それを聞かされたVectorの取った行動とは。
そして、“カサンドラ”ロロは
来るべき「負け戦」に向けて密かに備えをとりつつあった……
クライマックス前、第7話後編!
その頃、B122基地の晩餐の席では。
「しかし、こんな時期になんで夕食会なんだ?」
AA-12がパンにローストビーフを挟みながら言った。
メインの食事はすっかり取り分けられ、各自にはケーキとコーヒーが配られていた。本来、配膳役のスプリングフィールドが、空になったワイン瓶を三本ほど立てた横ですっかり寝入っているので、場所を知っているコリンと、手伝うことにしたVectorによる共同作業である。
「ああ、それはですね」
目の隈美人の問いに、甘味の配膳が済んだ少年が席に戻って答える。
「なんというか……思い出づくりというか」
「思い出?」
怪訝そうに聞き返すVectorに、コリンはこくんと頷いた。
「はい。えっと、グリフィンが参加する大作戦は聞いてますよね?」
「軍と共同で〔鉄血〕の本拠地を攻撃するっていう話しよね。全グリフィンっていう割には、ここの基地は補給線の警備でいいみたいだけど」
「ええ、それについては、ロロさんが掛け合ってくれたんです。ただ……」
少年は言いにくそうにもじもじしていたが――
ややあって、大きく一呼吸してから、言った。
「本部のえらいひと……ええと、ヘリアンさんの話では、〔鉄血〕の本拠の制圧に成功して、エルダーブレインを首尾よく押さえることができれば――ぼくのラーニングホリデーの期間を前倒しで終了させるつもりなんだそうです」
少年の言葉に、乙女達はそれぞれに驚きの表情をした。
AA-12は齧っていたビーフサンドをぽろりと落とし。
DSR-50は思わずケーキにフォークを垂直にぶっ刺し。
そして、Vectorはコーヒーカップとソーサーをがちゃんと鳴らした。
酔っぱらって、すでに夢の国へ旅立っているスプリングフィールドを見ながら、AA-12が軽くうめいてみせた。
「なるほど……副官殿が珍しくタガが外れてるのはそれが理由か」
「ええ。あの、隠すつもりじゃなくて、急に決まったことで――だから、本当はもう少し準備をして豪勢にやりたかったんですけど、作戦開始前に用意できるものだとこれぐらいが精いっぱいで……ごめんなさい」
しゅんとしてしまった少年に、DSR-50がふわりと微笑んでみせる。
「あら、気にしなくていいのに。それよりこの時期にこれだけ揃えられたのは、本当の意味で“ご馳走”よ。あちこち手配して、がんばって調達してくれたんでしょう?」
「……はい」
「なら、いいじゃないの。胸を張りなさい、小さなジェントルマン」
黒髪美女が心なしか嬉しそうに言うのに、AA-12とVectorは目を丸くしていた。
「驚いた。君でも普通に人を褒められるんだな、前科一犯」
「『もてなしが足りないからキスを頂戴』とか言いそうだもの、色情魔」
「――ああ、はいはい。あなた達の評価はそれでいいわよ、もう」
鬱陶しげに黒髪をかき上げてみせると、DSR-50はぽつりと言った。
「そうなの……もうすぐ、坊やともお別れなのね」
「まあ確かに、手ごろなタイミングかもしれないな」
AA-12がビーフサンドを手早く片づけながら、しみじみ呟いた。
「〔鉄血〕がなくなると、グリフィンの戦力もだいぶ削減ってことになる。見習いの子供にリストラ役までさせるよりは、勝利に貢献した英雄の一人って勲章付きで戻した方が、あちこちの顔が立つだろうしなあ」
「でも、なんだか悔しいというか、残念というか――」
コリンは唇をきゅっと噛みながら、言った。
「――ようやく、指揮官の自信がついてきたところなのに」
「……べつに、いますぐお別れじゃないでしょう?」
Vectorが淡々と事実を指摘してみせた。
「だったら、めそめそするのはお別れの時だけでいい。宴の席でまでしんみりすることはないわ――違うかしら」
彼女の言葉に、コリンがハッと息を呑む。
Vectorの方を見て、目をぱちぱちとさせ――そして、微笑んだ。
「ですね……そうですよね。この後、すぐお別れじゃないんですよね」
「しっかりなさい。この作戦だって、さっさと片付くとは限らないんだから」
銀髪金瞳の乙女が、すこし棘のある声でたしなめる。
それでも、少年は教えてもらった事実に嬉しそうで――
AA-12とDSR-50はお互いに目配せして、肩をすくめた。
一方、阿鼻叫喚の宴が一段落した〔呑天楼〕。
山高く積まれた皿やら器やらを、ロロは苦笑しながら見つめていた。
腰のスリットがやたら深い
「……まったく、今夜の払いだけで市販向けの装甲車が買えるゾ」
「ふん、お前のことだ。それぐらい見越しているし、そもそもこの件の軍資金のほんの一部にすぎんのだろう」
熊男が腹をさすりながら言うと、他の指揮官たちも口々に言った。
「ヒッヒ、買収というには実に直截的で効果的だ。胃袋を人質に取るとは」
「テイクアウトがないのが惜しいわ。うちの89式へのお土産にしたい」
「ふむう。拙僧、向こう五年分の戒律を破ったようであるな……」
それぞれの反応を伺ったロロはうなずくと、声高らかに告げた。
「では、諸君。悪だくみの時間だ――もっとも、言いたいことはすでに送ってある分析レポートの通りなんだけどね。そして、それを正しく理解した上で“利己的”に動くことを判断できる人物にしか、この件は話していない。つまり、きみ達だ」
「なるほど、お前からそれなりに買われている、ということか」
熊男はそう言うと、手を組んでずいと身を乗り出した。
「だが、こちらもそれなりに質問がある。それを確認したい」
「どうぞどうぞ」
軽い調子で応じるロロに、熊男は軽くうなってから訊ねた。
「ふむぅ……まずはこれだな。なぜ“彼ら”が敵に回ると判断する? クルーガー社長の出身を考えれば、むしろ密接なコネクションがあるはずだ。それが信頼できない理由はどこにあるというのだ?」
「それは簡単。クルーガー社長がグリフィンなんて作ったからさ」
ロロは茶をすすりながら、答えてみせた。
「軍じゃ対処が難しい、と考えたから、別のスポンサーを見つけて準軍事組織を作った。なるほど、退役軍人が第二の人生で傭兵会社を作る。それはない話しじゃあない。だけどグリフィンは大きくなりすぎたし、軍の委託を受けていても、むしろIOPとのつながりが強い。軍の本流から見れば、われわれグリフィンがそれこそ三十年戦争のヴァレンシュタイン軍閥に見えても不思議じゃないだろうさ」
「コネクションはあっても、味方とは限らないということか……」
「ああ。むしろ、古巣なだけに密かに恨みを抱いているヤツは多そうだネ」
熊男が考え込んでみせたところへ、ミラーシェードの男が鋭い笑みを見せた。
「ヒヒッヒ。お前の妄想は楽しいが、仮に妄想が現実となった場合、われわれ風情が圧力に対抗しきれるのか? テロリスト認定されてしまっては、結局、国家治安局の特務部隊に裁判なしで殺される未来しか見えないんだが」
「それについては、プランに書いた通りだヨ。我々でしかるべき合法組織を作り、一時的な政治的圧力を凌ぐ。この国は常に政府内のパワーゲームで方針が決まる。われわれに有力な後ろ盾がつくまでは、少しの辛抱だな」
「ヒヒヒッ、豪儀なことだ。ずいぶんな綱渡りをする」
「これについてはなるべく手を回しているが、確実とはいえない。そこはやむを得ないリスクとして許容してもらいたいネ」
ロロの言葉に、赤毛の女性が挙手して言った。
「質問よ。あなたの考えが虚妄だった場合、われわれの安全はどう担保される?」
その問に、ロロの紫の瞳が煌めいた。
知性と洞察を秘め、覚悟のほどが鋭く光るパープルタイガーアイ。
「だとしたら、その時は私を背任行為で本部へ突き出したまえ」
「あなたに責任を負わせても、われわれすべてが助かるとは――」
「――その程度でよいのではないかな、おのおのがた?」
スキンヘッドの男が合掌しつつ、厳かに言った。
「元より、この女はすべてをまず提示して、拙僧達の判断を待った。その結果としてここにいるのは疑問があるからではなかろう。要は、“カサンドラ”の悪名高いこやつめがどこまで肚をくくっておるのか見たいからにほかならぬ……違うか?」
響き渡った声に、しばしの沈黙が続く。
熟考の果てに、口を開いたのは熊男だった。
「よかろう、お前の口車に乗ってやる。俺が知る限り、お前が『負け戦だ』と予見してみせた戦いでグリフィンが勝った試しはない。とんでもない予言者だ、まったく」
彼の言葉に、残る三名が続く。ロロは深くうなずくと、言った。
「我々五人と、その配下の戦術人形の総勢。法の基準を満たすには十分すぎる」
紫の瞳を煌めかせて、彼女は薄く笑んでみせた。
「よろしい。ここに我々の“ソビエト”が成立だ――今後頼むよ、
未明、B122基地。
私室で寝入っていたコリンは、度重なるコール音に目を覚ました。
お姉さん達は宵っ張りにならないように気遣ってくれたが、それでも少年としてはなかなかに疲れた。当初の願い通りに楽しい宴とはならず、むしろ話は重たいものが多かったように思える。だが、それだけにかえって充実感があったように見えた。
信頼する乙女たちの、遠慮ない話を聞くことができたのだ。
それは、確かにここに来て自分が培ったものだった。
まだコール音が鳴る。眠気が残って、ベッドへ引きずり込もうとするのを――
コリンはあくびひとつで黙らせると、扉のコールに応答した。
ベッドサイドのモニタに映ったのは、銀髪金瞳の乙女だった。
「……Vectorさん!?」
少年はたちまちに目を覚ました。
「い、いったいどうしたんですか?」
『――コリンに見てほしいものがある。すぐに出られる?』
「えっと、着替える時間がほしい、かな……」
『待てない。寝間着にコート羽織る程度でいい。急いで』
乙女の声はいつになく急いているようだった。
少年はあたふたしながら、グリフィンのコートを手に取った。
コートに袖を通しつつ、扉の前へ行く。
ロックを解除して開くと、さながらVectorが仁王立ちの態だった。
「あ……えっと?」
「時間が惜しい。ちょっと失礼するわ」
乙女はそう言うや、コリンの華奢な身体をひょいと抱えた。
両腕で抱きかかえる、いわゆるお姫様抱っこである。
「わあ! ちょっと、自分で歩けますって!」
「時間が迫ってるの、悠長にしてたら間に合わない」
「だからって――あ、え? 強化外骨格とか付けてる!?」
「走るわ。舌を噛まないように」
言うや否や、乙女は少年を抱えたまま、猛然と走り出した。
「ひゃああああああ」
コリンは悲鳴をあげつつ、不本意ながら――
にわか誘拐魔と化した彼女に、ひしとしがみついた。
いつの間にか目を閉じていたコリンには、どこまで運ばれたのか分からない。
だが、信じられないことに基地の城門を開ける音が確かに聞こえた。
そよと吹く風が頬をそっと撫でるのが感じられた。
外なの? なんで? そう思ったのもつかの間――
「もういいわ、そのまま目を開けて」
乙女が、静かに声をかけてきた。
コリンは、おそるおそるまぶたを開けた。
基地の前にある駐機場に二人はいる。
そして、少年の視界に、鮮やかな光を伴ってそれは飛び込んできた。
「……ふわあ……わあぁ……」
思わず、感嘆の声があがる。街では決して拝めない光景だ。
だだっぴろい荒野に伸びる道路――ルート3019。
その東の[[rb:涯 > はて]]の空が朱に染まっていた。雲もあって、同じ赤でも多様なグラデーションを見せていて、様々な紅に天を彩っていた。頭上に近い空は朱に染まりきらず、まだ夜の闇が拭えない、深い青色を見せている。それでも、まだ太陽が昇る前の東に目を向ければ、鮮やかな朱の色が空を覆い、ともすれば圧倒されそうにさえ思える。
朝焼けの空から吹く穏やかな風が、少年の髪と、そして心を揺らしていた。
「すごい……なんていうか、すごくすごい……」
呆然としてコリンがつぶやくのに、Vectorはそっとつぶやいた。
「良かった……日が昇る前が一番きれいだから」
少年は乙女の顔を見上げた。
金の瞳が、こちらに向いて、きらきらと光っている。
「えと……これを、みせたかったの?」
「そう。B122基地で名所といえば、まずこれだから」
「どうして急に――」
「――気象予報で絶好の朝焼け日和とあったから。あと……」
乙女の金の瞳が、かすかに揺れる。
「……いま見せないと、もうあなたに見てもらえないと思った、から」
Vectorの声はわずかに震えているようだった。
「わかってる。あなたはすぐにいなくならない。でも、毎日の任務をこなしていれば、その時はあっという間に来てしまう。そう思うと、いてもたってもいられなかった。去っていくあなたに、ひとつでも多く、素晴らしい何かを残しておきたい」
「――Vectorさん……」
「わかってる。こんな衝動、どうかしてる。わたしは感情モジュールをオフにするべき。人形が突発的に動くなんてよくない。道具として、わたしは欠陥品……それでも、あなたのために何かしたい。わたしを忘れないでほしい」
銀髪を乱れ舞わすかのように、乙女はかぶりを振った。
「わたしは……わたしは、あなたに、コリンに――」
堰を切って溢れた想いは、しかし口にした途端、勢いを失ったかのようだった。
言葉に詰まって震える乙女の唇に――少年の、褐色の細い手がそっと触れた。
指がそうっと唇をなぞってみせる。
乙女の金の瞳を上目遣いに見つめながら、少年は言った。
「だいじょうぶ。忘れません。この朝焼けも、お姉さんの金の瞳も」
コリンはにっこりと笑んでみせた。
「素晴らしい何かなら、ここに来た時に真っ先に見てますもん」
乙女が目をぱちくりとさせる。
少年が手を伸ばし、今度は乙女の眉をそっと指でなぞる。
「金色の瞳……本当に、綺麗ですもん。お日様のような、月のような――」
「……本当に?」
「もちろんです。お姉さんに嘘なんてつけません」
「なら……確かめさせて」
Vectorがそっと顔を近づけてくる。
少年は頬を染めたが――唾を飲み込むと、そっと目を閉じた。
彼女に捧げるかのように、唇をそっと突き出す。
乙女の熱い息が直に感じられ、まさに触れ合うかと思った、その矢先――
――Vectorが、急に顔を離した。
左手はコリンを抱えたまま、右手で短機関銃を抜いている。
少年が目を開けると、あのロマンチックな顔はどこへやら――
乙女は警戒心に満ちた顔で駐機場の一画をにらんでいた。
駐車しているトレーラー、その影に向けて銃口を突きつけている。
ほどなくして……いつか、どこかで聞いた声がした。
凪のように穏やかな、だが霧に紛れるかのように掴みどころのない声。
「……フムン。じゃまをする気はなかったのですよ。ただ、まあ、初々しいお二人の睦み合いをもう少し観察したかったのは認めますが」
軽く両手をあげて、その人物はトレーラーの陰から姿を現した。
赤銅の髪、翠の双眸。橙色の軍装に、年代物のライフル。
端正な顔立ちながら、どこか韜晦の面立ちなのは、誰かを連想させた。
「直にお目にかかるのは初めてですね、コリン・ハワーズどの」
彼女はそう言うと、優雅に古式ゆかしいお辞儀をしてみせた。
「L211基地所属、第五部隊を預かります、リー・エンフィールドです」
女性の常である、膝を折るカーテシーではない。
本来は紳士が行う、頭を下げて腕を横に流すボウアンドスクレープだった。
おかしなことにそれが妙にしっくりくる雰囲気だった。
「……とりあえず銃を下ろしていただけませんか? 結果的に無粋な真似をしてしまいましたが、我々も作戦行動があり、その前にどうしてもハワーズ指揮官にご挨拶しておきたかったものですから」
かすかな苦笑いを浮かべる淑女に、コリンはうなずいてみせた。
「わかりました――Vectorsさん、銃を下ろして。これは指揮官命令」
「……イエス、コマンド」
不承不承といった様子で乙女が短機関銃を下ろす。
目つきはなお鋭く、エンフィールドを射抜かんばかりだが――
当の淑女は全く意に介した様子はない。
Vectorの針だらけの視線などないかのように、平然と言った。
「ご存じの通り、全グリフィンを挙げての〔鉄血〕本拠地への強襲殲滅作戦が発令されました。われわれもローズ指揮官の指示に従い、前線へ向かう予定です。つきましては、これまで密かにこちらの戦区をフォローしていた我々がいなくなる、ということです」
「……B122だけでトラブルに対処しなさい、ということですね」
コリンの言葉に、エンフィールドはうなずいてみせた。
「[[rb:然様 > さよう]]です。何が起こっても、ローズ指揮官から引き揚げ勧告が出るまでは、このルート3019を守り抜いていただきたい……どんな敵が出てきても、です」
エンフィールドの言葉のアクセントに何か含むものは感じたが――
ひとまずコリンはうなずいてみせた。
「わかりました。おまかせください」
「それから、もうひとつ。たぶん、こちらの方が重要でしょう」
エンフィールドは翠の双眸をすっと細めて、言った。
「ローズ指揮官がおっしゃるには……今回の戦い、グリフィンは負けます」
「……ええっ!?」
「……何の冗談?」
コリンが驚きの声をあげ、Vectorが眉をひそめる。
エンフィールドはゆっくりかぶりを振ると、繰り返した。
「グリフィンは、負けます。正直、私などは信じられませんが……ローズ指揮官がおっしゃるには、『とにかく負ける』と。それも完膚なきまでに駆逐されて、『組織的実力としてのグリフィンがどこまで残るか、おぼつかない状況になるだろう』と」
「だって……そんなバカな話。全グリフィンが集まっても勝てないんですか?」
「あの方にとって負け戦の予測的中率はパーフェクトなのですよ。“カサンドラ”と呼ばれるゆえんです。そのため、ハワーズ指揮官には準備をお願いしたいのです」
「――コリンに何をさせようって言うの?」
Vectorが軽く睨みつけて訊ねる。
エンフィールドは「フムン」とうなってから、言った。
「ひとつには、敗走してくる友軍部隊を散発的に追撃してくる敵性の機動迎撃。ふたつめには、そのあとにやってくるであろう、敵性の組織的な圧迫に対する遅滞防御。このうち後者については基地の保全まで考えなくて構いません。引き際も考えた作戦立案をお願いいたします」
「……本当に、そんなことがありえるんですか?」
「ローズ指揮官も『今回は当たってほしくない』とこぼしていました。このため、符牒がございます――“タナトスの軛は解かれた”、こちらになります。もし受け取られたら、ただちに部隊配置の組み換えをお願いいたします」
エンフィールドの声は真剣そのもので、ふざけている様子はない。
コリンはうなずくと、答えてみせた。
「わかりました。準備しておきます」
「ありがとうございます――さて、では、われわれもそろそろ行かないと」
エンフィールドの背後遠く、いつのまにか四人の人影が並んで立っている。
彼女の率いる部隊なのだろう。
そして、こっそりB122を支援していた部隊でもある。
「あ、あのっ!」
去ろうとする淑女に、コリンは声をかけた。
「負け戦だって言われているのに、戦場へ行くんですか?」
問われたエンフィールドは穏やかに笑んでみせた。
「あの方が見越しておられるということは対策を講じておられるはずです。ならば、われわれは信頼に応えて手足となって戦うまでですよ。死にに行くわけではありません。むしろ、より多くが生き残るために、戦場へ赴くのです」
淑女はそう言うと、東の空に目を凝らした。
「見事な朝焼けですね――ですが、朝焼けは荒天の前触れだそうです。土砂降り程度ならいいのですが、どうも我らが指揮官はタイフーンあたりを思い描いてらっしゃるようで、なかなか先が思いやられます……それでは、お互いにご武運を」
エンフィールドが鮮やかな敬礼をしてみせる。
Vectorに抱きかかえられままだったが、コリンも敬礼を返した。
東へと歩み去っていく影を見送って、ようやく見えなくなった頃には、朝焼けもすっかり落ち着き、雲がいくつも浮かんで流れる白っぽい空が広がっていた。
「――すぐに、考えなくちゃ。師匠がこんなおふざけするはずないもん」
真剣な顔でコリンは言ったが、抱きかかえたままのVectorは憮然としていた。
「そうね。それはあなたの仕事だもの。当然よね」
声は不愛想を超えて不機嫌で、明らかに棘交じりである。
「とりあえず、基地へ戻ろう。善後策を練らないと……」
言いながら、少年の眼はどこか遠くを見ているようだった。
すでに頭の半分ほどは、告げられた作戦の検討に振り向けられているのだろう。
それでも、いや、それゆえに、乙女は訊ねざるをえなかった。
「ねえ、コリン……さっきの、あれ、なんだけど」
「……なんです?」
少年が目をぱちくりとさせる。
そのオニキスの瞳には、もう熱情も恍惚も宿っていない。
Vectorは、がばと天を仰いだ。大きく息を吸い、そしてまた大きく息を吐く。
向き直って少年に向けた顔は、もういつもの彼女だった
「……なんでもないわ。戻りましょう」
いつもの素っ気ない口調は、しかし、ガラスのように硬かった。
同時刻、
「……キリール・ノヴィコフ、部隊に復帰いたしましたッ」
「営倉戻りにしては堂々としたものだな、中尉」
「エゴール大尉……俺はよかれと思って、部隊を――」
「黙れ。歩行戦車六台の再調整。被害に遭った歩兵人形の補充。どれだけの手間になったと思う。自信があるというから、将軍は部隊を動かす許可を与えたのだぞッ」
「ですか、グリフィンの介入がなければ、いまごろは……!」
「成し遂げられなかった成果で己を誇るつもりかッ」
「……そのあたりにしたまえ、大尉」
「カーター将軍。しかし――」
「ハワーズ一族のコネクションが手に入らないのは惜しいが、それも誤差の範囲にすぎない。我々はこの作戦のために準備を重ね、必要な根回しを済ませた。あとは正しく暴力を行使して、速やかに目的を達成するまでだ……キリール中尉」
「はッ」
「お前の部隊もエゴール大尉に預けさせる。追って指示があるまで彼に従え」
「し、しかし、将軍……」
「聞こえなかったのか?」
「はッ。了解いたしました!」
「さがってよい。準備にかかっておけ」
「失礼いたしますッ」
「……よろしいのですか? あのような輩をそのままで」
「狂犬であれば、狂犬なりの使い道があろう」
「エヴァン・ハワーズが蹶起に参加してくれれば、よかったのですが」
「ないものを欲しがっても仕方があるまい。あれが敵に回らぬだけマシだ」
「たしかに……」
「ところで、キリールに一杯食わせたのは、ハワーズの甥らしいな」
「はい。グリフィンでインターンだとか」
「フン、子供が見習い指揮官か。おめでたい連中だ」
「……本当の戦争を教育してやらねばならんな。頼んだぞ、大尉」
「お任せください、閣下。奴らに真の戦場を見せてやるとしましょう」
〔Ep.7 「朝焼けが朱い刻は」 End〕
〔――Next Ep.「B122の一番長い日 part.1」〕
次回第8話は二部構成、いよいよ本編完結のクライマックス!
part.1は来週更新予定です。
サブタイトルは「B122の一番長い日 part.1」。
お楽しみに1