機甲兵器の力を借りて着実に進撃するグリフィンの戦術人形たち。
その中でロロが気にかけていたこととは。
そしてコリンは作戦に潜む危うさに気付けるか?
クライマックス突入、第8話part1前編!
【作者より】
このシリーズもいよいよ本編完結エピソードに突入です。
今週と来週の二部構成でお送りします。
もはや何も言いません。少年とお姉さん達の頑張りを見守ってください
※本エピソードは、メインシナリオ10章、および、
大型イベント「特異点」「秩序乱流」の一部情報を含みます。
ネタバレを気にする方はご注意くださいませ。
――Tマイナス04h00m。
墨色の曇天のもと、大地は灰と炭の色が広がっている。
硝煙と戦火がそのまま風景に固着したかのような中を――
グリフィンの戦術人形達は、次々と駆けて行く。
銃を構えつつ、引き金を引きつつ。
撃ち放った銃弾が、視線の先へ飛んでいく。
そこにひしめくのは、鈍色に光る軍勢。
同じ人形ながら、より武骨で戦闘向けに作られた者ども。
宿敵である〔鉄血〕の大部隊だ。
銃を撃っても撃っても、斃しても斃しても。
味方の骸を踏みしだいて、奴らは陸続と溢れ出してくる。
マガジンを交換しながら、“彼女”は目を凝らした。
遠景にうっすら見えるクレーター。
そこが、目指す目的地。〔鉄血〕の中枢拠点だ。
まだ距離があり、そして行く手には鈍色がひしめいている。
それを確かめて、“彼女”は舌打ちすると、別に視線を向けた。
頼りになる“相棒”が少し離れて、リズミカルに銃を撃っている。
その勇ましさに惚れ直しながらも、“彼女”は眉をひそめた。
予想はしていたが、〔鉄血〕の数はあまりに多い。
矢面に立たされたグリフィンの苦境は想像以上だ。
「――バカッ! なにを呆けてるのッ!」
相棒の叫びで、我に返って振り向いた。
疾風のような勢いで〔鉄血〕の一群が駆けてくる。
両手には鋭く光るナイフを持ち、前傾姿勢の全速力だ。
あまりの速さに対応が間に合わない。
“彼女”は弾幕を張ったが、すぐに弾倉が空になる。
歯噛みしながら、“彼女”の瞳が揺れる。
“相棒”をひとり戦場に残してはいけない。
戦いを無事に終えられたら、告げたい想いがあるのに――
ナイフの光が迫ってくる。
“彼女”が、来る死を予期して思わず目をつむった時。
雷鳴のような射撃音が鳴り響いた。
迫ってきていた〔鉄血〕がたちまち残骸となる。
茫然と目を見張る“彼女”の横を、巨大な脚が地を踏みしめて歩く。
オリーブドラブの深い緑に塗装した機甲兵器。
正規軍のヒュドラ歩行戦車だ。
〔鉄血〕の大群はなおも寄せてきていたが――
歩行戦車からばらまく榴弾が死の花火を咲かせていた。
鈍色の人形達はまるで麦穂を狩るように次々となぎ倒されていく。
「……すごい……」
「ちょっと、見とれている場合じゃないよ!」
駆けてきた“相棒”が声をかけてくる。
「まったく、軍隊さんがいなかったらどうなったか……」
「ごめん」
謝りつつも、思わず安堵の笑みが出てしまう。
つられて、“相棒”もくすりと笑んでみせた。
そこへ、拡声器を通して男の声が投げかけられる。
『グリフィンの戦術人形だな?』
落ち着いていて、どっしりした声だ。
『我々が道を拓く。側面防御をお願いしたい』
命の救い主の言葉、頼もしい味方の言葉。
誰が疑うはずがあるだろうか。
「了解しました」
“彼女”と“相棒”はそろって敬礼する。
そして、肩を並べて銃を携え、再び戦場を駆けだす。
「いい人達だね」
「ちゃんと仕事しているだけでしょ」
「……さっきはごめん」
「気を抜いちゃダメだよ。命の代わりがあるとはいえ」
“相棒”が苦笑いして“彼女”に言った。
「ちゃんと“へその緒”は繋いでおくんだよ?」
「わかってるよ、もう……」
「ふふっ、ふくれ面も可愛い――さあ、行こっ!」
しれっとくすぐられて、赤面しつつ“彼女”はうなずいた。
可憐な乙女が二人、灼熱の戦場を駆けて行く。
――Tマイナス03h30m。
グリフィンL211臨時野戦指揮所。
テントの中に所狭しと設置されたモニタ群。
仄かに青白い光に照らされて、ロロは難しい顔をしていた。
腕組みをして、足を組んで椅子に座り、口の片端をつり上げている。
時々、小さなうなり声をあげるのだが、しかし、特段の指示はない。
事務方の補助の人形達は、例外なくこう思った。
――こんな時、副官のスオミさんがいれば。
だが指揮官の意を一番理解できる少女は、戦場にいる。
ロロが敢えて最前線に彼女を送り込んだのだ。
指揮所内のどこかピリピリした空気を――
その前線からのコール音が破った。
『こちら〔エルフ〕――〔ロスロリアン〕応答されたし』
まさにスオミの声だったが、ロロは緊張を崩さずに応えた。
「状況は? “へその緒”の通信はかえってきている?」
『異状があればすぐにお知らせしますよ。いまのところ、グリフィン本部のバックアップサーバからの応答に問題はありません』
凛とした少女の声に、ロロは大きく息をついた。
“
メンタルモデルのバックアップサーバと人形自身とを繋げるデータ回線の別称だ。何重もの暗号措置と、常に一定以上の通信強度を保って繋がれる論理回線。これがたもたれている限り、戦術人形は稼働不能な損傷を受けても、予備の躯体にデータを移して復活することができる。彼女達が時にエインヘリヤルと呼ばれるゆえんだ。
そう――回線さえ確保されていれば。
「事態が動く予兆があれば、本部のサーバから応答が返ってこないときだ……申し訳ないネ、炭鉱のカナリアみたいな役をやらせてしまって」
『……指揮官、緊張してます?』
通信回線の向こうで、亜麻色の髪の少女の渋面が見えそうな声。
『ダメですよ、普段みたいに飄々としていないと』
「え、そんなにこわばってる?」
『ええ……あなたも人の子だと分かって、安心しました』
「ひどいな! 普段は何だと思ってるんだい」
『ときどき得体が知れないから、妖怪オンナスキーに見えるんです』
「……なんだい、ベッドでさんざん人体の神秘を確かめているくせにっ!」
『なーっ! あなたが良い反応するからでしょう!?』
「ンンン、すっかりテクが身についちゃったねえ、好き者ちゃん」
『――ふふっ、いつものあなたが戻ってきましたね』
鈴の転がるような少女の声に、ロロはしてやられたと頭をかいた。
「スオミってば、私の扱いが本当に上手くなったよねえ……」
『さっきみたいな硬い声だと、指揮所の子たちも戸惑っているでしょう。もう少しどっしり構えていてください。難しい作戦だと思いますが、あなたが落ち着かないと周りが不安になるんですから……ね?』
ささめき笑いをにじませながら、スオミは回線を切った。
ロロはいったん顔をくしゃっとしかめると、両手で頬をぺしんとたたいた。
振り向いて指揮所の人形達に顔を向けた彼女は、もういつものロロだった。
「みんな、いったんお茶でも淹れようか」
いつもの飄々とした声。余裕綽綽の口調で彼女はうそぶいた。
「なあに、紅茶をカップ一杯楽しむ程度は、運命も待ってくれるヨ」
――Tマイナス03h00m。
グリフィンB122基地、指揮官室。
少年指揮官コリンは、画面とにらめっこしたまま、うなっていた。
黒髪褐色に、点のような眉。どこか仔犬を思わせる愛敬のある顔立ち。
いまの状況はさながら両の拳を突き出されて「おやつはどっち?」と訊かれて考え込んでいるようにも見えなくはないが――あくまで外から見ればの話しである。当人にとってみれば、なんとも悩ましい難題と格闘中なのだ。
片手で頭を抱える少年の前に、マグカップに入ったコーヒーがそっと置かれる。
コリンが振り返ると、栗毛の副官が気遣わしげに微笑んでいた。
「あまり悩み込んではいけませんよ」
スプリングフィールドが目の前でコーヒーに角砂糖とクリームを入れる。
角砂糖がいつもよりひとつ多く、夜闇色の中に沈んでいく。
「はい、休憩入れましょう。こういう時はちょっとした切り替えが必要です」
乙女の言葉に少年はうなずいたが――
マグカップには形だけ唇をつけただけで、すぐ置いてしまった。
いぶかしげに眉をひそめる副官に、コリンはバツが悪そうに言った。
「……いま、コーヒーって気分じゃないです」
「冷たいフルーツジュースでもいれましょうか?」
「んん~、いらないです」
コリンはどこか面白くないような声と顔で答え、またモニタに向かった。
何とも気難しい少年の様子に、栗毛の副官は思わずため息をついた。
「――単に、ローズ指揮官が宿題を出しただけかもしれませんよ? 最終試験のつもりで、難しい設定でどう対応をとるのか見たいだけかも」
「……だとしたら、ですよ? あのロロさんなら、そんな“面白そうな”こと、人づてで伝えると思います? 本気で試験問題だったら、きっともったいぶった挙句にニヨニヨしながら言ってくると思うんですよ――なのに……」
「そうしなかったのが気にかかる、ですか」
副官の乙女が添えた言葉に、少年はうなずく。
そしてまた、点のような眉をひそめながら画面をにらみつけている。
目をぱちぱちとせわしなくしばたたかせる彼に、スプリングフィールドが思わず肩をすくめると――
指揮官室の扉が遠慮なしに開いた。
断りなしに入室できる者はB122基地でも少ない。
コリンの“
はたして部屋に入ってきたのは、銀髪金瞳の乙女だった。相変わらず端正だが不愛想な顔をして、微笑みをかけらも見せない。部屋に入るや否や、まるでロックオンするかのようにコリンに真っ直ぐ視線を向け、迷いなくつかつか歩いていく。
その手には、いわく表現しがたい蛍光色の青いボトルがつかまれている。
彼女に気づいて少年が顔をあげると、乙女はくだんのボトルを机に置いた。
「差し入れ」
簡潔にして省きすぎるいつもの物言いに、少年は怪訝な顔をした。
「Vectorさん……これ、なんですか?」
「考えに詰まってると思って。だから、差し入れ」
仮面のような顔はぴくりとも動かず、用件だけをまた繰り返した。
ボトルに入っているからドリンクのたぐいだろうが――
よく見ると青い蛍光色は中の液体のそれだと気づいて、彼は胡乱な目をした。
ラベルには“パッション・エナジー・クオンタム”と記されている。
稲妻を模したフォントから、たぶん元気がでる系には違いない。
とはいえ――
「あっ! なに持ってきているんですか、そんなもの!」
案の定、スプリングフィールドが目を三角にしてとがめた。
「どこからどうみても身体に悪い飲み物じゃないですかッ」
「気分を変えるのもだいじ……シュワシュワは平気よね?」
Vectorの問いに、コリンは憮然として答えた。
「炭酸は平気です。どんだけお子様だと思ってるんですか」
「じゃあ、飲めるわよね」
乙女がボトルをついと指で押して勧めてくる。
金の瞳は少年をじいっと見つめて、決して視線を離さない。
「……いただきます」
一途とも熱心ともいえる眼差しに根負けして、コリンはボトルを開けた。
ぱちぱちと炭酸のはじける音と共に、妙にフルーティすぎる香りがする。
栗毛の副官が「あっ」と声をあげて止めようとするのを、少年は敢えてボトルをくいっとあおった――口内にちくちくした炭酸の刺激と共に、やたら甘い味が流れ込んでくる。ただ甘いだけでなく、液体が通った後の喉や胃がカッカとするのはどうしたことか。
「――ぷはあっ」
一口飲んで、少年は大きく息を吐いた。
その様にVectorはうなずき、スプリングフィールドはこめかみを押さえた。
「元気でた?」
「なんだか目は覚めた感じはします」
「ちょっと、大丈夫なんですか? カフェインは? まさかアルコール? もしかして興奮剤系のドラッグ配合のアングラ商品じゃないでしょうね?」
「……さあ?」
「さあ、って! よくわからないもの飲ませたんですか!?」
「パーティで盛り上がる系のドリンクだとは聞いてるけど」
「ますます心配になるじゃないですかっ」
「……落ち着いてください、スプリングフィールドさん」
コリンは苦笑いを浮かべながら言った。
「Vectorさんのことです。そのあたりはちゃんと配慮してくれているはずですよ。だって、この人がぼくに危険なものを持ってくるはずありませんもん……ねっ?」
にぱっとした仔犬のような笑みが乙女に向けられる。
銀髪金瞳の乙女はといえば、ぷいとそっぽを向いて、ぼそりと言った。
「気分転換になればと思ったまでよ」
二人のやりとりに、スプリングフィールドは肩をすくめ――
そして、莞爾と笑んで言ってみせた。
「ひと休憩いれましょう。なにか軽食作ってきます」
「……そうですね。それがいいかも」
コリンが蛍光ブルーのボトルを回しながら、同意してみせる。
栗毛の副官はうなずくと、ぱたぱたと足音を立てて給湯室へ入っていった。
――Tマイナス02h30m
お皿に載って供されたのはエッグチーズマフィンであった。
ふんわりと焼かれたマフィンの上に、雲のかかったお日様のように、チーズをまとった半熟卵が収まっている。マフィンの湯気と共にチーズの濃厚な香りがふわと立ち昇り、それだけで唾液が出て来そうであった。
現に料理を目にしたコリンのお腹がたまらず鳴ったほどだ。
考えすぎでエネルギーを使ったのだろう、少年は旺盛にかぶりついた。
「ふわ、あつあつ……コショウがピリッと……おいしい!」
コリンがたまらず感嘆の声をあげる向かいで、Vectorは立ったまま黙々とマフィンを食していた。スプリングフィールドの視線に気づくと、軽くうなずいてみせる。それなりにお気に召したらしい。
栗毛の副官はにこやかに笑みつつも――しかし、コリンが例の蛍光色のドリンクを傍らから離さないことに内心で穏やかでなかった。せめて普通のフルーツジュースを合わせてほしいところだ。
とはいえ、Vectorの差し入れがコリンの気持ちを切り替える契機になったのは事実だ。不愛想と不機嫌の微妙な境界線上の顔をした銀髪金瞳の乙女を見やって――
スプリングフィールドは正直、少し悔しさをおぼえた。
Vectorにはコリンを和ませる何かがあるらしい。不器用な優しさといってしまえばそれまでだが、その不器用さ加減が、却って彼の心が頑な時によく効くらしい。二人で話すと軽い口論めいた感じになるのだが、それは彼女が相手だとコリンも“行儀のよいお子様”の装いを外せる証左なのかもしれない。
いまだってそうだ。
マフィンを食べ終えた二人は、言葉を投げ合っている。
「そんなに手に負えない問題なの?」
ざっくりと切り込んできたVectorに、コリンは憮然として答えた。
「相手にする“敵”が分からないんです。伝言ではグリフィンが負けるって話しだったから、てっきり〔鉄血〕が大規模な電子戦とかするかと思ったんですけど」
「仔犬くんの見通しと違った?」
「情勢的にそんな感じでもないので、見当がつかなくて……ええと、スプリングフィールドさん、戦況図を壁のモニタに映せます?」
「わかりました。五分遅れですけど、現在の作戦の状況です」
栗毛の副官は応じると、制御卓に指を踊らせた。
壁面の大型モニタに〔鉄血〕本拠地の強襲作戦の様子が示される。青がグリフィン側、赤が〔鉄血〕側だ。インクを落としたような色彩は、青が赤をじりじりと囲い込んでいるように見える。青の色彩は西側に厚く、そして南北にも伸びている。〔鉄血〕である赤の色彩は一見、東側へ逃れられそうにみえるが――その足元には本拠地があるのだ。防衛戦を戦っているのに、肝心の城を捨てては意味がないだろう。
「西の青がグリフィンの主戦力です。たぶん中央の境目が最前線になると思うんですけれど――」
懸命な少年の説明に、Vectorはなにやら難しい顔をしていた。
ややあって、首をかしげながら、コリンをじろと見て訊ねたのは、
「グリフィンの主戦力って、全部が全部、ウチの戦術人形じゃないでしょ」
「ええと……そうですね、はい。正規軍の戦力も混じっています」
「それもまとめて青色なんだ」
Vectorの物言いは事実を指摘したまでだが――
どこかつまらなそうな口調が少年の心を逆なでしたらしい。
コリンはむすっとした顔をすると、手元の制御卓をカタカタ鳴らした。
だが、少しして、不機嫌な様子は隠さないままにぼやいた。
「だめだ、
「コリン? あくまでアイデアなんですけれど」
栗毛の副官はそっと助け舟を出した。
「軍の機甲兵器をピックアップして点で表示するのはどうですか? マシーンの周辺に軍の歩兵人形も展開していますし、判別の手助けになると思うんですけれど」
「それ、すぐにできます?」
「数分程度かかるかもしれません。それでよろしければ」
「お願いします」
「イエス、コマンド」
スプリングフィールドは応答すると、情勢データに処理コードを走らせた。
それまでぬるぬる動いていた情勢図が計算のために一時停止する。
固まった画面を見やりながら、Vectorがぼそりとつぶやいた。
「清算作業時に戦術コンピューターも引っ越したの?」
「メインは残っていますが、性能を引きあげる拡張パーツは早々に」
スプリングフィールドは肩をすくめながら答えた。
「そもそも全グリフィン参加の大規模作戦、まともに全体を指揮しようと思ったら、それこそ本部のメインフレーム並みの設備がいりますよ」
「ふうん……そういえば清算作業でやたら残ったのがあった」
「ああ、バイクですね。あれも引き取り手があったんですけど、その前にコリンが来ることになって持ち出しがストップになったんですよ……いま思えば、なにか消耗品と交換しておいてもよかったですね」
「――あ、計算結果が出始めたみたい」
コリンが声をあげたのに、乙女二人がそろって大型モニタに目を向ける。
ポツ、ポツと黄色い点がプロットされていく。
当初はただ見守っていただけのコリンだったが――
やがて、点の数が増えていくに従い、ダンッと机を拳で叩いた。
「なんだ……これ――どういうこと?」
少年の声はかすかに震えていた。
――Tマイナス02h10m。
プロットし終えた黄色い点は、明らかな意図をもって配置されていた。
味方側の主力である西側に機甲兵器が多いのは当たり前だ。
だが、その配置には明らかな偏りがあった。青い厚みの東側、最前線に近い箇所には黄色い点はあちこちに散らばっている。だが、前線から離れて厚みの西側、予備兵力である部分には南北に柵を作るかのようにずらりと並べられていた。
そして、グリフィンの戦力に見えていた北と南の包囲の腕。そこにも黄色い点がずらりと並んでいる。機甲兵器が単独でいるはずがなく、随伴の歩兵が付いているとしたら、南北の包囲網はそもそも正規軍で構成されていると考えた方がいい。
「スプリングフィールドさん、黄色の点を中心に円を描けますか? 直径百メートルスケール換算で。だいたいでいいです、急いで!」
コリンの声に焦燥感が滲んでいる。
スプリングフィールドが急いで表示図に加工を施す。
明らかになった色彩の模様は、いかにも異様な光景だった。
〔鉄血〕を示す赤、グリフィンを示す青。
それを囲い込むように軍の黄色が輪の閉じていない円形となっていた。
ただし、西の端の線は太く厚い。それだけ機甲兵器が待機してあるのだ。
「そうか……師匠が言ってたのは、これだったんだ」
コリンは震える声でつぶやくと、例の蛍光色のドリンクを一息にあおった。
ごくごくと喉を鳴らして、大きく息をつくと、彼は断言した。
「――グリフィンは〔鉄血〕に負けるんじゃない。軍に負けるんだ」
あまりに突拍子のない言葉にスプリングフィールドは目を丸くした。
「そんな……味方ですよ? グリフィンは軍に協力して――」
「〔ウォー・チェス〕では、よく複数プレイヤーの試合が組まれます」
対するコリンの声は、こわばりながらもよどみなく答えていた。
「でも、勝者は一人です。ただ、単独だと勝ちを拾いにくい。だから、一時的に共同戦線を張って他に対抗します。けれど、これは『ナイフ付きの握手』と言われます」
「ナイフ付き……ですか」
「ええ。目的を果たしたとどちらかが判断した時に、同盟は破棄されてナイフを突き立てるんです。それまでの味方を裏切って、そのやわらかい部分をごっそり抉る。当然、相手も警戒しているから読み合いになるし、同盟側に攻撃されている方はその隙をついて逃げたり逆襲したりするんですけど――」
コリンはドリンクのボトルを、どんとデスクに置いた。
「――これが〔ウォー・チェス〕なら、軍を担当するプレイヤーは、二つの王手をかけていることになります。〔鉄血〕とグリフィンの両方に。南北で柵を作って、西から押し立てればいい。もろともに両方を戦場から駆逐できます」
「そんな、まさか……」
スプリングフィールドがかぶりを振ってみせる一方で――
Vectorはふんと鼻を鳴らして、こう訊ねた。
「コリンはゲームでそういう経験あるんだ?」
「はい。裏切る方も裏切られる側も。両方とも」
「じゃあ、疑う余地はないわね」
銀髪金瞳の乙女がうなずいてみせるのに、栗毛の副官は思わず声をあげた。
「Vector、あなたまで何を言っているんです?」
「あら、少なくとも軍が味方だって保証はないじゃない。現にあなたを助け出しに行くとき、軍の連中とは戦ったんだし」
「あれはキリールが個人的に部隊を動かしただけです」
「……だとしたら」
金の瞳がひたとスプリングフィールドを見つめて、言った。
「軍の偉い人は“個人的な理由で”、もっと大きな部隊を動かせてもおかしくない」
「――味方が信じられないというんですか?」
「グリフィンよりは信じられない。グリフィン自体もそれほど信用できないけど」
「なら、あなたが信頼しているものはなんだというんですか」
「決まってるじゃない」
栗毛の副官の問いに、Vectorは当然と言う顔で答えを口にしてみせた。
「指揮官であるコリンの判断。それが戦術人形というものでしょう」
見据える金の瞳にいささかの揺らぎもなく――
ともすれば盲信といえなくもないそれは、しかし。
彼女にとっては、ごく当然の摂理だと言わんばかりだった。
そこでようやく、スプリングフィールドは思い至った。
Vectorは事の初めからコリンに疑念を持ったことはないことを。
彼が指揮官になるという事で覚悟の程は訊ねたが、ふさわしくないと反対したことはない。コリンの指示には常に従い、先回りしてその意を汲んで動くことさえあった。プライベートの些細な場面でからかったりしても、指揮官としての鼎の軽重を問うことは決してなかった。
道具としてか、人形としてか。
それともただ想う一人の乙女としてか。
いずれにせよ、彼女は主と定めた時から、コリンに絶対の信を置いていたのだ。
「……そうですね。確かに、いま信じるべきは指揮官の判断です」
スプリングフィールドは軽くため息をついて答えた。
指揮官卓でさっそく考え込んでいる少年に、彼女はそっと声をかけた。
「――コリン指揮官。作戦立案を手伝います。ブリーフィングはいつから?」
その問いに、少年がきりと顔をあげた。
オニキスの瞳が煌めいている。生前のエヴァン・ハワーズのような――
いや、これ以上、故人を引き合いを出すのは失礼だろう。
〔ウォー・チェス〕のドミニオンマスター。偉業の証たる“
それが、コリン・ハワーズという人物なのだ。
「一時間。それでおおまかにまとめます。一時間後にブリーフィングを」
少年指揮官の言葉に、乙女二人はそろって敬礼を返した。
「イエス、コマンド」
(後編へ続く)
後編は明日更新です!
軍の狙いを看破したコリンは、
皆を生き残らせるために知恵を巡らせる。
その間にも事態は推移していた。
戦場に地獄が現出し、そして狩人が放たれる……
お楽しみに!