シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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Chapter XX 黄金腕輪/Draupnir

 大地を濡らす雨風は、まるで天の慟哭が如く強烈な様相を呈していた。

 広がる曇天は闇のようにどこまでも深みを帯び、第二太陽(アマテラス)の輝きを遮っている。

 建物を殴りつけていく突風も、決して無視できないレベルの猛烈さを乗せたまま、戦場を駆ける兵士たちに水滴と血の匂いを運んでいた。

 

 雷雨と烈風、剣と血と暴力が渦を巻き撒き散らされる地獄の窯の中――すべてを薙ぎ払う炎のように疾走する二つの影があった。

 

黄金腕輪(ドラウプニル)! どうした、男なら正面切って正々堂々勝負するのが筋だろう! それとも隣に神聖魂泉(ウルザブルン)がいなければ何もできない腑抜けなのか貴様は!」

 

 弦を引き絞り連続で弓矢を連射――天に轟く雷ごと貫かんとばかりに猛撃を浴びせているのはアルヴィンだ。

 鷹の目の如き鋭い眼光と洞察力を以て、敵対する障害を確実に射止めてみせると戦意を滾らせ、星の輝きを放っている。

 

「糞餓鬼が。口の利き方を弁えろ。一体誰に向かってものを言っている、神聖魂泉(あんなもの)がいなくても、儂の強さは絶対だ。断じて濁りはしない」

 

 対し、腫れ物に扱うかのような辟易とした態度を隠そうともしない――それでも、基準値(アベレージ)の状態でアルヴィンの弓矢すべてをいなすという神業的な体捌きを披露しているのはシンである。

 心の底から、アルヴィンという光狂いにかかわりたくない……接触したくないという思いが強いのか、追跡するアルヴィンから逃走するような形で、通り過ぎざまに雑兵の頭蓋を粉砕して回っていた。

 

 その様子は、傍から見れば鬼ごっこのそれに見えるだろう。追いかけるものと追われるもの。追う者はどこまでも必死に、熱量を携えて。追われるものはどこまでも冷め切り、呆れたように。

 

 この二人の戦闘は、アルヴィンの一方通行状態となっていた。

 

「一対一ならまだしも、これは集団戦だぞ愚か者が。ならば雑魚から潰しておいた方が効率がいいだろう。長期戦を見越してなら尚のこと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 浅学だな、その脳みそはかざりなのか?」

 

「ほう、つまりそれは俺を強者と認めてくれているというわけか? お褒めにあずかり恐悦至極だ、神に選ばれた黄金腕輪(ドラウプニル)様よォッ!」

 

「阿呆か。儂から見れば貴様らはすべて塵芥と同じ。若者の貴様らが、儂に勝てる道理がどこにある? 年長者を舐めるなよ塵屑どもが」

 

 シンの眼前まで迫り、今まさに眼球を貫かんとしていた弓矢が木っ端微塵に砕かれた。

 居合いのように繰り出された神速の肘打ちで迎撃されたのだ。名を、頂肘(ちょうちゅう)

 背後に迫る弓矢も同様――背筋による体当たりで無力化される。名を鉄山靠(てつざんこう)

 ならばと数を増やして弓矢を殺到させるも、腰を鋭く回転させた正拳突きに余さずすべてが破砕する。名を、冲捶(ちゅうすい)

 

 ここまでシンの技の多くを見てきて、アルヴィンはその正体に確信を得ていた。

 すべての技が絶技、神業。一打必倒、一撃多殺を旨としている。

 間違いない。シンの扱う武術、体得している拳法、それは――

 

「――中国拳法。それも、一撃必殺を旨とする“八極拳”か」

 

「ほう。八極拳を知るか。浅学なりに、多少は学習しているようだな」

 

 書物でだが伝聞したことがある。

 旧暦に存在したとされる中国という国家で誕生した中国拳法が一つ……超至近距離戦闘を想定し、実践的な殺人術のみを追求した、どこまでも破壊力に秀でている拳法だ。

 前述した通り、八極拳を極めたならば当てる技どれもが絶殺、確殺。その技を受け五体無事などまずありえない。

 そして眼前のシンという拳士は、当然のことながら八極拳を達人の領域まで極めているのだろう。披露された全攻撃、その破壊力がすべてを物語っている。

 だからこそ発動値(ドライブ)のアルヴィンとも互角に渡り合えている。すべては積み重ねてきた修練と時間の成果。シンの束ねた経験すべてが、アルヴィンの命に爪をかけようとしていた。

 

「だが知ったところでどうにもならんがな。儂の八極に穴はない。星辰光(アステリズム)を使うまでもなく、貴様ら如き餓鬼、この身一つで充分に根絶やしにできる。若造どもが束になったところで、儂の経験(いのち)の厚みには勝てんのだよ。分際を弁えろ」

 

「……先ほどから随分な言い様だな。そんなにもお前は若者が嫌いか? 年寄りの自分だけが可愛くて仕方がない――そう言ってる風に聞こえるが」

 

 そう、アルヴィンは先からシンのある態度が気になっていた。

 ()()()()()()()()()()()。まるで、老齢の者にしか人権はないとでも言わんばかりの過激な物言いに、アルヴィンは異様な違和感を抱いている。

 この男の思想は、何かが狂っている。常人では及びもつかない狂気が、この男の胸中を満たしている。

 

 そんなアルヴィンの予感を肯定するように、シンは鼻を鳴らしながら重低音を響かせた。

 

()()()()()()()()()()()()。長く生きた者の方が偉く、強く、賢く、価値がある。当然のことだ。儂に比べて貴様ら若造の命なぞ木っ端同然よ。火にくべる価値もない」

 

「……なんだと?」

 

 吐き出された言葉が鼓膜を通り抜けた瞬間、アルヴィンは信じがたいものを見るかのような瞳をシンへと向けた。

 しかし当のシンは、その向けられる視線こそ理解が及ばないとでも言うかのように言葉を続けていく。

 

「何を驚いている。まさか貴様ら、己に価値があるとでも勘違いしていたのか? そんなわけなかろう。年功序列という言葉を知らんのか? 年若きゴミどもなぞ、年寄りを立てる薪のようなものにすぎんだろう。むしろ、我々の下地になれるだけ感謝するがいい」

 

 言っている言葉の意味を、アルヴィンは理解できずにいた。

 一体、こいつは何を常識を述べるかのように当然の口調でしゃべっている?

 そのような狂気的な思考回路を、まるで、「生きていれば腹が減る」とでも言うかのような感覚でぶちまけられる?

 

「いつだって世界の主役は長く生きた者、つまり儂のような年長者だ。たかが世界に産み落とされて十や二十の(かす)に何の価値がある? 重ねた経験も、費やした年月も、すべてこちらが上回っている。ならば総合的に価値があるのは儂らであろう? 

 儂は何か間違ったことを言っているか?」

 

「――間違ったことしか言っていないだろうが、()()

 

 アルヴィンの口から吐き出された感情は侮蔑そのものだった。

 積んできた研鑽や技術には敬意を払う――だがしかし人間性に関しては別だ。アルヴィンはこのシンという男とは、永劫相容れることができない存在だとこの瞬間に確信する。

 

「鍛え抜かれた拳とは対照的に、頭の中は未熟なままだな黄金腕輪(ドラウプニル)

 価値があるのは老いた方で? 若者はそいつらの下地だと? 挙句の果てに主役は年老いた年長者とは……呆れて言葉が出てこないな。俺はなるべく人の意見を尊重したいタチなんだが、貴様のその意見にだけは耳を貸せない。

 むしろ逆なんだよ、よく聞け黄金腕輪(ドラウプニル)。若者の下地になるのはむしろ俺達、年長者の方なんだよ。これからの世界を築いていくのはいつだって若者、これから生まれてくる子供たちだ。そんな若人が生きやすい世界をつくるために、俺たちがその道筋を塗装し、照らして、これからの時代を担う者たちへ想いを継承していく……それがあるべき世界の姿じゃないのか?」

 

 それはかつて酒の席でジェイスと共に語った偽らざる彼らの本音であった。

 無辜の民たちの笑顔を、若人たちの未来を守りたい。明日の笑顔を守りたい。だから俺たちは戦えるのだと。

 自分たちの次の世代を生きる子供たちに、立派な大人になってほしい。そして胸を張り、笑顔の花を咲かせながら、年長者(おれたち)の足跡を超えていってほしいと。

 アドラーを愛した閣下も、そう思っているに違いない、と。

 それなのに、この老いぼれた神の手先は。

 

「いつまでも己が主役だなどと――出しゃばるなよ老害(アクマ)め。

お前の時代など、当の昔に終わっているんだよ。年長者を気取るなら、黙って若人(かれら)の旅路を見守る余裕くらい見せたらどうだッ!」

 

 それこそが少しでも長く生きている自分たちに課せられ使命だろうと説きながら、アルヴィンは星の力をより一層激烈に喚起させる。

 少しでも言葉が届くようにと。お前のその考えは今この世界にとっては癌細胞でしかないのだと。僅かでも改心してもらえたのなら、と優しさを籠めたアルヴィンの言葉の数々は。

 

()()()()()()。この世の言語で話せ」

 

 空間に亀裂を刻む震脚と共に余さず吹き飛ばされた。

 攻撃も、言葉も、想いも、一切がシンに届かない。

 

「誰が未来の話をした。儂は今現在の話をしている。現時点で最も価値のある人間は長く生きた者なんだよ。今しがた生まれた赤子に何の価値がある? 何の経験も研鑽も積んでいない塵に。ただ糞尿を垂れ流すだけの虫以下の愚物だろうが」

 

「赤子が経験や研鑽を積んでいないのは当然だろうが! 生まれたばかりなのだから。そんな赤ん坊が、これからどのような道を進み、先人たちを超えていくのかが楽しみであり、この世界の希望なんじゃないのか!」

 

「その赤子が歴史に名を刻むだけの偉業を成すという保証はあるのか? 遥か未来に、その赤子が世界に役立てるという保証はあるのか? ないだろうが、そんなものはどこにも。ならば若者など必要ない。何故ならば経験豊富な年長者たちだけですべてが事足りているからだ。すべてにおいて、若者は年長者に比べ経験不足、研鑽不足、命の厚みが違うんだよ」

 

「命の価値を経験値だけで測るな! 第一貴様、若者を随分とこき下ろしているが……貴様にも若き時代があったはずだ。今よりも未熟な、今よりも青い、貴様が言う今よりも無価値な時代が! そんな己の過去さえ、貴様は無価値と断じるのか!」

 

「あぁ。過去の若き頃の儂など塵屑だ。だが若き頃の儂が得た経験値、積んだ研鑽は今こうして年老いた儂に役立っている。その点に関してはよくやったと言ってやりたい。

だがな、重ねて言うぞ小僧。若き頃の己など何の価値もない。価値があるのは、今こうして完成している儂自身だ。過去の儂ではない」 

 

「――――」

 

 

 シンの言葉を受け、アルヴィンは絶句した。

 シンはあろうことか、今の自分と若き頃の己を別のものとして切り離して考えているのだ。

 人生とは点ではなく線だろう。誕生した瞬間から積み重ねてきた経験が、今の自分を象っている。乖離して考える人間などそうそういない。

 よって、シンが今しがたぶちまけている価値観は一般的な視点から見れば支離滅裂だった。断じて、シンの言う“年長者”が口にしていい論理的な思考ではない。

 ……そう、それは、例えるならば――

 

 

「だからな、儂は許せんのだよ」

 

「ッ!」

 

 瞬間、シンの殺気が倍加して膨れ上がった。

 今までアルヴィンから逃げるばかりだったシンが、初めてそれらしい攻勢行動へと移行する。まるで、『お前の存在が許せない』と言うかのように。流星のようにその鍛え抜かれた最強の鉄拳を奔らせた。

 

「貴様ら、“光狂い”という存在がなッ!」

 

 刹那に間合いへ踏み込んできたシンの魔拳がアルヴィンの影を穿通した。

 爆散する大地。轟音が曇天へと吸い込まれていく。

 続けざまにシンは第二撃へ移行、アルヴィンも負けじと迎撃の態勢へと移った。

 

「本来は年長者が若人に負ける道理などどこにもない、儂のような傑物なら猶の事。儂は神に愛された黄金腕輪(ドラウプニル)なのだからなァ! それを何だ貴様らは……気合? 根性? そんな抽象的な概念で軽々限界(われわれ)を超えられてたまるか! 道理に合わんだろうが、破綻者どもめ!」

 

 想いの力で限界を超える? 彼我の実力差すら覆して? 致命傷すら知らぬと吹いて? 覚醒、覚醒、また覚醒と――ふざけるな貴様ら。それがどれだけ道理を外れた手段か分かっているのか? 

 長年積み重ねてきた経験の結晶を、たった一度の“覚醒”などというふざけた根性論で覆されるなど……あってはならないんだよ、そんなこと!

 

「アドラーは狂っている。あの英雄を筆頭に、馬鹿げている、気が触れているとしか言いようがない。

 儂の方が強いのだ! 儂の方が価値のある人間なのだ! それを気合と根性? 光の覚醒? 涙を明日に変えるため……? 馬鹿にしているのか、ふざけるなァァァッ!」

 

 怒り心頭。シンの光狂いへの嫌悪が爆発するとともに、拳のキレも相乗効果で増していく。

 光狂いなどというこの世の法則から外れた怪物どもは、一切の生を認めぬというかのように、シンは絶殺の拳で死の風を吹かせた。

 そう、許せない。許せないんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故なら自分の方がより長く生き、より長く修練を積み、より厚みのある人生を駆け抜けてきたというのに。

 それを軽々と超えていく若者たちは何なのだ? 年寄りの顔を立てるということも知らんのか? 恥知らずが、死ねよ貴様ら、地獄に堕ちろ。

 だからこそ初めはグレンファルトもスメラギも許せなかった。なぜあのような若造小僧の分際で国のトップにと……

 しかし真実を聴けば、そういうことかという感想しか出てこない。

 千年を生きる神祖? ならば道理だ、儂はたかが六十しか生きていない、彼らから見たら赤子のような存在。叶う道理があるはずもなく。

 ゆえに今後の忠誠は絶対だ。何故なら若造は年長者の言うことを聴くものだから。シンはこの身果てる時まで神祖たちについていくと誓約を己に立てたのだ。

 

 だがベルグシュラインは別だ。あの恥知らずは、自分より若造の分際で、第一軍団の団長を仰せつかり、しかも位階は自分と同じ第Ⅰ位階聖騎士(ファーストパラディン)……本当に解せない。

 自分を超える“価値”を持っている若者が許せない。

 斬空真剣(ティルフィング)も。光狂いも。自分の経験総てを超えていく若者が、憎くて憎くてたまらない……!

 

 そういう意味では、レナは非常に使()()()()()()()()()()。若輩たる己が身分を弁え、年長者を立てるということを進んでしている。

 自分の命令には絶対服従。逆らうという行為の一切をしない。自分の行為すべてに首肯し、黙ってこちらを慕ってくれている。

 いいぞ、これぞ若者のあるべき姿だ。あれは本当に役に立つ若造(どうぐ)だ……一番が儂なのだという世界の真理に気付いている。

 

 嗚呼、嗚呼……そうだ、一番は儂だ。儂なのだ。

 この世で神祖に次ぎ価値のある人間は、この儂なのだ――!

 

 

 

「まるで、餓鬼だな」

 

「……な、に……?」

 

 

 瞬間。沸騰する脳みそに冷水をかけられた気分になった。

 この目の前の男は、なんと言った?

 

「餓鬼だと言ったんだ。年長者がどうとか、若者がどうとか言っているが……結局お前は駄々をこねているだけだ。

 自分が一番じゃなきゃ我慢できないと吠え散らかしているだけなんだよ。年寄りのみっともない妬み僻み……悪いが、見るに堪えん」

 

 シンの若者への辛辣な態度、年長者にこそ世界は重きを置くべきであり、主役であるという考え。それらすべては、『己が一番でなければ嫌だ』という我儘に帰結しているのだとアルヴィンは看破した。

 ようは、自己顕示欲の塊。自分の方が優れていなければ嫌だという身勝手な物言い。

 そんな自己中心的すぎる考えの矛先に、罪なき若人たちが巻き込まれたというだけの話。アルヴィンも言った通り、ただシンは認められないからと駄々をこねているだけなのだ。

 身も蓋もなく言えば、()()である。

 

「妬み僻みなどではない。現に、儂はカンタベリー一番の……」

 

「実力者、とでも言いたいのか? なら訊くが、何故神祖たちはお前らをアドラー北部(ここ)に派遣させた? 一番の実力者だと信頼されているなら、皇都の守護に回されているはずだろう。だが現実はどうだ? 皇都の守護を担っているのは、斬空真剣(ティルフィング)率いる第一軍団だ。つまり黄金腕輪(ドラウプニル)、貴様よりも斬空真剣(ティルフィング)の方が信頼を置けると神祖は思っているわけだよ」

 

 加えて、これは言いづらいことだが、とアルヴィンは前置きし。

 

斬空真剣(ティルフィング)の方が認められている、信頼されているどころか……お前、捨て駒にされているぞ。神祖たちにいいように利用されているだけだ。

 皇都の守護を任せず俺たちの相手を命じたのは、『お前らはうちでは面倒見切れないから、アドラーの北部でひと暴れして相打ちにでもなって死んで来てくれ』って意味なんだよ。

 前例として、うちの諜報部隊隊長に元カンタベリーの手先のランスロ―って奴がいてな。そいつも初めは捨て駒感覚でアドラー(うち)にスパイとして潜り込まされたのさ。

 それで、使徒の洗礼とやらはお前も神聖魂泉(ウルザブルン)も受けてないのだろう? ならそれが答えだ。お前らの力を信用してあえて、ということも考えられるが……さっき話した通り、そもそも信頼しているならここまでわざわざ派遣させない。

 気の毒に思うよ、黄金腕輪(ドラウプニル)。神祖たちには、人の心がない」

 

 事実、アルヴィンの口にした推察は的を得ていた。

 そう、シンとレナは神祖たちに見限られていた。理由は単純、“扱いづらすぎるから”である。

 シンもレナも、聖騎士の中では特に癖の強い男女だ。

 実力は言うまでもなく折り紙付きだが、それ以上にプラスマイナスで考えたときにマイナスの側面が大きすぎる。

 だが、無暗に処分するというのも得策ではない……ならば、と神祖は考えた。

 

 神殺しのバックアップを行う瞬圧山羊(カプリコーン)、並びにアルヴィン・ロバーツにぶつけ、相打ちを狙おうと。

 一方的に処分するよりも、こちらの方が手間もかからず、しかも敵戦力を削ぐことができて一石二鳥だ。

 万が一、相打ちが叶わなかったとしてもあの鳴殺笛(シューリンクス)が相手なのだ。

 五体無事に完勝とはまずならない……恐らく土壇場の覚醒により、最低でもシンとレナ、どちらかは死ぬだろう、と神祖たちは踏んでいた。

 ベストなのは鳴殺笛(シューリンクス)とシンとレナ、三人の死亡だが……まぁ、どう転ぼうがいい結果が齎されるのには変わらないだろう、と。

 

 こうして、第三軍団はアドラーの北部へと派遣を命じられた。

 知らず内に、玉砕と言う名の爆弾を抱えさせられたまま……

 

 

「気の毒には思うが、同情はしない。どうあれお前らは俺達アドラーの敵であり、お前の価値観に同意は示せない。だから、討たせてもらうぞ、黄金腕輪(ドラウプニル)

 お前の嫌う、若造の光とやらでなァッ!」

 

 他者を平気で駒扱いし、道具のように使い潰す神祖たちへの怒りを露わにしながらアルヴィンは一層戦意を高めた。

 そんな神祖たちの相手をしているであろう戦友――ジェイスもきっと自分と同じ思いだろう。ならばこそ俺も負けてはいられない、勝つのは俺だと今まさにアルヴィンは覚醒は遂げ、神の手先の命を貫こうと星の力を振るったのだが――

 

「――黙れよ糞餓鬼」

 

 阿鼻叫喚の暴威が、空間全域へと迸った。

 予備動作なく大地へと炸裂された震脚はかつてないほどの破壊の衝撃を発生させ、踏み抜かれた大地の破片が周囲の兵士へと飛散した。

 アルヴィンが素早く部下たちの命を守ろうと弓矢を飛ばすが、しかし遅い。拡散した隕石じみた大地の塊は、敵味方分け隔てなくその命を軽々と奪い去っていく。

 のみならず、震脚により発生した余波――つまり風圧に触れただけでも、兵士たちの全身の骨が粉砕された。

 なんという圧倒的暴力の具現か。明らかに、先ほどよりも破壊力が増している。

 すなわち、これより全身全霊、加減なし。遂にシン・榊・アマツは基準値(アベレージ)から発動値(ドライブ)へと移行したのだった。

 

「貴様、命がいらないのなら初めからそう言うがいい。

 よくも散々儂を侮辱してくれたな。儂が駄々を捏ねている餓鬼? 儂が神祖に騙されている? ふざけるな糞餓鬼が、何を分かった風に狂言を回している。千里眼でも得たつもりか貴様。

 誰が何と言おうが、()()()()()()()! これは世界の真理であり、誰にも覆すことはできん。ゆえに死ね、鳴殺笛(シューリンクス)。儂を愚弄したその罪、地獄で永劫悔いるがいい――

 

 創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 

 

 とうとう抜刀される黄金腕輪(ドラウプニル)の真骨頂。

 己が発動体(アダマンタイト)――右手首に装着された、二つ名通りの黄金の腕輪に埋め込まれた結晶核(セイファート)を輝かしく発光させながら、シンは殺意の波動を具現させていく。

 

(さか)しらなるかな悪神(あくしん)よ。屑にも劣る匹夫の身分で、我に勝つるとよく吠えた。

 如何に小細工を弄そうが、我が(ふいご)の腕が止まることなど未来永劫無いと知れ」

 

 発現する言霊には、徹底した嘲笑が内包されていた。

 我が天下、しからばそれ以外の生命など凡愚にも劣る愚物であると。シンの内面が、言霊と共に世界へと流れていく。

 最強を冠する戦士は此処に在り。なればこそ己を嘲弄したその重罪、裁いてやろう、直々に。

 唸る拳に、星の力が収束していく。すべてを砕けと、咆哮するかの如く。

 

「劣弱極まる愚物の雑言、知らぬ聞こえぬ卑賎(ひせん)なり。膿んだ瞳を見開いて、主神が選びしこの黄金(こがね)の腕輪をとくと見よ。

 まさしくこれぞ至高の宝。天下に比肩するもの絶無、勇者の証は此処に在り」

 

 振りぬかれた拳に。鞭のようにしなった蹴り技に。周囲の命が散華していく。面白いほど、呆気なく。

 シンは自身の技量を鼻にかけている節があったが、やはりそれは口だけではなかった。

 こと技量に関しては断トツで群を抜いている――リディアやレナは勿論、アルヴィンでさえその高みに手を掛けることができない。

 そこにこの高出力で駄目押しとくれば鬼に金棒だろう。ただでさえ生身の肉体から発せられる破壊力でない拳の極みが、あらゆる隙を消し飛ばしていた。

 磨き抜かれた技術の結晶と、天より恵まれた星の恩恵……まさしく神に選ばれた男のすべてが、災害のように暴性を放散させながらアルヴィンへと襲い掛かる。

 

「滴り落ちる八の雫が、我が身を勝利へ導くのだ。選ばれし者の宿命が、大火を宿して廻り出す」

 

 先まではアルヴィンがシンを追跡する形になっていたが、今はその逆だった。

 アルヴィンは一定の距離を保ちながら弓矢を飛ばし、それに追い縋る形でシンは肉薄を続けている。

 発動体(ドライブ)の状態のシンの拳を直撃してしまえば、いくらアルヴィンと言えども重傷は免れ得ぬだろう。

 覚醒で戦闘を続行することはできても、万が一頭蓋や心臓を吹き飛ばされてしまえばそこで終わりだ。

 ……そして、何より。

 

「ゆえに万物撃滅するのみ。我が道阻む(うじ)どもよ、覇者の栄光(ひかり)で散るがいい」

 

 発動直前になっても、シンの星の正体の輪郭がぼやけているのがアルヴィンには不審だった。

 自己強化の類? 炎や水と言った自然現象を操作するもの? その一切が、欠片も掴めない。

 外界へも内界へも、あまりにも変化がなさすぎるのだ。何も起きていないように感じる。

 それがとても不気味であった。この星の不透明さは何なのだ? これから何が起こる? どのような殺し方を見せてくる? 

 黄金腕輪(ドラウプニル)の、星の輝きは――

 

 

超新星(Metalnova)――転輪せしは黄金腕輪(Dokkalfal)九滴の闇雫が如く(Draupnir)!」

 

 今、静謐たる必殺を纏う星として、現世に顕現を果たした。

 遍く若造、愚者の群れよ。総じてこの黄金の輝きの前に死ぬがいい。

 

「――ッ……!」

 

 異変はすぐに訪れた。

 アルヴィンの鳩尾に、拳が突き刺さったのだ。

 しかし、シンが直接殴ったわけではない。シンの拳の距離はアルヴィンから射程外である。拳の届く距離ではない。

 しかし、確かに今アルヴィンは()()()()()()。胸骨が砕け散り、苦汁が喉の奥から溢れてくる。

 

 だが、それがどうした。知ったことではない。こんなものは掌の薄皮が捲れた程度の損傷だ、とアルヴィンは態勢を崩すことなく弓矢を速射――同時に既に投擲している弓矢も旋回させシンの四肢目掛け操縦するが――

 

「軽すぎるわ、下郎」

 

 シンの拳に触れることなく、すべての弓矢が撃墜された。まるで拳に殴られたかのように。

 同時に、拳の衝撃が再びアルヴィンの心臓めがけて飛来してきた。今度は紙一重に回避することができたが、この衝撃を飛ばすような異能は何なのだ?

 前兆なき不可視の衝撃……不透明な能力……いや、自分は、この能力を知っている。

 

審判者(ラダマンテュス)の、刑戮烙印(セント・スティグマ)……!」

 

 然り、すなわち極楽浄土(エリュシオン)。元同僚が振るう星の力に非常に酷似した異能であった。

 しかし、それはあり得ない。まったく同じ星の力が発現することは基本的にあり得ないのだ。能力資質に多少違いがあるならば話は違ってくるが、いいやそもそも――

 

「俺は、衝撃を付与されてなどいないぞ」

 

 審判者(ラダマンテュス)が所持していた異能は、攻撃の着弾地点に不可視の多重衝撃を張り付け(ペースト)させるというものだった。いわば視えない爆弾を設置するということである。

 だがその能力を発動させるにはそもそも物体に衝撃を与えなければならない。そう、一合でも交わらなければいけないのだ。しかし、シンの拳は一度もアルヴィンの身体に触れていない。ゆえに衝撃が付与されていたなどあり得ない話だろう。

 であれば、拳の射程を伸ばす能力か? 否、己の水月に一撃与えた際、シンは拳を振るう動作を取っていなかった。

 弓矢を撃ち落とした際もだ。何の予備動作も無しに、中空で不可視の拳撃が乱れ飛んだ。

 

 ……ならば、答えは一つだと、アルヴィンの聡明な頭脳はその真実へといち早く辿り着いた。

 

「衝撃付着能力ならぬ、()()()()()()か――己が五体から発生した衝撃を物質ではなく、空間に固定し残留させる。あとは必罰の聖印(セント・スティグマ)と同じ原理だ、起爆させたいときに起爆させる……付属性ではなく干渉性に特化するとこうなるわけか」

 

「ほう、儂の異能の正体を見破るか。まぁだからといってどうなるわけでもない。この星を煌めかせた以上、お前を待ち受けるのは昏き死のみだ」

 

 

Shin sakaki Amatsu

 

基準値(AVERAGE):B

発動値(DRIVE):AA

収束性:A

拡散性:C

操縦性:C

付属性:D

維持性:A

干渉性:A

 

 

 シンの能力は、確かに本人が豪語する通り穴のないものだった。

 出力、収束性、維持性、干渉性、並びに高水準。拡散性と操縦性も平均、唯一低いのは付属性のみと、まさしく傑物と評されるだけに値する恵まれた能力の持ち主だ。

 加えてあの研ぎ澄まされた確殺の八極拳。あの拳から繰り出される破壊が不可視の衝撃となり襲い掛かってくるなど、冗談ではないだろう。

 並の兵士であれば百、千と殺せるシンの総合力。怖気に佇んで然るべきだが、しかし――

 

「昏き死だと? 違うな。待っているのは、沢山の笑顔が燦然と煌めくアドラーの未来だけだ。悪いが()()()――勝つのは、若造(おれ)だ――――!!」

 

「――ぬかせ恥知らずの小童がァァッ!!」

 

 アルヴィンは覚醒を遂げる。次代の若者たちの未来を、これからも照らし続けるために。

 そして二人の戦闘は第二局へと突入する。

 果たして待ち受ける未来は昏き死か、光輝く笑顔の未来か――曇天から覗く第二太陽(アマテラス)が、戦いの行方を静かに見守っていた。

 

 




Shin sakaki Amatsu

星辰光(アステリズム)

転輪せしは黄金腕輪(Dokkalfal)九滴の闇雫が如く(Draupnir)

デックアールヴ・ドラウプニル


基準値(AVERAGE):B
発動値(DRIVE):AA
収束性:A
拡散性:C
操縦性:C
付属性:D
維持性:A
干渉性:A


・衝撃残留能力。
 己が五体から発生した衝撃を大気中に残存させ、任意のタイミングで再び衝撃を発生させることができるシンの星辰光。
 かつて審判者(ラダマンテュス)と呼ばれていた男の星と非常に酷似した能力であり、ステータスも御覧の通りほぼ遜色がなく、すべての能力値が高水準。
 審判者の星と違い付属性が低く、代わりに干渉性が特化しており、並びに出力、収束性、維持性が群を抜いて高く、つけ入る隙が絶無である。
 シンの確殺の八極から放たれる衝撃はすべてが致命打となり得る破壊力を内包している。それらすべての衝撃を余さず空間中に残存させ、何の予備動作も無しに開放できるなど相手からすれば絶望という他なく、能力の不透明さも併せて攻略は至難の業。
 神に選ばれし黄金腕輪(ドラウプニル)は伊達ではない。天をも墜とす極みの鉄拳に、濁りも翳りも在りはしない。
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