シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

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急遽プロットにない話を執筆したら1万字を超えてしまった男、スパイダーマッ!! 
デッデデーン!!!!

※今回マジで長くなってしまったのでゆっくりと御覧ください。


Chapter Ⅴ 副隊長の務め/Daily work

 アドラーが誇る黄道十二星座部隊(ゾディアック)が一角、第十部隊・瞬圧山羊(カプリコーン)が駐在する旧オランダ領に荘厳と聳え立つアムステルダムの王宮。

 外観の壮烈さ、気品に満ちた神々しさは然ることながら、内部に至っては旧西暦の建設時そのままに、シャンデリアや大理石の床など、軍隊の駐屯地とは思わせぬほどに重厚で優美な内装に彩られていた。

 その駐屯地の一室を改造した訓練場。

 そこには逆に、煌びやか豪華絢爛な装飾品は皆無であった。

 存在するのは訓練用にと武骨に壁面へと掛けられている数十本の剣のみであり、壁面や天井などは簡単に壊れてしまわぬようにと最高品質の素材(はがね)でコーティングされている。

 ――まぁ、その最硬質を誇る鋼でさえ、ジェイスの蹴撃(しゅうげき)により一部を木端微塵にされてしまったのだが……

 そして、そんなまさに戦うためだけに用意された闘技場とも言える場所にて、二十数名の兵士と――彼らが固唾を飲み見守る、一組の男女がいた。

 誰一人とて口を開くことなく、静謐且つ張り詰めた空気がこの場に流れている。

 

 相対している男女は、共に剣を構えていた。

 気合十分といったように瞳を凛々と輝かせ戦意を滾らせている男は、己が発動体(アダマンタイト)である銀剣を両手で握りしめ、中段の構えを取っている。

 彼を焔と例えるなら、女の方は氷だった。

 焦ることなく、逸ることなく、剣に通ずる殺人の技に、情熱など一切不要というかのように、吹雪の如き極寒をその身に纏いながら瞳を静かに閉じている。

 右手に握るは己が大剣(アダマンタイト)――ではなく、訓練用に常備されている通常サイズの剣、所謂ロングソードと俗に呼称される得物を、その細腕に握っている。

 

 静寂(しじま)ばかりが木霊し、吹き抜けの風すら吹かぬ重厚で無機質殺風景な訓練場は、今や兵士全員の緊張で暴発寸前の風船のようになっていた。

 今から始まる最後の模擬戦。この一戦、果たして彼は――ジュード・シモンという名の新米兵士は、どこまで彼女に食らいつけるのか、と。

 どこまで彼女に――第十北部駐屯部隊・瞬圧山羊(カプリコーン)副隊長である()()()()()()()()()()()に善戦できるのかと。

 皆が期待し、そして同時に待ちわびている。

 

 さぁ、次はどのように、この副隊長(けつぶつ)は華麗に勝利するのだろうと。

 ジュード・シモンとどれほど練度の差を見せつけ、圧勝するだろうかと。

 見せてくれ、その輝きを。 

 我々と年齢もそう変わらぬだろうに、なにゆえそこまで強く気高く、光輝き、煌めくことができるのか?

 その一片でもいいから、どうか我々にもっと、もっと、もっと、見せてほしい。

 いつか私達も、貴女の背中に追いついて、肩を並べて、アドラーのために戦ってみたいからと。

 憧憬の視線が、リディアに集中している。

 

 そして注目の的であるリディアは、この場にいる誰にも気づかれないほどの小さな溜息を溢し、眠りから覚めたようにゆっくりと瞼を持ち上げた、次の瞬間。

 

 

「始めましょう、ジュードくん。どこからでもどうぞ、遠慮なく来てください」

 

「――よろしくお願いしますッ!」

 

 静かに放たれた開始の合図を吹き飛ばすようにジュードが吼えた刹那、二人の剣戟舞踏の幕が上がったのだった。

 

 

 

……

………

 

 

 場内に高らかに響く、鋼と鋼が衝突した金属音、剣戟の調べ。

 ジュードくんの真っ向馬鹿正直な突貫を何の苦も無く弾いた私は、そのまま一気呵成に攻めに転じる。

 斬る、突く、薙ぐ、抉る――多種多様、変幻自在な攻め方を秒単位で披露してやれば、先までの勢いはどこへやら、彼は守勢に入らざるを得なくなった。

 勢いも熱量も大事だし結構なことだ。それらを馬鹿にする気は毛頭ないし、事実気合と根性だけで理解不能な強さを発揮する化け物を私は二人も知っている。しかも両方北部担当の隊長格とかいう地獄……なんで北部だけと思うがまぁしかし。

 それも、()()()()では意味がない。

 気合という熱を強さに直接変換ができなければ、それはただの無用の長物だろう。むしろ、そういった概念は、こと命を削ぎ合う戦場では時に致命の隙を晒す死神に成り得る。

 何故なら、そういった感情は総じて己が酔いやすいからだ。

 あぁ、己はこんなにも頑張っている。こんなにも熱量に満ち溢れている。

 勝つぞ、勝つんだ。そう、気合と根性は素晴らしい……これほどまでに無限の力が湧き上がってくるのだから……! とまぁ、このように。

 ようは、アドレナリンが馬鹿みたいに分泌されるのだ。よって、興奮状態に陥り視野が狭くなる。現状を冷静に判断できなくなる。

 光狂いのようなトンチキならいざしらず、ジュードくんはまだ新米兵士、実力は当然だが私より下だ。

 そんな彼が気合と根性を頼りに馬鹿正直に突っ込んでくればどうなるかというと。

 

「ぐ……く、うぅゥッ……!」

 

 このように、苦も無く反撃を許され、斬撃の雨を浴びせられている。

 なんとか防ぎきっているのは見事なものの、それもあと十数秒で瓦解するだろう。 

 だが、私はそれをしない。

 何故なら彼を倒すのが私の仕事ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 面倒だし業腹だし、なにより何で私なんかにこんな業務を任せるのかと腹の底から浮上する不満に際限はないが、仕事である以上ごちゃごちゃ言ってられないし、こればかりは手を抜いて誤魔化せることではない。

 

 ゆえに、私は斬撃の手を緩めながら、息を吹きかけるようにゆっくりとした口調で言葉を投げた。

 彼の頭がこれ以上沸騰しないように、と。

 

「ジュードくん、一回落ち着いてください。戦場では常に視点を二つ持つこと。己を客観視するということを忘れぬように。俯瞰、とも言えますかね。そうすることで視えてくるものが……戦場に置いての“勝利”が実像を結ぶはずです。さぁ、実践してみましょう」

 

「は、はいッ……!」

 

 余裕なさげに返事をしたのを皮切りに、私は攻撃の手を完全停止させ、二歩、三歩、四歩と彼から後退した。

 疾風怒濤の斬撃の風が止んだことにより、崩れていた体幹を調整し、再び足裏で強く大地を踏みしめ剣を構えるジュードくん。

 己の爆発する脳みそに冷水をかけるように深呼吸を一つ、二つと繰り返し、やがて十数秒が経過したその後に。

 

「――行きます」

 

「どうぞ」

 

 先とはまったく逆――冷たい蒼炎を宿した瞳で、こちらの間合いへ踏み込んできた。

 ふむ、なるほど。指摘すればすぐ軌道修正できる対応能力は大したものだ。先ほどの何倍も集中できている。

 現に今しがた打ち込まれてきた袈裟斬りは、数瞬前に放たれた唐竹割りとは何もかもが違っていた。

 振りぬかれる速度、付与する力、何よりもこちらの腕を切り落とすという明確な目的と共に抜刀された一撃は称賛に値するものだった。

 

「はああぁぁァッ!」

 

 防がれることは予測していたのだろう。彼は間断なく第二撃へ移行した。

 防御されたという事実ごと切り伏せるように剣は私の足元まで振りぬかれ、返す刃で逆袈裟を放ってくる。

 続けて難なくそれを躱すと、左足を軸とし回転蹴りを繰り出して、繋げて拳、剣、蹴撃、斬、突、薙、壊――

 

 巧みに計算された連撃が、霰のように私に襲い掛かっている。

 だが、いずれの攻撃も私を捉えるには至らない。勇猛果敢に攻めかかってくるジュードくんとは対称的に、私はどこまでも冷静に余裕を以てして彼の猛攻を凌いでいた。

 

 驕るわけではないが、まぁこの程度当然だ。伊達に副隊長を拝命されたわけではない。

 むしろ新米兵士に後れを取る副隊長など、まさに名前負け以外の何物でもない。

 軍人など早く辞めてしまいたいと切に思っている私ではあるが、これでも一応自己鍛錬は毎日欠かさず行っている。……本当はしたくなどないが、こういったことはサボるとすぐにつけが回ってくるし、何より万が一の有事の際、自分の命を守るのが自分の手腕である以上、磨かない訳にはいかなかった。

 

 だから当然、私は彼より優っているし、こうして教導を行えているというわけだ。

 

「くッ……!」

 

「焦る必要はありません。いい筋ですよ、基礎鍛錬を愚直に繰り返しやってきたのが手に取るように分かります。だからこそ自分を信じて、冷静に。攻撃が悉く当たらないからといって気を急いてはあっという間に足元を掬われますよ、このように」

 

 焦燥により僅かに生じた間隙、それを縫うようにして私は彼の左足首にローキックを放った。

 それは見事に命中し、決して無視できない痛苦となり彼の注意力、集中力を更に散漫にさせることに成功する。

 

「今のが斬撃なら足首を断たれていましたね。これが戦場だった場合、恐らくその激痛で意識は漂白され、ジュードくんは負けていたでしょう。

 夢中になり、熱くなるのは構いません。ですが、言ったはずです。客観視しろ、と。全身の神経を鋭敏化させ、五体にくまなく眼球を張り巡らすような感覚です。

 そうすれば、晒す隙は最小限まで抑えられます」

 

「ぐッ……は、はいッ! ご指摘ありがとうございます!」

 

 馬鹿正直に礼を言いながら、彼は負けじと胆力で苦痛をねじ伏せながら再びこちらへ斬りかかってきた。

 そして三度始まる剣戟繚乱、鋼の奏でる二重奏。

 

 ジュードくんは依然余裕なさげに肩で息をしながらこちらを叩き切らんと迫ってくるが、攻撃の回転率は先よりも明らかに向上していた。

 なるほど、きちんと熱量を力に変換するということも身体が覚えてきているらしい。

 となるとやはり今後の課題は熱量の制御、己の客観視にあるなと結論付けた私は。

 

「ここらへんで幕にしましょうか」

 

 静謐に言い放った刹那、私は渾身籠めて地を蹴り上げ、上段で振りかぶってくるジュードくんの懐に一瞬で潜り込んだ。

 しまった、とジュードくんは己が失策に対し不覚を悟るが、もう遅い。この一瞬で、勝負は既に決している。

 顔と顔がくっつきそうなほどに接近した私は、ジュードくんの右腕を捻り上げ勢いをそのまま反転させるように背負い投げ――訓練場に響き渡る鈍い衝撃音を合図に、模擬戦最後の決着が告げられるのであった。

 

「お疲れさまでした。指摘したらすぐにこちらの意図を汲み昇華できる対応力は素晴らしいですね。基礎訓練もしっかりしていますし、センスも抜群です。

 なので、今後改善すべきはメンタルの部分でしょう。熱くなりすぎず、眼前の敵ではなくまずは己自身を鑑みる。何度も言うようですが、客観視を忘れずに。

 あと、右足の踏み込みが左に比べて弱いように感じました。筋肉のつきかたに左右で差がついているのだと思います。真面目で愚直なジュードくんのことですから、恐らく筋トレは頻繁にされているのでしょう? でしたら、負荷を右足に合わせて今後は鍛えるようにすることを推奨します。左右均等であればあるほど、踏み込みも安定しますし、その分攻撃の精度も増すでしょう。今後も頑張ってください」

 

「………………あ、は、はいッ! ご指導ありがとうございました、ウォーライラ少佐!」

 

 私が淡々と告げたアドバイスに対し呆然としていたジュードくんであったが、時間をかけてそれらを咀嚼したのか、すぐさま起ち上がったかと思うと馬鹿正直にこちらに深いお辞儀をしてきた。

 本当に、今時には珍しい真っすぐな男の子だ。多分私と同い年か一つ下くらいの年齢だろうが、どう育てられればこうにも純粋に成長できるのだろうと思う。

 芯まで捻くれている私とは大違いだが、きっとその性格上、貧乏くじを引かされることが今後は多いだろう。

まぁめげずにその調子で頑張ってくれと無責任に心の中で激励して、と。

 

「さて、これで本日の訓練は終了とします。皆さん、お疲れさまでした」

 

『ご指導、ありがとうございました!』

 

 二十数名の兵士の、鼓膜を叩き割らんばかりの大音声が訓練場に轟いた。

 身体の芯が揺さぶられる。本当に元気だな、と年寄りみたいな感想が浮かんでしまう。

 私なんて早く帰りたいとか思っているというのに。温度差に風邪をひいてしまいそうだ。

 

「一応全員分マンツーマンでアドバイスはさせてもらいましたが……何か質問などはありますか? 遠慮なくなんでも聞いてください」

 

 本音を言えばこのまますぐに帰りたいので質問などしないで欲しいのだが。

 指導不十分とかで始末書とか書かされても面倒だ。思いつく限りのやれるだけのことはやっておく。

 

「は、はいッ! ウォーライラ少佐、よろしいでしょうか」

 

「……ジュードくん。まだ何か疑問が?」

 

 さっき散々教えたろうと心の中で愚痴りながら、挙手したジュードくんを指名する。

 この猪突猛進ぶり、彼も光狂いの才能があるのだろうな、と禍々しい予感が胸中で渦を巻いてしまい吐きそうになる気持ちを抑えた。

 もう本当に勘弁してくれ。あんな光狂いは隊長たちだけで充分だ……

 

「い、いえ、質問というわけではないのですが……その、恐れながらウォーライラ少佐。できれば……なのですが。敬語はやめていただけると有難いです。我々はまだ新米も新米、少尉の身分です。それを少佐階級の方に敬語を使われると恐れ多いと言いますか……自分たちのような新参に、そのようにへりくだった態度は不要ですので」

 

「……あー……」

 

 なるほど。私自身あまり意識してなかったが、確かに私はデフォルトで敬語を使っている。それは上司であろうが部下であろうが変わりなく、基本的にタメ口をきく相手は絶無と言ってよかった。

 確かにジュードくんの指摘通り少佐階級となれば、少尉の新米兵士に敬語を使うなんてこと普通はしない。そんなことをしている少佐階級の人間など、恐らく軍内で私だけではないのだろうか。

 ……いや、まぁでも。

 

「ごめんなさい、こればかりはどうしようも……改善するようにはしますが、なにぶん私も皆さんと年齢がそう変わらない若輩の身です。それに私自身、別に大した人間じゃありませんから。上司風を吹かす、というのがどうにも性に合わないんです」

 

「な、何を仰いますか、大した人間じゃないなんて! ウォーライラ少佐の伝説は聞いていますよ。士官学校を卒業して()()()()()()()()()()、帝国近年稀に見る天才だと!」

 

「……いや、まぁ……それは事実ですが、天才というわけでは……タイミングが良かっただけというか……」

 

 そう。私は士官学校を卒業して速攻でこの瞬圧山羊(カプリコーン)の副隊長に就任したという異例の経歴を持つ。

 当時は、こんなにも気軽に飛び級で少佐階級になれるものなのかとなんとなく思っていたが、どうやらそれは私の認識違いだったらしく。

 当然だが、いくら優秀な軍人であろうとも士官学校を卒業したらどこかしらの部隊に配属され、まずは少尉の身分からスタートを切るという。

 どれほど運が良くても中尉、更に人数を絞って大尉、いきなり少佐階級など異例も異例、だからそういう意味で私はちょっとした有名人だった。

 それこそ、ヴァルゼライド閣下が生前血統派を粛正する前は、家柄のみで少佐中佐大佐、果ては将官階級にまで即就任する者もいたらしいが……

 私のように、成り上がりで即上位階級になれたものは、本当に希少らしい。

 軍人としての才能もあった。士官学校時代、人並み以上の血反吐を吐くような努力を繰り返してきた。そして、私が天より授かった星辰光(アステリズム)も、軍内でトップクラスに強力だったこともあり……つまり、総合力において極めて優秀だったために、私は今の地位に座すことができたのだ。

 加え、ヴァルゼライド閣下が逝去した影響の人手不足も深刻だったのだろう。

 特に、東部と北部はそれが顕著だったと聞く。東部はかの審判者(ラダマンテュス)やヴィクトリア隊長などの傑物が揃っていたため、当時隊長格がロバーツ隊長だけだった北部に、私が配属に相成ったというわけだ。

 

 だから実際、私が凄いかと言われると別にそういうわけじゃなく。

 もちろん自身の努力が五割を占めていると胸を張れるくらいには頑張ってきたという自負はあるが、それでも残り五割は運によるところが大きいだろう。

 ……その運によって(もたら)された副隊長という役職も、今では私を縛る手枷足枷となっているわけだが。

 

「謙遜なさらないでください。事実、ウォーライラ少佐は凄いお方です。こうやって我々二十人近くの個人稽古に付き合ってくださった後でも息一つ乱していないですし、アドバイスも的確ですべてが的を得ています。

 ウォーライラ少佐の体術や剣捌きも流麗且つ無駄がなく、自分たちとしてもとても参考になります」

 

「……い、いや……そんな」

 

「ジュードの言う通りです! しかもウォーライラ少佐、滅茶苦茶努力家じゃないですか。毎日訓練場で自己鍛錬をしているのでしょう? 同僚が何回か見かけたと言っていました。天才で努力家にも関わらず謙虚でクールで部下にも優しい……本当に理想の上司って感じです! 俺たち、早くウォーライラ少佐やロバーツ隊長と肩を並べて戦えるように頑張るので、これからもご指導よろしくお願いします!」

 

「…………は、はい……こちらこそ」

 

 胃が痛い。万力で締め付けられているかのようにキリキリする。

 皆が一様にキラキラとした視線を飛ばしてくるが、その瞳が眩しくてたまらない。

 あぁ、ごめんなさいごめんなさい。私、本当に大した奴じゃないんです。

 この仕事だって本当に、ほんっっっとうに仕方なくやっているだけで、本音を吐露すれば一刻も早くこんな軍隊(ところ)から去りたいと思っている俗物なんです。

 自己鍛錬を欠かさないのも自分の身をいざというときに守れるようにするため、保険に他ならない。

 貴方たちにアドバイスをちゃんとするのは、後々面倒なことにならないようにするため、誓ってみんなのためやアドラーの為なんかじゃなく、結局私自身がこれ以上不幸にならないようにするための処世術。とても褒められたものじゃない。

 だから頼むからそんな綺麗なものを見る目でこちらを見ないでくれ。

 貴女のようになりたいと憧憬を向けないでくれ。光に溺れて窒息していまいそうになる。

 私が今あなた達に見せているこの一面は、真のリディア・ウォーライラの姿ではなく、虚飾されたものなのだ。

 しかしそんな仮面の下の私の本性を彼らが知るはずもなく、だからこそ疑問に浮かぶのは。

 

「……なんで、ジェイス隊長は」

 

 小声でつぶやく。誰にも聞こえないように。

 そう、少なくとも同部隊内の部下たちは私の本性、本音、本質などに気づいていない。ゆえにこそ今もこうやって私への称賛を数多に口にし、尊敬の眼差しを向けている。

 ……やはりあれは、ジェイス隊長の観察眼ゆえの賜物だったのだろうか?

 だとしても何故分かった? 私のロバーツ隊長やジェイス隊長のような光狂いに対する辟易とした態度からか? 厭世的(えんせいてき)な態度から? 

 いやだが、それだけでは理由にならない。そんなことを指摘すれば、ヴィクトリア隊長はどうなる。

 あの人も纏う厭世的なオーラを隠そうとしていないし、極めて優秀な人ではあるが面倒ごとが嫌いなダウナー寄りな人だ。だが、帝国を守るという己の役割は全うしているし、それに誇りを抱いているのは言わずもがな。

 ……では何故、分かってしまったのか?

 …………駄目だ、いくら考えても詮無きこと。幸いなのは、そのジェイス隊長が今は北部に不在ということだ。

 これ以上私の隠したい真実をつつかれることはない。

 ……だがやはり一番謎なのは、彼が去り際に放った一言だ。あれって、一体、どういう意味なのか――と思考を巡らせようとした瞬間。

 

「は、はい! ウォーライラ少佐! 僭越ながら私もよろしいでしょうか」

 

「! ……あ、あぁ、はい。どうぞ」

 

 その思考は響くソプラノボイスに断ち切られた。挙手したのは栗色のボブヘアーの小動物を思わせる女の子だった。年齢は私よりも下と思われる。

 名前は確か……ソフィーちゃん、だったかな。

 指名されたソフィーちゃんはしばらく口をモゴモゴとさせていた。

 何だ、そんなに聞きづらいことなのかと私が頭にハテナマークを浮かべていると、とんでもない爆弾発言がその小さな口から解き放たれた。

 

 

「ウォ、ウォーライラ少佐って、ロバーツ隊長とお付き合いされてるんですか!?」

 

「……………………はい? …………はあああぁぁぁあぁぁぁっ!!?」

 

 言葉の意味が理解できず一瞬赤子のようにポカンとしてしまう私。そして数秒後、自分の声とは思えない絶叫が喉の奥から飛び出てきた。

 いやちょっと待てどうしてそういう発想になるていうかなんで私があの人と!?

 

「い、いやいやそんなあり得な――」

 

「こ、この前私見ちゃったんです! ウォーライラ少佐とロバーツ隊長が二人きりで夜の街を歩いていて、酒場に入っていくのを! あれってつまり、そういうことなんじゃないんですか!?」

 

 私の否定の言葉を塗りつぶすように早口で捲し立てるソフィーちゃん。

 焚きつけるような言葉を言い放つもんだからみんなは各々黄色い声を張り上げ桃色の空間がものの見事に爆誕してしまった。

 ねぇちょっと待って頼むから私の言うことを聞いて??

 

「やっぱりウォーライラ少佐とロバーツ隊長ってそういう関係だったんですか! いや、俺もそうなんじゃないかなーって思っていたんですよ。だってウォーライラ隊長普段ツンとしてクールなのに、ロバーツ隊長といるときだけなんか雰囲気違いますもんね!

 滅茶苦茶毒吐きますし心なしかちょっと楽しそうな……」

 

「い、いや待って楽しくなんかな――」

 

「そういえばロバーツ隊長もウォーライラ少佐のことよく口にしてるもんな! 『ウォーライラは本当に優秀だ。本当に北部(うち)に来てくれてよかったよ。いやぁ、いい嫁さんになるぞあいつは』って言ってたし!」

 

「お、お願いします皆さん、私の話を――」

 

「うぅ……密かにロバーツ隊長とワンチャンないかなとか思っていたけど……そうだよね、お似合いですもんねお二人……あぁ、私の儚い恋は泡沫(うたかた)として散るのでした……」

 

「畜生、ロバーツ隊長も隅に置けねぇよなぁ! ウォーライラ少佐みたいな見目麗しい女性のおっぱい毎日揉めるんだろ!? そんなのってないよなぁ、不公平だ!」

 

「アンドレくん、あとで隊長室に来てください。セクハラの罪状で始末書を書いてもらいます」

 

「そんな!?」

 

 数分前の緊張感に満ちた空気から一変し、今では明るい音色の笑い声が訓練場に木霊している。 

 あーもう滅茶苦茶だ。結局誰も私の話聞いてくれないし。死にたいな。いやもう死のう。あの人の恋人扱いとか何それ嫌だ。勘弁してくれ、あんなのが恋人だったら暑苦しくて手を繋いだだけで焼死してしまうわ。

 ……いや、まぁ確かにあの人はいい人だし人情味あふれているし優しいし紳士的だし客観的に見てとても優良株だというのも頷けるしきっと将来いいお父さんになるんだろうなぁということは想像に難くないが――

 

「おぁ、ウォーライラ少佐の頬が赤い! きっとロバーツ隊長のこと考えてるんだ! ヒューヒュー! 熱いっすねぇ、結婚式には呼んでくださいよ!」

 

「……いいでしょう、アンドレくん。構えてください特別補講です。四肢を切り飛ばし達磨にしたあとでたっぷりと説教してあげますからそのつもりで」

 

「い、いえそんなちょっとした冗談じゃないですかウォーライラ少佐、んな鬼の形相浮かべなくても……

っていや、ちょっと待ってください少佐、え、冗談っすよね!? なんで抜刀の構え取って――って危なッ!? ちょ、本気で殺す気でしたよね今の!」

 

「動かないでくださいアンドレくん。致命傷から外れると余計苦しむことになりますよ」

 

「いやあああぁァァ――――ッ!? 殺されるぅぅぅうう――――!!?」

 

 うるさい黙れよ。別に私相手にかしこまった態度をとる必要なんか皆無だし尊敬してくれとも思わないが、貴様は違う話が別だ。私の逆鱗に触れすぎたゆえに、地獄の底まで落としてやる。

 まぁ、叩っ斬るのは冗談としても、関節技をキメて締め落としてやるくらいはしてもバチは当たらないだろう。

 一切慈悲無し、あまねく助平死ぬがいい――と今まさに変態男に天誅を下そうとした、その時。

 

「おぉ、なんだか盛り上がっているな! やはり若人が和気藹々(わきあいあい)としているのはいつ見ても活力になるなぁ」

 

「……げぇ」

 

『――お疲れ様であります、ロバーツ隊長!』

 

 今まさに話題の中心となっていた男、アルヴィン・ロバーツ隊長その人が訓練場へと足を踏み入れた。

 私達のドンチャン騒ぎを微笑ましそうに見守りながら、こちらへと近づいてくる。

 そして、そんなロバーツ隊長を眩しそうに見つめながら嬉しげに挨拶をする新兵のみんな。

 それに対し隊長もフラットな調子で「おう、お疲れ」と返した。

 

 ……最悪のタイミングだ。なんでこの瞬間に現れるんだこの馬鹿隊長は。

 

「おぉ、どうしたウォーライラにアンドレも。もしかしてまだ模擬戦の途中だったか? それにしては、なんというか緊張感のない感じだが」

 

「いえ別に。この子が私の鶏冠(とさか)に来る発言を数度繰り返したので腕ひしぎ固めの刑を執行しているだけです。気にしないでください。ていうかいつも思いますけど、現れるタイミング最悪すぎです。嫌がらせですか」

 

「あのなぁ、可愛い部下に嫌がらせなんてするわけないだろう。

 ていうか、またアレかアンドレ。セクハラは程々にしとけって言ったろう? 少しくらいは若気の至りで済まされるけどなぁ……ちなみに何を言ったんだこいつは」

 

「私の乳を揉みたいと」

 

「あー、すまんそれは俺も庇えない。まぁ授業料と思って締め落とされとけアンドレ。今後は気を付けるんだぞ。女性には紳士的に、だ」

 

「い、いやでも隊長ッ……これ……滅茶苦茶痛いですけど……へへ……悪くないです……ッ……少佐の胸に俺の手が当たって……しかも太ももも俺の首に――」

 

「ウォーライラ、楽にしてやれ」

 

「言われなくてもそのつもりです」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!!!」

 

 鶏を絞め殺したような汚らしい絶叫を響かせ、女の敵は泡を吹いて沈黙した。

 うん、こいつ今度の模擬戦の時ボコボコにしてやろう。ぶっ飛ばしてやると心に誓った。

 

「……それで、なんで隊長はここに? 仕事の方はいいんですか」

 

「あぁ、一区切りついたから休憩がてら様子を見にな。

 みんな、頑張っているみたいだな。お前たちは帝国の未来を担う期待のホープだ。より一層今後も励み、精進してくれ。何か悩み事とか相談があれば、いつでも俺に言うんだぞ。俺でよければいくらでも力になる」

 

「あ、ありがとうございます隊長!」

 

「いつか肩を並べて戦えるように頑張ります!」

 

 と、先とはまったく違ったベクトルの黄色い悲鳴が各所で響き渡り始める。

 ……本当に隊長は人気者だな、とつくづく思う。

 まぁ、こんなに部下に対してフレンドリーで距離を感じさせず、且つ親身になってくれる隊長格の人なんてそうそういないだろうから人徳が厚いのは道理と言えるか……

 しかも仕事面でも驚くほど優秀だし。ただ優しいだけではない、軍人としての強さもしっかりと備えているからこその皆の尊敬の対象になるのだ。

 

 そして、しばらく新兵のみんなと雑談を交わしていた隊長であったが、ふと思い出したようにこちらへ振り向くと。

 

「あぁ、そうだウォーライラ。今日の夜時間あるか? もし暇だったら、今から二時間後あたりに俺の部屋まで来てくれ。ちょいとばかし付き合ってもらいたいことが……って、ウォーライラ?」

 

 ……そんな、火に油を注ぐようなことを言うものだから。

 

「――やっぱり、お二人って付き合っているんですか!?」

 

「お似合いですよ、私は応援します!」

 

「挙式はいつですか!?」

 

「子供は何人欲しいですか!?」

 

 私と隊長を中心として、色恋の話題に目敏い新兵のみんなは、ハイエナの如く群がってきた。

 ……あぁ、もう、本当に。

 

「……空気読めよ、馬鹿隊長」

 

「……? なぁ、ウォーライラ。みんなは一体何のことを言っているんだ? 俺とウォーライラが……? 結婚? なにゆえだ?」

 

「もういいから黙るか死ぬかしてくださいよこの大馬鹿隊長」

 

 結局、私と隊長の間には何もないということを説明し終えるまでに一時間もかかってしまった。

 機会とチャンスさえあれば、今度この馬鹿隊長も締め落としてやろうと、私は心に強く誓うのだった。

 

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