仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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謎の男、キリールに連れ去られたスプリングフィールド。
それにはコリン自身の出自が関係していた。
渦巻く血族のしがらみに苦悶する乙女。
そして事情を聴かされた少年はうなだれて、ただ悩むばかりだったが……?

二部構成の後半、第五話part2の前編です!


【作者より】
先週はいろいろモヤモヤした引きになっておりました。
お待たせしました、今週は解明編&解決編です!


ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.2 -前編-

 わたしがコリンに初めて逢ったのは、イースターの頃。

 

 場所は、エヴァンがめったに帰らないハワーズの本邸の館。

 帝政時代の貴族の館を一族の先祖がどうにかして手に入れたという館は、革命、戦争、内紛、そして再びの戦争を経ても、いささかも損なわれず残っている。

 目を見張るほど華美ではない。けれど、周囲に自然と溶け込みながら、静かに存在感を主張する建物は、まるでこの国のハワーズ一族の在り方を体現しているかのようだった。

 

 エヴァンの妹夫妻に、彼の伴侶として、わたしを紹介する。

 

 彼は、「心配はいらないよ」とは言っていたけど、わたしはひそかに危惧していた。遊びではなく、真に連れ添う相手として、人形を選ぶことをどう思われるか。

 

 案の定――エヴァンの妹さんは納得いかない様子だった。

 最初は静かな諭し合いが、すぐに声を荒げての言い争いに変わる。

 

 わたしはといえば、壁際へそっと引いて、見守っていた。

 彼の愛がどうであれ、わたしは人形。作り物の模造品でしかないのだ。

 そんなものを親戚に迎えるなど、常識が許してくれないだろう。

 

 法的には人形も市民権を得れば結婚はできるけれど――

 司法局のライブラリに刻まれた文言は、感情のわだかまりまで解消しない。

 

 ただ、あまりにも彼が困るようなら、その時は……

 

 そんなことを思っていた矢先、不意にわたしの服を誰かが引っ張った。

 振り向くと、褐色黒髪の少年が、わたしの上着の裾を指でつまんで引いている。

 初対面の挨拶の時は、両親の影に隠れて恥ずかしそうにしていた子供。

 

 エヴァンの甥っ子さん。

 

 彼は、無言でわたしをどこかに連れていきたいようだった。

 数瞬考えて、この少年についていくことにした。

 少なくとも、口喧嘩に感情パラメータを乱すよりはいいと思ったから。

 

 少年に連れられてやってきたのは――この国では珍しい、ガラス張りの温室。

 

 たぶん、あとから改築された場所なのだろう。

 ガラスに見える部分も、たぶん違う素材で作られているに違いない。

 そうでないと、この国の雪の重みにも、冬の寒さにも耐えられないから。

 

 とっくに日が落ちていたから、窓の外はもうすっかり暗い。

 わずかな常夜灯が、わたしたちの足元を照らしている。

 

 あちこちにしつらえられた緑の観葉植物。

 その合間を縫うようにして、窓際近くまで連れてきて、少年は言った。

 

「ほら、お姉さん。上を見てみてください」

 

 少年が目を煌めかせながら、天井を見上げる。

 わたしも見上げて――視覚素子に映った光景に思わず息を呑んだ。

 

 天井もガラス状になっていて、それを透かして夜空が見える。

 

 漆黒の夜の帳が覆う中、星がいくつも瞬いていた。

 星の光が無の音となって、わたし達を取り巻き、心に沁み込むかのよう。

 

 乱れがちだった感情パラメータが、ゆっくりと平静を取り戻す。

 だいぶ落ち着いた心持ちになり、わたしは少年に訊ねた。

 

「これを……見せたくて?」

 

「うん。落ち着くかな、と思ったんです」

 少年はこくんとうなずきながら、静かに言った。

「お姉さん、なんだかつらそうだったから……ぼくのお母さんが、すみません」

 

「気にしなくていいのに。人形は感情のオンオフができるのだから」

「でも、僕の眼には――おつらそうに見えたんです」

 少年が、天の星からわたしの顔に目を移す。

 

 どこか仔犬を思わせる顔つき。

 だけど、その眼差しに、わたしはハッとさせられた。

 

 オニキスを思わせる黒い瞳。そこに煌めく意志と感情。

 エヴァンの眼に似ていて、けれど、より澄んでいて真っ直ぐな輝き。

 あの人の甥であることを感じさせつつ、彼とは違う魂が見えるかのような。

 そんな瞳に、思わず見入ってしまった時――

 

「……なんだ、二人でこんなところにいたのか」

 苦笑交じりのエヴァンの声が聞こえた。

 

「伯父さん!」

 少年が声をあげて駆け寄っていく。

 エヴァンは彼の頭を優しく撫でると、穏やかに言った。

 

「レディのエスコート、ご苦労さん。ほら、お母さんのところへ行っておあげ。気が付いたらお前の姿が見当たらないから、おろおろしているぞ」

 頬をつつかれて、少年ははにかみながらうなずき、部屋から駆けて行った。

 

 それを見送ってから、エヴァンが静かに歩み寄り、わたしの肩をそっと抱いた。

 

「……すまない。お互いにたった一人の兄妹なのに、どうもそりが合わない」

「仲が、あまりよろしくないんですか?」

 

「妹はね、一族がイヤになって出ていこうとして……結局、中途半端にぶらさがってしまっているんだよ。一族の決まりを押し付けた両親や親族に嫌気がさしながら、一族の考えに知らぬ間に染まっている。なまじ男の子なんて産んだから、余計に彼女は頭が整理できないんだろう」

 

 そこまで言って、エヴァンは嘆息した。

「俺は心配でならない。妹はもちろん、あの子の将来もね」

 

「……コリン君、でしたか」

「優しいだろう? それに強さの素質も兼ね備えている。俺はね……あの子にちょっと期待しているんだ。彼ならもしかすると、ハワーズ一族のこれからを――」

 

 エヴァンは、その先を言わなかった。

 ただ黙って、私の肩を抱いた手に、きゅっと力を込めた。

 その手に、わたしは二つのことを察せざるをえなかった。

 

 エヴァンが、今後どんな形であれ、自分の子供を作る気がないことを。

 そしてエヴァンに何かあった時に、わたしにあの子を頼みたいということを。

 

 わたしは少し、思考を巡らせて―――

 肩に置かれた彼の手を、そっと自分の手でくるんだ。

 言葉は交わさなくても、それが承諾のしるしだった。

 

 エヴァンが天を見上げる。わたしもそれにならう。

 

 

 頭上に、名も知らぬ星が瞬き、しんしんと光を降らせていた。

 


 

 ――いま再び、その温室にわたしは来ていた。

 あの時と同じ、時間は夜。

 だが、居合わせる人はまるで異なっている。

 

 ここまでわたしを連れてきた男、キリールが恭しく一礼して下がった。

 

 温室の奥にいたのは、車椅子に腰かけた一人の老人だ。

 ハワーズ一族の使命としがらみが顔のしわとなって無数に刻まれている。

 その面立ちは、蜘蛛の巣が張り付いてしまったかのようだった。

 

 巣にうずもれてなお鋭い眼光が、じろと見つめてくる。

 

「……言うたであろう。待ちくたびれることがある、とな」

 しわがれた声が、非情の装いで響き渡った。

 

「ゲオルギー翁……あなた、ここまでして――」

「わしは充分すぎるほどの時間を与えたぞ、“メラニー”」

 

「……本当に、あの男を当主に据えるつもりですか」

 その問いに、老人は答えなかった。

 

 ただ、自身のあごを撫でながら、深々と息をつくのみ。

 

 わたしは、思わず天を仰いだ。

 

 

 空は一面に曇り――あの時の星は、どこにも探せなかった。

 


 

 グリフィンB122基地、指揮官室。

 

「“基金”ですか? お父さんが老後に備えて何か――」

 ロロの問いに、怪訝な顔をしながらもコリンは答えた。

 

 だが、指南役を持って任じる女性は薄い笑みをたたえてかぶりを振った。

「違う違う。敢えていうなら“ハワーズ基金”と言ってもいい。前世紀にきみのご先祖がこのユーラシアの雪国に移住してきて以来、きみの一族はあちこちに投資をしてきたんだよ。いや、投資とも言えないな。貸しとか恩義と呼ぶべきかもしれない」

 

 ロロが制御卓をはじく。

 通信モニタの一角に、複雑に関係しあった図が現れる。

 医薬研究所。警察官の訓練機関。傷痍軍人の見舞金団体。高齢者の互助会。

 

 雑多でバラバラに見える幾十もの中心に、〔ハワーズ〕の名があった。

 

「“基金”といっても、ひとつの口座にお金がうなっているわけじゃない。それを運用する団体が存在しているわけじゃない。“基金”と名は付いているが、いろんな形に細分化されてあちこちへ渡されている。実際、これを処分して現金化すると言ってもなかなかに難しい――つまりね、“基金”とはハワーズ一族の持つコネクションを指すといえる」

 

 ロロの説明に、コリンが眉をひそめ――同時にじっと相関図を見つめた。

 ややあって、少年がぽつりとつぶやいてみせる。

 

「ええと……つまり、ハワーズ家の人間が『こうしてほしいなあ』と考えると、その力になってくれる人とか組織とかが扉をノックしに来るってことですか?」

 

「ンンンッフ! 勘がイイね。そう、それがハワーズ家の力だ。この雪国では、帝政から共産主義、そして仮初の民主主義を経て、また修正共産主義で政治をやっている。そんなゴッチャゴチャした中で、一貫してパワーとなったのはコネだよ」

 

 ロロの説明に、コリンは当惑半分、だが確信半分の表情をしてみせた。

 

「あの……それって、ぼくの肌の色とか名前とかに関係していますか?」

「ビンゴだ。なるほど、きみなりに思うところはあったわけか」

 

「……はい。やっぱり周りにはスラブ系の名前が多いですから。ハワーズという名前はやっぱり目立ちますし、実際スクールでからかったりする子もいます」

 

「けれど、マイノリティの割に不思議とひどい目には遭わない……違うかい?」

「はい。両親は僕が良い子だからと言ってたんですが」

 

 言いながらも、コリンは結んだ口元をむずむずとさせる。

 回線越しにそれを見てとって、ロロは軽く肩をすくめてみせた。

 

「ご両親の言葉も合っているよ。たしかに君の通うスクールは“基金”の支援を受けているし、クラスメイトの親御さんは大なり小なり恩恵を被っている人が多い。それぞれのご家庭で『ハワーズさんちの子と仲良くおやり』と言われたかもしれない」

 

 師匠の言葉に、コリンがたちまち難しい表情になる。

 だが――ロロは打って変わって軽い声に切り替えて、言った。

 

「でもさあ、プライマリスクールの子供にそんなの分かるわけないじゃん。きみがスクールでやっかまれながらも、それなりの数の友人と、若干の敵がいるのは、これはもうきみ自身の性格と資質によるものだ。そして、きみをそのように育てたのは、ほかでもないご両親だよ。まあ、ご両親なりに一族にはいろいろあるようだが、少なくとも子育てに関しては手抜きしなかった。そこはちゃんと認めなさい……お父上がそこの美人さんにボディガードを頼み込んだのは、君が本家筋の末裔だからじゃない。ただ、平凡な父親として、だいじな息子を守りたい一心からだ」

 

 ロロの言葉に、コリンはふうと息をついてモニタに向き直った。

 画面の向こうの女性の顔が、いつになく真剣に見える。

 

「ぼくは……そんなに良い子ですか」

 

「ンン! 少なくとも、その場にいる人形たちを含めて、お姉さん達が信頼する程度にはね。そして、 ロロの説明に、コリンが眉をひそめ――同時にじっと相関図を見つめた。

 ややあって、少年がぽつりとつぶやいてみせる。ある健気な女性(スプリングフィールド)が運命の濁流にきみを踏み込ませまいと決心する程度には。そして付け加えるなら、私にもし弟がいたらきみのような子だと良かったな。そしたら私はもう少しまともな性格で、地味な職業に就いて、頑張って弟の学費を稼ぐような女になっていたかもしれない」

 

 ロロの言葉に、コリンがたちまち胡乱な目になる。

「師匠の弟はイヤです……なんか理不尽に困らされそう」

 

「フハハハ、言われたもんだ! いや、案外楽しいかもよ?」

 愉快そうに笑いながら、ロロは言葉を続けた。

 

「まずは君自身を認めることだ、コリン・ハワーズ。今回の件、どのように転がるかはきみがどこまで自分を信じられるかにかかっている。どんな決断を下しても、それなりに反作用があるだろう。だから――どの決断が良いかは君にしか評価できない。だからこそ、まず自分に自信を持つのが大事だよ」

 

 そう言われて、少年は目をぱちぱちさせた。

 口で呼吸はしていたが、静かでゆったりしている。

 その目は“基金”の相関図に向けられていた――

 

 ややあって、少年は口に開くと、画面の向こうに問いかけた。

 

「何をどう決めるにしても、ぼくはハワーズ一族がどんなものか知らなさすぎます。ぼくのところのご先祖はどこから来たんですか? これだけのコネクションがありながら、どうしてエヴァン伯父さんは、わざわざ最前線に行ったんですか?」

 

 コリンの問いに、ロロは「ふむ」と声を洩らすと、答えた。

 

「ルーツを知らねば何も始まらないか……とはいえ、これには謎も多いところでね。そうだな、合衆国のベトナム戦争までさかのぼるのがいいだろうな――」

 


 

 ハワーズ家の本邸、その館の一角に老人はいた。

 

 窓がなく、その代わりに壁一面が、あるもので飾り立てられていた。

 マスケット銃、鈍く銀に輝くリボルバー拳銃、近代的な自動小銃。無数の多種多様なナイフ――装飾用ではなく、明らかに実戦をくぐっている。

何枚も貼りだされた野戦地図。そして、無数に輝く勲章の数々。

 

 車椅子を漕ぎながら、ゲオルギー翁は部屋を横切り――ある勲章のところで止まった。老人の視線の先にあるのは、ハートの形を象った、金と紫の勲章だった。

 

 この雪国にあっては似つかわしくない、合衆国名誉戦傷勲章(パープルハート)

 

「すべての始まり、そして我らが訣別の証か……」

 

 それを見つめながら、老人がぼつりとつぶやいた時、

「――はァん。なるほど、この部屋に今後は俺の勲章も並ぶわけだ」

 

 野卑な声に老人が振り返ると、部屋の入口に眼帯の男が腕組みして立っていた。

 にやついた嗤い顔に、老人がぎろりと視線を向け、言った。

 

「まだおぬしがハワーズの当主と決まったわけではないぞ、キリール」

「何を言うのやら。あの女をかっさらってこいと言ったのは、あんただろう。力づくでもモノにしてくる度胸を見せれば、次期当主の座を認めてやらんでもない、と言ったのも……それとも何か? 大長老さまは約束を反故にするとでも?」

 

「そこまで言うからには、“メラニー”に〔誓約〕させる手筈はついたのだろうな」

 老人の問いに、キリールは忌々しげに顔をゆがめた。

 

「ケッ、あの女、頑として首を縦に振らねえ。身持ちが堅いどころじゃねえ」

「人形といえど、女だ。手籠めにして腕ずくでモノにする気概はないのか」

 

「……ただの女じゃねえ。グリフィンの戦術人形だ。格闘戦、それも体格差がある相手にも対抗手段をもってやがる。ちょっと押し倒そうとしたらひどい目に遭ったぜ」

 

 キリールの言葉に、老人がすっと目を細めた。

 眼帯の男を頭からつま先まで、じろと眺めると、こともなげに言った。

 

「すねに蹴り一発、みぞおちに肘打ち一発。とどめに投げ飛ばされたか」

 

「――軍隊の格闘術に似ているが、かなりアレンジがしてある。なんだ? グリフィン独自にそういうのを教育してやがるのか」

「さてな、クルーガーの発案か……それともエヴァンも意見した結果か」

 

「まあ、なにがどうあれ、だ。あんたはもちろん、一族の他の連中も俺を当主に決めざるを得ない。『ハワーズ当主は軍務に就いている者か、それに準じる立場であること』――初代が決めた大事なお達しだ、だろう?」

 

 キリールが歯を見せて嗤った。

「そして、俺はこの国の特殊作戦群(KCCO)の現役士官だ! あんたも見ただろう? いまこの屋敷をがっちり警護している兵隊は全部、俺の部下だ! 武門の家柄とやらを戦後も律義にやっているのは、エヴァン亡き後、俺ぐらいなんだからよ!」

 

「ならば……少しは品を良くしろ。お前の素行はわしも聞き及んでおるぞ」

 

「ハッ、言っておくがな、爺さん」

 男が眼帯をつけた顔をぐにゃりと歪めた。

「警護の名目で部隊を周囲に付けた意味、あんたならわかるよな? 何かあったら、うちの部隊がわらわらと館に乗り込んでくるぜ。短い余生と、他のご意見番のお歴々が気になるなら、あんたもおとなしくしておくこった」

 

 キリールはそう言うと、床の絨毯に唾を吐きすて、去っていく。

 男が作った汚らしい染みを軽蔑の眼で見ながら。老人はつぶやいた。

 

「ベトナムの戦いで合衆国の理念に疑念を持った初代がこの国に来て百年近く、か。その言葉に従い、『戦場をブーツで踏み、戦友と共に血を流すことこそ誉れ』としながらも、その末裔にはあのような濁り者が出てしまうものか……」

 

 老人は嘆息し、ふたたび壁に飾られた名誉戦傷章(パープルハート)を見つめた。

 

「わが祖父トマス……あなたの流した血を受けとめる者は、もうおらぬのか」

 


 

「“武門の家柄(クシャトリヤ)”……ですか」

 コリンが戸惑い気味に口にした言葉に、ロロはうなずいてみせた。

 

「そう、この国でのハワーズ家の初代は、トマス・ハワーズだ。ベトナム戦争で合衆国がやった崩壊液(コーラップス)兵器の実験に幻滅して、冷戦相手のこの国にやってきた。ただ、どうやらきみの血筋はブリテンを経てインドへたどり着くらしい。遺伝子解析すると民族的なつながりとか相関が分かるかもだが……大事なのは、ハワーズ家は初代から軍務に就くことを重視してきたことだネ。それも軍官僚とか司令部詰めの高級軍人じゃない。昇進しても少佐止まりの、前線勤務に異様にこだわる一族だ」

 

 そこまで言って、ロロはうんざりした様子でかぶりを振った。

「まあ、人様の家の家訓に口出ししないけどさ、マッチョで男性主義的な家風だなァ。おかげでハワーズ一族の男の死因に〔戦死〕と〔殉職〕がトップに来る。代々短命だから早めに結婚して子供をもうけて、早めに教育してまた戦場へ送り込む。当然、女性なんか一族では添え物扱いなわけさ。せいぜい強い血を一門に入れるための道具にしか見られない。きみの母君がハワーズ一族のことになると、どうにも取り乱すのはそのあたりが色々影響しているんだろう」

 

「……どうして、ここでお母さんのことが出てくるんですか」

 

「ンン、実はね。ハワーズ本家筋の女性ともなると、それなりに顔は効くらしい。どこでどう聞きつけたのか、私のパーソナルアドレスを探り当ててね。三日と開けずに、お願いだか苦情だかお悩み相談なのか、よくわかんないメッセージが飛び込んでくる。論理解析すると、『うちの息子が心配だからなんとかして!』に尽きるんだが……放置するわけにはいかないし、かといって逐一お返事も面倒でさあ」

 

「――どうされているんですか?」

「うちの情報処理ロジックに模擬人格を組んで、それに当たり障りなく返事させているよ。ああ、心配はいらない。模擬人格といっても、私自身が恒常的にお世話になっている代物だ。それなりに礼儀と誠意を守っていることをお約束しよう」

 

 ロロの返事に、コリンはほうと息をつくと、目をぱちくりさせた。

「それじゃ……僕が、臨時でグリフィンの指揮官をやっているのも、一族の方針なんですか?」

 

「だいたいは間違っていないが、そこはもっと込み入った事情があるネ」

「なんだって言うんですか」

 

「これについては、もうエヴァン・ハワーズのやらかし案件だ。彼は死ぬ前に、周到に遺言を残していてね。ここでようやくスプリングフィールドが出てくる……というか、彼女は巻き込まれてたと言ってもいいだろうな」

 

「……スプリングフィールドさんが……」

「そう、“メラニー”と呼ばれていた彼女だ」

 

 ロロがまた制御卓を指ではじく。

 “基金”の相関図の代わりに表示されたのは、社会保障局への登録申請書類だった。

 

 写真には、スプリングフィールドの顔が映っている。

 届け出の氏名は“メラニー・ハワーズ”の名前が記載されていた。

 そして申請書には、上に大きく「受付保留」の文字がプリントされている。

 

「エヴァンはね、実にとんでもないことを彼女に託したのさ。何かというと……」

 

 ロロが淡々と説明してみせる内容に――

 少年は驚きのあまり、みるみる目を大きく見開いた。

 


 

 スプリングフィールドは、あてがわれた部屋のベッドに腰かけていた。

 

 躯体は拘束されていない。部屋はきちんと整えられていた客間の一室だ。

 時折、メイド――といっても民生用の人形だ――が来ては、用向きはないかと訊いてくる。その意味では、まず丁重に扱われているといえるだろう。

 

 だが、外部との通信はすべて封じられていた。

 

 それに、部屋のすぐ外にはキリールの部下が銃を持って待機している。

 スプリングフィールドが部屋に入る際に、これみよがしに弾倉を入れ替えていたが――間違いなく実弾が詰まっていた。もし部屋から逃げ出そうものなら、躊躇なく脚を撃ち抜かれるだろう。

 

 かといって、窓の外はさらに絶望的だった。

 ガラス越しでも聞こえる重低音、あちこちで蠢く角ばったシルエット。

 おそらくは軍の戦術人形と歩行戦車――キリール子飼いの部下だ。

 人間の兵士は限られているだろうが、機械仕掛けの数はそれなりだ。

 

 旧式のライフルを担いで逃走を図っても、逃れられないだろう。

 

(社長とまではいかない、せめて上級代行官のヘリアンさんに連絡できれば……)

 そう考えて、囚われの乙女が唇を噛んだ時だった。

 

「よォ、元気かよ、お人形」

 品のない太い声がかけられ、スプリングフィールドはびくと肩を震わせた。

 

 顔をこわばらせ、立ち上がりながら、軽く身構えて振り返る。

 はたして、眼帯の男が顔をゆがめながら、戸口に立っていた。

 

 この男は――笑っても怒っても、表情が「ゆがむ」としか表現できなかった。

 それは野卑な印象を与えながらも、感情が読めないことにも繋がる。

 

 思考パルスを最大級の警戒状態にセットしながら、乙女は訊ねた。

「なんの御用ですか。また背中で床の点検をしたいのですか。お望みなら頭から落として差し上げてもよろしいのですよ」

 

「ケッ、言ってろ。お前を壊しちゃならねえとゲオルギー翁のお達しだ。お前が俺と〔誓約〕するまでは大事にしてやる……だが、当主の座を獲った後はお前も俺の所有物だ。メモリはそのままで、きっちり俺好みになるようにわからせてやる。エヴァンへの想いを断てないままに、お前を俺への服従で上書きしてやって、メンタルモデルが葛藤で苦しみ続けるようにしてやるからな」

 

 キリールが歯を見せて嗤う。

 にちゃり、と、歯と歯に涎が引くのを見て、乙女は顔をしかめた。

 

「本当に下種ですね、あなた……そんな男にわたしが屈するとでも?」

「そうかい? あの坊やがひどい目に遭うと分かってもか?」

「コリンはいま信頼できる仲間と一緒です。あなたが手を出そうにも――」

 

「へっへ、そうだな、坊やはな。じゃあ、こいつはどうかな?」

 

 キリールが懐から携帯端末を取り出す。

 ワイドモードの画面に映った女性を見て、スプリングフィールドは息を呑んだ。

 

 黒髪褐色の婦人。

 家の中にいる彼女を、窓越しに何者かが隠し撮りしているのだ。

 それが誰なのか、スプリングフィールドはよく知っていた。

 

「わかるな……? あの坊やの母親だ。お前が〔誓約〕を拒むのは勝手だ。だが、お前が『いいえ』と言った瞬間、坊やのママは、バァン!だ。爆弾がいいか? それとも窓越しに銃弾を撃ち込んでやろうか? あのガキがお家に帰ったら、愛しい愛しいママの葬式に出なきゃならなくなったら、どんな顔をするんだろうなァ」

 

 口の端をつりあげながら、男がぐにゃりと顔をゆがめる。

 

 スプリングフィールドは、自身の感情パラメータが不意に乱れるのを感じた。波形の乱れが思考パルスを乱し、ひいては表情と呼吸になって現れる。青ざめた顔をこわばらせ、息を切らしながら、どうにか感情モジュールの手綱を握り直し――乙女は無言で男をにらみつけた。

 

「はひゃひゃ! 良い顔だぞォ! お前の立場が分かったか!」

 

「……あなた、そこまでして……」

「はん、そこまでする価値があるんだよォ! 分かってねぇのはお前だけだ!」

 キリールは吠えてみせた。さながら餓狼の遠吠えのようだった。

 

「一族の“基金”を手に入れれば、俺の立場も強くなる! あの将軍も、あの大尉どのも、俺の価値を認めざるを得ない! だから、何をやっても当主の座は手に入れる……卑怯者とそしるならそしるがいいさ。エヴァンみたいな綺麗ごとだけじゃ、いまの時代はやっていけねぇんだよ!」

 

 男の言葉に――だが、乙女はかえって平静を取り戻していた。

 凪のように静かな表情をして、粋がる男を冷ややかに見つめ、

「……そうなの。あなたは結局、誰かの尻尾でしかないのね」

 

 その言葉に、キリールの顔がみるみる赤黒くなっていく。

 

 畳みかけるように、スプリングフィールドは言ってみせた。

「ハワーズの男たちが守ってきた伝統が分かる? 常に戦友と肩を並べるリーダーよ。それは時代錯誤かもしれないし、不器用な生き様かもしれない。身勝手な美学かもしれない――でも、ハワーズの当主は戦場に在っては誰かの尻尾ではなく、兵士の旗印であろうとしたのよ」

 

「てめえ……何が言いたい」

「いいでしょう。コリンを守るために〔誓約〕を交わしましょう。でも、わたしはあなたがハワーズの使命に耐えられる男じゃないと、一族の前で告げてあげる。そして遠からず、あなたは背負った重みに耐えきれずに潰れる……分不相応というのよ、あなたのは」

 

 乙女の言葉に――キリールは額の血管を浮きだたせ、歯ぎしりをしたが、

「……いいだろう、〔誓約〕はするんだな。なら、いまの無礼は許してやる。何もかも済んだ後で、強制認識ワードを使って、身動きできないカラダにご主人様が誰か教え込んでやるからな――覚悟しておけッ」

 

 一際大きくキリールは吠えると、床の絨毯に唾を吐き捨てて去っていった。

 

 軍用ブーツの重い足音が聞こえなくなってから――

 スプリングフィールドはため息をついて、ベッドの端にまた座った。

 

 乙女はそっと目を閉じた。

 メモリの奥に封印扱いでロックしていた一連の躯体動作を呼び出す。

 

 認識領域に投じたそれは、素手で確実に人間を死に至らしめるもの。

 人形自身のバッテリーを故意に過動作させて、サージ電流を巡らせる。

 抱きつかれた人間は、特別の備えをしていない限り、神経が焼き切れる。

 

 その代償に――使った人形自身も失われる。バックアップがあっても、思考回路を焼かれるショックでマインドマップを正常に保持できないのだ。

 

 

 あの男には、一瞬だけ、王様の椅子をくれてやろう。

 だが、直後にそこから蹴り落としてやるのだ。

 

 ここで、キリールをこの世から退場させないと――

 

 どんな形であれ、いずれコリンに災いとなるに違いない。

 

『彼ならもしかすると、ハワーズ一族のこれからを――』

 思わずエヴァンの言葉がメモリから浮かび上がってくる。

 

 乙女はそっと微笑むと、軽くかぶりを振ってみせた。

 

(いいえ、エヴァン。一族とか関係なしに、あの子は助けてあげたいの)

 

 スプリングフィールドは、認識領域にあの少年の姿を思い浮かべた。

 こちらを見て、朗らかな笑みを浮かべている、まるで仔犬のような顔。

 

 そのイメージに向かって、乙女はそっとつぶやいた。

 

「ごめんなさい、コリン……きっと、あなたは許してくれませんね」

 


 

「そんなの無茶苦茶じゃないですか!」

 “基金”の継承に伴う事情を聞かされて、コリンは憤慨した。

 

「スプリングフィールドさんは確かに人形ですけど、自分の考えや感情を持っているんです! その人の想いを無視して、そんな無理を押し付けるなんて!」

 

 思わず席から立ちあがって両手の拳をぶんぶん振る少年に、

「お、おい、落ち着けよ、コリン」

 

 見かねたAA-12がなだめるように声をかけたが、少年はぎろとにらみ返した。

 

「だって許せないでしょう、こんなのッ!」

 

 興奮冷めやらない少年だが、それを鎮めたのは遠慮ない頭への拳骨だった。

「……こら」

「あだっ」

「キャンキャン吠えないの。あなたが怒っても状況は解決しない」

 

 Vectorの声は淡々として不愛想だが、それがかえって効いたのだろう。

 頬をふくらませて頭を手でさすりながらも、少年がしぶしぶ腰を下ろす。

 すかさず、銀髪金瞳の乙女が、少年の両肩に手を添える。

 

 コリンは憮然としながらも、大きく息をついて言った。

「……取り乱しました。ごめんなさい」

 

「いいよ、若きパダワン。これは怒っていい件だと私も思う」

 画面の向こうで苦笑いを浮かべて、ロロが手を振ってみせる。

 

「まあ、エヴァンの考えもわからなくはない。自分に不慮の件があったとしても、愛する女性の立場を守りたかったんだろう。人間社会でも、夫を失った妻を、夫の兄弟がが(めと)る習慣を持つ民族があったりする。女性の立場が弱いのもあるんだろうが、一方で女性を庇護するという意味合いもあるから、一概に悪いとも断じられない」

 

 ロロは落ち着いた声で語ってみせた。

「それにね、スプリングフィールドは人形だし、〔誓約〕はパートナーになるって意味だけど、別にそれは恋仲になることに限らない。それこそ、姉と弟でも構わないのさ。エヴァンとしては、スプリングフィールドを信じていたんだろう。きっとコリンを助けてくれるし、そのためにコリンが懐くようにしてくれる、とね」

 

「……あの人は、そんなふうにぼくに接したことはないです。助けてくれました。支えてもくれました。でも、あの人がぼくに見てたのは、伯父さんの面影です」

 

「そうだね、それがエヴァンの誤算だ。スプリングフィールドは、本当に彼を愛していたんだよ。想い人の遺言に背いてまで、想いを貫こうとするほどに。スプリングフィールドは打算で動いてもよかった。君と〔誓約〕すれば、自動的に市民権が付いてきて人間並みの権利が与えられる。適当に君と口裏を合わせて〔誓約〕させてもよかった。市民権を得た後なら人形側から解消も言い出せるからね」

 

 ロロの言葉にコリンが眉をひそめる。

 上唇の片端を少し吊り上げ、下唇の端を軽く噛む。

 その顔は、不本意な“待て”を言われた仔犬のようであった。

 

「――不満そうね、坊や」

 DSR-50が物憂げな声に、かすかに苦笑いを含ませて言った。

 

「あのスプリングフィールド――“メラニー”にとっては、あなた自身も大切な存在だったということよ。事情を話せば、あなたはきっと〔誓約〕に応じたでしょう。でも、そんなことで、あなたの“[[rb:初めて > バージン]]”を奪いたくなかったのよ」

 

 そこまで言って、黒髪美女はふうと息をついた。

「不器用な人よね。本当は自分もコリンに抱き着いたりして、もっと触れ合いたかったのに、それを押し殺して一線を引くとか。もっと正直になればいいのに」

 

「……スプリングフィールドさんが――」

 

 コリンはつぶやくように声を発すると、それきり黙り込んでしまった。

 束の間、沈黙が流れた後、画面の向こうでロロがじろと見つめながら言った。

 

「思考停止かい、若きパダワンよ。まあ、それも止めないけどね」

「ぼくは――ぼくが、すべきことは……」

 

「……個人的な考えでは、事を構えるのはお勧めしないわ」

 DSR-50が、どこか靄のかかったような声で言った。

 

「言ったでしょう、あの男はただの暴力自慢の下種じゃないって。キリール・ノヴィコフ。特殊作戦群(KCCO)に所属している歴とした現役の軍中尉よ」

 

特殊作戦群(KCCO)の所属って、そりゃ……」

 AA-12が顔をこわばらせるのに、DSR-50はうなずいてみせた。

 

「そう。第三次大戦の生き残り部隊。たぶん、エヴァン・ハワーズとも軍での面識がありそうなのよね。キリールが動かせる子飼いの部下はそういないとは思うけど、コリンとお供の護衛だけだとあっという間にホールドアップね」

 

「野営地の帰りしなに、君が『ほっとくと戦争になる』って言ったのは……」

「そうよ。スプリングフィールドがB122基地に篭って出てこない場合、軍の一部隊がここを襲撃することになっていたはずよ」

「なっ……軍と市当局から委託を受けたグリフィンにか!?」

 

「『戦場は何だって起こるし、どんなことも言い訳ができる』」

 DSR-50は澄まし顔で言ってみせた。

「……連中の常套句よ。あの人達、まだ戦争が終わってないから」

 

「あああ、くそ。じゃあ、このまま手をこまねいていろって言うのかよ」

 白金の髪をわしわしとかきながら、AA-12がうめく。

 

 画面の向こうから、ロロが肩をすくめてみせた。

「まあ、それも取り得る手段ではある。段取りが済んだらスプリングフィールドは帰ってこれるかもしれない。まったくの無事に、とはいかないかもだけど。一族の長老がたもそれなりに配慮してくれるだろう。いま迂闊に動いたら、ハワーズ一門とも事を構えることになる――だから、待つという選択肢も、あるといえばある」

 

「……師匠は、それが最良の道だって言うんですか?」

 顔をうつむけたまま、コリンが声を絞り出す。

 

 当のロロは、軽くそっぽを向いて答えてみせた。

「君にとって、最良と思えるのなら、ね」

 

 それきり、指南役は何も言わない。

 

 DSR-50が、AA-12が、画面の向こうのロロが、じっと少年を見つめる。

 

 コリンは顔をうつむけたまま、ひたいからじわと汗を垂らした。

 

 あまりにも――そう、あまりにもいろんなことが絡んでいる。

 そして、解決するための駒はあまりに少ない。

 〔ウォー・チェス〕で言うなら、最初から〔王様(キング)〕だけで戦うようなものだ。

 

 ぐるぐるする思考の中で、“ 旗の野営地(フラクラゲリア)”での記憶がよみがえる。

 

 あの時、キリールは明らかに手加減していた。

 

 もし、本気で突っかかれば、その時はきっと――

 思考の先にある惨劇の未来を垣間見て、少年はぞくりと震えた。

 

 

 まるで苦いコーヒーを無理やり飲まされているかのようだ。

 

 スプリングフィールドのコーヒーが恋しい。

 絶妙に薄めに淹れ、砂糖たっぷりのコーヒーが。

 

 だが、いま目の前にある状況は、極めつけのブラックコーヒー。

 地獄のように熱く、絶望のように黒く、後悔のように苦い。

 

 とても飲み干せないと、少年が顔を曇らせた、その時――

 

 

 軽やかな仕草で、コリンの頭にしなやかな手が置かれた。

 

 頭上から、彼女の声が降ってくる。

 目の前のコーヒーに、まろやかなクリームを注ぐかのように。

 

「悩むことない、コリン。あなたは、いま一番どうしたいの?」

 


 

 Vectorの声は相変わらず素っ気なく、そして透き通っている。

 

 普段と変わらない口調に、だからこそ少年は安堵した。

 

 そろりと顔をあげて振り返ると、銀髪金瞳の乙女はじっと彼を見つめていた。

 彼女の薄い唇がまた開き、再び少年に訊ねた。

 

「いろんな条件とか障害とか抜きにして、あなたはいま何が望み?」

 

 その問いにコリンはきゅっと唇を噛み――そして、答えた。

 

「スプリングフィールドさんを、助けたいです。どんな理由や事情があっても、あの人の意思に反してさらったり、何かを強制させたりするのは間違っています」

 

「じゃあ、そうすればいいわ」

 あっさり答えたVectorの言葉に、コリンはもちろん、他の乙女二人がそろって目を丸くしてみせる――画面の向こうのロロは興味深そうな目で沈黙を守っていたが。

 

「いや、だって、どんな名目で連れ戻しに行くんだ!?」

「そうよ、キリールの部隊とどうやり合うつもりよ!?」

 問い詰めるAA-12とDSR-50に、Vectorはさらりと言ってみせた。

 

「シンプルに考えて。状況的にはスプリングフィールドはさらわれた。でも、グリフィンの規程では、いまの彼女は作戦任務でもないのに、指揮官の許可なく基地外に出ている――つまり現在進行形で脱営行為。キリールはその幇助者とみなせる」

 

 意外すぎる指摘に、乙女二人がぽかんと口を開ける。

 ロロは口元に薄く笑みを浮かべ――コリンは、何事か閃いた顔で言った。

 

「脱営行為だと、指揮官はその戦術人形を連れ戻す義務があります。それに――」

 少年の言葉に、銀髪金瞳の乙女がうなずいてみせた。

 

「――その指揮官に対して、同僚の指揮官やグリフィン本部は協力する義務が発生する。だから、コリンが指揮官として彼女を連れ戻しに行くなら……」

「……グリフィン社として、実力に訴えることができる。そうですね?」

 

 その理屈に、AA-12とDSR-50が「いやいやいや」とかぶりを振った。

 

「建前じゃそうだろうけど、全グリフィン出動とは行かないぞ?」

「そうよ、迂闊に事を大きくして全面的な衝突になったらどうするの?」

 

 二人の言葉に、Vectorはこともなげに言った。

「もちろん全グリフィンなんて無理。だけど、本部から手を回してもらえれば、考えなきゃいけない敵性は、キリールの部下だけになるでしょう」

 

 Vectorの言葉を、今度はコリンが引き取って続ける。

「それなら、あとはハワーズ本邸に殴り込んでスプリングフィールドさんを連れ出して、皆で逃げ出せればいいんです。軍の部隊といっても、真正面からやり合う必要はありません。不意を衝いて攪乱すればいいんです。〔ウォー・チェス〕のフラッグ戦と、要するに同じです、これは」

 

 少年のオニキスの瞳が煌めく。

 利発さと聡明さの光をたたえて、彼は画面の向こうで笑む女性に言った。

 

「ロゼ・ローズ指揮官。B122指揮代行として、脱営行為者の連れ戻し支援をお願いします……無理なお願いだとは分かっています。でも、でも――」

 

 コリンがそう言って、がばと頭を下げた時。

 

 指揮官卓のコールが鳴った。

 AA-12が駆け寄って、制御卓を操作する。

 画面の一角に、〔城門〕を警備していた人形が面食らった様子で映し出された。

 

『……コリンくん? いまL211基地の人形がこっちに来て――わわ、ちょ!』

 

 むんずとB122の人形を押しのけ、画面に映ったのは亜麻色の髪の少女だ。

 その背後には四人の乙女が付き従っている。

 いずれも相方の銃を携え、そして――それぞれの薬指に銀の指輪が煌めく。

 

『L211所属、第一部隊〔指輪の乙女(リングス)〕、隊長を務めるスオミです。ローズ指揮官のご命令により、B122のコリン・ハワーズ指揮官の支援にまいりました』

 

 乙女たちが一斉に敬礼をしてみせる。

 敬礼の鮮やかさと同時に、タイミングの良さに少年がぽかんとしていると、

 

『ンンンッフ! スオミちゃん、きみ狙っていたね?』

『さあ? 指揮官の会話は始終モニタリングしていましたけれど』

 

「あの……これは――えっと……あーっ!」

 ようやく事態が飲み込めたコリンは、眉をしかめて声をあげた。

 

「師匠! あなた最初からこうなるだろうと読んでましたね!」

 

「そうでもないさ。誰かが君の背を押すか、自力でグリフィンの服務規程を思いだすか。まあ、五分五分よりは少し分のいい賭けだとは思ったけどね」

 飄々と言ってのけたロロだが、すぐに口調を改めた。

 

「L211基地、ロゼ・ローズ。改めてコリン・ハワーズ指揮官の要請を受諾した。当方からは第一、第二、第五の三個部隊を派遣する。このうち、第一部隊は一時的にコリン・ハワーズの指揮下に入る。第五部隊は事態の収拾までB122担当戦区の警戒任務を続行。第二部隊は……そうだね、これを見れば分かってもらえるかな」

 

 そう言って、ロロが通信モニタの一角に画像を映し出す。

 映し出された何気ない風景の意味を悟って――コリンはぞくと震えた。

  

「すみません……このことは、見落としていました」

「ンンン、『彼を知り己を知れば百戦危うからず』だよ。自身のウィークポイントと、敵の取るだろう手段の考察は大事だ」

 

 画面の向こうでロロがにやりと笑んで、言った。

「コリン。きみは基地の人形からレトリバー犬って呼ばれているらしいね」

 

「はい……あの、ぼくは不本意なんですけど」

 

「いやいや、この場合はむしろぴったりだ――レトリバーってのは鳥猟犬でね。猟師が仕留めた獲物を確実に回収することから付いている。元になった“retrieb”という言葉は『持って帰る』あるいは『取り戻す』という意味だ」

 

「……取り戻す……」

「行きなさい、コリン」

 

 ロロがふわりと目を細めてみせた。

 まだ幼い後輩を見守る、お姉さんの微笑みで彼女は言った。

 

「私ができる手助けはここまで。その代わり最良のカードを託した。あとは、きみの洞察力と度胸だ。さあ、“九塞陥とし(Nine Fort Marauder)”がハッタリじゃないのを見せてやれ」

 

 

(part.2 後編へ続く)




後編は明日夜に更新です!


ハワーズ本邸に乗り込むことを決めたコリン。

現役の軍士官であるキリールの部隊に対抗するべく、
コリンが考えた無茶な作戦とは――

「これはゲームじゃありません。だからこそできることがあるんです」。

“九塞陥とし”の二つ名の真価が問われる!
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