シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~ 作:斎藤2021
――あぁ。最後の最後まで、俺はこんな無様を晒すのか。中途半端なまま。何一つ、母国の為に、何も成せぬまま……
霧のように薄れていく意識の中でアルヴィンが浮かべた心境は、ひたすらに忸怩たる思いであった。
深い海底を思わせるほどの、自身の無力さへの自責の念。ただその一念だけが、アルヴィンの未練となり、胸中で漣を立てている。
心はこんなにもまだ戦えると吼えているのに、燃えているのに、輝いているのに……アルヴィン・ロバーツという脆弱な肉の器は、「もう限界だ、これ以上は動けない」と、情けないこと極まりない惰弱を体現せしめている。
つまりはここが、アルヴィン・ロバーツの限界点。永遠に二番手に甘んじてきた無能な男の終着点だと強烈に自覚した。
アルヴィンは考える。もしここに立っていたのが自分ではなく、ハーヴェスだったら? ジェイスだったら? または親父であったならば? そして――ヴァルゼライド閣下であったならば。
間違いなく、燃ゆる覚悟を咆哮し、覚醒の復活を遂げていたであろう。
心臓を失ったから、それがどうした。ただ身体のポンプを失っただけであろう、ならば委細支障は無し……と。
紅蓮の光を双眸に宿し、より高みへと天昇したまま大上段に敵を切り伏せていたに違いない。
当たり前に奇跡を具現させ、そして総てを守り抜く。かつて己が憧れた、光に堕ちた英雄譚。
そんなかつての憧れさえ、今は遥か遠く、指先さえも届かない。
瞳の奥に焼き付いた光の記憶が、ぽろぽろと力なく零れ落ちていく。
意識が、真っ逆さまに奈落の底へと墜落していく。
それを象徴するように、力強く握りしめていたアルヴィンの指が力なく解け、アダマンタイトが地に落ちた。空しい金属音が寒々と木霊する。
そんな事実上の敗北を告げる残酷な音響さえ、今のアルヴィンには知覚することすらままならない。
世界から色が抜けていく。シンの哄笑も遥か遠くから聞こえてくる。痛覚に至っては、もはや完全に五感から消滅していた。
結果巻き起こるのは、自我の崩壊。アルヴィンは、自分と言う存在すら忘却の彼方に置き去りにしたまま、冥界の扉を開けようとしていた。
俺は一体、誰だったのだろう。俺は一体、何になりたかったのだろう?
あぁ……そうだ。俺の勝利とは、一体何だったのだろうか?
結局それも分からずじまい。人生の瀬戸際に立たされた今となっても、アルヴィンは自身の“勝利”への解答が不明なままだった。
心はたまらず“それ”を求めているはずなのに。正体が分からないゆえ、伸ばした手はただ虚空を切るのみ。永劫届くことはない。触れることすらままならない。
やはり俺は、一番の星に輝きたかったのか? 永遠の二番煎じという呪縛から解き放たれ、ヴァルゼライド閣下と言う天頂の星になりたかった?
皆の英雄になりたかったのか? それとも、それとも、あぁ、それとも……
『それが凄く安心するんだよなぁ。あとお前聞き上手だしさ。悩みとかすぐ聞いてくれるし、こうやって今だって愚痴にだって付き合ってくれてる。
今の部隊の中でお前のこと嫌いな奴なんて一人もいないって』
――違う。
『そのままでいてくれよ、ロバーツ。本当にお前のその優しさには何度救われたか……ありがとうな』
――違う。
……あぁ。違う、とは、何が?
何故お前は、彼らのその言葉を受け、心に影が差した? 違うと拒絶した?
『アルヴィン、お前の優しさは、ロバーツ家随一だ。きっとその優しさで、救える命が沢山あるはずだ。俺はその
胸を張れ、アルヴィン。その優しさは、紛れもないお前の一番の武器だ』
――違う。
何が、どう違う? 敬愛する父からもらった最上の称賛だ。胸を張ってしかるべきだろう? だのに何故お前の心は依然として燻っている?
あの言葉が、お前は嬉しくなかったとでも言うつもりなのか?
それともお前は――
『違えるなよ、アルヴィン。お前の持つその優しさは“正しい光”だ。
“壊す光”になんて憧れる必要はない。その優しさは誇りだぜ。お前はお前のままでいてくれや』
――違う。
いいや、違くない。ジェイスの言っていることは正しい。俺は、今のままでいい。ヴァルゼライド閣下のような、“破壊の光”に憧れる必要はない……だが。
今思うに、ジェイスの口ぶりからすると、俺は今でも“壊す光”に憧れているということなのか?
だとしたら俺の真実は何だ? 俺は……一体、何になろうとしている?
『俺のようにはならないでくれ。
未来のアドラーに必要なのは俺のような破綻者ではない、お前のような、誰かに温かい光を与えてやれる優しき男なのだ。
誰かを壊す光ではない。誰かの道を照らしてやれるような光を持つ、そんな優しきお前のままでいてくれ、アルヴィン・ロバーツ。その優しき光で、どうかアドラーを導いてほしい』
――違う。
あぁ、そうだ。違う……違うんだよ。
何もかもが違う。合ってはいるが、
皆が口にしていることは、総じて俺の真実なんかじゃ断じてない。
俺が求めているものは、“優しき光”ではない。いいやそれどころか、“優しさ”などという温かい篝火なんかじゃ、断じてないんだ。
そうだ。俺は……俺は……■■……に……
「ふん、ようやく逝くか。弁えろよ、餓鬼が。貴様のような男は、新西暦に生きていてはならんのだ。貴様らのような者が我が物顔で大地を歩くだけで、道理が捻じれる。世界が歪む。まるで歩く癌細胞よ。死んで当然とは思わないか、なぁ?」
真理に至る刹那、更に深くねじ込まれたシンの剛腕がそれを遮った。
再び混濁するアルヴィンの支えたる自我、深層意識。粉々に霧散しかける自意識の中で、アルヴィンが答えに辿り着ける可能性はこれで零に還った。
彼の勝利は、もはや未来永劫訪れない。闇に溶けたまま、深い眠りにつくのだった。
永久の眠りにつかんとするアルヴィンをその両眼に映し、シンは呵々大笑する。
自らの絶対勝利を確信し、己が誇りと勲章をこれでもかと天下に知らしめるかの如く、大仰に青空を仰ぎながら――
「新西暦は
「――――」
空洞になったはずの胸の真ん中が、地響きのように強くドクンと脈動した。
血が通う。熱が灯る。光が、輝きが、全身に帯びていくのをこれでもかと体感する。
……あぁ。そうか。そういうことだったのか。
俺は、優しき光になりたかったんじゃない。一番星になりたかったわけでもない。
ましてや、ヴァルゼライド閣下自身になりたかったわけでもない。
いいや、ある意味それは的を得ていた。半分合っていて、半分違う。
俺は、ヴァルゼライド閣下の英雄然とした姿に憧れていた訳じゃない。
真実は……むしろ、その逆で――――
「俺は――
然り。それがすなわち、己が”勝利”の真実なり。
胸の奥に宿る悲願の大火を自覚したその瞬間、アルヴィン・ロバーツの魂魄は猛々しく煌めきながら爆発した。
「ごッ、おごおぉォォ――ッ!?」
刹那、勝利を謳うシンの顔面に隕石を思わせる弩級の衝撃が飛来した。
骨が砕け、毛細血管が連鎖的にブチ切れる音を内側から聞きながらも、当のシンには何が起きたか理解が及ばない。
そんな白痴の如き無防備を晒す老拳士に対し、しかし嵐は鎮まりを見せるどころか加速していく。
シンを今しがた
その一撃を見舞ったのが誰かなど、この場において一人しかいないだろう。
――そう。信じられないことに、心臓を失った仮死状態でありながら、アルヴィン・ロバーツは打撃の応酬をシンの五体に浴びせていた。
熱く振りぬかれた右ストレートが顎を砕く。続けてすかさず打ち込んだ膝蹴りに、老骨の躯体がくの字に折れ曲がる――のみに終わらず、間髪入れずに打撃、打撃、打撃、打撃、打撃、打撃――破壊乱舞の多重奏。人体を悉く損壊せしめる暴力の疾風は、文字通りシンの五体の隅々を壊し尽くしていた。
骨などもはや粉末状に砕け散らされ、内臓は無事な箇所がないほどにムース上に攪拌されている。血管に至っては、使い古された荒縄の如くずたずただ。無事な箇所を見つける方が難しい。
一方的な肉詰めのサンドバッグと化すこと十数秒、アルヴィンは勢いよく腰を旋転させながら右拳を振りぬいた。
撃ち抜かれる
「ぐッ――おッ、おおおおおぉォォォッ――――!!」
瞬間、悪魔の如き形相で立ち上がりながらシンは異能を胎動させた。
ふざけるな。何の冗談だこれは。何故、儂がこのような汚辱に塗れなければならん。
許さん。許さん、決して許さん――!
無限に膨張する怒りと屈辱のままに、シンは殺意を漲らせる。
中空に残留していた衝撃のすべてが、一斉に猛獣の牙となりアルヴィンへ襲い掛かった。
目測だけでも、その数、悠に三十は超えている。当然、現在瀕死状態にあるアルヴィンがあれを一撃でも受けてしまえば、即昇天は疑うべくもない。いや、それどころか今こうして大地に足をつけ戦闘を継続している事態すら異常なのだ。
そんな綱渡りの今、この局面はもはや絶望を通り越しているとすら言えるのだがしかし――アルヴィンは怯まない。どころか、進撃の足を止める気配がない。
立ち昇る闘気が、不退転であると告げている。
「ハッ、馬鹿が! 死ねえぇぇェ――ッ!」
儂の誇りに唾をかけた大罪、重く受け止めながら死ぬがいい――次こそはと真に勝利を確信しながら、シンは口元に三日月を描いた。
砂塵を巻き上げながら極大の爆発が巻き起こる。あまりの規模の衝撃に、疑似的な竜巻が発生し、余波で近辺の建物が瞬時に崩壊を起こした。
全弾命中――必殺を確信する。これで死んでいなければ、真に奴は“化物”だろう。
だが理論上あれを全発食らって生き延びているなどあり得ない。それが可能なのは恐らく神祖とその加護を受けた使徒、そしてあるいは、彼の英雄くらいのもので……いいや、さしもの英雄であれ、あの致命傷で先の剛撃を食らったとあれば絶命はまず間違いなく――そう思った、束の間だった。
「…………は、ぁ……?」
シンの意識が虚無になる。まるで絵空事でも見ているかのような心地になり、現実を正しく認識できない。
これは、一体、何が起こっている? 夢でも見ているのか?
シンの眼前には、信じがたい光景が広がっていた。
アルヴィンが全身から冗談のような量の血液を吹き散らかしながら――しかし、どこまでも狂気じみた笑みを浮かべ、砂埃を切り裂いてこちらへ突撃してきているのだ。
もはや、気が触れているなどと言う領域で済まされるレベルの話ではないだろう。
致命傷なのだろう? 心臓をもぎ取られたのだろう? そして、先の拳の三十連撃を回避することなく、まともに直撃したのだろう?
ならば何故動ける? いいやそれよりも何よりも……何故、まだ生きている……?
何故当たり前のように生命活動を続けられ、それどころか嬉々としてこちらに向かって疾走してくる……!?
「ち、近寄るなァァッ! こ、のッ、薄汚い――」
「化物だって言うんだろう? あぁ、その通りだ」
再び、常人であれば五十は殺せるほどの威力を乗せた鉄拳が、シンの鳩尾へと深く突き刺さった。
とても基準値で繰り出されたものとは思えない出力に恐怖を覚えながら、シンは抵抗空しく倒壊した建造物の残骸へと吹き飛び、衝突する。
激しくせき込みながら血を拭い、屈辱に濡れる瞳を前方に飛ばす。そこには、邪悪とも表現できる凶暴な微笑を浮かべるアルヴィンの姿があった。
いいや、彼は本当にあのアルヴィン・ロバーツなのか? かつて彼を形成していた優しさの欠片が、微塵もそこには存在しない。
そこにあるのは、殺意へ奔る激情と、総てを壊すと言わんばかりの狂ったように輝く両眼だけだった。
これでは、まるで――
「化物がァッ……! 貴様はもはや人ではないッ! 貴様は一体何なのだ!? 儂は一体今、何を相手に戦っている……!? 消え失せろ、貴様は存在してはならない存在だ……! 今すぐ人の世界から消えろ、地獄に帰れッ、醜い獣人、
それは罵倒、あるいは、哀願だったのだろうか。
お前は何だ、何なのだ、訳が分からぬという理解不能な生物に対する恐怖。そして頼むから自分の前から消えてくれ、お前はこの世にいてはいけないものだという絶対的な拒絶。
あの歴戦を潜り抜けてきたカンタベリーの傑物が一角、シン・榊・アマツが恐怖するほどの未知の存在。すべての道理を粉砕し、奇跡と言う名の地獄の角笛を吹き鳴らしながら今この場に立っているこの男は、一体何だというのか?
誰もが答えも知りえない中、割れんばかりの大絶笑が、獣の雄叫びのように響き渡った。
「ははッ――はははははははははははははッ!!
そうだ! 俺は
皆殺しだ、アドラーを荒らす宗教家ども――これ以上この地は荒らさせん。これ以上誰も、殺させはしない。俺がすべて残らず、守り通すッ!!」
そう。これがアルヴィン・ロバーツの真実。
一番になりたかったわけじゃない。ただ、自分にはなかった“破壊の光”を携えていたジェイスやヴァルゼライドという……“化物”に憧れていただけ。
羨ましかった。そう、羨ましかったんだよ。化物だと恐怖されているお前たちが。それほどまでの強さを兼ね備えていたお前たちが。
俺は、たまらなく羨ましかった。
怖がられ恐怖されるということは、それすなわち人外の強さを兼ね備えているということの裏返しに他ならないだろう?
強ければ強い分、守れるものも多くなるだろう。アドラーも。この国で暮らす愛すべき民も。取り溢すことなんて、まずなくなるだろう。
対して、俺アルヴィン・ロバーツはどうだ? 今までの人生、“化物”だなどと恐怖されたことが一度でもあったか? 誰かに恐れられたことがあったか?
否、否、断じて否だ。そんな経験、一度だって有りはしなった。
皆一様に口を開けば、アルヴィンは優しい、温かい、安心すると……それはつまり、俺が弱いということに他ならない。
帝国を守る器に非ず。そう無意識のうちに感じていたから、俺の心には終始モヤが掛かっていたんだ。
強くなりたい。強くなりたい。化物のように、誰よりもどこまでも。
恐怖されるほどに。化物だと疎まれるほどに。
何も失ってしまわないように。すべて守り通せるように。俺一人が嫌われてそれが叶うのなら、この優しさも温かさも、ものみなすべてくれてやる。
俺の誇るもの一切残らず、灼熱の修羅へと転じさせよう。
爆熱する光の覚悟を掲げながら、アルヴィンはアダマンタイトを再装備――出力を基準値から発動値へと振り切った。
これが最後の
ゆえにいざ、
その命の煌きの悉くを恐慌の果てに突き墜とすため、さあ――
「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」
「
詠唱の開始と同時、アルヴィンは弓矢をシン一直線に構えながら爆速で大地を駆けだした。
迅雷の疾駆による激烈たる衝撃に、地盤が悲鳴を上げ、陥穽を穿たれていく。
只事ではないだろう。いくら星辰奏者とはいえ、地を駆けるだけで地面が陥没するなど、冗談ではない。そのような現実が罷り通るのなら今頃ここら一帯はとっくに不毛地帯の更地と化している。
まるで恐竜を思わせるほどの大進撃は、文字通りアルヴィンが人としての枠を外れ、化物の領域へと覚醒せんとしている証だった。
「満ち満ちていく神威の中で、しかしてなにゆえ? 響く笛には、永劫熱が宿らない」
弾丸のように突貫してくるアルヴィンに気圧されながらも、シンも負けじと拳を構える。
確かに今の
何故ならばあの致命傷――どんな奇跡を起こしたのかなど知りたくもないし理解できる気もしないが、もう二、三分と待たず光の魔法は解けるだろう。
そう思いながらも何度も理不尽な覚醒を繰り返してきたアルヴィンであり、その度に当惑を重ねていたシンであるが、今度こそもはや光の祝福は得られまいと考える。
単純に考えて、心臓を失い活動できる時間など、いくら光狂いとはいえそう長くはないはずだ。
ならば時間切れまで待てばよく、ご丁寧に正面切ってぶつかり合う必要などどこにも無い。
ゆえにシンが選択したのは時間稼ぎによる小技の連発。大技をわざわざ狙いに行く必要などどこにも無く、だからこそ小賢しく、しかしより効率的な作戦に舵を切る。
さぁ、どこからでも攻撃してくるといい。貴様の弓術など既にすべて見切っている。
もはや放てる弓の数とてそう多くないのだろう? 同様に、操作できる弓の数も。
ならばその悉く、無に還してやろう。そして今度こそ天下に儂が最強だと知らしめてやるのだ。
シンはどのような攻撃に対しても対処できるようアルヴィンの
「は――――?」
アルヴィンが先まで足を着けていた大地が爆散――次の刹那、彼はシンの間合いまで一気に肉薄していた。
「抱きしめ交わした四肢から流れる、愛の結晶、
それが汝の奏でる音なら是非も無し――
枯葉の如く吹き飛ばされ、散々地べたに引っ掻き回されたシンはしばらく起き上がることができなかった。反撃することすら遥か遠く、戦意さえ微塵に砕かれそうになる。
――儂は、こいつに、勝てない。
「ぐッ……お……おぉ、おおおぉォォォォオオオオオオ――――ッ!」
最悪な想像が実像を結びかけた瞬間、シンは天を裂かんばかりの大咆哮を爆裂させた。
――儂は負けない! 若造に後れを取るなど、より長く生きてきた者としてあってはならぬことなのだ!
そんな妄執めいた信念だけを胸に、シンは無様に駆けだした。
もはや小細工などには頼らない。
極限状態に追い込まれた時こそ、やはり信じられるのは己が生涯を捧げてきた武のすべてだけだろう。
勝利の確率? 計算式? 知らん知らん知らん、総じて些事だ、取るに足らない!
「儂はァ――
ここに、男二人の意地と信念と光が絡み、ぶつかり合う。
互いの守りたいモノの為に。正真正銘己が全魂魄をかけて、闘志が溶鉱炉のように煮えたぎった。
「ゆえにこそ、我が宿命は邂逅を果たす。
山羊の如き優しさも、羊飼いたる情さえも――一切不要。燃ゆる修羅へと捧げようぞ。
これより我が身は真なる獣人。
守る、守る、守る、守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る――――すべてすべて、何もかも。
だから、その為に殺し尽くす。すべてを守るために、すべてを殺し尽くす。
アルヴィンの心を満たしているのは、たったそれだけ。
ゆえに――
「約束された
誰よりも優しかった羊飼いは、獄炎の光輝に焼かれ、怪物譚へと墜落する。
これが、アルヴィン・ロバーツの憧れていた光。その末路。
彼の願った、
その名は――
「
アドラー北部で吹き鳴らされた
「なッ――」
「これは……!?」
その時、今現在アルヴィンと相対しているシンのみならず、この戦場にいるすべての兵士たちが一人残らず天を見上げた。
そしてやはり例外なく、皆が動揺し、瞠目している。
一体、何を見せられているのかと。これは果たして、本当に現実の光景なのかと。狸に化かされ見ている夢幻であるならば、早く醒めてくれと一様に懇願するが……悪夢は一向に鳴りを潜めない。
どころか、未だにその
「……弓、矢……?」
そうだ。晴れ渡る蒼穹を覆い隠すように、無限とも思える数の鋼鉄の弓矢がそこに鎮座していた。
その数、百はおろか千を超えているだろう。
まさか、これらすべてを、アルヴィンが操縦しているというのか?
馬鹿な。もはやこれは一星辰奏者の星の行使力を超えている。千を超えるこれらの弓矢を操縦するのに、どれだけの精神力が必要だと思っている?
アルヴィンではそもそも出力が足りていないし、仮に無理にこのような芸当をしようものなら脳の回路が焼き爛れて即座に廃人になってしまうだろう。
「
しかし、そんなものは関係ないと、アルヴィンは嗤う。
「俺一人の
大喝――そして星の鼓動を鳴動させる。
瞬間、空中に浮遊していた弓矢が一斉に動き出し、裁きの流星群が如くアドラー北部全域に降り注いだ。
問答無用、一切の容赦なく解き放たれた破滅の流れ星は、至極当然のようにカンタベリーの戦士たちの命を悉く地獄の底へ突き墜としていく。
そう、カンタベリーの戦士のみ、だ。これほどまでの無差別な絨毯爆撃、アドラーの兵士も巻き添えを食らっていない方が不思議と言えるのだが。
結果はむしろ、総員無傷。アルヴィンの機銃掃射による怪我人は、アドラーの者に限り間違いなく零だった。
なんという操縦技術か。あれだけの数の弓矢を同時に、しかも正確無比に操作するなど、並大抵の者では……否、それどころか現存する星辰奏者では無理な所業だろう。
事実、アルヴィン・ロバーツにしかできない神業をここに披露していた。
蟲の大群に食い殺される稲穂の如く、次々に絶命していくカンタベリーの兵士たち。
もはや全滅は必至、免れない。
アルヴィンの最期に起こした
「認めるものかッ! 認めはしない……儂が、このような小童どもに負けるなど、そのようなァッ!」
両目を鬼神の如く血走らせながら、迫る死弓へ八極の技を秒単位で叩き込む。
それら一撃一撃が、弓矢を文字通り木っ端微塵にするほどの威力だ。二度と操縦することができないよう、正真正銘すべての弓矢に己が全霊をぶつけている。
アルヴィンの絶技と、真正面から対峙しているのだ。
勘違いするな、どれほど覚醒を繰り返そうが、儂の方が強いのだと、天下に知らしめるかの如く。
しかし、シンの身体にも限界が訪れていた。
殺到する弓矢総てを捌き切れている訳では断じてなく、砕いた弓矢の数と同じだけ、シンの五体に破壊の光が突き刺さる。
このままでは消耗戦もいいところで、そう遠くない未来にシンは力尽きるだろう。
だが、シンの心は折れていなかった。それどころか、八極の回転率が上昇している。
光の覚醒? 馬鹿な、あり得ない。何故ならシンは光狂いではない。光に焦がされるほど夢見がちではない、シンは徹底したリアリストだ。
彼は永遠に、光の徒にはなれないだろう。
ならば、彼を突き動かす原動力は何か?
簡単なことだ。それは、最初から一貫して言い続けている。
「若者如きに――儂が負けるかあああぁぁァァァァ――――!!」
そう。すべては、その妄執めいた執念だけ。
負けたくない、負けたくないと……駄々っ子のように意地を貫き通すシンの姿は、いっそ哀れに見えただろう。
だが、そこには確かに信念があった。
どれほど歪んでいようが、歪だろうが、捻じれていようが、貫き通せばそれは絶対値として価値のある信念だ。
断じて軽率に否定できるものではない。
ならばこそその意地を最後まで貫き通したシン・榊・アマツという最大の好敵手に敬意を籠めて、今アルヴィンは終幕の一矢を放とうとしたその時――彼は、致命的なことへと思い至る。
――弓矢、切れ……!
懐から取り出そうとした弓矢が、既に底を尽きていた。軍服の至る所に潜ませていた予備の弓矢も同様だ。
ならばと意識を空間全土へ飛ばす――一本でも操縦できる弓矢はないかと探り出すも、見当たらない。
いいや、正確に言うならば十数本は見つけ出すことができたが、駄目だ、遠すぎる。
それらを操縦してシンの命を断つ前に、こちらの命が砕かれてしまう。
「万策尽きたと見えるな」
弓矢で総身を嬲り尽くされ、もはや人体模型のような凄惨な有様になった血肉の塊――シン・榊・アマツが、第二太陽に被さるように跳躍した。
未だ生きているのが意味不明なほどの重篤ぶり。それはアルヴィンも同様だが、光に狂っていない分シンの方が異常と言えるだろう。
そのすべては、若者如きに、後れを取らないため。すべては我が生涯、誇りの為に。
拳を強く、握りしめる。
「刹那の差で儂の勝ちだ。儂も貴様を討った後に死ぬことは業腹だが、今生は貴様に勝てただけで良しとする。
誇りに思え、
そして、緩慢な所作で振り下ろされる決着の断頭台。
緩慢な動きとは言え、今のアルヴィンにそれを回避できるだけの余裕はない。既に下半身の動きは九割がた完全に停止している。
部下たちが愛する隊長を守るべく疾駆するも、間に合わない。
――ここまでか。
だが、本懐は果たした。黄金腕輪は、自らを討ち取って間もなく、絶命するだろう。
ならば案ずることは何もない。守り通した。ならば結果、それはアドラーの勝ちだろう。
愛する部下達を残して先に逝ってしまうのは……少し寂しいが。
お前たちならば、俺がいなくても大丈夫だ。長生きしろよ。アドラーを……無辜の民草たちを、よろしく、頼む。
そう切願し、瞳を閉じかけた――その瞬間。その声は、アドラーの空へと響き渡った。
「隊長おおおおおおぉぉぉォォォォ―――――――ッ!!!」
「――――ッ!」
眠りかけていた瞳を見開き、空を見上げる。
そこには、シンより更に高く――天まで届けとばかりに軽やかに宙を舞う、少女の姿が。
少女は両腕が千切れんばかりに大きく振りかぶり、こちらへ何かを投擲してきた。
巨大な鉄の塊――少女のアダマンタイトである大剣だった。
アルヴィンは瞬時に少女の意図を汲み取った。
その鉄塊剣を素早く弦に構え、
投射するつもりだ。無論、本来ならば不可能な芸当だろう。
あの質量の刀剣を飛ばすなど理論的にどう考えても不可能で、傍から見れば正気を疑う光景だ。
……それでも。アルヴィンであれば、それが可能だった。
何故なら、彼の星は「投射金属操縦能力」。
弓から投射したという事実が付随すれば、それが金属であればどれほどの重量を備えていようが関係ない。
等しく、アルヴィンの
『いッ――けええええええええええええぇぇぇェェ――――――ッッ!!』
アルヴィンと
解き放たれた一条の勝利の閃光は――
「があァッ……!! ご、ふうぅッ……!!」
シンの心臓部を、狙い違わす穿っていた。
ゆえに、これにて真に決着。
もはや
その、間際に。
「お前が考えているよりも、世界は膨大に広がっている。今度生まれ変わったときは、自分だけの世界に閉じることなく、広い視野で世界を視てみることだ。
それが、若造の俺からの助言だ」
お前が思っているほど、未熟や若さや青さと言った不完全さも悪くない。
盲目になることなく、次の世界ではもっと己が世界を広げてみろというアルヴィンの助言は、しかし。
「…………儂は、神に選ばれし、至高の
――若造の助言など、誰が聞いてやるものか」
これだから若造は嫌いだと……シン・榊・アマツは、最期の瞬間まで己が信条を曲げぬまま現世との繋がりを断った。
「勝、……った……」
シンの昇天を見届けたアルヴィンは、
もはや、大地の冷たさすら感じられない。空の青さも、何も視えない。
今度こそ、俺は死ぬ。
疑いようもない。魔法が解けたのだ。光の祝福はこれにて時間切れ。むしろ、今までよく動き回れることができたなと我ながら驚くばかりである。
守り通すことができた。
悔いは、きっとないのだろう。
あぁ、だが、強いて言うのであれば。
「ジェイス……親父……そして……ヴァルゼライド閣下。すまない。約束だが……守ることは、できなかった」
そのままの、優しいお前でいてくれという願い。
そんな温かな願いすら踏み躙り、己は破壊の光へ手を伸ばし、虐殺の獣へと変貌した。
きっと自分は、あの世で閣下に殺されるだろう。
後から追いついた親父やジェイスにも、しこたま殴られるに違いない。
だが、これでいいと感じた。
心に掛かっていたモヤは、もはや毛ほども感じない。
不謹慎ながら、アルヴィン・ロバーツは今過去最高に満たされていた。
だからこそ、醜き暴虐の獣……邪悪の化身は、ここで大人しく眠りにつくべきだろう。
シンの言った通り、己は生きていてはいけない存在なのだ。
誰もから恐れられる化物になりたいと切に願ったアルヴィンだが、俯瞰してみてそんな願いは間違っていると彼自身も分かっている。
分かっていながら、止められなかった。光の
だから死ぬべき。新西暦の未来の為に。
アルヴィン・ロバーツは、穏やかに瞳を閉じた。
その瞼の裏に、温かな光が無限に降り注ぐ、帝国の未来を夢に見て……
心を交えないまま独りきりで戦い続けたシンとレナ。
心を交わして、仲間と手を取り最後まで『私達』として戦い続けたアルヴィンとリディア。
どちらが勝つかなんて、最初から決まっていたことだったのかもしれませんね。
Alvin roberts
| 牧羊神の | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| AVER | B | ||||||
| DR | A | ||||||
| STATUS | |||||||
| 集束性 | C | ||||||
| 拡散性 | A | ||||||
| 操縦性 | AA | ||||||
| 付属性 | B | ||||||
| 維持性 | B | ||||||
| 干渉性 | C | ||||||
アルシャトパーン・シューリンクス
・投射金属操縦能力。
弓矢から投射した金属を自由自在に操縦できるアルヴィンの星辰光。
拡散性と操縦性を筆頭に全性質が高水準なため、表層だけ見れば非常に優秀な能力に見えるが――お世辞にも強力と言える能力ではない。
というのも、操縦は自動ではなく、真実、投射した金属一つ一つをアルヴィン自身が操縦しなければならず、どこまで突き詰めてもアナログなのがこの能力の欠点だからだ。
使い手が複数の金属を正確に操縦できるような傑物であれば最高の星として輝くが、凡俗であれば言わずもがな。
満足にこの異能を使いこなせることなく、
アルヴィンに関しては、語るまでもなく傑物であり、この能力を十全以上に使いこなしている。
彼がこの星を発動させたが最後、殺到する弓矢は蝗の群れの如く敵を飲み込み、滅殺の旋律を奏でることだろう。
響く屠殺の調べに、逃げ場はどこにも在りはしない。
――余談ではあるが、今回アルヴィンが発動させた
まさに、怪物の嚆矢。下手な魔星ならば歯牙にもかけない存在へと変貌していた。