曇天を、ガラス越しに見上げながら。
「……嵐が来そうだな」
不吉な予感を口端から溢し、晴れない心を引きずりながら仕事へと戻るのだった。
というわけでアルヴィンの過去編でした。
駆け足気味でしたが、アルヴィンの半生が何となく伝わったんじゃないかなぁと思います。
ていうかあれですね、ヴァルゼライド閣下描くの難しいですね……
アルヴィンとの会話のシーン一番苦戦しました……
ともあれ、次回からまた新展開です。更新をお待ちください。