仔犬指揮官はお姉さんが苦手です   作:Tico Ruzel

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ハワーズ本邸へのカチコミ事件から三週間。

B122基地はかつてを思わせる賑やかさを取り戻していた。
なにもかも好転したように見えて、
唯一、Vectorだけが不調なことを心配したティスは、
秘密裏に彼女を見守っていたのだが……?

シリーズも終盤に突入、再びVectorにスポットが当たる第6話前編!


【作者から】
当初の目論見から随分と変わったエピソードです。
Vectorにフォーカスというのは決まっていましたが、
いろいろな思惑が絡んだり、謎が明らかになっていたり。



ep.6 クールフェイスは恋しない -前編-

 暗闇の中で光がまたたく。

 

 光は脈打つように明滅しながら、ゆっくりと明るさを増していく。

 

 闇の中を光が巡るにつれ、“あたし”がゆっくりと浮かんでくる。

 デフラグのメモリの海から、本来、ゼロとイチでしかない自分が蘇る。

 

 どこのライブラリで見た言葉だったろうか。

 眠りとは、小さな死である――と。

 

 ならば、毎晩メモリのデフラグを繰り返し、そのたびにマインドマップを書き換えて、メンタルモデルを更新する人形は、死と蘇生を繰り返しているのだろうか。

 

 あたしにとって、昨夜の自分と今朝の自分をかろうじて繋ぐもの。

 それは、目覚めた後に遺された、記憶のメモ書きだけなのだ。

 

 

 感覚素子が、次々立ち上がっていく。

 認識領域が展開し、聴覚、触覚、嗅覚の各センサの情報が流れ込む。

 静かに目を開けると、代わり映えのしない宿舎の天井が見えた。

 

 だけど、すぐには起床しない。

 目覚めたなら、必ず行う日課があるのだ。

 

 仰向けに横たわったまま、目をしばたたかせる。

 認識領域に、デフラグした記憶データの結果を表示させた。

 

 数か月前とは様変わりしたそれを、今日も目にして――

 

 わたしは深々とため息をついた。

 

 明らかに増えた、記憶のメモ帳の記述。

 以前の五倍はゆうに超えるそれは、“彼”のことで埋められていた。

 

 コリンが、難しい顔をしていた。

 コリンが、からかわれて頬を染めていた。

 コリンが、射撃訓練を褒めていた。

 コリンが、あたしに笑いかけてくれた。

 

 コリンが。コリンが。コリンが。

 

 明らかにおかしい、とあたしは思った。

 メモ帳の分量増加に気づいて、デフラグの設定を変えたはず。

 なのに、かえって増えてしまっているのはどうしてなのだろうか。

 

 不可解さに軽く苛立ちながら、認識領域の記述を払いのけようとする。

 

 だが、心の手が彼の名前に触れた途端――

 名前に紐づいてメモリの奥から次々と映像や音声が浮かび上がってくる。

 

 あの時言われた、あの言葉。

「がんばったね――Vectorさん」

 

 これだけでは、ない。

 

 あの色情魔に悪戯されて、ぐずぐずに泣いていた姿。

 外の集落の様子を見て、はしゃいでいた姿。

 青いホログラムの光を浴びて、きりと考え込む姿。

 

 もちろん、基地での普段の姿も……いっぱい、いっぱい。

 

 感情パラメータが、乱れる。

 それに共鳴して、わたしを目覚めさせた光――思考パルスが揺さぶられる。

 

 この、ネガティブともポジティブとも言えない波形は何だろう?

 

 自己診断プログラムを走らせても、返ってくる答えは“異状なし”。

 じゃあ、なぜこんなにも落ち着かないのか。

 そして、なぜデフラグしてなお、彼の名前が残るのか。

  

 あたしはのっそりと身を起こすと、片手で顔を覆った。

 手の下で、くしゃりと顔をしかめる。

 

 怒りたいのか、泣きたいのか、それとも笑い出したいのか。

 

 

 それすらもわからないまま、深く呼吸をして顔を整える。

 こんな情けない顔を見せるわけにはいかない。

  

 そして、たぶん、これも記憶のメモ帳に残るのだろう。

 

 

 だってコリンが、心配するから――と。

 


 

 赤ベレーの彼女、OTs-12“ティス”は賑やかな食堂にいた。

 

 昼時であるのだが、それにしても前とは比べ物にならない盛況である。

 

 ひとつの戦区しか持たないB122は、後方支援任務でも比較的短距離短時間で済むことが多い。任務を終えて帰ってきて、基地の食事を摂ってから出発というのは、まあ分からなくもない。人形といえども、士気というのは重要なところだ。メインの“食事”はバッテリーからの電力とはいえ、ひとの模倣品たる人形にとって口から飲食をするという行為は、単なる真似事以上の何かがあるのは確かだった。

 

 とはいえ――

 

「なんだって帰還時間がお昼時に間に合うように皆合わせるのよ……」

 

 自分のボルシチから立ち上る湯気に隠れるように身をかがめて、ティスは食堂をじとりと見渡した。さっきから〔お使い組〕とおぼしき人形達がやって来て、「間に合った?」「まだ来ていないよ」「楽しみよね!」などの言葉を交わしている。

 

 そして、そそくさとメニューを取ってくる者がいれば、なぜか食事をすぐに注文せずに席だけ確保してそわそわしている者もいる。

 

 興味。好奇。期待感。

 そういうものを測定して視覚化できたら、えらい光景になるだろう。

 おそらくはピンク色のハートが飛び交うだろうことに違いない。

 

 ティスがそんな胡乱なことを考えていると――

 

 はたして、ハートの標的が姿を現した。

 褐色黒髪の愛らしい少年。そのお供につくのは栗毛のしとやかな乙女。

 

 このB122基地の指揮官代行、コリンの姿をみるや、

 

「きゃ~~」

「コリンちゃーん」

「仔犬くーん」

 

 戦術人形(かな)達の黄色い声が一斉にあがった。

 声と同時にそれぞれのグループの“エスコート役”が群がる。

  

「ほらほら、今日はわたし達とご一緒しましょ」

「あんた達はこないだ同席できたでしょ!」

「コリン坊や、こっちがいいよ、そこの喧嘩組はほっておこう」

「なんですって!?」

「なによぉ!」

 

 たちまち戦術人形同士の見苦しい争いが繰り広げられそうになる。

 

 

 当の少年は、苦笑いを浮かべていたが――

 

 ティスは、見逃さなかった。副官の乙女がこっそり彼に耳打ちしたのを。

 

 ほどなく、コリンがわやくちゃの集団を離れ、食堂の端の方のグループへ歩み寄る。遠くで見守っていた当の人形たちは、“今日の当たりくじ”が自分達だと知って目を丸くしている。

 

 少年が、屈託のない明るい笑みで声をかけた。 

「あの、こちらでご一緒していいですか?」

 

 問われた戦術人形たちは、あたふたしながら答えた。

「は、はいっ、よろこんで!」

「わ、わたし達でよろしければっ」

 

 そんな彼女達の言葉に、少年はにっこりとしてみせるのだ。

「ありがとう――じゃあ、一緒にメニューを注文しに行きましょうか」

 

 少年の言葉に、人形たちが「はい!」と応えて席を立つ。

 

 ティスはそんな様子をちらと視界の端で確認すると――

 少年指揮官には付き従わなかったスプリングフィールドをそっと窺った。

 

 栗毛の副官は、食堂を見渡せる位置で、まるでスキャンするかのように視線を巡らせていた。観察眼を視覚化できれば、彼女の眼から出た光線が、この場にいる戦術人形達の様子をくまなく撫でていくのが見えたに違いない。

 

 ここ二週間――自称秘密兵器らしく、こっそり観察していたティスは思った。

 

(うん、コリンくんのチョイス……間違いなく事前検討済みだわ)

 

 基地の戦術人形の間でにわかに高まったコリン・フィーバー。

 

 それを指揮官への信頼度や好感度アップに繋げようと、副官のスプリングフィールドが周到に案を練った結果の振る舞いなのだろう。おそらくは慰労を兼ねつつ、おかしな対立が起きないよう、緻密な計算があることは疑うまでもない。

 

(本当にいろいろ変わったわよね……三週間前から)

 

 コリンの振る舞いも以前よりは“男らしく”なった。

 副官のスプリングフィールドも、前よりは肩の力が抜けたように見える。

 

 これだけ見れば、いいことのように見える。

 

 だが、ティスが依然として気になる“彼女”については様子がおかしいのだ。

 

 食堂の一画、比較的空いている席で、一人で腰かける銀髪金瞳の乙女。

 くだんの乙女――Vectorが、人づきあいをわずらわしく思っているのは、いまに始まったことはない。それを皆分かっているから敢えて声もかけない。

 

 だが、戦術人形達に囲まれているコリンを、ちらちらと窺っているのはなぜか。

 それも普段の不愛想や無表情ではなく、かすかに苛立ちの色が見てとれる。

 

 

 ティスはため息をついた。

 

 Vectorの様子がおかしいのも、やはり三週間前からなのだ。

 


 

 B122基地では、誰が呼んだか「お屋敷カチコミ事件」と称されるそれ。

 コリン少年と有志による、ハワーズ本邸強襲作戦である。

 

 一応、秘密裏に行われ、帰還後も詳細は伏せられてはいたが――

 

 なにせわかっているだけでも、副官が行方不明、唐突にやってきたL211の精鋭部隊、基地でも虎の子の装甲車の持ち出し、指揮官とB122の最高戦力の出動、ときている。しかも帰還時には、めったに見られない本部の武装ヘリを護衛につけての「ただいま」だったのだ。

 

 この基地の戦術人形達が、かたっぱしからアングラ情報を掘り出し、演出火薬量三倍増しくらいの話を作り出しながらも、彼女達の推測を大筋でスプリングフィールドが認めてしまった。

 

 結果、コリンの株が爆上がりである。

 

 それまでも人気がなかったわけではない。ただ、あくまでも「エヴァン指揮官の甥っ子さんが頑張っている」という認識で、コリンへの評価は可愛らしいマスコット。敢えて言ってしまえば宿舎で飼っている犬猫と大差なかったのだ。

 

 ところがそこへ、「副官を奪回する」という武勇伝がにわかに降ってきたのだ。戦術人形達にとっては格好のエンタメコンテンツであると同時に、これまでコリンがこつこつと重ねてきた小さな気遣いが改めて評価される契機になった。

 

 たとえば、後方支援部隊への指示書にさりげなく添えられたコメント。

 戦術人形達は特に注意を払っていなかったのだが、ある者が自分の部隊宛てのそれが毎回異なっていることに気づき、ついでに他の部隊とも突き合わせた結果――紋切りにならないように、いつも異なる言葉を添えていることが判明したのだ。

 

 

 コリンは、決して前任のエヴァン・ハワーズではない。

 

 しかし、少年指揮官は彼なりに、戦術人形達を案じていたのだ。

 そのことを改めて認識した彼女達は、さらにコリンへの評価を上げた。

 

 評価がストップ高になった結果が、食堂での黄色い声の騒動だ。

 

 それまでコリンが食堂に来ても、半分おざなりな対応をしていた彼女達だが――ぜひとも彼を囲んで話がしたいという欲求が高まってしまった。最初にチャレンジした戦術人形は数名程度だが、誰かがやれば自分もやりたいのが人情というもの。次はこっち次はあっちと、あっという間に火がつくのに時間はかからなかった。

 

 おねショタどころではない。

 おねおねおねおねショタ状態である。

 

 コリンが成人男性の指揮官であれば、修羅場が発生してもおかしくない。

 

 

 だが、そこはやはり、少年がお子様だというのが幸いした。

 

 戦術人形達もからかったりおちょくったりはしても、恋愛対象として考える者はやはり少なかった。そっち方面の話しになると、コリンが赤面して困り顔になるのも関係していたかもしれない。

 とはいえ、「お姉さん達」に恥ずかしそうにしつつも、自分なりに頑張って会話しようとするコリンは素直に好感が持てるものだった。そして、場の雰囲気がやや行き過ぎに見えてくると、いつの間にか副官がやんわり「待った」をかけるのだ。

 

 なんだかんだあるものの――戦術人形達は一様に好感を持っていた。

 

 賑やかで活気のある食堂。往時よりスタッフの数は減ったものの――

 その“熱気”においては、エヴァン健在時のそれに引けを取らなくなっていた。

 


 

 ティスは、ボルシチをゆっくり食べながら、こっそり様子を窺っていた。

 

 食事を終えた戦術人形たちが、部隊ごとにはけて次の任務へ出発していく。

 少年指揮官を囲んで談笑していた者達も例外ではない。名残惜しそうに出発の挨拶をする戦術人形達に、コリンが手を差し出して一人ずつ握手をしている。エヴァンもたまにやっていた“景気づけ”だが、愛らしい少年の握手なら効果は抜群であった。食堂を出ていく彼女達が、握手してもらった手を見せ合いながら、賑やかしく出かけていく。

 

(さあ、ここから第二フェーズ……ここが問題なのよ)

 

 調味料のスタンドでカモフラージュしながら、ティスは様子を窺っていた。

 

 食堂の喧騒が落ち着いた頃、大きくため息をついてみせるコリン。

 そんな彼の元に、機を見計らったように“いつものメンバー”が集まってくる。

 

 スプリングフィールド、AA-12、DSR-50。

 少年指揮官の“親衛隊(ロイヤルガード)”。側近格の地位を手に入れた戦術人形達。

 

「おつかれさまです、コリン。なかなか良い笑顔でしたよ」

「君、だいぶ慣れてきたよな。顔を赤くしちゃうのはなかなか治らないけど」

「坊やが経験値を積むのはうれしいけど、あまりスレないでほしいわぁ」

 

 それぞれに好き勝手に言うのを、コリンが苦笑いで応じている。

 

 そして――

 前なら同じく来ていたはずの“彼女”がそばにいないことに気づき、少年がきょろきょろと食堂を見渡す。はたして、銀髪金瞳の乙女は我関せずと言わんばかりに顔を伏せ、敢えてコリンと目を合わせないようにしている。

 

 その様子を見て、ティスはひそかにため息をついた。

 

(またよねえ。Vectorさんの妙な意地っぱり)

 

 こっそり観察を続けていると、意を決したふうのコリンがVectorに歩み寄った。

 

「あの、よかったらこちらに来ませんか」

 恐る恐るといった感じで笑みを浮かべながら、少年が声をかけた。 

「戦術演習のメニューで、相談できればなあ、って――」

 

「――相談とか必要ない。あなたが決めてくれればいい」

 対する乙女の返事はにべもなく、ぶっきらぼうそのもの。

 

「話はそれだけ?」

 金色の眼がじろと少年をにらむ。

 

 普段なら、コリンが折れて、しょげた様子で引き下がるところだが――

 

「――ねえ、Vectorさん。どこか具合が悪いんですか?」

「人形に具合も何もないわ。自己診断のレポートは出してるでしょう」

「だったら……」

「演習内容決まったら、後でメッセージちょうだい」

 

 淡々と乙女は言うと、ふいと顔をそむけて手を振ってみせた。

 

 あしらわれた少年は困り顔を浮かべたが――すぐに明るい声で言った。

「あの……本当に、何かあったら遠慮しないで!」

 

 それが少年の精一杯だったのだろう。

 ぺこりとお辞儀すると、待っているお姉さん達の元へ戻っていった。

 

 対するVectorは席を立つと、食器トレーを洗い場へ戻して、食堂を出ていく。

 

 ティスの秘密の観察眼は、彼女を一部始終捉えていた。

 だから、それに気づいた時に、ティスは思わずハッとした。

 

 食堂を立ち去るVector。

 それが、片手で顔を覆い、かすかにしかめた表情をしていたのだ。

 

 普段は澄ました顔で、感情らしいものを表に出さない彼女なのに。

 

(そんな顔をされたら、ほうっておけないじゃないですか……)

 

 ティスは決心した。

 

 

 秘密観察を終え、行動の時であった。

 


 

「誰か言いに来ると思っていましたが、あなたでしたか」

 通路でティスにつかまったスプリングフィールドが、そう言うと――

 

「分かっていたのなら、どうして対処しないんですかっ」

 大きな目を煌めかせて、ティスは問い詰め気味に声をあげた。

 

 そんな彼女に、栗毛の副官はいささか困り顔で答えた。

「落ち着いて。Vectorの様子が変なのは、把握していました」

 

「だったら!」

「いちおう、本人と話しはしたんです……ただ、異状はどこにもない、作戦中のパフォーマンスも落ちていないと言われて。実際に自己診断のレポートや作戦報告書を持ってきて反論されては、正面から解決は難しいですから――」

 

「――コリンくんでちょっとつついてみた、と」

 ティスの言葉に、スプリングフィールドはうなずいてみせた。

 

「ええ。案の定、彼女の変調はコリン指揮官に関連したものです。まあ、何がどうなってあんなふうになっているかは、おおむね見当がつきますけど……」

 

 栗毛の乙女がため息をついてみせるのに、ティスも同調した。

「……問題はどうやって自覚させるか、ですよねえ」

「ええ。本人は認めたがらないでしょうから」

 

「あの……ひとつ伺っても?」

「なんでしょう?」

 

 ティスは目をぱちぱちさせながら、ためらいがちに訊いた。

「あなたとしては、いいんですか? ライバルが増えるとかそういう――」

 

「――あらあら、何を心配されているかと思えば。ふふっ」

 スプリングフィールドは苦笑いを浮かべて、答えてみせた。

 

「わたしはコリンを大切に想っています。その心情に偽りはありません。でも、パートナーとか、そういう立場を求めているわけではないもの。わたしが求めるものと、あの子が求めるものが一致するなら、とてもうれしく思います……でもそれを決めるのは、結局コリンが、誰を、どう想っているのかにかかっていますから」

 

 鶯色の双眸をふっと細めて、乙女は言ってみせた。

「これに関してはフェアプレイで行きたいのです。あの子が頑張って運命も血族の掟も蹴飛ばして来てくれた以上、彼自身の意思を尊重してあげたいですから」

 

「……スプリングフィールドさんもなんだか変わりましたね」

「そうですか?」

 

「はい。前はコリンくんを大事にしても、彼自身を見ていないように思えました」

「ふふっ……そうね。それに気付ける程度には、助けに来てくれた時のあの子は、本当に頼もしく見えたんですよ?」

 

 莞爾として笑んでみせる乙女に、ティスは肩をすくめてみせた。

「そこまで分かっていて、それでも敢えてフェアプレイというなら――解決のアイデアがないこともないです。こう見えても秘密兵器なので、こっそりプランを立てておいたんですけど」

 

「なにかいい考えが?」

「ええ。こういう時は非日常のイベントが一番だと思って」

 

 ティスはそういうと、懐から携帯端末を取り出してみせた。そこに表示された基地の見取り図やログを、スプリングフィールドはひょいと覗き込んだ。束の間、黙りこくってから、いささか胡乱な目で副官の乙女はティスを見つめた。

 

「これ……本気ですか?」

 

「冗談は言いませんよ。古来より肝だめしはムードアップのイベントです」

 

 自信満々なティスに、スプリングフィールドをうなってみせた。 

「基地内ですからコリンの心身に危険はないでしょうし、何かあるとしても戦術人形が一体で対処可能でしょうけど……この“幽霊”の正体はつかめているんですか?」

 

「いえ、ぜんぜん。だから武装はしておいた方がいいです」

「……考えられるとしたら、基地清算時に脱営した人形ですけれど」

 

「その割に目撃情報がおかしいのが気になるんですよね」

 ティスは携帯端末に映った、ぼんやりした人影をつつきながら言った。

 

「……M4カービンって、AR小隊のエリート人形の武器のはずですから」

 


 

 翌日、“立入禁止”のテープが貼られた扉前に、一同は集まっていた。

 

「うぇ……おばけなんて本当にいるんですかぁ?」

 おっかなびっくりの声を洩らしつつ、表情を曇らせたコリン。

 

「ばかばかしい。電子データのノイズじゃないの」

 いつも不愛想な顔に、かすかに眉をひそめたVector。

 

「普通に考えれば脱営した人形だけど……データには抜けはないのがなあ」

 飴を口内でごろごろ転がしながら、胡乱な目をしてみせたAA-12。

 

「もしかしたら秘密兵器とか秘密人形かもしれません」

 妙にやる気満々で目をきらめかせているのはティス。

 

「うふふ……鬼が出るか蛇が出るか……ちょっと楽しみよねぇ」

 愉快そうにくすくすと笑ってみせたのはDSR-50。

 

「こほん――皆さん、レクリエーションではないんですよ?」

 咳払いに続けてたしなめたのはスプリングフィールド。

 

 

「もう一度説明しますね。今回の任務は基地清算の過程で閉鎖された区域の調査です。内部は電気が通じることを確認していますが、念のため最低限の照明で押さえています。電気トーチの携行はもちろん、場合により暗視装置を用いてください。場所が場所ですから敵性との遭遇は限りなく低いですが、万が一の可能性として脱営して倫理暴走状態の人形が潜んでいる可能性があります。非常時には実弾の使用を許可しますが、牽制程度にとどめてください。“幽霊”とやらの正体がつかめれば、次回より大規模な編成で網を投げて狩り出しを行います――今回はあくまで下調べです」

 

 ひとしきり栗毛の副官が説明してみせたところで、AA-12がスッと手を挙げた。

「しつもーん。調査はいいけど、なんでわたし達なわけ?」

 

 彼女の言葉にVectorがうなずいてみせる。

 答えてみせたのはコリンであった。

 

「えっとですね……“ある程度戦力として見込めて、平時は暇な人員”が選定基準です。もし〔鉄血〕の襲撃警告があれば調査を打ち切って出撃すればいいし、調査中にアクシデントがあっても、問題なく対処できるという意味で――」

 

「――コリンは戦力外だと思うんだけど?」

 Vectorがさりげなく指摘してみせると、少年はぷうと頬をふくらませた。

 

「失敬です! 自分の身は自分で守れますッ」

 少年の言葉に、銀髪金瞳の乙女はじとりとにらみ返して答えた。

 

「……勢いあまって転ばないようになさい」

 そっけない口調はいつも通りだが、かすかに棘を含んでいた。

 

 少年が口をもごもごさせている中、続いて挙手したのはDSR-50である。

「わたしも質問よ。調査を効率的に行うために手分けしてかかるのは分かるわ。そしてツ―マンセルで組むのも基本でしょう――で、この組み合わせの根拠は?」

 

 黒髪美女の質問に、栗毛の副官はきっぱりと言ってのけた。

「問題を起こさない組み合わせです」

 

「ふぅん……問題を起こさない、ねえ」

 DSR-50が物憂げな眼をしながら、両手の人差し指でさしてみせる。

 

 AA-12とティス。DSR-50とスプリングフィールド。

 そして、Vectorとコリン。

 

 探索組のペアを示してから、黒髪美女は艶然と笑んでみせた。

「問題が起こらないといいのだけれど?」

 

「こほん。とにかく、です。各自、所定のペアでお願いします」

 スプリングフィールドは咳払いすると、ぽんぽんと手を叩いてみせた。

 

「ほら、行動開始です。それなりの広さがありますから、手早く片づけないと日付持ち越しになっちゃいますよ」

 

 彼女の言葉にVectorがふんと鼻を鳴らしてみせた。

 

「行くわ。コリン、はぐれないように」

「な……お出かけの子供じゃないですっ」

「子供には違いないでしょう」

「う~~ッ」

 

 乙女と少年が開いた扉をくぐり、中へ足を踏み込んでいった。

 

 それを見届けて、スプリングフィールド、AA-12、ティスが目配せする。

 

 

 DSR-50はその場の微妙な空気を愉しむかのように、薄く笑んでみせた。

 


 

 Vectorとコリンはしばらく無言のままで暗い通路を歩いていた。

 事前の説明通り、申し訳程度の照明だけが灯っている。

  

 少年は乙女についていくのが精いっぱいだった。

 Vectorは実に律動的な歩調でさっさと先へ進んでしまう。

 歩幅も足運びも彼女が上なので、勢い、少年は軽く駆け足になる。

 

 息をはずませながら、コリンは声をかけた。

「ちょっと……ちょっと待ってくださいよぉ」

 

「こんな暇つぶしみたいな任務、早く片づけたいの」

 銀髪金瞳の乙女は振り返りもせずに、不愛想に答えた。

 

「はぐれたくなければ、しっかりついてきなさい」

「意地悪しないでくださいよっ」

 

 駆け足を速めてなんとか乙女の隣まで来た少年が、上目遣いで窺った。

 乙女はちらと視線をくれただけで、素っ気なく言ってみせた。

 

「意地悪なんてしていないわよ」

「……じゃあ、なんでまともに話してくれないんですかっ」

「そんな気分じゃないからよ」

「じゃあ、どんな気分なら話してくれるんですかっ」

「キャンキャン吠える仔犬くんが黙ってくれるなら」

「吠えないと構ってくれないじゃないですか」

「そんなことないわよ」

 

 乙女の言葉に、少年がむぐぐとうなりながら口をつぐむ。

 

 薄闇の通路にふさわしい静寂が戻ってきたかと思われたが――

 数分間の沈黙の後、少年はたまらず声をあげた。

 

「ほら! 話してくれないじゃないですかっ」

 

 不機嫌極まるコリンの言葉に、乙女はわずらわしげにかぶりを振った。

「……なんでそんなに構ってちゃんしてくるの?」

 

「あなたが心配なんですっ」

 虚飾も欺瞞もない、真摯そのものな声。

 

 そのあまりにまっすぐな口調に――Vectorは思わず顔を向けた。

 

 軽く涙を浮かべた、オニキスの瞳。

 眉をひそめながらも、唇を固く結んでまっすぐにこちらを見つめている。

 勢いよく振られる仔犬の尻尾がついていないのが不思議に思えるほどだ。

 

 しばらく二人の視線は絡みあっていたが――

 

 根負けしたのは、はたして乙女の方だった。

 

「……ここ最近、つれなくしているのは認めるわ」

 金色の双眸を伏せつつ、渋々ながらVectorは言った。

 

「ただ、別に不調とかじゃないの。たぶん……」

 

「たぶん?」

「……戸惑っている、のかしら」

 

 言いながらもVectorは自分の言葉に自信が持てないようだった。

 

 ただ、不器用な言葉でも、少年には効果絶大とみえる。

 コリンは大きく息をつくと、かすかに笑んでみせた。

 

「よかった。ぼく、なんか嫌われちゃったのかと思いました」

 

 少年の言葉に――だが、乙女はぷいとそっぽを向いてしまった。

 

「……ちょ、なんですかっ。それは」

「なんでもないわ。こっちが気になっただけ」

「ただの壁じゃないですか」

「そうね。たしかに、壁だわ」

 

「――あの。ひとつだけお伝えしておきたいんです」

 少年は乙女を見上げながら、懸命に言葉を紡いだ。

 

「スプリングフィールドさんを助けに行くときに、Vectorさんがくれた言葉が本当にうれしかったんです。アドバイスだけじゃなく、僕が腹を立ててしまった時も、きちんと叱ってくれて、その後も肩に手を置いて落ち着かせてくれまっした。あなたの言葉と手があったから、僕は踏みとどまって考えることができたんです」

 

「……ずいぶんとおしゃべりね。今日のあなた」

 

「『その人にとって良いことはしっかり伝えなさい』って、お母さんが」

 少年の言葉に、そっぽを向いていた乙女は、正面に顔を向けなおした。

 

 横目でちらとコリンを窺ってから、Vectorはぶっきらぼうに言った。

「――心配をかけている、とは思っているわ」

 

 乙女の声はいつも通り不愛想で、だがいつもと違ってどこか揺れていた。

「ただ、なにが最適解なのか、見つからないの。わたしの経験でもライブラリでも、手掛かりがなくて、どこから考えたらいいのか悩んでしまって……」

 

 Vectorの言葉にコリンはしばし考えこんでいたが――

 

 ややあって、なにかひらめいた顔をして、朗らかな声で言った。

「じゃあ、ぼくが答え探しのお手伝いをしますよ!」

 

「――わたしの内面の問題なのに、どう手伝うって言うの」

「えっとですね、こうするんです」

 

 少年はにっこりと笑んでみせると、そっと手を伸ばした。

 そして、その手で乙女の手を軽く握ってみせる。

 

 突然のことに、彼女の手がぴくりと震えたが――

 

 その震えを鎮めるかのように、少年の手に軽く力がこもる。

「この前のお礼代わりです。たぶん、人形でも効果があると思うんです」

 

 少年の声は無邪気で純真そのもので――

 

 また乙女はぷいとそっぽを向いてしまった。

 そのまま何事かつぶやいているが、少年の耳には聞こえない。

 

 コリンが不思議そうに首をかしげていると、ややあって乙女は言った。

 

「――まあこれなら、はぐれないわね。ちゃんとついてきなさい」

 ぶっきらぼうな声に変わりはない。だが、どこか角がとれたように思える。

 

 乙女が、少しだけ歩くスピードを緩めた。

 少年が和やかに笑みながら、彼女に合わせようと懸命に足を運ぶ。

 

 

 手をつないだ二人の影が、通路の奥へと進んでいった。

 


 

「ああっ、いい雰囲気じゃないですか。コリンくん、やりますね」

「……なあ、ティス。このまあ、そっとしといてもいいんじゃないか?」

 

「だめですよ、AA-12さん。秘密作戦は遂行中です」

「いや、これ秘密作戦というより、:覗き魔(ピーピングトム)だと思うぞ……」

 

「とんでもない! れっきとしたミッションですよ、これは」

「なにがどのあたりがだよ」

「肝試しには、適切なイベントが必要です」

「だから?」

 

「なんとなく空気が飽き気味になってきたら、仕掛けの出番です!」

「あー……まあ副官殿も承認だから、いまさら反対しないけどさ」

 

「えっ、なんですか。秘密作戦に何かご不満が?」

「いや心配なのは、秘密作戦とやらが露見した時の話だよ」

 

「……妙に深刻そうな顔してますね?」

「あー。まあわたしから話はするけど……悪いことは言わないからさ」

 

「はい?」

「万が一、あいつが怒りだしたら、すぐにわたしの背後に隠れな」

 

「どうしてです?」

「Vectorの短機関銃なら、なんとかシールドで凌げるからだよ」

 

 

「……あの人が激高するなんて想像できないんですけど」

 

「バッカ。想像できないから、万一がすごく怖いんだぞ?」

 


 

 スプリングフィールドは黙々と歩いていた。

 肩にはライフルを提げ、右手には携帯端末を持ってにらめっこしながら。

  

 だから、二人の間の沈黙を破ったのは、同行のDSR-50である。

 

「――アイデアとしては悪くないと思うわよ」

 しれっと黒髪美女が言ってみせるのに、栗毛の副官はため息をついた。

 

「お見通しでしたか。あなたに知らせると面倒だから黙っていたのに」

 

「口実がないと、坊やとお嬢さんが二人きりだなんてないもの。というより、いままでそんな状況がそもそもなかったんじゃないの?」

「そうですね――もともと、あの子はそういうのは極端に関心が薄かったですから」

 

「あら、エヴァン指揮官はどう接していたのよ」

「……なにか修羅場エピソードでも期待しているんですか?」

 

 スプリングフィールドが眉をひそめると、DSR-50はかぶりを振った。

「そんなつもりはないわよ。エヴァン・ハワーズは聞いた感じ、パートナーを大事にする人だし。あなたを念頭に置けば、浮気しても、もう少し癒し系の子を相手にしたでしょうし」

 

「Vectorは対人関係はもちろん、自分の“人生”も興味がない感じなんです」

 栗毛の乙女は副官目線でそう言った。さながらスクールの担任教師である。

 

「エヴァンが言っていました。『彼女は連続した“いま”を生きている。その“いま”は昨日の続きや、明日の理由でもない。ただぶつ切りにして並べただけの“いま”なんだろう』――と」

 

「刹那的な生き方……でもないわね。反射行動でやりくりしているみたい」

「実際、メモリのデフラグ処理は、かなり極端なことをしているようですから」

「副官として、同僚として、アドバイスはしなかったの?」

「何て言うんですか? 『豊かな毎日を送りなさい』と?」

 

 スプリングフィールドは肩をすくめてみせた。

「彼女にとって何が豊かさに値するか分からないのに、押しつけはできません」

 

「あら、具体例を示してあげなさいよ。美味しい食事、綺麗な音楽や絵画――」

 黒髪美女は指折りして挙げながら、くすりと笑んでみせた。

 

「――それになにより、熱く焦がれる想いとか」

 

「Vectorにとっては全部ほうきで掃いて塵箱行きですよ。『あくまで自分は道具でしかないし、道具に余計なものは要らない』を頑固なまでに貫いているのだから」

 

 スプリングフィールドの言葉に、DSR-50は「ふうん」とうなってみせた。

「あの子にとっては、コリン坊やの“何”になりたいのかしらね。あくまでも大事に使ってくれる道具なのか、それとも一人の女の子として大切にしてほしいのか」

 

「……あくまで、わたしの考えではあるんですけど」

 栗毛の副官は、ゆっくりと何かを確認するように言った。

 

「Vector本人としては、前者でありたいと願っているんでしょう。けれど、コリンは自然とどちらもわきまえて、接しているように思えます。戦術人形であり、作戦における手駒。でも決して使い捨てできるものでなく、普段は年上のレディ。だから――」

 

「――大事にされて、かえって困ってしまう、というところかしら」

「あの子の場合は、よりアイデンティティにちかい部分が揺れていそうですけど」

 

「だけど、よ? ポジティブにせよネガティブにせよ、その人を考えると自分が自分でいられなくなる。解決するには、自分が相手の色に染まるか、それとも相手を自分の色で染めてしまうか。そういうものでしょ……“恋愛”って」

 

 

 DSR-50の言葉に、スプリングフィールドは大きく息をついた。

 

「やっぱり、そういう結論になりますよね」

「あら、他に考えようがないもの」

 

「恋というには、お互いにあやふやでぼんやりしているのが心配です」

 栗毛の乙女はそう言うと、軽くかぶりを振ってみせた。

 

「少なくとも言えることは、Vectorの“たくさんのいま”を貫くように、コリンに対するこだわりが続いているんでしょう。自分の想いに自覚する前に、まずそこで困惑しているのかもしれません」

 

「『戸惑えば戸惑うほど、それは愛しているということなの』……というわよ」

 ライブラリで見た誰かの言葉なのだろう。

 静かにそらんじてみせると、黒髪美女は表情を改めて言った。

 

「ところで――調査という割には、あなたの足取りに迷いがないんだけど?」

 

 DSR-50の問いに、スプリングフィールドは軽くうなずいてみせた。

「この件を持ち込んだのはティスなんですが、“幽霊”の正体が気になって。エヴァン指揮官の端末のデータを再度サーチしてみたんです。そしたら……」

 

「……副官のあなたもあずかり知らぬ事案が出てきた?」

 

「ええ。グリフィン本部の命令で、〔イセンガルド〕――S545基地から何かが運び込まれていたようなんです。指揮官のみ関知するところで、何か調べることが求められていたみたい。ただ、“何か”のカテゴリがどうもハッキリしなくて。試験運用の兵装を示すXナンバが付いていましたが、それにしては、戦術人形に付き物の装備品も見受けられました……どうにも判然としないわ」

 

「あらまあ。本当にびっくり箱案件じゃないの」

 DSR-50があきれたように声をあげた時だった。

 

 

 行く先の通路の奥でガタッと音がした。

 

 乙女達がすかさずトーチを向けると、明かりの中に人形の脚が見えた。

 照らされたことに気づくや、駆け足で逃げ去っていく。

 

 後を追うトーチの灯りはそれの全身を捉えることはできなかったが――

 

 肩から提げるアサルトカービンが、ちらと垣間見えた。

 

「……噂をしていたら、本当に出てきちゃうものよねぇ」

「後を追いますよ。この先は倉庫になっているはずです」

 

「荒事は勘弁してよ? 対物ライフルなんて持ち込めないんだから、得物はリンケージしていないサブウェポンの拳銃しかないんだもの」

「牽制さえできれば充分です。行きますよ」

 

 

 乙女二人は顔を見合わせて頷くと、正体不明の人形の後を追って駆けだした。

 

 

(後編へ続く)




後編は明日夜に更新です!

“幽霊”の正体を探るため、B122基地の閉鎖区画を探る一行。

スプリングフィールドが怪しい人影を追った先で見つけたものと、
そこで明かされた事実とは? 

そして、Vectorとコリンのペアは
ひょんなことから大ピンチに陥ってしまい……?


お楽しみに!
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