シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
打って、薙いで、斬り結ぶ。深い裂傷を刻みながら、刻一刻と死の淵まで墜落していく感覚を味わっている私とレナ・キリガクレ。
互いに背負っている傷は致命傷。戦える時間はそう長くない。よって、勝負は一瞬で決するだろう。
そして勝利を手にするのは決まっている――私だ。
「愚かな人ですね。あのまま逃げていれば自分だけは助かったかもしれないものを、
「あんたみたいな盲目に分かる訳ないでしょう、馬鹿じゃないの。ていうか、分かられて惚れられても困るのよ。
恋敵は少ない方がいいし――ねッ!」
振り下ろした鉄塊剣の一撃で、分身体を一体粉々に打ち砕く。風圧でレナ・キリガクレ本体をともう一体の分身体を吹き飛ばしながら、私は更に追撃の構えを取った。
そして――
「自分の気持ちを受け止めて、見つけてあげられた今なら分かる。
……ううん、分かっていたけど、より鮮明に感じるようになったわ。
……貴女と黄金腕輪、本当に可哀そうよ。哀れでならない」
「……な、に……?」
私の浴びせた言葉をレナ・キリガクレは不快に感じたのか、その能面のような表情を僅かに強張らせた。
あぁ、己が愛の形を否定されたとでも思っているのだろうか?
でも……そもそも前提からして間違っているのよ。
「貴女のそれは断じて“愛”なんかじゃない。百歩譲って“恋”になるかどうかってレベルなのよ、貴女の心は」
「何を馬鹿な。私の真実の愛をそこら中に転がる俗なものと同列に扱わないでください。吐き気がします」
「そこら中の恋する乙女たちからしてみれば、むしろ貴女と一緒にされたくないって気持ちで満場一致でしょうよ。
何回も言っているでしょう……貴女のそれは、どこまで行っても自慰なのよ!」
誰かに好きになった。恋をした。普通の人間であれば、その好きになった人に振り向いてほしいと願うだろう。一緒にいたいと願うだろう。手を繋ぎたいと願うだろう。涙も笑顔も分かち合いたいと願うだろう。
それこそが、所謂人が持つ感情の一つ……“愛”だ。“愛“とは、交わし合い、共有したいと願い生まれてくるものだ。
それを、振り向いても欲しくも無くて、何もかもを共有したいとも願わない……ただ、「貴女は私の理想の王子様だから、そのままでいてください。愛さないでください、振り向かないでください、どうかどうか、そのままで」……なんて。
「貴女は結局、あの爺のことなんて愛していないの。自分の都合のいい
自分を最高に気持ちよくさせてくれるから、それを恋愛感情と勘違いしちゃってるだけ。
……本当、馬鹿みたい。オナニーにハマりまくった餓鬼かってーの」
「――――」
瞬間、レナ・キリガクレの虚無の面貌に、確かな激昂が浮かび上がった。
今までの千倍に匹敵するかの如く殺意の情動が総身の端々から漏れ出ている。
そんなに自分の絶対正義と抱えていた愛を否定されたのが勘に触ったのだろうか。だが私が指摘したことは事実以外の何物でもない。
確かに、振り向いてくれなくても構わないという種類の“愛”というものは存在するだろう。
例えばそれは、偶像への“愛”。ただ応援したいだけだからという無償の愛も、この世にありふれているのは事実である。
だが、レナ・キリガクレのそれはまたベクトルが違っている……というか、一線を超えすぎているのだ。
あそこまでいけばもはや押し付け、エゴイズムと言ったって本質的には間違いないだろう。
押し付けてしまったり自身の自慰道具にしてしまう時点で、もはやそんなものは愛でも何でもない。ただの“迷惑”。それ以上でもそれ以下でもない。
「できることなら貴女に教えてあげたいわよ。誰かを愛するっていう気持ちよさを。自慰なんかとは比べ物にならないわよ?」
「その必要はありません、閉口しなさい下女が」
依然として抑揚のない口調で
攻撃の苛烈さが目に見えて上昇している。自身の胸の奥から湧き上がる憤激をそのまま力に変換し、解放しているのだろう。
三方向方繰り出される剣戟の一切に加減や遊びは皆目存在せず、一撃一撃に、必ず私の命を両断するという絶対の意志が乗せられている。
「口を開けば耳朶が腐るような甘言ばかり。
俗物が。何を知ったつもりで私の“愛”を愚弄するのですか。所詮貴女方の抱く恋慕の情など、性欲の延長。交尾して子孫を残したいという人間の本能による錯覚です。ですが私は違う。そんなものは必要はない。シン様と交わりたいなどと、どうして思うことができるでしょうか。私はあの方のお役に立ち続けることができれば――この想いさえ守れれば、それだけでいいッ!」
「ついに自ら口にしたわね。交わりたいなんて思わないって。自分でも分かっているんじゃない。じゃあもうやめましょうよ。子供の“恋愛ごっこ”なんて。
本気であの爺が好きだって言うなら、その本気を魅せてみなさいよ。恋する乙女として、あの糞老害を振り向かせてみろッ!!」
「――黙れええぇぇッ!」
ついに怒りが限界値を突破したのだろう。
レナ・キリガクレは、私の剛撃乱舞を掻い潜り、懐への潜入を敢行する。
同時、分身体を即座に二体形成――私の命を粉砕する死の包囲網が完成した。
零距離からの刺突三閃……もはや回避できる猶予はとうに過ぎ去っており、迎撃するより早くレナ・キリガクレの死神の鎌は私の命に爪を立てるだろう。
このままでは死んでしまう。論ずる余地なく絶体絶命で、私が切ることのできる手札もほぼ絶無に等しい。
ならばこのまま、敗亡の淵に墜落するのを受け入れるのか?
……答えは、否だ。
何故なら、あぁ……そんなものは、決まっていて。
「ね、隊長……勝つのは……私達なんだからッ!!」
最後の力を振り絞る。これが真実、私の最後の
一度レナ・キリガクレを絶命の瀬戸際まで追い詰めた私の切り札……内臓を変形させた触手を、今回は手形に変造させて、三つの影に奔らせた。
残念だったわね、神聖魂泉。距離が零になったということは、何も貴方だけが私の命に手を掛けたということじゃないのよ。
逆もまた然り――貴女の命の射程内に、私も両足を踏み込んでいる!
背後から迫っていた二体の
レナ・キリガクレは即座に新たな分身体を創造しようとするが、こちらの方が一手早い。
手形に伸びた最後の触手の一本は、レナ・キリガクレ本体の左腕を捕捉する。あとはこのまま力を籠めて、そのまま心臓ごと握りつぶせば、私の勝ちだと勝利へのイメージが実像を結びかけた瞬間、レナ・キリガクレは、信じられない行動へと打って出た。
「――……ッ! 貴女、な、にを……!?」
「言ったはずです。私は、シン様の勝利の為にすべてを捧げると。ならば
レナ・キリガクレは私に捕捉された左腕をあろうことか己が手で
まるで初めからそうするつもりだった言わんばかりに流麗な手捌きで、一切の躊躇なく、刃を奔らせ澱みなく。
断面図から飛び散る肉片や血液に微塵も斟酌することなく、レナ・キリガクレは僅かに微笑み、星の鼓動を再起させる。
私の心臓に、刃を突き立てながら。
「私の“愛”の勝利ですね。醜き獣人、リディア・ウォーライラ。地獄の底で、永劫眠りにつきなさい」
決着。覆しようのない勝負の結果が、今ここに刻まれようとしていた。
あぁ、確かに。私は、レナ・キリガクレに敗北した。彼女がここまで計算に入れて私に一騎打ちを吹っ掛けたのかと思うと、確かに私はその勝負に乗った時点で敗北は避けられなかったのだろう。
この一合において、レナ・キリガクレは私の一手先を読んでいて、だからこそ勝利をその手にもぎ取った。
疑いようもなく。
……でもね、ごめんなさい。
「私、最初から一人で戦ってるつもりとかないから」
言ったでしょう。勝つのは、
「――
「――その言葉を、待っていました!! ウォーライラ少佐ッ!!」
「――ッ!? な、に……!?」
私の助けを求める声を聴き届け、レナ・キリガクレの背後で我らが
気配を察知しレナ・キリガクレは弾かれたように振り向くが、もう遅い。
ジュードくんの振りぬいた太刀風は、狙い違わずレナ・キリガクレの右腕を根元から切り裂いていた。
噴水のように鮮血が中空へと乱れ咲くと共に、斬り飛ばされたレナ・キリガクレの右腕と握られていたアダマンタイトが第二太陽の下で弧を描く。
それらを見上げながら、呆然とした表情を浮かべる
そう、貴女は私には勝ったのかもしれないが――
「貴様ァァ――ッ!」
嚇怒の念に支配されたままジュードくんへ突貫しようとするレナ・キリガクレを、私は今度こそ捕捉することに成功する。今度は手形の触手ではなく……自分自身の両腕で、レナ・キリガクレの頭蓋を鷲掴みにしていた。
「ジュードくん、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、先に助けてもらったのは自分の方ですから。当然のことです。
それに、ウォーライラ少佐が教えてくれたんじゃないですか。
すべて、少佐の功績ですよ」
「買いかぶりすぎです。
……成長しましたね、ジュードくん。さぁ、あとは私に任せて、他の子たちの援護に向かってください! このお礼は、改めての機会に!」
「はい! ……あと、少佐!」
「はい?」
「――少佐の星、滅茶苦茶格好いいです。俺、大好きですよ」
「……悪趣味ですね。早く行ってください。お尻蹴飛ばしますよ」
などと、戦場には似つかわしくない……まるで姉弟が交わすようなやり取りを繰り広げ、改めて私はジュードくんの背中を見送った。
そして、再び私が対峙するべき真の敵へと向き直る。怒りの形相に濡れた、レナ・キリガクレに。
「待たせたわね」
「……き、さまッ……! 私の“愛”を、どこまでも虚仮に……! ゆる、さない……!」
両腕を失い、力なく藻掻くその姿は、まるで翅を捥がれた
アダマンタイトも失ってしまい出力も基準値に低下……当然星の力に頼ることもできず、正真正銘レナ・キリガクレは私達に敗北したのであった。
「グ、ガァ……こ、の……化け物め……ッ!
揃いも揃って、化け物があぁァッ……!」
もはや自身の敗北と死は避けられるものではないと悟ったのか、せめて最期にその心にありったけの罵詈雑言を浴びせてやろうと考えたのだろう。
私の心に泥を塗ることができるだけの悪罵を次々とレナ・キリガクレに対し……私は……ごめんなさい、少し前の私ならいざ知らず、今の私は、そんな言葉で傷ついてやれるほど繊細可憐な乙女じゃないの。
“
「隊長と同じなら……うん、そうだね。悪くない」
あの人と同じ……と言われた嬉しさの方が勝ってしまい、あろうことか笑顔を浮かべてしまうのであった。
想定した景色とは真逆のものに、絶句を禁じ得ないレナ・キリガクレ。
……そうね。貴女には一生分からないでしょうね。
だから――
「私の痛みを、少しだけ分けてあげる。これで、“他人を知る”っていうことを覚えて逝くといいわ。
いざ、私の
「グ、ギィッ――――!? ア、ガァ、アアアアアアアアァァァァァァァァッ!?」
刹那、戦場に轟き渡るレナ・キリガクレの苦悶激痛の大絶叫。
あれほどまでに無感情、無表情を貫いていたレナ・キリガクレも、今現在私が流し込んでいる
否、こんな大激痛に耐えられる人間など、存在しないだろう。例えそれが光狂い相手であろうと、発狂を禁じ得ない苦悶の大波。
そう、私は今、レナ・キリガクレの総身に
私は、今までこの力を自身の肉体へしか使用できないものとばかり思っていた。
しかし、違った。いや、正確に言えば、本来この能力は、確かに私の考えていた通り、自身の肉体へしか訴えかけられないものだったのだろう。
だが幸か不幸か。私の星辰奏者としての能力値は、付属性にも恵まれていた。
ならばこの能力を他人の肉体へ
傷ついた仲間への回復作業もお手の物で、討つべき敵に使用すれば、ほら、御覧の通り。
「ガアアアアアアアアァァ!! アァ、アッ――アアアアアアアァァァァァァァッッ!!?」
星の力を喚起させるごとに、彼女の全身の肉が見るも無残に、グロテスクな風貌へと改造されていく。
臓器はねじれ、骨は軋み、端正な顔面は
挙句の果てには腹部や背中、口腔を突き破り怪物の手足のようなものが木枝となって生えてくる。
もう滅茶苦茶だ。レナ・キリガクレはもはや戦う意思を一切喪失し、ただ痛みに狂い哭くだけの肉袋と化していた。
「ギィ、アァァ……!! だ、誰……か……わた、しを――」
「助けないわよ。だって貴女、
「――――」
突き破られた喉の奥から、僅かに呼気の漏れる音がした。
そうよね。いくら鈍感な貴女でも、私の今放った言葉の意味くらいは分かるわよね。
「私達は
かつて私も似たようなものだったから、分かるのだ。
自分さえよければいい……そうやって自分の殻に閉じこもり心を交わす意思のない者に、救いは永遠に訪れない。
だから人々は、心を交わし、繋ぐのだ。誰かに光を与えて、与えてもらうために。
都合のいいときだけ利用できる“心”なんてものは……この世に存在しないのだ。
「ガ、グ……アァ……最期に……教えてください、リディア……ウォー、ライ……ラ……貴女は、光狂いでは……なかった、はずです……
それなのに、何故……
「あぁ……そんなこと。それこそ、簡単なことよ。覚醒でも何でもないわよ。だって私、未来永劫光狂いになんてなれっこないから」
そう。リディア・ウォーライラに光狂いの資格はない。きっと私は永劫、光の徒になることなどできやしない。
それでも……それでも私は、一応ほら……
「好きな人の為に、気合と根性を振り絞れないほど……女として落ちぶれちゃいないつもりだから」
見知らぬ誰かの為に力を振るったり、覚醒したりなんて、私には絶対真似できない。
でも大切な人の……ロバーツ隊長の為なら、いくらでも頑張ってやるって思える。
恋する乙女は無敵なんだ。愛する人の為なら、どこまでも馬鹿を貫ける。
だから、さようなら。レナ・キリガクレ。
「じゃあね、レナ・キリガクレ。次生まれ変わったときは、ちゃんとした普通の恋する乙女になりなさい」
「……あぁ。シン様。それでも、私は――」
儚く消え入りそうな言葉を
瞬間、限界を振り切った能力の行使に全身が叫喚し、私はたまらず膝をついてしまう。
息が詰まる。頭が割れるほどに痛い。自身の内臓など、今やどういう有様なのか想像するだけで身の毛がよだつ。
だけど、それでも……
「啖呵切った手前……そう易々と寝たら、格好つかないもんね……」
まだ
星の力も全力稼働――反動差により溶解する内臓以外の回復にすべてのリソースを回す。
早く……隊長のところへ……
「待って、いてください……ロバーツ隊長」
……
………
…………
「ハッ――ようやく限界が訪れてきたと見えるな
「舐めるなよ
拳と弓矢と雄叫びが、大熱宿して飛翔し、乱舞し、絡み合う。
それぞれの負けられない理由を心臓に抱えながら、シンとアルヴィンの戦いは空前絶後の領域に激化していた。
アルヴィンは元より、シンももはや出し惜しみなど微塵もしていない。己が内在する戦力を総動員し、眼前の敵の絶対駆逐を目指して五体と五感を駆動させる。
結果として両者の攻防はほぼ互角を演じていたが、しかしそれも徐々に翳りを見せていた。
そうだ。既にアルヴィンの肉体は限界を迎えている。よって、この局面に来てアルヴィンの弱体化が始まってしまったのだ。
穴を穿たれてしまった酒樽が如く、時間経過とともに四肢の隅々から命の欠片が零れていく。
絶命は避けられないのは言わずもがな、それどころか、このままではシンに勝利することなど間違いなく不可能だ。それより先にアルヴィンの心臓が止まってしまう。
そしてそうなった場合、もはやシン・榊・アマツを止まられる者は一人もいなくなるだろう。
リディアでさえ彼を止めるには役者不足。シンを相手取るのはアルヴィン以外に適役がいないとなれば、そのアルヴィンが討ち取られてしまえばどうなるかなど、想像に易い。
容易く、
全滅は免れない。
だから、アルヴィンだけは絶対に負けてはならないのだ。
負けられない。負けてはいけない。アドラー北部の最後の希望。護国の証。
そんなことは、誰よりも分かっているから――
「うおおおおぉぉォオオッ!!」
砕ける肋骨と崩れる内臓を真っ向無視して、アルヴィンはシンに食って掛かる。
その姿はまるで、獲物の喉笛を必死に噛み切らんとする狼だ。
瞳に灼熱の業火を灯して、殺意の波濤を放射する。
必ず殺す。必ず護る。必ず、勝つ。
著しい弱体化を強いられながらも、アルヴィンは猛撃の手を休めることはなかった。
もはや覚醒できるほどの余力もないが、それでも決して諦めない。
帝国を生きるすべての者の明日を拓く為に、こいつを討ち取るまで止まる訳には――
「――――ッ」
瞬間、アルヴィンの挙動がほんの一瞬完全に停止した。
無理もないだろう。いくらアルヴィンの精神が無限の熱を宿していようと、身体は素直で正直だ。
キャパシティを超えてしまったダメージ量に、ほんの刹那だけ全身が絶叫を迸らせ、身体の動きが完全に止まってしまったのだ。
時間で視れば一秒、長くとも二秒。取るに足らない、本当に一瞬の出来事。
だが、達人同士の戦闘において、そのほんの刹那が命取りになるということは、アルヴィンもシンも承知のことだった。
ゆえに――
「――幕だ、
木材をへし折ったような音と水風船が破裂したような生々しい音が溶け合い、青空の下に鳴り響く。
同時、シャワーのように噴出する冗談じみた量の鮮血。鉄臭い新鮮な血液は、蒼く輝く晴天とは真逆に大地を真っ赤に染めていた。
鋭く繰り出された渾身の貫手が、アルヴィンの胸部を無残にも抉ったのだ。
貫通したシンの右手には、まだ生気を宿して蠢動しているアルヴィンの心臓が握られている。
もはや覆しようがない。絶対的な決着の鐘が、ここに鳴り渡るのだった。
「……ァ……ま……だ……」
血の塊で喉を詰まらせながらも、アルヴィンは必死に最期の抵抗を試みる。
総身に残ったありったけの戦意と熱と輝きを束にして、まだ俺は戦えるのだと奮起を計るが……
「――――……ッ」
力を籠めた先から、すべての光が霧散する。もはや、身体がまったく言うことを聞かない。
どれだけ心ばかりが燦然と燃焼しようが、身体に一切の輝きが灯らない。
それどころか、五感までもがまともに機能しなくなり、今現在自分が感じている痛みや世界の音が、徐々に遠くなっていく感覚をアルヴィンは覚えた。
そうして長い思考の果てに、アルヴィンはようやく、自身の今置かれている現状を正しく認識するのだった。
「…………負けた、のか。俺は」
ぽつりと漏れた呟きは、誰の耳にも届かなった。
戦場にはただ血生臭い風が吹くばかりで、その音ばかりが、今も勇敢に戦う戦士たちの鼓膜にこびりつく。
こうして、あまりにも呆気なく、第十北部駐屯部隊・
もはやアドラーに逆転の可能性はない。
徐々に光が失われていくアルヴィンの両眼が、それを何よりも物語っていた。