シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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大変お待たせいたしました!


Chapter XXII 魔獣変造/Metamorphosis

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 

 闇のように噴出する、極大の殺意を乗せた起動詠唱(ランゲージ)

 雨空の下、まるで獣が慟哭するように、リディアは水溜まりを蹴飛ばしながら攻勢行動へと乗り出した。

 

「奈落の淵に追放され、苦悶に喘ぎ幾星霜。我ら闇弱(あんじゃく)極まる愚物には、この罰は身に重すぎる」

 

 レナは圧殺された分身体に代わる新たな影を創造した。そう、レナの星辰光は分身体創造能力。例え分身体が何度殺されようとも、二体までという上限さえ守れば無限に代用が効くのだ。本体のレナが殺されない限り、そのルールは絶対であり、ゆえにレナの星の力は強固なものとしてリディアの前に立ち塞がるはずだったのだが……()()()()()()

 

「四肢を切り裂く鋼の斬光。臓腑を(なぶ)るは裁きの焔。

 なにゆえこの身を刻むのか、我が生誕が罪ならば、どうか叫びに答えて欲しい」

 

 分身体を創生した先から殺される。

 創生、虐殺、創生、虐殺、創生創生創生創生虐殺虐殺虐殺虐殺――鉄塊剣を猛獣のように振り回すリディアの闘争心――あるいは殺意が、天井知らずに上昇していく。

 急激な戦闘能力の向上に、レナは眼前の彼女が特化型の星……つまり反動値が高い能力の持ち主だと即座に感知した。

 でなければこの破壊渦の惨状が説明できない。

 ……いいや、本当にそれだけか? 分身体から飛散する血飛沫を総身に浴びながら、レナは疑問に首を捻らせた。

 

「赦して欲しい。助けて欲しい。(こいねが)った安寧と神の慈愛は微塵と散った」

 

 リディアが鉄塊剣を半円状に真横に薙いだ瞬間、分身体の上半身が見るも無残に解体された。骨肉の弾ける音が雨音に絡まり、虚空に吸い込まれた肉の塊は粒子となって第二太陽へと溶けていく。

 リディアの剣捌きは、先とは見違えるものとなっていた。練度が上がった? 否、逆だ――練度は、著しく低下していた。悪く言えば、剣術が雑になっている。

 開放している殺意は先とは比べるべくもないが、剣の扱いに関しては酷いの一言に尽きた。何故ならさっきから、リディアは乱雑に、殺意の赴くままに剣を振り回しているだけに過ぎないのだから。

 あの流麗な剣捌きはどこへ行ったと言うのか。まるで使()()()()()()()()()()()使()()()()()、あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような挙動の数々は、レナに不信感を抱かせるには十分すぎた。

 もしや、彼女の星は。

 

「醜き獣人、災禍の化身よ。ならば今こそ、その慟哭で恐怖を齎せ。

 醜き過去(ヤミ)を引き裂くように、嘆きの覚醒(めざめ)は訪れた」

 

 刹那、大雑把だったリディアの体捌きが嘘のように消滅し、平時の軽やかなものへと変貌を遂げた。

 木刀でも振り回すかのような身軽さで、鉄塊剣を手足のように奔らせる。

 レナの分身体も負けじと反撃、または防御の姿勢を取るが、余さずすべてが砕かれる。

 文字通りの、変貌。リディア・ウォーライラは、明らかに人の枠組みから外れようとしていた。

 

 この信じられないほどの馬鹿力。豪槌磊落(ミョルニール)を思わせる怪力無双の超膂力……まさか彼と同じ、筋力増強能力?

 いいや、きっとそれだけではないのだろう。それよりももっと、禍々しい“何か”に違いない。

 リディアが今現在垂れ流している負の瘴気が、それを物語っていた。

 あの豪槌磊落(ミョルニール)のような、単純明快で神聖なる星などでは断じてない。

 別に豪槌磊落のことなどどうとも思っていないが、リディア(あれ)と一緒にしていまうのはさすがに忍びがない……それほどまでに、リディアの現出せんとしている星は、常軌を逸脱していた。

 恐らく、今この場にいる誰よりも。

 

 そして――

 

「流れる涙は誰が為に。あぁ、我が愛しの牧羊神――どうかその手を伸ばして欲しい。

 その優しい音色と光と共に、平和な大地を歩みたい」

 

 詠唱完了。ついに、リディア・ウォーライラの禍星(まがつぼし)のベールが今解き放たれようとしていた。

 

 さあ――殺してやろう、悉く。

 我が身全てよ、獣に堕ちろ。私を汚す悪魔ども、地獄に堕ちろ。

 

 

 

 

 

 

 これが私の、魔獣変造(メタモルフォシス)

 

 

 

 

 

 

 

超新星(Metalnova)――魔躯変造。慟哭の獣人、(Satyros-phallus)地獄に響け怨嗟の咆哮(Metamorphosis)――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 天へと注がれた呪いの咆哮が耳朶を駆け抜けたと同時、目に見えた異常がレナの眼前で起こった。

 リディアの両腕が、()()()()()()()()()()()()()

 否、これは大木というよりも、むしろ熊か象……そう、獣の類の巨腕に変形したと表してもいいだろう。

 それほどまでに生々しく、禍々しく、リディアの身体は劇的な変貌を遂げた。

 そして――

 

 

「死ねえええぇぇぇぇ――――ッ!!」

 

 端麗な面貌に血管を浮き上がらせながら、リディアは炎を吐くように殺意を滾らせた。

 二メートル弱にまで巨大化を遂げた怪物の両腕がレナへと振り下ろされる。

 レナは舌打ちを一つ飛ばして分身体に己が足を掴ませた。そして一回転しながら遠心力を利用して己が身体を射程外までぶん投げる。ぬかるむ大地に滑るように着陸すると同時、風船が割れるような音が弾け、二体の分身体はリディアの腕の下敷きとなり、哀れ無残な挽き肉にされていた。

 

 鎌首をもたげるようにゆらりとレナが上体を起こすと、殺意が充満したリディアの双眸(そうぼう)と視線が絡んだ。

 レナは改めてリディアのその過剰肥大した腕へと意識を飛ばす。

 ――なんて、醜い。

 レナの胸の中に生理的嫌悪の波が立った。いや、例えレナでなかったとしても、アレを瞳に映して好奇の感情を浮かべるものなど、この世に一人もいないだろう。

 リディアの両腕は、人らしい肉の質感を多少残しながら、しかしそのほとんどを獣のそれへと堕としていた。肌色は赤黒く変色しており、体表を走る無数の血管は、まるで蜘蛛の糸のように複雑に絡まり、脈動し、蠢いている。

 掌にこびりついている肉の破片と鮮血が、より強烈にリディアの禍々しさを表していた。

 

 そんなリディアの姿を網膜に焼き付けたレナは、やがて一言、当然の感想を呟くように漏らすのだった。

 

 

「……まるで、()()()ですね」

 

「――黙れええぇぇぇぇッ!!」

 

 “化け物”という単語が鼓膜に触れた瞬間、リディアの思考は茹った様に怒りに染められた。

 変態した右腕を天高く抱えながらリディアは大地を蹴り飛ばし、瞬く間にレナの射程内へと入り込む。 

 すぐさまその口から吐き出る言葉を叩き潰さんと、右腕に握られた鉄塊剣がレナの頭上に隕石のように注がれた。

 リディアの発動体(アダマンタイト)が着弾する寸前、レナは跳躍しながらその剣先を蹴り上げる。

 反動を利用して宙に身を晒すレナ。一泊遅れて大地が粉々に爆散し、土煙が充満した。

 リディアの視界が閉ざされた今、レナにとってはこの瞬間は絶好の好機であった。

 リディアの星の正体は未だ全容が掴めないが、決して侮ってはいけない壮烈なものであるということはもはやその身を以て実感している。

 ゆえに殺そう、今すぐに。決意したと同時に、レナは分身体を創造、刃を大地と垂直に構え落下――奔る殺意の先には、リディアの五体が。

 

「ッ……!」

 

 気づいた時にはもう手遅れだった。

 まるで木々の枝をへし折ったかのような音が響いた次の瞬間、リディアの巨大化した左腕は根元から切断され、雨の雫の下で舞っていた。

 絶叫を上げるより早く、更なる追撃がリディアの腹部を、右肩を――二方向からレイピアが貫く。

 流れるように完璧な殺し方。確かにリディアの星は破壊力に特化しているようだが、ならばその土俵でわざわざ競う真似をしなければいいだけのこと。

 レナの星は小回りと応用が利く類の星なのだから、翻弄し、手玉に取り、嵌めて殺して終幕だ。

 肢体から噴水のように血を流しているリディアは、もはや助からないだろう。今しがた受けた連撃により限界を迎えたのか、リディアの残った右腕も星の力が解除され、元の少女然とした細腕に戻っている。

 終わってしまえば呆気ないものだったな、とレナは肩の力を抜いた。恐ろしく不気味で、禍々しさの極みと言える星だったが、我が愛の前には所詮毛ほどの役にも立たなかったという訳だ。

 さあ、あとは止めを刺すだけだ。心臓に刃を突き立て、首を撥ねて完殺する。

 そして残るは鳴殺笛(シューリンクス)のみ。

 あぁ、待っていてくださいシン様。貴方を銀河一愛しているレナ・キリガクレが、今すぐお傍に参ります。

 貴方の無限の未来は、もう目の前です……と、喜悦に震えた温かい吐息を吐いた瞬間だった。信じがたい光景が、展開されることになる。

 

「何勝った気でいるのよ、神聖魂泉(ウルザブルン)。そんなに爺のことで頭がいっぱいなの? 本当に、気色悪いわね」

 

 聴こえてくるはずのない声音が空気を揺らし、息を呑んだ瞬間に剣先が円状に振りぬかれた。

 分身体は二体とも首を撥ねられ消滅――レナ本体も腹部を深く切り裂かれ、破裂したトマトのような赤い液体を止めどなく滴らせた。

 腹部を抑えながら後退し目線を上げると、そこにはなんと、すべての傷を完治させた万全の状態のリディアが、地に足をつけているではないか。

 しかも、してやったりという風な皮肉な笑みまで浮かべて。

 

 馬鹿な――あり得ない。

 口中に広がる鉄の味に不快感を覚えながら、レナは目前の現実を正しく認識できずにいた。

 夢でも見せられているのだろうか。だって、あり得ない。そう、あり得ないんだよ。

 確かに私はあの女の左腕を切り飛ばし、その身体中の至る所に痛々しい裂傷を刻んでやった。

 それが、何だこれは? 斬り飛ばした腕が再生しているのは言わずもがな、致命に至る刺し傷や、かすり傷とも言える細かい裂傷まで、そのすべてが消滅している。

 逆再生の映像を見せられているかのように、リディアの全身は完全回復を遂げたのだった。

 

「……貴女は、何? 何だと言うのですか?」

 

 思わずレナの口端から垂れたのは、そんな稚児が発するような曖昧な疑問だった。

 その言葉を真正面から受け止めたリディアは、眉根を寄せながら非常に冷淡に、突き放すように声を投げた。

 

「アンタが言ったんでしょう、化け物って。確かにそうよね、こんな能力。化け物以外の、何物でもない……糞ったれッ!!」

 

 心の底から忌々しい――そう吐き捨てると共に、リディアは今度は両足に星の力を注ぎ、先の両腕のように過剰肥大させた。

 丸太のように膨れ上がった足先で大地を踏みしめ、跳ぶ――炸裂弾も斯くやという爆音と衝撃を引き連れて、リディアはレナの間合いに詰めてくる。

 二人の距離がゼロに還ると同時、リディアは足の変容を解除――すぐさま腕の強化に切り替えた。

 解き放たれた弩級破壊の一閃は、風圧だけでレナの躯体を地面へと叩き付けていた。

 

 血生臭い砂利を舐めながらレナは両腕をバネにして起き上がる。即座に分身体を生成し、化け物退治の命を下した。

 あれを一秒でも長くこの世にとどめてはいけない。可及的速やかに殺し、地に眠らせなければ。

 前後で重なりながら一直線に、勇猛にリディアに突貫した二体の分身体(ノルニル)は、しかし――

 

「邪魔」

 

 リディアは左腕に握っていた()()()()に星の力を注ぎ込み、穂先を槍のように尖らせた巨大な(もり)を形成――渾身籠めて、投擲する。

 どこから骨を摘出したのかと問われれば、きっとレナに致命傷を与えられたあの瞬間だろう。左腕の断面から手を突っ込み、肉の束を掻き分けながら強引に骨の一本を抜き取ったのだ。なんという狂気の沙汰か。

 旧暦に存在したとされる滑空機を思わせる軌道を描き直進した死の穂先は、疾駆していた二体の女神の影を易々と貫通し、死に至らしめた。

 二体分の死体を積み上げたにも関わらず中空を猛進する銛には減速という(たが)などは存在しなかった。

 分身体の血を一面に撒き散らしながら、真っすぐに本命(レナ)へと狙い違わず飛来する。

 

 

「チッ――!」

 

 用済みとなった分身体を霧散させると同時、星の鼓動を再起させる。

 レナを守るように召喚された二体の新たな分身体は、猛犬のように迫る銛をレイピアによる斬撃で雨空へと弾き飛ばした。

 

 レナはこの忌まわしい星の正体を探るため、リディアがこの瞬間までに披露した技の数々を頭の中で列挙する。

 肉体の過剰肥大。損傷の完全回復。己が組織の一部の武器化……すべて、自身の肉体を起点として星の力が発動している。

 

 肉体強化能力? 体組織過剰活性化能力? どちらも否だろう。

 この星はもっと、魔的でおぞましい、おおよそ人が振るっていい類の代物ではないのだと、レナはリディアの宿す魔獣の正体を見破った。

 

「肉体変造、創造能力。自分の肉体を自在に変形させ、時には創造することができる能力ですか。

 合点がいきました。何故そのように扱いづらいであろう大剣を発動体にしているのかも、傷口が一瞬でふさがったのかも。すべてが繋がった」

 

 そう。リディアの星の正体、それは、己が肉体へ星の力を訴えかけ、自由自在に変造……作り変えてしまう、もしくは創造するという能力だった。

 両手足が冗談のように巨大化したのも、致命傷が瞬く間に回復したのも、自身の骨が強力な武器となったのも……すべては、この星が成せる技なのである。

 大剣が発動体というのも、この能力を使用することを見越してのものだった。

 確かに基準値状態のリディアでは、この巨大な鉄塊剣を満足に扱うには筋量が足りていないだろう。ゆえに能力発動以前、無様な剣術を繰り広げていたのもそのためだ。そもそもこの鉄塊剣は、能力を発動させながらの使用のために調整されていたのだ。  

 平時の筋力でまともに振るえるわけがない。だが星を起動し両腕の筋力を増強させれば――どうということはない。木の枝を振り回すが如く、軽々と破壊を振りまける。

 

 傷口がすべて快復したのも、星の力を肉体に注ぎ込み体組織を“創造”したからだ。

 作り直した、とも言えるだろう。だから致命傷であろうともリディアは即座に欠損した肉体を作り直し、全快することができたのだった。

 

 

「なるほど、確かに非常に強力なものですね。能力の質だけで言うなら、私の三柱女神(ディースノルニル)を遥かに凌いでいる。

 ……ですが、やはりと言いますか、弱点は浮き彫りですね」

 

「ごッ――ぐ、ばああぁァッ……!」

 

 その時、リディアは内臓を疾走する激痛に鳩尾を押さえながら激しく吐血した。

 新品に入れ替えたかのような綺麗な白色の肌に、点々とした血の斑点がこびり付く。

 そう、リディアの星は強力無比な反面、如何ともしがたい弱点が存在していた。

 それは、反動差。リディアの星は、基準値と発動値の値が大きく離れていた。ゆえに、星を発動させたときの反動が並みの星辰奏者に比べて非常に大きい。

 今もリディアは、己が内側で血管が弾け、内臓が飴のように溶けていく感覚を直に味わっているのだ。

 

 だから、発動させたくなかったのだ。

 いいやそもそも、発動値もそうだが身体を内側から作り変える……などということを星の力でとはいえ敢行しているのだから、身体的負荷が尋常ではないことなど言うまでもないだろう。

 星を輝かせた途端に、全神経を焼き切らんとばかりに荒れ狂う、痛い、痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――激痛苦悶の大合唱。

 決して鳴りやまない痛苦の喇叭(らっぱ)は、秒単位でリディアの生命を刈り取らんとしているのだ。

 ……あぁ。何よりも、この能力は、本当に。

 

 

「改めて言わせてもらいますね、リディア・ウォーライラ。

 貴女は化け物以外の何物でもありません。そのような醜い星、見るに堪えません」

 

「――ううぅあああぁぁァァアアアアッ!!」

 

 下唇を流血するほど噛みしめて、リディアは鉄塊剣をレナの胴体へ振り下ろした。

 直撃はしなかったが大腿四頭筋に深い裂傷を刻むことに成功。これで機動力を僅かに削ぎ落すことができるだろう。

 しかしレナの表情に苦痛の二文字はない。瞳に浮かべる感情はひたすらに冷ややかなもので、あるいは侮蔑すら籠められていた。

 

 あぁ、そうだ。この力は“化け物”としか形容する言葉がない禍々しいものだとも。

 反動差があるのはまだいい。心の底から嫌だが、この能力の本質に比べれば微々たるものだ。論ずるに値しない。

 この能力の一番の問題点は、その“見た目”だ。

 私とて一応は年頃の女なのだ。それなのに、発現した星の力はこんなに醜いもの。自分の身体が自分のものでなくなるような、醜い獣へと様変わりしてしまう能力。

 最悪だった。許せなかった。何故、よりによってこんな能力なのか。

 強力なのは疑いようもないが、もっと他に無かったのかと第二太陽(アマテラス)を呪わずにはいられない。

 ならばこんな星、二度と使用しなければいいと思っていたが……結局、この能力を使わなければ生き残ることなど、どだい無理。

 だからリディアは、この星が手放せずにいた。自身の身体に宿るこの醜き魔獣の煌きこそが、己を守る最強の盾ということに、皮肉にもリディアは気づいてしまっていたから。

 

 どうしようもなく嫌で嫌で、嫌いでたまらなくて、今すぐにでも体の外に排出されて欲しい癌のような星屑だが、リディアが頼りにできる力は、これしかないのだ。

 逃げ道など、どこにもない。

 

 醜き獣人、災禍の化身は――ただ、泣き喚きながら雄叫びを吼えることしかできないのだ。

 

「ですが醜き獣人、化け物同士とてもお似合いですよ。貴方と鳴殺笛(シューリンクス)は。

 地獄に生きる醜き獣と、光に(めし)いた獣人(アイギパーン)……結構なことではないですか。獣らしく、涎を垂らして交尾なさってはどうですか?」

 

「――――ッ、……」

 

 吐き出された悪罵(あくば)の言葉に対して、リディアの中の大切な何かが大きな音を立ててブチ切れた。この刹那だけ、五体を巡る激痛さえも忘却して……心をすべて嚇怒の焔にくべながら、リディアは腹の奥に力を籠めて有らん限り反駁(はんばく)した。

 

「だから……私なんかと、隊長をッ! 一緒にするなって言ってんだろおおぉォォォッ!!」

 

 咆哮。そして、肉体を改造――殺意の華を撒き散らす。

 巨大化させた両腕で地面を抉る、宙を裂く、壊す、壊す、何もかも。

 

 かつてそれはアルヴィンに対して反論した言葉とまったく同じのものであったがしかし……そこに籠められた意味に、かつての自虐と皮肉はほとんど含まれていなかった。

 否、深層的に含まれていた言葉の意味は、むしろ……

 

「私は確かに醜いかもしれない! こんな能力に、俗物としか形容しようのない精神弱者っぷり! 臆病な怪物(サテュロス)ってなじられたところで否定する材料なんてどこにもありゃしないわよ……けど、けどねぇ……! 隊長は違うッ! ロバーツ隊長は、醜い獣人なんかじゃ断じてないッ! 誰よりも優しい、愛に溢れた人間だッ!!」

 

 誰よりも彼よりも、このアドラーという国すべてのことを考えてくれている、正真正銘の人格者。光の後継者。

 アドラーの民全員、余さず一人残らず笑顔になってほしいと本気で考え、そしてその実現のために命を賭せるほどの、本当に凄い人。

 私みたいにどうしようもない人間にも救いの手を差し伸べて、諦めることなく愛を注いでくれた……私の恩人。尊敬する人。

 

 まだ……まだ……まだ、まだ、まだ、まだ……語る言葉が足りないほどに、ロバーツ隊長は魅力に溢れた人なんだ。

 私なんかと並べていい人じゃない。私が彼に追いつくためには、今よりももっともっと立派な人間になる必要があるから、間違ってもお似合いなどと言われたくはないのだ。

 私なんかと並べて、その価値を下げないで欲しい。

 

 あぁ。むしろ、そんなこと言ったら……

 

 

「逆に、アンタたち主従はお似合いよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()……一人で勝手に完結してる、主も従者も子供みたいに独りよがりな自慰行為で満足しているだけなのよ。アンタ、そのことに気づいているわけ?」

 

「――――」

 

 

 リディアの攻撃の悉くを流麗に躱し、反撃の手を休めることなく与えながらも、レナは微かに動揺した。

 

 己の“愛”がただの自慰と言われたことに、僅かながらレナの神経が逆なでされたのだった。

 

「あの爺は自分が一番でよければ何でもいい、それ以外は塵としか扱わないような老害。

 貴女はそんな、愛情を知らない爺に恋する生娘。振り向いてほしいとも思っていない。

 これが自慰でなくて何だって言うのよ。お互いに勝手に一人で完結しているじゃない。人の意見に耳を傾ける気もない、自分の世界だけで閉じている。

 私が言えた台詞じゃないけど、人って言うのは心を交わして生きる生き物でしょう? “愛”なんていう概念はその最たるものじゃない。でもあなた達は一切心を交わしていない。特にアンタは、勝手にあの爺に自分の白馬の王子を重ねて触れるでもなく想いを告げるでもなく、ただ傍で見つめながら自分で自分の股をいじくるだけ……それが、言うに事欠いて、愛? 笑わせないで。単にアンタたち、互いが互いを都合のいい道具としてしか見てないだけじゃない。そんなもの、セフレ以下よ。愛を舐めるな、()()

 

「……何を言っているのか、分かりませんね。まぁ、獣に何を言っても、無駄――」

 

「だからそれが――自慰行為っつってんのよッ! 人の話を聞けッ!!」

 

 もはやこの女に何を言っても無駄だと知りながらも、リディアは怒りのままに言葉を重ねる。

 届かずともいい。この女に道徳を説いてやろうなんていう気も更々ない。

 だたこれは、自分の気持ちの問題なのだ。単純明快に、リディアはレナの信条、そして在り方が許せなかった。

 ゆえにこそその歪んだ在り方に否と吼えながら、己が内側で暴れ狂う獣の痛みさえ捻じ伏せてレナへと果敢に突貫している。

 すべては、その歪な価値観ごとこの女を叩き潰すため。リディアの女としての意地と矜持から、この女にだけは負けてなるものかと炎のように猛っていた。

 

 ――だがそんな勇壮たる決意とは裏腹に、レナはリディアの攻撃を徐々に見切り始めていた。いや、そればかりではなく……

 

 

「なるほど。どうやら貴女の能力は、好き放題に身体を弄り回せるわけではないみたいですね。肉体改造が施せる箇所は同時展開で三つまで。加えて欠損を回復させるとなるとその分リソースを割くために肉体強化との並列展開は不得手……

 恐らく出力と収束性がもう少し高水準であれば際限無しに展開できたのでしょうが……ないものねだりを言ってもしょうがないですからね。化け物は化け物らしく、惨めに最期を迎えてください」

 

 リディアの星の特性を正確に看破され始めた。

 そう、リディアの星は何も万能に好き放題身体を改造してまわれるという無敵の能力ではない。

 無論、この星にも出力相応のキャパシティというものは存在するのだ。

 だから、全身を異形の如く強化した上で欠損が発生した個所から虱潰(しらみつぶ)しのように完全回復させるなど、不可能な芸当である。

 いや、理論上であれば不可能ではないのだがそれは先ほどレナが指摘した通り、圧倒的に出力と収束性が足りていない。

 

 

 

魔躯変造。慟哭の獣人(Satyros-phallus)地獄に響け怨嗟の咆哮(Metamorphosis)

AVERAGE(基準値) D

DRIVE(発動値) A

STATUS

集束性 A

拡散性 D

操縦性 AA

付属性 B

維持性 C

干渉性 E

 

 

 

 

 

 この魔獣変造(メタモルフォシス)を完全に使いこなすというのであれば、最低でも収束性はもう一ランク上……そして出力に関しては最低でもAAAランク相当の能力値でなければ話にならないだろう。

 

 しかし、それでもリディアの現在の能力値でも十二分に強力な星であることもまた間違いはない。

 平均的な星辰奏者であれば、一切の歯牙にもかけないのは今更言うまでもないだろう。

 

 ……そう、平均的な星辰奏者であれば。

 

 

「ぐッ、がああぁァ! う、ぐうううゥゥッ……!」

 

 削る。削る。削られていく。命の端から次々と。

 残念なことに、今現在リディアが相対しているレナ・キリガクレという少女は平均的な星辰奏者という枠組を遥か超越した強者だ。

 だから、弱点が見えてしまえばもはや趨勢は決したようなもの。

 レナはリディアの剛撃を軽々と躱しながら致命の一撃を間断なく刺し込んでいく。

 

 レナが重視するのは一撃による必殺ではなく、連撃による嬲り殺しだ。

 攻撃の回転率を極限まで高め、一秒に当てられる攻撃の回数をひたすらに突き詰めていく。

 その結果が、これだ。

 リディアの肉体強化は今や右腕のみとなっており、その力のほとんどが決壊した肉体の回復に充てられている。

 こうなってしまえば、あとはこのまま嬲り殺されるのを待つだけだろう。

 こうして力を使い続けている今も、リディアの体力は消耗の一途を辿っている。ただでさえ発動しているだけで反動差で気がおかしくなりそうな激痛が全身を巡るのだ。

 それに加えて必要以上に能力を行使させればどうなるかは火を見るより明らかで……リディアの先までの破竹の快進撃は、氷水をかけられた炎のように鎮火してしまっていた。

 

 このままでは負ける。そんなことは言われるまでもなく分かっている。

 だが、負けるわけにはいかない。女の意地とプライドに賭けて、そして何より、己の幸せへの道をこんなところで途絶えさせるわけにはいかない。

 そうしたら私は、あの世で見守ってくれているであろう母に顔向けできなくなってしまう。

 ならばどうすればいいか? どうすれば、この絶望的状況を打破することができるのか。

 

 ……答えは、決まっていた。

 もう一段、上の覚悟を貫く必要がある。

 この能力を使用するだけでも決死の覚悟だったというのに、それ以上の覚悟が、この局面では必要だった。

 正直、逃げ出してしまいたい気持ちでいっぱいだった。

 できることなら、今すぐにでも背中を向けてどこか遠い場所にまで隠れてしまいたかった。

 それくらい、怖いことだけど。でも、死ぬよりはきっとマシだから……なんて、如何にも自分らしい後ろ向きな暗示を心に掛けて、いざ――

 

「終わりです、醜き怪物。ご安心を、すぐに地獄で鳴殺笛(シューリンクス)ともお会いできますよ」

 

 力の過剰行使により意識が朦朧とするリディアへ、三体のレナは真横、そして上空から串刺しの態勢で襲い掛かった。

 これにて王手詰み(チェックメイト)。レナとリディアの対決は、レナの勝利で幕を閉じる――かに見えたその瞬間。

 リディアの曇っていた瞳に、再び熱い光が灯ったのだ。

 

 刮目せよ――これが最後の、魔獣変造(メタモルフォシス)

 

 

「――――ッ……!?」

 

 

 刹那、展開された光景にレナは思わず瞠目した。

 何だ、こいつは……一体、何をしている……!?

 

「グ、ア、アアァァァアアアアァァアアアアアアアッ……!!」

 

 激痛を凝縮したような痛々しい叫び声を発したのはリディアだ。

 リディアは今現在、二十三年の人生で今までに体感したことがない最高の痛みをその身に味わっている。

 それもそのはずだろう。リディアが踏み切った覚悟、それは……己が大腸を触手状に変形させ、自身の腹と背中を突き破りながら展開したのだ。

 激痛、などという言葉で済ませられるレベルではない苦悶地獄だろう。想像するだけで常人ならば発狂してしまう光景だ。

 

 大蛇のようにとぐろを巻きながら展開された触手上の肉の束は、三体のレナを危うげなく捕捉、拘束することに成功する。

 絡みつく生臭い体液の感触に不快感を露わにしながらレナは脱出を試みるも、それは叶わない。逆に猛獣の如き剛力で四肢をしめあげられ、全身の骨が悲鳴を奔らせた。

 

 リディアの生涯最大決死の覚悟は、最高の結果を齎した。

 能力の過剰励起のせいでこれ以上の星の行使は難しいだろうが、ほんの少し触手に力を籠めればレナの五体は果実のように弾け飛ぶだろう。

 よって、リディアは決着を確信した。これ以上はもう覆らない。絶対的な勝利を掴んで見せたのだと、大苦悶の波の中でも僅かに口角を釣り上げた。

 

「じゃあね、異常性癖枯れ専処女(おひめさま)

 

 実際、それは間違っていない。

 確かにこの瞬間、リディアは間違いなく勝利していたのだ。現に、レナも敗北を悟っていた。あぁ、自分は負けたのだな、と。シン様、貴方のお役に立てずに申し訳ございません、と現世へと別れの言葉を刻んだのは確かなのだ。

 

 だから、その勝敗が覆る可能性があったとするならばこれ以外ありえない。

 

 ()()()()()()

 

 刀剣のように鋭く繰り出された凶拳の十連撃に、リディアが展開していた触手は余さずすべて蹴散らされていた。

 

 

「……え?」

 

 腹と背から生えていた己が大腸の先が断絶される感覚。

 苦痛よりも先に感じたのは全身の脱力に伴う虚無感であった。

 レナに止めを刺すほんの僅かな刹那、突如割り込んできたシンの拳の嵐により、リディアの覚悟は粉微塵に打ち砕かれた。

 

 大地に膝をついた瞬間、眼前に躍り出るシンとレナ(あくまたち)の影。

 

 何で、ここに黄金腕輪(ドラウプニル)が? 隊長と戦っていたのではないのか?

ならば、隊長は? 隊長はどうなってしまったのか?

 ……まさか。あぁ、まさか、まさかまさか……まさ、か。

 

「――私、負けたんだ」

 

 

 どこか他人事のように呟いた次の瞬間、視界の隅で剣の切っ先と拳が舞った。

 視界が暗闇に閉ざされる最中、それが、リディア・ウォーライラが最後に見た景色であった。 

 




Lydia warlyla

星辰光(アステリズム)



魔躯変造。慟哭の獣人(Satyros-phallus)地獄に響け怨嗟の咆哮(Metamorphosis)
AVERAGE(基準値) D
DRIVE(発動値) A
STATUS
集束性 A
拡散性 D
操縦性 AA
付属性 B
維持性 C
干渉性 E




サテュロスファルス・メタモルフォシス



・肉体変形、及び創造能力。
己が肉体へ星の力を訴えかけ、意のままに変造させるリディアの星辰光。
四肢を過剰肥大させ敵を屠ったり、欠損した肉体部位を再生させるなど非常に応用力が高い能力。
本編でもやって見せた通り己の骨肉を武器上に変形させるのもお手の物で、能力値の範疇のことであれば不可能な変形は理論上ない。
ただ勿論キャパシティは存在しており、出力以上の過剰展開は不可能、自身の肉体を内側から弄るという能力上身体的負荷が凄まじいなど分かりやすく弱点は浮き彫りになっている。
そして何より、リディアはこの星を心の底から嫌悪している。
理由は本編でも語られた通り、その基準値の差による身体的苦痛と怪物のように己が肉体が変態するショッキングさが理由となっている。
それでも彼女は、この異能を手放すことができない。
この星に宿る化け物こそが、自身の命を守る忌まわしき唯一の盾なのだから。











星辰光ステータスグラフは「生野の猫梅酒」さんからお借りいたしました! 
クオリティ高すぎませんかねぇ!!!!!(驚愕)
生野さん、この度は本当にありがとうございました!!!!
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