シルヴァリオ メタモルフォシス ~シルヴァリオ ラグナロク Side:Capricorn~   作:斎藤2021

8 / 30
Chapter Ⅵ 斯くして車輪は廻り出す/For justice

「……で。付き合ってもらいたいことってのは結局酒盛り(これ)ですか。ならそう言ってくださいよ、おかげで皆さん勘違いしたじゃないですか。

 ……ていうか、なにゆえまた呑みに……」

 

「決まってるだろ。ジェイス率いる魔弓人馬(サジタリウス)の出立記念だよ。勝利を祈って乾杯、ってな」

 

「普通作戦完遂したあとにするものでしょこういうのって……しかも肝心のジェイス隊長たちはいないし……」

 

 あの後。言われた通り隊長の部屋まで訪れた私はまた件の酒屋へと問答無用で連行されていた。

 曰く、ジェイス隊長出立記念と称して。

 なんだろう。もうこれパワハラじゃなかろうか。

 独り身四十近くのおじさんが、夜な夜なうら若き乙女を居酒屋に連れまわす……字面だけ見たらパワハラどころか事案だ。

 隊長が人格者だから私もまだ許容しているものの、これが下心の丸出しの親父ならこうはいかない。

 本当、“優しい”って美徳でもあるが卑怯な武装だなと溜息を吐きながらモヒートを流し込んでいると、隊長はお得意の爽やかスマイルを浮かべながら開口した。

 

「もちろん祝勝会もやるぞ? ちょっと手狭になるかもだが、この店を貸し切りにして北部部隊全員でパーッとな」

 

「あのですね。キャパを考えてください、入るわけないでしょう。どちらかの部隊に絞っても難しいでしょうに……ていうかもうそこまで考えてるんですか。必勝前提なんですか?」

 

「当たり前だろう。ジェイスが負けるわけがない。

 それに、今回ジェイスが引き連れていった連中も、みんながみんな誇り高き鋼の使徒だ。彼らの束ねた光を前に、たかが神様とその飼い犬が勝てる道理なんて有りはしないだろうさ」

 

「……本当に。今回の作戦に参加を希望した傷痍軍人の皆さん、正気の沙汰とは思えませんね」

 

「正気でも狂気でも、俺は彼らの決意に敬意を表する。手足、(はらわた)欠けたとて、軍人としての誇りや矜持は失わない……死ぬまで、否、死んでも帝国の為と在らんとするその姿、まさしく軍人の鑑だ。

 今回の作戦で無事帰還できたとしても、彼らは高度なサイボーグ化により寿命の九割を捧げているゆえ、謳歌できる生はそう長くはない。きっと彼らはそれでも幸せなのだろうが、せめてそれでも、凱旋は上げるべきだろう。

 『アドラーのために奮闘してくれたこと、心から感謝する。貴君らはヴァルゼライド総統が誇る最高の部下だ。総統閣下は永久に不滅、アドラー万歳』……と、杯を打ち付けながら祝杯を挙げるのは、俺の中で決定事項だ。誰にも文句は言わせんぞ」

 

「……まぁ、そうですね。立派ですよ、本当に。祝杯についても、えぇ、もう隊長に全部お任せします」

 

 立派なのだろう。無意味に死ぬよりも、徒花(あだばな)でもいい、せめて魂の一片でも帝国の役に立てたら……と奮起する姿は、胸の奥が締め付けられるほど立派だし、凄まじいことだ。私には到底真似できないが……真似したいとも思えない。

 だって、単純に怖すぎるだろう。

 手足を失って苦しいのに、更に人体改造をして寿命を削って更なる苦痛の渦中へ飛び込むだと?

 冗談じゃない。死ぬならせめて楽に死なせてくれ。

 本当に、ヴァルゼライド総統閣下に瞳を焦がされた連中は一体どうなっているんだ。何が己をそこまで駆り立てるのか、意味が不明だ。

 真に一番大切なのは、自分の命なのではないのか? 命よりも大切な誇りや矜持があったとて、自身の命がなければそんなものは無用の長物だろうに。

 そういった決意や覚悟が尊いものだとは客観的に理解はできるものの、私個人としては理解もしたく無いしああなりたいとは思えない。

 私は一生、人間のままでいい。英雄(バケモノ)なんかに、なりたくない。

 

 

「ヴァルゼライド総統閣下も罪な人だよ……」

 

 死して尚この支持のされっぷりなのだから余程凄まじい人物だったのだろう。

 ……いや、厳密にいえば特異点とやらで未だ閃奏という極晃星(スフィア)を描き、存命しているらしいが、そこに関してはもはや私は考えることをやめた。

 ていうか、理解の範疇を超えすぎていたのだ。何だよ、極晃星に特異点に閃奏って。頼むからこの世の言語で説明してくれ、と当時その話を聞いた時私は思ったものだが……まぁ、そんな頭がおかしくなるようなことを聞かされた時点で、一度も軍内で面識が無かった私でも、ヴァルゼライド総統閣下は凄絶な人……いや、化け物だったのだなと思い込まされてしまった。

 無論、彼が挙げた功績などは私が軍に入る前から知っていたし、一般市民の頃、遠目からとはいえ何度か本人を見かけたこともある。

 しかし、やはり間近で見てみなければその彼の持つ具体的な凄絶さを体感できないというもの。つまり、彼が憧憬を向けられる理由だ。

 私が軍に入ったころは既にヴァルゼライド総統閣下はこの世を去っていたため、終ぞ顔を合わせる機会には巡り合えなかった。

 一度でも対面し、会話を交わしていれば彼らの光狂いっぷりにも一定の理解は示せていたのかもだが……いや、臆病な私のことだ。恐怖して終わりだろう。

 近づきたくない、こうはなりたくない、って肩をガタガタ震わせながら、二度と関わらないよう心に決めるに違いなかった。

 現に今でも密かに、「頼むから特異点からこの地上へ戻ってくるような真似はしないでください」と祈りを捧げているのだから。

 

「……そういえば、隊長は、何がきっかけでヴァルゼライド閣下を尊敬するようになったんですか?」

 

「ん? いや、特にきっかけとかがあったわけじゃ……俺が軍に入って、東部戦線であの人と出会って、今までにない凄まじい御仁だと心を奪われて、この人と共に帝国と民を護り、未来の笑顔を咲かせることができたらな、と……まぁヴァルゼライド総統に焦がれた他の奴らとそう変わらんさ。一目惚れってやつだな」

 

「その表現やめてください、今度からマジでホモって呼びますよ」

 

「心外だな、俺はれっきとした異性愛者だ。

 お前もヴァルゼライド閣下を実際に目の当たりにしたら俺の気持ちが分かるって。まぁ安心しろ、押し付ける気はない。俺がヴァルゼライド閣下を慕う気持ちは本物だが、それを他人にまで強要しようとは思わんよ。ましてや、『ヴァルゼライド閣下ができたのだから、お前もできるだろ?』などという審判者のような(イカれた)価値観を押し付ける気も更にあり得ない。あの人を基準にするなど愚の骨頂だ」

 

 ヴァルゼライド総統閣下への敬意とは対照的に、かつて審判者(ラダマンテュス)と呼ばれた男への僅かな怒りを露わにする隊長。

 あるいは、止めることができなかった自分の無力さへの怒りか。

 

 ……確かに、私もさっきは光狂いがどうだのとぶつくさ愚痴を垂らしたが、審判者のような頭の螺子と一緒に道徳観念も吹き飛んだような光の亡者よりも、ロバーツ隊長やジェイス隊長のような“しっかりとした大人な価値観と考え方”を持っている者の方が、万倍もマシだ。

 何より、他人に迷惑をかけていない。むしろ、その他人を守るために何よりも命を燃やしている。

 ヴァルゼライド総統の詳しい人柄は知る限りではないが、どちらを好むかなど、語るまでもないだろう。

 

「まぁ、かく言う俺も、一時期は『ヴァルゼライド総統閣下のようになりたい』と思っていた時期があったし、それを本人に伝えたこともあるんだが……」

 

「なんて言われたんですか?」

 

「『愚行だ。俺のような塵屑には成るんじゃない』って切り捨てられたよ。まぁ、今考えれば当然だし、閣下に言われて俺も思い直したよ。俺が成すべきは英雄になることじゃない。この国と民を守ることだってな」

 

「それは……まぁ、懸命な判断ですね。しかし本当に……噂に相違はなかったんですね。ヴァルゼライド閣下がびっくりするほど自己評価低かったのって」

 

 先ほど散々こき下ろすようなことを言ったが、そこまで自分を卑下する必要などないだろうに、と思う。

 真実、このアドラーを一番に憂い、愛し、繁栄させてきたのは紛れもなく歴代でヴァルゼライド閣下だろう。

 怪物じみた伝説を数々も打ち立ててきたのだから、むしろ少しでもそれらを鼻にかけないというのは一種の薄気味悪さを感じさせるが……

 

「あぁ、本当に自己評価が辛辣な人だった。だがまぁ、逆に言えば自分のことを徹底して客観的に見て自覚できていたのがあの人だ。

 ヴァルゼライド閣下は紛れもなく“英雄”であり、アドラーの光だ。死して尚その事実に揺るぎはない。俺個人としても彼を敬愛しているし、今でも愛している。

 だがそれはそれとして……あぁ、そうだな。あの人は、良くも悪くも光に狂った“化け物”であり、破綻者だった。

 一度決意したら止まれない。往くと決めた路の道中、たとえ自身の絆や愛が立ち塞がろうが、必要と在らば撃滅する……そんな哀しい人でもあったんだ。

 自覚しているのに疾走を止められない……まるで不治の病だ。確かに俺が同じ境遇に立たされたら、自分を屑と誹りたくもなる」

 

 言いながら、隊長はワイングラスを静かに傾け、僅かに瞳に浮かんだ哀愁ごと赤の液体を喉に流し込んだ。

 悲しき宿命に囚われたヴァルゼライド閣下を慮っての言葉だったのだろうが……気のせいだろうか?

 一瞬隊長の表情に、そんな哀れなヴァルゼライド閣下を“()()()()”と思うような影が……

 

「そういや、話は変わるんだが」

 

 と、その影は刹那のうちに霧消してしまった。

 そして、意外な角度から言葉の刃は私の心臓に突き立てられた。

 

「昨日、ジェイスに何を言われたんだ? まさか本当に引き抜こうってわけじゃなかったんだろ?」

 

「――――ッ」

 

 心臓が大きな音を上げて加速する。ウインナーに伸ばそうとしていたフォークの手が止まる。微かに感じていたアルコールによる酩酊感が、一瞬にして蒸気のように蒸発してしまった。

 

 何故――何故それを今聞くのだ? まさか、ロバーツ隊長も私の“本心”に勘付いているのか?

 嘘だ、そんな馬鹿な――ジェイス隊長だけでなく、ロバーツ隊長にまで?

 なんでだ、どうして、どうして運命とはこれほどに残酷なのだ?

 ただ生きているだけで、次々と新たな地獄が大口を開けて私を飲み下さんとしてくるのだ?

 おかしいだろう、だって、こんな、こんな……!

 

 咄嗟に言葉を紡ごうにも、口の中が乾いて言葉がうまく出てこない。 

 まずい、早く何か言わなきゃ。じゃなきゃ怪しまれる。聡い隊長のことだ、こうやって思考しているコンマ一秒の間隙にすら違和感を覚えるだろう。

 何か、何でもいい、嘘でもいいから、何か言わなきゃ――

 

『いっそのこと、全部アルヴィン(あいつ)にぶちまけちまえよ。安心しろ、嬢ちゃんが危惧しているようなことは万に一つも起こらねぇさ。

アルヴィンはそういうやつだからな。強くて優しい――光を愛する山羊(シューリンクス)なのさ』

 

 想起するは、先刻ジェイス隊長に囁かれた不気味なほどに優しい言葉。

 全部、ぶちまける? 正直に? 隊長に?

 私、もうこんな生活嫌です。国のために責任を負うのも、国のために仕事をするのも、自分以外の誰かのために命を捧げるのも、全部全部全部――軍人が成すべきものみなすべて嫌だから、やめさせてください。私を買ってくれたのは嬉しいですけど、一部隊の副隊長なんて私には荷が重すぎます。

 こんな塵屑でごめんなさいこんな塵屑でごめんなさい――隊長のこと、嫌いじゃないけど、貴方を見ていると罪悪感で死にそうになるんです。だからお願い、こんな地獄から一刻も早く解放させて――って?

 

 それでもロバーツ隊長は許してくれると、優しい顔を崩さないと……ジェイス隊長はそう言うの?

 本当に……? ロバーツ隊長は、こんな糞のような、脆弱な私のすべてを許してくれるというの……?

 

「ウォーライラ? どうした」

 

 私は……

 …………私、は――――

 

 

「……いえ、作戦が終わったら、三人で呑もうって言われただけです。それだけです」

 

「……そうか」

 

 ――言えない。言えるわけがない。

 ジェイス隊長はロバーツ隊長を買いかぶりすぎだ。

 確かにロバーツ隊長は底なしに優しい。私が出会ってきたどんな人よりも、下手をすると私の母のように優しい。この人の優しい父性に触れていると、自分の心の棘が軟化していくのが分かるほど、ロバーツ隊長は懐が深い。それこそ山羊のように、鷹揚で、穏やかで、慈悲深い。

 でも、それでも。この人は軍人なのだ。仏でもなければ神様でもない。

 軍人としての使命を放棄しようとしている自分を、この人は許しはしないだろう。

 そうして変に関係を拗らせれば、私を待ち受けるのはより苛烈と化した生き地獄だ。それだけは嫌だ、私はもうこれ以上の地獄なんて味わいたくない。

 だったら、今の易しい地獄でいい。妥協する。そうするしか道がないなら、歯を食いしばって、耐えるだけだ。今までもそうしてきたから、慣れっこである。

 大丈夫、大丈夫……もうこんな地獄(もの)は、慣れている。

 

「そうだな。祝勝会は勿論だが、折を見て三人で呑みに行くか。ウォーライラ、ジェイスのことを嫌だとか言って逃げるような真似はもうさせないからな。

 観念しておっさん二人に囲まれて――」

 

「――すみません、隊長。私、気分がすぐれないんで先に帰ります。これ、少ないですけどお会計の足しにしてください。今日はありがとうございました、それじゃっ」

 

「あ――おい、ウォーライラッ」

 

 捲し立てるように言いながら、財布から数枚の紙幣を叩きつけ私は足早に店を後にした。

 隊長が控えめに伸ばしてきた手が視界の隅に見えたが、私はそれに一切斟酌することなく、夜の街へと消えていくのだった。

 

 ――あぁ。本当に。ごめんなさい。

 

 

 

……

………

 

 

「…………行っちまった、か」

 

「ありゃりゃ、アルヴィンさん、フラれちゃいました?」

 

「ははは、そう簡単な話ならよかったんだがな」

 

 頭の後ろをポリポリと掻きながら、苦笑いを浮かべアルヴィンは今しがたリディアが叩きつけるようにテーブルに置いていった紙幣をぼんやりと眺めていた。

 俺が誘ったのだから金のことなんて気にしなくていいのに。捻くれてるように見せて根っからの真面目なんだよな、あいつも……と思ったのも一瞬。

 

 

「自己評価が低いのはお前もだぞ、ウォーライラ」

 

 絞りだした声音は、かつてないほどに低いものだった。

 その顔に浮かぶのは、憤怒か、悲哀か、それとも――

 眉間に深い皺を刻みながら、アルヴィン・ロバーツは“私用(プライベート)”の顔から“仕事用(ぐんじん)”への顔へと切り替える。

 そして眠りに目覚めた獅子の如く、ゆらりと席から立ち上がり、熱い鉄を打つかの如く。

 

「俺もいつまでも、逃げてはいられないか」

 

 熱に浮かれた決意を滾らせ、リディアを追うように飲み屋をあとにするのだった。

 

 ――斯くして、瞬圧山羊(カプリコーン)の運命は回りだす。

 駆動し始めた運命の車輪が導く未来は、皆が笑顔になれる喜劇か、それとも凄惨極まる惨劇か……その結末は、未だ誰も知る由がない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。