シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
「つまり貴方達は千年を生きる人智を超越した存在、“神祖”であり、新西暦が誕生してから今までというもの、このカンタベリーを統治してきた……それらの話を、信じろと?」
大聖堂に力強く響き渡ったのはカンタベリーが誇る最強が一角、
咎めるような鋭い一声を受け止めたのは、玉座に涼し気な表情で腰掛けるカンタベリーの教皇……否、千年を生きる少年、神祖スメラギである。
並の者ならば聴いただけでも失禁を禁じ得ない圧力が籠められた肉声を受けてもしかし、スメラギの微笑は曇らず、歪まない。
まるで、
そして品定めするように顎を一撫ですると、散歩にでも誘うかのような気の抜けた口調でスメラギは言葉を紡ぎ出した。
「聡明な君であれば信じてくれると思っているよ。だからこそこうして君たちだけに召集をかけ、本来であれば秘匿の情報を開示している。僕は君たちを信じているからね」
そう。今この場にいるのは神祖スメラギ、シン・榊・アマツ、レナ・キリガクレ、真実この三名だけだ。
他の者は蟻一匹とて存在していない。それはスメラギから直々に第三軍団を率いるこの男女に伝達があるということを意味していた。
それも、生半可なものではない。スメラギは、本来であればカンタベリー内でもほんの一握りしか知ることを許されていない己らの真実――神祖の実在を、腹を割ってシン達に開帳していた。
旧西暦が滅びてしまった過去から新西暦が誕生してから千年もの間、自分たちがどのように生き、そして何を背負いここまで進んできたのか。
このタイミングで現れてしまった最大のイレギュラー、今現在カンタベリーを脅かしている脅威、神殺しに関しても余すことなく話し尽くした。
スメラギの話に隙はない。矛盾を徹底的に潰し尽くし、有らん限りの説得力を内包させて最後まで話し尽くしていた。
そうしなければ、カンタベリーの騎士の中でも特に癖の強いこの男女は簡単に納得してくれないだろうと分かっていたのである。
現に、今こうして話し終えた後でもシンは訝し気にスメラギを睨めつけ、眉を岩石のように固めている。
一方レナはどうかと言えば、徹頭徹尾無言、無表情を貫いている。まるで、スメラギの話など
緊張の空気が充満していく。
常人であれば卒倒は免れぬであろう重々しい空気が密度を高めていく中、唐突にシンは破顔し低い笑い声をあげた。
「いやはや、信じぬも何も……そのような話、信じるほかないでしょうに。
ずっと儂は疑問だったのですよ。何故貴方のような餓鬼が教皇猊下を務め、あのような若造が総代騎士を担っているのか……甚だ疑問だった。
無能かと言われればそういうわけでもなく、揃って傑物、化け物のような能力値を持っていた……
だが千年を生きているのなら納得だ。何故なら、長く生きていればいるだけ積める経験は多く、厚くなり、強固となる。つまり長く生きていればいるほど強くなり、人の上に立つことができるのは道理、この世の真理だ。
ならば神祖の実在、認める以外の愚行、何処にありましょうや?」
「うん、ありがとう。君ならそう言ってくれるだろうと思っていたよ。レナ、君はどうだい?」
「――シン様がお認めになる、というのでしたら、私もそのように。シン様のご意思が、私のすべてですゆえに」
「うん、君もそう言ってくれるだろうと思っていたよ。二人とも聡明で本当に助かるよ」
シンは嗤い、スメラギは微笑み、レナは淡々と呟いた。
それぞれが抱いた思惑と感情は三者三様であったが、これで条件は達成されたとスメラギはその慧眼を僅かに細める。
そう。今話したことは前座に過ぎない。本題はここからなのだ。
「そこでそんな君たちに折り入ってお願いがあるんだ。今話した通り、僕たちは現在皇都に潜む神殺し達に手を焼かれている。
「むしろあのような光に頭を焦がされた戦い方ができるのはアドラーを置いて他にないでしょうに。まったく、光狂いという連中は甚だ忌々しい」
そこでシンは、光狂いという破綻者へ嫌悪を示すように侮蔑の言葉を吐き捨てた。
スメラギもそれに同調するように、「気持ちは分かるよ」とシンの言葉を肯定しながら話を続ける。
「そこでだ。皇都に潜む神殺し達は僕たちと
――君たちには、アドラーの北部に構える第十北部駐屯部隊・
「……なるほど。補給源、そして増援の可能性を潰しておきたいと。
確かに今もアドラーの北部に増援が待機している可能性は大いに高いでしょうし、それこそ
「その通り。もう既に
これ以上状況が悪化しないためにも、よろしく頼まれてくれないかな?
――勿論、ただでとは言わない。相応の報酬は用意するつもりだ」
そして、これから話すことが前座で話したことと連結してくるのだと言外にスメラギは告げるのだった。
然り。すなわち、シン達に与えんとする報酬……それは――
「もし君たちが今回の任務を完遂出来たら、君たちを新たな使徒として歓迎したいと思っている。
本当は今すぐにでも洗礼をしてあげたいんだけど、洗礼行為は僕たちの力を削って行う行為だからね。皇都がこうなっている今、できるだけ自分たちの力を削ぎたくないんだ。
だから、すべてが解決したあとで、ということになるけど、どうだろう。
向上心が強い君たちのことだ。そう悪い話でもないだろう?」
春風のような柔らかい笑みを携えながら、スメラギは二人に問いかけた。
シンは獰猛に犬歯をむき出しにし、決まっている、と前置きしてから。
「拝命致しました、教皇猊下……否、神祖スメラギ。
そしてお約束致しましょう。儂こそが歴代最強の使徒となり、神々を支える柱になるということを」
「おや、もう
「所詮は気合と根性を拠り所にしかできん若造でしょう。経験も才能も積んできた修練も、すべて余さずこちらが上回っている。ならば負ける道理がどこにありましょうや?
神に選ばれし
「それは頼もしい限りだ。期待しているよ。レナもそれで構わないかい?」
「シン様が然りというのであれば。私に異論などございません」
「ははは、君は本当にシンのことを愛しているんだね。仲睦まじくて何よりだ。
――では、第三軍団・
『――我ら、
…
……
………
掻き鳴らされる鋼鉄の旋律。吹き上がる血飛沫。轟く喝破と大絶叫。
アドラー北部、旧オランダ領であるアムステルダムの王宮前を中心とした区画全域には、筆舌に尽くしがたい闘争の戦火が燃え広がっていた。
一秒、また一秒と時計の針が進むたびに呆気なく散華していく命たち。
然り、これが戦争なり。命を守るために、命を奪う行為。その究極。
今ここに、第十北部駐屯部隊・
「おおおおぉぉぉォォォ――――ッ!」
「吼えるな、
「――――」
そんな激闘の中、より多くの死体を築き上げ戦場を疾駆していたのは三人の男女だった。
一人は瞬圧山羊隊長、アルヴィン・ロバーツ。既に星辰光を発動し、流星のように弓矢を乱射しながら雑兵を次々に蹴散らし、二人の男女へ肉薄している。
その二人の男女とは、
シンはまるで虫を相手にしているかのような嫌悪した表情を隠そうともせず、そしてこれもやはり蚊でも払うような所作で通り過ぎざまに兵士の頭蓋を、心臓を、全身を――風船でも割るかのように拳で粉砕している。
そんな彼の前方を疾走するのはレナだ。踊るように宙を舞いながら、シンに降り注ぐ攻撃の雨の悉くを
浮かべる表情は徹底して虚無そのものだった。まるで日本人形、あるいは能面のように顔面のパーツを一つも動かすことなく、涼し気にシンの活路を切り開き、効率よく死体の山を量産していく。
「つれないじゃないか
神々の使いっぱしりの道具なんだろう? なら俺の
意識がこちらへ向くように、挑発をかけるアルヴィン。
このような安い策に引っ掛かってくれるほど頭の弱い連中ではないことなど百も承知だが、これ以上彼らに好き勝手させてはいけない理由がアルヴィンにはあった。
――そう、殺されすぎているのだ。
戦闘が始まりまだ十分も経っていないが、この眼前の男女が撃砕した命の数は六十を突破していた。
驚異的な効率、そして殺人技巧だ。
……いいや、そんなことはどうでもいいのだ。何より、そんなことよりアルヴィンの心が燃えている理由は……
「これ以上誰も、死なせてたまるか」
これ以上、仲間の死に顔は見たくない。ただその一点に尽きていた。
大地に眠る死に顔を、彼はすべて覚えている。
サンドラも、ジャンも、フランシスも、リュックも、みんな、みんな……俺の仲間だったんだよ。部下だったんだよ。家族だったんだよ。
それを目の前でのうのうと殺され続けて、なぁ――
「我慢できるわけないよなァァッ!!」
焼け付く嚇怒を引き絞り、渾身を籠めてアルヴィンは星の力を励起させた。
蜜に群がる蜂の如く、計三十の弓矢がシンとレナに降り注ぐ。
退路はない。回避は不可能。絶命とまではいかずとも、致命傷を叩き付けることができるであろうアルヴィンの猛撃は――
「レナ。
「承知致しました」
短くそう告げた瞬間、シンは酸素を深く吸い込んだ。そして――
「――シャアァァッ!!」
裂帛の気合一閃。星ごと叩き割らんとばかりに炸裂した迅雷の震脚に、大地が悲鳴を奔らせた。
稲妻のように大気中に流れ出す衝撃波。一瞬で繰り出した破壊の波濤は、殺到していた弓矢の大群を刹那のうちに粉微塵に破砕してしまった。
「――なるほど。
一連の攻防を見届けたアルヴィンが漏らした一言は、素直な称賛だった。
なるほど、これは分かりやすく強い。
小細工抜きの、純粋な武芸だけで突出した傑物だ。もとよりそんなつもりはないが、決して舐めていい相手じゃない。
先に言った通り、問題なのはこれがまだ基準値の破壊力であるということ。
彼はまだ発動値に移行してすらおらず、当然星辰光も発動していない。
……というより、発動する必要がないと思っている節さえある。こちらなど容易く基準値で蹴散らせると踏んでいるのだろう。
ならばその傲慢、踏み躙る以外に手はないだろう。
自らの傲慢で溺れ死ぬがいいと第二撃をシンに奔らせようとした、瞬間。
「上だ。虚けが」
上空より、
先にシンの震脚に巻き込まれないよう跳躍した際、勢いそのままにアルヴィンの頭上まで移動していたのだろう。
照準はもう終えている。その煌めくレイピアの刃先をアルヴィンの頭部に突き刺せば
だが無論、アルヴィンもそれに気づいていた。
だからあえて誘い出した。レナが剣先を振りかぶろうとしている背後、迫る三本の矢に彼女はまだ気づかない。
シンが一泊遅れて声を上げるが、もう遅い――!
「ッ……――!」
弓矢が穿通する寸前、レナは迫る殺気に身を捩じらせた。
流石というべきか、咄嗟の回避行動だったにも関わらず三本の弓矢の直撃は許してしまったがいずれも致命傷を避けている。
だが、アルヴィンの攻撃はまだ終わりではない。貫通した弓矢はレナの血を吸い上げながら軌道修正――再び心臓に狙いをつけた。
そう、アルヴィンの能力は投射した金属の半無限操縦。弓矢に星の力が付与され続けている限り、死の風はどこまでも敵を追尾するのだ。
当然、シンはレナを守るべく行動を起こすだろう。このままでは言うまでもなく、レナは絶命不可避である。
その隙を一気に叩き、二人に致命傷を叩きこむ。
しかし、アルヴィンの思惑は――
「レナ、そのまま突き刺せ」
「何ッ――?」
その一言で微塵にされることになる。
レナの心臓に迫る弓矢。そして同時にアルヴィンの頭蓋に落ちてくる死の鉄槌。
このままでは相打ちになることは必定。アルヴィンも死に、レナも死ぬ。
このシンという男は、敵を葬るために部下に死ねと命じたのか――?
「貴様――」
「死ね、
今、死のギロチンが振り下ろされ、二人の戦士の命が尽きようとした――その刹那、鋼の颶風が両者の間に割り込んできた。
「ッ……!」
弾かれるレナのレイピア。弾き飛ばされたことにより弓矢の着弾地点は座標からズレてしまいレナを仕留めるまでには至らなかったが、おかげでアルヴィンの命も両断されることはなった。
両者の間に割り込んできた乱入者。それは――
…
……
………
「――ウォーライラ……!」
今まさに隊長の命を破砕せんと迫っていた死神の刃を弾き飛ばしながら、私は血風吹き荒ぶ戦場へと躍り出た。
隊長の困惑する声。敵から投げられる殺意の感情。居たたまれない思いに、思わず愚痴と吐瀉物を漏らしてしまいそうだ。
自分でも本当に何をやっているんだという感想しか出てこない。らしくない。らしくないんだよ、こんなこと。
自ら地獄の渦中にその身を投げ出すなんて……まったくもって非論理的だ。普段の私ならあり得ない行動。愚行の極み。今でも逃げ出したい気持ちと必死に戦っている。
……けど……それでも、隊長は……隊長だけは……
胃がひっくり返るような不快感を抑えながら、私は大きく息を吸い込んで隊長をかばうように剣先を構えた。
「民間人の避難はソフィーちゃんたち含む第九小隊のみんなに任せてきました。
私も戦います、隊長。常識的に考えてくださいよ、あんなの纏めて相手取って、いくら隊長でも勝てるわけないでしょう。光で脳みそ焦がされすぎです、総統閣下に心酔するのはいいですけど正常な思考回路くらい残しておいてください」
恐怖に痺れる舌先を無理やりに動かして、なるべく平静を保とうとする私。
我ながらなんとも情けない醜態ぶりだが、そこは平に容赦願いたい。こちとら、
いつかこういう日も来るだろうと思っていたけど、初の実戦、初の戦場……怖くない訳ないだろう。
でも、それでも、その恐怖心に勝るくらいに、私を突き動かす
「ウォーライラ……お前、何で」
そんなの、決まっている。
「馬鹿隊長。私のせいで隊長が死んだ、なんてことになったら、寝覚めが悪いでしょう。
もう私は、自分の無力のせいで
隊長は、私の恩人なんですよ。死なせたくないって思うのは自然じゃないですか。思って悪いですか。
第一、 隊長、私の幸せを見つける手伝いをさせてくれって言ったじゃないですか、約束
を反故にしたままお別れとか、最悪でしょう。男としてそれでいいんですか」
「……あぁ、そうだな。そうなってしまったら、俺は総統閣下に顔向けできん。
すまんな、ウォーライラ。そしてありがとう。俺自身が言ったことを、忘れてしまうとはな」
瞬間、私と隊長の瞳が重なる。
何故だろう。怖いはずなのに、私も隊長につられて口角が上がってしまった。
この人と一緒なら、きっと大丈夫だなんて思えてしまったから――
「ピンチな隊長を
「――仕方がないんですから」
零れた一言は、自分でも驚くほどに澄んでいた。
重なる心に頼もしさを感じながら、私は果敢に大地を蹴り上げる。
私は