シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
「おおおぉぉォォォ――――ッ!!」
「はあああァァァ――――ッ!!」
流れる大気を引き裂くように、膨大な熱量を宿した鬼気迫る咆哮が轟いた。
同時、隕石が如く空中に乱れ飛ぶは無限とも思える大量の弓矢と絶拳の衝撃波。
それらがぶつかり破壊の渦を発生させるたびに、辺り一面の地形は原型を留められずに見るも無残に崩壊していく。
今も依然変わらず瞬圧山羊と翡翠騎士団の激闘はそこかしこで熾烈を極めているが、アルヴィンとシンの戦闘領域のみ周囲には兵士の姿は一人も見当たらなかった。
単純な話、彼らの戦闘についていけるものが誰もいないのだ。しかも、下手にどちらかを援護しようと近づこうものなら余波だけで絶命するのはもはや火を見るよりも明らかである。
猛獣の縄張り争いに草食動物が横槍を入れるようなもので、そんな犬死をすることだけは御免こうむりたいと願っているゆえ、誰も近づかないし、近づきたいとも思わない。
あの領域の殺し合いを演じられるのは、真にあの二人しかいないのだ。
そしてアルヴィンとシンの激烈たる攻防、果たして今現在どちらに天秤が向いているかと言えば――ほぼ互角ではあるのだが、微妙な僅差でアルヴィンが優勢であった。
というのも、理由はたった一つだけ。忘れてはならない。アルヴィン・ロバーツは温かな優しさを持つ好漢であれど――
「どうした
彼は立派な光狂い。並の星辰奏者であれば一撃で二、三度は殺せるシンの魔拳をその身に四発も貰っているにも関わらず――それらを気合と根性により“些事”だと切り捨て、威勢よく命を燃料にくべながら攻勢行動へと乗り出している。
シンの繰り出した星の力により、アルヴィンの内臓は苺のように弾け、骨に至るまで木の枝のように折れてしまっていることだろう。当然、その重症による激痛など想像するだけで筆舌に尽くしがたい。
――あぁ、
その程度のことが、一体なんだという? こんなもの、掠り傷の内にも入らんし、痛いと喚いていいようなレベルじゃない。
身体はまだ動かせる。星の力も絶好調。ならば止まる理由などあるはずもなく。
まだだ、もっとだ、前へ前へ。目指す未来の為に、己がすべてを炎と燃やし、全力疾駆で駆け抜けよう。
まだだ、まだだ――――もっと、もっともっともっともっと、前へ前へ前へ前へ!
「うおおおォォォォォ――――ッ!!」
「チィッ……! 気が触れている……頭に蛆でも湧いているのか貴様! 狂気という言葉ですら生温いぞッ」
口の端から鮮血の花を咲かせながらも獰猛な笑みでこちらへ肉薄してくる
冗談ではない。何だこの生き物は。
致命の一撃を与えられて、沈むどころか何故攻撃の勢いが加速する?
何故当たり前のように時間経過と共に覚醒を繰り返す? 彼我の実力差など誤差だと言わんばかりに、力の上下関係をちゃぶ台返しのようにひっくり返せる?
すべてが道理を完全に無視している。
気合と根性などという曖昧且つ安っぽい概念だけでこの世の常識の悉くを粉砕しているその在りように、怖気と怒りが止まらない。
まるで自分が今まで丁寧に積み重ねてきた研鑽のすべてに、唾を吐きかけられている気分だった。
このような若造の、たかが気合一つで。儂の拳のすべてが無に還されるというのか?
一切が届くことなく終わるというのか?
――否だ。そんなことは、臆に一つ、否、那由他に一の可能性もあってはならないのだ!
「いい加減にしろ屑にも劣る若造風情がッ! 何故死なん! 何故くたばらん! 地に伏し儂を崇め己を塵だと自覚しない! 四発だぞ? 儂の八極をその身に受けて絶命しないなど、この世の法則を無視しているに他ならず!
恥知らずとはまさにこのことよ、世界の道理を弁えろ匹夫がァァッ!」
「はッ――お生憎だな老害風情が。内臓ぐちゃられた程度で止まる常識なんて、俺は持ち合わせていないんだよ。年寄りの常識で語るんじゃない、そっちこそなァ――常識学んで出直してこいッ!!」
ガンマンの早打ちのように繰り出された両者の攻撃の応酬。
結果は相殺に終わったが、シンもアルヴィンも既に二撃目の構えを取っている。
そう、彼らの星の最大の特徴、長所にして共通点。
それは、物量の多さ……身も蓋もなく言えば、“数の暴力”による完封圧殺を得意としていた。
アルヴィンは、機関銃の如く弓矢を連射し、それら放たれた弓矢一本一本を余すことなく無限操縦することにより戦闘を行っている。
対してシンは自身の五体から繰り出される極みの拳と、それに付随する衝撃を大気中に残存させて、疑似的に無限の拳撃連打を発生させて戦っている。
数対数。物量対物量。無限対無限。
バトルスタイルが似通っている以上彼らの地力が物を言わせてくるわけだが、まったく同じという訳でもない。
手数による制圧力はアルヴィン、一撃の必殺性ならばシンと、強みも明確に差別化されていた。
よってどちらかと言えば一撃で仕留められる可能性が高いシンの方が相性的に有利であったのだが、御覧のあり様だ。
致命のダメージが致命として機能しない以上、いくら攻撃を浴びせたとて無駄なこと。
いや、無駄ではないしダメージは真実蓄積しているのだろうが牛歩と言わざるを得ない。
こうなってしまってはどちらが有利かなどは誤差でしかないだろう。
それを証明するように、先まで無傷を貫いていたシンに初めてアルヴィンの弓矢が直撃した。
右肩口を深々と抉り貫き、鮮烈な赤い液体を空中へと撒き散らす。
ついにシンの完璧なる八極の牙城を、アルヴィンの弓術が打ち崩し始めたのであった。
「調子に乗るなよ小童がァァッ!!」
よくも貴様如き凡愚が儂に傷をつけてくれたな――そう吼えるようにシンは意識的に星の回転率を上昇させた。
こんな糞餓鬼に本気を露呈させるのは屈辱以外の何物でもないが、それ以上の屈辱を身に刻まれたとなれば話は別だ。
これ以上自らの矜持に泥をかけられぬように、シンは大気中に残留させた衝撃すべてに星の力を流し込み、再び衝撃をその場で発生――させるのではなく、アルヴィン目掛け、それら衝撃のすべてを直線状に放射した。
「チィッ! ふッ――――!」
流石にあれらすべてを受けてしまえば絶命は免れないと思ったのか。
突貫するという愚行は犯さず、アルヴィンはあくまで冷静な思考回路を以てシンの猛攻に対処した。
牽制替わりに弓を十数発速射すると同時に横っ飛びに拳の雨を掻い潜る。
目標を捉えそこなった拳の衝撃群は後方に位置していた建造物に直撃――この世の終わりを思わせる轟音を響かせながら瓦礫の山が出来上がった。
そう、シンの星は大気中に残留した衝撃を再発生させるだけでなく、拡散性を利用して遠距離に放射することも可能だったのだ。
衝撃をその場にしか残留できないのであれば、シンがまだ衝撃を付与させていない
衝撃を飛ばせるのであれば、どこにいても同じこと。まさに四方八方、逃げ場なく八極の極みが襲い掛かってくるのならば多少なりとも捨て身を敢行し敵の間隙をこじ開けるまで。
そして、そう――何も能力に隠し玉があるのは、
「ッ……!」
アルヴィンの速射した弓矢を叩き落した刹那、異変が生じる。
シンの周囲一面に転がっていた弓矢の残骸が、一斉に励起し浮遊を始めたのだ。
そしてシンが迎撃の態勢を取るよりも一刹那だけ速く解放された弓矢の残骸たちは、その強靭な五体に無数の風穴を空けていた。
何が起きたのか理解できないシンを余所目に、アルヴィンは更なる追撃の弓を引き絞りながら、ただ一言だけ。
「これがお前の舐めていた若造の“可能性”だ」
渾身の一射を解き放つのだった。
アルヴィンの掲げる星の力は、「投射金属操縦能力」。
それは、己がアダマンタイトから投射した金属に星の力を付与し、半永久的に操縦するというもの。
そう、星の力が付与され続ける限り、だ。
ならば、例え操縦している弓矢が撃ち落とされようが手折られようが、それらも操縦できない道理がどこにある?
そう、アルヴィンの能力の真に恐ろしいのはそこであった。
例え投射した金属が撃ち落とされて破壊されようとも、原型を留めぬほどに粉微塵にでもされない限り投射した金属に付属した星の力は生き続ける。
それこそ、
よって真実、アルヴィンの奏でる
全方位弓矢に囲まれたシンの命運はこれにて尽きる――
「……まぁ、そう簡単にいくわけもないか」
風穴から止めどなく血液を滴らせながらも、シンは一切の乱れなく繰り出した破壊特化の震脚によりすべての弓矢を文字通り木っ端微塵にせしめるのだった。
やはり、一軍団を統べる長は伊達ではないということか。そう易々とは命を獲らせてくれないらしい。
「ハッ……何が若者の可能性だ。そんなものはどこにもありはしない。常に無限の可能性を内包しているのはより多く経験を積んだもの、より長く生きた者だ。
何度言えば理解できる? やはり若造というものはほとほと出来が悪い」
「俺には一生理解できんだろうな。貴様のあらゆる言葉を聴いた今でも、俺の考えは変わらんよ。次代を担うのは新しい命たちであり、そして俺たちはそれらを守るために戦い続ける。それがアドラー軍人としての誇りであり宝だ。
受け継ぐという行為を放棄した貴様とは、未来永劫相容れないだろうよ」
「……胸糞が悪い。付き合いきれんな」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ投げやりに呟いたかと思った次の瞬間――あろうことか、シンはアルヴィンに背中を向けて逃亡を開始した。
つまりは、戦線離脱。
予想だにしていなかったシンの逃走行為にアルヴィンは一瞬瞠目を避けられなかったが、疾風の速度で意識を切り替える。追跡を開始した。
シンの背中を追いかけながら弓矢を間断なく射続ける。
しかしそれらすべての攻撃は、シンを捉えるまでには至らない。シンが完全にアルヴィンへの逃走に意識を切り替えているからだろう。回避することだけに専念し、反撃してくるどころか、こちらを振り返る様子すら見せない。
……一体何を考えている?
まさか、シンは本気で逃げ切れるなどと考えているのか? いや、
ならば自分を追尾させることにこそ奴の狙いはあるはずなのだが……
そう思った束の間、シンの魔拳が一人のアドラー兵士の頸部を乱雑に掴み上げた。
「ッ! 貴様……!」
「そら、新しい命を守るのだろう? ならば有言実行して見せろ」
嘲るように低く呟いた次の刹那、シンは掴み上げた勢いそのままに兵士をアルヴィンに向かって放り投げた。
無造作に投擲された兵士……シェリル・スチュワートは一瞬の出来事に何が起きたのか把握できずに瞳を白黒させていたが、やがて自身が宙に浮いているのだと知覚する。
このまま落下し地面に激突すれば、重傷を負い戦闘続行は困難になるだろう。それだけは何とか阻止しなければと藻掻いて見せるが、中空に放り出されたことにより自由が全く効かない。
目線を動かせば、数メートル先に我らが隊長、アルヴィン・ロバーツが凄まじい剣幕でこちらに疾走している。
まさか、隊長は、私を助けるために……?
「いけません、隊長……! 私なんかの為に……!」
自分如きの命なぞ、見捨ててくれて構わないと。
隊長がわざわざ体を張るほど、自分の命の価値は重くないのだと叫ぶシェリルに、しかしアルヴィンは。
「
どこまでも真っすぐに、死の淵へ落下するシェリルへと両手を伸ばした。
「無事か、スチュワート!」
胸に抱えながらシェリルの安否を確認するアルヴィン。
戦闘による軽い外傷は見られるが、見たところそれ以外に大した怪我は負っていないらしい。
ならばよし。意識を刹那に切り替え、すぐさまシンの追跡を再開して――
「――隊長! 避けてぇッ!」
叫んだ時には、手遅れだった。
「脆いなァ、
顔面に迫る絶死の鉄拳に、アルヴィンは抱えていたシェリルを即座に後方へ突き飛ばした。少しでも彼女から危険が遠ざかるように。
シェリルの絶叫が遠くから木霊した次瞬、シンの拳は正確無比にアルヴィンの顎を貫いた。
否応なしに脳味噌が
まずい、このまま追撃を加えられれば、一気に戦闘不能まで追い込まれる確率が上がってしまう。
であれば即座に、一秒でも一瞬でも早く意識を覚醒させなければ……!
焦燥に駆られるアルヴィンだったが、しかし数秒が経過した後にもシンの追撃は来なかった。
取り戻した意識で眼前に視線を飛ばすが、そこにシンの姿はない。
……何処にいった? まさか、千載一遇のチャンスを放り投げて再び逃走したのだろうか?
訝しむアルヴィンの意識を切り裂いたのは、シェリルの涙ぐんだ大音声だった。
「隊長! ウォーライラ少佐が……!」
「――――ッ!!」
脊髄反射で振り返る。
その遥か後方には、死の矛先を振り上げているシンとレナの姿と――満身創痍で地に伏している、リディアの姿が。
シンはこう考えたのだろう。
どうせ
ならば先にレナと共闘し鳴殺笛に次ぐ戦力、リディア・ウォーライラを潰しておいた方が得策であると。
鳴殺笛はその後、レナと共闘し確実な手段を以て殺せばいい。
これは個人戦ではなく、集団戦。ならば個人との決闘にこだわる必要がどこにあるというのか。
実際、シンのその考えは正しかった。集団戦において効率よく勝利するのであれば、潰せる存在は先に潰しておく限る。長期戦を見越してなら猶の事。
よってその戦略が今まさに、リディア・ウォーライラの死という最大の戦果を挙げようとしていた。
「ウォーライラアアアアアァァァァァ――――ッ!!」
シンとレナに向かいあらん限りの弓矢を連射しながら、アルヴィンは颶風の如く地を駆けた。
両足に焔が宿ったのかと見違えるほどの超疾走。
しかし、いくらアルヴィンとて間に合わぬだろう。
死神の刃は、まさにリディアの頭上に既に振り下ろされているのだ。
当のリディアも、呆然自失といった様子で動く気配をまったく見せない。既に星の力を使いつくしてしまったのだろう。
抵抗できる一切の手段を消失している。よって
どう足搔こうと、リディアの死亡はここに決定づけられてしまったのだ。
「――いいや、まだだッ! まだ、俺はッ――」
しかし、アルヴィンは諦めない。
死なせない。死なせてなるものか。何故なら、俺は――
「お前の幸せを見つける手伝いを、まだ何もしてやれていないッ!!」
――そして、アルヴィン・ロバーツ決死の覚醒が、起こるはずのない奇跡を具象させた。
……
………
…………
……おかしい。
何故、私はまだ生きているのだろう。
いや、だがそれならば未だに感じる能力の反動差と大腸を断絶されたこの大激痛は一体何だというのだろう? 死んだというのであれば、その痛みを黄泉の世界まで引きずるのはおかしな話ではないのか?
だから私は、意を決して瞳を開いた。死んだという現実を突きつけられるかもしれない恐怖に抗って、緩慢に瞼を開くと、そこには……あり得ない光景が広がっていた。
「……隊、長……?」
両手を大きく広げ、私を庇うように立っている血塗れのロバーツ隊長が、そこには、いた。
蛇口を捻った水道のように、隊長の全身から血液が止めどなく流れていく。
わざわざ口に出すまでもない。致命傷だ。このままでは、隊長は、死んでしまう。
「……たいちょ、う……? 何で、私を、かば、って……」
「チッ。少々予定外だが、まぁいい。手間が省けた。レナ、幕を下ろすぞ」
「御意に。助太刀、心から感謝いたします。シン様」
私の漏らした呆然とした呟きは、二人の悪魔の声音にかき消されてしまった。
そして響くは無慈悲で明快な死刑宣告。隊長の命が、地獄に流されようとしていた。
阻止しなければ、と全身の血が沸騰するも、いくら力を籠めても思うように身体が動かない。
隊長と同じく、私も紛うことなく致命傷だった。
「ううぅおおおおおおォォォォォ――――ッ!!」
「何ッ……?」
瞬間、噴火するような大咆哮が曇天を貫いた。
その声を発した張本人は、あろうことか今しがた甚大な負傷を負ったロバーツ隊長だった。
まさかまだ動けるとは思っていなかったのだろう。黄金腕輪と神聖魂泉は同時に目を見開き、たたらを踏む。
その間隙を突き、隊長は両腕を弓のように引き絞り渾身の力を籠めて二人をまとめて殴り飛ばした。
隊長の異常性極まる戦闘続行行為を目の当たりにし、シン・榊・アマツは吐瀉するかのような面持ちで怒号を飛ばす。
「糞ったれが……! まだ倒れないとは一体どういう原理なのだ!? アドラーにこのような気が触れた狂人が跋扈しているかと思うと戦慄が止まらん……!
アレは目障りだ。早急に駆逐するぞ、手を貸せレナ!」
「私も同意見にございます。あれは新西暦における毒素のようなもの。切り捨てる以外に選択肢はありません」
光狂いという人種の異常性を垣間見、より一層隊長への警戒度を強めアダマンタイトを構える黄金腕輪と神聖魂泉。
もはや戦況は絶望的だった。
言うまでもなく、私と隊長は共に致命傷。隊長は気合と根性でしばらくは戦い続けることができるかもしれないが、私は無理だ。多少の能力行使は無茶をすればできるだろうが、それも焼け石に水。糞の足しにもならないだろう。
対してレナ・キリガクレも重傷を負ってはいるが致命にまでは至っていない。
そして一番の問題がシン・榊・アマツ。隊長の弓矢で五体を貫き尽くされているが、戦闘行動に支障が出ているようにはとても見えない。今の隊長と私程度であれば、軽く捻り潰せるであろう。
だから、どう足掻いてもどん詰まり。
アドラーはカンタベリーに敗北したのだ。その結末は、もはやどうやったって覆らない。
……ヘマをした私を、隊長が庇いさえしなければ……!
何で、私はいつもそうなんだ。
いつもいつも、無力で無価値で……誰かに守られることしかできない……!
「……逃げろ、ウォーライラ」
その時、隊長の低い呟きが……けれども、優しさと温かさに包まれた声が、私の鼓膜に触れた。
……逃げろ、って……それは……え……?
「た、隊長……逃げろって……でも、それじゃ、隊長は……!」
「死んでしまう、とでも言うつもりか? 安心しろ。俺は死なんし、勝つのは俺だ。だがウォーライラ……お前はもはや限界だろう。むしろ、よくぞここまで戦ってくれた。
お前は俺の誇りであり、アドラーにとっての掛け替えのない宝だ。だからこんなところでお前の人生を閉ざさせてやる気など、俺には皆目ないんだよ。
必ず逃げ切れ、ウォーライラ。可能であれば無線で朧に救援を要請するんだ、いいな?」
口早に言い切る隊長には、かつてないほどの優しさと、そして……鬼気迫るものがその顔面に張り付いていた。
あぁ、隊長は真実、この戦いに勝つつもりでいるのだろう。その言葉に嘘はない。今でも隊長の瞳に宿る光は寸分も濁っていないし、それどころか勝利を諦めてやるつもりは毛頭ないというかのように猛々しく煌めいている。
だが、同時に頭の片方ではこうも考えているのだろう。
“自分は、この戦いで命を落としてしまうかもしれない”、と。
だから、私に今投げているのは、今生の別れの言葉だ。
今まで世話になったことへの感謝と、その想い。それらを短い言葉でまとめて、私に余すことなく伝えてきている。
「本当にありがとう、ウォーライラ。そして、同時に本当にすまない。お前の幸せを見つける手伝いをさせてくれと息巻いておきながら……俺は結局何もできなかった。最後の最後まで不甲斐ない隊長ですまんな。幾らでも恨んでくれて構わない。
……だがウォーライラ、これだけは約束してもらえるか?
――幸せになれ。お前の旅路に、数多の祝福が有らん事を祈っている
……さぁ、いけ、ウォーライラ! お前だけの幸せを見つけに行け!」
「……ロバーツ……た、い……ちょう……」
「――早く行けぇッ! ウォーライラァッ!!」
「……ッ……」
ロバーツ隊長はそう大喝すると共に、黄金腕輪と神聖魂泉へ向けて一直線へと駆けだした。
その背中はどこまでも雄々しくて。どこまでも勇壮さに満ちていて。
どこまでも優しさに満ちていて。どこまでも温かさに満ちていて。
……どこまでも、
「――ッ……」
流れる涙を呑みこんで、私はその大好きな背中に背を向けた。
地獄から、逃げ出すために。私の、幸せのために。
――さようなら。ロバーツ隊長。
せめて最後にと伝えたかった一言は、とうとう吐き出されることはなかった。
代わりに、本当にどこまでも臆病な自分を嘲る苦笑が、口の端から零れるのだった。