シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
「ヴァルゼライドってさぁ、確かに凄い奴だけど……なんというか、見てるとおっかないよな。人間とは思えねぇ」
「あぁ、尊敬はすれど関わりたいとは正直思えねぇよ。それを言ったらハーヴェスもだ。何だよあいつ、完璧お化けかっての」
「この前入ってきたジェイスってやつも相当やばいって話だぜ。ヴァルゼライド二号とか言われてるとかなんとか」
「おいおい何だよ今年は化け物揃いかぁ? おっかねぇったらありゃしねぇ……
それに引き換え……ロバーツ、お前は安心できるわ。
いや、ロバーツ、けなしてるわけじゃないんだぜ。お前はヴァルゼライドやハーヴェス達に引けを取らないくらいすげぇよ。
ただほら、お前って人情味があるっていうか、優しいじゃんか?」
――違う。
「それが凄く安心するんだよなぁ。あとお前聞き上手だしさ。悩みとかすぐ聞いてくれるし、こうやって今だって愚痴にだって付き合ってくれてる。
今の部隊の中でお前のこと嫌いな奴なんて一人もいないって」
――違う。
「そのままでいてくれよ、ロバーツ。本当にお前のその優しさには何度救われたか……ありがとうな」
「俺からもありがとう、だ、ロバーツ。またこうして一緒に酒飲もうぜ」
――違う。違う。
そうじゃない。そうじゃないんだよ。
俺は……俺は……
■■に、なりたいんだ。
…
……
………
「――――」
覚醒する。
瞳にまず入ってきたのは見慣れた天井。自分がベッドに横になっているのだと知覚する。
髪をかきあげながら上体を起こした。
……朝だ。
朝に相応しい、爽やかな目覚め……とはいかなかった。
何だ、あの夢は。
あれは、俺が過去に間違いなく経験したことがある景色だった。
東部戦線配属中だった当時、同期の仲間からヴァルゼライド閣下達への愚痴を聞いていたのだ。
いや、愚痴と言っても悪口の類ではない。単純に、『怖い』という話だった。だからどう付き合ったらいいのか分からない……とかそんな感じだったと思う。
問題は夢の中での俺だ。
……違う、とはなんだ?
俺は当時、そんな受け答えはしていないはずだ。
確かその時は、「付き合いづらいなら無理に付き合う必要はないだろう。ただ、みんないい奴なのには変わりないからそう煙たがらないでくれ」……的なことを言ったと思う。
そして何より……俺は、何になりたいと口ずさんだ?
不気味だ。何か、自分ではない何かが心の内側から浸食していく感触がする・
俺は、何かになりたがっている? 何かになることを望んでいる?
その何かとは一体なんだ? ……よもや、まさか……
「…………雨、止まないな」
大地を叩く強い雨音は、答えを返してはくれなかった。
…
……
………
「はああぁァァッ!」
「……ふッ!」
白刃が瞳の端で煌めいた次の刹那、鼓膜を切り裂かんばかりの鋼鉄音が響き渡った。
燃え広がる炎のように怒涛の攻めを披露するジュードくんの剣戟を、私は
わざとそうしているわけではない。単純に、私がジュードくんに有利を取られているのだ。
ということはジュードくんがここに来て急激な成長を遂げ、私の地力を上回ったのかと言えば……そういうわけでもなく。
身体の調子が悪いとかではない。体のコンディションに関してはむしろいつも通りだ。
どちらかと言えば問題なのはメンタルの方だった。
自分でも理由は皆目不明なのだが、今朝起きた時から、何故か異様に
何か、不吉なことが起こる前兆を示唆するように、私の生存本能が悲鳴を上げているのが分かる。
では具体的にこれから何か起こるのかと言われたら……分からない。
今この瞬間までは、いつも通りの日常だ。それ以上でも以下でもない。
……ではこの拭い切れない悪寒の正体は何なのだ?
一体何が、私の恐怖心をここまで駆り立たせる……?
「――もらったッ!」
瞬間、裂帛の気合と共にジュードくんの剣突が真正面に走り、私が握っていた刀剣が弾き飛ばされた。
一泊置いてから剣が地面に落ち、鈍い金属音を奏でる。
そして、次の瞬間。
「……す、すげぇ! ジュードの奴、ウォーライラ少佐に勝っちまった!」
割れんばかりの大拍手が巻き起こった。
ジュードくんを称賛する言葉の数々が四方八方から飛んでくる。
しかし、当のジュードくんの表情は納得がいかないように濁っている。
そしてやがて意を決したようにこちらへ近づいてきて、控えめに私の顔を覗き込んできた。
「あ、あの……自分の勘違いだったら申し訳ないのですが……ウォーライラ少佐、どこかお加減でも悪いのですか……? なんだか今日は、いつもの剣のキレがないように感じました」
「え……あぁ……」
どうやらジュードくんにはお見通しだったらしい。
心配そうにこちらを覗き込んでくるまだ幼さが残る瞳には、一切の汚れなき純真さが伺える。
……いらない心配をかけてしまったようだ。
駄目だな。こんな曖昧な感情に振り回されてちゃ。馬鹿馬鹿しくてやってられなくなってしまう。
一旦忘れて……とはいかないけれど、今は仕事に集中しよう。そうすればいずれ、この不快感も消滅してくれるだろう。
そう、信じて。
「……すみません。少し、考え事をしていて上の空になっていました。
もう一度打ち合ってもらってもいいですか? ジュード君もこのままだと、消化不良でしょう」
「あ、はい……! ウォーライラ少佐が大丈夫でしたら、喜んで……!」
そう言うや否や、ジュードくんは弾けるように破顔した。
うん、本当に純粋で素直でいい子だな。
そんな彼への非礼を詫びるように、私は神速の踏み込みを以て強烈な斬撃を見舞おうとした――その刹那。
「――緊急事態! 総員、今すぐ城門前に集合してくれ!!」
「……え?」
血相を変えて訓練場に入ってきた兵士の大喝と、外で鳴り響く雷鳴が、綺麗なほどに重なった。
…
……
………
「……何? 来客だと? そんな予定は入っていないはずだが」
「え、えぇ……何でも緊急の要件でアポイントメント無しで訪ねにきたとのことです……如何いたしましょう……?」
「……訪問客は誰か、と問うのは愚問か」
数日前に発動した神祖滅殺計画。そしてこのタイミングでのアポイントメント無しの訪問。
言うに及ばずという奴だろう。間違いなくカンタベリーの手先だ。
裏で糸を引いているのがアドラーということを伏せるため、
だがそのカモフラージュも時間の問題だろうとは思っていた。
いずれ
ゆえにそうなってしまった時
俺は小さく舌打ちを飛ばしながら、報告をしてきた兵へ向けて情報を引き出していく。
「ここを訪ねてきたのは騎士団の連中か?」
「は、はい。第三軍団・
「第三軍団……ということは、
よりによってという奴だな」
第三軍団を率いる団長の名だ。
その実力は、第一軍団団長、
「念のため尋ねるが、
「はい……加えて数十名の騎士たちと……そして、
「だろうな。ということは、ほぼ交戦は避けられんか」
数十名の兵士と言っていたが恐らくその十倍近くは兵を引き連れているだろう。
この駐屯地付近に騎士達が潜伏しているに違いない。
奴らの狙いは、恐らく補給物資、そして増援の断絶。補給源を潰せば、自ずと既に敵地へと乗り込んでいるジェイス率いる神殺しの仲間たちを下しやすくなるのは道理だ。
徹底されているな。不安の芽は少しでも取り除いておくということか。
どうやら神祖というのも、案外小心者らしい。
だからこそ、それは非常に効率的に効果を表す。現に俺は、一枚してやられたと渋面を作り唸らされている。
だがまぁ――
「――今すぐ城門前に全兵士へ招集をかけろ。
「はっ、承知いたしました!」
俺の伝聞を聞き終えた兵士は足早に隊長室を後にした。
廊下に響く慌ただしい足音を聞きながら、俺は無線を手にする。
繋ぐ相手は、決まっている――朧だ。
「朧か。俺だ、ロバーツだ。緊急事態だ。悪いが神祖滅殺の為に待機していたお前の隊員たち、使わせてもらうぞ」
『何――? おい待てアルヴィン、何が……まさか、勘付かれたか』
「そのまさかだ。にしてもまさかここまで大胆な行動に打って出てくるとは思わなかった。なるべく回避したいところだが恐らく戦闘は避けられん。
安心しろ、一人足りとて死なせはしない……と約束してやりたいところだが、それも厳しいかもしれん。相手はあの
『チッ、
分かった、アルヴィン。うちの隊員たちは好きに使ってくれていい。その代わりアルヴィン、貴様――勝手に殉職することだけは許さんぞ。必ず勝て』
「当たり前だ。勝つのは俺達――アドラーだ。見てろ、神祖滅殺を完遂したジェイスと北部の連中で、シャンパンタワーの中を閣下万歳と謳いながら泳いでやる」
『やめろ、想像するだけでむさ苦しくなる』
「ははは――それじゃあ切るぞ、朧。アドラー万歳。総統閣下に栄光あれ」
朧の呆れるような溜息を聞き届け、俺は無線を切った。
すべての声が途絶えた隊長室で、雨音と遥か遠くで鳴り響く雷鳴だけが嫌に鼓膜を叩き付ける。
しかし、荒れ狂い涙を流している天空とは対称的に、俺の心は戦意と覚悟に燃えていた。
アドラーのすべてを守る。その為に俺は剣を執り、戦うのだ。
見ていてくれ、総統閣下。貴方が愛したこの国を、民達の笑顔を、俺は必ず守り切って見せる。
鋼の覚悟を携えながら、俺は軍靴を高らかに鳴らし戦場へと足を運ぶのだった。
…
……
………
アドラー第十北部駐屯部隊・
今も無言で相対している二人の男――我らが
あの後、緊急招集をかけられた私たちを待ち受けていたのは突然のカンタベリーの騎士団の訪問だった。
しかも、あのカンタベリー最強が一角と名高い
これから何が起ころうとしているのか……そんなことは馬鹿でも理解が及ぶ。
無論、戦闘……否、戦争だ。
だが、嫌だ。分かっていても、必死に頭の片隅でもう一人の私がその現実を否定している。
嫌だ、嫌だ。戦いたくない。戦いたくない。
何で、どうして? もう少しで地獄を抜け出せると思ったのに。軍人稼業ともおさらばと思っていたのに。直前で、こんな……
涙が溢れ返りそうになる私を置き去りに、雨足ばかりが強烈になっていく。
そして、一際強い雷光が瞳に閃いた次の刹那、濡れた白髪をかきあげながら口を開いたのは
「不躾な訪問になり申し訳ない。本来であれば事前に連絡を取るのが礼儀なのだろうが、いや何、こちらも緊急の要件だったものでね。無礼を承知で勘弁願いたい」
不愛想な相貌から吐き出された声は見た目通りといった具合に低く、しゃがれていたものであったが有無を言わせぬ迫力も内包していた。雨音の中でもよく通る、老体とは思えぬ力強い声だ。
年齢は六十を超えていると資料で確認したことがあったが、そう思わせぬほどに身体が若々しい。というより、凄まじい筋量だ。
ロバーツ隊長やジェイス隊長もかなりガタイがいい方だが、下手をすると彼ら以上……相当鍛え抜かれた肉体なのだと一目で見て取れる。
すべてが壮観、圧倒的の一言に尽きる。例えるならば、歴戦の
そんな思わず竦んでしまうようなプレッシャーに、しかし隊長は一切怯んだ様子も見せず、皮肉めいた調子で言葉を返した。
「いやはや、まったくですな。こうも急に訪問されては我々としても困ったものです。事前に仰っていただければ茶や菓子の用意もできたでしょうに」
「いや、そのような気遣いは結構。要件というのも、すぐに済むものでね――単刀直入にお伺いしよう。
――来た。
この場にいる兵士全員、心の中でそう呟いただろう。
やはり、カンタベリーは裏でアドラーが糸を引いているということを嗅ぎつけていたらしい。
ちら、と隊長の顔色を伺う。
流石というべきか、隊長は真相をおくびにも出すことなく、手を顎に当てながら記憶を辿るように喋り出した。
「
……それで、その
アドラーはまったくの無関係だが、その質問に何の意味がある――? 言外にそう言っているようだった。
もはや第三軍団がここ、アドラーの地へ上陸している時点で最悪の事態は避けられそうもないがあくまで隊長は何とか戦闘を回避しようと画策しているのだろう。
だから、徹底的に白を切る。それで乗り越えられたら儲けものと思っているのだ。
実際、当たり前だが流血は少なければ少ないほどいい。穏便に済むのならそれに越したことはないし、それはアドラーもカンタベリーも双方が思っているに違いないことだ。
「
しかし、そんな平和的解決を
「おかしな話ですな。
第一、総統閣下が存命中ならいざ知らず、今このタイミングでアドラーがカンタベリーにテロ行為を行うメリットは皆無です。濡れ衣もいいところですな。
しかしアンタルヤが差し向けた手先だと仮定すると、奇妙なのは、何故今度はアドラーではなくカンタベリーに牙を剥いたか、という点ですな。
頭領の
まぁどちらにせよ、その件に関してはアドラーは無関係です。むしろ我々は被害者だ。お互いアンタルヤには煮え湯を飲まされてばかりで心労が尽きませんな」
我らに敵意はない、むしろ互いに被害者なのだから言い争うのは止そうと、ロバーツ隊長は肩を竦めながら言外に提案する。
その反応を受け、
「つまり、アドラーにはテロ行為をする理由が絶無であり、
「えぇ、まったくの事実無根でしょう。
とはいえ、
何か分かればそちらにも情報を提供しましょう。今日のところはそれで手を打って、お引き取り願えませんか? 急に騎士団が来たとあっては、北部の民間人たちも気が気でなくなってしまう」
隊長がそう言い切ると、暫しの間沈黙が空間を支配した。
かつてない緊張感に心臓が張り裂けそうになる中、それを打ち破ったのはシン・榊・アマツの気の抜けた声だった。
「……そうですな。いや、疑ってしまい申し訳なかった。上からの命令なのでね、こちらとしても気乗りはしなかったのだが、いやはや、取り越し苦労で安心した」
「……え……?」
思わず声を漏らしてしまう。
な、なんだ……? 一触即発の空気かと思いきや、
……もしやこれは、戦闘を回避できたのか?
だとしたら何という行幸だろうか。戦闘はもはや避けられぬだろうと思っていただけに、この展開はむしろ願ったり叶ったり、ロバーツ隊長の話術とシン・榊・アマツの物分かりの良さに感謝するばかりだ。
あぁ、良かった……どうなることかと思っていたが、最悪の展開は避けられたらしい。
良かった、本当に本当に良かった……と、急速に冷えていく私の心とは対称的に。
「……隊長?」
ちらと伺った隊長の横顔は、研ぎ澄まされた刀剣のように鋭く、険しいものだった。
刹那、異常を悟る。
ハッとして目を向ければ、依然として
彼の隣に佇む年若き少女――
……何が異常かと問われれば、この空気だ。
充満していた緊張感は、弛緩するどころかむしろその逆を行っていた。
爆発寸前の花火のように、極限まで張り詰めている。
「ご協力ありがとう、
――次瞬、空気がビキリと
「――疾く、死ぬがいい」
核弾頭が如き殺意の熱を漲らせた声が鼓膜を駆け抜けた瞬間、天地を割るような衝撃がアドラー北部を震撼させた。
シン・榊・アマツの振りぬいた拳の一閃が隊長の影を貫き、大地を抉り飛ばしたのだ。
まだ
撒き散らされる破壊の渦から飛び退くように回避行動を取りながら、隊長は神々に宣誓するように高らかに声を張り上げた。
「――総員、戦闘態勢に移れッ! もはや話し合いで解決できる領域はとうに突破した!
宗教徒共にこれ以上アドラーの地を汚させるな! アドラー万歳! 総統閣下に栄光あれ――!」
『アドラー万歳! 総統閣下に栄光あれ!』
瞬間、光に狂った大喝破が騎士団を殴りつける。
地脈を奔り伝導する気合と根性、光の決意。アドラーを必ず守るのだという鋼の熱量を携えて、
……私一人を、除いて。
「――くそったれッ……!」
血が滲むほどに下唇を噛みしめて、私も遅れて腰に掛かるロングソードを抜剣した。
何で、何でいつもこうなるんだ。
地獄の底で苦しんで、のたうち回って、抜け出したと思ったら、また次の地獄、地獄、地獄に次ぐ地獄……終わらない、終わらない、終わらない、無間地獄……
どこまで、この地獄という概念は私に付き纏えば気が済むのだろう。
もう十分に苦しんだだろう。もう十分に痛みに喘いだだろう。
まだ地獄の鬼たちは、私の絶叫が欲しいと哄笑を響かせるのか?
あぁ、クソ、クソ、クソ、クソッ……!
「――ウォーライラ!」
瞬間、怨恨に我を飲まれそうになった私の鼓膜を撫でたのはロバーツ隊長の優しい声だった。
瞳を向ければ、そこには、これから戦争が始まるとは思えないほどに穏やかな顔をしたロバーツ隊長の顔があって、そして。
「ウォーライラ、お前は民間人たちの避難を頼む。このままでは無辜の民草たちがこの戦いに巻き込まれてしまう。それだけは何があっても防がねばならない。
避難ルートは覚えているな? お前が入隊して初日に作った避難経路だ、はは、懐かしいな」
「た、隊長……何を……」
「っと、お喋りしてる時間はもうない。頼んだぞ、ウォーライラ! アドラーの民すべて、軍人の俺たちの宝だ! 何が何でも守り通してくれ!」
早口にそう捲し立てると、今なお拡大し続ける戦火の中へと隊長はその身を投げ出していった。
……まさか、隊長はわざと……?
私が、戦いたくないのを見越して? お前はもうこれ以上傷つく必要はないからと、身を案じてくれた?
だから、民間人たちの避難活動に注力してくれと……?
だとしたらこんなに嬉しいことはない。何故ならこれで私は流血せずにすむ。傷つかずに済むのだ。
いや、正確に言えば民間人たちの避難中に何人かの騎士たちと交戦になるやもしれない。
だがそれももはや誤差だろう。最悪、
彼らと相対するだけで、死へのリスクが一段と上昇する。それだけは、私の幸せの為にあってはならないことなんだ。
ゆえに私は戦場から踵を返す。既に救助活動を開始している子たちへ合流するべく足を走らせて――走らせる、べきなのに。
「……なんで。なんで、何で何で……動け、私の足ッ……!」
私の足は、一向に動き出す気配を見せなかった。
まるで私の身体自身が、行くなと総身を大地に縫い付けているかのようだった。
何で、どうして、と逸る気持ちの裏側で、しかし私はその理由を知っていた。
――私がここを離れたら、隊長はどうなる?
言うまでもなく、今この戦場における最強戦力は、隊長、私、
では、その私が抜けたとして、残った敵方の二人の相手をするのは誰だ?
問うまでもなく、隊長しかいない。隊長にしかできないだろう。いくら雑兵が束になったとて、あの二人どちらかさえ打倒するのは困難を極めるに違いない。
そんなカンタベリーの猛者である黄金腕輪と神聖魂泉を相手にして、果たして隊長は無事に済むのか?
また明日、と気軽に顔を合わせることができるのか?
断じて否だろう。片方であれば撃滅は可能かもしれないが、どう考えても二人相手取って確勝が得られるほど、第三軍団もヤワではない。
となれば副隊長である私を戦場から遠ざけるなど、下策も下策。隊長自身の生存率を大幅に低下させる要因となっている。
……それなのに、あの人は……自分より、私なんかを優先して……
「……本当に、馬鹿隊長ッ!」
溢れそうになる涙と苦言を胸にしまい込み、今度は迷うことなく、止まることなく――私はロバーツ隊長が突っ込んでいった戦火の渦へ、自身もその身を投げるのだった。
運命はいつだって唐突なものです。
というわけで新展開。リディアの新たな地獄開幕。
新キャラも登場しましたね。彼らについては次回以降掘り下げていきますのでしばしお待ちを。