リリカル受難物語~なのは達がただ困るのを眺めるだけ~   作:一条和馬

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【シグナム「血がでた!」】

 

「ただいま……」

 

 

 まだ冬の寒さが微かに残る四月の上旬。日曜日とはいえ、早朝であればまだ人の往来も少ない。私は早朝の稽古を一通り終わらせ、主や仲間たちが待つ八神家へと戻ってきた。

 

 私はシグナム。闇の書……否、夜天の魔導書に選ばれた主八神はやてを守る守護騎士、ヴォルケンリッターで将をしている。

 

 『闇の書事件』と名付けられた一連の出来事から早四か月。管理局への任意協力の関係で家を空ける機会こそ多くはなったが、家族の距離は以前よりも深まった様に思えるし、何より、私にも強敵と言える存在が現れた。

 

 フェイト・テスタロッサ。

 

あの金色の魔導士はしかし、年齢からは想像もつかない壮絶な人生を送ってきたのだろう。まだ十歳にも満たないその少女を、私は人生最大のライバルと賛美するのに抵抗はなかった。それだけの実力を持つ事は、何度も剣を交えたからこそ確信をもって言える。まだ青い部分はあるが、彼女の強みである速さ。あれをもっと物にされてしまっては今の私では敵わなくなるだろう。これから先の未来で味方として轡を並べる事はあっても、命を懸けて戦う事はないとは思う。だが、だからといって私が修行の手を抜いて実力差を付ける道理もないだろう。

魔導書に組み込まれたプログラムの一つとして生まれた私達ヴォルケンリッターだが、長い年月を生きてきた事によって、いつの間にか自我……心という物が生まれたのだろう。それが今の主はやてによって平和と、束の間の自由を得た事によって余裕が出来た。当然、これから何年、下手をすれば何十年と罪の十字架を背負って生きていくだろう。私たちはそれだけの事をしたと自負しているが、あろうことか我が主は「家族なんやから、皆で反省して、これからも一緒にくらそう?」と優しく、しかし力強く語ってくれた。

 

 そんな優しい主と、家族の為にも、私は弱くなるなど許されないのだ。

 

 

「あ、おかえりシグナム~」

 

 

 リビングに入ると、件の主、八神はやてがキッチンに立っていた。以前は車椅子で生活していた我が主だが、その原因となった闇の書の呪いを取り除いた後の彼女の回復は凄まじいものだった。流石に飛んだり跳ねたりとはいかないが、リビングの中をちょっと移動する程度なら問題なくこなす様になっていた。今まで座っているか横になっている所ばかり見ていただけに、なんとも感慨深い光景だと思える。

 

 

「まだ朝は寒いと思うんよ。どうやった?」

「そうですね。少し肌寒かったですが、運動した後のクールダウンには丁度良かったですよ」

「シグナムは体育会系やからな~。でも、それで身体冷やして風邪ひいたら大事に触るからな。ホットミルク用意しよう思うんやけど、一緒に飲むか?」

「では、御一緒させて頂きます」

 

 

 本来なら帰宅後はすぐに風呂場へ行く予定だったのだが、主はやてがわざわざマグカップを二つ用意して笑顔で待機なさっているのだ。それをどう拒めようか。

 

 

「汗臭かったら申し訳ございません……」

「大丈夫やよ。シグナムは良い匂いするからな~」

 

 

 ほら、今も桜と一緒に。と、我が主はマグカップを置いて私の肩を指さす。そこには、桜の花びらが何枚か引っ付いていた。桜並木道の下を歩いて帰ってきたので、付着したとそれば、その時だろう。

 

 

「シグナムってピンクのお花似合うなぁ。桜の花飾りでもつけてみよか?」

「い、いえ、主はやて……私は、可愛いものは似合いませんので……」

「ん? 私は『可愛い花飾り』なんて言ってないよ? シグナムに合わせて格好いいの用意しようかなぁとは思ったけど」

「あっ、いやその……」

 

 

 なんや案外そういうの興味あったんかシグナム? とはにかむ主はやての前で、つい頬を赤らめてしまう。なんと恥ずかしい勘違いをしてしまったのだ、私は!

 

 

「さて、烈火の将シグナムの珍しい恥ずかし顔は、私の胸のアルバムに仕舞っておくとして、っと」

 

 

 ホットミルクの準備が整ったらしく、お盆に乗せて運ぼうと持ち上げる我が主。

 

 

「主はやて、私が持ちますよ」

「もう、いつまでも病人扱いしとったら……あっ!!」

 

 

 ガシャン! バシャッ!!

 

 

 

 

 ……チッ。

 

 

 

 

「主はやて!」

 

 

 我が主が足をもつらせて、その場に倒れてしまう。当然、ホットミルクの入ったカップは盆の上から飛び出し、目の前にいた私のジャージに降りかかった。一瞬の間こそあったが、熱さに反応するより先に、その場にへたり込んできょとん、としている主の元へと歩み寄る。

 

 

「大丈夫ですか!?」

「う、うん……」

 

 

 未だに状況を理解出来ていないのだろうか、主は依然と困惑の表情を見せていた。

 

 

「まだ療養中の身なのですから、無理をしてはいけません……」

「そ、そうやな……」

「はやてちゃん!? 何かあったの!?」

 

 

 私が主はやての小さな体を持ち上げたと同時、寝ていた筈のシャマルがリビングに飛び込んでくる。音で飛び起きてそのまま降りてきたのか、四方八方に飛び跳ねた寝ぐせが彼女の顔にある緊張感を台無しにしていた。

 

 

「おはようシャマル。ちょっと足滑らせてしもうただけやから、心配いらんよ?」

「そ、そうなの……?」

 

 

 良かったぁ。と胸を撫でおろすシャマルに、私は少し怒りを覚えてしまった。湖の騎士という後方支援が担当とはいえ、主を守る守護騎士の一員としてあるまじき反応ではないかとも思う。全く、平和が一番とは言え、少し抜けているのではないか?

 

 

「シグナム……?」

「……ん? ああ、申し訳ありません主はやて。今、降ろします」

 

 

 リビングのソファーまでお連れした後、私はようやく自分の状態に気が付いた。二つのマグカップに並々と注がれたホットミルクをジャージに掛けられたのだ。烈火の将、と呼ばれるだけ熱には強い自信があるが、それでも微かに胸の辺りがジンジンするような感覚が微かに存在した。

 

 

「シャマルすまない。私はシャワーを浴びに行くので、お盆とマグカップを片付けておいてくれないか?」

「え、えぇ……わかったわシグナム……」

 

 

 何だ? 明らかにシャマルが私を見る目がいつもと違う。

 

 

「なんだシャマル? 鳩がシュツルムファルケンを食らった様な間抜け面になっているぞ?」

 

 

 なんとも神妙な雰囲気だったので、柄にもなくジョークを挟んでみるが、シャマルのひきつった顔は依然と変わらない。

 

 何でもないの、大丈夫。とだけ言ったシャマルは、そそくさと床に落ちたカップと飛び散ったミルクをタオルで拭き始める。

 

 一体、さっきから何なのだ? 主はやても、シャマルも似たような顔をしていた。

 

 私の知らない何かが、この家で起こっているのだろうか?

 

 風呂場へ向かう途中、少し思考を巡らせてみたが、何もそれらしい原因はわからなかった。この世界には嘘をついても良い『エイプリルフール』なるものが四月の頭に存在するが、それはもう何日か前に過ぎたはずだ。では、一体何がこの違和感の正体たりえるというのだろうか?

 

 

「シグナムおはよぉー……」

 

 

 もしかすると、第二エイプリルフールでもあるのだろうか? いやいや、流石にそれはないだろう。

 

 

「おい、聞こえてんのかシグナム?」

「あ?」

 

 

 うるさいな。私は今考え事をしているのだぞ!

 

 

「ご、ごめん……」

「ヴィータ?」

 

 

 お気に入りのぬいぐるみを抱えて起きてきた鉄槌の騎士ヴィータは、何かに怯えた様な表情を見せながら、リビングの方へと走って行った。状況から察するに悪い夢でも見た結果なのかも知れないが、それにしても挨拶もなしとは……とも思ったが、よくよく考えれば私も朝の挨拶をし損ねてしまった。そこは反省するべきだろう。

 

 

 

 

 

「おはようございます……む?」

 

 

 一番最後に起床した青い毛並みを持つ盾の守護獣、ザフィーラが訪れたリビングは朝一番からお通夜ムードに支配されていた。

 

 

「あ、ザフィーラ……」

 

 

 力ない声で真っ先に反応したのはげっそり顔のはやてだった。

「……何があったのですか?」

「シグナムが……」

「シグナム?」

 

 

 今度はヴィータだ。手に持つウサギのぬいぐるみは相当強い力で抱きしめられているのだろう。まるで梅ぼしの様にしわくちゃな様相へと姿を変えていた。お気に入りのそれをそこまでするには、相当な理由があるに違いない。

 風呂場の横を通った時に気配はしたので、話題の主は今頃朝練の疲れを落とすべく入浴しているのだろう。風呂好きのシグナムの事を考えれば、別段不思議ではない筈だが。と、考えていたザフィーラに、シャマルはゆっくりと口を開いた。

 

 

「……シグナム、今日すごい機嫌が悪いの」

「……ほぉ」

「アツアツのホットミルク胸に零したら、そら怒るとは考えるけど、あのシグナムが、舌打ちするなんて……」

「私も、はやてちゃんを抱えるシグナムに何故か殺意の籠った目線を向けられて……」

「私なんて、無視された挙句に喧嘩売られたぞ!」

 

 

 一体全体どうなっているのだ。と悶々と悩むシグナムを除く八神一家女性陣。

 

 

「……私には分かりかねる事なのですが」

 

 

 ザフィーラが口を開いた時、一同が彼の方へと目線を向ける。

 一瞬の沈黙と共に、全員の意識が彼の元へ集まった時、ザフィーラが語り始める。

 

 

「シグナムも将として、何か思う所があるのでしょう。我ら守護騎士をまとめる長として、主はやてを護る剣として。加えて、以前の事件の罪の意識を一様に受け止めている可能性も否定できません」

 

 

 はやてたちが黙って聞く中、ザフィーラは窓の方へと視線を動かしながら続ける。時刻は朝七時を過ぎた頃。柔らかな朝日がリビングをゆっくりと包み始めていた。

 

 

「それ一つ一つはシグナムにとってさしたる障害ではないのでしょうが……積み重なったストレスが、彼女に影響を与えているのではないかと」

 

 

 あくまで推論の域を出ない話ですが。と付け加えるザフィーラだが、その話を聞いたはやてたちの表情は、彼がリビングに来た時とは一転。差し込む朝日にも負けない清々しい笑顔を見せていた。

 

 

「なるほど……なるほどそういう事やったんやな!」

「シグナム、一人で抱え込むっかんなー」

「無意識のうちに、頼ってた所があったのかもしれないわね」

「そや。せっかくのお休みやし、今日はシグナムの好きな物いっぱい作って少しでもストレス発散してもらおうか!」

 

 

 そう提案したはやてに、一同は無言で同意。

 

 我らの烈火の将は、家族で例えるならお父さんの位置にある。休暇はよくソファーに座って新聞を読んでいる光景がそれっぽいからと言われ始めた事だが、一家の大黒柱として八神家の精神的な支えの支柱になっているのもまた事実なのだ。

 

 そんなシグナムお父さんに、お休みの日くらい主役になって貰う事に一体何の不満があろうか。

 

 

「うぅむ…」

 

 

 脱衣所でジャージを脱ぎ、鏡越しに自分の胸を確認していたが、特に目立った火傷後もなく、とりあえず安堵した。胸元を他人に見せる機会など滅多にないだろうが、それでも傷一つあるだけで主はやてや守護騎士の皆に心配をかけてしまう。傷は少ないに越したことはないのだ。

 

 

「しかし、また大きくなったか……?」

 

 

 傷の心配から解放された私は、まじまじと見ていた胸の方へと自然に意識が向いてしまう。心なしかサイズが少しずづ大きくなっている様な気がしなくもない私の胸は、おそらく隙あらば揉んでくる我が主に原因があるのだろう。主はやてが喜んでいる手前、どうにも強く止められないのだが、ここまで大きくなる一方では我が剣、レヴァンティンを振るのにも支障をきたしてしまう日が来るかもしれない。

 

 

「……よし、痩せるか」

 

 

 こういうのは気持ちの問題だ。例え胸が大きくなっても、それに合わせた戦い方を考案すればいいだけの話。だが、時に抗う事も重要なのだ。主はやてには悪いが、バストサイズを抑えるための努力も積まねばならない。

 ともあれ、まずは汗を洗い流そう。主はやてが言っていた様に、身体を冷やして体調を損ねるのはよろしくない。来週にはテスタロッサと模擬戦の約束もある。限られた時間の内の一日を寝込んで過ごす訳にもいかない。なにより、それでテスタロッサに手心でも加えられては、折角の健全な勝負が台無しになってしまう。

 

 

「……ん?」

 

 

 浴室に入り、シャワーを浴び始めた時に、初めて気が付く。

 

 

「……血?」

 

 

 シャワーは、私の汗と垢だけを流している筈だった。それが、これは、一体何が起きているというのだ? 切り傷を負った記憶はないが、それにしてもおかしい量の赤い液体が私の下半部からとめどなく溢れていた。

 

 

「これは、一体……?」

 

 

 原因を探るべく思考を過去へと遡らせる。

 いつもの様に起床して、ジャージに着替え、一時間程日課のトレーニングメニューをこなし、帰宅して今に至る。起きた時に少し倦怠感に包まれてはいたが、その程度。トレーニングしている事は特に何もなかったはずだ。だが、やはり怪我をしたとなるとそこになるだろう。もしかすれば、身体に変な負荷をかけてどこか体内の器官を傷つけてしまったのだろうか?

 

 

 と、ここまで考えた時、ふと、思っていた事が口に出ていた。

 

 

「……それは、非常にまずいのでは?」

 

 

 私達ヴォルケンリッターは、普通の人間ではない。

 むしろ、魔法で動く人形に近い筈だ。普通の人間より何倍も強固だし、主はやてからの魔力リンクによりある程度の傷ならすぐ回復する。

 

 

 だが、闇の書のシステムが破壊されてからまだ間もない。今でこそ特に問題がないとしても、これから先、私達の身体に何か問題がないとは限らないのだ。

 

 

 その『問題』が、今、この瞬間のこれだったとしたら?

 

 

「いかん……いかんぞ、これは!!」

 

 

 悠長に風呂など入っている場合ではない。だが、どうする?

 

 状況から考えて、私以外の守護騎士の皆にも何かしらの障害が出始めるだろう。

 

 早急に対策を練るべく話し合うべきか?

 

 否。否。答えは否だ。

 

 主はやてはまだ、融合騎リィンフォースを失った心の傷が塞がりきっていない筈だ。表情にこそ出さないが、ヴィータやシャマルもそうだろう。私やザフィーラだって何も思う所がない訳ではない。従って、ここで事を荒立てて混乱させる道理もない。

 

 

「どうすれば……」

 

 

 全裸のまま、考える。

 

 家族には伝えるべきではない、家族の事情。

 

 しかし、一人で抱え込むには、あまりにも大きな問題。

 

 

「……そうだ!」

 

 

 柄にもなく頭をフル回転させていた私の脳内に、一つの天啓が届く。

 

 

 

 家族がダメなら、思い切って友達に相談してみよう。

 

 

 

 

 

 場所は代わって喫茶翠屋外のテーブル席。備え付けられたテーブルにしがみつく様な形で、フェイト・テスタロッサと高町なのはは私の話を聞いていてくれた。

 

 

「それでシグナム……今は、何ともないのですか!?」

 

 

 そう言って私の体の心配をしてくれているテスタロッサの表情は、どこまでも真剣で、困惑の色を隠さずに表していた。

 

 

「あぁ。今の所は出血も収まっている。特に問題はない筈だ」

「良かったぁ……」

 

 

 とりあえず、一安心ですね。と、胸を撫でおろすテスタロッサ。前代未聞の謎に挑んでいる今だからこそ、彼女の優しさは心強くもある。

 

 

「ヴィータちゃんやシャマルさん。ザフィーラには何も無かったのですか?」

 

 

 今度は高町が私に疑問を投げかけてくる。こちらも、共に悩みを解決する為には協力を惜しまない、という真摯な姿勢だった。

 

 

「何の話も出ていない以上、私が一番最初だと思う。最も、時間差の問題で、今、この瞬間ヴィータ達に問題が起こっているかもしれないというのも事実だ」

 

 

 それ故に、私しか起こっていない今だからこそ、早急に手を打たねばならないと思ったのだ。

 

 

 四ヵ月前。私たちは病に蝕まれた主を救うために自分たちで考えた唯一の方法を選択した。それは、最善たりえないものであったかもしれないが、少なくとも、あの時はそれ以外に主はやての命を救う手立てはないと信じ、我らも命を懸けた。

 

 

 だが、今は違う。守るべきものは同じだが、何より今は、家族とは別で頼れる人間がいる。主と同じように『手を取り合う』事の大切さを教えてもらった以上、それがどれだけ心強く、また恥ずかしがる事のない行為であるという事は身を以て理解しているつもりだ。

 

 

「シグナムさん。その、謎の出血以外に、何かありませんでしたか?」

 

 

 例えば、体調不良や気分が悪いとか。と、続ける高町の言葉に、私は思考を巡らせる。

 

 

 ……そういえば、皆、様子がおかしかった。

 

 

 まるで、何かに怯えている様な、そんな様子。

 

 

「何に怯えていたのか、わかります?」

 

 

 まるで病院の医師の様に一つずつ、丁寧に聞いてくる高町に、私は出来るだけ答えようと必死に記憶を辿っていた。

 

 

 冷静に。第三者も目線で今朝の状況を思い出んだ私……。

 

 

 一番最初にあった『いつもと違う感覚』は起床時の嫌悪感。

 

 

 そして、主はやてが倒れた時に聞こえた舌打ち。

 

 

 

 

 

 ……舌打ち?

 

 

 

 今、思い出した。あの時、舌打ちをしたのだ。

 

 

 思考がフリーズする、その一瞬手前に、私が、主はやてに向かって?

 

 そして、シャマルが安堵した時、私は彼女に怒りを覚えた。

 

 何故か? 細かい感情までは思い出せないが、あの時は、確かにシャマルに対して怒っていた。

 

 物音に気が付いて駆けつけ、大事ない事を確認して警戒を解いたごく普通の反応をした彼女に?

 

 そして、ヴィータに対してもそうだ。

 

 『挨拶をしていない』と思ったが、最初に顔を合わせた時、こちらに向かって何か話しかけていた筈だ。それが朝の挨拶なら、単に私が聞き逃したことになる。

 

 その後の、下半部からの出血。

 

 

 まるで繋がりのないような一連の行動に、私は共通点があるのではないかとすら、感じ始めていた。

 

 

「……シグナム?」

 

「んー、あーっ……」

 

 高町が思考し、テスタロッサが心配そうに私の顔を覗き込んではくれているがしかし、謎は深まるばかりだ。心なしか頭の中も混乱してきた。

 

 一度思考を切り替える為にも、頭をリフレッシュさせなければならない。

 

 

「テスタロッサ。今から一戦付き合ってくれ」

「シグナムさん!?」

 

 危険を察知したであろう高町が、私を止めようとする。が、原因がわからない以上、視点を変える為の体操として体を動かすのは悪くない事だと思う。

 

「そうですね……一度体を動かして、それからまた、一緒に考えましょう!」

「ちょ……フェイトちゃんまで……」

 

 なんだ、今日はやけに高町が消極的だな。身を案じてくれている以上、感謝するべき事ではあるはずなのだが、今日は少し彼女らしくない気もする。

 

「なのは。心配なのは私も一緒だよ。でも、行動しないと何も始まらないんだ」

 

 テスタロッサの言葉に、私も深く頷く。

 

「え、いやその……何と言えばいいのか……」

 

 

 

 そう言いながら、頬を赤らめた高町はテーブル席からさりげなく周囲を見渡す。丁度朝食時の時間帯。買い物に来る客数も少しずつ増えていた。

 

 なるほど。得心したぞ。高町は周囲に聞かれる事を恐れて、発言を控えているのだろう。そう考えると、人の往来が多い翠屋の一角を集合場所にしたのは間違いだったのかもしれない。

 

 

『すまない。最初からこうすれば良かったな』

 

 

 

 言葉での会話を止め、念話で高町とテスタロッサに語り掛ける。テスタロッサも私の行動で高町の不穏な動きを察したのだろう。彼女に対する疑問の表情を和らげていた。

 

 

 

『ごめんねなのは。こんな一般の人が沢山いる場所で、人の命に関わる話を軽々しくしない方が良いよね』

 

『んー、確かに人の命に関わる話。と言われればそうなんだけど……』

 

 

 

 対して、高町の言動は私と、おそらくテスタロッサですら予想出来ないものであったのだろう。人の往来を気にしているのが原因だと思っていたが、どうやらもっと他に原因があるのではとも思われた。

 その予測として最も重要な証拠になりそうなのが、高町の様子だ。頬を赤らめて、なにやらもじもじと体をくねらせている。これには一体、何の意図が存在するというのか?

 

 

『なんだ高町。何かあるのなら、遠慮せずに言って欲しい』

『私からもお願いだよなのは。はやてにもう、リィンフォースを失った時の様な悲しみを何度も味合わせるべきじゃないんだ』

 

 

 今ならまだ、間に合う。助けられるんだよ? と熱く語るテスタロッサにしかし、高町の反応は未だに『彼女らしくない』。

 

 

『ねぇ、シグナムさん? 一日、家で安静にしてみるというのはどうですか……?』

「なっ……!?」

 

 

 放たれたそれは、意外な言葉。

 

 行動力の塊の様な、それこそ、暴走した闇の書の意志に単身立ち向かうような勇敢な魔導士とは思えない、消極的な提案。

 

 

「時間が解決する事は確かにあるかもしれないが高町。私達にはその『時間』がないのかもしれないんだ」

「そうだよなのは! やっと望まれない戦いから解放されたシグナム達を必要以上に苦しめる事はないんだよ!」

 

 

 感情が溢れ、つい念話を忘れて言葉を荒げるテスタロッサ。

 

 

「あー、いやその、私が言おうとしているのはそういう事じゃなくてねフェイトちゃん?」

 

 

 何か、そう。何かが違う。

 

 感じるのは、違和感。

 

 うまく動いているように見えて、実はかみ合っていない二つの歯車の如く高町は、私とテスタロッサと違う話をしているようにも思えた。

 

 

「……ごめんなのは。今の私は、なのはが何を言いたいのか分からない」

 

 

 少し、悲しそうな眼をするテスタロッサ。

 

 影を落とす彼女の眼は、私の知らない、初めて見たものだ。おそらく、話のみで聞いた過去を思い出しているのだろう。

 

 テスタロッサは、私達と似たような境遇にありながら『救えなかった』と言う。だからこそ、敵である筈の私達を全力で救おうとしてくれたのだ。『救われた』テスタロッサが、『救ってくれた』筈の高町に今、明確な違和感を覚えている。

 

 このままいけば、高町とテスタロッサの間に、溝が出来てしまうかもしれない。

 

 家族の崩壊をおそれて友に頼りにきたが、それは友人と友人の絆を犠牲にすればいいというものでもない。止めるなら今が最後のチャンスだ。

 

 

「そこまでにしてやれテスタロッサ。高町もまた、我らの身を案じての言動なのだろう?」

「それは、間違いなく」

 

 

 『いつも通り』の高町の反応に、私は心の中で胸を撫でおろす気持ちでいた。ここで否定されてしまってはもう、彼女の方に問題があるとしか思えないほどだ。

 

 

「だが、今日の私はテスタロッサを信じてみたい。何、心配するな。全力の模擬戦でも、死力を尽くした殺し合いでもない。単なる運動だ。高町の思う様な悲劇は起きないさ」

「私も、そこには細心の注意を払うよ。だからなのは、私を信じて……?」

「うーん……まぁ、二人がそこまで言うのなら……」

 

 

 やっと高町の心が動いてくれた。

 

 そうと決まれば善は急げだ。私はテスタロッサと高町を引き連れて、よくトレーニングに使用している広場の方へと案内を始めた。

 

 

 

 

 

 倦怠感と、疲労がとめどなく私を襲う。

 

 それは、溜まっていた疲れが押し寄せたのか。

 

 それは、気が付かぬ内に壊れていた体の悲鳴か。

 

 人ならぬ身において、人よりの長い生と死を見てきた私だからこそ言える。

 

 違う。これは肉体的疲労からくるものではない。

 

 

「大丈夫ですかシグナム!?」

 

 

 『運動』の途中で壮絶な『それ』に襲われた私は、テスタロッサに膝枕をされながら、空を見上げていた。高町も横から心配そうに顔を覗かせている。

 

 

「大丈夫……とは言い難いな。これは、初めて体感するものだ」

 

 

 困惑。そう、困惑だ。烈火の将などという名を授かる騎士である私が今、今まで感じた事のない感覚に困惑、より正確に言うなれば『恐怖』していると言っても良い。

 

 今までの私がしらない『恐怖』。それが、あるとすれば、答えは一つだろう。

 

 『死』だ。

 

 そもそも人ですらなかった過去の私達には存在しなかったモノ。主はやてが最後の夜天の主となって、我々守護騎士が過去の戦いの中で幾度も願ったそれを今、私は明確に拒否していた。

 

 いやだ。死にたくない。

 

 家族を置いて、死ねるものか。

 

 だが、運命とは酷く平等で残酷なのだ。

 

 リインフォースもまた、その運命に殺された。

 

 守るべき主と我らの為に、彼女は自らの命を絶つ選択をした。

 

 自分だってきっと、主はやてともっと静かに暮らしたかった筈なのに。

 

 それが、今度は私の番なのかもしれないと、気が付けばらしくもなく弱気になっていた。

 

 

「なぁ、テスタロッサ……」

 

 

 空の向こう。果てしなく広がる次元の海に思いを馳せながら、私は膝を貸してくれる小さな友人に語り掛ける。

 

 

「どうしました? お水、持って来ましょうか?」

 

 どうやら、この頼れる友はまだ、私を救えると思っているらしい。その為の助力は惜しまない姿勢には思わず涙すら零しそうになるが、我慢。

 

 もし泣くとしてもしれはきっと、今ではない。

 

 

「いや、違う……お前に、言わねばならない事がある……」

「言わねばならない事……?」

 

 

 私の真剣な言葉に、テスタロッサの表情は強張る。きっと、察してくれたのだろう。彼女はまた悲しみを背負う事になるかも知れないが、だがきっと、テスタロッサならばこの悲しみも乗り越えてくれるに違いないとも、確信をもって言えた。

 

 意を決し、言霊を吐こうとしたその時だ。

 

 私に、正確には横にいた高町とテスタロッサに反応した二つの影が、こちらに近づいてきていた。

 

 

「エイミィ!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 

 テスタロッサと高町が、影に同時に反応する。

 

 テスタロッサの義理の兄、クロノ・ハラオウン。その同僚であるエイミィ・リミエッタと高町の姉、高町美由紀が二人揃ってジャージ姿でジョギングをしていた。どこかしこで仲良くなったのだろうが、出会って日の浅い私でも分かる程、意外な組み合わせであった。

 

 

「あれ、なのはちゃん、フェイトちゃん、どうしたの?」

「なのは、シグナムさんに、何かあったの?」

 

 

 高町美由紀が高町に疑問を投げかける。

 

 

「実はね、お姉ちゃん、エイミィさん……」

 

 

 何のためらいもなく説明を始める高町。私とテスタロッサが心配そうにそれを見つめる中、二人は表情を次第に変え、そして……笑っている?

 

 私の頭がおかしくなっていなければ、それは確かに笑顔だった。

 

 

「エイミィ、私はアレだと思うんだけど」

「私も同意かな。こりゃアレだ」

 

 

 なんだ? 一体、なんの話をしているのだ!?

 

 

「あの、一体どういう……?」

 

 

 全く同じ気持ちだったのだろう。テスタロッサが私の気持ちを代弁してくれた。

 

 それに対し、高町美由紀は「いい、あのね?」と前置きをおいてから、話を始めてくれた。

 

 

 

 

 

「それ、ただの生理だよ」

 

 

 意を決して心構えをしていた筈の私は、意外に短い回答に困惑していた。

 

 ソレ、タダノセイリダヨとは一体なんなのか?

 

 見ると、テスタロッサも一様に困惑の色を示していた。第三者から見れば、きっと私とテスタロッサは似たような表情でもしていいるのだろう。そう思えるほど彼女に共感していた。

 

 

「フェイトは多分今年か来年辺りだろうし、なのはは私のを見てるから知ってる筈だけど」

「いやまさか、その年で初潮を迎えますとはなぁ」

「私も疑問だったんだけど、シグナムさんの言っている事を考えたらどうしてもそうとしか思えなくて……」

 

 

 明るく会話する三人に、私は状況を理解出来ずにいた。

 

 

「すまんテスタロッサ。ソレ、タダノセイリダヨ。という言葉の意味を知っているか?」

「ぜんぜん。全く分かりません……」

 

 

 そう語る彼女の反応に、私は安堵する。良かった。私が世界に一人取り残された訳ではなかったらしい。

 

 

「良い? シグナム。フェイトちゃん。生理っていうのは……」

 

 

 

 

 生理とは。

 生命にとって等しくある行動や欲求。

 かのアブラハム・マズローにより提唱された自己実現理論におけるもっとも低次の基本的欲求。睡眠欲、食欲、排泄欲といった物の事だ。

 

 だが、彼女らが言う『生理』とは『月経』なるものの別称らしい。

 

 月経とは、成熟した人間の女性および高等霊長類のメスが子宮から周期的に起こる、生理的出血の事である。月経が正式名称だが、生理と呼ばれる他、女の子の日、メンス、アレと言われることもあるらしい。【一部ネット記事より記載】

 

 

 

「シグナムは、それによって生じるイライラに襲われていただけなんだよ」

「確かに、知識ゼロでいきなり血が出てきたら、そりゃ驚くだろうなぁ」

「フェイトちゃんはともかく、シグナムさんが知らないのは意外だったよねー」

 

 三人から漂う、この違いは何なのだろうか?

 

「まぁ、簡単に表すとね」

 

 一呼吸おいてエイミィが私とテスタロッサの疑問に答えてくれる。

 

 

 

「シグナムは今日、女の子から大人の女性になった訳だよ」

 

 

 

 

 

 

「生理……生理!? シグナム、女の子の日やったん!?」

 

 帰宅して早々、何故か台所が見えなくなるほどの量の食材と戦っていた主はやてに報告をした第一声は、それだった。

 

「はい。どうやら、それでご迷惑をおかけしたらしく……」

「なるほど。確かに、そう考えるとシグナムの様子も説明がつくわね……」

「なー、生理ってなんだザフィーラ?」

「私に聞かれても困る」

 

 

 どうやら、主はやてとシャマルは生理を知っているらしい。対するヴィータはまだ知らない様子。ザフィーラは気にする必要すらなかったのだろう。

 

 ともかく、今日は一日家で安静にして置く様にと言われた私はテスタロッサ達と別れを告げて、こうして家に戻った訳だ。

 

 

「ところで主はやて、この料理の量は……?」

「あ、これはな……」

 

 

 かいつまんで説明をしてくれる。どうやら、私を労う為のものであったらしい。

 

 

「そんな。私は騎士として、ヴォルケンリッターを預かる長として当然の事をしていたまでで祝われる事など……」

 

 恥ずかしさから断ろうとする私を、主はやては、そんなことあらへんよ、と続ける。

 

「シグナムは我が八神家のお父さんやねんから、日曜日くらいゆっくり休まな、な?」

「そうですか……ん? お父さん?」

「おっと、つい要らん事まで喋ってもうた。ヴィータ、悪いけどそこのお皿取ってくれへん?」

「あいよー!」

「はやてちゃん。私も手伝うわよ?」

「ありがとうシャマル。それやったら……あ、そうや。せっかくやし、なのはちゃんやフェイトちゃんにも声を掛けようかな。シャマルにはその連絡係お願いしても良いか?」

「任せて!」

 

 

 主はやての指示の元、テキパキと動く守護騎士一同。その中でザフィーラは一人、何も言われずに私の元へと歩み寄ってきた。

 

 

「シグナムは今日の主役だ。大人しく、ソファーで休んでいると良い」

 

 

 青い守護獣に誘われ、ソファーに座る。すぐ横には、あらかじめ用意されていた今日の朝刊が置いてあった。

 

 何はともあれ、命の危機は去ったらしい。

 

 だが、私は思う。今回は私のただの早とちりであった訳だが、いずれ『決断』が迫る日が来るだろう。その時まで私は、守護騎士ヴォルケンリッターの将シグナムとして、皆を支える存在でありたいとは思う。

 

 

 ……ああ、成程。それで『お父さん』なのか。

 

 

「『女の子の日』にお父さん呼ばわりか。全く、私は一体なんなんだろうな……」

 

 そう思い口にしながら、新聞を開き、今朝のニュースを確認する。

 

 

 

 うむ、今日も平和だ。

 

 

 

リリカル受難物語シグナム編:シグナム「血が出た!」おしまい

 

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