仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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ハワーズ本邸に乗り込むことを決めたコリン。
現役の軍士官であるキリールの部隊に対抗するべく、
コリンが考えた無茶な作戦とは――

「ゲームじゃないからこそ、立てられる作戦もあります」

“九塞陥とし”の二つ名、その真価が問われる!


【作者より】
カチコミとは入口から入って出口から出ていくものなのです。


ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.2 -後編-

 深い睡眠からコリンが目を覚ますと、がたごと揺れる車中だった。

 

 寝ぼけ頭で「どこだっけ」と思いつつも、目と耳に入ってくる情報が少年を急速に目覚めさせた。横になっていたベンチの隣でVectorが装備の点検をしている音。車内の後方スペースでDSR-50が対物ライフルの大口径弾を選り分けている音。そして、装甲車の運転席でハンドルを握っているのはAA-12だ。きっちり密閉された車内は、ぼんやりと青い光に照らされている――さまざな情報がホロ表示されているのだ。

 

「……起きた? たっぷり十時間は寝ていたわよ」

 

 Vectorの言葉に、コリンは目をしばたたかせて訊いた。

「いま、どのあたりです?」

 

「心配するな、さっき居住区の“裏口”を通ったところだぞ」

 運転席のAA-12が答える。

 

「さすがだなあ。ヘリアンさんが教えてくれたルートならノーチェックでスイスイだ。街の近辺の軍にも動きはない。本部から手を回してもらってるおかげだな……けどまあ、ちょいと上級代行官から注文があってさ

「……なんですか?」

 

「舞台は整えるけど、演者の追加はできない――だそうよ、坊や」

 コリンの問いに応えたのはDSR-50である。

「L211の助っ人が五名と、B122のわたし達三名。きついわあ」

 

「そのL211の部隊――スオミさん達はいまどこに?」

「先行して現場付近に潜伏してる。いま出ている情報、彼女達からの」

 

 Vectorの言葉に、コリンはうなずいた。

 浮いているホロ画面のひとつに触れ、そのまま指を引き寄せる。ホロ画面が追従して動き、少年の眼前にリアルタイムの“敵情”があからさまになっていた。

 

「……状況としては、あの大会の要塞フラッグ戦に近いかな……ただ、砲台じゃなくて歩行戦車に変わってるし、数も四つから六つに増えてる……」

 

「なんだ、コリン坊やはゲームで経験済みか」

 AA-12が苦笑気味に言った。

 

「でもゲームと同じにはいかないぞ」

「当たり前です、これは実戦だ、でしょう?」

 

 少年がきっぱり答えてみせたので、運転席の眼の隈美人はぐっとうめいた。

 ホロ画面の光に照らされて、コリンのオニキスの瞳が煌めく。

 

「ゲームじゃないからこそ、立てられる作戦もあります。ルールやレギュレーションなんてないし、物理法則さえ守れば、なんでもありです!」

 

 力強く断言した少年に、乙女達は目を丸くし――次いで、くすくす笑い出した。

 

「え? な、なにか変ですか?」

「いや、変じゃない。君のやる気満々、すっごく元気でるぞ」

「あなたって、最近はマスコットになっていたから、この手の才能を忘れてたわ」

「うふふっ、そうよねえ。作戦中の通信だと緊張が抜けなくてガチガチだもの」

 

「な――いいじゃないですか! こういう攻め込むタイプが得意なんです!」

 

「それで? 得意なら、あなたはこれをどう攻略するの?」

 Vectorがさらりと促したので、コリンはうなずいてみせた。

 

「このパターンを〔ウォー・チェス〕で見た時は、射程外に〔火砲(アーティレリ)〕を展開させて砲台を同時に潰してから〔:歩兵(ポーン)〕を突入させるやり方でした……ただ、いまのぼく達に重火器なんてないですから、同じようにはいきません」

 

「じゃあ、どうするの」

 

「……L211のスオミ隊長に通信は送れますか」

「圧縮暗号なら。そんなに多くはやりとりできないぞ」

「充分です」

 

 コリンの答えに、運転席のAA-12が側部の制御卓を操作する。

 少年の眼前のホロ画像に、仮想キーボードが展開される。

 彼が手早く短い文章を打ち込み、送信するや――すぐに返事がかえってきた。

 

 その回答を見て、コリンがひとりごちる。

「……陽動に三名、突入は二名……それなら、なんとかいける」

 

 少年がくるりと首を向けた。

 視線の先には、DSR-50がしどけなく脚を投げ出して座っている。

 

 コリンの目線に気がつき、黒髪美女は艶然と微笑んでみせたものの――当の少年が、その瞳になんとも真摯な光を宿しているのを見て、思わず咳払いした。

 

「けほん……あら、坊や、何かわたしにお願い――」

「はい、お願いがあるんです」

「聞いてあげてもいいけど、何かお礼――」

「もちろんします」

 

「……妙にぐいぐい来るわね、今日のあなた」

 

 言ってるそばから、コリンがずずいとDSR-50に近寄る。

 思わず後ずさろうとする彼女の手を、コリンがしっかり掴んだ。

「あなたの狙撃の腕を見込んでお願いしたいんですッ」

 

「……あの、とりあえず手を離して。お姉さん達二人の目がさっきから怖いわ。ついでにいうと、坊やがズンズン来るから、わたしもちょっと困っちゃう」

 

 コリンは、しかし、手を離そうとはしなかった。

「DSR-50さんの――いえ、“黒薔薇”ドロシーの腕を見込んでのお願いです」

 

「……んもぅ、わかったわよ。とりあえずどんなプランなのか言ってごらんなさい」

 

 訊ねる黒髪美女に、コリンが“プラン”を説明してみせる。

 それを聞いたDSR-50はみるみるうちに渋い顔になった。

 

「ちょっと……本気で言ってるの、あなた?」

 

「最初にうちの作戦であなたが出撃した時のデータを見て、不思議に思ったので調べてみたんです。67戦区で〔鉄血〕のエリートを二体同時撃破した時をはじめ、あと何例かでこの形の狙撃を成功させていますよね」

 

「……何例か、で留まっているのは、あまりやりたくないからよ」

 苦虫を噛んだかのような顔でDSR-50は手を振ってみせた。

 

「まあ、やってくださいとお願いするなら――」

「やってくださいお願いします!」

「――坊や、これと決めたら突っ走る系だったのね」

 

 黒髪美女は、深くため息をつくと、言った。

「じゃあ、あなたの覚悟のほどを見せてごらんなさい」

 

「……どうすればいいんですか?」

「わたしとキスして。それぐらいのご褒美は前払いでいいでしょう?」

 

 DSR-50の言葉にVectorがガタッと席を立とうとし――

 コリンが無言で彼女を手で制した。

 

「わかりました……それで、いいなら」

 

 少年が意を決した顔でごくりと唾をのみ、黒髪美女にそっと顔を近づける。

 彼が目をきゅっとつむり、そろそろと唇を寄せた。

 

 DSR-50は微笑み――

 そして、ついばむように少年の鼻にキスしてみせた。

 

「ふぁ……ふえっ!?」

「もぉ、そんな必死な顔で迫ってこないの。それで勘弁してあげるわ」

 

 DSR-50が黒髪をかき上げる。

 華やかな香りを漂わせて、彼女は凄みのある笑みを見せた。

 

 

「いいわよ、六連撃ち(セクスタプル・ショット)を決めてあげる」

 


 

 ハワーズ本邸の一隅。

 瀟洒な監禁部屋で、スプリングフィールドはドレスに着替えていた。

 

 群青色の布をゆったり使ったトラディショナルな衣装は、露出や色気こそ抑えてあったが、それゆえに彼女の顔と肢体にはよく似あっていた。

 それもそのはず。元はエヴァンが彼女のためにと選んだものなのだ。

  

 彼が健在であれば、乙女はハワーズ当主のパートナーとして、このドレスを着て一族の前に進み出ていただろう。彼女が人形だとしても、人間達は礼節をもって遇し、彼女の言葉に一喜一憂していただろう。

 

 だが、いまのスプリングフィールドは、そんな立場にはない。

 いまの彼女は、いわばトロフィーだった。

 力づくの跡目争いを制した者に与えられる報奨品。

 

 姿見に映った自分の姿を目にして――乙女は深くため息をついた。

 

「……ご準備はお済みでしょうか」

 戸口から声がかかる。メイドを務める人形が一礼して控えていた。

 

「ええ。でも、もう少しだけ待ってほしいの」

「なりません。一族のお歴々がすでにお待ちになられています」

 にべもないメイドの言葉に、乙女は唇を噛んだ。

 

「わかりました……」

 スプリングフィールドが言いかけて、足を踏み出した矢先――

 

 首筋に、ちくりと痛みを感じた。

 いや、痛みではない。指向性の強いスポット照射のレーザー通信。

 

 グリフィン独自の圧縮暗号。カテゴリは最緊急のブラックダウン。

 それには、短くこう記されていた。

 

 ――王子様が迎えに来る(Prince is coming)

 

 感情パラメータが思わず跳ねそうになるのを、乙女は必死にこらえた。

 

 内心の動揺を悟られてはいけない。迎えの“馬車”に乗り込むまでは。

 そして、彼女は同時に相矛盾する二つのことを思った。

 

(コリン――お願いだから無茶はしないで)

 お姉さん役を自らに任じていた者の声。

 

 そして、それとは別に、ただ一人の乙女の声がこうも言っていた。

 

(コリン・ハワーズ……どうか、わたしを助けて)

 


 

「――では、第一部隊、準備いいですね?」

「準備はいいけど。あの坊や、なかなか人形遣いが荒いじゃない」

「……そうですね、陽動と潜入を使うかと思ったんですけど」

 

「わたし達の分隊は北側の大物へ嫌がらせ。その後に敷地の外から支援ですね」

「これさあ、普通は数が多い方がやる包囲戦の戦い方だと思うよぉ」

「ご主人様なら、この場合――どうされるのでしょうね」

 

「はいはい、そこまで。いまのわたし達はあの坊やの指揮下よ」

「タイトですけれど、無理な作戦じゃありません。やりましょう」

「……スオミって本当に真面目さんよねえ」

「いいじゃないですか。ほら、いつものいきますよ!」

 

「われら、〔指輪の乙女(リングス)〕! 義によって助太刀する者! ゆえに――」

「その名に恥じることなし! その誓いにもとることなし!」

 


 

 スコープの視界に、仰々しい鋼の猛獣の姿が見える。

 

 オリーブドラブの深い緑に塗装されている以外は、正規軍のヒュドラも、〔鉄血〕のマンティコアと変わらない、同じ型の歩行戦車に見えるが――

 

(坊やの見立て通りね。対物ライフルじゃ、あれの装甲は抜けないわね)

 

 DSR-50は機体の表面を見ただけでそれと悟った。

 

 おそらくは装甲の材質が違う。それに武装も機関砲だけではない。

 機体に取り付けられた武装、投資先のカタログで見た榴弾散布装置だ。

 

(対歩兵掃討用の機甲兵器かぁ。まったく可愛げのないモノ作るわ)

 

 第三次大戦後、正規軍の任務はもっぱら“内側の国防(インナーライン)”に向けられている。

 

 国土内に広がる崩壊液汚染地域(レッドゾーン)

 そこから湧きだしてくるELID感染者のゾンビミュータント。

 元は人間ながら、生物を凌駕した文字通りの化け物。

 

 政府軍の重武装はそれらに対抗するために維持されている。

 本来であれば、民間軍事会社ふぜいが相手にできるものではないが――

 

(とはいえ、どんなものだって、つけいる隙はあるものよねえ)

 

 スコープが狙いをつける。

 

 ヒュドラ歩行戦車の最も脆弱で、かつ、最も繊細な部分。

 機体の前部に埋め込まれた、メインセンサ群。

 

 彼女の射撃体勢は、対物ライフルを使う際の常識である伏射ではない。

 あろうことか、座射の姿勢で長大なライフルを保持していた。

 

 右手でグリップとトリガーを捉え、伸ばした左手で銃身を支える。

 大きく息を吸って――止めた瞬間、彼女は引き金を引いた。

 

 一発。少し射線を変えてもう一発。さらに狙いをかえて最後の一発。

 

 立て続けに撃った50口径の反動が、そのたびに躯体をズンと衝く。

 

 撃ち放った後、スコープに頼らずに目を凝らしてみせる。

 撃った弾頭はただの弾ではない。弾頭に電磁パルスを仕込んだものだ。

 はたしてヒュドラは酔っぱらったような足取りで地団太を踏んでいる。

 

 戦果を確認して、安堵する間もなく――

 

 DSR-50は相棒のライフルを“つかみ上げ”、立ち上がって走り出した。

 

 

 およそ狙撃用の対物ライフルなど携行できるものではなく、人間が使う場合であれば分解して持ち運ぶのが普通だ。制御を解除した戦術人形ならできなくはないが、普通は考えもしないまったくの非常識だ。

 

 だが、この“アブノーマル”こそ、彼女が独自に磨いた技量だった。

 

 最初の狙撃位置は、とあるビルの屋上。

 次のポイントは、四軒北のビルだ。

 

 屋上の端に向けて、ライフルを抱えたまま全力で走り――

 

 そして、ビルとビルの間隙を大きく跳躍してクリアする。

 

 視界の端で残りのヒュドラが稼働し、機関砲を放っているのを捉えた。

 L211の助っ人はしっかり役割を果たしているようだ。

 ならば、自分も彼女達の頑張りに――いや、少年の期待に応えねばなるまい。

 

 躯体が軋む。さっきの射撃の反動によるダメージも小さくない。

 

「ああ、もう、まったく柄じゃないわよ、こんなの!」

 眉をひそめて駆け、またビルを飛び移りながら、黒髪美女はぼやいた。

 

「あの子! 大きくなったら、とんだ悪いオトコになるわ!」

 

 コリンは、きっと甘いマスクのハンサムになるだろう。そして、あの持ち前の愛敬と熱心さで無理難題を部下にお願いして、当の部下はコロリと転がされるに違いない。そのくせ、本人はいたって真面目だから、本命以外に浮気なんて決してしない。

 

 同じような男を――彼女はメモリの隅で憶えていた。

 

『君になら、できる。信じているよ、ドロシー』

 

 “彼”の声を思い出して、DSR-50は薄っすらと笑んだ。

 想いを断てない苦笑か、それとも未練が残る自嘲か。

 

 ――狙撃ポイントのビルに跳び移る。

 

 着地すると同時に躯体を沈みこませ、スライディングの姿勢で滑り込む。

 脚でブレーキをかけながら、上半身の動力を最大限に回してライフルを保持する。

 動きが止まった時には、すでに座射の姿勢で対物ライフルを構えていた。

 

(もう三発とか――! 人形でも肩が抜けないか心配だわね)

 

 内心でぼやきながらも、彼女はスコープで狙いをつけた。

 

 同時に、三つの圧縮通信が飛び込んでくる。ヒュドラの相手をしているL211の助っ人たちが歩行戦車の位置情報を送ってきているのだ。

 

 無茶な動きで緩みが来たライフルの誤差を演算で勘定に入れつつ――

 彼女は立て続けに銃爪(トリガー)を三度引いた。

 

 遠くでブリキ缶が鳴るような音がして、ほどなくヒュドラが千鳥足になる。

 

 

『――“砲台”の攪乱を確認。これより突入します』

 コリンの静かな声が、通信回線に入ってくる。

 

『あなたは所定の位置まで下がって“準備”をお願いします」

「イエス、コマンド……こんな芸当、これっきりよ、坊や?」

『そうできるように頑張ります……手筈通り、よろしくです』

「はいはい、わかったわよぉ」

 

 DSR-50はぼやきながら通信を切った。

 立ち上がろうとして、一瞬、躯体がふらつく。

 

 あれだけの無茶をしては当たり前だが――まだ、役目がある。

 

 本宅から影になる位置で手早くライフルを携行しやすい単位でばらすと、痛みと軋みを主張する躯体に鞭打って、DSR-50はビルの階段を降り始めた。

 

 “逃げ足”の確保も彼女の役目。前衛はカチコミに全振りなのだ。

 

「……もう、本当に悪い子だわ!」

 悪態をつきながら、DSR-50の感情パラメータはひそかに跳ねていた。 

 

 極限まで使い込まれる感覚に、懐かしさと歓喜を思い出して。

 


 

 ハワーズ一族の面々が集まる大広間の一角。

 

 キリールは、似つかわしくないタキシードに筋肉を押し込めていた。

 そしていま、通信機にむかってがなり立てている。

 

「おい、いまの音はなんだ! どうなってやがる!」

 

『わかりません。急に襲撃を受けたと思ったら、たちまちヒュドラが――』

「歩行戦車がそんな簡単にやられるわけねェだろうが!」

『いえ、現にいま捕捉不能状態で――ああああ、マズいです、中尉』

 

「どうした!」

『表玄関の門を突き破って装甲車――げ、減速しない!?』

 

 通信機の向こうで焦った声がしたかと思うと、邸宅の正面玄関からすさまじい轟音が響き渡り、館全体が震えた。大広間のシャンデリアがわずかに揺れ、集まった面々がそろって不安そうな声をあげる。

 

 その様子を、スプリングフィールドは緊張の面持ちで見守っていた。

 

 使える戦力は少ないだろう。

 だが、コリンが引っ張ってくるなら、おそらく最上級の腕前だ。

 その天秤がどう傾くかは、まだ予断を許さない。

 

 ふと――視線に気づいて、乙女は顔を向けた。

 

 一族を見守る者、顔に蜘蛛の巣が張ったような老人がこちらを見ている。

 しわの奥に潜んだ目の色は窺えないながら――

 

 

 ゲオルギー翁は、うっすらと笑っているように見えた。

 


 

 コリン達の装甲車は、展開していた軍用人形をなぎ倒して館に迫った。

 

 玄関の直前で急ハンドルを切って、横向きに滑りこむ。

 そして、文化財的価値があるだろう正面玄関を遠慮なしにぶち破った。

 

 すぐに、外向きに面した車体右から、L211の助っ人――スオミとその相方が飛び出し、制圧射撃を始める。その二人に呼応するように、館の外からも警備の人形たちを銃弾が薙ぎ払っていく。

 

 そして、館の内側に面した左側面から、B122の三人が姿を現した。

 

 シールドを盾のように展開したAA-12。

 衝撃から守るために抱きかかえた少年を降ろし、短機関銃を構えるVector。

 そして、黒と臙脂のグリフィン指揮官の制服を着こんだコリン。

 

「どこか痛まないか? ここから自力で走ることになるぞ」

 AA-12がちらと振り返って訊いてくるのに、少年はうなずいてみせた。

 

「ちょっと打ちましたけど、だいじょうぶです。コートの下に強化外骨格もつけていますから、遅れずについていけます」

 

「ハハッ、いい返事だぞ。そうでなくっちゃな」

「AA-12、ディフェンスをお願い。わたしはモグラたたきをするわ」

「了解だ。Vectorこそ仕留め損じるなよ?」

 

 目の隈美人がにやりと笑い、銀髪金瞳の乙女が黙ってうなずく。

 

 コリンが声を張り上げて、号令をかけた。

「作戦開始! ゴーゴーゴー!」

 

 三人は疾風の勢いで館の廊下を駆けだした。

 


 

 大広間はさながら低気圧の真下であった。

 

 館の内外で響く銃声に、集まった客たちがどよめき、不安が雲のように立ち込めている。警備担当のはずのキリールがいっかな余裕をなくしていく一方なのも、人々の不安を駆り立てていた。

 

 なにより邸内の銃撃音は、近づく雷鳴のごとく、徐々に大きくなっていた。

 その雷鳴が一瞬、かき消えたかのように思われた時――

 

 軽い爆発音と共に、広間の扉が“吹き飛ばされた”。

 

 爆発物を使ったわけではない。重い衝撃でノックされたのだ。

 錠を破られ、開いた勢いに蝶番が耐えきれずに、扉が外れて床に倒れる。

 

 うっすらとした煙をまとって現れたのは三人の人影。

 

 二人の戦術人形が、がっちりと前を固めていた。

 かたや、シールドを展開し散弾銃を構えた、白金の髪の女騎士。

 かたや、硝煙のたなびく短機関銃をたずさえた、銀髪金瞳の戦乙女。

 

 彼女達に守られて、黒と臙脂のコートに身を包んだ少年が歩み出る。

 オニキスの瞳は力強い光を宿し――

 広間をぐるりと見渡し、そして、眼帯の男をにらみつけた。

 

 さながらタロットカードの〔戦車(チャリオット)〕の具現化だった。

 

「ぼくの部下を返してもらいに来ました。キリール・ノヴィコフ」

 

 少年にそう告げられ――眼帯の男は舌打ちすると、傍らに手を伸ばした。

 ドレス姿のスプリングフィールドを無理やり引っ張り、片腕でかき抱いて吠える。

 

「返してもらいに来た? ハッ、いまさら来ても遅いんだよ、小僧!」

 キリールの顔が、ぐにゃりと歪んだ。

 

「見ていろ、式にはまだ早いが、いまこの場で〔誓約〕してやる!」

 

 男は結い上げたスプリングフィールドの髪をつかみながら、怒鳴った。 

「さあ、俺と〔誓約〕しろ。俺に忠を尽くせ! “DEAR MY DOLL”!」

 キリールの口から認識ワードが発せられる。

 

 束の間、コリンに目を向けたドレスの乙女だが――

 

 すぐに虚ろな瞳をキリールに向けて、薄っすら微笑んだ。 

「はい……あなたに尽くします……マイロード……」

 

 見守っていた広間の人々から、軽いざわめきと安堵の声があがる。

 

「……ハ、ハハ! こんなもんか! つくづく人形ってのは憐れだなァ!」

 うっとりと自分を見つめる乙女の顔に満足して、キリールは哄笑した。

 

 哄笑していたからこそ――少年が鋭くつぶやいた声を聞きとれなかった。

 

「……いまです(Let's Rock)

 

 合図とともにAA-12が散弾銃を撃ち放つ。

 軽い爆発音と共に放たれたのは――指向性の煙幕だ。

 濃い灰色の靄が、キリールとスプリングフィールドを包み込む。

 

「なッ!? ゴホッ」

 

 男が面食らい、咳き込んだ、その隙に。

 何者かの拳が、キリールの両目の間の急所をしたたかに打った。

 

「おグッ」

 

 うめきながらよろける男のみぞおちに、今度は肘打ちを一発。

 完全に転倒したキリールを残して――煙幕を割って乙女が飛び出す。

 

 ドレスは煤け、栗色の髪を乱し、鶯色の瞳を潤ませて。

 スプリングフィールドは少年に駆け寄り、抱きついた。

 

「――コリン! コリン・ハワーズ!」

 

「迎えが遅れてすみません」

 少年は、はにかみながら、乙女に言った。 

「やっぱり、あなたが副官にいないと、ぼくはやっていけませんから」

「はい……はい!」

 

 二人が微笑ましい言葉を交わしていると、悪鬼のような声が響いた。

 

 

「やってくれるじゃねえか……だがな、小僧、詰めが甘いんだよ!」

 


 

 キリールが赤黒い顔をしかめながら、携帯端末をかざしてみせる。

 

「映っているのが誰か分かるな!? お前の母親だ! お前がその女をこっちに引き渡さないと、てめえのママがどうなっても……」

 

 勝ち誇って男が吠えた時――

 突然、その携帯端末から声が流れ出した。

 なんともノリと調子がよい、明るい乙女の声である。

 

「……もっしもーし。グリフィンの方から消防点検に来たよん。すっごいねー。あやうくボヤじゃ済まないところだわー。えーと、狙撃手さんと、爆弾三つ、あとは表の車に対戦車ミサイル。わーお、武器準備集合罪にテロ未遂罪かな? あッ、いま下手人どもが軍の警務隊にしょっぴかれていく。うひひ、なかなか間抜けな絵だから、動画をあとでアップしておいてやろっと――じゃあ、コリン君だっけ? あとよろしくねぇ」

 

 唐突に携帯端末から音声が途切れる。

 勝ち誇ってそれを掲げていたキリールが、あんぐりと口を開けた。

 

 緊張の顔をしていたコリンが肩をすくめてみせる。

 広間の人々のいずこからか、かすかな嘲笑が立ち昇った。

  

 キリールの顔が見る見る歪んでいく。

 ただでさえ品性のない凶相が、シュールレアリスムのようになる。

 

 コリンがすっと片手をあげた。

 それに応じて、付き従っていた乙女二人が男に銃を向ける。

 

「うぬがぁああああ!」

 キリールはうめきとも叫びともつかない声をあげ、自身の拳銃を抜いた。

 

 自分の手で小生意気な小僧を撃ち殺すつもりだった。

 

 だから――何度も“してやられている”にも関わらず。

 少年の“策”に気が付かなかった。

 


 

 

 館が大きく揺れ、振動と破壊音が次々に広間に迫ってくる。

 

 ようやく気付いたキリールが、その壁に目を向けた矢先――

 グリフィン御用達の装甲トレーラーが壁を抜いて姿を現した。

 

 驚愕にひきつった顔の眼帯男をおもむろに轢き飛ばす。

 キリールの身体が天井近くまで跳ね上がり――床にべしゃりと落ちた。

 

 それを見て、コリンはかぶっていたベレー帽を脱ぐと、ようやく息をついた。

 

「……こんな反則技(チート)、〔ウォー・チェス〕じゃできないもんなあ」

 少年はあきれた様子で言うと、広間の人々に頭を下げた。

 

「お騒がせしました。ぼくはコリン・ハワーズ。いまは事情があってグリフィンの指揮官をしています。脱営行為中の副官を回収しに来ました。ちょっといろいろ大変な状況ですけど――どうぞ、お帰りはお気をつけてください。あまりよく知らないけど、皆さんとぼくは一応、親戚みたいですから」

 

 トレーラーの荷台スペースの隙間から、銃を覗かせながらの挨拶である。

 非難しようにも、集まったお歴々にはどうしようもない。

 

 暴力は、まさにパワーであった。

 

 コリンはうなずくと、トレーラーに乗り込もうとした。

 スプリングフィールドの手を引いて、連れ立った戦乙女に守られながら舞台を去ろうとする彼に、しわがれた声がかけられた。

 

「コリンとやら……ひとつ訊いてよいかね」

 

 少年は振り返った。

 車椅子に乗ったしわだらけの老人が、広間の中央に進み出ている。

 

「なんでしょうか?」

 

「おぬしはおそらく“メラニー”の正しい〔誓約〕コードを知っていたのだろう――ならば、なぜ彼女を己のモノとしない。さすれば、おぬしは一族のすべてを手にいれられように」

 

 その問いに、コリンは眉をしかめた。

 散歩に出かける寸前の仔犬が不本意に“待て”をされたかのような顔。

 

「勘違いしないでください。ぼくは友達であるお姉さんを助けに来ただけです。ぼくの家族名はたしかにハワーズです。そして、伯父のエヴァン・ハワーズを尊敬していて……両親も愛しています。それだけです。僕はただ……」

 

 少年のオニキスの瞳が煌めき、その言葉を発した。

 

「……友達と仲間のために、命を張って、力を尽くしました。それだけです」

 

 コリンの言葉に、老人はかすかに目を見開いたかのように見えた。

 

 

 襲撃者一同が装甲トレーラーに乗りこんだ。

 

 出力自慢のエンジンが唸りを挙げ、クラクションを鳴らして前方の人を散らす。

 

 そのままトレーラーは広間を横切って、今度は窓をぶち抜いた。

 警備指令を果たそうとする軍用人形を、または跳ね飛ばし、または撃ち抜き――

 

 轟音と共に過ぎ去る嵐のように、コリン達は館を後にした。

 


 

 帰りのトレーラーの中。

 なぜか、コリンは椅子に座らされ、うなだれていた。

 

 彼の目の前にはドレス姿のスプリングフィールドが立っている。

 腰に手を当て、目を三角にして、少年を見下ろしながら、

 

「どうして! どうしてこんなアブナイ真似をしたんですかッ!」

 そう、先ほどからお説教タイムなのである。

 

「キリールは軍の人間です。危ないんですよ? それにハワーズ一族だって、いろいろ面倒なのに! だからあなたを巻き込むまいと――」

 

「あの……スプリングフィールドさん、そのあたりで……」

 見かねて亜麻色の髪の少女が声をかけると、栗毛の乙女はぴしゃりと言った。

 

「スオミさん! よその基地の副官は黙ってくださいな!」

「す、すみません!」

 

「……一歩間違えれば、みんな生きて帰れなかったんですよ」

 鶯色の瞳にじわと涙を浮かべる乙女に、少年は上目遣いで言った。

 

「すみません……でも、なんとかなりましたし」

 

「二度も三度も同じふうにはいかないんですよッ!」

「ご、ごめんなさい……でも、たぶん、ですよ?」

「なんですか?」

 

「エヴァン伯父さんでも、同じ博打に出たと思いますけど」

「……コリン」

「……はい」

「基地に帰ってから、ゆっくり話があります。覚悟しなさいッ」

 

 スプリングフィールドはそう言うと、荷台の中の簡易ベッドへさっさと引っ込み、少年に背を向けて横たわった。一部始終を見ていたDSR-50がぼそりと言う。

 

「……坊やはあれよね。調子乗った後に、たしなめられちゃうタイプよね」

「エヴァン・ハワーズも似たところはあるんだがなあ。けどなあ」

「コリンは突き抜けると、とことんみたいね。大きくなってから怖い」

 

 乙女達が好き勝手に言っているところへ、外部通信が入った。

 ホロ画面に映った女性を見て――コリンは慌てて立ち上がり、敬礼した。

  

「ヘリアンさん……あの、このたびはありがとうございました」

 

「構わん。脱営行為の収拾は、指揮官の重要事だ――二つ、知らせがある」

 

 鋼色の髪に片眼鏡をかけた硬質の美女は、淡々と述べた。

「お前の母親だが、周辺警備を正式にグリフィンから市当局へ引き継いだ。お前の父親が手配したボディガードも、別途ついている。この件で今後、心配はいらない」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「次に、二つめだが――ふむ、着いたようだな」

 ヘリアンの言葉に交じって、トレーラーの天井ごしに爆音が聞こえてくる。

 

「グリフィン本部からエスコートヘリを二機つけた。B122までの護衛にあたる。諸君らはゆっくり休むといい。ただし、一連の顛末書は基地帰投後48時間以内に出せ。では、コリン・ハワーズ、今後も職務に励むように」

 

 そこまで言って通信が切れる。

 コリンは敬礼していた手をだらんとさげて、うなだれた。

 

「あああ……反省文ですかあ……」

 

「だいじょうぶよ、あなたの副官は優秀だもの」

 Vectorが横になったままのスプリングフィールドをちらと見て言った。

 

「まあ、顛末書作りの前にお説教タイムかもしれないけど」

「そんなあ! Vectorさんも手伝ってくださいよお!」

「わたし、事務仕事は苦手なの。あきらめて」

「それはないですよぉ」

 

 少年の嘆きを、乙女達のささめき笑いで包みながら――

 

 

 トレーラーは、一路、“我が家(B122)”を目指して走っていく。

 


 

 キリールは、大きく息を吸い込んだ。

 あばらが鳴る音と共に、全身に激痛が走る。

 

 チカチカする視界に悩まされながら、彼はのっそりと身体を起こした。

「ここは……俺は、いったい……」

 

 ハワーズ本邸の広間には違いない。

 だが、その扉も壁も窓も無残に大穴が空き、シャンデリアの灯りは消えている。

 壁際の常夜灯だけが、ここを夜とも黄昏ともつかない空間にしていた。

 

「気が付いたか、この粗忽者が」

 しわがれた声に打たれて、キリールはハッと振り向いた。

 

 車椅子に座ったゲオルギー翁。その背後に、十人ほどの年配の紳士。

 男はそれがいずれも傍系筋の取りまとめ役だと気が付いた。

 そして、銃を持ったメイド達が自分を狙っている。

 

 思わず脂汗をたらすキリールに、老人は慨嘆してみせた。

 

「いま思い返しても、大胆かつ鮮やかな襲撃であったな。グリフィンは所詮、民間軍事会社。コリンもまだ子供ゆえ、お前の相手は難しかろうと思っておったが……ふむ、なんのことはない。小僧はおぬしの方だったということだ」

 

「ち、違う! 誰かが、きっと、誰かがあいつに入れ知恵を!」

 

「そうさな……なにかもが、あの少年の差配というわけではあるまい。だがな、ハワーズの当主は誰よりも人を助け、それゆえに助けられる存在だ。なればこそ、われらはこの国で慎ましくはあるが、隠然たる力を持ち続けられてきたのだよ……おぬしはそれすら失念しておったか」

 

 そこまで言って、老人は大きく息をついた。

「『私の使命はシンプルだ。戦友と仲間のため、この身を捧げ、持てる力の限りを尽くすのみ』――よもや、初代当主トマス・ハワーズの言葉を生きているうちに聞けるとは、思いもよらなんだわ、ホッホ」

 老人が愉快そうに笑い、それに従って紳士たちも笑んでみせる。

 

 それが意味するところを悟って――キリールは顔をゆがめた。

「ゲオルギー翁、あんた、まさか……!」

 

「控えよ、キリール。いまここにおるのはゲオルギー・バロワではない。ハワーズ家の元第三代当主、ジョージ・ハワーズである」

 

 老人の声は、にわかに精気を帯びたかのように力強く響いた。

「われわれは、八年待つことにしたのだ。あの少年……コリンが成人した暁に、あらためて一族を継ぐかを問うことにな。彼には学ぶ時間が必要だ。だが、その才華が開花した時こそ、あるいは一族の中興の祖となるかもしれん」

 

 慨嘆するような声で言った後、老ジョージは眼帯の男に言い放った。

「その意味では、おぬしは手ごろな試験問題であったな。ご苦労」

 

 その言葉を聞いて、キリールの顔が赤黒く濁った。

「てめえ! 最初から! 最初からその気で!」

 

 返ってきたのは冷ややかな言葉だった。

「連れて行け。拘束して軍のキャンプ前に放りだしてこい」

 

 主人の命に、メイド達が従順かつ冷徹に従う。キリールの首に、手足に、鎖付きの枷をはめていき、そのまま数人がかりで引きずっていく。男が暴れようとするたびに、電光が走り、苦痛をもって身の程をわからせようとするかのようだった。

 

「クソッ……許さねえ……おぼえてろ、コリンの小僧! 俺は、お前を――」

 

 

 遠く去っていく悪態を見送りながら、老ジョージはつぶやいた。

「おそらくは殺しておいた方が後のためであろうが――“将軍”の顔をつぶすわけにもいかぬであろうからな」

 

「ジョージ様。コリンはどこまでグリフィンに留め置くのですか?」

 

「潮目がはっきりしてからだな。なに、ハワーズの当主であれば、自ら探らずともしかるべき時を告げる者があろう……いまは、かの少年が健やかに育つことを願っていようではないか。それがおそらくは――」

 

 老人は目をつむり、静かに言った。

 

「――世界の輝きを新たにすることに、資するであろうからな」

 


 

 基地に帰投するや、休む間もなく顛末書を仕上げたコリンである。

 

 スプリングフィールドのお説教は同時並行で行われた。

 正直、辟易しながらも、少年は薄々気づいていた。

 

 彼女の文句の数々は、エヴァンが亡くなった後に、その心中に貯めに貯めていた様々な鬱憤や悲哀や慟哭であろうことを。彼女も声をあげて泣きたかったのだ。ただ、泣く準備ができる前に、コリンが来てしまった。

 

 愛する想い人の甥にすがるなど、とても許せなかったのだろう。

 

「……だとしたら、ちょっとは頼れる子になれたのかなあ」

 

 待ち合わせ場所の瀟洒なチェアに腰かけながら、少年はぼんやりと目の前の花々を眺めていた。天井からは柔らかな光が注ぎ、それに照らされて自然の緑が生い茂る。

 

 “聖域(サンクチュアリ)”。グリフィン基地で最高に贅沢な場所。人が入れるテラリウム。

 

 顛末書を提出した翌朝、ようやくの休日。

 スプリングフィールドが「大事な話がある」とここに呼び出されたのだ。

 

 なんだろう、とドキドキしながらコリンが待っていると、

「――あら。お待たせしてしまいましたか」

 

 テラリウムスペースの扉が開き、栗色の髪が目に入った。

 

 スプリングフィールドはいつもの姿だった。紺の軍装ジャケット、ゆったりした白のスカート。そして肩に提げた年代物のライフル。「お姉さん」のいつもの姿は、見ていて安心感を与えてくれるものだった。

 

 彼女は手にバスケットを提げていた。

 落ち着いた足取りでコリンの前に来ると、覗き込むように見つめてくる。

 

「お隣、いいですか?」

「はい、どうぞです」

 

 コリンがうなずくと、スプリングフィールドがチェアに腰かけた。

 少年にぴたりと身体を密着させてくる。  

 思わず頬を染めるコリンに、彼女は言った。

 

「あの……あらためて。助けに来てくれて、ありがとう。いろいろと問題はあるにしても、あなたの行為は指揮官としては立派なものでしたし、騎士道精神に照らしても称賛されるべきものでした。まあ、手段は荒っぽかったですけど」

 

「う……そこは反省していますってば」

「ああ、そんな顔をしないで。今日は……ね? あなたにあげたいものがあるの」

「なんですか? ――って、わわ、スプリングフィールドさん!?」

 

 乙女は嫣然と笑んでみせると、やおら紺の上着を脱いでみせた。白いブラウスがあらわになり、普段は目立たない胸の双丘がその豊かさを艶めかしく主張している。さらに、彼女はブラウスの胸元のボタンをひとつ、またひとつと、はずし始めた。

 

「わーっ、ちょっと! まだそういうことは! それにこんなところでだなんて、そんなそんな!」

 目をつむって両手をぶんぶん振ってみせる少年に――

 

 乙女のあきれ気味のため息が聞こえた。

「こら、何を考えているんですか……まったく、DSR-50が来てから、そっち方面に妙に意識がいっちゃいますね、コリンは」

 

「だってだってだって!」

「もっと別の、大事なものです……ほら、目を開けて」

 

 少年がおそるおそる目を開けると――

 乙女の胸元は軽くはだけ、豊かな谷間があらわになっていた。

 

 少年はまた目をつむりそうになり――だが、彼女の首から細い銀の鎖が二条、胸の谷間に消えているのを見てとった。スプリングフィールドがうなずくと、細い鎖を静かに引き揚げていく。

 

 そこから現れたのは、繊細に輝く銀の指輪だった。

 

「あの……それって、もしかして」

「はい。あの人との〔誓約〕の指輪……いまは誰の誓いも載っていませんけれど」

 

 乙女が首の後ろに手をやり、鎖を外す。

 指でそっとつまみあげた指輪を、スプリングフィールドは静かに差し出した。

 

「さあ、コリン。手を出して」

「あの、これは、その、どういう……」

 

 戸惑い気味の少年に、乙女はくすくすと笑んでみせた。

 

「別にわたしと〔誓約〕してほしいとかじゃありませんよ。わたしの思い出と一緒に、これをあなたに託します。だから……あなたはあなたで、自分にふさわしい相手を選んでほしいの。それが人形でも、人間でも、そういうのは関係なしに」

 

「……どうして、ぼくに? 大事な想い出の品じゃないんですか?」

「そうね。思い出だし、あるいは呪縛かもしれない。これに囚われている限り、わたしは前に進めないし、エヴァンの死を受け入れられないまま。でも、そのままじゃずっとあの人を弔うことができないと思ったの」

 

 スプリングフィールドは、そっと髪の毛をかきあげた。

 栗毛が幾筋かはらりと落ちて、彼女の鶯色の瞳に影を落とす。

 

「わたしね、変なことを考えていたの。ハワーズ本邸に囚われている時、どこからかエヴァンが助けに来るんじゃないかって。亡くなったのは嘘で、本当は生きているんじゃないって――でも、助けに来てくれたのはあなただった。目つきも度胸もそっくり。だけど、あなたはコリン・ハワーズ。エヴァンじゃない。あの時、実感しちゃったの。ああ、もうわたしの愛した人は本当にいないんだなって」

 

 乙女は微笑んだ。微笑みながら、頬に一筋、涙が流れた。

 

「だったら、ちゃんと弔ってあげないと。遺言の件がどうであっても、それがエヴァンのくれた愛に、きちんとお返しする方法だと思ったの……だから、想い出の指輪をあなたに託したい。わたしとエヴァンの愛が、きっと、あなたとパートナーをまもってくれるはずだから……ね、お願い、コリン」

 

 スプリングフィールドに懇願されて、コリンは指輪を受け取った。ほのかなぬくもりを感じたのは、乙女の体温だろうか、それとも違う何かだろうか。

 

 きゅっと指輪を握りしめながら、少年はか細い声で言った。

「受け取りますけど……ぼくはまだ子供で、そんな人なんて――」

 

 そんな少年を、乙女は覗き込むような目でじっと見つめた。

「あら、いまから考えちゃうなんて、おませさんですね」

 

「わ、わわ! そんなんじゃなくて!」

 

「ふふっ。マフィンを焼いてきました。コーヒーもあります」

 

 バスケットを示してみせると、乙女はチェアから立ち上がった。愉快そうに鶯色の眼を細めてみせ、乙女は上着を腕にかけて、言った。

 

「ゆっくり食べながら、考えてみるといいかもしれませんよ?」

 そう言い残すと、晴れやかな笑みを残して乙女は立ち去った。

 

 残された少年は、難しい顔をして――ポットのコーヒーを淹れた。

 ふわりと華やぐ香り。口にしたときの豊かな味わい。だが……

 

 いつもの味のはずが、この時はなぜか、なんとも落ち着かない気がした。

 

 少年はうなりながら、黙々と手作りマフィンを食べた。

 彼女の言葉の意味を、何とか理解しようとするかのように。

 


 

「……話は終わったの?」

「あらあら。見ていたんですか?」

「別に。通りがかりに目についただけ」

「そうですか……気づかれないようにしたのに、意外ですね」

「ただの偶然。気にしないで」

 

「ところで、あなたにはお礼を言わなくてはいけませんね」

「救出任務に参加したこと?」

「その手前です。悩んでいるコリンの背中を押したんでしょう?」

「押したわけじゃない。単に事実を指摘したまで」

 

「そうね、そのとおりだわ。でも、その事実、ひとつ穴があるのよ」

「……何が?」

 

「基地の副官に限っては、グリフィン本部に届けを出せば、脱営扱いにならないの。わたしは、連れ去られる車中でそれを出すことになったから。実はあなた達がどうしようと考えている頃には、本部は受理済みになっていたはずよ」

「……ふうん」

 

「基地に帰ってから、ちょっと照会履歴を見たの……あなた、わたしが本部へ届けを出してあるのを知った上で、あえてそれを伏せて、コリンをけしかけたでしょう?」

「……そうだったかしら? よくおぼえていない」

 

「あなたは……なぜそこまでしてあげたの?」

「さあ。わからない。ただ――」

「ただ?」

「――彼、足がすくんでいるように見えたから」

「応援したいと思いました? それとも助けたいと思ったのかしら?」

 

「ねえ。この話し、やめない?」

「あらあら、どうして?」

 

「記憶のメモ帳に、これ以上、あの子の名前が増えると……困るのよ」

「ふうん、どうして困るのかしら」

「デフラグが大変なの――いいでしょ、もう。それじゃ」

 

 

「……ふふっ。本当に足がすくんでいるのは、誰なのかしらね」

 

 

〔Ep.5 「コーヒーが苦いのはイヤだから」part.2 End〕

 

〔――Next.Ep「クールフェイスは恋しない」〕




二部構成の第5話、いかがだったでしょうか?

次回第6話は来週更新予定です。

タイトルは、「クールフェイスは恋しない」。

どうにもコリンから目が離せない様子のVectorさん。

彼女は本当はどう想っているのか? そしてコリンは一体?


お楽しみに!
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