仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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巡回報告から“外”の住人に興味を持つコリン。

“旗の野営地”で
スプリングフィールドの口から明らかにされる、
伯父エヴァンの足跡。

乙女と少年の交流は和やかに深まっていくように思われたが……!?


ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.1 -後編-

 第三次大戦後の世界で、青空が拝める場所はそうそうない。

 

 だから、薄く青をにじませた白い靄が空を覆うのは、まずまずの好天だった。

 

 風を切って走るバギーが丘を越えると、まず目に映ったのは無数の旗だ。

 少年の想像よりもずっと大きな集落。その中心に鋼鉄の柱が立っている。

 柱に結わえられたロープに、色とりどりの旗が付けられていた。

 

 赤、青、白、黄、緑。様々な色と意匠が風をはらんで翻っている。

 

「ふわあ……」

 華やかで、しかしどこか厳かな景色に、“[[rb:少女 > コリン]]”が思わず声をあげる。

 

 その反応に、車両を運転するAA-12がにかっと歯を見せて笑った。

「な? “旗の野営地(フラクラゲリア)”って、名前の通りだろ」

 

「はい! でもこんなに大きいとは思ってなか――」

 声を弾ませた応じた“少女”の横顔を、遠慮なくカメラの撮影音が撫でる。

 コリンがむっとして振り向くと、Vectorが携帯端末を向けていた。

 

「……あ、いいのよ。そのままはしゃいでいて。絵になるから」

「何を撮ってるんですかっ、何で撮っているんですかっ」

「……なんとなく?」

「その疑問形なんですかーっ」

 

 じゃれあいにも似た二人のやりとりに、運転席のAA-12が声をかける。

「わわ、あんまり暴れんな。割と人いっぱいなんだからな!」

 

 その言葉にコリンが口をとがらせて頬をふくらませる。

 その姿を見つめながら、荷台に乗る羽目になったDSR-50がうっとりとつぶやいた。

 

「はぁン……コリンちゃん、服が馴染むとひときわ輝くわね。そっち方面を磨くと、きっと可憐な華が咲き誇るわ。ねえ、あなたもそうは思わなくて?」

 

 話を振られた隣の乙女――スプリングフィールドは胡乱な目をした。

「あくまで偽装として似合うというだけです。コリンは本来いたってノーマルな男の子なんですから。これがきっかけで変な方向に目覚めたら親御さんに申し訳が……」

 

「……あら、子供の可能性を伸ばしてあげるのが親の務めでしょう?」

「わたしはあの子のお世話役ですが、親ではありません。そこまで責任は――」

 

 鶯色の眼を伏せて言いかけた彼女の言葉を、黒髪の乙女が引き取ってささやいた。

 

「――責任はとれない? だから、あの子との“誓約”には踏み切れない?」

「あなた……何が言いたいんですか? いえ、誰の味方なんですか」

 顔を寄せて小声で問い詰める副官に、黒髪の乙女はひそかに嗤った。

 

「それはもちろんコリン指揮官の部下ですもの。決まっているでしょ」

「はぐらかさないでください。もしかして、一族の誰かと……」

 

「……ねえ、スプリングフィールド。いえ、“メラニー”」

 DSR-50が表情を改めた。

 どこか物憂げな顔立ちながら、黒真珠の瞳に真剣な光が宿る。

 

「ドロテーア・レオンチェフとして忠告してあげる。いい加減、あなたが鍵だと認めなさい。あの少年も、他の誰かも、それをつかむ手に過ぎない。そして誰の手に握られるのか、それを鍵自身が決められるのはめったにない幸運なのよ」

 

 そこまで言うと、DSR-50は顔を離して姿勢をくつろがせた。 

「ここって色々な意味で“始まりの地”なんでしょ? あの子自身に訊ねてみるにも、自分の中のわだかまりに答えを出すのも、良い場所じゃない」

 

 黒髪の乙女の言葉に、栗色の髪の乙女は何も言い返せず――

 ただ、きゅっと自分の唇を噛みしめた。

 


 

「では、あなた達二人は、ここの見回りをお願いします。いつも通りの感じで、住民の方に声をかけてください。物資を頼まれたら、とりあえずのお土産を渡して、それ以上は聞き留めておいて、後日すぐに持ってくる、と」

 

「了解……ってさあ、その感じじゃ単なる見学でもないな」

「巡回偵察がメイン? 敵性でもいるの?」

 

「……はっきりしたことは言えないけど、警戒してください。お願いします」

 

「なんだか歯切れが悪いぞ。皆でコリンに付いたほうがよくないか」

「めずらしくわがままよね。あなたにしては」

 

「思い出の場所だから……二人で回りたいんですよ」

 

「ふーん、わかった。まあ深くは詮索しないさ」

「何かあればレッドアラート。すぐ駆けつける」

「……ところで、あの前科一犯の姿が見えないんだが」

 

「車を降りて荷物をどうこうしているうちにどこか行ったみたいですね」

 

「位置ならシグナル発信してる……先に集落に入ってるわ」

「だあぁ、風紀とか規律とかないのかよ、あいつ」

「そういうのに縁があったら、もうちょっと慎ましやかにしてると思う」

 

「こほん……とにかく、コリンの安全最優先です。わかりましたか?」

 

「オーケーだ、副官殿」

「イエス、マム」

 

「……打ち合わせ、終わったんですか?」

「ええ、待たせてすみません。じゃあ行きましょうか、コリン」

「はいっ、スプリングフィールドさん!」

 


 

 集落の中は雑多としていたが、不思議な活気があった。

 

 街並み――と呼べるかどうかは微妙だが、間に合わせの建物が軒を連ね、その間を縫うように空いた通路は、ここではたしかにストリ―トに違いない。人々は汚れ、少しくたびれていたが、それでも打ちひしがれている様子はなく、むしろコリンには目を輝かせて立ち働いているように見えた。

 

 ところどころで妙なにおいがするのは、街育ちの彼には少し堪えたが――

 それを押しのけてなお、興味と好奇心が上回って耳目の主導権を離さない。

 

「なんというか、もうちょっと、その……」

「さびれた感じで、みんな暗そうな顔をしていると思いました?」

 

 ふとつぶやいた言葉に、スプリングフィールドから図星を突かれてコリンは赤面した。黙りこくって顔をうつむける彼に、乙女は栗色の髪をかきあげながら言った。

 

「でもね……どこもこんな感じのところではないんですよ。むしろ、あなたが想像しているようなところの方が多いです。大戦後の各国は汚染されていない地域に人を集めて、そこを守るのが精いっぱい。居住区の外までは目は行き届きませんから」

 

「それをどうにかしたのが、エヴァン伯父さん?」

「ええ。ここからも集落のシンボルの旗が見えますね――なにか気が付きません?」

 

 促されてコリンは顔をあげた。風にはためく色とりどりの旗の意匠。

 そこに描かれているのは――大砲に留まった大鷲。交差させた長銃。ナイフを掴んでいるこぶし。並び立つ騎馬。散りばめられた星。短いが力強い文字の羅列。

 

「あまり詳しくないんですけど……軍隊の部隊章じゃないんですか、これ」

「その通りです。ここはね、コリン。第三次世界大戦と新政府成立のゴタゴタの時に、全滅扱いにされた兵隊たちが、それでも生き延びようと集まってきたのが発祥なんです」

 

「えっ、だって――国家は勇敢な兵士を見捨てない、ってブロードキャストで」

 

「表向きは。でも実際には新政府に恭順の意を示した部隊や、まだ使えると思った部隊しかすくい取っていません。戦後それほど余裕があるわけではなかったですから……国土にも被害が及ぶ状況で、住民を守るために部隊ごと離脱していった兵士達。あるいは、戦闘のさなかにやむなく汚染されてしまった兵士――そんな彼らを、新政府は敢えて無視するか、反乱分子として扱ったんです」

 

 乙女の言葉は、淡々としていた。

「でも、当の本人たちは生きていましたし、生き続けたいと思いますよね。なんとか残った物資の集積所や、エネルギ―施設に集まって、生きる――というよりも、死ぬのを遅らせようとする。そんな状況を、きっとエヴァンは見るに見かねたんだと思います」

 

 スプリングフィールドがそっと身をかがめる。

 隣に並んで歩くコリンに、顔どうしを近づけながら彼女は訊ねた。

 

「エヴァンが軍隊を辞めた本当の理由、聞いたことはありますか?」

 

 コリンは乙女の顔を見た。

 鶯色の瞳はいつも通り柔和だが、どこか揺れているように感じられる。

 思わずどきまぎしそうになるのをこらえて、少年は自分の記憶を探った。

 

「ええと、友達をいっぱい亡くした、とは言ってましたけど――」

 そこまで言ってコリンは、はたと目を丸くした。

「――あれ? 戦死されたわけじゃなかった、ってことですか?」

 

「本当にあなたは察しが早いですね……」

 スプリングフィールドはそう言うと、かがめた半身を起こした。顔はどこか遠くを見つめながらも、その手はコリンの肩に軽く添えられている。

 

「亡くした、ではなく、失くした、ですね。応援にかけつけて救った部隊。ともに戦線で戦った部隊。戦いの合間に食事を共にして苦楽を分かち合った兵士達。そんな戦友達の少なくない数が“ないもの扱い”されていくのを、エヴァンは目の当たりにしたそうです。兵士達だけじゃなく、その彼らが守ったはずの国民さえも切り捨てる――それが我慢できなかった、とエヴァンは生前に話していました」

 

 乙女の発する言葉は、肩に触れた手を伝ってコリンの身体に沁み込んでいくかのようだった。見たわけではないが、少年の心にはある情景が自然と浮かんだ。

 

 行軍していく兵士達の列。そこから櫛の歯が抜けるようにボロボロと落伍していく者たち。まるで待ってくれと言わんばかりに手を伸ばして遠ざかる行軍の列を見つめる彼ら。それを何度も何度も振り返り――ある一人の士官が自ら隊列を離れ、彼らの下へと駆けていく。

 

 シェパードを思わせる、褐色の肌をした精悍な横顔。

 コリンが慕い、憧れ、尊敬している伯父その人だ。

 

「グリフィン社長のクルーガー氏は早くからエヴァンの意志に気づいていたのかもしれません。設立間もないグリフィンに、彼は指揮官として招かれました。手探りながら、彼はいくつものことを成し遂げたけど……こういったコミュニティの維持と活性化は、彼にとっては、〔鉄血〕と戦うのと同じぐらい重要ごとだったのよ」

 

 乙女は言葉を区切った。肩におかれた手はそのままだ。

 沁みとおった言葉を噛みしめながら、少年はぽつりとつぶやいた。

 

「ごめんなさい……ぼく、ちょっとだけ誤解していました」

「何を、ですか?」

 

「伯父さん、軍隊に嫌気がさして逃げ出したんだと思っていたんです。冗談めかして『グリフィンは女の子が多いからまるで天国だぞ』なんて言ってましたから」

 

 少年の言葉に、乙女はくすくすと笑ってみせた。

「ふふっ、実際は、戦術人形の扱いにだいぶ気を使っていましたけどね。でもそれがあの人にとっては必要だったかもしれません。身体の傷は癒えていても、心の傷から血を流したままのような人でしたから――割と泣き虫なんですよ、エヴァンって」

 

 スプリングフィールドの言葉に、コリンは目を丸くした。

「伯父さんが……ですか!?」

 

「ええ。人前では涙は決してみせませんでしたけれど。夜中にうなされて気がついたら、おいおいと泣いているのは毎晩でした。そのたびに同じベッドで寝ていたわたしは、彼を抱きしめてあげたんです……あるいは胸に顔をうずめて号泣したり、あるいはおなかにすがりついてすすり泣きをしたり。本当に、毎晩、子守をしている気分だったわ」

 

 乙女は実にあっさりと言ってみせたが――

 少年は彼女の言葉が意味するところを察して、頬を赤らめた。

 同じベッドでということは、つまり二人ともそういう姿ということだ。

  

 思わず顔をうつむけたコリンに、乙女は肩を揺すって愉快そうに笑った。

「こら。そういうのは分かっていても、想像しちゃいけません」

 

「べ、べつに、そ、そそそ。そんなことは何もっ」

「別に不思議な話でもないでしょう? わたし達は誓約をした仲でしたし――」

 

 スプリングフィールドが、ささめくような声で言った。

「――エヴァンがわたしに、“メラニー”という名前と市民権を与えて妻に迎えたいという話を、あなたの親御さんにした夜のことはおぼえているでしょう?」

 

 問われて、コリンはこくりとうなずいた。

 日頃は穏やかな親戚付き合いが、その時は揉めに揉めたのは忘れられない。

 記憶の淵から、自分の母が喚く様子が思い出される。

 

 たまらずコリンがきゅっと唇を噛んだ矢先――不意に手を引かれた。

 

 栗色の髪をひるがえし、鶯色の瞳を煌めかせて、乙女が言う。

「さあ、まだ案内したいところがあるんです。行きましょう!」

 

 柔和で穏やかながら、春の日差しのような微笑み。

 

 

 コリンはその時はじめて――伯父が彼女に惚れた理由がわかった気がした。

 


 

 Vectorは“旗の野営地(フラクラゲリア)”を歩き回っていた。

 

 ここも他と同じように地図データがメモリに格納されている。ただ、来るたびに大幅に街並みが変わっているのは、いつものこととはいえ少し面倒だった。

 

 各所の物見櫓に勝手にあがっては、街並みを見渡し、スキャンする。

 見張りの人間がいれば適当に挨拶し、ちょっかいはざっくり無視する。

 相手がブツブツ言うようであれば、携えている短機関銃を見せてやればいいのだ。

 

 もちろん、撃つ気はないが――グリフィンの戦術人形で短機関銃持ちは、前衛を務める格闘戦のスキル持ち。それを知らないのは素人だ。そして、コミュニティで見張りに立つ人間というのは、揃ってそれなりの知識と経験が求められるものだった。

 

 だが、四度目に立ち寄った物見櫓の男は、妙にしつこかった。

 「――なあ、おい、あんた。おい。B122から来た人形さんだろ?」

 

 何度も声をかけられるので、Vectorはスキャンを中断した。

 金色の眼を細めて睨みつけると、男は苦虫を噛んだ顔で言った。

 

「そんな顔をしないでくれ。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

 

 男は赤らんだ顔をしていた。右手では肩にかけた銃の革ベルトを掴みつつ、左手には酒瓶をつかんでいる。瓶は有名ブランドのウオッカだったが、ラベルがずいぶんとすり減っていて、中の液体は乳白色とあってはどんな酒やら知れたものではない。

 

「お相伴相手なら他で探してちょうだい。いま忙しいの」

「いや、そりゃ見れば分かる。ただ、どうにも妙なんで教えておこうと思ってな」

「……何がどう、妙なの?」

 

「ここは方々から人が来るが、来るヤツってのはだいたい似たり寄ったりだ――だから、ヨソ者が紛れ込むと、わかるんだよなあ」

 

「野賊か何かのたぐいじゃないの?」

 Vectorが指摘してみせると、男はきひひと笑いながら首を振った。

 

「違う、違う。いま紛れこんでる連中は、妙に小ぎれいだし、動きもきびきびしてやがる。数人程度だが、あんたらに教えた方がいいかなと思ってなぁ」

 

 男の言葉を聞いて、Vectorは慎重に通信回線を開いた。

 自分からコールをせず、聞こえてくる音に耳を澄ませる。

 ザザッ、ザザザッと入るノイズはランダムのように思えるが――

 

 メモリと照合させて、その正体に気づくや、乙女は脱兎の勢いで駆けだした。

 

「おおい! 礼ぐらい言ってくれもいいじゃねえか」

 男が非難の声をあげるが、Vectorの認識領域に、その存在はとうにない。

 

 代わりに思い描いていたのは、褐色黒髪の少年の顔。

 

 あのノイズは電子戦特有のジャミング波が紛れている証拠だった。

 ヨソ者がどこの誰であれ――おそらくは、コリンの身が危ない。

 


 

 AA-12は店売りの通りを歩きながら、あるシグナルを追っていた。

 いつの間にかいなくなったDSR-50の位置座標だ。

 

 副官のスプリングフィールドが“お説教”した後は、まあまあ落ち着いた感じになり、言葉ではコリンをたわむれ半分にいじってみるものの、要撃任務では手堅いプロの仕事を見せている。そこは素直に評価できるところだ。

 

 だが、一方でAA-12は、どうにもあの黒髪美女が信用できなかった。

 

 お隣のローズ指揮官の引き抜きで来た割に、DSR-50自身の思惑めいたものがちらついて見えるのだ。作戦の前後、基地での打ち合わせや報告の時にそれは強く感じていた。一歩引いて、指揮官のコリンや、副官のスプリングフィールドを値踏みするかのような目つきをしている。

 

 戦力であり、同僚には違いない。

 だが、味方であり仲間かと言えば、AA-12はモヤっとしたものを感じていた。

  

 その意味では、ここについて姿をくらましたのがなお怪しい。

 

 性格的に、気ままに楽しんだり、男をひっかけていそうであるが――

 

 もし、自分たちから隠れた理由が、もっと別のところにあるとしたら。

 いや、そもそもB122基地に来た動機が、他のところにあるとしたら。

 

 気を回しすぎに思うが、イヤな予感ほどはずれないものだ。

 

 

 捉えているシグナルは、目の前の人混みの中。

 

 それを認めて、AA-12は歯噛みした。

 シグナルはすぐ近くなのに、あの女の黒髪が目に入らないのはなぜだ。

 

 人ごみをかき分け、位置座標の発信源を捉える。

 

 随分着古した野戦ジャケットに身を包んだ、くたびれた男が目に入る。

 そこの襟元に目を留めて――思わず舌打ちをした。

 

「ああ……そこのおにいさん、ちょっと」

 呼び止めると、男が怪訝そうに振り返る。

 AA-12はひょいと襟首に手を伸ばして、“それ”をつまみ取った。

 

「虫がついてたぞ。気をつけないと、ほら、毒持ちとかいるし」

「ああ……グリフィンのお人形か。構わんでくれていいよ。外で暮らしてちゃあ、虫だのなんだの気にしちゃおられん」

 男は面倒そうに手を振ると、また人混みの中へ消えていく。

 

 AA-12は、大きくため息をつくと、自分の手に握った“それ”を見た。

 

 張り付き用の六本足が伸び、鈍く光るそれは虫にみえなくもない。

 だがそれは明らかに――位置欺瞞用の、ダミーシグナルの発信装置だ。

 

「ええい、くそっ。やっぱりか」

 彼女はたまらず悪態をついた、

 

 いやな予感――ネガティブな予測演算に、感情パラメータが乱れる。

 

 これが欺瞞だとしたら。

 

 あの女は、いまどこにいて、誰を見ているのか。

 

 

 その視界は、スコープ越しの眼差しであろうことは、想像に難くなかった。

 


 

 コリンが連れてこられた場所は、集落の一角、少し開けた広場だった。

 何人かの子供たちが遊んでいるほかは、あまり人がいない。

 喧騒は近いものの、ここは比較的静かで、空気も違っているように見えた。

 

 広場の真ん中には何かの大きな石が建てられている。

 

 いや、ただの石ではない――石碑だ。

 少年は、石の表面に絵と文字が刻んであるのを見てとった。おそらくはレーザー彫刻なのだろうが、機械で精密に彫ったという感じではない。おそらくは素人に近い者が、しかしできる限り丁寧に彫りあげた――そんな印象だ。

 

 絵はシルエットだったが、コリンにはなんとなくわかった。

 おそらくは、地に突き立てたライフルと、それに被せたヘルメット。その構図の意味するところは、少年でも察することができた。ブロードキャストのドラマや映画ではしばしば登場するモチーフだ。

 

 絵の下には文字が刻んである。少年はそっと読み上げてみた。

 

 

 「国に忠を尽くし 民を守るため

  戦い そして 斃れた友たちよ

 

  彼らは忘れど

  我らは忘れじ

 

  そして思い出せ 忘れた者たちよ

  汝の糧が 彼の血で贖われたことを」

 

 

 静かに声に出してみたコリンは、隣に立つスピリングフィールドに訊ねた。

 

「……お墓、なんですか?」

「代わり、のようなものかもしれません」

 

 石碑を見つめながら、乙女は静かに語った。

「ここの集落が落ち着いた頃に、エヴァンがどうしても建てたいとここの住民にかけあったんです。皆は、憶えていたくない、あの記憶は忘れたいって拒んだのですけど……」

 

 乙女は鶯色の瞳をそっと揺らした。 

「彼が、言ったんです――『俺達が憶えておかなくて、誰が憶えておくんだ。それにこれは彼らのためだけじゃない。俺達のためでもあるんだ。彼らの命の分まで生きなきゃいけないっていう証なんだ』って……それはもう喧々諤々でした」

 

 スプリングフィールドは、そっと口元を綻ばせた。

「でも、結局はエヴァンが正解でした。居住区に入れない人々が、ここなら戦友を弔うことができる、と……戦争中は、戦場に放置したり、適当に埋めたりでしたから。部隊の生き残りがここに弔いに来て、持っていた旗を括り付けて、そして新しい生活へ向けて再び発っていく。もと、これに名前はなかったのですけれど、いまではこう呼ばれています――」

 

 乙女がそっと言葉を発する。

 コリンの耳には、それがずしんと響くかに聞こえた。

 

「――“憶えている(ポムニ)”、とだけ」

 

「おぼえている、ですか……」

「あの当時は記録もあやふやだったと聞いています。まして、新政府は彼らをなかったものとして扱おうとしました。だから、戦地で倒れた兵士をきちんとおぼえていられるのは、その当時肩を並べて戦った生き残りだけなのかもしれません」

 

「哀しい場所……なんですね」

 コリンが素直に感想を洩らすと、乙女は苦笑いを浮かべた。

 

「そうですよ、哀しい場所です。でもここで、エヴァンはわたしと誓約したんです」

 

 思いがけない彼女の言葉に、コリンは目をぱちぱちとさせた。

「えっ、ここで? あの、基地の中の“聖域(サンクチュアリ)”じゃなくて?」

 

「彼が何を考えてここを選んだのかは、教えてくれなかったのですけれど――」

 乙女はそっと片膝をついて身をかがめた。

 目線を少年と合わせ、鶯色の瞳が、オニキスの瞳をじっと見つめる。

 

「――もしかしたら、戦友たちに背中を押してほしかったのかもしれません。誓約のことでは、あの人かなり悩んでいましたから」

「悩んでいた? どうしてですか?」

 

「たぶん……自分だけ女性と結ばれていいのか、とかそういうのだと思います。たとえその女性というのが、ひとを模した人形だったとしても」

 

 そこまで言って、乙女は少年の目の前でくすりと笑んでみせた。

「そういえばコリンは、人形との誓約の言葉は知っていますか?」

 

「あ……ええと、はい。グリフィンの研修で軽く教わりましたし、ブロードキャストのドラマとかでもよく出てきますよね。たしか、“DEAR MY DOLL”でしたっけ」

「ええ。一般的にはそうですけど……実は人形の方で変えることもできます」

 

「……初めて聞きました」

「まあ、手続きがいりますから、わざわざ変える子も少ないんですけど。わたしだって、自分でというよりも、エヴァンに頼まれてしぶしぶ変えたぐらいですから」

 

「伯父さんに頼まれて?」

「はい。どんな認証ワードか分かりますか?」

「ええと、もっとこう、カッコいいとか、ロマンティックな、とか?」

 

 少年の言葉に、乙女は破顔してかぶりを振ってみせた。

「そんなのじゃありませんよ。実際は――」

 

 スプリングフィールドがコリンにそっと耳打ちする。

 そのワードを聞いた少年は目を丸くして、口をぽかんと開けた。

 

「本当ですか? 伯父さんがそんなワードを……」

「あらあら。がっかりしましたか?」

「……びっくりしてます」

「でしょうね。わたしも最初はそうでしたから」

 

 スプリングフィールドは嫣然と笑ってみせた。

「もしかすると、心の男らしさでは、コリンの方が上かもしれません」

 

 少年は一瞬はにかみ――だが自分の姿を確かめて、うんざりした声で言った。

「あの……この格好でそんなこと言われても、うれしくないです……」

 

「うふふっ、そうでしたね」

 乙女が鶯色の瞳を揺らして、愉快そうにささめき笑いをあげた。

 

 つられて少年もくすくすと笑いだした――その矢先だった。

 


 

「よお。人形とガキが仲良しこよしじゃねえか」

 

 野卑な男の声。重いブーツの足音。銃火器特有の不吉な響き。

 

 二人がハッとして振り向き、乙女が少年をかばって腕を広げる。

 

 

 視界に入ってきたのは、大仰な擲弾銃を携えた、眼帯の男だった。

 


 

 その男は、野戦用のジャケットにボディアーマーをつけていた。

 使い込んだ感じはあるが、手入れが行き届いていて、くたびれた様子はまったくない。衣服ごしでも分かる隆々とした肉体が目につく。上着の袖はまくりあげて腕があらわになっていたが、みっしりと筋肉のついた腕は太く、血管が浮き出ていた。

  

 武器に頼らなくても、その腕力で実力行使ができそうである。

 

「――おい、あれをもってこい」

 

 男がこともなげに言うと、仲間らしい別の男たちがやってきた。肩には子供をかついでいたが、その子たちには猿轡が噛まされ、後ろ手に縛られている。苦痛と恐怖に顔をゆがめる子供を二人、男たちは無造作に地面に投げ出した。うめきをあげながら子供達が転がってきて、コリンたちの傍らで止まった。

 

「な……なんなんだ、お前ッ!」

 激したコリンが思わず声をあげるのを、スプリングフィールドが手で制した。

 

 眼帯の男は口元をゆがめて歯を見せると、少年に遠慮なく罵声を浴びせた。

「なんだもなにもねえよ、本家筋のくせに何も知らないお子様はすっこんでろ。俺はそこの人形に用があってきたんだ――なあ、“メラニー”さんよ」

 

 その名で呼ばれて、スプリングフィールドが睨みつけた。

「あなたの顔はメモリにありますよ、キリール。一族でも傍系筋もいいところが、いったい何の御用ですか」

 

「ハッ! 傍系筋もいいところ、か。人形風情が言うじゃねえか」

 キリールと呼ばれた男は、せせら笑いを浮かべながら言った。

「だが気丈な女は嫌いじゃないぜ。だから、前もって忠告してやる――俺と一緒に来い。そして一族会議の場で、俺と誓約しろ。そうしたら、だいじなだいじな、そこのお子様と、あとおまけに付けたガキどもの命は助けてやる」

 

「お断りします、と言ったら……どうするつもりですか」

「そりゃあ、こうするに決まってんだろ」

 

 男はそういうと、無造作に擲弾銃を構えた。

「わかるなァ? グレネードランチャ―だ。ぶっ放すとお前ら消し飛ぶぞ。人形のお前は手足がもげても“生きていられる”が、そこのお子様やガキはどうかなァ。五体無事でも打撲のショックに耐えられるか、試してみるか、あァ?」

 

 男が嗤って顔をゆがめる。眼帯もあいまって凶相の凄みが増して見えた。

 

「なに、難しい話じゃあない。“メラニー”、お前がおとなしく俺についてくればいいんだ。心配はいらない、行き先はハワーズ本家の邸宅だ」

 

「――ッ。そんなこと、ゲオルギー翁がお許しには」

「そのご老人の許可を取って、俺がここに来てるんだ、といえばどうだ?」

 

 乙女の抗弁を、キリールは一笑に付してみせた。

 

「どのみち屋敷にいけば分かるよ――ただ、お前がごねていると、うっかりこいつの引き金をくいッとイクかもしれないがな」

 

 スプリングフィールドは、険しい顔つきのまま、そっと両手を下ろした。

 その様子を見たコリンが、声をうわずらせてうめく。

 

「イヤだ……行っちゃダメだよ……やめてよ」

 少年の眼には、じわと涙が浮かんでいる。

 

 その様子をちらと窺った乙女は、そっとささやいた。

「心配いりません。きっと、どこかで行き違いがあったのです。あなたは心配しないでください。何もかも解決したら、その時は――」

 

 その言葉の先を、彼女は言わなかった。

 そっと立ち上がり、両の手を背中で組むと、男に向かってゆっくりと歩きだす。

 

「ダメだ……スプリングフィールドさん、行っちゃやだ……」

 

 コリンはぶんぶんとかぶりを振った。ウィッグがはずれ、地面にぺしゃんと落ちる。少年の嘆きに、乙女は束の間振り向き、何事かつぶやいて――そして、そのまま歩いていく。

 

「よーしよし、それでいい。やっぱり人形ってのは従順でなきゃな……クッ、しかしなんだ。仮にもハワーズ直系ともあろう者が、こんなべそかきでしかも女装なんぞしやがって――」

 

 口元をぐにゃりと歪めて、キリールが嘲った。天を仰ぎ、うそぶくように。

 

「――ふん、結局、エヴァンの見立ても甘かったなァ。まあ、軍を逃げて人形とおままごとにうつつをぬかすような女々しい男だ。ハワーズ本家の血も尽きたか」

 

 男は天に向かって、嗤いをうかべていた。

 だから……コリンの表情の変化に気が付かなかった。

 


 

 

 泣きべそをかいていた仔犬は一変していた。

 

 伯父であるエヴァンが軽蔑されたと感じた途端――

 少年は歯を向き、獰猛な怒りの顔を見せ、

 

「――あああぁアァァ!!」

 

 喚きとも怒鳴りともつかない声を荒げさせ、猛烈に男の脚へ突っ込んでいった。

 

 キリールは、少年の声と同時に、左手を振りかぶった。

 余裕の笑みを浮かべ、転倒させる狙いの少年を殴り倒すつもりだった。

 

 ゆえに、少年の本当の狙いに気が付かなかった。

 

 コリンが、すんでのところで身をひるがえした。次いで、跳びあがる。

 子供の跳躍だ。そこまで高く跳べるはずがない。

 

 だが、彼にとっては、擲弾銃を握っている右手に噛みつければ充分だった。

 

「……ヴァアア!」

 男の悲鳴があがる。親指の付け根の腱をがっちり噛まれ、キリールは苦悶の悲鳴をあげた。右手を降りまわしてほどこうとするが、コリンは腕にしがみついて離れない。数秒ほど苦悶の声をあげた後、キリールがたまらず擲弾銃を手放した。

 

 すぐにコリンが男から離れ、投げ捨てられた武器へ飛びつく。

 だがそれを見て、男は怒りで赤黒くなった顔をぐにゃりとゆがめた。

 

「ハン! だからお子様だって言うんだ!」

 コリンが擲弾銃を抱え込んだ時には、キリールは左手で拳銃を抜いていた。

 狙いをぴたりとコリンの頭に向け、睨みつけている。

 

「なかなかどうして、ガッツがあるじゃないか。だが冷静に考えてみろ。そんなゴツい武器がお前に扱えるのか? 身の丈を知れよ、小僧。そして人生最後に学んだ代償に、てめえの可愛い顔に鉛玉をくれてやる……覚悟はいいよな?」

 

 男の凶相と鋭い視線に、だが、少年はひるまなかった。

 [[rb:戦術人形 > オンナノコ]]達がレトリバーの仔犬と囃している彼だったが――そもそもレトリバー種は温厚ながらも立派な猟犬なのだ。歯を向き、鼻にしわを寄せ、うなりながら男をにらみつける顔は、まさしく勇猛な狩人のそれであり、そして。

 

 乙女がただの二度だけ目撃した、エヴァンの怒りの顔そのものだった。

 

「――やめて! コリンは、彼は、ハワーズ一族のことは何も知らないの!」

 

 スプリングフィールドの必死の懇願に、キリールは唾を地面に吐き捨てた。

 

「なら、知らないまま、エヴァンの野郎のところに送ってやるさ」

 

 男の太い指が、拳銃の引き金にかかった瞬間――

 

 

 キリールの足元を太い弾痕が抉り、次いで、遠く長く銃声が鳴った。

 


 

『はァい、聞こえる? キリール・ノヴィコフ』

 

 声は、コリンが持参していた携帯端末から流れていた。

 どこか物憂げで、しかし、艶やかな声――DSR-50だ。

 

『分かるわよね。一発目は警告代わりの前戯。次からがナマの本番。50口径が狙っている――“黒薔薇”ドロシーの腕前は知っているわよね? 腕がいい? 頭がいい? それとも胴の真ん中? まあ、どこ撃ってもあなたが先に死ぬわよ』

 

「てめえ、ドロテーア!」

 キリールが忌々し気に顔をゆがめて吠えた。

「俺を裏切るつもりか!?」

 

 男の問いに、物憂げな声はため息交じりに答えた。

『わたしはゲオルギー翁に依頼されただけ。別にあなたはクライアントではないし、ここへの座標を渡した時点で、ご老人への義理も果たしたもの。後は別のクライアントの依頼を遂行しないといけないの……その栗毛のお嬢さんは連れて行けばいいわ。でも、コリン・ハワーズを殺すことも怪我をさせることも、一切ダメ。そんなことしたら、あなたもお仲間も、洩れなく撃ち殺してあげる』

 

「フン……人形が、人間を殺せるわけないだろ」

『あらぁ、試してみる? わたしが“名持ち”だと、お忘れかしら』

 

 涼しい口調でDSR-50が答えるのに、キリールはまた地面に唾を吐いた。

 

「クッ、命拾いしやがって――おい、俺はこの女を連れていく。その代わり、ガキの人形どもには手出しさせるなよ。でなかったら……わかっているな?」

 

 男の言葉に、数瞬の間をおいて回線の向こうから返事が来た。

『……わかったわ。だったら、面倒が大きくなる前に早く行ってちょうだい』

 

 DSR-50の言葉を聞いて、キリールが仲間の男たちにあごをしゃくってみせる。

 スプリングフィールドは拘束されていないものの、肩を掴まれて歩かされていく。

 そして、彼女の背中を隠すように、キリールの背が巌のように塞いだ。

 

 少年は、唸った。また歯を向き、跳びかかろうとした矢先、

 

『おちつきなさい、坊や。まずはあなたの身の安全を。彼女は、彼らにとっても大事な存在だから妙な真似はしないわ。だから、おちついて。いまあなたがもう一度歯向かうなら、それこそ撃ち合いになってしまう――スプリングフィールドの気遣いを無駄にするほど、あなたは聞き分けができない子じゃないでしょう?』

 

 艶やかさは変わらないが、DSR-50のなだめる声は普段の口調とは少し違っていた。しっとり湿らせたハンカチで、額の汗をそっとぬぐっていくかのような声だ。

 

 コリンは顔を伏せた。そしてうずくまると、低く嗚咽を洩らしだした。

 

 少年の眼から涙がいくつも零れていく。

 怒り、悲嘆、恐怖、落胆、そして無力感。

 

 否定的な感情の大鍋となった心から、次から次へと溢れていく。

 

 VectorとAA-12がようやくたどりついた時には――

 うずくまった少年の元には、涙で作られた染みが地面に黒々と描かれていた。

 


 

 帰りのバギーには、誰にとっても居心地の悪い空気が漂っていた。

 住民たちの騒ぎを避けて逃げるように出てきた一行である。

 当然、来た時よりも、一人欠けた状態だ。

 

 AA-12は車両を運転しながら、飴を舐めていた。口に放り込んで数度転がしたかと思えば、ぱきぱきと噛み割って咀嚼しては飲み込み、というのを繰り返している。

 

 Vectorは不愛想な顔をさらに不機嫌のヴェールで包んで、明後日の方向を見ていた。その彼女の膝には、泣き疲れたコリンが頭をのせて横になっていた。眠ってはいないが、しゃっくりが止まらなくなった少年の頭に、乙女はそっと手を添えていた。

 

 荷台は行きと同じようにDSR-50がいたが、手錠で両手を封じられていた。コリンが判断を下せない状態だったので、AA-12が隊長権限で拘束したのだ。本人は従ってみせたとはいえ、いささか不満な様子で、さっきから文句を言っているのだが。

 

「もぅ、わたしは少なくとも、コリン坊やの命を救ってあげたのよ?」

 

「だけど、スプリングフィールドが連れていかれるのは見逃したし、そもそもお前がそのキーリルってやつにタレ込んだんだろうが」

「そうしないとちょっとした“戦争”になっていたのよ。あなた達、キーリル・ノヴィコフって男を単なる暴力自慢の下種野郎と思っていない?」

「暴力自慢の下種野郎には違いないだろ、あんなヤツ」

 

 先ほどからDSR-50とAA-12の間では、棘と針を含んだ言葉の応酬がなされていた。

 ほぼ同じ内容のことをもう五回は繰り返している。

 

 AA-12はちらと後ろを振り返ると、大きくため息をついて言った。

「わたしばっかり文句じゃ、疲れるじゃないか。Vectorも何か言ってやれ」

 

 話を振られた銀髪金瞳の乙女は、目をぱちぱちさせた後、

「特に、何もないけど」

 

「……いや、こういう時にまで無関心を気取るなよ」

「スプリングフィールドが考え無しについていったとは思えない。たぶん彼女はわたし達が知らないずっと多くのことを知っている。だから、そのあたりを知らないわたし達は、彼女の判断を是とも非ともできないわ――ただ」

「ただ、なんだよ?」

 

「この女がコリンの身の安全を請け負った相手によっては、割とすっぱり話が収まるかもしれない。ねえ、DSR-50。基地につく前に、せめてそれだけ教えてちょうだい」

 

 Vectorの問いに、黒髪の美女はため息をついてから、ぼそりと言った。

 

「依頼主は、ジェラルド・ハワーズ。コリン坊やのお父様よ」

 

 その名前に、ダウンしていた少年のしゃっくりが止まった。

 顔を覆っていた手をそろそろと除けると、涙にぬれたオニキスの瞳が現れる。

 

 少年は、か細い声で訊ねた。

「この件……僕の家と、どんな関係があるっていうんですか」

 

 その問いに、黒髪美女は目を細めて答えてみせた。

 

「基地に着いたら分かるわ。お節介な人があなたとの通信を待っているもの」

 


 

 B122基地に帰投したコリンは、ひとまずシャワーを浴びて着替えた。

 

 グリフィンの制服を着こむのはもどかしかったので、ラフにTシャツとショートパンツだけ着てプライベートルームを出る。

 

 扉をあけて部屋の外へ出ると、なぜかVectorが待っていた。

 少年のいでたちを一瞥すると、無言で頭から大きめのパーカーを羽織らせてきた。

 

 Vectorをお供に指揮官室へ入ったコリンを、二人の乙女が出迎える。

 AA-12は苦虫を噛んだ顔で。拘束を解かれたDSR-50はどこか涼しい顔で。

  

  

 そして――通信モニタには、案の定、予想していた顔が映っていた。

 

 白く長い癖毛、紫の瞳、飄々とした表情。

 

 少年の身に起こったことは承知のはずだが――ロロの声はいつも通りだった。

『ンン、ずいぶんしょぼくれているね、パダワン』

 

「あなたの冗談は笑えませんけれど」

 コリンはむすっとした声で言った。

「でも、あの時、映画のような力があればと、本当に思いました」

 

『ンンンッフ、あれはフィクションだから映えるものだよ。現実にあってもたぶん対抗手段は考えられてしまうし、結局、ひとにとって『最大の力こそ知なり』なんだ』

 

「それで……あなたは何を教えてくれるんですか」

『話せばそれなりに長くなるんだが、まずはここからだろうな』

 

 画面の向こうでロロがずいと身を乗り出した。

 

 

『コリン。ご両親の口から“基金”という言葉を聞いたことはないかい?』

 


 

 同時刻、某所。

 

「こちら〔エルフ〕。〔ロスロリアン〕へ報告。28戦区に入りました――あと一時間足らずでB122基地へ到着します。以上(オーバー)

 

「ふう、Cパック(市街戦用)装備にGパック(ゲリラ戦用)装備ねえ。何が始まるのよ」

「……始まるかもしれませんし、始まらないかもしれません」

 

「なによそれ」

「すべて、あの男の子がどう決断するか、です。だから、場合によっては、B122までドライブして帰るだけの道中になるかも」

「そしたら骨折り損じゃないのよ。せっかくの休暇だったのに」

「でも……たぶん、大丈夫ですよ」

 

「うちの指揮官をあんな目で見てくる子なんです。小さくても、子供でも、見た目が仔犬みたいでも……魂は戦士の心をもっているはずです」

 

「……スオミ?」

「はい?」

「言ってて恥ずかしくならない?」

 

「い、いいじゃないですかっ。コリン君は、いい子に違いないんですし」

 

「おや、ごぞんじですか? 『バレる浮気はただの愚行』って言うのです」

「あら、指揮官を捨ててオトコに鞍替えなの? スオミってやらしー」

「ご主人様という方がありながら、あなたという子は……」

 

 

「もう! そんなのじゃありません! 早く行きますよ!」

「はいはい、冗談だってば。みんな分かって、からかってるのよ」

 

 

 

〔Ep.5 「コーヒーが苦いのはイヤだから」part.1 End〕

 

〔――Next Ep.「コーヒーが苦いのはイヤだから」part.2〕




なんともやきもきするところで締めていますが、
続きのpart.2は来週更新予定です!

ハワーズ一族のしがらみについて知ることになったコリン。
そのしがらみに囚われてしまったスプリングフィールド。

戸惑いながらも、コリンがくだした決断とは?


次回、「コーヒーが苦いのはイヤだから」part.2!
お楽しみに!
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