とある病院の小さな病室。
少年は人生の半分をそこで過ごしてきた。
少年は自分を蝕む病気の名前を知らない。
ただ不治の病だということは知っていた。
「・・おおっと、アメリカ代表の逆転勝利です!」
画面の向こうではイギリス代表のボーグバトラーが大敗を喫した。
少年の心の癒しはカブトボーグだった。
ボーグを握ってると、何となく心が落ち着くのだ。
それと同時に、何かが湧きあがってくるような、そんな感じもした。
ボーグをぎゅっと握る。
少年は病院の中では一番のボーガーだ。院長にも勝ったことがある。
不治の病とはいえ、どこぞの最強ボーガーの仲間とは違うのだ。
とにかく、不治の病なのだ。いつ死ぬかはわからない。
「・・・」
窓の外の大樹の葉はとっくに全部落ちてしまっている。
どっかの少女だったら、とっくに死んでいただろう。
手に握ったボーグが青く光る。最近、なぜかそんなことが頻繁に起こる。
それと同時に、胸が熱くなる。
原因は誰にもわからなかった。医師でさえも首を傾げた。
さらに胸が熱くなる。
「・・・」
ずっと以前から少年は悟っていた。ボーグは自分の心の何かに共鳴しているのだと。
では、一体何に共鳴しているというのか。
少年はそれでさえも、なんとなく理解できるようになっていた。
それは言葉では表現できないようなものだった。
ボーグの放つ光はだんだんと強くなる。
ボーグは釣瓶だ
少年はボーグがどうして、ボーガーの思い通りに動くのか、ずっと考えていた。
他のボーガーと違い、少年にはそうした思索に耽る余裕が与えられていた。
そして、編み出した結論がそれだった。
ボーグは使用者の心と繋がっているのではないのだ。
使用者の心を汲んでいるのだ。だから、狂気じみたボーガーが多い。
そして、最後には何があるのか。それは、今から少年が証明することになる。
「・・・ついに、その時が来ましたか」
少年の背中に、突然、金色に光る翼が生えた。
それが始まりだった。
病室にある物が次々と浮き始め、病院中の窓ガラスが一斉に割れた。
少年はついに深淵まで汲むことができるようになったのだ。
それは人類がすでに忘れてしまった、太古の海。
少年は自意識を完全にボーグと一体化させていた。
壁にひびが入る。それと同時に、病院全体が徐々に崩壊を始めていた。
ベッドがいくつもの光の粒子に分解され、少年に吸収された。
花と花瓶も光の粒子となり、少年に吸収される。
割れた窓ガラスも、少年に吸収された。
病室だけではない。病院のありとあらゆるものが光に還元され、吸収されていった。
そして、病院があった場所には少年だけが残された。
手に握っていたボーグは、まるでサファイアのごとく輝きを放っていた。
もう少年はかつての病弱な少年ではなかった。
少年は海を汲み上げることに成功したのだ。おそらく世界で最初に。
少年は空へ上がっていく。そして、成層圏にたどり着く。
少年がボーグであると同時に、ボーグもまた少年と同一であった。
「・・・綺麗だな」
少年の眼下には青く美しい地球。
この惑星には、これから少年と同じように深淵に目覚める者が現れるだろう。
僕の仕事はなさそうだ
少年はそう思い、ならば自分に何ができるのかを考えた。
別の世界、それもボーグを持たざる世界で誰かが海に辿り着くのを手助けしよう。
「・・・海だと味気ないな」
そして、少年はある言葉を思いついた。
「Cogito・・・、それがいいかな」
自己意識という海を表すのには、それが一番だった。
数秒後、少年は閃光を放ち、この世界から消えた。
そして、ボーグの存在しない世界で、新しい生を迎えるのだ。
その世界の誰かが、Cogitoを汲み上げるのを助けるために。